消えてゆく小さなこと


消 え て ゆ く 小 さ な こ と

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1924年09月30日(火)

一番小さい月が
あまりに遠く
プラチナのように輝く

いつになったら
どこへ落ちるのか
大きな軌道


1924年09月29日(月)

清楚ということば

どこへいった

ひねくれてるよ


1924年09月28日(日)

それが何なのか
なぜそこにあるのか
なぜ置かれているのか

不明なものに
存在価値はあるのか


1924年09月27日(土)

穏やかな夕暮れ

春のようだ

こんな日は

疲れなど消えている

次の課題への

力がわいてくる


1924年09月26日(金)

プラン作りは重要だ
よく練られたよいプランは
事がスムーズに進む
ゆとりもある
想定も素晴らしい
優先をつけやすい

だったけれど
想定内でも外でもなく
想定以上の課題出現
驚かないけれど
おやまぁコンニチハ
祝杯は無期限延期


1924年09月25日(木)

効率が悪くなってくると
面倒だなぁと思う

でも
人間は便利になると退化する
そう思えば何でもリハビリ

手も足も頭も
不便を越えろ


1924年09月24日(水)

明日 祝杯をあげられるかな

目指して頑張ろう

一応の区切りがつくだろうから

その後はもうメンテしかない


1924年09月23日(火)

最近中日阿部選手のファンになった

野球に詳しいわけでも
ドラゴンズのファンでもない
名前と顔がわかるのは
イチロー選手(過去)と大谷さんで
そのチームも知らない

バッターボックスで
たいていの選手はガッツむき出しで
バットをかつぐようにして
先をゆらゆらしているのだけれど

阿部選手のバットが
まっすぐ立ってピタッと止まった
時間が止まったみたいだった
それが印象的だった

無の境地の禅僧か仙人
剣の達人みたいに見えた
ボールがスローで見えるのかも
初めて見たとき
一目ぼれでファンになった

打てるのかなぁと思ったけれど
そこそこ打つ人だったんだね
ホームランも打った
3番の人だった

応援歌がおもしろい

〜〜
新たな時代へと 
今スタート(「マスター」が入ってる)
<かっとばせ〜 あ〜べ>


1924年09月22日(月)

失敗かな もう一度やってみよ

この気持ち

自分を奮い立たせて でなく

ふつうに自然に思っている

メゲてもいない

これ GABAさんなのかな


1924年09月21日(日)

自分にエールを送る


栄光も輝きも

自分で自分の胸に


その祝杯をめざして


1924年09月20日(土)

少しずれを感じる
それは落ち着かない
頑張って直しましょう

何の違和感も覚えないことが
落ち着くということ
祝杯はまだ

眩しさでよく見えていなかった
というのが理由なら
次は正念場
時間を変えてしっかり見て


1924年09月19日(金)

何とか頑張りたい

目鼻はついた

守護神のご機嫌次第

認めてもらえるかどうか

冬になるのはキケン


1924年09月18日(木)

何を基とするのか
ぶれたことが敗因

選択を誤り
ばらばらになった

落ち着きを取り戻す設えを
練り直すことが肝要


1924年09月17日(水)

雨上がり
強くて冷たい風の日だった
冬の風のようだった

空の上層と下層で
風の向きが違っているのか
雲がクロスして速く流れてゆく

上の流れにうろこ雲 
下の流れにわた雲

高さの違う雲が
どちらも留まっていない

それぞれの風にのって
見上げると
上下の雲が交わらない交差で
吹き飛ぶような速さで流れていた

初めてこんな光景を見た


1924年09月16日(火)

選手の優勝インタビューで
お決まりのように早口で
言い忘れてはいけないかのように
順々に相手をならべて
感謝という言葉を聞く
食傷気味で またかと思う

そうではなくて
普通のときに
お世話になったと感謝の言葉を
見聞きするのは心温まる
その人の人生に
ずっとあったのだろうと思う


1924年09月15日(月)

災害になるほどの豪雨や長雨は
もちろん困るけれど
雨は生きるものへの恩恵だ

実質必要な水を与えられる
そのほかに
時間を与えられる

まさにやっぱり
晴耕雨読の言葉どおり
考える時間を与えられる

秋の雨の日はしずかだ


1924年09月14日(日)

いろいろやってみた
失敗しないように調べてみた
でも調べれば調べるほど
失敗しないようにすることの
難しさを感じる

素人のすることだもの
自分でできる範囲の手順だもの
失敗を恐れていたらできない
というか失敗するかも と
思えてきた

いいよ失敗しても
命を落とすわけじゃなし
再度挑戦すればよし

ということで
失敗覚悟のGOになる
それもまた楽し


1924年09月13日(土)

今日の雨を期待する

梢の先まで

新葉の先まで

命を満たせ

根にもしっかり

保ちおけ


1924年09月12日(金)

藍の移ろいは
動かぬことの重み
そう思っていたけれど

気づかぬまま
愚かな慰めを重ねていた
その破たんなのか

亀裂のその意味


1924年09月11日(木)

発端は自分の安易にあって
ほぼ自分の責任なので
全部最後までやりなおすつもり

助けを呼べる作業ではないし
呼べる立場にないし
とりあえず一人で

あとどれくらいかな
まだ1週間はかかるかな
満足のいく仕上がりこそ
作業の醍醐味

出口は見えているけれど
ほかの作業と併行だし
天候次第


1924年09月10日(水)

それは

人を拒む気持ちがつくったもの

受け入れる気持ち無くつくったもの

だから閉ざされている

バリケードのまま

ずっと


1924年09月09日(火)

わかるひとにはわかるから

それでいいのでは


わからなくてもそれまで

それでいいのでは


1924年09月08日(月)

その家のフェンスの隅で
ちいさなひとたちが頭を寄せて
何やら一生懸命やってる

土でぷりんをぽこぽこと作っている
面白いからどんどんやってる

おもしろそうだね
たくさんできたね 
じょうずだね 


でも
がんばってるねはちがう気がした
楽しくなくなったらやめるよね
がんばってしてるわけじゃないから

そう思ったけれど

彼らなりに頑張ってるのかも
ひゃっこつくろう とか
はしっこまでならべよう とか
思いがあって一生懸命なのかも

やっぱり がんばってるねだね


1924年09月07日(日)

金木犀が香りながらも
寒い秋もあったけれど
でもこんなに寒かったっけ
指先まで凍えるような気がする
着るものに戸惑う
季節感が混乱する
暑い日々から
体が戻ってないだけかな

十月半ばの神社のお祭りの夜に
冬のコートを出した年もあったし
文化の日の動物園が
夏みたいに暑かった年もあった
秋は極端 夜は冷え込む

冷たい雨もおさまったから
カンカン照ってほしい
早く地面が乾いてほしい
ぬかるみ御免
外の作業ができない

とにかく家じゅう何処も
金木犀の香り


1924年09月06日(土)

道具を使うのは人
道具にあったスタンスは
道具ごとに合わせて
人が変えないといけない

人が道具に合わせる
それも含めて扱えるといえる
使いこなせるといえる

プロならふつうに無意識にこなす


1924年09月05日(金)

私は変われる
いつだって大変身できる

変われないのは貴方
変わろうとは思わない
面倒がりのナルさん


1924年09月04日(木)

異国に暮らす
異国の文化と思えばいい

違和感があっても
いつかは馴染める
住めば都になると

自分の足でたどり着いた
安住の地と思えばいい
ちいさな異国と思えばいい


1924年09月03日(水)

全てを新しくすることはできない

古いものばかり継ぐことも無理

そのことを身をもってわかったなら

美しい融合を考えよう

それは新たなものになる


1924年09月02日(火)

今日が勝負

どこまでいけるか

気合いを入れる


1924年09月01日(月)

周辺の大きな金木犀6本が
咲き誇りだした

2階の窓から正面に
蜜柑色の大きな雪洞のように

枝に並ぶ花々は
台湾の夜空を上ってゆく
無数のランタンのように

金木犀の香りは重い
風のない日
香りは一日満ち満ちて
あたり一帯その底にいる




天窓より          


−ともすれば消えそうになる自分を見失わぬよう−       

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− ささやかに −          

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日付は通し番号として記しています         


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