山の家へ。
生まれるとか死ぬとか考えすぎた。 しかも「一度しか死ねない」などと偉そうにぶったのがよくなかった。 私は、「家庭の医学」を読んで、片端から自分にその症状があると思い込むそんな人間だったのをうっかり忘れていたがもう遅い。
両親とAと私が、今生きてこの山の家に在ることが、はかなくて仕方がない。 もう年老いた親が死んでしまう日は遠からず来るだろう。 Aはこれからどんどん社会との接点が増えてゆく中で、生命の危険にさらされないとも限らない。 両親とAの命に比べれば全くどうでもいいが、私の不摂生のツケは死に至る病として明日にもやってくるかもしれない。
そうに違いないという思いから逃れられない。
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皆が楽しくスグリを採ったりしていても、いっこうに冴えない気分。 かけがえがなければないほど、愛しければ愛しいほど、悲しい気持ちがわきあがる。
夕闇が過ぎた頃、池の端で一匹また一匹とヘイケボタルが光を放ち始める。 はかなく、かすかな、うつろうばかりの光は私達の存在そのものだ。 私は久しぶりに、瞳の内側で泣くということをした。
2004年07月16日(金) ハイエンドライフの彼方
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