Desert Beyond
ひさ



 春遠からじ

1月なのに春のような雨と曇りの日だった。
静かに柔らかく降る雨は
夕方頃まで優しくこの街を洗った。

大きな道路を走っているとき
突然犬が道路を横切って危うく轢きそうになる。
雨にぬれた犬はおびえながら道路を渡りきった。
車通りの多い片側3車線の道路を
何故あの犬は渡ったんだろうとしばらく考えていた。

アルバイト先に着く頃には雨があがっていた。
スーパーの駐車場に降り立つと
なぜか杉や檜の針葉樹の香りがしたので
春の角のない空気を胸いっぱい吸い込む。

遠く西の空の低いところでは雲が薄くなっていて
最後の太陽の明かりが少しだけ雲を通っているのがみえた。
横断歩道でちょうど青になったとき
小さな折りたたみ自転車に乗った女の子が
漕ぎ出した時にかかとを潰した靴の片方を落とした。
うまくバランスをとれなかったその子は
脱げたほうの足はくつしたなのに
雨上がりのぬれた歩道に足をついてしまって
少し恥ずかしそうにしながら落とした靴に
足をスリップオンさせてゆっくり自転車をこぎだした。

角を曲がるとアルバイト先のマンションがあるその角に
昔ながらの床屋と昔ながらの小さな薬屋がある。
床屋はかなり昭和な雰囲気だというのに
毎週土曜日の夕方にはそこで誰かしら髪をつんでいる。
くるくると回る床屋のバーは
「からからから」と音を立てながら回っている。
不完全燃焼な石油ストーブの
これもまた昭和ティークな匂いがしてくる。


2006年01月14日(土)
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