浅間日記

2008年10月22日(水) 逃げる男

ヒマラヤへ遠征登山にでかけるHを見送りに上京して、数日ぶりに
晩秋が近い信州にもどる。



夫婦円満のこつは−私の考えるところによると−、趣味や考えが共通していることではない。
思いやりも必要だが、それは夫婦関係に限らないものである。

それは二つあって、まず一つは笑いのつぼが似ていることである。
ささやかな出来事から同じおかしみを感じとれることは、日常生活に飾られた花である。

もっと重要なもう一つは、嫌なものが一致していることである。
こういうのは下らないねと、はばかることなく腹の内を明かし、
その理由について分析し、回避できる安楽といったらない。

そういうわけで、私とHはもうずっと、
意味の無い権威や慣習や、脅迫に近い親切の押し付け、
そのほか沢山の嫌なものから、一緒に逃げている。

そう、夫唱婦随を我が家に摘要するならば、それは逃げ足においてである。

Hは、その手腕においては比類なき才能を発揮し、
小動物のように感知し、ガゼルのように走りぬけ、鶏のように忘れてしまう。
その積み重ねにより、今や必要があれば標高6500mまで逃げ切ることができる。
我が国が大陸にあったならば、トラップ一家のような国境越えも可能である。



その逃げる男が再びヒマラヤへ旅立っていった。
新宿駅の湿った空気が、まだ身体にまとわりついている。

Aにとっては4度目の見送りになり、別れ際には、どうか自分のことを忘れないでくれと告げていた。

私は風邪を引いた上に、久しぶりの東京で頭がぼんやりしているうち、
ろくに話もしないまま、彼はいなくなっていた。

2005年10月22日(土) 消費者熱狂
2004年10月22日(金) はんらんの話


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