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■ ありがとう そしてバイバイ またいつか ほかにはなにも 言葉がでない
タイフーン娘あみっちこと、あみ。 2006年8月27日深夜。没。
食欲もなく黄疸も出ていたのに、ほんとうに眠るような穏やかな最後だった。
風邪をひいて鼻がガビガビで、やせ細ったあみっちと出会った11月の夜。 あれから6年。病気持ちだったから「長くはないかも」と言われ、覚悟はしていたつもりだったけれど。
私が中学生のとき、初めておこずかいで買ったスカーフ。西洋占星術の12宮を図案化した、いかにも70年代なそれ。 とてもお気に入りで、でも、さすがにこの年ではちょっと、というデザインに、捨てるに捨てられず引き出しで眠っていたのを引っ張り出して、あみっちの死出の衣装にした。 サイケ(死後)なスカーフは、あみっちによく似合っていた。
28日は朝から火葬の手配をして、獣医さんに報告して、リュウに伝えた。 サッカークラブのユースの応援に行くので朝はゆっくりだったのだけど、声をかけたら、「え?」と言ってとび起きた。出かける前にお別れしなさいね、と伝え、私は仕事があったので外出。 あみっちに触れることができたのをとても喜んでいたから、きっとその分、つらかっただろうと思う。居間に寝転ぶリュウの腹(私の脂肪腹とは違って、割れてて堅い)にのっかって眠るあみっちの姿に笑ったのも、もう思い出だ。 夕方、あみっちを火葬に。骨はしっかりして硬くて、キンと鳴った。まるで備長炭みたいだった。 帰宅したら、リュウが引きこもり姫のキラリンを除くニャン、ショー、練々に囲まれ、遊んでいた。意識的にはしゃいでいる様子がわかって、でも、私がわかっていることに気づくと、とても困惑する思春期のツッパリ心を尊重して、一緒にはしゃぐ。
29日。朝から仕事で出かけ、帰宅途中に食材の買い出しをした。 あみっちが好きだったカリを見つけ(食欲がなくなると、そのカリで釣ってご飯を食べさせていたのだ)、「あ、買わなくちゃ」と思ってから「あ、もういいんだ」と思った。 途端、泣きそうになってあわててその場を離れた。帰宅した途端、涙が溢れ、止まらなかった。 ジュリナのときも、ポッポのときもそうだったけれど。 喪失の実感は遅れてやってきて、そして長く長く気持ちのなかに居座る。
30日。あみっちが所かまわず(というか、あみっち的にはお気に入りの場所だったのだろうが)おしっこをするから、自衛のために敷いていたペットシーツ類を片付ける。そういえば、猫トイレの周りに新聞紙を敷き始めたのも、あみっちのおしっこ癖のせいだったっけ。 手間がかからなくなって喜ばしいはずなのに、やっぱり泣けてくる。 ポッポにはそういう意味での癖はなかったけれど、ジュリナの壁紙で爪を研ぐ癖も、生きていたころは「はぁ〜」とため息をついていたのに、ぼろぼろの壁紙を取り替える気には、いまだならない。
31日。明け方、よくあみっちが私のベッドのやってくるぐらいの時間帯。ふっとあみっちの気配を感じた。 目を開けてから「そうだった、もういないんだ」と思う。そして、そういえば、あみっちが脱走したときも、よくこんな時間に目を覚ましたな、と久しぶりに思い出した。 気がつくと、外から猫の声が聞こえている。あの声を聞いて、あみっちだ! と思って飛び起きて、探しに行ったんだっけ……。 もう、そんな心配をすることもないんだな。 ああ、こんなところにおしっこされてるとため息つきながら、掃除をすることもないんだな……なんだかな……。 また泣きそうになったので、とりあえず眠る。 起きたら、夏風邪をひいて発熱していた。
2006年08月31日(木)
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