無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年09月14日(金) カリメンしげ/『モーツァルトは子守唄を歌わない』1巻(森雅裕・有栖川るい)

 昨日から雨続きで、仕事の行き帰りはタクシー。
 ううむ、明日は山口きらら博に行かねばならぬというのに、また余計な散財。
 給料日はまだ1週間も先なのだぞ。私を日干しにする気か……って、雨天だったな。f(^_^)ポリポリ。

 鬱陶しいと、気晴らしがしたくなるのか、タクシーの運ちゃんとも話が弾む。
 ちょうど帰りのタクシーのラジオから「武蔵丸破れました!」と流れてきた。
 「ああ、負けちゃった、最近の横綱を弱くなりましたたねえ」とついネタを振っちまったもので、気がつくと、「栃若時代はよかったですねえ」なんて話をしている。
 実は私ゃ、太鵬・柏戸の時代には間に合っているが、そこまでの年寄りではない。相手がご年配だったので、つい知識だけで喋ってしまったのだ。
 でも、まんざらウソをついたというわけでもない。
 テレビでちょくちょく流れる「大相撲名勝負」の類で、栃錦の相撲も先々代の若乃花の相撲も見ているし、何より母からそのころの相撲の話は結構仕込まれているのだ。「講釈師、見てきたようなウソを言い」ではないが、なんなら双葉山あたりまで遡って語ることだって出来る。

 不思議なことに、20代以上の誰に聞いても、「相撲が面白かったのは千代の富士まで」と異口同音に答える。多分それは正しい。
 それこそ「栃若」だの「輪湖」だの、「ナントカ時代」とマスコミは煽りたがっていたが、「若貴」のころにはもう世間も「ムリ」を感じていたのではないか。
 NHKのアナウンサー、勝負が決まった瞬間、解説することすら忘れて「強い!」とだけ口にしてあとの言葉が出て来ないことが時々あったが、貴乃花にそれをやった時には、「いくらなんでもそりゃウソだ」と思うようになっていた。
 時折、相撲の八百長疑惑が思い出したように囁かれていたが、実際に関取たちが勝負している姿を見れば、熱心な相撲ファンは「八百長なんてあるもんけえ!」と、口角泡を飛ばして否定していたものだった。なのに、若貴時代にはそれがなくなった。「若貴だけはしていない」とという言葉のほうが絵空事に聞こえるようになっていたのだ。
 ……八百長疑惑も、二子山部屋のスキャンダルも今の相撲人気の凋落と関係があろう。だがそれ以前の藤島部屋と二子山部屋の合併、これが一番のガンであったと今なら確実に言える。同部屋どうしの取組は行わないというあの「公然たる八百長」を仕組まれたあとでは、それまでの純真なファンは、ファンでありつづけることができなくなってしまったのである。
 「……そのうち横綱がモンゴル人ばかりになっちゃうんじゃないですかねえ」
 運ちゃんがそうしみじみと呟くのを聞きながら思うのは、「別にそれでも構わないよなあ」ということだった。「日本人の血」を第一とする旧弊な相撲界のしきたりが、ある時は力道山に、ある時は小錦に涙を流させたことを考えると、これ以上くだらぬところに相撲界が堕していくのがあまりに情けなく思えたからである。


 しげがついに自動車の仮免を取った。
 「一発で取れたよ!」
 顔写真、実に仏頂面。まあ、免許証の写真がニッコリしてる必要はないにしても、身分証明にもなるんだから、もちっと愛想のある表情をしたっていいと思う。
 「今日から私のことを『カリメン』って呼んでいいよ」
 「カリメンしげ」ってか。『時には母のない子のように』でも歌う気か。
 ……誰が呼ぶか(--#)。

 しかし、今日は午前中はずっと教習所、夜は仕事、明日は丸一日「きらら博」だというのに、しげは寝る間が殆どないのである。
 「どうして前日くらい休みをとっておかないんだよ」と言ってふと気づいたが、きらら博に行くことを決めたのはつい先日のことだったのだ。
 いきなり休みを入れることなんて、簡単にいくわきゃなかったのである。
 しげ、「今日、仕事から帰ったら、朝まで2時間くらいしか寝れん」とぴーぴー泣くので、「新幹線の中で寝ればいいじゃん」と言ったら、「そんなモッタイナイ!」と言下に否定された。
 そうなんだよ、こいつ、目的地で遊ぶことよりも、新幹線に乗ることのほうが楽しいってやつなんだよ。
 ……なんでいつまで経っても精神年齢が小学一年生で止まったままなのかなあ。


 テレビは相変わらず「米同時多発テロ事件」(名称が今一つピンと来ないなあ)のニュース一色。
 ブッシュ大統領は、「ウサマ・ビンラーディンを首謀者と判断しない根拠はない」と明言、さらにこれは「21世紀最初の戦争である」とも言いきった。
 米議会は武力報復に向けた正式な宣戦布告を大統領に求める決議案を上程し、国防総省は予備役招集を検討し始めた。
 ははは、アメリカは「喜んでいる」ねえ。
 皮肉でもなんでもなく、憎しみや恨みを誰憚ることなく実行できるってのは、人間にとって快楽であることに間違いはない。
 ちょっと考えてみれば、別にビンラーディンが指示をしなくても、この程度のテロ、その辺の大学生グループにだって計画・実行できるのだ。パイロットの訓練するだけですむんだからな。
 にもかかわらず、アメリカは事態を拡大する方向にムリヤリ進めようとしている。こんな早期にビンラーディンという格好の犯人を想定しているのが何よりの証拠だ(でっちあげとも思い難いが、実は真相なんてアメちゃんにはどうだっていいのだ。「血」の対象をアメリカは欲しているんだよ)。

 テレビも、少しずつ、ビンラーディンがなぜテロを起こしているのか、アメリカがこれまでイスラエルをバックアップしてどれだけアラブ人を迫害・虐殺してきたかを報道するようになってきている。中東情勢をよく知りもしない日本人にも、ようやくあれは必ずしも不合理な奇襲ってことではなくて、やはりアメリカがやってきたことに対する「報復」であったってことを理解し始めた。
 報復が更に報復を生む。
 これは「メンツを潰されたヤクザ」と全く同じレベルの行為だ。

 ……こりゃ、ネットの人たちの反応が楽しみだと思っていたら、昨日までは「こんな極悪非道なテロは赦せない」一辺倒だった論調が一気にトーンダウンしてやがる。急に「戦争」が実感出来るような事態になってきた途端にビビリ出してるんだものなあ。
 笑っちゃうことには「報復には平和的な措置を」なんて言い腐ってるやつらもいるんだよ。自分の言ってるコトバが根本的に矛盾してるコトにも気がつかんのかね。うひゃうひゃひゃひゃ。〜(^Д^〜)
 全く、日本人の人権意識や平和主義ってやつがどれくらいいい加減かわかろうってもんだ。事件が起これば沈痛な面持ちで道学者めいたことだけ言ってりゃいいと思ってんだねえ。
 その点、「“裏”モノ会議室」のみなさんは、全くアメリカとは逆のベクトルで事件を「楽しんで」いるねえ。全く、戦争好きの既知外と基地外のケンカに、あえて巻きこまれる愚を犯すこたぁねーよな。
 ああいうのは「対岸の火事」を決めこんで笑ってやってりゃいいのである。
 ……来年は自衛隊の志願者が一気に減りそうな気がするなあ。


 『ウリナリ!!』を見ていたら、しげが、「来週は決勝大会を中継するんだ。なら来週は見ようかな」なんて言っている。
 どういうわけだかしげはダンスが好きだ。先日もCSJスカイスポーツで「ジャパンカップグランプリ2001」の放映をわざわざ録画してまで見ていた。
 よっぽど好きみたいだから、「じゃあ今度一緒にダンス教室に通おうか」と言ってやりたい衝動にかられるのだが、そんなこと言ったらホントに通わねばならなくなりそうなので、躊躇しているのである。
 ……カラダが持つかい。


 明日の準備のために、ネットできらら博の情報、新幹線の時間などを調べる。
 交通費を安く上げるために鈍行で行こうかとも思ったが、昔と違い、小郡までの直通なんてないのだった。
 やっぱり新幹線で行くしかないか。確かにスピードは速いけど、何となく無粋な気がして、今一つ好きになれない。こういう感覚、ご理解頂けるであろうか。

 仕事に出かけるしげのために牛丼を作ってやるが、「夜食は食べない」と言って、手を付けようとしない。
 でもあのしげにそんな固い意志などあるわけがないと思い、一食分ちゃんと残しておいたら、仕事から帰ってきて、やっぱりペロリと食べやがった。
 「だって一口だけにしとこうと思ったら美味しかったんだもん」
 そりゃ、今回は気ぃ入れて作ったしな。
 玉葱、牛肉、卵を程よくブレンド、生姜で下味をつけて炒めて、すき焼きのタレで仕上げたのだ。
 そのうちしげが「また作って」と言い出すのは間違いないだろう。どんなにイジを張っても、しげが肉の欲求から逃れられるはずはないのである。


 マンガ、森雅裕原作・有栖川るい作画『モーツァルトは子守唄を歌わない』1巻(ENIX・580円)。
 原作は初版で持ってるのに実はまだ読んでない(^_^;)。
 いや、当時の表紙の絵を描いてたのが『パタリロ!』の魔夜峰央でさ、てっきりギャグミステリーかと思って何ページか読んでみたら、ごくマジメでさ、ちょっとガックリきてしまった。
 しかもストーリーが、「モーツァルトの死の謎をベートーヴェンが解く」という、誰でも思いつきそうなネタなんで、ますます興味が持てなくなった。
 こういう実在人物をネタにしたやつって、犯人の仕立て方に「定番」があって、昔、海渡英祐の『伯林 ―一八八八年』の犯人を“読まずに”当てちゃったことがあるので、すっかり「歴史もの」には食指が伸びなくなっていたのだ。
 でも、今回のコミカライズ、1巻だけしかまだ読んでないけど、滅法面白い。
 ポイントは、モーツァルトでもベートーヴェンでもなく、ベートーヴェンの弟子にして、ワトソン役のカール・チェルニーなのであった。
 いやもう、ワトソンのくせしてやたら出しゃばるわ、ベートーヴェンのウラをかいて陰謀は巡らすわ。
 魔夜峰央のイラストでは細身のパタリロって感じの絵だったのに、有栖川さんのキャラはあくまで美形、常に唇の端に微笑をたたえ、自ら恃むところ頗る厚く、しかし屈託のない無邪気な悪意でベートーヴェンを翻弄する。
 「ぼくを犯人だと思ってるんですか? ベートーヴェン先生」
 ……だとよ。
 あ〜ナマイキ。つまりこいつ、オトナになった名探偵コナンなのだな。って、工藤新一じゃん。
 更にいいのが、フランツ・ペーター・シューベルト。こいつのデザインがもうただのつぶれ大福(^o^)。後に貧乏のズンドコで死んだとは思えないふくよかさ。こいつがまた、純朴そうな顔してチェルニーと組みやがる。
 ああ、やっぱり絵の魅力は大きいなあ。
 ……原作、探し出して読んでみようっと。

2000年09月14日(木) 通院と残暑と誕生日プレゼントと/『世紀末アニメ熱論』(氷川竜介)ほか


2001年09月13日(木) コロニー落としの報復は/『ヘブン』『ヘブン2』(遠藤淑子)ほか

 劇団ホームページの方で、よしひとさんに「1年遅れの恐怖の大王」というネタを使われてしまったので、タイトルを捻り出すのに苦労をしている。
 一昨日は「地球人と宇宙人との友好を描いた」(笑)米映画、『地球が静止する日』をモジり、昨日は『帰ってきたウルトラマン』の始祖怪鳥テロチルスをネタにしたわけだが、ああ、くそ、ノストラダムス先にを使われてしまった。
 まあ、誰でも思いつきやすそうなネタだけどさ。
 しかし、よしひとさんも被害者に全く哀悼の意を表さないわ、マスコミが慎重に使用を避けている「狂人」というコトバを遠慮なく使ってるわ、恐怖の大王で落とすわ、遠慮のないこと。
 ……よしひと嬢、ウチのメンバーの中では一番の人格者で通っているのである。他のメンバーの性格がいかようなものか、推して知るべしであろうヽ(^。^)丿 。
 で、やっと思いついたタイトルはもちろん『ガンダム』から取ったもの。
 自分の武器使わないで大量殺戮ってとこが似てるよな。
 アラブゲリラにもオタクがいたりして(^_^;)。


 ゆっくり読めなかった新聞をまとめて読む。
 犯人グループの目ぼし、イスラム組織のセンが濃厚になってきたようだ。
 頭目と目されているイスラム原理主義者のオサマ・ビン・ラーディン(ウサマ・ビンラーディンという表記の方が正しいとか>。どっちでもえーわい)、アフガニスタンに匿われているそうだが、「犯行には無関係」と声明を発表しているそうな。
 声明の代理人は、「あんな犯行を行うチカラはラーディン氏にはない」と言っているが、チカラの問題か? 別にラーディン本人がハイジャックする必要はないわけだし、この声明はいかにも不自然だ。
 でも「犯人の行動は支持する」んだって。それじゃ「アタシが黒幕です」って言ってるようなもんではないの(^▽^) 。

 予想通りではあるが、ロシアもフランスも、西欧諸国の殆どが今回のテロに対する米の報復宣言を支持するコメントを寄せている。
 日本は小泉首相の声明が事件発生の12時間後で、各国に比べてずいぶん遅れたと、どの新聞も非難している論調だが、アンタ、戦争放棄してる国でそんなに簡単に「軍事報復」に賛成する意見が吐けるわきゃないでしょうが。
 ついこの間まで「靖国がど〜の」と小泉首相の戦争肯定とも取れる言動に対して文句つけてた新聞が、「はよう戦争協力せんかい」と全く逆の責め方をするのは、いくらなんでもアタマが悪すぎるのではないか。
 もっとも、ア○ヒだろうとヨ○ウリだろうと、毎日、記事を埋めるだけの仕事に追われているカワラバンヤに、アタマを鍛えるヒマもなかろうことはよっく解るが。

 それに対して、アラブ諸国のいくつかは、逆に歓迎するコメントを発表。サダム・フセインはもちろん後者(^o^)。
 さすがにイスラエルとの和平を模索中のパレスチナ自治政府のアラファト議長は、遺憾の意を表明しているらしいが、さて、ホンネは奈辺にあるか。
 ……昔、伊丹十三が『お葬式』を撮った時に、「葬式というのは死者のために行うものではなく、生きている人間が自分たちの関係を再確認するために行うものだ」と喝破したことがあったが、今回、まさしく世界各国は、この「大量殺戮」をきっかけに、その立場を明確にするよう求められることになりそうだ。
 既にマスコミも世間も、興味の関心は「死者」から「生者」たちの動向に、完全に移ってしまっている。未だに犠牲者の確認すらできない状態であるってのに、いいのかねえ。
 そんなこんなで昨日までの「哀悼ムード」はすっかりどこかへすっ飛んじまってるが、その「不謹慎さ」にはマスコミの連中、全く気づいてないのな。
 死んだ者はいずれ忘れられる運命とはいえ、ちと早過ぎないか? 人間、ホントに「死んだらそれまで」なのだと思うと、今生きてる者の醜態すら、バカバカしく見えてくるよ。

 最初に誰が言い出すかなと思っていた「アラブ擁護」、元ベ平連の小田実が、しっかり「アメリカの一党支配に対するアラブの報復」というような意味のことを述べている。いかにもなヒトがいかにもな発言をしているのは実に微笑ましいな(^.^) 。なんだかんだで、アメリカに原爆を落とされた日本、どんなに安保同盟を結んでいようと、内心アメリカに対して「いい気味だ」と思っている連中は結構多いのではないか。
 そう言った潜在的な反米勢力が、あと1ヶ月の間に第2、第3のテロを繰り返し、アメリカを半壊状態にまで追いこめば、世界の勢力地図は相当、様代わりすると思うが、急激な行動は犯人たち自身のチカラをも減じかねない。
 既に彼らは「持久戦」の構えに入っているのではないか。各国の影の協力者の間に潜伏し、アメリカが報復しあぐねて隙ができたところでまたテロを起こす。ベトナムゲリラがアメリカ軍に対して行った作戦の応用だ。アメリカはじわりじわりと国際社会での信用をなくし、ジリ貧になっていく。
 私が犯人なら、そういう作戦を取るが、さて、犯人たちの真意はどこに。

 あ、念のため言っとくけど、私ゃ別に「アラブ支持」じゃないからね。これはあくまで「現状分析」に過ぎないので、またミョーな勘違いをしないように。


 『國文學』10月号、「ことばの最前線」特集。
 こういうのではたいてい「若者コトバ」の採集が行われるのが常だが、若い女性たちに、「あなたは『違うよ』を『ちげーよ』って言いますか?」ってアンケートを取っていたのが面白かった。
 2001年6月の調査で、女子短大生105人と、2001年1月の世論調査2192人とを比較しているのだが、世論調査では「使う」がわずか5.4%であるのに対し、女子短大生は45.7%。
 圧倒的に「若い女性のコトバ」として世間では流通しているのだが、笑っちゃうのは、その肝心の女性たちの大半が、この言い方を、「男言葉で乱暴だから、ホントは使わないほうがいい」と答えていることだ。
 だから使ってるのは女ばかりだって。
 自分のことが見えていない女がどれだけ多いか、それが言葉のデータから見えるってことですな。
 自分の彼女が「ちげーよ」なんて使ってたら、その人はかなりの「馬鹿」である可能性があります。注意しましょう。
 ……って、しげも使ってたんだ、これ。あたた(^_^;)。

 
 夕方、テレビアニメ『フルーツバスケット』、入院中からチラチラと見てはいたのだが、今日初めてじっくり見てみた。
 女の子に相当人気があるということだけど、さて、いったいどんなものなのか。大地丙太郎監督ということでもちょっと期待したんだけどねえ。
 ……貧乏でマジメでちょっとドジだけど人に尽くすのが大好きな、まあ「お人好し」な女の子が主人公。
 劇中で、ある男の子が、その女の子を好きな男の子たちに向かってお伽噺を語るシーンがあるんだけど、その話ってのが「バカな旅人がいろんな人からモノをねだられるけど、バカな旅人はバカだから、どんなに騙されてもモノを与えつづけ、自分の体までバラにしてあげちゃった」というアホなもの。
 なのに、男の子たちがそれ聞いて感動するのな。
 「ああ、あの女の子は、自分のなけなしのバイト代まで、ぼくたちへのバレンタインチョコを買うのに使ってしまったんだ」って。
 ……そんなバカに惚れるなよ(^_^;)。
 どうも毎回こんな調子らしいんだな、このマンガ。
 つまりこれは武者小路実篤の『馬鹿一』とか、遠藤周作の『おバカさん』みたいな「バカ=純粋」って図式をいささか妄信的に賛美している小説の流れの上にあるのだな。
 まあねー、キレイなものだけ見てたい永遠の女の子にはいいかもしれないけどねー、ヒネタおやじにゃ感動できるところがカケラもありませんがな。
 せめてドストエフスキーの『白痴』みたいに、最後あの女の子が破滅してくれたら、リアルで感動できちゃうんだがなあ。まあムリだろうなあ。


 CSファミリー劇場『ハレンチ学園』第1話『トイレット作戦』。
 いやあ、ついに見たよ、懐かしの東京12チャンネル版『ハレンチ学園』を。
 もう、子供のころ、見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たいと思い続けていて、当時はネット局が福岡になかったために、全く見られなかった番組を、ほぼ30年ぶりに見られたのだ。
 もう、出来なんてどうでもいいね。
 原作の小学生の設定を高校生に変えちゃいるが、ストーリーは殆ど原作通り。実写のドラマ化がことごとく改変されることがジョーシキだった中で、これは意外だった。
 大辻伺郎のヒゲゴジラ、井上昭文の丸ゴシも原作の扮装のまんま。用務員の左卜全ってのもハマってるよなあ。
 ……しかし、子供のころは児島みゆきのことをとてもきれいなお姉さんだと思ってた記憶があるが、今見ると、理由が全く解らない。やはりブームに乗せられていたというべきか。


 冷蔵庫に紅シャケの切り身が残っていたので、焼いてシャケ飯にして食う。
 このシャケッてやつも私には昭和30年代を思い起こさせるなつかしアイテムなんだが、今の若い人にはただの貧相なオカズにしか思われてないのかもなあ。


 マンガ、遠藤淑子『ヘブン』『ヘブン2』(白泉社・各410円)。
 短編シリーズがその殆どで、長編は殆ど描かない遠藤淑子、これが初の2巻に渡る長編と言えるが、やはり本領発揮とはいかなかったようだ。
 『ヘブン』の前日譚が『ヘブン2』という、変則的な構成になっているせいか、この2作、設定がうまくつながっていない。
 元軍人の少女、マットが偶然拾った中古ロボット、ルークは、実は要人暗殺用に作られた殺人ロボットだった。しかし、マットの「人は殺すな」の言葉を聞いて、ルークの中で何かが変わっていく。
 ……でも結末が尻切れトンボなんだよなあ。てっきり、『2』でその続きを描くのかと思ったら、そのルークのモデルになった男の子の話で、こっちはラスト近く以外は全然SFでもなんでもない。
 こりゃもう、『ヘブン3』を描いてもらって、ちゃんと『1』からつながる話にしてくれないと、どうにもおさまりがつかないぞ。
 しかし、遠藤さんの作品、旧作は殆ど絶版になってるんだなあ。
 『エヴァンジェリン姫』シリーズはさすがにデビュー作だから古すぎるってことがあるのかもしれないけど、『ぐーたら姫』シリーズはほんの2、3年前の作品だぞ。なのにもう絶版か?
 遠藤さんだけじゃない、日渡早紀も桑田乃梨子も、初期作品は軒並み絶版だ。白泉社、見切りをつけるのがいくらなんでも早過ぎるぞ。

2000年09月13日(水) シゲオと誕生プレゼントと009と/『遊びをせんとや生まれけむ』(石ノ森章太郎)


2001年09月12日(水) 誰かあの飛行機に「テロチルス」と仇名をつけたやつはいないか(^_^;)/『あずまんが大王』3巻(あずまきよひこ)

 さて、本日も朝っぱらからテロの続報。
 夕べ11時ごろまでの段階では、1機目の激突映像はニュースに間に合わず、2機目の映像も手前のビルに隠されてたが、半日も経たぬというのに、あらゆる角度の映像が出揃う(笑)。
 全く、いったいどこから調達して来るんだろうね。
 1機目の映像なんか、事件が起きることが予測できていたはずはないから、民間人が撮った、偶然の映像だろう。
 さあ、いったいいくらで売った(^▽^) 。
 この事件に関して不謹慎な言動を行うやつらは腐るほど出るだろうが、その第一号はあのカメラマンたちだな。マスコミの誰も指摘はすまいが。

 その後の映像も、逃げ惑う人々、崩れ落ちるビル、道路を走る粉塵等々、バラエティに富んだ映像が目白押しである。
 テロップも殆どドラマのノリである。
 「1機目が激突!」
 「2機目も連続して」(とここで、3度に渡って多角度から繰り返し映像)
 「ペンタゴンも黒煙に包まれる」
 「ビルが崩壊」
 「そして残りのビルも……」
 事件の悲惨さを伝えるよりも、いかにそのショッキングかつスペクタクルな演出で視聴者をクギづけにできるかということを各局が競っているようにしか見えない。
 ニュースの担当者は、いや、あくまで事件の悲惨さを伝えたいのだ、と言うかもしれないが、そんなものウソに決まっている。
 もしそうなら、既に発見されて運ばれているであろう数々の遺体の惨状をなぜ映さないのか。
 それが「遺族に対して不謹慎だ」とか、「むごたらしくてお茶の間には不向き」とかの理由で放送できないと言うのであれば、所詮は臭いものにフタ、現実の悲惨さから目を背けさせてるだけってことだ。
 これを「史上最悪のテロ」と本気で認識しているのなら、ホコリまみれで逃げてるどこか間抜けな印象を与えるような人間の姿より、瓦礫に押しつぶされてグチャグチャになった死体くらい流せ。血を映せ。遺族の哀しみもへったくれもあるか。全世界規模の人間に怒りを感じさせたいのなら、現実の「死」に無理やり向き合わせるくらいのインパクトのあるシャシンを見せてみろ。それくらいやらなければ、「真を映した」とは言えないのだ。
 本当に伝えるべきものはなにか、それを認識しているジャーナリストがただの一人もいないから、あんな気の抜けた報道しかできないのだ。
 いいか、子供があの映像を見て「わあ、スゲエ」と反応してるんだぞ?
 はっきり言うが、あれだけで「テロの悲惨さ」を感じ取れる人間は、映像自体を分析してそう感じているのではなく、「テロ=悲惨」という図式が予め脳にインプットされているからそう反応してるんであって、マトモなアタマなんか全然使っちゃいない。言わば、シミュレーションであり、ただの条件反射。もっと言えば、「自分は善人」という妄想の中に逃げこんでいるだけだ。
 映像自体が与えている印象は、まさしく「映画のような迫力」にすぎない。
 だからオトナよりずっと本能的なコドモが、あれを見て「テロはカッコイイ」と感じたとしても全然不思議はない、というより、ごく自然なことなのである。

 ……何だかなあ、知り合いの若いやつらがみんなして私に聞くわけよ。
 「ねえ、戦争が起こるの?」とか、
 「ビルってなんであんなに崩れるの?」とか、
 「『ぱれすちな』って何?」とか(おいおい)。
 この日本人の大多数はそういう馬鹿で成り立ってるということがマスコミにはわかっちゃいないのだよなあ。
 で、いちいちそいつらに私ゃ返事をしてやってるんだけど、どうしてみんな、私にだけそう言うことを聞いてくるのかな(^_^;)。

 ブッシュ大統領、「これはテロを超えた戦争である」と盛んにアジをトバしていて、小泉首相は「アメリカを全面的に支持する」と明言している。
 おーっと、コイズミサン、「戦争放棄宣言」を「放棄」しちゃったぞ。
 いっいのっかなっ。
 ……もちろん、これは戦争でもなんでもなく、規模がでかいとは言え、ただのテロだ。首謀者が戦争のつもりで行い、被害を受けた方も戦争と受け取ったとしても、国家間の争いでない限り、戦争とは言えない。だから、一応アメリカに協力したって、戦争協力にはならないのだけれど、「アメリカの報復に対して異は唱えない」程度に押さえとかないと、飛んだ火の粉を浴びることになるぞ。

 日本の企業が国際貿易センタービルに多数入っていたとしても、それをもって「日本企業も狙われた」と解釈したがるのもムリがある。それは、「『スターウォーズ』はクロサワの影響を受けた」と声高に言いたがるのと同レベルの日本ビイキ、軽い国粋主義の表れに過ぎない。つまり、日本の国際的経済成長を誇示したい気持ちがどこかにあるわけ。
 「日本も危ない」とかやたら言ってるやつらがいるけどよ、こんなことでまで「ジャパン・アズ・ナンバーワン」って主張したいかね。そっちの方がよっぽど不謹慎だと思うがねえ。
 たかがアジアの端っぺたの島国がちょいとコガネを稼いだからって、国際的テロリストがそんなもんを標的にするか。 だったら平和ボケした日本、とうの昔に新宿副都心が瓦礫の山になってなきゃオカシイじゃないの。これで大騒ぎしてること自体が平和ボケなんだってば。

 ネットであちこちのサイトを覗いてみると、やっぱりと言うか、「こんな残酷なテロは赦せない」とか、キレイゴト言ってるやつが目白押しだ。自分には無関係な対岸の火事だと思ってるからこそ、気軽にそういうことが言えるわけで、さて、本気で自分が戦争に巻きこまれる危険を感じてるんだろうかね。
 どうせ対岸の火事を決めこむなら、ことさら善人の演技なんかせず、しげのように完全無視を決めこんでた方がよっぽど潔いぞ。……なんだか今の状況は、葬式になるとどこからともなく現れた遠い遠い親戚が、「お悲しいことでしょうねえ」なんて言いながら遺族に向かってウウウと泣きマネをして見せて、そのあとチョイと香典ちょろまかしていってるみたいで、見ていて胸糞が悪くってしかたがない。

 日本人がよく知らなかっただけで、テロなんて全世界で頻繁に実行されている。多分、今放映してる映像のインパクトが薄れたら、かつてのテロ事件なんかも引っ張り出してきて、「こんなに世界は危険」とニュースは煽りたてるんだろうが、これまでそれが我々の眼に全く入ってこないくらい、日本人は世界に背を向けて生きてきていたのである。
 今更、「テロ赦すまじ」なんて言ったって、ずっと「高みの見物」決めこんでたやつらの発言なんか、聞いたって腹が立つばかりだろう。世界がマトモに相手にするか。


 朝から晩まで仕事に合間がない。
 ちょっと新聞を読むヒマもない。
 もちろん、職場でもテロ事件についてはもちきりで、いろいろ面白い話題もあるのだが、全部オフレコにせざるを得ないのが残念だ。
 ……私の職業バラした上で、その裏話セキララに書きまくって本にしたら絶対に売れる自信あるんだがなあ。
 もちろん、そんときゃ私はクビになってるだろうが。

 帰宅して、晩飯は買い置きの煮物。ところが冷凍庫に入れていたわけでもないのに、野菜の類が全部凍っていて、コンニャクなんかカチンカチンである。
 湯がいたら元に戻るかと思ったら、硬くなって縮んだスポンジのように、歯応えが。こ、これはグミ!
 ……マメ知識です。
 コンニャクは凍らせて解凍すると「グミ」になる。
 ……今度、試してご覧あれ。
 あと、サバを焼いて、晩飯はそれだけ。一応、退院後も控えめにはしているのだ。テレビニュースに齧りついているので、あとは食器洗いと洗濯をしたら一日はあっという間に終わり。
 しげ、宮部みゆきの『模倣犯』も『R.P.G.』も全部読み終わったらしく、「面白かったよ。けど、アンタはすぐ先が見えちゃうんじゃないかな」とか言っている。何だか買い被られてる気はするが、ミステリーは作者と読者の知恵比べ、という古風なものが性に合う私としては、確かに宮部さんの作品も好きなものが多いのである。でもさすがに上下巻合わせて1000ページ以上というのはちとキツイ。じっくり一日かけて読む時間、なんとか取らねば。


 マンガ、あずまきよひこ『あずまんが大王』3巻(メディアワークス・714円)。
 さりげない女の子のカラダの線をリアルに描ける点では、今、日本一のマンガ家(^^*)、あずまきよひこの最新刊。
 どうも、私の世代では「あずまんが」と聞くと、どうしても『アズマニア』を連想して、「吾妻ひでおのことか?」とか思っちゃうのだが、「ともかく徹底的に女の子がかわいい」という点では共通項があろうか。
 表紙絵は、私のイチ押しの、一見クールに見えるけれど、実はただの引っ込み思案で、大の猫好き(だけどなぜか猫には嫌われちゃう)、ファンシーグッズ大好きな、背が高くてロングヘアー、超巨乳な美人、榊さんのニット姿。……なんだか男の妄想を絵に描いたような(絵だってば)キャラだな。
 4コマが主体だけれど、間にたまに入る短編スペシャル、「榊さんの初夢」とかが面白い。
 よくわからないが、12歳だけれど頭がよいので飛び級してきた高校2年生のちよちゃんちは大金持ちなのである。
 榊さん、お年始にちよちゃんちに来るのだが、お手伝いさんはペンギン、お父さんは多分猫である。でも立って歩くし、妙に平べったいしヒゲは生えてないし、ホントのところ何なのかよく解らない。
 喋ってることもよく解らなくって、「一緒に夕食でもどうかね? 赤いものもはいっているが」と、なぜか赤いものにトラウマがあるらしい。……こういう「不条理をトラウマに絡めて描く」感覚も吾妻ひでお的だ。
 クラスの担任のゆかり先生が、美人なのにグータラで、生徒のことなんてまるで考えてないってのはいしいひさいちの藤原先生の影響かな。「あーいいわよ好きにして。生徒の自主性をそんちょーとかゆーので」。……セリフだけ書き出したら、本当にそっくりだな。
 完全にオリジナルなギャグなんてのはそうそう作れるものではない。でも従来のギャグの語り口を変えて今の読者にウケるようにし立てるのは、必ずしも手抜きではあるまい。パロディから出て来たとはいえ(多分エロも描いていたのであろう)、あずまきよひこの活動は、もう少し評価してあげてもいいのではないか(相原コージなんかが、あがいているのが見える分、逆に笑えなくなってるのに比べると遥かに面白いし)。

2000年09月12日(火) 打ち身とワンピースの続きと/『ONE PIECE』6〜15巻(尾田栄一郎)


2001年09月11日(火) 地球が静止した夜/『ななか6/17』3巻(八神健)

 え〜っと、先にヒトコト断っときますが、今日から数日間、人によっては読んでてちっとばかし不快になることを書いたりする部分が多少あるかもしれませんので、ごくマジメな方は読まれないことをおススメいたします。
 まあ、いつものことか(^.^) 。


 ♪聞ぃこっえそっおっなぁ、鼓ぉ動ぉがぁ、恥ぁずぅか、しぃいぃよぉ♪ どぅおぅしぃてぇ、わぁたぁしらしくは、なっ、いっいぃよぉ♪
 残念ながらテレビ版バージョンで、フルコーラスバージョンを知らない。おかげでカラオケで歌いたくとも歌えないのであった。
 何のことかって、『To Heart』ですがな、18禁エロゲーの。テレビのほうは山口宏の切なくキュンッとした(おええ)脚本のおかげでごくフツーの青春純情アニメの佳作になっとりましたが、ゲームの方はどうもひろゆきちゃんはマルチとまでちゃんとナニしているらしい。
 ……だからしげよ、ええトシの女が朝っぱらからエロゲーなんかやってんじゃないってば。こんな音楽で目覚めさせられるこっちの身にもなれや。


 平常のお仕事に戻って第一日目。
 まあ、遅刻もせずにすんだのはええことであった。……って目標のスキルが低いか(^^)。
 今日から一日の半分以上は職場にいるわけだし、基本的に仕事のことは書かないと決めているこの日記、あまり書くことがなくなっちゃうかもなあ、と思っていたのが大間違い(* ̄∇ ̄*)。
 ……いや、なんつーか、何のことかおわかりの方も多かろうが、もう一回、ご注意。
 気分が悪くなっても知りませんよ。


 定時に職場をあとにして帰宅、なんとか『ジャングルはいつも ハレのちグゥ』の時間に間に合う。……いや、マジメに仕事はしてますってば。
 ホントにこんな面白いアニメがあることに気づかなかったのは痛恨の極みである。やっぱりシンエイ動画はきちんとチェックしておくべきだよなあ。
 既に24話、ということはあと2話で最終回。ハレたちが都会から帰ってくるあたりで終わりってことなんだろうな。果たして保険医とかあちゃんの結婚まで描くのかどうか。少なくともグゥの正体が明かされないままに終わるらしいことは予想がつくが。
 今回の話は原作にもある保険医とかあちゃんのデートをハレたちが妨害するエピソードだが、なんてったって「男が女をホテルに連れこむ」って話で、ちょっと放送的にマズイんじゃないかと思ったが、堂々とやりやがった。(⌒▽⌒)
 ……さすが、『しんちゃん』でもオトナギャグをほぼカットせずに「今夜は……」なんてギャグをトバしているシンエイ。
 あと2話しかないが、まだこの水島努監督の傑作に触れていないというオタク諸君、人生随分損してるぞ。
 今からでも見なさい。


 しげが急に「今日は焼肉だ!」と叫んだので、晩飯はいきなり焼肉。
 しかも「高くても美味い焼肉が食いたい」と言うので、いつも行きつけの「安いだけでただ『肉』である(笑)」某チェーン店にはいかず、比恵の『蛮風』に行く。……いや、確かにいい肉使ってんだけどさ、マジでたっけーんだよ。
 「私は払わん!」
 週末、きらら博にも行かねばならんのに、そんな散財をしている余裕はない。そしたらしげ、
 「私が払う!」
 ……え?
 一瞬、目が点になった。
 あのケチで吝嗇でしわい屋のしまり屋で業突張りの守銭奴の(って全部同じ意味やがな)しげがいったいどうしたのだ。鬼の霍乱か(譬えが違うって)。
 「もう、ガマンできない、今日は行く!」
 なんと言いますか、周期的に思い切り肉を食わねば気がすまない日が来るらしいのだなあ。
 人間、メシ食ってる時にも脳内麻薬は分泌されてるそうだからなあ。
 多分しげのA10神経は「肉を食う」ことによってドーパミンをドバドバ出しているのであろう(^▽^) 。
 ってことは、しげの「肉欲」、いや違う、「食肉欲」、これもマズイか。「肉好き」(これも違うがほかの表現が思いつかん)って禁断症状なのか。
 しげは主に赤身の肉、私はホルモンなどが中心。
 福岡以外の人は意外に知らない人も多いようだが、この「ホルモン」っての、ブタの臓物の俗称である。本当に「ホルモン」を食ってるわけではない(当たり前だ)。クニュクニュした食感が楽しくて、私の幼稚園のころからの大好物なのだが、しげには不評。
 「ゴム食ってるみたい」なんて言われちゃうのだが、ゴムを食ったことがあるのか、おまえ。
 この間から気に入っている「とんとろ」を頼んでしげにも食わすが、これもしげには余り美味しくなさそう。
 薄切りなのに歯応えがあり、かと言って軟骨ほどには固くない微妙なところが美味いんだがなあ。
 もっとも肉の趣味がはっきり分かれているので、いわゆる「肉の取り合い」になるような「死の翼アルバトロス状態」(日本人ならネギ食えネギ!)に陥る危険は、われわれ夫婦にはない。趣味が一致してないほうがいい場合もあるのである。
 ……しかし、相変わらず私の勘は冴え渡っている。
 何となく、今日あたり、夜たらふく食うことになるのではないかって気がして、朝、昼ともに軽くしか食べていなかったのだ。せっかく痩せたこの体重、なんとか維持しておきたいものだ。


 飲み物を買いに立ち寄ったコンビニで、「妖怪根付」を発見。
 しげもこのシリーズは気に入ったようで、二人で1個ずつ買うと、なんと「天狗」の色違いペア。楽しい偶然ではあるが、これは二人とも「天狗になっている」という暗合かな(^.^) 。
 しげ、実は私に内緒で1個買っていて、「青坊主」をゲットしていたようだが、「こんなんかっちょ悪い」と、早速、携帯のストラップを「天狗」に付けかえている。私の携帯には既に「おとろし」が付いているが、そのうち「天狗」も付けてやるかな。
 世間的には夫婦で「天狗の根付」を携帯に付けてるってのも変人扱いされるかもしれないが。


 帰宅してふと気づくと、しげの布団の枕もとに、飲み残したアップルティーのパックが置いてある。飲みかけなら貰おうかと思った途端、また、勘が働いた。
 「おい、しげ。……これいつ飲んだ?」
 ……しげ、黙ってアップルティーを台所の流しへ。
 ……ホントに、いつ飲んだんだ!?


 さて、もう後悔はありませんね?
 いよいよ「あの」ネタでありますよ(^.^)。
 でも、いつも私の日記を読み慣れてる方には、全然意外ではないかもね。

 時刻は10時を過ぎたころ。
 しげはマンガを読んで、のへっと寝転がっている。
 テレビをつけて、何気なく「ニュースステーション」に合わせると、いつも顔は見ているが未だに名前を覚えていない女性ニュースキャスターが、沈痛な面持ちでニュースを伝え始めた。 

 「アメリカ、ニューヨークのマンハッタンにある『世界貿易センタービル』に、“たった今”、飛行機が激突いたしました……」

 映像が切り替わる。
 リメイク版『キングコング』でお馴染みの(そういう覚え方をするなって)、あの無粋なビルの何10階あたりか、確かに濛々たる煙が舞い上がっている。
 ……飛行機が突っ込んだ? ということは「事故」ではないな。
 どこぞの田舎の民家に突っ込んだのならともかく、あんなどでかいビルに偶然ぶち当たったとはとても考えられない。
 狙われたのだ。……って、誰がいったい何の目的で?
 そう思った瞬間、“今まさに”2機目の機影が、ツインタワーのもう一方に突っ込んで行くのが見えた。手前のビルに隠れて、その瞬間は見えなかったが、向こうのビルからも爆発したような噴煙が燃え上がる。

 キャスターが興奮して、「2機目が激突しました!」と叫ぶ。
 もう、間違いない。
 これは「攻撃」だ。
 その瞬間、日頃『サウスパーク』に毒されている私の頭は、「フセインの仕業か?」なんて思ったりしていた。
 私も思わずしげに向かって、「おい、すごいことが起こってるぞ」と声をかけた。
 しげ、「何?」と言って、テレビを見るが、状況が判るとまた、マンガに目を落とす。
 そのあと、時々刻々とテレビは状況を伝えていくが、しげはいっかな関心を示そうとしない。というか、以後、完全なる無視である。
 しげにとっては、こんな自分に何の関係もない、些細なニュースには全く興味がないのだ。

 ……この、しげの、ある意味冷酷な態度のおかげで、私もようやく冷静になれた。
 世間では、しげのこんなノンシャランな態度に対して、「これだけの大惨事に、悲しみの一つも覚えないのか」とか、「自分に関係がないなんて有り得ない、政治的、経済的にも世界への影響がどれだけあることか」とか、激烈に非難する人もあろう。
 だが、「いったい何が原因でこんな事態になり、今後自分にどのような形でこの事件が具体的な影響を与えるか」何一つ解っていない状況で、慌てふためいて「大変だ大変だ」を繰り返す人間の方が、突発的な事態でパニックに陥って周囲の被害を増大させる連中の同類だとは言えまいか。
 しげは世界の情勢に対して全く興味がない。
 政治も経済もしげの世界の中には存在しない。
 日頃がそうであるのに、今日に限って狼狽したりしたら、それこそ不自然だし、「自分」というものをなくしている。
 ましてや、顔も知らぬ人々が死んだことに対して、いきなり哀悼の意を示すような「偽善」を、しげが働くはずがない。

 あの、この日記で私はしょっちゅうしげのことを貶しているので、すわ夫婦仲が悪いのではないかとか、これは「離婚秒読み日記」なのかとか思ったりしてる人がいるかもしれないけどね、実際しげ自身が、そう思ってたりもしてるんだけど(笑)、私がしげと結婚した一番の理由は、この「冷酷さ」なのだよ。
 というのが、私は「偽善」が好きでねえ。
 だって、「安全圏」でものを言うのって、楽じゃないの。表だった批判もされずにすむし、何より汚いもの、醜いものから目を逸らしていられるんだしさ。
 つまりは、人権を声高に叫ぶ人間が一番人権をないがしろにしてるってことだよ。
 ……そういう私の「善人ぶりっ子」に冷ややかな目を向けてくれたのって、しげしかいないわけだよ。
 だったら、私も、しげに対しては「本気」でぶつかっていかなきゃならんでしょうに。日頃、しげを貶しまくってるのはそういうわけです。

 事件の続報は次々に入り、そのたびに状況は変化していく。
 攻撃されたのは、センタービルだけではなく、国防総省、ペンタゴンにも飛行機が突っ込んだこと。
 ピッツバーグでも墜落した飛行機があること(これは目標を達成できなかったものか)。
 突っ込んで行ったのは「戦闘機」だったという情報も流されたが、機影を見る限り、あれは戦闘機などではない。普通の航空機だ。
 案の定、「航空機はハイジャックされたものらしい」というニュースが流れる。

 攻撃目標の無差別性(非戦闘員も狙われたという意味)から、標的が「アメリカ」そのものであることはどうやら見当がついた。そう考えると、これは実に「効率的」な攻撃である。
 なにしろ、自分たちの手持ちの武器を用意する手間は全くないのだ。
 攻撃する武器も敵のもの、目標も敵のもの、それでいて、何千人もの犠牲者を出すことができ、こちらの犠牲は数人ですむ。
 ちょうど偶然、午前中に『ニュースの裏には科学が一杯』という本を読んでいて、「カミカゼアタックが失敗したのは、加速すると翼に揚力が働いて、目標を飛び越えてしまうから」と書いてあったのだが、となると、あの操縦をしていたパイロット、相当な腕の持ち主だということにもなる。
 「飛行機の訓練をする」だけで甚大な被害を敵に与えることが出来るのである。考えてみれば、こういう効果的な攻撃が、今まで一度もされていないということのほうが稀有なのではなかろうか。

 いや、そういう戦闘がなかったわけではない。こちらの人的被害を最小に、敵の被害を最大に、という攻撃、超有名な事例が一つあったではないか。
 ベトナム戦争におけるアメリカ軍の「枯葉剤」の使用である。
 あの、ナチスドイツですら、毒ガス兵器を開発しておきながら、連合軍による更なる報復ガス攻撃を恐れて使用できなかった(一部、実験的使用に留まった)、大量殺戮の手段を、アメリカ軍は採ったのだ。
 今回の攻撃、まるでアメリカ軍の顰に倣ったようである。

 パレスチナ解放民主戦線が犯行声明を発表した、とニュースがあり、すぐさま否定の声明も出された。
 犯人の特定は錯綜しそうである。これも、実行犯が確実に死亡しているのだから、隠蔽工作としても非常に効率的である。
 何より、「やろうと思えば、アメリカという国を攻撃する手段はいくらでもある」と知らしめた効果は大きい。事件の背後にいる犯人たちが特定できたとして、何らかの報復措置が採られたとしても、それ以上にアメリカをビビらす効果があると判断した結果の攻撃ではないのか。

 ただ、逆にこの攻撃が効率的であれば効率的であるほど、同時に犯人たちの「効率的に行わなければならなかった」事情もまた、浮きぼりになってくる。
 犯人たちには、独力でアメリカと戦えるほどの力がないのだ。
 ある程度バックがいるにしても、正面きってアメリカと戦争できるほどではない。だから、「同時多発テロ」ということは、「継続的にテロが行えない」ということでもあり、この時点でわずか4ヶ所しか狙えなかったということが、犯人たちの限界を示しているとも言える。
 しかし、犯人たちはこれを将来への「布石」であると考えたのではないか。
 つまりは、全世界の「反米勢力」へのアジテーション、呼びかけである。
 「アメリカを憎んでいるやつらは俺たちのほかにもいるはずだ。今はまだ君たちは立ち上がれないかもしれない。だが、たとえ小さな力でもこういう手段をとることができる。ベトナムがなぜアメリカに勝てたか。小さなゲリラ活動の積み重ねだ。恐れることはない。アメリカの繁栄もいつかは終わる。それを終わらせるのは君たちだ」
 さて、これに呼応する勢力がどれだけ出てくるか。
 これほどの事件が起これば、その態度を各国は明確に表明せざるを得ない。
 身を寄せるべき、反米勢力を確認し、結束を固める地盤を作る。
 それが犯人たちの最大の目的であったように思えてならない。
 にっほんっの、たっちばっは、びっみょおっだなっ、と♪

 ……で、ここまで引いて参りましたが、もう、お気づきになった方もおりましょう、この作戦、『ガンダム』の「コロニー落とし」のアレンジですね(もう誰かが言ってるかもしれないが、個人の日記だから気にしない)。「仲間がどこにいるか」を探すって意味では『ジャイアントロボ』(アニメの方)「世界制止作戦」のバリエーションとも取れる。
 ……誰だ、犯人たちに日本制アニメ見せたのは(^▽^) 。

 テレビがだんだん激突シーンばかり繰り返すようになってきたので、飽きてきて寝る。っつーか、そんなんばかり見てるから、日記の更新ができんのだ。
 明日には恐らく「ほかのアングル」からの映像も映し出されることであろう。それを楽しみに今日は寝ようっと。


 マンガ、八神健『ななか6/17』3巻(秋田書店・410円)。
 6歳以降の記憶をなくした七華、一時的に記憶を取り戻す。
 わあ、まだ3巻だと言うのに、結構ハードなテーマに触れちゃったぞ。
 こういうシチュエーションコメディーものって、案外深刻なテーマを内包していることが多いんだけど、そのことに「あえて触れない」ことが長期連載のためのヒケツではある。
 例えば、『オバQ』とかでもそうだけど、「正ちゃんとQちゃんのように、もともと住んでる世界の違うものはいつか別れてしまう」ってのが昔は定番としてあった(でもこのパターン、『うる星やつら』以降、現在では見事に崩れ去っているけどね)。だから、オバQがオバケの国に帰って行きそうな話は極力避けていたんだよね。
 この『ななか』のような「記憶喪失もの」も、定番な流れで行けば、「いつか記憶を取り戻す」ことが物語の終わりになる。つまり、作者は「どうやっても記憶が取り戻せない」という状況を作り出すことに腐心していれば、連載を続行させられることになるのだ。
 でも、今巻では一時的にせよ、ななかの記憶が戻る。しかも、「記憶が戻っても稔二と七華の間は修復できるのか」というところまで話を持っていった。
 こうなると、「記憶が戻りました、めでたしめでたし」のパターンはもう使えない。作者は、物語を楽に終われない道をあえて選んじゃってるのだ。
 ……でも、自分の創ったキャラクターが好きだからそこまで突っ込んで話が作れるんだよなあ。ガリ勉に戻ったななかを見て、稔二は「今のななかは苦手だ」と言うが「嫌い」とは絶対にに言わせないのね。そういう「キャラクターに対する気配り」も、作者がこのマンガを大事に作っているんだなあ、と感じさせてくれて、好感度が高いのである。

2000年09月11日(月) ミステリとワンピースと/『ONE PIECE』1〜5巻(尾田栄一郎)


2001年09月10日(月) 憎まれっ子世に……/『RED SHADOW 赤影』(加倉井ミサイル)ほか

 昨9日、映画監督、相米慎二氏、肺ガンで死去。56歳。
 早過ぎる死、というのはその通りなのだが、全然惜しいと思わない監督なので、もっとたくさん映画を撮ってほしかった、という気持ちは全く湧いて来ない。

 80年代の映画シーンの中で、相米監督が中心的な位置にいたことは事実だ。
 今はなきディレクターズ・カンパニーの旗手、というイメージはあったし、実際、ヒット作も結構飛ばし、作品評価も高かった。
 遺作は今年の『風花』。
 見てはいないが、「ああ、ディレカン解散後も、まだ映画撮ってるんだなあ」とは思っていた。
 ……でも、ディレカン後の「ソウマイ」の名は、私の記憶に殆ど影を落としていないのである。
 いや、ディレカン以前だって、相米慎二の映画は、私にとって「ムナクソ悪い」映画でしかなかった。
 役者に対して監督が愛情を持っていないことがありありと見えていたからだ。

 相米映画を語るとき、必ず触れられていたのは、その「長回し」と「ロング」をを多用した(というかアップをとことん嫌った)映像作りである。
 「長回しをすると、役者も緊張するし、その空気はロングじゃないと捉えられない」みたいなことを評論家や監督自身も口にしていたように思う。……でもねえ、それって、「役者が緊張感のある演技をアップで表現できないから」って言ってるのと同じなんだよ。
 アイドル映画ばかりを作らされてた鬱憤を晴らしてたつもりかもしれないが、あの監督にはアイドルをアイドルとして撮ろうとする気持ちが全くなかった。
 だからこそ、できあがった映画は、確かに他のアイドル映画とは「毛色の違った」「ヘンな」ものになっていた。
 けれど、その曰く言い難いへんてこさを、うまく批評できないために、ついみんな、「あれは傑作だ」なんて勘違いして誉めそやしてはいなかったか。
 別に難しく考えるコトはない。
 監督は手を抜いていただけである。……実際に映画撮ってみた経験があればわかるけどさ、長回しは楽だよ〜、編集が。ロングにするのだって、長回しのときにはカメラを引かないと状況が判らないからそうするだけなんだって。
 必然的に、登場人物たちはただの「点景」になってしまうのだ。

 相米ファンに聞いてみたいんだけどさ、『翔んだカップル』や『セーラー服と機関銃』の薬師丸ひろ子、本当に魅力的に撮られていたか?
 『台風クラブ』、女生徒たちをみんな十把ひと絡げに撮っといて、本当に10代の抑圧された心を描けていたといえるか?(せっかくの渕崎ゆり子の下着姿がコマネズミみたいな映像でしか拝めないんだぜ。あああ、姫宮アンシーのセミヌードがああああ。……ごめん)
 『ションベンライダー』なんて、タイトルからして「なんでこんなションベン臭いガキどもの映画撮らされなきゃなんねえんだ」って監督の悪態が聞こえてこなかったか? 河合美智子、あれに出てなけりゃ、もっと早くにブレイクできてたかもしれないぞ。
 『ションベンライダー』は、それを見た押井守に「映画は好き勝手やっちゃっていいんだ」と思わせたという点で、素晴らしい遺産を残したと言えるが、映画自体はまさしくデタラメな、ただの「一人よがり」の映画である。……確かにあれ見たあとなら、「どんなデタラメな映画を作ったって傑作」っていう気になれるよなあ。
 ……はっきり言うが、どんなに下手な役者でも、役者をバカにしている監督を私は映画監督として評価しない。
 相米はクズだ。

 この時期の監督たち、実は相米ほどじゃないにしても、結構ロングと長回しを多用してるんだよね。根岸吉太郎、井筒和幸、大森一樹、森田芳光。……みんなおもに角川系でアイドル映画撮ってるけどさ、見る者を「萌え」させる映画はただの一本も撮ってない。
 ……映画として出来がどうこう言う以前によ、アイドルを撮らなきゃなんねえんだよ、アイドル映画はさ。
 どんなに内容がクサかろうと、どんなにヒヒオヤジのロリコン趣味が満一していようと、この時期にアイドル映画を撮れていたのは、大林宣彦しかいなかったのだ。『時をかける少女』はむちゃくちゃバカ映画だったが、それでも私は今でも言えるぞ、「原田知世はいい!」と。
 あああ、結婚さえしていなければ、角川三人娘BOX、全部買ってやるものを。

 ……まあ、相米さんは天国で誰も萌えないアイドル映画を○田○○子と一緒にでも作っててください。


 朝、メールボックスを開こうとしたら、えらく重くって全然開かない。
 ……なんと、ウィルス入りのメールが送られてきていたのだ。
 事前に気がついて削除したので、被害には合わずにすんだのだが、それから少しずつ時間を置いて、十何回も送られてくる。
 ちゃんと感染してるか確かめながら送ってるんだろうなあ。
 と言うことは、無作為にばら撒いてるんじゃなくて、私、ないしは劇団をターゲットにしているということだ。
 ……つーか、多分、私だろう。

 上記の相米監督に対する批判もそうだが、私は、自分がこうだと思ったことは、たとえそれが死者を鞭打つようなことであっても平気で書いてしまう。
 相米監督のファンだったら、これを読んで激怒するかもしれない。
 しかし、よく読んでいただければお解りの通り、私は根拠のないことは書いていない。私の根拠の立て方に対して批判することはできても、述べている意見自体について「黙れバカヤロウ」とは言えないはずだ。
 どんなにオチャラケたり、揶揄してはいても、私は「批評」以外のことは書いていないのだ。
 だから、それをまず受け入れることは、言論の自由を標榜する者ならば認めなければならない「義務」なのである。
 その上で文句があるのなら、その根拠を示して反論すればいい。

 日記を移転した時も思ったことだが、「理不尽な妨害」は、私の言動が民主主義の名において正当であることを逆説的に証明してくれていることになる。
 ……いや、そんな大げさなつもりで書いてるわけじゃないんだけどねえ。
 根拠のないプライドだけで生きてるようなクサレ野郎ってさ、「こいつには何を言っても勝てない」と思ったら、まず確実にヒステリーを起こしちゃって、暴力的な行為で報復しようとするものなんだよねえ。

 ああ、つまりウィルスを送ってきた御仁は、戦う前に白旗を振って、私を褒め称えてくださっているのだ。しっかり私の文章を読んで下さっているからこそ、本気で憤ってくださっているのだ。
 こんなステキな読者がまたとあろうか。
 読者へのサービスは公開日記を書いている者の義務である。いったいどうすればこの熱烈なる読者のご期待に答えることができようか。
 そうだ、この人は私が苦しみ、凹み、鼻っ柱を折られてシュンとしている様子が見たいのに違いない。
 わかりました。今から「困ります」。

 ぐすっぐすっ。
 ご、ごめんよう。
 悪気はなかったんだよう。つい手が滑って、ヒドイこと書いちゃったんだよう。
 もうウィルス送るなんてことしないでくれよう。
 パソコンが壊れるかと思ってビクビクしてたんだよう。
 夜も眠れなくて、体調は崩すし、下痢と便秘はいっぺんに来るし、アラン・ドロンかジェラール・フィリップの再来かと言われてた美顔が、モンゴメリー・クリフト並に落ちちゃうし、アタマはもともとオカシイし、あんまり苦しくてバカ食いしたんで体重が1キロ太っちゃったし、今日録画する予定だった『SAMURAI GIRL リアルバウトハイスクール』はうっかり録り損なっちゃって土曜まで待たなきゃいけないし、夢の中に横溝正史が出て来たんで、思わず、「セ、先生、『女の墓を洗え』と『千社札殺人事件』はどんな筋になるんですか!」って聞いたけど、ニヤニヤ笑うばかりで全然返事してくれないし、踏んだり蹴ったり突っ込んだりだったんだよう。
 赦してくれよう、悪かったよう、ごめんなさい、謝ります、赦してえな赦してえな、ごめんちゃい、すまなんだじょ〜、アイアムソーリーヒゲソーリー、ヒラにご容赦、課長に五輪車、初めチョロチョロ中パッパ、オセン泣くともフタ取るな、生麦生米生卵、武具馬具武具馬具三武具馬具、合わせて武具馬具六武具馬具、月が出た出た月が出た、隣りのミヨちゃんのケツに出た、あなたと私の合言葉、愛のコトバはアイラブユウ、ユウラブミイくん、松本零士、汽車はゆくゆく貴社の記者、ちょいとお待ちなそこ行く旦那、旦那寺から兵庫に行って、その兵庫の坊主の屏風にいたしやすと、かようお伝え願います。

 ……ご満足頂けましたでしょうか、モリウチさん。


 一昨日は休日出勤したので、今日は平日だけれど休み。
 でも、外出しようにもしげは爆睡していて起きないし、日記の更新も溜まっているしで、昼過ぎまでパソコンの前でパコパコ書き込みなど。

 夕方、そろそろ入院中に貰っていたクスリが切れるころなので、近所のかかりつけの病院に行って、薬を貰う。
 早くに渡さなきゃならなかった成人病センターからの診断書も、今日になってようやく担当医に手渡す。
 ……前はひと月に一度来ればいいと言われていたのに、今度から2週間にいっぺんせよとのことだそうな。そんなに時間が取れるかなあ。
 「あの、ついでにナンですが、ここの『神経内科』って神経のクスリとか貰えるんですか?」
 「どうかしたんですか?」
 「なんだかイライラして眠れないこと多くって。そっちのほうの医者にもかかったほうがいいかなあって思いまして」
 「『神経内科』ってのは脳卒中とかを見るところですよ。おっしゃってるのは『神経科』か『心療内科』ですね」
 「ああ、そうなんですか」
 「前はこの病院にもあったんですが担当の先生が移っちゃいましてね。でも睡眠薬くらいなら内科でも出せますよ?」
 「ああ、それなら結構です」
 単に薬代がかさむから遠慮したのだが、神経科にかかりたいなあと思っているのは本当である。
 正直な話、最近、しげと一緒だと疲れて疲れてかなわないのだが、それが必ずしもしげだけに原因があると思い込むのは危険なのではないかと感じているのだ。

 夫婦である以上、心はお互いに影響しあっている。
 しげのストレスが私に影響し、そうして起きた私のイライラが、またしげを萎縮させ、という悪循環に陥っているように思えるのだ。
 薬などの治療でこの状況が改善できるなら、一度夫婦ともども見てもらえないかと思っていたのだが、どうもしげは気乗りがしていない。
 「……隔離されたらイヤだ」なんて言っている。
 それが既に被害妄想であるし、神経症に対する偏見以外のなにものでもない。
 ココロの病がカラダの病に比べて危険だというのは統計的にも何の根拠もないことだし、悩みを表に出すことを怖がる気持ちは、かえって自分自身を痛めつける結果にならないか。
 ……こういう時に私はちゃんとしげに「一緒にいるから心配は要らないよ」って言ってるんだがなあ。こんな時だけ私のコトバを聞いていないのだ。日頃の悪口だけは執念深く覚えてるくせに。
 平日、しげが一緒にいられるときがまたいつかあるかなあ。
 

 積文館書店を回って、買い損ないのマンガなどを渉猟。
 博多はマトモに新刊書を置いてある本屋が、博多駅、天神あたりまで足を伸ばさないと見つからないので、結構手間がかかる。
 探しているのはあずまきよひこの『あずまんが大王』3巻と、上遠野浩平『ブギーポップ』シリーズの最新刊なのだが、『あずまんが』はあと2冊で売り切れ、というところでかろうじてセーフ。
 でも『ブギー』は影も形もなく、さて、どこまで探しに行けばよいものやら。

 スーパーマルキョウの前のうどん屋で、イカ天掻揚げうどんを食べる。
 しげは肉うどん。「おなか壊しててイタイ」と言ってるくせにどうしてそういうシツコイものを食うか。案の定食ってすぐ、「いてててて」と言い出すが、自業自得なので全く同情する気になれない。
 そのあとスーパーで買い物。
 牛肉、鶏肉、塩サバ、紅シャケ、みな賞味期限ギリギリの値引き品ばかりを買う。だってそろそろ生活が苦しくなってきてるんですもの(^^*)。
 これで占めて千円にもならないが、充分1週間は食いつなげることであろう。


 マンガ、横山光輝『仮面の忍者赤影』2巻(秋田文庫・610円)。
 昔、買ってたサンデーコミックスの単行本は親に捨てられちゃったからなあ。ようやく30年ぶりくらいに忘れものを取り戻した気分。
 ……でも今巻も表紙の絵、アシスタントの代筆だよなあ。赤影が大カタツムリと戦ってるけど、こんなシーンは原作にはないぞ。ドラマの方じゃ、「魔風編」で、「バビラン」って、ちょっと似た怪忍獣が出てくるけど、よくよく見るとだいぶ違ってるし、この怪獣、何なんだろ?
 1巻の「金目教編」に比べると、この「うつぼ忍群」編、構成に難があって完成度の点では一段も二段も落ちる。
 ラストの総力戦なんかあっという間に終わっちゃうし。テレビの放映が終了する前に連載が終わったもののようだけれど、やはり人気が出なかったからじゃないのかなあ。


 マンガ、横山光輝キャラクター原案、斎藤ひろしストーリー監修、加倉井ミサイル作画『RED SHADOW 赤影』(角川書店・567円)。
 こちらのマンガは映画晩の公式ノヴェライズ。
 基本的な筋立ては映画版と概ね同じだけれど、キャラクターの扱い方が微妙に違う。飛鳥がチョイ役でしかも死なないのは、ビックリしたけどちょっと嬉しい。代わりに登場、「薄影」が死ぬことで、青影は抜け忍になる。
 ほかにも映画と違って、根来弦斎と幻妖斎が同一人物であっりたと、細かい改変は多い。……映画よりこっちのほうがよっぽど面白く仕上がってんだよなあ。

2000年09月10日(日) 睡魔と戦いつつこれを書いてます/『星降り山荘の殺人』(倉知淳)



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藤原敬之(ふじわら・けいし)