つれづれ日記。
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2012年03月06日(火) 今宵、魚のみる夢は(仮)・5

 テティスは裕福な家の家庭だったらしい。そうだよね。庭に観賞用の池があるって一般の人間の家では珍しいことなんだろ?
 彼女にはたくさんの侍女がいた。教育係に礼儀作法。時には護身術まで覚えさせられていたよ。人間も大変なんだなあってつくづく思ったもんだ。
 時々、彼女の親らしき人間も来ていた。でも言葉を交わすのは日に数回だけ。オレのことも珍しそうに眺めてたけど、さすがに口を開いてくれることはなかった。ヒトがヒトでないものに話しかけるって端からみれば危うい行為だろうしね。時々冷たい目をしていた。何かを値踏みするような、別のものに捕らわれているというか。親子であるはずなのにテティスとは似ていても似つかないというか。寂しかったんだろうね。彼女はオレに始終色々な話をしてくれたよ。家庭教師が口うるさいとか、木登りをしようとしたら慌てて周りに止められたとか。
 あと、こうも言ってた。『あなたとお話できたらいいのに』
 オレはヒトの話を理解することはできる。できるけど魚の口から出るのは魚の言葉――海言葉(うみことば)でしかない。ああ、今は本性のままでもちゃんと話せるよ? 練習したからね。
 お前の本性って何だって? 本性は本性としか言いようがない。強いて言えば海に漂う魚かな。って、オレの話じゃないからいいの。
 受けた恩は二倍にして返せっていうのが海の民の掟なんだ。だからオレは傷が治るまでの間色々と努力した。具体的には人間でいう十年くらいかな。時間はちょっとかかったけど、でもそれはついに成功した。
「あなた、誰?」
 彼女はひどく驚いた顔をしていた。そりゃそうだよね。目の前にいきなりヒトが現れたんだもの。驚かないはずがない。
 藍色の髪に紫の目。深くは考えてなかったけどこれくらいが成人男性の基準だって聞いてたから。服装はまあ、なんとなく。
 そう、ヒト。そこにいたのは魚ではなく、人間の姿を形どったもの。
「オレはリザ。君に命を救ってもらった者だよ」
 これが初めて人の姿をとった瞬間だった。






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香澄かざな 




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