無責任賛歌
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| 2002年04月23日(火) |
くましげ。/DVD『紅の豚』(フランス語版)ほか |
今朝もしげは体調が悪い。 特に今日は早朝出勤なので、しげの回復を待って、というわけにはいかない。 「病院行くか?」 「うん」 「必ず行っとけよ」 「うん」 「ちんぴょろすぽーん」 「うん」 ……だめだ。完全な生返事。 つーわけで今日もタクシー出勤。 私が利用してるタクシー会社は一軒だけなので、電話を掛ければすぐ飛んで来てはくれるのだが、一応、私はそこまで歩いて行くことにしている。バス停ひとつ分程度の距離でしかないが、その程度でも運動になるか、というのと、1区間だけでもタクシー料金、節約したいというセコイ算段からである。 しかしなあ、ほんのしばらくタクシー利用しないでいたら、運転手さん、のきなみ入れ代わっちゃってるのな。 昨日も今日も、以前乗っけてくれた人とは全くの別人。しかもトシがいってるわりには道をまるで知らない。やっぱりこの不況で、リストラされたり定年退職したりした人が、とりあえず運転免許はあるから、ということでタクシー会社に就職してるケースが多いんだろうなあ。 一応、社内研修くらいはしてるんだろうけど、職場がドイナカにあるもので、キチンと道順を説明しないととんでもなく遠回りされちゃうのである。 以前はナジミの運転手さんもいたので、説明の必要がなくてラクだったんだけど、新しい人となると、「右へ行ってください」「そこはまっすぐ、山を突っ切って」とか、やたら細かく指示を出さないといけない。タクシーに乗ることの楽しみのひとつに、運転手さんとの会話があるが(メイワクなこともあるけど)、そんなもんしてるヒマもない。 ああ、つまらん。
しげのことが心配だったので、少し早めに4時ごろに帰宅。 けれど、どの部屋にもしげの姿がない。 ちゃんと病院に行ったのか、と思って、携帯に連絡を入れる。 「あ、しげ? 今どこ?」 「会館との打ち合わせだよ」 「あ、公演の? 病院には行ったの?」 「ううん、行ってない」 「なんでだよ。具合悪いんじゃなかったのかよ」 「ああ、寝たら治った」 ……ただの寝不足かあああああ! しげのことを心配したところで全ては徒労に終わる、ということはこれまでも何度も経験していたことだったのに、また騙されたか。 やっぱり、須らく、夫というものは、たとえ妻が泣こうが喚こうが縋りつこうが、「ええい離しやがれ、今月今夜のこの月、覚えたか!」と朴歯の高下駄で足蹴にして高利貸しになるくらいの気概があって然るべきなのであろう(←これくらいのギャグは解説不要だと思うんだけれど、この程度の常識でも分らないやつ、増えてるのかなあ)。
疲れてるのはどうやら自分のほうだったらしくて、横になった途端、そのままグウ、と眠ってしまう。目が覚めたのは、打ち合わせが終わったしげからの電話のコール音で。え〜と、時間は6時? 寝てたのは2時間程度か。からだの疲れが充分に取れたとは言えない。 食事を作る元気が起きないので、「めしや丼」で夕食。 なんか、ここ数日、マジでカラダの機能が落ちとるな。週末は二泊三日の東京行きだというのに持つのか、私。 新メニューで鶏鍋みたいなのがあるのでそれを注文。カレーもほしかったので頼むが、合わせるとご飯の量が多すぎる。 いつもはしげの残したのを私が食べる手順になってたが、今日は逆で、私のご飯の余りをしげが食べる。もちろん、しげはしげで既にチキン南蛮定食を平らげたあとなのだが。 「でぶが炭水化物ばかり食ってんじゃねえ」というのは唐沢なをき師匠の名言だが、ウチの玄関に筆で大書してハリガミしておこうか。いや、自戒の念も込めてね(^_^;)。
しかし明るい店の中でしげの顔を見ると、やはり顔色は相当に悪い。 何しろ、「もともと太っているしげの顔がやつれて見える」のである。 目の下にクマも黒々とあるし、本当なら食事のあと、東京行きの準備のためにいろいろ買い物をしようと思っていたのだが、顔色を見る限りちょっとムリそうな気配である。 今日は準備は諦めて、明日に伸ばすことにする。
DVD『紅の豚』、しげはまだフランス語版を見ていなかったので、一緒に見る。 やっぱり原音に近いやつっていいなあ。でも本来なら本作はイタリア語版も作られて然るべきものである。 けどその時は当然RAI配給、プロデューサーはマルコ・パゴットになるのだろうな(^o^)。つーか、ご本人は自分の名前を「ブタ」に付けられていることをご存知なのだろうか(蛇足の説明。「マルコ・パゴット」氏は、宮崎駿監督の『名探偵ホームズ』のプロデューサーを勤めたイタリア人である)。
しげ、珍しく飽きずに最後まで見ている。 つまらないと感じるとしげはすぐに席を立つので、やっぱり宮崎監督の最近の作品の中でも、これは別格的に面白いのだ。 「オレ、子供が主役のやつ、好きじゃないし」 しげが奇しくもそう述べたように、宮崎監督の他の映画の主役は、みな子供か少年少女である。大人の稚気には余裕があるが、子供の無邪気は無自覚な分だけ、見ていてイタイ。オトナが余裕を持って「遊んで」見せてこそ、子供は映画に魅力を感じると思うんだがなあ。大人がいかにも自分の「理想」とする子供を描いて見せたところで、それは所詮、「大人から見た子供像」に過ぎず、子供が自分の分身としてリアルに感情移入できるものではないのだ。 私には千尋が14才だっけ? の等身大の少女には全然見えないのだけれど。
日本語版がどうもリアリティに欠けるように思えるのは、フランス人と日本人の差でもあるのかも知れない。 なにしろ、ジャン・レノ他の(あとのキャストの資料がどこにも記載されてないぞ。どうなってるんだ)声を聞いたあとで改めて日本語版を聞くと、森山周一郎の声も加藤登紀子の声もまるで子供に聞こえるのだ。いやホント。 しげが寝たあと、今度は久しぶりに『ゴジラ×メガギラス』をDVDで見返す。感想はもうナシ(^^)。 そう言えば今度の新作は『ゴジラ×メカゴジラ』だってな。このタイトルが微妙に変わるっての、旧作の『対』、『VS』版と区別するためかもしれないけれど、発音は全部「たい」なんだから、もちっと工夫がほしいところである。 それにしてもこれで4回目のご登場か、メカゴジラ。 確かにオルガ、メガギラスと、新怪獣が軒並みコケたから、人気怪獣をってのは分るけどねえ。そりゃ「新怪獣」のせいじゃなくて「脚本」と「演出」のせいだろ? で、今度の抱き合わせ怪獣はなんだ? そろそろアンギラスか? マンダか? バランか? 意表をついてチタノザウルスとかキングシーサーか? ジェットジャガーとメカゴジラが組むって手もありか(^o^)。
2001年04月23日(月) 駆けて行った白い雲/DVD『ヤング・フランケンシュタイン 特別版』ほか
| 2002年04月22日(月) |
全国の○○はみなアホか?/『てけてけマイハート』2巻(竹本泉)ほか |
いつものように、朝方、しげに車で職場まで送ってもらおうと思ったのだけれど、「ごめん、からだがキツクて動かん」というので、仕方なく久しぶりのタクシー通勤。 時間に余裕のあるうちに出かけはしたが、運ちゃんが道をちゃんと辿ってくれるかどうか心配で落ちつけない。時間はかかるけれど、やはりしげに送ってもらうのが一番気がラクだ。
ある事情のために、職場について悪口を書くことは極力避けてきた。 今回も私がどういう職種の人間であるかとか、何という会社に勤めているかとか、そんなことを書くつもりはない。その事情を察していただいた上で読んでいただければ幸いである。
かつて、プロ野球の某球団に「ベンチがアホやから」と嘯いたピッチャーがいた。ベンチの指示に従った結果、打たれて敗戦投手となった時の弁であったと記憶する。実際、それが酒の席で愚痴のような形で発せられたのであれば、たいしてマスコミを騒がせることにもならなかったと思う。 しかし、その発言は試合の敗戦後、まさしく「ベンチ」で発せられた。そこにいた誰もが彼の発言を耳にしていた。問題にならざるを得ない。結果、そのピッチャーは「解雇」された。 しかし、「問題」が加熱したのは実はその後だ。 そのピッチャーは、決して無能なわけではなかった。 彼の「ベンチはアホ」という指摘が、愚痴ではなく、紛れもない事実であった、と大衆がそう思ったことが「問題」を拡大化させたのだ。 組織の中の一員としてある以上、「どれだけの責任を果たした上でモノを言っているのか」ってことは当然、糾弾されることではある。しかし、負けが混んで来た球団が、その責をそのピッチャーに押しつけた、あるいは、以前からトラブルの火種となりそうだったその投手を始末したがっていたのを、「過激発言」をきっかけにこれ幸いと首切りした。大衆はそう捉えたのだ。 「組織の論理」のみが優先され、大衆がプロ野球に本来期待していたものが無視された。だから客はその球団に本気で怒ったのだ。プロ野球界のそういった「組織」の裏事情がどんどん暴露されていった時期のことで、そのころから私は殆ど野球の試合を見なくなっている。 特に結婚して以来のこの十年は、テレビで野球中継にチャンネルを合わせたことは一度もない(知り合いとの付き合いで実際に球場に出かけ、応援したことはあるが、そのときは徹頭徹尾「演技」を通した。……自分でも「優秀な」役者だと思う)。
不況である。 ここ数年、ウチの職場では、全社員が給料カットの憂き目にあってはいたが、ともかく事情が事情だけにガマンしていた。 「給料をモトに戻す」。その発表があったのがつい先日だ。 まあ、微々たる増額ではあるが、うれしくないわけではない。ところが、ここへ来て、幹部連中は「社員全員」に対して、勤務内容の15%アップ、更には10%の無償労働の増加(要するに残業してタダバタラキしろってこと)を通告して来たのだ。 あのさ、給料がモトに戻ったって言ってもさ、それって、月に七千円弱なんだよね。それが、これだけの労働の増加に見合うと、そして社員がそれに唯々諾々と従うとでも思ってるのかね? もちろん、そうは思ってないから、いや〜ないや〜なカードをちらつかせてくるのである。幹部連中、従わない者は「解雇」……とまでは言わないが、部署転換くらいのことはあるかも、だと。 反発覚悟の上でそこまでやらなきゃならないほど、ウチはビンボーなのか。そうではない。まず確実に、ウチはいろんなとこといろんな癒着があるのだ(えいくそ、マジで実名挙げたくなるぜ)。だから無理無体な経営方針をも、その「いろんなとこ」の利益のために強行しようとしているのだ。 この腐れた根性でウチの職場は経営されてる。「ベンチがアホやから」どころの話ではない。幹部連はクズとゲスと外道の集団である。 既に沈む船からネズミが逃げるがごとく、ウチの職場を離れていこうとしている人もいる。 さて、私もいずれそうすべきかどうか。
そのあたりをやりあった腐れた会議が長引いたため、またもやしげを駐車場に待たせてしまう。 朝方、具合が悪そうだったしげ、夕方になっても具合が悪そう。 「待たせて悪かったから、なんでも好きなもの奢るよ」と言ったら、「ホントにいいと?」と嬉しそうな顔。 「どこがいい?」 「『めしや丼』か、『すし大名』」 「『すし大臣』だよ(--#)」 「だってアンタもそう言ってたじゃん」 以前、この日記にうっかり店の名前を間違えて「すし大名」と書いて以来、しげは、にくじゅのごと(博多弁で「いやらしいくらいにシツコク」の意。これも若い博多人には全く通じない)、すし大名、すし大名、すし大名、とお題目みたいに繰り返してるんである。 「わかったよ、いいよ、『すし大名』で」 しげ、奢りなのでばかすか食べるつもりでいたらしいが、どうやら体調は朝方からイマイチ回復していないらしい。 8皿ほど食べて、「もう食べきらん」と言う。 ……あの、結構食べてるじゃん、と思わないようにね。普段は十数皿は軽く食べるやつなんスから。 けど、来るたびに思うけど本気で高いよなあ、この寿司屋。 上トロが一皿、850円だものなあ。さすがにそれには手をつけず。カニ汁が220円、これも私は来るたびに食べているが、先にカニの身を全部食べてから、味噌汁を啜るのが、風味がちょうどよくていい。 大盛りのウニも850円、これにも手をつけず。結局、300円前後の皿ばかり選んで食べる。珍しくイワシかなにかの炙りものが一皿だけ流れて来たので、しげと 二人で、乗っていた二個のものを一つずつ分けて食べる。 ……昔から「回転寿司はどうして二個セットでひと皿なのか?」と疑問に思ったことがあるが、この「分け合う」ために二個ずつ流してるのだろうか? 実はこういう疑問こそが、正解を出すのに一番苦労させられるのである。……だって、何をどう手がかりにすればいいのよ(^_^;)。
毎日『アッパレ戦国』の余韻に浸っている私であるが、ふと、今年は去年みたく同人誌は作れないのかもなあ、と考えていたら、「そう言えば、去年の『オトナ帝国の興亡』、どれだけの人がネットに感想を書いてるかな」と気になった。 私は基本的に、いったん自分が発表したものは読み手のものになったと解釈しているので、誰がどんな感想を寄せてるか、なんてことはあまり気にならないのである。 だから「つまらない」と思われても別に怒らない。しげがしょっちゅう私の日記似ついて、「つまんねーよ」と言ってるので、それが原因で夫婦喧嘩になったりしてないかとご心配の向きもあるかもしれないが、その手のケンカは全くしたことがないのだ。ウチのケンカはたいてい「今晩のメシはどうするか」で意見が別れる程度のごく瑣末的なものばかりなんだよね。 で、Googleを使って「オトナ帝国の興亡」を検索してみたが、数件、日記に感想を書かれている人がいるのを発見する。 概して全体の感想で、個別の記事についての感想はあまりない。けれど、読んだ人は殆ど楽しんで、「買ってよかった」と思ってくれてるらしい。ああ、よかったよかった。 「中には暴走気味のものもあるが」とか書かれてるのは、間違いなく私の原稿のことであろう(^_^;)。……いや、ワザと暴走させたんだから、それはそれでいいんだけども。 考えてみたら、一部買ってくれたよしひと嬢の感想、まだ聞いてなかったんである。身内からやっぱり見捨てられてるよなあ、私。
夜、ぴんでんさんから電話、借りていたデジタルビデオカメラを返しに久留米から出てこられるとの連絡。 それだけのためにわざわざお越しいただくというのも全く申し訳ない話だ。 しかもショートケーキのお土産つき。うーん、そんなに気を遣っていただかなくてもいいのになあ。しかも、口内炎がひどいとかで、ぴんでんさん、声を出すのも辛そうである。それならしげに久留米までビデオ取りに行かせるんだった。 どうもすみません、ぴんでんさん。……と思っていたが、お会いするなり、「いやあ、『アッパレ戦国』見て来ましたよ。おもしろかったけど金はらってまで見るもんじゃないですなあ」とカマしてくれたので感謝は帳消し(^o^)。 いや、ぴんでんさんのオタクフィールドは『宇宙猿人ゴリ』だの『鉄人タイガーセブン』だの、マイナー特撮モノが中心なので、映画の王道と言えば王道過ぎる『戦国』がかえってつまんないのは当然と言えば当然なのである。 にもかかわらず、ぴんでんさんは「面白いですよ!」の私の言葉にウカウカと乗せられて(『オトナ帝国』はぴんでんさんにも面白かったようなので、そればかりではないだろうが)、ご覧になってくれたのだ。こういう態度、ウチの劇団の連中にも見習ってほしいものである。 当たり前過ぎることを何度も書くのは気が引けるのだが、「貶すなら見てから貶せ」なのである。こう言うと「つまんないものをムリヤリ見なきゃならんのか」と言って反論した気になってるアホンダラが、世間にゃやたらいるのだが、だから、見なきゃつまんないかどうか、分るわけないやん(-_-;)。なぜこんな簡単な理屈がワカランのかね。 オタクの大半が人格者であるのは、自分の趣味を大切にする分、他人の趣味も尊重できるからだ。他人の趣味に対しても、自分のそれと同様に、相対的な価値観というものを認めているのだ。 しかしそれは、本来はオタクの専売特許なことではなくて、一般の人間もそうであってしかるべきことでもある。けれどオタクでない人間は、たいていそこを履き違えてて、他人の趣味を「拒絶」するために、「趣味が違う」とか「嗜好が違う」とか言いたがるのな。それは明らかに他人の人格の否定であり、差別なんである。 まあ、オタクが全て人格者だと断定まではしないが(ひでえオタクも知ってるし)、少なくとも、「しんちゃん見てるやつ」なんて単純な「オタク差別」だけはしないでほしいものである。
わざわざ来てくださったのだから、せめてものサービス、というつもりで、アニメ『サイボーグ009』のDVD、本放映時にはへにょへにょのふにゃふにゃになっていた第2話のリテイク版をお見せする。あまりサービスになってないかもしれんが(^_^;)。 作画監督の大森英俊さん、大変ガンバっているのだが、改めて見てもやはりもとがひど過ぎるから、「おお、こんなによくなって!」というほどの印象はない。しかし、新しく作画されたウルトラシリーズ風シルエットエンディングはやっぱりカッコよくて、ぴんでんさんも「おお」と感嘆される。けどこの程度で客を釣ろうっての、ちょっとインケツだよなあ。 特典の009の初期バージョンフィギュア(防護服が緑色)ってのも、ほしい人にとっては垂涎のものかもしれないが、さすがにフィギュア系にまでは私は手を広げてないので、「こいつのせいで割高になってるじゃん」と、ちょっと腹が立つのである。 他にもいろいろとヘンなものお見せしたかったが、夜も遅いので、『パワーパフガールズのBOXをお見せする程度に抑える。これも中身は「風船、ストラップ、マウスパッド、要らないものいっぱい」って感じ? ……特典つけるなら映像特典つけてくれ〜(T∇T) ウウウ……。
マンガ、竹本泉『てけてけマイハート』2巻(竹書房/バンブーコミックス・680円)。 カバー、折り返し、カバー下の表紙のイラスト、ほぼ全てで主人公の早坂のぞみ、酔っ払っている。 ……まあね〜、外見は女子中学生にしか見えなくても、中身は25歳のオトナなんだから、問題は何もないのだが、これって、やたら規制の厳しい「子供がマネしたらいけないから、マンガの中でも学生に酒やタバコを吸わせちゃダメ」って ことに対する竹本さんの反発……??? じゃないよなあ。仮にそうだったとしても、そんな「オトナの事情」なんて全く感じさせないくらいほんわかした作風だ。そんな裏ヨミ、竹本さんのマンガには似合わないね。 私は実は、主役ののぞみよりも、恋人の吉田しげるくん(教師)の教え子の東岡くるみの方が好きなのだ。毎回毎回、吉田くんの授業中に、のぞみとのデートの様子なんかを質問して授業妨害してるのがか〜い〜ったら(^^*)。 しかし、キャッチコピーが「噂の超プラトニック・ラブコメ」って……いや、そりゃ、えっちにはなりそうにないけどさ、そう断定されちゃうのも、ねえ(^_^;)……のぞみちゃんと吉田君、最終回になっても手一つ握れないままで終わるのか? いや、既に吉田君、のぞみの下敷きになったことはあるみたいだけど(のぞみが階段から転げ落ちて)。
2001年04月22日(日) おしゃべりラブ/DVD『キングコング対ゴジラ』ほか
| 2002年04月21日(日) |
えっちな話をしても中身は書きません/アニメ『サイボーグ009』27話 |
感動覚めやらぬ夜明け。 もう一回、『戦国大合戦』(蛇足だけれど、タイトルのルビを見て確認した。これは「だいがっせん」ではなく「だいかっせん」と清音で読む)を見に行こうかとも考えるが、ちょっと興奮を冷ましてからでないと、また涙で画面が見られない、なんて事態になりかねない。 全く、そこまで映画に没入してどうする。
今、「没入」と書いたが、さて、これが果たしていわゆる「ハマる」行為に当たるのかどうか。 やはり前日引用した唐沢俊一さんの日記では、「ハマるという行為は、破綻の部分を見ている方で補完することによって、その作品と自己が同一化する現象を言う」とし、この映画の完成度が逆に作品に「はまらせる」ことを阻害している、と説く。 「ハマる」行為を唐沢さんのいうような行為と捉えていいものかどうかには異論があるのだが、言わんとすることは分からないでもない。
この映画、ともかくツッコミがしにくい。 「パロディ」を拒絶している、と言ってもいい。それがまさしく、「完成度の高さ」ゆえの結果なのではないか。 つまりこんな心理が働くのだ。 「どんなパロディも、この世界観を壊しかねない」。 昨年、『オトナ帝国』の同人誌を企画した山本弘さんに、「今年も作るのですか?」と打電したのだが、答えは「NO」であった。山本さんご自身はまだ『戦国』をご覧にはなっていないということであるが、世評から判断して、「今年は同人誌の参加者は集まらない」と見たのではないか。 実際、私も参加するとなればなんとしてでも原稿を捻り出そうとは思うが、昨年のように一日で一気呵成に五十枚の原稿を書く、なんてエネルギーが出るとは思えない。 仮に廉姫と又兵衛の過去を描くとなると、ほんの五枚の原稿を書こうとしても、長編1本分を書くだけのパワーが必要になるだろう、ということが予測できるからだ。 綿密な時代考証ばかりではない、その世界に生きた人々を、あの映画の世界観に繋がるように描く力量が自分にあるとは、とても思えない。 私にできるツッコミは、せいぜい「幼稚園のみんな、400年以上も昔から先祖代々春日部にいたのかよ。……そんなに住みいいのか春日部」くらいのものだ。……つまんねーなあ。
アニメブームを牽引して来た作品、『宇宙戦艦ヤマト』にしろ、『機動戦士ガンダム』にしろ、『新世紀エヴァンゲリオン』にしろ、作品の完成度、という点で言えばオソマツの一語に尽きる。にもかかわらずそれらの作品に我々がハマったのは、まさしくそれらの作品にあった「破綻」を、我々が心の中で補完していたからだ。 具体的にそれは「パロディ」という形で現われる。 既に『海のトリトン』で、日本初のアニメファンダムは出来上がっていたが、それは『ヤマト』、『ガンダム』で爆発した。 女性を中心としたファン層は、同人誌活動を通じて、作品をイジクリ出した。 そこに「ホモ」という要素を持ちこんで。 『ヤマト』は「戦記・軍隊もの」である。 SFであるかアニメであるか、ということ以前に、東宝や日活の戦記モノ映画の直接の現代版としてヒットした。当時、アニメファンは初めて出会う「戦記モノ」に、「宇宙SFモノ」の皮をかぶせられたために、それと気づかず熱狂していたのだ。 マンガで言えば、そのルーツは、もちろん直接的には松本零士の「戦場ロマンシリーズ」であるのだが、「ホモ」のニオイをより感じさせていたのは、ちばてつやの『紫電改のタカ』である。『ヤマト』は明らかにその延長線上にある。 実際、基本的に「男だけ」の世界である軍隊をからかうのに、「ホモ」というタームは、ずっと以前から機能していたのだ。 ヤオイ、というパロディの方法は、その送り手たちが既にパロディとしての意識を全く持っていないために、まさしく「山なし意味なし落ちなし」のただのイタズラガキに堕しているが、それでも「作品の補完」という意味においてはかろうじて機能している。 彼女たちが対象として選ぶ作品に、キャラクターや世界観に魅力はあっても、ストーリーの整合性やドラマとしての厚みが全くないものばかりが選ばれている点に注目すべきだろう(そうでないのはごく少ない)。 だから言えるのである。 『戦国』に同人女がハマることはありえない。 「しんちゃんだから」ってこともあるんだろうけどね。しんちゃんのパロディ本が生まれにくいこと自体は歓迎したいが。 昨日、「オタク向けの濃いネタはない」、と書いたが、一つだけ、ぼーちゃんが「裏切りご免」とセリフを言うシーンがあった。唐沢さんも書いていたが、これ、黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』で、藤田進扮する田所兵衛 が放つ一番気持ちのいいセリフである。 黒澤映画を「オタク」映画扱いするのは、私の感覚からすると非常に黒澤監督に対して申し訳ない気分になるのだが、多分、映画館に足を運んだお父さんお母さんたちのうちで、あのギャグに気付いた人は1割にも満たないだろうから、ちょっとだけ付け加えておく。 唐沢さんが「しんちゃんのセリフ」と日記に書いているのは記憶違いである。やっぱ混乱してるな、唐沢さん。
『戦国』のパンフレットを読んで、屋良勇作さんのメッセージなどにまた涙するが、ネタバレになるのでこれも書かない。 毎回、クレしん映画のパンフレットは子供のお客さんが読めないような大人向けの文章があちこちに載っているが、これは子供を無視しているわけでなく、大人が子供に解説してあげるための一助として書かれているである。 もちろん、お子サマに読めるように絵物語風にしているページもあって、昔話の絵本などはたいていこういう「ツクリ」になっているものなんである。 クレしんのパンフのスタッフにも、子供文化のプロがいるってことなんだよな。凝ってるというか、やっぱスゴイわ、しんちゃん映画。
昼、東京のこうたろう君に電話。 某オフ会の打ち合わせという名目のもとに、『アッパレ戦国』の感想を言い合う。 ネタバレするので、具体的には一つも書けないが、ともかく、ディテールの細かさに二人とも仰天しているし、やっぱり最後は「泣いたなあ」で終わるのである。 まあ、あーゆーので泣けるトシになったってことなんだろう。
アニメ『サイボーグ009』27話「ギルモア・ノート」。 2クールを終わって、場つなぎの総集編。 けれど、映像化されていなかった「プロローグ」の構成に則った前半は工夫があって面白い。 これまでのフィルムを再編集しているが、部分的に、既にリテイクされているシーンもあるので、スタッフも熱意を失っているわけではないのが分かってちょっとホッとする。 ……ディノニクス編はちゃんとまるまる一本作りなおしてくれよ。頼むからさあ。 来週からはどうやら『コスモ・チャイルド編』らしい。 作品発表順からすると随分途中をすっ飛ばした感じだが、これ、つまりラスト・エピソードを『地下帝国ヨミ編』にするためかな? ……じゃあ、『天使編』はやるの? やらないの?
練習が終わったしげ、いつものごとく「肉」コール。 ……こうもしょっちゅう、肉、肉、肉、肉、言われ続けてると、ホントにケダモノを飼ってる気になってくるなあ。 「焼肉のさかい」で、辛味噌冷奴、二人で分ける。 別に仲がいいわけではなくて、一人で食べるには量が多いからだ。 食ってる最中に、鴉丸嬢からしげの携帯に電話。 鴉丸嬢と其ノ他君、芝居の小道具を買ったはいいが、陶器が混じってるので、壊れないようしげの車で運んでほしいとのこと。 なんだかヘンな依頼だ。まず「壊れないように車で運ぶ」ということの意味がよく解らない。別に歩いたって、コワさないように運べるものじゃないのか。めんどくさくて重いから車で運んでほしいだけじゃないのか? だったらそう言えば別に構わないのに、どうして、偽った理由を口にしなけりゃならないのか。 まあ、ウチの劇団の連中はたいてい言葉が不自由なので、何が言いたいのか分らない場合が多い。見え透いたウソもよくつく。 今更、この程度のことで詰問したってしかたがないので、食事が終わったら、博多駅で待ち合わせることにする。
「筑紫口」で待ち合わせ、と約束したのに、我々が筑紫口に到着して当たりを見回しても、鴉丸嬢と其ノ他君の姿が見えない。 連絡を取ると、「今、博多口にいる〜」。 「……筑紫口だって言ったろ?」 「間違えたのー」 数分待って、ようやく二人が姿を現す。 「……何やってたんだ? 看板、見なかったのか?」 鴉丸嬢、宙を泳ぐような目つきで、「見てたけど、大勢(其ノ他君のこと)が博多口に歩き出しちゃったからー」 ……だから、言ってる意味わかんねーよう(-_-;)。 方向を間違えたら止めればいいんだし、そのまま付いてったのはなぜだよ。 だから、二人とも看板を確認しなかったってだけのことだろう。あるいは「どっちだったか忘れた」ってことじゃないのか。 なんでそれだけのことを誤魔化して、無意味なウソをつくのか。 自分の失敗をそのまま素直に言えばいいのに、意味不明な言い訳してたら、信頼なくすぞ。もうないが。
車中では下ネタ話の連続。 だいたいこの手の下ネタ話で中心になるのは、いつも鴉丸嬢である。 本人はフランクなつもりでぺらペら喋ってるつもりなのか、それとも隠しごとがキライなのか、自分の個性のつもりで言ってるのかどうか知らないが、ともかくそのせいで「軽い女」に見られがちなのは損以外の何モノでもない。 私も下ネタは嫌いじゃないが(とゆーよりメチャ好きだが)、「そんなん話してどうする」的な芸のないスケベネタは、聞いてて白けるだけだ。 今日もなんかいろいろ言い出しそうだったので、もうこちらから「それがどうした」的な態度をとった。 具体的なことはさすがに話の中身が濃くって書けないが、いつもは周囲を引かせる鴉丸嬢が、私の軽いエロばなしに引く引く。 ……結局、鴉丸嬢のスケベネタなんて、たいしたことないんだよな。私の軽い話ですら「いやああああ!」と泣いていたのに、これがぴんでんさんの猛烈話だったらどうなるのだ。鴉丸嬢、引きつけ起こして死ぬぞ。 これに懲りてエロ女のフリするの止めればいいと思うんだがなあ。無理だろうなあ。其ノ他君、しっかり捕まえとかないと、そのうち○○○に、○○○○○ちゃうぞ。
今度の芝居、自分で脚本書いといて言うのもなんなんだが、全く興味が無かった。なんたって、役者不足は否めない。 しかし、今日、しげの話を聞いて、驚いた。 「あのさ、今日は嬉しいことがあったとよ」 「なに?」 「昨日と今日と鈴邑さんが来てね、オレの芝居がよくなったって」 「へえ?」 それは確かにビックリだ。 鈴邑君は、ウチの劇団で唯一演出ができる人間だ。その彼から誉められたということは、少なくとも「見れる」ものにはなった、ということだ。 「オレ、前は役が作ってなかったけど、こないだ作ったから」 ……おい。普通、演技ってのは「役」を作ってやるもんだよ。それなしで演技したって、ハシにもボウにもかからんのは当たり前だろう。 けど、これでちったあ興味が湧いて来たな。 あと半月ってとこだが、さて、仕上げはどうなりますことやら。
2001年04月21日(土) 帰り道涙道/映画『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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