無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年07月15日(月) 開高健よりは痩せてると思う/『新ゴーマニズム宣言 テロリアンナイト』11巻(小林よしのり)

 台風が近づいてきているようである。
 昨日までの涼しさがウソであったかのように、今日はムシムシと暑苦しい。
 こういう暑い日にはちょっと女を殺したくなりませんか(c.斉木しげる)。でもそんな理由で女を殺していったら、世の中、ただでさえ女に相手にされずに寂しく自宅で美紗だの紫亜だののフィギュア片手に○○○○しているオタクは多いというのに、彼らのささやかな明日への希望の芽すら摘んでしまうことになるではないか。そんな残酷なこと、ようできまへんわ。
 というわけで、今のところ女を殺してはいない。全国のモテない汚い愛想もないオタクの諸君、私に感謝したまえ。君たちのまだ見ぬ未来を支えているのは実は私の愛なのだ。

 職場の女の子からいきなり「有久さんって、安部公房に似てますね」などと言われる。あまり嬉しい例えではないが、似ていると言われれば似ていなくもないかな、とは思う。それよりも今時の若い子が安部公房を知っているだけでもオドロキである。読んでるのかホントに。
 「顔立ちだけじゃなくて、喋ってることとかも」などと言われたから、実際に読んではいるのだろう。それにしても若い癖に侮れないことを言うやつだ。確かに私には安部公房との共通項がある……というか私の書く戯曲が安部公房の影響を受けてるってことなんだが。
 『壁』と『人間そっくり』、あるいは戯曲『ウェー 人間狩り』などは私の書く戯曲の隠しモチーフになっている。
 日頃から私は、世間話的に「現実なんてあやふやなもんだ」とかナマイキなこと言ってたから、その子はたまたま安部公房の本を読んで「有久さんと同じこと言ってる!」と驚いたのだろう。ああ、でも若い子と安部公房の話ができるなんて嬉しいなあ。
 で、つい悪ノリしてしまいました。
 「似てるかな? でも実はもっと似てる人いるんですよ」
 「え? 誰ですか?」
 「この人」
 偶然とは恐ろしいものである。こういう西手新九郎が現実にあるのだから。
 たまたまそのとき私が持っていた本が、『裸の王様』。そこの著者の写真を見せた途端、女の子が飛びあがって驚く。
 「そっくり!」
 そんなに私、似てますか? 開高健に。
 オーパ!

 台風、鹿児島を掠るそうだとかで、福岡の方も小雨がぱらついている。
 てっきり駐車場に迎えに来ていると思ってたしげの姿が見えない。昨夜も仕事から帰ってきてから寝つけなかったみたいだから、また寝過ごしているのだろう。それにしても、携帯に連絡入れても全く応答がないというのはどういうわけだ。
 仕方なくタクシーで帰宅。
 何度か乗せてもらった運ちゃんだったので、裏道を通ってくれて、早めに帰ることができた。私の商売は先刻ご承知の方なので、「大変ですねえ」と労ってくださる。そう、大変なんスから、これでも。
 帰宅してみると、やっぱりしげは寝ている。病院の検査では、悪いところ全然なかったんだから、ホントにただのグータラだ。劇団のメンバーに向かっても威張って「全然悪いとこないって〜」と笑って言ってたしなあ。「病院行きたくない〜」って泣いてたのはどこのどいつだ。


 しげが仕事に出かけた後、夜食にスパゲティを作る。
 焼き肉のタレで下味をつけて、トマトソースにウィンナーを細切りにして混ぜる。本当はタマネギも混ぜたかったのだが、買ってくるのを忘れた。仕方なく長ネギのみじん切りを混ぜるが、別にヘンな味にはならなかった。ちょっと冒険だったかも。
 飲みものも尽きていたので、スーパーで買ってきたパックのお茶をいろいろブレンドして、オリジナルティーを作る。麦茶に減肥茶(成分見るとハト麦茶ベース)に玄米茶にグァバ茶。
 私はこのお茶を気に入っているのだが、グァバ茶を混ぜるとしげの評判が頗る悪い。
 「飲んだらね、喉に奥のほうからウェーって来ると」
 というのだが、わしゃ別に毒薬を調合したわけじゃないんだがな。
 しげはともかく麦茶派である。私には麦茶オンリーってのはあっさりし過ぎてて喉にまるで引っかからないので、少しは苦味があった方が、と思うのだが、しげは舌がコドモなので、オトナの味がわからないのであろう。
 仕方なく、グァバ茶を混ぜたものと混ぜてないものとを作る。玄米茶ベースのあっさり味とグァバ茶メインのオトナ味。
 でも、なんでこんなにしげに親切にしてやらなきゃならないのかなあ。料理も作ってくれないし家事もしないし、私が奉仕するばかりだ。
 このしげの甘ったれのツケは、そのうちしげ自身にしっぺ返しみたいな形で振りかかって来ると思うけれど、果たしてそのときまで私の方が生きてるかどうか疑問だ。
 ┐(~ー~;)┌ マイッタネ。


 マンガ、小林よしのり『新ゴーマニズム宣言 テロリアンナイト』11巻(小学館・1260円)。
 タイトル、英語としてはヘンじゃないのか。まあ、ワザとなんだろうけれど。
 本文は本文で、ますます活字が多くなってて、マンガにする意味あまりないんじゃないのか、とツッコミ入れたくなってくる。ヘタすりゃ1ページ、ほぼ活字で、フキダシのスキマにちょっと絵があるだけ。ホントに読みにくいったらありゃしないね。
 小林さんは「『ゴー宣』は読者に読解力がないと読めない」みたいなことを以前書いてたような気がするが、そりゃどんな本だってそういうもんだよ。『ゴー宣』が読みにくいのは、単にコマ割りとレイアウトがヘタなせいなんだから、掲載誌の『SAPIO』に頼んでページ数増やしてもらってコマに余裕を持たせたらどうかね。でも、小林さんのことだからページが増えたら増えたで余計なこと書きこむんだよ、きっと。
 実際、重くて厚くて、なのにやっぱり活字でいっぱいの『戦争論2』も、随分前に買ったまま、途中で放り出して読み終えてない。この11巻も内容的にリンクしてるから、平行して読んどいた方がよさそうなんだけど。

 昨年の同時多発テロについて、小林さんの意見と私の意見とは重なるところが多い。……困ったなあ、小林信者と思われちゃうかな。南京事件や従軍慰安婦については意見が違うところの方が多いんだけどな。
 でも、あのテロ事件が起きた時点で、「アメリカもついにやられたか、ざまを見ろ」と思った連中は、巷には結構いるんじゃないか。広島・長崎に原爆を落とし、朝鮮で代理戦争を行い、ベトナムで枯葉剤を撒き、今もなおアラブに介入し続けているアメリカを見てなお、アレが絶対的な正義の具現者だと信じてる人間がいたとしたら、そいつは救いようがないアホだと思うが、どうかね。
 アメリカが実質的な専制国家だとわかっていながら、日本が摺り寄っていかざるを得ないのは、単純に国家間の勢力バランスを考えればほかに選択肢がないからだってこと、みんなわかってると思ってたんだけどなあ。
 なのに、あのテロが起こった当時、ネットの日記なんか見てたら「こんなひどいテロは許せません」とか、「人道的な判断」をしてるつもりでアメリカの味方してた意見もやたらあったもんね。ちょっとでも歴史かじってたり国際情勢を知ってる人間だったら、諸手をあげてアメリカに賛成してもいられないってこと、判りそうなもんだが。
 政治家がアメリカの御機嫌伺わなきゃならないのは仕方がないが、民間人がどうして「アメリカがんばれ」を簡単に言えるのかねえ、何も考えてないんじゃないの? 案の定、アメリカのアラブでの無差別空爆が知られるようになると、日本の中での「アメリカ万歳」の声も低くなっていったけどね。……もっと早く気づけって(-_-;)。
 人種的な偏見はないけど、未だに「戦争を終わらせるためだったんだから、原爆を落としたのは正しい」(「仕方がない」じゃなくて「正しい」と言ってるアメリカ人のほうが圧倒的に多いぞ)なんて主張してる奴らを信用できるかい。
 小林さんのモノイイがナマイキだからって、なんでもかんでも「反対」を唱えていいってもんでもないだろう。アメリカ批判だったら、黒澤明だって『八月の狂詩曲』で「アメリカは被爆者の慰霊をしていない」と批判してたし、宮崎駿だってあのテロに関しては反米的な発言をしているぜ。みんなクロサワさんやミヤザキさんは好きなんでしょ? だったら堂々と「反米」を唱えてみたら?

 時間はかかったけれど、みんなの予想通り(^o^)、小林さんは『新しい教科書を作る会』を今巻で脱会。もともと右とか左とかのイデオロギーがある人でなし(靖国や特攻隊賛美だけで右翼と決めつける風潮が戦後すぐの時期にはなかったことも今巻で示されてるが、これは本当だ)、その場その場の義憤で動いてる人なんだから、小林さんを広告塔に利用しようって考えてた西尾幹二がアホなんだよなあ。小林さんは「友達」にすると面白い人だけど、「同志」や「仲間」にしちゃいかんのよ。
 これで小林さんが柳美里と仲良くなったりしたら面白いんだけれど、さすがにそれはないだろうな。

2001年07月15日(日) 演劇は愛だ! ……ってホント?/『バトルホーク』(永井豪・石川賢)ほか


2002年07月14日(日) 劇団始動……か?/『電人ザボーガー』1・2巻(一峰大二)/『カムナガラ』4巻(やまむらはじめ)ほか

 あ、気がついたら明日で山笠も終わりじゃん。
 先祖代々ど博多民でありながら、ここまで山笠に冷淡な人間というのも珍しいんじゃないかと思うが、四十年見続けてりゃたいがい飽きるよ。進歩ないし(伝統芸は進歩しちゃイカン面はあるけどね)。
 でもなあ、あっちこっちに飾り山立てて、追い山であっちこっち山笠かついで走り回ってって、それだけの祭だよ? どんたくにしろ山笠にしろ、どうして全国各地からこうも博多に人間が集まってくるのか、地元民にはさっぱり分らないのである。
 あの、他地方のみなさん、そちらには地元の「祭」ってないんですか?
 今年も、偶然博多駅を通りかかった時に、一つだけ山笠を見たのだけれど、見返しがなんと『ONE PIECE』だよ。
 ……似てね〜(~_~;)。
 似てないだけじゃなくて、作り手、マンガ読んでないよな。ゾロ、二刀しか持ってないし。しかも歌舞伎みたいに見得切って、目の回りには隈取りまであるぞ。こんなゾロ見たら、熱狂的なワンピファンは激怒するんじゃないか。


 「ねえねえ、聞きました? 黒子さん。『スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』が先々行公開、先行公開、そして昨日の公開初日の動員の合計が約40万人、興収5億7000万円を記録したんですって」
 「まあ、それってスゴイことなの? 白子さん」
 「もちろんよ、なんたって、あの『ハリー・ポッターと賢者の石』を抜いちゃったんだから。このまま行けば、最終的に1200万人の動員、興収170億円、『千と千尋の神隠し』『タイタニック』に次いで、歴代3位の記録を達成するんじゃないかって、配給元の20世紀フォックスは考えてるみたいよ、黒子さん」
 「まあ、でもそんなに都合よく行くかしら、白子さん」
 「そうねえ、雑誌なんか見てても、見た人が誉めてるのはラストのヨーダとドゥークー伯爵の決闘シーンばかりだから、2時間近くもアナキンがヒネクレてくだけの退屈なシーンを見せられ続けるのはつらいかもね、黒子さん」
 「雑誌って言ってもアナタが読んでるのは『アニメージュ』とか『Newtype』とか、オタク雑誌ばかりじゃないの。フツーの人はアナキンとパドメの恋のやりとりが楽しかったりするのよ、白子さん」
 「ええ〜? 身分違いの恋とか言いながら、あの二人の恋に反対する姑とか家来がいるわけじゃなし、二人の恋が歴史に大きな危難を呼んだりしてるわけでもなし、のんびり草原で抱きあってゴロゴロしたりしてて緊張感のカケラもないじゃない、あんなドラマの基本も知らないようなおバカで演出不在のストーリーのどこに感動するって言うのよ、黒子さん」
 「まあ、いろんな人をテキに回したがってるような発言ね、白子さん」
 「だってホントなんだから仕方ないじゃない、黒子さん」
 「でも、『タイタニック』に感動しちゃう程度の単純で呆けたメンタリティしか持ってないのが今の若い人たちじゃないの。それにあの二人の恋が大変な事態を呼ぶのは次のエピソード3だから、今はあれでいいのよ、白子さん」
 「納得いかないわね、けれど、じゃあ、あなたは『クローン』が『タイタニック』並にヒットするって言いたいの? 黒子さん」
 「そこまではムリだと思うけれど、イイ線までは行くんじゃないかしら。だってSF映画って、それだけじゃ絶対ヒットしないけど、付加価値があるとバケることがあるじゃない。『E.T.』がヒットしたんだって、「感動の名作」ってことでウケたんだし。『クローン』の目玉はやっぱりアナキンとパドメの恋よ、前半なのよ、白子さん」
 「ああ、あんな幼稚な恋物語で感動できるくらいなら、オママゴトしてた方がマシだわ、どうせなら、『猫の恩返し』の方を見に行ってほしいわね、黒子さん」
 「なんだ、結局それが言いたかったのね、もう、ホントにオタクなんだから白子さんったら」

 けど、映画がヒットするのは不況の証拠(遠出できるカネがないから)って言われると根っからの映画ファンとしては悲しいなあ。日頃からもっと映画を見とこうよ。


 しげは朝から劇団の練習。
 私は脚本だけの参加なので、肉体訓練には参加せず、午後を回ってから顔を出す。
 参加者は相変わらず少ない。よしひと嬢、穂稀嬢、つぶらや君のみ。ホームページに載ってるメンバーは10名以上いるのにどうなってんだか。パソコン持ってる連中も更新させようって気があるやつ少ないしなあ。
 キャストに使えるのは結局女性三人だけ。全く、毎回これだけの小人数で脚本を書けってのは酷ってもんだよ。私だってスタッフでもキャストでも協力したいのは山々なんだが、しげがヒステリー起こすのも毎回なものだから、今回はきっぱり断る。いい加減、私もしげのワガママに付き合うのは疲れた。
 脚本は、みんなの考えたものを寄せ集めて、九月、十月ごろまでに完成してほしいとのこと。それだけの期間があればできなくはないが、日記の更新と重なるんだよね、これが(^_^;)。
 とりあえず、シノプシスを再来週までにあげよ、との指令。へいへい。

 練習は今、エチュードを中心に練習しているそうだ。テーマを決めて、一対一でディベートを行う。つぶらや君はしょっちゅう負けてるそうだが、弁の立たない男って多いよな。これって、やっぱり男系社会の中で男が甘やかされて育ってるって証拠じゃなかろうか。男が男であるってことだけで自分の主張を押し通せることが多いものだから、日頃は何も考えなくてもやり過ごせるのである。ところがいざ、自分の発言に根拠を持たせようとすると、たいていうまく言えなくてシドロモドロになってしまう。
 よりによって、穂稀嬢とつぶらやくんのディベートのテーマは「私としげの結婚は正しかったか否か」。で、「正しい」派に回ったつぶらや君、負けてやんの(~_~;)。現実になんとか10年持ってる夫婦だというのに、なんで負けるかね、つぶらや。

 ブックセンターホンダで本を買ったあと、夕食は浜勝。
 実はヒレカツとロースカツの区別があまりついてないので、ミックスカツを頼む。ジューシーなほうがロースなのかな。
 いつもは一緒にトロロを頼むのだが頼み忘れる。こうなると、トロロが無性に食いたくなるので、帰りにスーパーに寄ってトロロイモを買う。けれど米を炊き忘れていたので、トロロ食いは明日以降に持ちこされるのであった。
 トロロだけすすって食えばいいじゃないかと言われそうだが、博多にトロロだけを食う習慣はない(あるかもしれんが私はしない)。
 熱々のメシの上にトロロをぶっ掛けて、醤油をちょっとだけ垂らして、余りメシとかき混ぜずに食うのが一番美味い。昔は生卵を混ぜたり豆腐を混ぜたりオクラを混ぜたり、いろいろ工夫していたものだったが(悪食とも言う)、最近はトロロだけで食うのが好きになった。
 単純な味が一番美味いって気持ちだけれど、単に味覚が淡白になっただけかもな(^_^;)。

 
 マンガ、うしおそうじ作・一峰大二画『電人ザボーガー』1・2巻(完結/角川書店・各1470円)。
 今はなき『冒険王』に連載されていた、ピープロ特撮ヒーロードラマの一峰大二による最後のコミカライズ作品。これがなんと28年ぶり、初の単行本化である(毎回思うが、いくら復刻とは言え、この高価は何とかならんか)。
 当時はもちろん、番組の方も見ていたのだけれど、『スペクトルマン』や『快傑ライオン丸』は好きで夢中になって見ていたから、細部もまあまあ覚えちゃいるのだが、『ザボーガー』あたりになると、どうも二番煎じ三番煎じ、ドラマに迫力不足を感じていたせいか、細かい設定はすっかり忘れてしまっているのである。
 もともと私は、ヒーローものは悪役が好きかどうかで判断してるところがあるのだが、『ザボーガー』の場合、「悪之宮博士」ってネーミングでもうダメだった記憶がある。そんな名前のやつがおるか、ガキだからって舐めんなよって印象を受けていたのだった。
 番組自体、視聴率的に苦戦してたんだと思う。ザボーガーがストロングザボーガーに改造されたかと思ったら、あっという間に終わってしまった。……テコ入れに失敗したことが露骨にわかる終わり方だった。

 マンガ版はもう、あの一峰大二のアクの強い絵柄でも平気、という人でないと楽しめないんじゃないかなあ。私などはあの腰を妙にツイストさせた絵柄見ると、「おお、一峰!」とか思って嬉しくなっちゃうんだけど。
 悪之宮博士が、アリを飼っていて、その手足を潰して楽しんでる描写などは、『スペクトルマン』にも同様のシーンがある、一峰さんお得意のモチーフ。要するに弱い者イジメなんだけれど、これはピープロの、というより一峰さん自身の正義感が生み出した描写だろう。
 「悪」とは何か、「正義」とは何か。悪とはつまり、弱者を虐げるものであり、正義とは弱者を守るものである。それだけを聞くと、随分単純な絶対悪、絶対善の価値基準の世界のように思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。それは、正義が悪に破れるパターンを描く時、一峰さんの絵に特に力が入るところでもわかる。
 『スペクトルマン』で、蒲生譲二はしょっちゅう宇宙猿人ゴリに破れている。ムーンサンダーの回では、一度、完全に死んだ。その回のラストのコマは1ページを使ったゴリの高笑いである。絶対的な悪の前では正義は往々にして無力であること、正義はただ汗を流し、うなだれ、歯噛みして悪の哄笑をなすすべもなく聞いているしかないこと、それは当時は実にリアルな描写であった。
 また、善もまた悪をなすことがあることを、「ダストマン」や「クルマニクラス」の回では、テレビ版以上に一峰さんのオリジナルな解釈を加えて描いていた。実を言うと、私は『スペクトルマン』に関する限り、オリジナルであるテレビ版よりもマンガ版の方を圧倒的に評価している。
 『ザボーガー』でもそういった描写がないわけではないのだが、残念なことにページ数の関係もあったのだろう、安易な結末、ダイジェスト的な展開で終わる場合が多く、マンガとしての完成度は『スペクトルマン』『ライオン丸』に一歩も二歩も差をつけられている。物語が単純に見えるのは、『スペクトルマン』に比べて、主人公が幼く描かれているせいもあるのではないか(大門豊がストロングザボーガーを作るために、松江健に向かって「きみのマシーンとザボーガーを合体させれば鬼に金棒」なんて頼みこむのもちょっと発想が幼稚なんじゃないか)。
 それでも『ザボーガー』には、見捨てるに躊躇する魅力が多々残っている。悪之宮博士に利用され、主人公の大門豊をおびき出す囮にされてもなお、悪之宮を慕うミスボーグの健気さとかね(やっぱさあ、歯を食い縛って流す汗の描写がイイんだよ)。
 一峰大二なんて知らない、という若い人も多いと思うけど、食わず嫌いしないでちょっと手に取って見てみてほしいのである。マンガ喫茶やネットカフェででもいいからさ。


 マンガ、やまむらはじめ『カムナガラ』4巻(少年画報社/YKコミックス・520円)。
 「侵略者」の正体、「さとがえり」の真の意味が今巻で明かされるが、侵略者と被侵略者の関係が実は逆であった、というパターンはもう、枚挙に暇がないくらい見て来ているので、ちょっと拍子抜け。
 斎野が語っていることが真実なら、今は記憶をなくしている九谷、剣の一族としての記憶を取り戻したら、現代人としての倫理観との間で葛藤が起こると思うんだが、そこを今後どう処理するかな。
 面白くなるかどうかはそこをうまく描けるかどうかにかかってると思う。
  

 東京のこうたろうくんからお中元が贈られて来たので、お礼の電話をかける。お中元と言っても、中身は野菜ジュースの詰め合わせ。「栄養偏らせてんじゃねーぞ」という意味で、贈答品というより見舞い品である。しげ、ちゃんと飲めよ。
 久しぶりに声を聞くので、期分が高揚したのか、気がついたら発言がいささか暴走する。オタク話だの、ここには書けないヤバい話など(^o^)。
 『クローンの攻撃』を「スゲエぜヨーダ、クリストファー・リー!」と、思いきり誉めて話しておいたので、こうたろうくんもきっと見に行ってくれるであろう。私一人が前半の「アナキンいじいじ物語」に付き合う苦痛を味わうというのは不公平というものである。

2001年07月14日(土) シナリオ完成!/『クレヨンしんちゃん』30巻(臼井儀人)ほか


2002年07月13日(土) 病院への長い道/『エンジェル・ハート』4巻(北条司)ほか

 ここのところ、通院が途絶えている。
 体重の変化はなく、太っても痩せてもいないが、病状もつまりは変化がないということである。つまり決してよかあないってことなんだけど。
 このまま全く検査をしない、というわけにもいかないので、今日こそは病院に行こうと思っていた。
 しげも最近体調を崩すことが多くて、朝夕の送り迎えもままならなくなっている。誰しも一年にいっぺんくらいは悪いところがないか診察してもらったほうがいいのだけれど、しげのように会社に属していない者は、たいていこれをサボる。で、ガンだのなんだのに冒されて手遅れってことになってしまうのである。というわけで、昨日からしげには「お前もついでに健康診断してもらえ」と命令しておいた。
 ……おっと、こんな「妻の身を案じる夫」のフリをしていると、またしげから「偽善者」と呼ばれてしまうな。もちろん、私の思惑は、しげのどこにも異状がなければ、文句を言わせずこき使おうというハラである。

 9時を過ぎてもフトンの中で丸まっているしげに、声をかける。
 「オイ、病院行くぞ」
 しげ、顔も出さずに、恨めしげな声で、「……行かん」。
 「なんでだよ、昨日、行くって約束したじゃないかよ」
 「だって、何て言えばいいのかわからん」
 「健康診断してくれって言えばいいじゃん」
 「それでどこも悪くなかったら、『コイツ、健康なくせに病院に来やがって』とか思われるもん」
 そんな医者がどこの世界におるか。
 要するにしげは病院が怖いのである。
 「注射が怖いんか? 四の五の言わずに行くぞ」
 「アンタ一人で行ってきい」
 またいつもの対人恐怖症である。
 いつもなら、しげなんかほったらかして自分だけ出かけるところだが、いい加減、譲歩してやるのにも飽きた。バカにはバカと、ハッキリ言ってやらねばかえって酷だ。
 しげを少しばかり「優しく」説得する。

 どてぽきぐしゃ。

 予定より2時間ほど遅れたが、「説得」が功を奏して、しげ、出かけることをしぶしぶ承知する。……全く、病院に行くまでに体力気力消耗させやがって、グスグス泣くんじゃねえ、どうせ行ったら行ったで、開き直って受診するに決まってるくせに。
 案の定、行き付けの病院に出発したときにはしげの涙もすっかり乾いていた。
 病院に着いた時には、もう11時を回っていたので、待合は結構混雑。
 散々待たされて、尿検査と採血。採血の結果はすぐには出ないが、尿の結果はいつもと変わらず悪い。ここんとこまるで運動してないしなあ。診察してくれたのは、かかりつけの先生ではなくて院長先生。時間帯がズレたので交代したのか。
 「あの、最近、腕がよく痺れてるんですけど」
 「両方ですか?」
 「いえ、片方だけです」
 「じゃあ糖尿のせいではないですね」
 「……寝違えただけですかね」
 「そうでしょう」
 ちょっと疑心暗鬼になりすぎた感じだったが、かと言って油断して食べすぎないように注意はしなければなるまい。前回の検査結果も相当悪いのである。
 しげは心電図まで取られたそうだが、どこといって故障はなかったとのこと。
 と言うことは、具合が悪いとしょっちゅう言ってるのは、仮病かダラクサ(=ナマケモノ)なのかどっちかだな。
 このやろう、思いっきりこき使ってやるから覚悟しろ。~凸(-~~- )

 しげ、「ねえ、オレがどこも悪くなくてガッカリ?」と出かける時の泣き顔はどこへやら、ケロッとして聞いてくる。
 呆れて「バカ」とだけ返事。それ以外に答えようがないわい。


 コンビニで『週間文春』を立ち読みしたら、小林信彦さんが『人生は五十一から』でヘンリィ・スレッサーが今年の4月2日に亡くなっていたことを書いていた。ああ、その死亡記事は見逃してたな。
 スレッサーと言えば、『怪盗ルビィ・マーチンスン』。小林さんはこれを「ぬるい作品」と評し、「こんなのを載せてたから、『ヒッチコックマガジン』は潰れた、と人から言われた」ことを書いているが、代表作と言われる『ママに捧げる犯罪』よりも日本で一番人気があったのが、この『怪盗ルビィ』であったのだ。だって私ですら読んでるし(つーか、これしか読んでませ〜ん)。
 しげは読んで「つまんない」って言ってたけど、自分では大泥棒のつもりなのに、何をやっても“善意”の行動になってしまうってところが洒落ててよかったんだけど。和田誠が映画化したときには、ルビィは女(小泉今日子)に変えられたけれど、これが『ヒズ・ガール・フライデー』の故智に倣ったことは一目瞭然だし、ルビィというキャラクターがより可愛らしくなっていて、これは成功だったと思う。
 映画化に合わせて、文庫カバーが私の好きな画家さんである楢喜八さんから小泉今日子の写真に変えられちゃったのは残念だけど。映画の宣伝をしたいときは、オビを付けるだけにしてほしいものである。
 

 DVD『必殺必中仕事屋稼業』、一気に6話から12話まで見る。
 『必殺』シリーズを余り熱心に見てなかったのは『時代劇は必殺』とか言っときながら、全然時代劇じゃなかったからだけれど、こうして通しで見ると、時代劇になってるのとなってないのとの振幅の差が激しいね。
 第八話の『寝取られ勝負』は、下飯坂菊馬脚本、三隅研次監督で、セリフなんかもしっかり江戸江戸してるんだけれど、第十二話の『いろはで勝負』は、もう笑うしかない。半兵衛と政吉が、乱れた遊郭を潰すために中に潜入するのだけれど、味方のフリをするためにでっち上げたソープランドのアイデアが評判取って大繁盛する。でも、当時から江戸にソープはあったんだけど。湯女ってそんな役割だし。奇を衒いすぎると、かえってつまんなくなるものだ。
 江戸の雰囲気出せてないと言えば、おまき役の芹明香、どう見ても現代人。好きな女優さんだから文句言いたかないけど、三隅監督には嫌われてたみたいだなあ。第八話では付け足し的に最後にワンシーン出てるだけだし、第十話では全く出番がない。池波正太郎から始まったシリーズだから、時代劇としてきっちり作りたい人と、おもしろけりゃ何でもアリの人と、スタッフ間でも考え方の違いがあったんじゃないかなあ。
 まあ、バカ時代劇は誰でも作れるんで、時代考証ちゃんとやってくれてる作品の方が私は好きだな。もちろん、「仕事屋」なんて職業が当時なかったことはわかってるけど、その、ドラマ造りのための虚構と、ただのいい加減とはワケが違うからね。だからホントはご新造さんには歯に鉄漿しといてほしいんである。婆ちゃんの世代まではやってたんだから、私には違和感ないしなあ。
 ああ、でも三十年近く前のドラマだから、ゲスト出演者も、相当数の人が死んでるなあ。
 菅貫太郎、和田浩二、菊容子、天津敏、神田隆、真木洋子、東野英心、藤岡重慶、岡田英次、みんな故人だ。しかも、お年だし仕方ないって人がほとんどいないぞ。若死にが多すぎる。ドラマ見てても、なんか切なくなってくるね。


 マンガ、北条司『エンジェル・ハート』4巻(新潮社/バンチ・コミックス・530円)。
 あ、なんだかいきなり日常編に入っちゃったな。
 それも、香と阿香との組織適合性がほぼ同一、という「奇跡」があってこそのことだけど、奇跡の大安売りはどうもねえ。ジャンプ系のマンガ家さんはやっぱりどうしてもハッピーエンドを望むのかね。……だったら最初から香を殺すなよ。ドラマ造りのためにキャラを勝手に使い捨てしといて、後で適当に辻褄合わせするいい加減さ、腹立たないのかね、かつての『シティー・ハンター』ファンは。
 けれど、アクションシーンより日常描写の方がずっとうまいな、北条さんは。細かく書きこんでるし、デッサンはしっかりしてるから、「うまい」と錯覚されてるけど、北条さん、マンガとしては下手なほうだ。細かく描きすぎてるせいでアクションなのに絵が「止まる」こと多いんだよね。まだ『キャッツ・アイ』のころの方が線に伸びがあったぞ。
 こういうほのぼのした展開にしといて、また最終回で阿香が死ぬようなことになったら、本気で北条さんをマンガ家として最低のレッテルを這ったがいいと思うぞ。……怒ってるなあ、オレ。そんなに香が好きだったのか。

2001年07月13日(金) ふ、ふ、ふ、ふ○こせんせぇぇぇぇぇ!/『悪魔が来りて笛を吹く』(横溝正史・野上龍雄・影丸穣也)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)