ほっこり日記
ふー



 友達。

すっかり忘れていたけど、ゆびとまに登録していたら
昔の友達からメールが来ていた。

高校時代に一緒のクラスだった人で、
メールのやり取りはいやじゃない。

もちろんいろいろつながっていくとどうなっているのか
分からないけど、大学を出てから就職して、ずっと
横浜にいてるらしい。

仕事で、郷里を離れる確率は男のほうがきっと多いと思う。
懐かしいね、会ってみたいね、なにもなくていいから。


2005年07月29日(金)



 大失敗。

なんか、最近、うまくいってるだなんて自惚れていただけに
大失敗のショックは大きくて、泣きそうだった=。
考えてみれば何の準備もしないでいくからだよね。

ばかばか、自分。

明日は、がんばるぞー。

2005年07月26日(火)



 ステテコ

年代が違うと違和感があるだろうけど・・・ご容赦。

私の小さい頃、今40過ぎだから30年以上前ね。
会社員の父は、家に帰ると、ステテコ姿になっていた。
本当は、ステテコの上に着物を着て、冬ならどてらだったと思うけど
夏は、ステテコだったと思う。

クーラーもないし、クレープ地の白の上下はそれなりに
なんだか、さわやかに見えて、そういうものだと思ってた。

そういうのを、思い出したの。

出勤の道すがら、近所のお年寄りがステテコで外に
出てたんだ。
下着姿というか、でも、私は懐かしくて、
でも、今は、違うというか、年寄りだから
いいというのか・・・・


そういえば、20年前くらい、そう、それは
今の職場に就職したてだった頃、近所の関係者が
開館祝いに、一本下げて挨拶に来てくれたんだけど
それが、ステテコ姿にカンカン帽だった。

私の中では、ステテコはやっぱりプライベート着だったし、
こっちは一応、真昼間の営業時間内だったし
カレは、一応、電鉄の現役社長さんでもあって、
いくら近所のよしみとはいえ、困ってしまったことを
覚えている。

もう、亡くなられてずいぶんになるけど、
美意識を強く求める、それでいて飾らない人柄だったのだと
今にして、いまさらながらに、思う。

日本ってどうなっていくのかわからないけど
あまり儒教的なのは苦しいから、いやなんだけど
人柄を大事にする、そういう国であってほしい。
そういう意味で、男のステテコ姿って言うのは
休日の飾らない男たちの姿なんだな〜。

職業柄、ネクタイ男に免疫のない私は、
男がネクタイしてるだけでどきどきしているのだけど
もしかして、チョットいい男と思っている人が
ステテコ姿でいるところに遭遇したら
一撃くらっちゃうなー。















2005年07月25日(月)



 手品。

仕事で子ども対象のマジック講座を手伝っているけど
中身には入れなくてあとでその先生と話した。

はじめ、安く来てくれてるから、失礼ながら
そんなに大したことないのかもなんて思ってしまってた。
甘いな〜、まだまだわかっとらんな〜。
勉強不足だった。

で、今度は改めて手品を調べてみる。
前にテレビで見たクロースアップマジックの人・・・
調べていくと、前田友洋さんでした。
大人の雰囲気に憧れて始めたんだとか。

そうそして、そのようにエレガンスを身に着けている。
そう、望んだように、人はなっていくんだな。

意思で望むものではないのだろう。
私は、どこへ。








2005年07月24日(日)



 子どもをどなってしまった。

だって、成績が平均よりしたなんだ。
塾の日数も増やしたのに、どうして頑張っているはずなのに
成績が伸びないんだろう。
下がってるじゃない。

なのに、ノートが取れないのは目が悪くなったからだ。
眠くて起きれない割には、夜は遅くまで起きていたり、
なんだかへんだよ。。。

やる気がないわけじゃないとは思うけど、
私が関わりあうには、時間がなさ過ぎる。
だんなさんは、自分の試験でめいっぱいだし。
そのわりに、ばかばかいう、自分の子どもなのに。

弟の成績をしょぼいというから、かちんときてしまって
どなった。人の成績を悪く言うなと。
逆切れして、ゴミ箱を蹴飛ばしたものだから、
中身が散らかって。

なんだか、とても荒んだ気分になってしまった。










という、、ぐち。
ごめんなさい。


2005年07月20日(水)



 「悩まない、悟らない、止まらない」

別の人のブログで見つけたんだけど
「荒木経惟の写真術」というタイトルの対談集の中で
出てくるそうな。

ただ、びっくりしたんだよね。
悩んで、悟って、止まってしまってたから・・・・

考える、止まる、やめる・・・とは師匠が言った言葉。

思う、動く、できる・・・とも。

言語に、理屈に頼ってて、時間を過ごしてしまったからな。
ちょっと、脳みそ、休もう。













2005年07月19日(火)



 毒出しジュース

新聞の広告欄で見つけて思わず釘付けになった。
毒出し。
すごい名前だ。

ゆほびかという健康雑誌に載っていてネットでも
何人もがレシピを載せていてやってみることに。

ここのところ暑いからと、冷たいものばかり
欲望に任せて取っていてどうも内臓がパワーダウンしている。

それでどうもガスが多い。
なんだか、体が求めているのかな、さっそく
ほかの物を買ってきて飲んでみる。
今日で二日目だが、さっぱりしていて
なかなかいいんじゃないかと思う。

ペパーミントの乾燥茶葉というのを探して
かなり遠くのショッピングモールに車を走らせてみたが
なかたよ・・・みんな買いあさっているに違いない。

こうなると、いつもの私は急き立てられるのだが
いやいや、ちょっと待て。
なんでもいいじゃないか、この際。
続くかどうかもわからないのだから

他の種類のハーブ茶でよしとするか。

それにしても、最近、ミーハーでもいいのかな。
前より、自由になった気がする。













2005年07月18日(月)



 エレベーター。

4月からこっち、しばらく膝を痛めてしまい、
歩くのも椅子の立ち座りまで、痛くてたまらない時期があった。

膝周りの贅肉をとるという運動が膝に負荷のかかる動きで
それでも、太ももがなかなか痩せなかった私は、楽しみで
それをハードに繰り返していたのだ。

4月の人事異動で、新しい職場は電車通勤している。
往復で1時間ほどの歩きを含め、それは体にいいんだけど
階段の登り降りが苦痛で、エレベーターを愛用している。

太ももを太くする階段昇降を避けて、行きも帰りも
エレベーターで移動している。
行きの駅で使うのは、古い製造なので、
乗ってからドアが閉まるまでが早くてありがたい。
ただし、クーラーがないので今の時期は暑い。

降りた駅で乗るのは、比較的新しいので、クーラーがついている。
が、ドアの開閉に時間がかかるので、本当は通勤時はいやである。

でも、膝が痛くて時間がかかっても乗りたいエレベーター。
そして、車椅子や、バギーや、杖をついている人、
キャリーバッグを曳いている人たちと、同乗することが多い。

私自身は、太ももを太くしたくないという下心もありの利用者なので
できるだけ先を譲って降りてもらって、開ボタンを押していたり
閉まろうとするドアを押さえているようにしている。

エレベータのドアは、センサーになっている出っ張り部分があって
ドアの幅を押さえなくても、その柔らかい部分を押さえたら閉まらない。
施設管理を長くやっているので私はごく普通に手が出るんだけど、
丁寧な人はお礼を言ってくれる。

それは、機嫌の悪そうな高齢者だったり、わがままそうな若ママだったり
(私も相当、人が悪いが)意外な人が会釈つきで言ってくれたりする。

狭い空間にわずかな時間とはいえ閉じ込められるのだから
お互いに、気持ちよく閉じ込められたいと思う。
外国のホテルでは、乗り込んでくる外国人が簡単な挨拶をする、と
聞いたけど、たぶん、そういった配慮なのだろう。

体の大きい男の人は、特に警戒されがちだから、
「私は無害だ」じゃないけど、なんらかのサインを
送るのがそのうちマナーになる時代かもなぁ。

そうそう、女性車両ってのが話題になったけど、逆に
男性専用車両ってのを作って、誤解されやすい人の保護区を
作ったら、どうかなあ。
疑われるのも、傷つくことだから。









2005年07月17日(日)



 HINOKIO

HINOKIOという映画を見てきました。

ほのぼのする罪のない子ども映画という感じで。
泣いてしまいましたが、気持ちよかったです。

小・中学生の頃、友達のいない私にかまってくれた
かなちゃんを思い出しました。
バスケの主将で、男子からも女子からも慕われていた
映画のヒロインみたいなかなちゃん。

40歳になってなお、ACのサイトでさえうまく居つけなかった
と苦しい今は、なんだか、ああいうのが「健全」なのかなと
思いました。

うらやましいです。
そして「友達がいない」と嘆く次男の話をきいて
だんなさんが「お父さんだって、友達はお母さんしかいない」と
言ったというのを聞いて、ああ、そうか、私たち、
そういう風に育ててしまったのねえ・・・と。

私がお母さんでなかったら、もっと幸せだったかもしれないね。
でも、私は、あなたのように素直に泣いたり笑ったりできる子どもに
恵まれて、これってGIFTだなって、クリスチャンじゃないけど
それは、本当に思います。

子どもは、それだけで大人を幸せに、するよね。






2005年07月14日(木)



 検索力。

とれぶりんか、という言葉を聞いてなんだっけ?と
インターネットで検索してみた。

すると、ナチスの絶滅収容所だったとわかった。

引き続いて検索し続けて
ああそうか、「ショアー」だ、と思い出した。
『SHOAH』・・・9時間半に及んでその虐殺の証言だけで
その光景を浮かび上がらせる、ドキュメンタリー映画である。

私は、どういうわけか、この手の長時間映画を見逃さない。
普通の映画では、ホラーなんて絶対怖くて見れないし、
ハッピーエンドなおバカB級映画のファンなのだが、
9時間の映画を作るに至った製作者に敬意を表して、見る。

『SHOAH』1985年/フランス/541分のほかに
『東京裁判』(277分)、
『四季・遊牧〜ツェルゲルの人々』7時間40分/ビデオ・・・

長時間ものはなぜか、忘れてしまうけど忘れていないね。
でも、一日かけてみたこの映画の舞台トレブリンカ収容所の名前は
すっかり忘れていた。

特務班として同胞の処理をすることで生き延びた男たちが
そのありさまを語る。
個人の歴史をではなくて、同胞の絶滅を、語る。

ネットやパソコンを頻繁に使うようになって
自分でなかなか字が書けなくなったことを前に書いた。
自分で辞書を引いたりするのも大事だと思う。
でも、こんなときはやっぱり便利だなと思う。

検索って、自分の脳みそとネットがつながってる感じがする。
なんか、USBみたいなコネクタがかちゃっとついたみたいに
夢中になって次から次へとサイトをチェックしている。

それで世の中を知ってしまった気になる。
それが、怖い。
私の見ている情報は、ネットにアップされた情報だけなのだから。
ネットに接続できる環境にあって、
接続できるスキルを持った人の、
あるいはスポンサーとなれる人の、
流したい情報だけなのだから。

大まかでいいわけだけど、大まかでしかないと
いつも思わなくちゃね。





2005年07月11日(月)



 子どもが塾をサボる、と。

なんで私がオコラニャいかんのだろう。

責めたおす・詰めたおすのは、怒りに切れてしまった私の
常套手段なんだけど、それで事態が良くなったためしはない。
それでも、その怒りの大きさにいつも、疲れてしまうのは
私自身だし、そのたびにいろんなものを壊す。

いちばん高額だったのは、だんなさんのケイタイだった。
私に遠慮なく女友達を作っては、仕事を休んで
遊びに行っているのが許せなかった。

何もないんだからいいじゃないか。

いつもそういって私を省みないから、もうどうでも良くなってしまった。
彼のために疲れるのはもう、よそうと思っている。

夫婦というのは十年以上たつとこんなものなんだろうか。
好きで一緒になったのだから、誰にも文句は言えない。
でも、結婚したいというのは、妄想で、現実味なんて
本当はないから突っ走れるんだろうな。

そういう若い時期もあった。

それだけでいいのかもしれない。

尊敬の念はまた別にあるんだけれど、
私は、理想が高すぎて、等身大の彼を見ていなかったのかもしれない。

子どもが塾をサボると、なんで親はオコラニャいかんのだろう。

私の父は、母親がしっかりしてないからだという。
だから、なんだよ。・・・

誰も私の味方にはなってくれない。
私は、自分を引き受けるだけで手一杯だ。
でもね、自分のことばかりを考えていたんじゃ、
やっぱりだめなんだよね。

子どもが塾をサボる、だんなさんが女友達を作る。
思い通りにならないから、それが腹立たしいだけなのかもしれない。
思い通りになるものを別に見つけるしかないのか。
思い通りにしようというのが思い上がりなのか。

怒って、思い通りになるわけではないこともわかっているのに。

いいよね。
優しいだけじゃいけないけど、それでいやな思いを
家の中に溜めてしまっては、面白くないよね。












2005年07月05日(火)



 旧交を温める

昔、かわいがってもらった人に会う。
私の思う、もっとも「まとも」な人だ。

懐かしくてうれしくて、つい話し込んでしまい、
とうとう、夕方までその人と話した。

どうしてもそういう風になりたいと思うのだけど
なかなかどうして、何かが足りない。
私を育ててくれたはずの環境に私が
適応しすぎているのかもしれない。

私は、あなたのところに行きたい。
最近、ちょっと荒んだ日々を送っているし、
なんか心ががさがさしてしまって。

ちょっと和んだ。






2005年07月04日(月)



 今、読んでいる本。

私は本当は名前をかすかに聞いたことがあるだけだった「吉兆」
職場の書庫の整理をしていて、偶然目に留まってそのまま
自分の前において時々読むようになった。

吉兆味ばなし

吉兆という日本料理のお店の創業者、湯木貞一。
彼の話を花森安治が書きおこした本で、装丁が美しい。
死蔵されていたものを処分するためにひたすら右から左へと
本を運んでいたときで、どうしてこの本が私のところにきたのか
わからない。

でもちらちらと読んでいて、こんなにも時代の言葉を
体とその仕事で体現した湯木貞一という人、そしてその言葉を
正確無比に書き起こし、この価値に目をつけた花森さんといい
なんとも、手放せない一冊になった。

真っ黒な地に銀の文字という、およそ料理の本にはない渋い装丁が、
そして内容が料理のことばかりなのにただただ、テキストだけで
味や見栄えや、その空気が綴られた料理の本が、あっただろうか?

たぶん、この前にもないし、この後にも出ないだろう。

近頃の料理の本といえば、写真ばかり大きくて、アイデア優先で
すぐ飽きてしまうのだけど、季節の移ろいを、
味や匂いや色といった、食べるときには言葉を受け付けない快楽の瞬間を
言葉にしてしまうだなんて。

なんだか、手放しで感動している自分が恥ずかしいけど、
だから、なにか身につけたくて、子どもの漢字ノートの残りを使って
その中に出てくる漢字を書き留めだした。

料理のヒント自体は、作っている最中に思い浮かぶ程度で十分だけど
くっつり煮(た)きこむ、とか、なすのうてながどう、とか、
関西人の私が見てもなんと、豊穣な昔言葉よ、と感動してしまうもの。
今は文を書くのはパソコンばかりだから、手が飢えていたみたい。

瀟洒、だの、削がれる(そがれる)、だの、
次々にノートが埋まっていく。
ああそうだ、字が書きたいんだ。

学びたいのだとかは、思うまい。
ただ、体が、字を書きたがっている。
インターネットで日記を書いたりメールを書くのとは違う、
なにか、身体的欲求なんだな〜。









2005年07月03日(日)



 バットマン・ビギンズ

この間の日曜は、映画を見に行った。
家族で映画を見るのも久しぶりだったけど
だんなさんが割りと切れやすいので、
ちょっと気を使って疲れてしまった。

だんなさんは、封切り日とかに、つまり
家族連れなど慎重な人は前売り券を買うというときに
いきなり行っては席がないと怒って帰ってきてしまう
そんなひとなんだよね・・・

私はそういう気疲れで不機嫌になることがよくある。
そういう気疲れに労わりやねぎらう気持ちを見せないから。

そんなわけで、今回はうまくやろうとかなり
子どもたちにも協力を要請した。
「ほら、ぐずぐずしてるとお父さんがまた怒るで〜」

なんという母親だろう。悪妻愚母。わはは。

宇宙戦争やスターウォーズなどの話題作の公開を控えて
今はどちらかというと映画館は静かな方だった。
正直体調が良くなかった私は、戦国自衛隊よりはバットマンが
マシだという程度で選択したのだけど、いやあ、

よかった。
存外に楽しめた。

バットマンというのは、アメコミで単純なストーリーということしか
イメージがなかったのだけど、主役のクリスチャン・ベールという
トムクルーズ似の彼は、笑顔が素晴らしい。
かつてスピルバーグの監督した『太陽の帝国』で主演した少年、ときいて
懐かしく思った。

なぜ、人は闘うのだろうか。

孤独に耐えられないのだろうか。

なぜ、人は強くありたいと、思うのだろうか。

誰よりも、それは弱いから。

弱い自分を認める強さが、ないから・・・・

期待しないで見た映画でこれほど励まされるとは。



見る人にもよるのかもしれないけれど、
ハッピーエンドで、よかった。








2005年07月01日(金)
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