2005年10月02日(日) |
大貧民ワールドカップの行方 |
新聞に連載されている林雄一郎氏の記事を読む。
貧富の差は世界中に広がり、一層グローバル化するだろう。 さらに貧困層が富裕層に成りあがれる可能性は一層低くなっていくだろう。 そうした中で、貧困層によるテロ活動は、今後広がっていく可能性がある。 と、このようにある。
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富裕層と貧困層が発生することが、争いの種なのだろうか。 どちらかというと私は、そこにあるアンフェアの存在が問題なのではないかと思う。
大富豪と大貧民が否応なくカードを交換させられるその巧妙なルールがある限り、 林氏の言うとおり、最後の手段はテーブルをひっくり返し、ゲームをご破算にする、ということになるだろう。
そう思う一方で、 社会がフェアであれば金持ちとしての生き方と貧乏人としての生き方があってもよいではないか、というのは甘い勘違いで、 私はただ「貧しい」ということの意味が分かっていないのかもしれない。 そういう風にも思う。
フェリーニの「道」の貧しさを、私は多分とうてい理解できないし、 自尊心を残した貧しさなどというのは、所詮そうしたレベルでの貧しさにすぎないのかもしれない。
わからない。
2004年10月02日(土) アート
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