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おとなの隠れ家/日記
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2005年03月24日(木)
福岡県西方沖地震発生から4日目




相変わらず余震が続いている。
幸い、ほとんどが震度3以下で、あれから大きな被害は出ていない。

こう余震が続くと、揺れていないのに揺れているような気がする。
わずかな物音でビクッとする。

避難を余儀なくされている地域の方々がよく眠れないというのは
なれない場所での生活のみならず、
体験してしまった怖さがまだ生々しいために起ると思われる。


トマト(猫)も、かなり恐怖を味わったようだ。
今日もまだいつもより物音に敏感で落ち着きがない。
なのでたっぷりとナデナデしてあげた。








時間が経つとともに、身近でも当日の被災の様子を耳にする。
同時に、素人地震分析家たちが、地震について語る。


今回の震度6弱だったことに特に敏感だったのは
阪神大震災を被災している方々のように思った。
メールや電話でお見舞いをいただいたときには気づかなかったが
今日、こういう話をきいた。

震度6といえば三宮あたりが、そうだったらしい。
かなりの被害だったように記憶している。
阪神大震災のあと、震度の表し方が少し変わったそうだ。
福岡のでわかるように「弱・強」が付くようになったんだと。
かつての震度6は今の震度6強にあたるらしい。


地震の翌日の午後
大阪の知り合いから電話がかかってきた。
もちろん、阪神大震災の被災者だ。
彼は、福岡の街が、かなりひどいことになっていると思ったらしい。


「どんな?」
「うん、大丈夫。 うちはたいしたことありませんでした」
「ライフラインは?」
「え?」
「なんかエコーかかってない?」
「ええ、お風呂に入ってます」
「じゃぁ、電気・水道・ガスは問題なしなんだ」
「ええ、風呂に入ってるぐらいだから」


とまぁ、こっちが被災地であるにもかかわらず、緊迫感は向こうが上だった。


素人分析家の話によれば、今回の地震は

地震が起きた時間(午前11時ちょい前)は食事時ではないので
火事にならなかった。
直下型とはいえ、陸地じゃなかったので建物への影響がひどくなかった。
福岡は空港が街に近いため、高層ビルがないので避難しやすかった。
かなり揺れはしたものの、10秒程度だった。

ということらしい。
玄界島、その近辺では家が全・半壊という被害に合っているのに
命を落とした、というのが一例だけだというのも
不幸中の幸いといえるだろう。


このまま、小さめの余震で落ち着いてくれることを願うが
小さくても続いていると、そのうち、またドカンとくるような気がしなくもなく
こうして夜になると、部屋にいることが不安で
昼間は会社で揺れると、部屋が心配でと
なんだか、落ち着かない。

もしも部屋で揺れて、それがヤバそうな揺れだったら
(このへんの度合いが微妙ではあるが)
まずは、揺れがおさまるまでテーブルの下などで身を守り
揺れがおさまったら、素早く外に出る、というのがいいらしい。
玄関が開かなかった、という話は、福岡でもあったらしく
脱出口の確保はとにかく一番に、ということだ。


こういう話は、他の地での災害時にも耳にしたんだけどね
実際びびってみないと、自分にも起きることなんだと
わかっているようで、わかっていないのがバレバレだ。



福岡県、またはその近辺で
統計的には百数十年に一度の割合で、大きめの地震が起きているらしい。
それからいけば、わたしは福岡ではこの先、地震の被害に合うことはないことになる。


本当にそうか?


妊娠検査薬で、当たりのときはほぼ当たりだが、
ハズレのときは、かなり信憑性は下がるときく。

「ある」は、1回でもあれば「ある」といえるが
「ない」は、今のところないだけで、いつまで、どの範囲まで「ない」かは
絶対的なものじゃなくて、ただの確率だ。


地震国、日本。
国内では、まず大きい地震はないだろうと言われていた福岡県。
確か、中越の地震後、テレビでいっていた。
地震は心配ないんだ、なんて思っていた矢先に、これだ。


生きていると何があるか、わからないもんだ。




2005年03月19日(土)
境目




心の病気になる、ならないという境目があるとすれば
どこで、どっちに転ぶことが決まるんだろう。


わたしの近いところでは、ほとんど聞いたことがないが
このところ、遠めには結構聞くようになった。


「鬱になったらしくて」
「ちょっとおかしくなったらしくて」


症状は、とりあえず普通の生活を送っているものから
薬を飲んだり通院したり。


鬱、一言で言えば「気のふさぐこと」らしい。


たまにあるよ、そんな日なら。
ときどき、自分でも鬱、入っているのかもしれないという気がしないでもない。
ただ、自分のことってよく見えないんだよね、わたしは。
まず、どれが鬱か、よくわかんないしね。


躁であっても鬱であっても
その度合いや種類は、本人にしかわからないもののように思う。
が、その本人が、その状態に気づいてないなら?
不調だ、なんか変だと思いながらも、目の前の日々に揉まれ
なんとか生活しているとすれば、どうだろう?


たとえば不眠症。
不眠症とは安眠ができない夜が慢性的に続く状態を指すらしい。
原因としては精神興奮や不安、神経症、肉体的疾患など。

わたしの生活は、慢性的に続くという点で、不眠症の気配がある。
しかし、眠れないというよりは眠りたくない、活動OKという感じだ。
上に書いた原因に当てはまるものがあるとすれば精神興奮だろう。
しかし、神経症ではないと、言い切れないかもしれない。


ここでわたしが自分のことを「不眠症」だと自覚し
心が病んでいるから、不安なことばかりだ、という方向に考え始めると
不眠症という病気だと意識するかもしれない。
寝たいのに眠れない、そう思えば、やばい気もする。

それが元で、鬱になったりするのかもしれない。
実際、鬱かもしれない。


だが、もしもそうであったにしろ
わたしは今の生活を放棄するつもりは、全くない。
仕事をしてお金を稼ぐという路線から、自ら逸れようとは思わない。
できるだけ人に迷惑をかけたくない。


「そんなの、鬱でも不眠症でもないさ」


そう思われるかもしれないが、相手は心の病気だ。
発熱に、強い弱いがあるように
境目は、あってないようなもん
人にはわからないものかもしれないし。

とはいえ、
鬱だから、という理由で
逃れられないものが、あるんじゃないだろうか。


わたしにしてみれば
鬱だ、ともし自覚できるのであれば、そっちのほうがマシのように思う。
心の病気は、そうだとわからないから病気なんじゃないかな、と。
なんの根拠もない素人考えではあるが。



原因が解明されている病気は、治るものが多いらしい。
ということは
原因が解明されていない病気は、
薬で抑えることはできても薬で治ることは少ないだろう。
本来、生まれ持っている自然治癒力を信じるのも手かもしれない。

「病は気から」

決してあなどれない言葉だと思う。





2005年03月07日(月)
March 2005



俺の体にまたがって激しく前後に腰をくねらしている由紀をみあげながら
こいつ、前はこうじゃなかったのに、と思った。
俺的には嬉しいわけだが、誰がが教えたんじゃと気にならないわけじゃない。


息をはずませながら、横たわっている由紀の背中に指をはわせながら
俺は言った。

「乗れよ、といっても、イヤだといってたのにな」
「そうだねぇ」


それだけか?


「イヤじゃなくなったのかい?」
「ヒロが、やってほしいんじゃないかと思って」


俺のために?
そうか、俺のために、とそれを鵜呑みにして喜ぶほど、俺は若くない。


「自分で動くと気持ちいいのか?」


俺もしつこいな。
しかし、それほど由紀が感じているとは思えない。
俺の上で俺が由紀の腰を両手でとらえ、俺のほうにぐいと寄せたときにだけ
大きくのげぞり、声をもらす。
体の力が抜け、俺に身をまかせ、すぐにいってしまう。



自分で動いているときは、どこか別のところに行っているような。
まさか
別の男を思い浮かべているんじゃないんだろうか。


「自分で動いているときはねぇ、よくわからない、気持ちいいのかどうか」


由紀の声に、はっと我に返った。


「何考えて、動いてるんだ?」
「なにも考えてないよ、そんなときに、 もうヒロったら」


返事がいやに早かった。
何かある。



*************



ヒロったら、なんで急にああいうこと訊いてきたんだろう。
どきっとしちゃったじゃない。


ヒロとの付き合いは、もう長い。
体も合う、と思う。

ヒロも積極的に私を求めてくれるし
その点では特に不満はないのだけれど


私ね
もっと淫らなセックスをしてみたい。
気を失うほどに感じてみたいの。

もちろんヒロに言ったわよ、それとなく。
いろいろ工夫もしてみたりはしているんだけれど
彼、基本が早く入りたい人で
私の中ですごく気持ちよさそうにしていると
それ以上、言えないじゃない。


私が自分から彼のモノに唇を寄せるだけで
とても嬉しそうにしてる。

ヒロって淡白なのかな。
そこんとこは、よくわからないんだけれど
本音を言えば、私は自分をちょっと持て余し気味なわけ。


それで
たまにひとりで楽しんだりしちゃうわけなんだけど。
そのときに、妄想の中で私を感じさせてくれる男を
ヒロとセックスするときに、思い出してしまうの。
というよりは
妄想の彼が舞い降りてくる、というのが近いかな。


上に乗って自分で動いていると、
ちょっとシラケちゃう気分になることがあって
でも、目を閉じると、妄想の彼が私に言うのよ。

「イクまで降りちゃいけない、さぁ、もっと動いてみて」


妄想の彼の囁きが聞こえてくると、感度がぐっとあがるのがわかる。
ああ、イケナイ私。
でも、そうでもしなきゃ、私の体が静まらない......






2005年03月06日(日)
シミュレーションとシュミレーション



どう?
ぱっとみは、同じ言葉にみえるでしょ。


わたしは、ずっと「シュミレーション」だと思ってた。(自爆)
2年ほど前だっけか。
本当は「シミュレーション」だと知った。

シミュレーション 【simulation】
物理的・生態的・社会的等のシステムの挙動を、これとほぼ同じ法則に支配される
他のシステムまたはコンピューターの挙動によって、模擬すること。

<広辞苑より>

こういう説明は、わたしにとってなかなか難しい。
意味がわかっていても、説明読んで逆に悩んだりすることがある。



シミュレーションなんだが
今のところ、わたしの回りには「シュミレーション」派ばかりだ。
おそらく、シュミレーションというのは、正しくないと思われるが
シュミレーションという人ばかり。

え? わたしの耳がくさってるんだよ、って?(笑)

わたしはどうして「シュミレーション」と覚えたのか、考えてみた。
自分で辞書引いて、とか、誰かに教わって、とかじゃなくて
いつのまにか、耳にして覚えたと思っている。
なぜなら「シュミレーション」と辞書を引いたところで、あてはまる言葉はないから。

仕事でも、普通の会話でも、ゲームの世界でも使うこの言葉を
最初に自分が間違って覚えたとしても、のちにいくらでも修正できたはずなのに
長い間「シュミレーション」だと思っていたということは
おそらく世の中にたくさん「シュミレーション」といっている人が多いのだろうと思われる。

学生時代、「雰囲気」というのを、「ふいんき」と読んでいた。
話言葉も、ずっと「ふいんき」だった。
きっかけは忘れたが、ある日気付いた、「ふんいき」なんだと。
意外に他人は修正してくれないものだ。


この「シミュレーション」英文字でみれば「simulation」だから
「シュ」とは読めない。
わたしは、この単語と、英語としても出会ってなかったのか?
カタカナの落し穴ともいえる。
エネジーをエネルギーというのに似て
カタカナ日本語として「シュミレーション」という言葉を誰かが作った?


検索エンジンを使うと「シュミレーション」で486,000件のヒットがある。
しかし「シミュ」も「シュミ」も混在してのヒットとなる。

住宅ローンシミュレーション
借入返済シュミレーション
アメリカの有名なゲーム「SIMCITY」のページにはシュミレーション・ゲームだと書いてある。

「シュミレーション」だらけだ。

「シミュレーション」で検索すると3,260,000件。
こちらは、ざっとみただけだけれど「シュミ」の混在は、結果ページの最初の数ページでは
みあたらなかった。

なるほどねぇ。
これだけ「シュミレーション」という言葉が存在するなら
間違えて覚えるのも無理はない。


一度、間違いに気付くと、気になってしょうがないもので
でも、いいなれていないので、すらすらとくちに出てこない。
考え考え、しゃべらなきゃうまく言えない。
今でもときどき書き間違える。


厄介だ。


ところで

津波を英語で「tsunami」ともいう。
「つなみ」の「な」にアクセントがつく。
アクセントがつくだけでやや違ってきこえるが、日本語の「つなみ」と同じだ。