< 寂しさの裏はまた寂しさでしょうか >
自身の意識から、 言葉は産まれ育つ物だから。
自身の意識を司る領域で、 自身の言葉は、 産まれ、 錬られ、 そして口や手へと運ばれるから。
例え相手を想い、 相手に贈った言葉や文字であっても。
其れは、 自分自身の想いや、 自分自身の状況を、 克明に記録して隠し持って居る。
貴女から届いた言葉に、 素直に浮かんだ一つの言葉。
貴女から届いた文に、 返信として贈り返そうとした言葉。
「それは貴女の気持ちじゃないの?」
この言葉が持つ残酷性に気付いて、 送信の寸前で、 何とか踏み留まった。
盆休みに顔を出す事も出来ずに居る、 親不孝者に。
「お母さん寂しがるんじゃない?」
そう言う貴女の本心が、 何処に在るか。
其れに気付けたのは。
きっと俺の意識下にも、 同じ想いが存在したからに他ならないんだね。 |
2003年08月16日(土)
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