無責任賛歌
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記




ホームページプロフィール掲示板「トーキング・ヘッド」メール
藤原敬之(ふじわら・けいし)

↑エンピツ投票ボタン(押すとコメントが変わります)
My追加


2002年01月07日(月) 食い放題に泣く女/『エンジェル・ハート』2巻(北条司)ほか

 朝、しげを起こすが、全く反応がない。
 最近、「食いものにだけは優しい」なんて言われているので、他の面でも優しいところを見せてやろうと寝かしてやる。
 昼過ぎに迎えだけ頼む。

 今日もまた昼食は「スタミナ太郎」で食い放題。
 なのに、朝方なにか余計に食いでもしたのか、しげ、皿を2、3枚しか交換しない。
 「……やっぱりこの店、嫌いなのか?」
 しげ。首を横に振って、
 「この店、種類がたくさんあるやん?」
 「うん」
 「……でも全部は食べれんやん?」
 「……うん」
 「それが悔しいとよ」
 と言ってため息をついたその目には涙まで滲んでいる。
 ……2、3枚皿を交換して、焼肉だのトンカツだの寿司だの食ってて、それでもまだ食いたいと言うのは、やっぱり「餓鬼」にとりつかれてるんじゃないのか。

 正月休みももう明けるので、ちょっと豪遊しようかと、西銀を回って、おカネを降ろす。
 と言っても、回るのは積文館(本屋)とゲーセンだ。
 ゲーセンといっても、私はUFOキャッチャーくらいしかやらないんだけど、今日は調子が悪くて、千円ほどスってしまう。まあ、是非ほしいってほどの品もなかったから、まあいいか。
 『GMK』のガシャポンがあったので、2回ほど回してみる。
 一つ目はキングギドラ2001で、やっぱり首が短い。どういうわけかもう一つはジェットジャガー。……なぜ今? 別に復活の兆しがあろうとは思えないが(されても困るぞ)。

 外は小雨が降って寒い。
 なのにこの冬はあまり風邪を引いてはいない。雪もまだちらつく程度だし、暖冬なのかな、今年は。
 こういう年の翌年は反動で災害が起きることも多いので、そこそこ雪くらいは降っておいてほしいんだけど。

 帰宅してひと寝入り、あとはひたすら日記を書く。
 既に「追いつく時は追いつくさ」くらいの感覚で書いているけれど、さて、それでも毎日読みに来てくれる人がいるというのは嬉しいことだ。
 でも、もう記憶がほとんど飛んでるので、マンガの感想なんか、書いたか書かないか、思い出せんのよ。いちいち昔の日記読み返して確かめるのもめんどいし(第一、それをやるとしげが「自分の文章に浸ってる」とイヤミを言う)。
 同じ本を二度三度読み返したりするから、なおのこと記憶が混乱しちゃうのだが、仮に二度書きや間違いがあったとしても、「一篇読んだぞ、その記述」ってツッコミがあればあったで楽しいと思う。
 その際にはどうぞ掲示板等をご利用下さい。

 マンガ、北条司『エンジェル・ハート』2巻(新潮社・530円)。
 オビに「100万部突破!」と麗々しく書かれてるけれど、なんだかんだで『バンチ』で一番売れてるの、これなんだな。『シティーハンター』人気、未だ衰えずといったところか。
 槙村香の死と、その心臓を移植された少女「殺人兵器・グラス・ハート(G・H)」、というトンデモナイ設定で始まったこの新シリーズ、しげが旧作のファンだったものだから(私は途中で買うのやめた。設定が突拍子もなくなったのとキャラの描き分けの下手さにあきれて)、ついつい買ってしまってるが、意外に面白くなってきた。
 冴羽潦(漢字がねーよ。ホントはケモノ偏だ)とG・Hの出会い、もう少し引くかと思ったけれど、2巻でもう合流。愁嘆場もあまり長くなく、すぐにアクションに移って行くテンポの早さは悪くない。
 歌舞伎町を無人にし、そこでG・Hを追って来た青龍部隊と戦おう、という潦の作戦、勝手知ったる狭い空間でゲリラ的に敵を翻弄しようってことなんだろうけれど、この手のパターンのアクション作品は、これまでにもマンガ、映画を問わず傑作が目白押しなので(『ホームアローン』だって基本的にはそうだもんな)、どう差別化を図るかがカギとなりそうだ。
 しかも街一つを使ってってのは、なかなか度胸のいる設定だぞ。2巻の段階では、潦がどんな「ワナ」を仕掛けているか、まだ分らないけれど、単に「爆薬を仕掛けて一網打尽にする」とか「鏡を利用して誤射させる」とか、それこそ使い古された手だけはやってほしくないよな。
 ……しかし、潦の「コンドーム持って勝負パンツに着替えて来い」というセリフだけで「地域の完全封鎖・SATに出動要請」と読み取った冴子のカンもすごいよなあ。これが腐れ縁の効果ってヤツか(^o^)。
 それから、もうそろそろG・Hの本名も明かしてほしいぞ。


 『コミック伝説マガジン』No.4(実業之日本社・380円)。
 今回のメインは『ワイルド7』復活編、『飛葉』だけれど、元のシリーズはあまり熱心に読んでなかったので、ラスト、飛葉がどうなったかよく覚えていない。確か死んだか行方不明になったかしたかだったと思うけれど、そのあと『新ワイルド7』とかも描かれてたよなあ。どこからどうつながってるか、わかんないや。
 もっとも旧作のほうもムチャクチャ個性的な構図と話運びで、コマとコマがどうつながってんだかわかんないマンガだったけど。

 復刻マンガは藤子不二雄Aの『怪物くん/新年パーティはザ・モンスターズでいこうの巻』。単行本収録の際には「新年パーティ」が「仮装パーティ」に改変されていたので、オリジナル版としての復刻である。
 集まってくる怪物の中にキング・コングやサイクロプス、ジョージ・パル版『宇宙戦争』の火星人やらハエ男、ギルマン他、モンスター映画ファンがニヤリとするような面子が揃っているのがニヤリとするところ。けれどやっぱり藤子さんオリジナルの怪獣「ノールス」は、「ノンビラス」と名前を変えられたまま。この程度のコトバ狩りに対抗することすらできんのかねえ、出版社は。
 『筒井康隆全漫画RETURN』、今回は私の一番好きな『色眼鏡の狂詩曲』。アメリカの少年が作者の元に送りつけてきた「日中大戦争」という小説を漫画化したもの、という設定なんだけれども(もちろん実際には筒井さん自身が話も絵も描いている)、これなんかトンデモ架空戦記ものや映画『パールハーバー』の元祖みたいなもんだよなあ。中共が日本に向かって原爆ミサイルをぶっ放すけど、軌道を外れて全世界に落ちまくる、という話事態もキテレツだけれど、日本にまだショーグンがいたり、中共のコンピューターが猫の毛の静電気で動いてたりとディテールが偏見に満ち満ちているのが大笑い。
 けれど今回の作者解説で、絵的なギャグのほとんどを夏目房之介が案出していたことも披露された。全く、知らない間に夏目さんのファンになっていたんだなあ。

2001年01月07日(日)  ああ、あと三日休みが欲しい(贅沢)/アニメ『人狼』ほか


2002年01月06日(日) 言えない話と男の優しさと英語落語と/『西岸良平名作集 蜃気郎』1巻(西岸良平)ほか

 今日も朝から日曜出勤。おかげで『アギト』を始め、朝の番組は軒並み見られず。
 最終回が近いものばかりだってのに、どうしてこんな時に仕事をさせられるのか。
 ええいこれはオタク差別だ、この世からオタクを消してしまおうとする陰謀だ、きっとそうに違いないと歯噛みつつ、マジメに仕事。
 小心者だから職場に「アニメ見るので休みます」とは言えない(もちろん小心者でなくたって言えない。そんなことくらいはわかってますってば)。
 こういう時にはたいてい面白いことが起きるんだが、その辺、アップできないのが残念なんだよなあ。
 私自身は実は全くモラルのない人間なので、他人のことなんか一切考慮せずに、仕事場で起こった出来事をそのまんま書き散らしたりしたくなる衝動がしょっちゅう起こるんだが、社会的にはモラルを重視せねばならない立場にいるので、そうもいかないのである。
 それでも「この世の中にギャグにしていけないものなんて何一つないんだ!」と言うとり・みきさんの叫びはココロの励みになる。「世の中言っていい事と悪いことがある」なんて偽善に従ってたって、つまらないものね。
 定年退職したら思いっきり書き散らしてやろう。
 そのためにもあと20年は生き続けたいのである。


 仕事帰りはタクシー。
 しげが練習に行っているので久しぶりだったが、偶然、以前「UFO見たことありますよ」とネタを振ってくれた運転手さんであった。
 私の仕事上のことでいろいろ話をしたが、これまたここにはアップできない。外形だけ、差し障りのないように言うと、私は職場では常識がないように言われることが多いが、それは結局「タテマエ」を無視してしまうからなんである。でも、その「タテマエ」が大きなひずみを生んでいることは、世間の「常識」なんで、そのことを指摘するとたいていの人から大いに頷いてもらえる。
 私を知る人は信じないかもしれないが、たいていのメンタルテストで私は「無難な常識人」と出てしまうのだ。もちろん、私自身、そんなの信じちゃいないが、「常識に基づいて行動しよう」という感覚で選択肢を選べば当然そうなる。その「常識」とは、ウチの職場の常識ではなくて、「世間知」としての常識である。
 ちなみに、ウチの職場の「常識」に基づいて受けると、これがたいてい「ブラックリストタイプ」になるのな(^o^)。
 ウソのようなホントの話である。
 運ちゃんからは降りる時に「がんばってくださいね」と激励されてしまった。「自分が正しい」と思いこんでるやつらしかいない中で仕事をするってのも並大抵ではないよなあ。
 そのへん、せめてしげだけでも感じてくれると嬉しいんだけど。


 『サイボーグ009』 第12話「なぞの無人島」。
 さて、今回のこれはもう完全オリジナルかな。それとも石森さんのSF短編にこんなのがあるのかも。……なんか「ロボットが意志を持つ」ってネタ、あまりに多すぎて、オリジナルだとしたら新味がない。ストーリー的に必要な話とも思えないし、なんでこういう話を挿入するのか?
 偵察機トルドーで食料調達に出かけて遭難し、無人島に漂着した005、6、7。まあ、このメンツってだけで「ギャグ編」だってことはわかるけれど、そのわりに余りギャグが利いていない。ヒドイと言うほどではないが、作画のキレが悪いせいで笑えないのだ。
 三人が沼や岩場や流砂で立往生するシーンを、画面の切り替えでなんとかギャグっぽく見せようとしているが、この効果がともかく薄い。そのあとの007のリアクションが枚数不足で不充分なせいだ。
 無人島は、ブラックゴーストの廃棄された軍事施設だったとわかり、一行は監視ロボットと出会う。006とこのロボットの間に友情が芽生え、三人の危機を救う、という展開はもう充分読めるんだから、演出に工夫がないと楽しめるものではない。
 どうして「ロボットに意志なんてあるはずがない」というアンチテーゼをきちんと見せておかないのかなあ。意志のないはずのロボットが意志を見せる、そこに感動が生まれるのは『ジャイアントロボ』以来の鉄則だろう。なのに最初から006とロボットが友情を交わしているように描写していったら、予定調和でしか話が終わらないじゃん。『ロボ』は横山光輝でイシモリじゃない、というご指摘もあろうが、だったら『大鉄人17』はどうなるのか。『ロボ』のパクリ、と言われてもしかたがないぞ。しかも稚拙な。
 こういうのを典型的な「シロウトの脚本」というのだ。外形だけなぞって魂がこもってないっていうことだね。脚本の根本歳三、『キカイダー01』に続いての脚本で、多分これ以前に脚本経験はない。なぜよりによって『009』にシロウトを使うのよ。義理かコネか?
 ……せめて構成の大西信介がダメ出ししててくれたらと思う。それとも、それもできないくらい、スケジュールが押してたのかなあ。あとはDVD化する時に作画に手を入れてもちっと面白くしてほしいと思うけれど、最悪ってほどじゃなし、中途半端にまあまあの動きだからほったらかされる可能性も大きいかな。
 やれやれである。
 「放浪編」はもういいから、いい加減で「ベトナム編」に行ってくれ。


 しげの帰宅を待って、また「めしや丼」で食事。
 前回と同じく「鶏鍋」を注文する。一旦気に入ったら、同じものをしばらく食べつづけるのが私のクセなんだが、これは栄養が偏る原因にもなる。でも鶏鍋は野菜も入ってるし、それほど偏食ってことにはならんだろう。
 それでもちょっと味が濃いかな、と思って肉をしげに分けてやる。
 いつものように、しげは「いいと? 肉が減るよ?」と聞くが、分ければ減るのは当たり前だ。それとも肉がほしくはないのか。
 「食べ物にだけはアンタ、優しいね」
 「だけはってなんだ。なんでもオレは優しいよ」
 「……他の人に聞いてみてん、アンタが優しいかどうか」
 「みんな言うよ、オレが優しいことに、しげだけが気づいてないって」
 「それはアンタが、オレ以外の人間に優しいってことやろ?」
 ……肉をもらったってのに、どうして浮気者扱いされなきゃならんのかなあ。
 

 夜、何気なくテレビを見ていると、外国人の女性が、高座に上がって落語を演じている。しかも全部英語で、所々に「ソウゼンジ」とか「アダウチ」とかいう単語が混じる。
 なんだなんだ、と番組表を見ると、『NNNドキュメント'02 新春企画 RAKUGOでGO! 英国人女性・ ダイアンが行く』 という番組だとわかった。
 女性は、大阪の下町で暮らすイギリス人のダイアンさんで、自分で着物も作り、華道と茶道の師範を持っているとか。
 で、彼女は落語を英語圏の人にも知ってほしいと、年末にロンドンで開かれた「日本フェスティバル」に出演しているところなのだ。ダイアンさんの演目は、彼女をこの世界に導いた故・桂枝雀の『宿屋仇』。
 ううん、この落語は聞いたことがないぞ。もちろん、英語で聞いていても、間の取り方の悪さは伝わっちゃうし、実際その場の観客が感心しながら見てはいても笑っちゃいないんで、ウケてないんだなあ、ということはわかるが、こういう人がいるのは嬉しい。
 「落語が外人にわかるかよ」という意見もあろう。異文化を簡単に移植などできないというのもわかる。確かにそうかもしれないが、だったら、海外からの移植分化で作られてきた日本文化自体を否定することになりはすまいか。
 初めは模倣、練られてオリジナル、ということは将来的に充分考えられることだ。スタンダップコメディに対するシッティング・コメディってのが英語圏に生まれたっていいんじゃないかなあ。
 別に「日本」が世界共通の言語になることを望んでいるんじゃなくて、新しい文化が生まれることを期待したいんである。
 ……それはそれとして、桂枝雀全集のCD、ほしいんだけれど、映像がついてないってのがネックなんである。これがDVDだったら揃えたいんだが……って、だからそんなもん買うカネなんてないってば。


 マンガ、『西岸良平名作集 蜃気郎』1巻(双葉社・300円)。
 このシリーズも連載時に読んでた記憶があるんだけれど、やっぱり『漫画アクション』に連載されてたのかな? そのへんはもう、ウロ覚え。
 ミステリ的にも意外とトリッキィで、『三丁目の夕日』でしか西岸良平を知らなかった私が、彼を見直したキッカケになった作品でもある(だからエラソウに言うなってば)。
 タイトルはなんだか「魔天郎」みたいだけれど、これは横溝正史の『真珠郎』にインスパイアされたものと考えていいだろう。小林信彦のパロディもあったし。「○○郎」ってシャレ、犯罪者をイメージさせたりするのかな。
 もっとも怪盗の造型としては、若きディレッタント、といった感じで、「真珠郎」の残虐さはない。やっぱりルパンの落とし子で、女性と淡い恋もするが、入れこみはしない。ロボットに化けたりするあたり、乱歩の『青銅の魔人』も入ってる。ドイル他のトリックを流用しているあたりも、できるだけマンガをバラエティに見せようとする作者の意図が見られる。
 すごい傑作、というほどではないが、通常の西岸ワールドとは一風違った味わいを楽しめる一冊であることは間違いない。

2001年01月06日(土) ああ、今日は土曜か。今気づいた(^_^;)。/映画『ビッグムービー』


2002年01月05日(土) 食って寝て食って歌って/ドラマ『エスパー魔美』第1話/『ピグマリオ』7巻(和田慎二)

 仕事は午前中のみ、昼飯をどこで食うかでしげと揉める。
 「スタミナ太郎でいいんじゃない?」
 と私が言うと、「ホントはスタミナ太郎好きなん?」と言われる。
 そりゃ、千円以内で食べ放題なら魅力だよ。特にこう鬱が続くと、食って発散することくらいしか出来ないし。
 見た目、余り変化がないように見えるかもしれないが、それはもう、常識人として生きようとする私の修練の賜物であって(^_^;)、鬱の中に逃げこもうとする私を、もう一人の私がなんとかフォローしているのである。
 ……そうだよなあ、私がつい、しげに対して怒ってしまうのは、しげが自由にヒスを起こすのを見て、「俺はこんなにガマンしてるのに」と思ってるからなのだよなあ。
 もちろん、たいていの場合「自分だけが」と考えているのは間違いであって、相手だって相当ガマンを強いられているのに違いないのだが、そのことに気づかないのがストレッサーズである証拠なのである。
 実際、食って気分が晴れるわけではないことを知ってて食に走る状態が既に鬱。あとはひたすら寝て鬱をごまかすしかないかなあ。


 と言うわけでもないが、昼はたっぷりと睡眠を取る。
 今夜、映画を見る予定なので、途中で眠らないようにするためだ。四、五時間は優に寝て、英気を養う。
 本当に養えたかどうかはわからんが。

 夕方に起きて、NHK教育『エスパー魔美』第1話を見る。
 予告編段階で感じていたことはすべて的中。
 やっぱり個人的な感想としては、主演が魔美のイメージとは程遠い。意外にビックリしたのは、どこまで改変されるかと思っていたストーリーラインが結構原作に忠実だったこと。もちろん、画家のお父さんの前でヌードモデルになる描写はないが。
 原作者自らが、「魔美のヌードを出したのは少年マンガの限界に対する挑戦」と言い切っていたのだから、これこそが「原作の改悪」と主張をすることはできるだろう。下手にこういうことをされると、制約の少ない映画やOVAで、もっと魔美のイメージに合う女の子で、ちゃんとヌードで映像化してほしいという気持ちも起こってくるのである。
 いや、誰かにではなくて、自分でもホームビデオででもいいから藤子作品を映像化するなり戯曲にしたててみたい気は起きているのだ。無謀だってことはわかってるけど、この魔美を見せられると、どうしてもそう言いたくなる。
 オリジナルな設定で、魔美の親友が出てくるけど、これが『エイリアン9』『ナジカ電撃作戦』の井端珠里。まあ、魔美に比べりゃ遥かに顔出しに堪えてるけど、でもやっぱり動きはシロウトだなあ。……って、そりゃ14才だから仕方なかろうが。
 しかし、次の『カスミン』との間にCMが全く入らず、ビデオ録画の切り替えが出来ない。これはもう、『魔美』のほうは総集編再放送を待って録画するしかないかなあ(って、やっぱり録るんかい)。 


 今日こそは『ハリー・ポッター』を見に行こうと、6時過ぎに玄関を出た途端、しげの携帯にエロの冒険者さんから連絡が入る。
 「ぴんでんさんがこちらに来ているんですが、飲みに来ませんか?」とのお誘いである。
 今日を逃すとまたしばらく映画に行く時間が合いそうにないから、どうしようかとしげに聞いてみると、満面に笑みをたたえて「飲む!」と一言。やはり、こういう機会は逃さないのだなあ。

 エロさんのご近所の居酒屋でともかく食う。
 大人数での宴会も楽しいけれど、小人数だと、自然、周囲のことを気にしなくなるので話が自然と過熱する(人が多いと、話題についてこれない人がいないかとか、そんなことを気にしてしまうので、つい自分が喋るのを控えてしまったりするのだ)。
 「最近のバラエティはどうしてつまらないか」みたいな話題から始まって、ぴんでんさんがいきなり「コメディアンは独身に限る論」(なんだか『目黒のさんま』だな)をぶち上げたものだから、もうテンションが一気にリミッターを越えてしまったのだ。

 曰く、「結婚すると家庭に安住するからコメディアンはつまんなくなる。『ダウンタウン』の松本がよくて浜田がよくないのはそのせい。松本はピンでも立てるが浜田は立てない。『爆笑問題』も太田の方がいいように言われてるが、太田もやっぱりピンでは立てない」とか言うものだから、エロさんも私も猛烈に反論する。もちろん「家庭を持ってて大成したコメディアンもいるのではないか、タモリやたけしはどうなる」、とかなんとか。
 ぴんでんさん曰く、「家庭を持ってても真のコメディアンは家庭の破壊者になる」。いわゆる「芸のためなら女房も泣かす」ってヤツだろうか。
 なるほど、以前、筒井康隆が「現代作家がつまんなくなったのは品行方正なやつらばかりになったからだ」とかエッセイで書いてたが、既成の概念を破壊することが身上みたいな作家、芸人、コメディアンが小ぢんまりと収まってたらつまんなくなるのも当然だろう。
 横山やすしが伝説化されちゃうのは、あの人が最後の「破天荒型コメディアン」だったからかもしれない。

 コメディ論は延々と続き、とても全部をここでは書ききれないのだが、途中、エロさんが「グループキャラクターとしてのコメディを確立したのは『ドリフターズ』が最初だ」という発言につい「クレージーキャッツは?」とツッコミを入れてしまう。
 「クレージーは結局、ハナさん植木さん谷さんくらいで、あとは個性がない」と言われて、「でも他のメンバーだって……」と、クレージーの名前を挙げながら、ハナ肇、植木等、谷啓、犬塚弘、桜井センリ、石橋エータローと来て、最後の一人の名前がスッと出て来ない。
 なんと、エロさんもぴんでんさんもしげも七人目の名前をど忘れして出て来ない。
 「図らずも私の論が証明されたでしょう」とエロさん、勝ち誇る。ううむ、ドリフも好きだがクレージーはもっと好きな私にしてみれば、「そんなことない」と言いたいところだが、実際、初期の「クレージー映画」では、最初の三人以外はホントに十把ひとからげ的に扱われていた例も多いので、これも反論がしにくい。
 なんとしても最後の一人を思い出そうとして、ふと、心の中で、「そう言えば『無責任艦長タイラー』の中でクレージー・キャッツはパロディにされてたよなあ、植木等は『ジャスティ・ウエキ・タイラー』で、ハナ肇は『ハナー提督』で……」と考えていたら、スッと名前が出てきた。「……『ジェット・シン・ヤスダ』……『安田伸』!」。
 みんな、「ああそうだった、なんで忘れてたんだろう」と頷きあうが、まさかみなさん、私がこのときタイラーがらみで思い出したとは全く気がつかなかったであろう。
 全く、オタクはこういう連想しないとモノが覚えられないのかねえ。

 私もこのときは酔っていた。
 升酒が店のサービスで振る舞われて、運転のために飲めないしげの代わりについ飲んじゃったのだが、何しろ白酒飲んでも三三九度の杯でも酔ってしまうくらい分解酵素を持たぬ私であるから、これはもう効果覿面である。
 ついつい言いすぎもあったと思うが、ご容赦願いたい。
 実際、大学時代、酒グセが悪く、知り合いに多大な迷惑をかけたことがあるので、体のこともありはするが、酒は本気で断っているのである。

 せっかくだから、ということでカラオケに行こう、という話になったが、エロさんのご近所、めぼしいカラオケ屋がない。
 そこでうちの近所のシダックスまで遠征。
 初心者のクセして思いきり遠心力をかけてカーブを曲がるしげの運転にエロさん狂喜する。……本当に飲んでなかったのか? 私の目の届かないところで(つーか隣にいたけど)、こっそり飲んでたんじゃないのか(←あ、もちろん冗談だからね)。
 深夜だってのに部屋が込んでいて、アニソン関係の充実した機種がない。
 それでも歌える限りの特撮、アニソンをみんなで続々入れる。
 先日からピープロ番組の話題で盛り上がっているので、ぴんでんさんもエロさんも『快傑ライオン丸』『宇宙猿人ゴリ』など歌いまくる。私も対抗して『怪獣王子』を探したが見当たらない。けれど、あとになってよく考えてみたら、サビの部分以外忘れているのだ。「オーラー!」のあたりだけね。
 ああ、恥をかかなくってよかった……と思いつつ、次までに思い出しておこう、と考えているんだから我ながらバカである。
 ずっとあちこちのカラオケで探していて見つけられなかったCoCoの『思い出がいっぱい』(『らんま1/2』)を見つけて思わず歌う。男が歌って楽しいもんじゃないが、やっぱり酔っていたのだ。
 気分を盛り下げてしまったかもしれないが、これも平にご容赦。多分ある程度まとまった酒を飲んだのは数年ぶりだ。


 そのあとお二人をエロさんのお宅までお送りして散会。
 ここ数日間の鬱がちょっと晴れた気がする。

 もう少し、思い出したことなど。
 私のこの日記が、更新が滞りつつもなんとか続いていることについて、エロさんから、「十日も前のことをよく覚えていますね」、と言われるが、もちろん朝から晩まですべてのことを思い出せるほど記憶力がよいはずもない。
 断片的な記憶を並べるだけでも、ずいぶんものごとを覚えているように錯覚させられるだけで、つまりはたいしてモノを知ってるわけでもないのに、知ったかぶりをして周囲をケムに巻く「サロンのバカ」と同じ作用が働いてるだけなのである。
 実際、ぴんでんさんが「細川ふみえが脱ぎましたね!」とコブシを握り締め随喜の涙を流していたのがこの日のことだったか、先週のことだったか、もう全然覚えていない(^_^;)。
 私も確か対抗して、「今週の『プレイボーイ』で加藤夏季と栗山千明がグラビアに出てるんですけど、表紙には釈由美子の名前しかないんですよ!」とか言ったように思うが、もちろん、雑誌の発売日なんかを調べればいつのことだったか確定できることなのが、誰がそんなんイチイチするものか(-_-;)。
 とりあえずは「いろいろ雑誌を丹念にチェックしてるんだなあ」ということだけ押さえておけばいい問題だし(押さえてどーする)。


 マンガ、和田慎二『ピグマリオ』7巻(メディアファクトリー・819円)。
 やはり、本筋の長編になると語りのムリが目立つ和田慎二。本人は長編を書くのが好きなのかもしれないけれど、基本的に短編マンガ家だと思うぞ。
 人間に変身したメデューサが、恋に落ちた相手をいきなり石化させる展開も唐突過ぎる。あくまで悪の存在である面を失わせまいとするための措置だろうが、キャラクターが膨らんで行くのを無理に型に入れようとしたための失敗であることは明らかだ。ストーリーテリングに自信を持っている人間が犯すミスの最たるものがこれである。物語をキャラクター指導で暴走させられないのね。結局、話が小ぢんまりしちゃう結果になるんだよなあ。
 ポセイドンとネプチューンの兄弟、というネーミングセンスも、多分連載当時だって相当ダサかったんじゃないかな。言語発達的にも文化的にも、元を辿れば全く別種の二つの「神」をくっつける無謀さ、これって言ってみれば「大日如来」と「天照大神」が姉妹で同じ話に出て来るようなもんだぞ。……例えがわかりにくいか(ーー;)。
 ジンギスカンと源義経が実は兄弟で……ますます例えが解りにくくなりそうなんでやめる。要するに水と油をくっつけるようないい加減さが、話を作る前に立っちゃってるのだ。
 二人のオリエが出会うことで、クルトと精霊のオリエとの決別を予感させる展開も甘い。だいたい精霊のクセにショタコンってだけで、オリエは精霊としての資格を失ってないか?(いや、ショタコンがイカンということではなくて)
 この先、自分の愛情をコントロールできずに精霊のオリエがメデューサの側に寝返る、なんて展開になると面白いんだがな。でも、それも定番と言えば定番かな。

2001年01月05日(金) やっぱウチはカカア天下か


2002年01月04日(金) 消えた眼鏡と毒ガスと入浴シーンと/『テレビ「水戸黄門」のすべて』(齋藤憲彦・井筒清次)

 昨日からの鬱、続く。
 本当は今日も仕事は休みなんだが、諸事情で出勤。
 と思ったら、朝方、メガネをなくして職場に遅刻。
 「め、メガネはどこ?」なんて探してアチラにぶつかりこちらにぶつかり。
 なんかギャグマンガみたいだが(『丸出だめ夫』でもやってたよな)、私の視力は本気で失明してもおかしくないくらい悪くなってるので、マジでこんなことがあるのだ。
 結局、メガネはあったのだが、ちょっと公開日誌では書けないようなところにあったので、そこはまあ、あまり突っ込まないで下さい(^_^;)。
 
 しげに車で送ってもらいながら、夕べ、しげにとんでもないことをしてしまったことを思い出した。
 運転中のしげに向かって、おもむろに口を開く。
 「……ああ、オレ、お前に謝まんなきゃなんないことがあったよ」
 「何!」
 しげの目が釣り上がる。
 「悪気はなかったんだよ。偶然だし、ちょっとした過ちだし……」
 「だから、何!」
 「夜、トイレに行こうとしてね……ちょうどお前の顔面の前で屁ぇこいちゃった」
 「……ひ、ひどい!」
 「もろに、しかも特大にデカイの。覚えてる?」
 「覚えてね〜よ! でもひどい!」
 「むせてたねー、げほがほ咳込んでたし。でも目覚めないんだよな。……気がつかなかったんだったらまあ、いいか」
 「……アンタが寝てる時にもしちゃるけんね」
 「だめだよ、それは!」
 「なんで! お返しやん!」
 「ワザとじゃないのにお返ししたらいかんよ!」
 「……オレが失敗したらワザとじゃなくても許さないクセに、自分だけはワザとじゃないから許せって、ズルイやん!」
 「いつ、お前を許さなかったよ」
 「都合のワルいことは忘れるんやね」
 「忘れてね〜よ、お前が勝手に捏造してるんだろ〜が!」
 「してない!」
 ……おかしいなあ、しげに謝るはずだったのに、いつの間にケンカになってるのだ。 


 仕事から帰ってきて、速攻で寝る。
 昨日も寝て寝て寝て寝て寝続けたんだが、全然ココロもカラダも回復した気にならないからだ。
 しげも夜は仕事なのでさっさと寝る。
 お互い、寝たのは3時前だが、私は2時間ほどでやはり目が覚める。しげはイビキがひどい。
 で、その間、頑張って、パコパコと去年の日記の更新。
 普通、十日も更新が遅れりゃ、やる気をなくして中断ってことにもなってもおかしくはなかろうが、それを再開させてしまうのが、私の鉄面皮なところである。
 つーか、これも一種のビョーキかね。
 なにしろ、これでも自分としては随分ハショって短く書いてるつもりなんだから。


 『テレビ「水戸黄門」のすべて』(講談社・1575円)。
 著者名が「テレビ「水戸黄門」研究会」となってるけれど、実際は齋藤憲彦・井筒清次、二人のライターによる共著。
 かつての「謎本」もたいていは「なんとか研究会」という体裁を取ってるのが多かったが、どうして名前を出さないのかな。個人で責任は取りたくないってか。
 前に本屋で見かけてはいたけれど、立ち読みしただけでわかる中身の無さ、資料としてはスカスカだし、著者の勝手な思い入ればかりがダラダラ綴られてる三流の本。こんなんならネットでデータを検索した方がはやいと、買わずにいたのに、しげがうっかり買っちゃってたのだ。
 何がつまんないって、著者たちは、各俳優の生年月日や経歴すら把握してないのだ。東野英治郎について、「(黄門を演じるまでは)冴えない平凡な男と言った役どころが多かった」なんて言い切ってるが、俳優座の重鎮で、豪胆な男から小市民まで様々な役を演じ分ける実力の持ち主をよくもまあ、単純に言いきったもんだ。……少しは調べろよ。
 しげも読んで「つまんなかった」と言ってたが、やっぱりある程度立ち読みしないと本は買えないんだよなあ。
 しかし何が一番腹が立つって、由美かおるの入浴写真が一葉も載ってないことであろう。……売りどころ間違ってるよな。

2001年01月04日(木) ああ、つい映画見てると作業が進まん/『快傑ライオン丸』1巻(一峰大二)ほか


2002年01月03日(木) 貧乳の夢と鬱と別れのシミュレーションと/『ドラマ愛の詩スペシャル キテレツ』/『本気のしるし』4巻(星里もちる)

 今年の初夢、私は『スレイヤーズ』のリナ・インバースになっている。
 なんかいろいろ冒険をやってたみたいだが、起きて10分もしたら忘れた。
 でも、「女になりたい」って願望が私ん中にあるのか。
 それとも「ドラグスレイブ」でも誰かにぶちかましたいのか。
 どうしてナーガじゃないのか(^^)。……いや、巨乳は好きだが、自分が巨乳になりたくはないな。リナもイラストで見る限り、本人が気にするほどムネに不自由してるというわけでもないのに、やはり周りにいるが巨乳過ぎるというのが自意識過剰に陥らせているのだろう。
 ……で、これで一年の何が占えるんだよ(-_-;)。

 
 NHK教育、早朝から『ドラマ愛の詩スペシャル キテレツ』を見る。
 元旦にやったやつの再放送。
 こういうスペシャル版だと、どうしても原作の換骨奪胎がひどくなるが、それほどでもない。コアな藤子ファンはCGのコロ助なんかに違和感を覚えるだろうが、私なんぞは声を小山茉美さんがアテてくれてただけで、まあいっか、という気持ちになる。
 ただ、CGの口の動きがたるいせいで、小山さん、それに真っ正直に声をアテていて、アニメ版よりえらく間延びした口調になってたが。
 スペシャルだけあって、ゲストの俳優が実に豪華。
 キテレツのパパが山寺宏一。原作のキャラとは似ても似つかないが、もと発明家を目指してたって雰囲気はよく出てる。
 ママは山下容莉枝。ずいぶん老けちゃったけど(私は『マルサの女』のチョイ役出演のころからこの人のポケっとした雰囲気が好きだ)、コロ助を見て動じない「のんきな母さん」の雰囲気をリアルに演じていたのは見事。たいていの役者さんがこういうぽやっとした役柄を当てられると、どうしても浮世離れした演技しちゃうんだけど、それは藤子キャラじゃない。SFの世界の住人でありながら、みんな地に足がついてるんだよね、実は。
 頑固爺さんの役で加藤武、その奥さんに藤村志保。けれどタイムトラベルして過去に戻ったのに、周囲が加藤武がいきなり老けたのに気がつかないってのはちょっとムリがあるぞ。歴史も安易に変わっちゃうし。
 子役や若手の俳優さんたちもよく頑張ってて、悪い出来じゃないんだけど、オチを『ドラえもん』の「ウソ8OO」から取って来たのはちょっとズルイよなあ。「キテレツ」は「キテレツ」でちゃんと完結させなきゃ。


 夕べのの鬱がぶり返す。
 何をする気もなくなり、気がついたら『いただきストリート』を延々とやってるが、アタマの中はなにも働いていない。


 マンガ、星里もちる『本気のしるし』4巻(小学館・530円)。
 やっぱりと言うか、そうしないと連載が続かないことはわかってるけど、いったん縁を切ったはずの浮世に、辻はまた惹かれて行く。
 次から次へと、男を変え、ウソをつきつづける浮世を信じようとする辻。
 冷静に考えれば、男がなぜこうも女のウソにだまされるかと訝るところだろうが、やはり「破滅型」の人間というのはいるのだ。
 浮世だけでなく、浮世を愛し始めた辻もそうなのだ。惹かれあう男と女は、どんなに違っているように見えてもどこかで接点を持っている。
 「浮世さんは悪くない」、そう語る辻だが、もちろん、そんなことはないと、心の奥底では知っている。浮世から裏切られるためには、まずは信用しなければならない。そのための自己演出だ。
 浮世を責め苛みたい辻のサディズムが、あえて彼女を無防備なところにおいていることに、辻は気づいて入るのか。
 「地獄に落ちたがっている」
 刺激のない人生に飽きたらないと、そうなる。男はそうして女を罠にかけ、自分もまたその穴の中に落ちるのだ。

 ……鬱の時に、こんなマンガ読むなよなあ。
 また鬱がひどくなるじゃないか。


 「……おれが浮気してさ、お前に『別れてくれ』って言ったらどうする?」
 「……あんたはそんなこと言わないよ、『別れてくれ』なんて」
 「どういうこと?」
 「自分に責任があるような言い方をあんたはしないってこと」
 「……そうだなあ、ホントにそういうことになったら、『こんなオレなんか、お前はもうイヤだろう』とか言いそうだな」
 「ホラ、見てん。だけん、あんたが喜ぶようなことはしちゃらんよ」
 「別れてやらないってこと?」
 「別れてやってもいいよ。けど、あと、つきまとうから。そういうの、オレ得意だし」
 妻にストーカー宣言されてしまった。
 けれど、そこでしげを鬱陶しいと思わないのは、私もやはり破滅型の人間だからなんだろうな。

 鬱。

2001年01月03日(水) 初夢。……初夢だってば/『雲竜奔馬』5巻(みなもとたろう)ほか



↑エンピツ投票ボタン
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記

☆劇団メンバー日記リンク☆


藤原敬之(ふじわら・けいし)