無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年01月09日(水) 多分初雪/映画『大菩薩峠』(岡本喜八監督版)ほか

 突然の仕事が入ったせいで、しげ、昨日はほとんど寝ていない。
 それでも一応、車で送り迎えはしてくれたのだが、外は雪ちらついていて、メチャクチャ寒い。
 これが初雪だろうか。今年はどっちかというと暖冬の傾向じゃないかと思うんだが、大雪になったらしげ、とんでもない事故を起こしそうだよなあ。大丈夫かなあ。


 本屋で買いこんだ本を片っ端から読む。
 日記に追われていると本を読む時間がなくなるので、たまに一気にまとめ読みしたくなる。その分、また日記の更新が遅れるわけで、
この悪循環、何とかならないものか。


 アニメ『ヒカルの碁』第十三局「それぞれの決意」。
 正月休みがあったってのに、ちょっと作画が荒れている。
 岸本と日高が歩いてるシーンなんて、宙に浮いてるし。外注に出したのかな?
 せっかくの折り返しの節目にあまり乱れた作画の回を持って来ないようにしてもらいたいものなんだけど。
 原作はキャラの描き分けがしっかりしているのに、今回は目の描き方なんかがアキラと三谷が同じだったりする。まあ、確かにどっちもツリ目なんだけど、どうも輪郭線で立体感が表せてないせいで、目鼻が全部「貼り付けられてる」印象が強い。いや、実際に貼り付けて動かしてるんだろうけれど、それをそう感じさせない回もあったのになあ。
 『ヒカルの碁』は、今回、次回でいよいよ本格的に始まるといっても言いのである。アキラがプロの道を歩き始め、その後をヒカルが追う。ここで気を入れてくれないと、原作の人気が落ちかけてんじゃないかって時に、アニメのほうまで視聴率が落ちることになりかねないぞ。


 マンガ、魔夜峰央『パタリロ西遊記』3巻(白泉社・410円)。
 今巻のエピソードの中に、「斉天大聖と名乗った孫悟空(ってもパタリロなんだけど)が、近隣の妖怪たちと親交を結ぼうとしたところ、牛魔王だけが刺客を送ってきた」という話がある。
 ギャグにアレンジしてはいても、原作の設定は結構生かしてるような印象を持っていたので、「あれ〜? 確か原作じゃ牛魔王も最初から孫悟空と仲良かったような気がするけど」と、ドドメ色の海馬をひっくり返して記憶をあさってみたけれど、どうにも自信がなかったので、原作を読み返してみようと書庫(一応そんなもんがあるのよ)を覗きにいってみた。
 でも、どういうわけか『西遊記』がない。いや、もちろん中国語の原本じゃなくて、翻訳したヤツなんだけれど、岩波文庫で五、六巻本だったよなあ、とか思いながらあちこち見てみるがやっぱり見つからない。
 で、ハタ、と気づいた。
 オレ、『西遊記』買ったことね〜じゃん!
 いやあ、これは盲点だった。
 自分のギャグ嗜好はテレビアニメ『悟空の大冒険』から始まってると信じ、マンガ、アニメ、特撮の悟空ものはどんなものでも一応目は通してる(最近の『最遊記』はちょっとついてけませんが)と自負してたのに、「原作」を持っていなかったとは!
 考えてみれば、こういう有名どころの本って、中高生のころに、図書館でいろんな訳を読み比べたりしてたからなあ。もう自分で買って持ってる気になっちゃってたんだろうなあ。多分そういう本、意外と多いぞ。『三国志』は人形劇ドラマになった時に買った記憶があるから大丈夫だと思うが。
 ネットで「牛魔王」で検索してみたら、『最遊記』関連ばかりで閉口した。でもやっぱり、悟空が水蓮洞にいたころに、牛魔王とは義兄弟の契りを交わしていたようである。魔夜さん、細かいところでアレンジ加えてるんだなあ。
 ついでに思い出したことだけど、往年のテレビドラマ、堺正章主演の『最遊記』では、小島三児が牛魔王を演じていて、児島みゆきの羅刹女と痴話ゲンカをするシーンなんかもあったりする。そりゃ、いくらなんでもイメージとして情けなさ過ぎるんじゃないかと思ったもんだったが、原典にあたってみると、やっぱり牛魔王は恐妻家だったりするのである。
 しかし、ネットを見てて思ったことだけれど、『西遊記』を本格的に研究してるサイトって、結構少ないんだね(工事中なのは結構あるが)。ホームページを作るのにどんなコンテンツを立てればいいか迷ってる人も多いみたいだけど、意外と狙い目はいろんなとこにありそうだぞ。


 マンガ、宇野亜由美『オコジョさん』5巻(白泉社・410円)。
 アニメのほうは仕事から帰って来たときにはたいてい終わりがけなので、実はOPはまだ見たことがない。
 1巻を立ち読みして、「ああ、『オコジョさん』だけじゃなくていろんな話が入ってるんだ」と言ったら、しげがいつの間にか5巻まで買ってた。
 しかも1〜4巻まではどこに行ってるかわかんないので、いきなリ5巻から読み始める。
 『オコジョさん』『オコジョ番長』『ダーリング』の3シリーズが収録されてるが、最後の『ダーリング』は人気がなくて打ち切りになったようだ。………うーむ、確かにそんなに面白くはない。アニメになったほどだけど、『オコジョさん』だって、かわいいだけで実力がない動物キャラが空威張りしてるおかしさがウケてるってだけだって気がするぞ。
 実際、一番面白い漫画が「あとがき」だからなあ。「ほんとうにアニメとはもうかるのですか? いつもうかるのですか? 誰がくれるのですか?」という作者の述懐が切実だ。以前は月収3万円だったそうだし、やっぱり、「マンガ家とアニメーターの下積みは今でも貧乏」ってのは間違ってないのだ。
 でも、なんだかこの、いかにも偶然アニメ化されただけで「十年経ったら忘れられてそう」な雰囲気の作風が、なんとなく親近感を感じさせはするのである。できればせいぜい半年間の人気だろうけど、その間に少しでも印税と原作権料で小さな家でも建てといたらと思うんである。
 ……って、見も知らぬマンガ家さんの将来を心配してどうするかね。


 『別冊宝島626 殺し屋1(イチ)パーフェクトガイド』(宝島社・780円)。
 原作マンガは、第1話しか読んでない。あのヤクザマンションに忍び込もうってとこね。
 単行本を今まで買ってこなかったのは、別につまんなく思ってたわけじゃなくて、単にほかに買う本が多いのと、どう見てもしげ好みじゃないから控えたってだけ。
 でも、連載は完結したみたいだし、映画にもなったぞってんで、ガイドブックを買ってみた。
 ああ、てっきり主演は浅野忠信だと思ってたんだけど、違ってた。大森南朋(おおもり・なお)って主演はこれが初めての人らしい(『ビッグ・ショー』とか『三文役者』に出てらしいが未見)。
 いやあ、いいわ、この人の「顔」。
 これは悪口じゃなくて言うんだけど、タレ目で今にも泣き出しそうな、いかにも典型的な「いじめられっ子」の顔なわけ。
 原作のイチとは全く似てないのだけれど、ひとたび特性スーツを身に纏い、殺人マシーンと化すと、凄まじい戦闘能力を発揮する、というギャップを感じさせるのに、この顔は結構有効なんじゃないか。
 マンガを映像化するとき、必ずしもキャラクターに似ている役者をアテる必要はない。要はそのキャラのエッセンスを感じさせることができるかどうかなんだから、『陰陽師』の安倍晴明=野村萬斎だってアリなわけだ。実際、顔だけ見ると、今度の映画版、ワザと「似てない」キャスティングを狙ってるみたいだ。
 キズだらけの小池朝雄みたいな顔の柿原が浅野忠信(しかも金髪)だし、がっちりメリハリのきいた顔の「ジジイ」は、どっちかっつーとあっさり系の顔の塚本晋也。
 イメージが合ってるのは金子役のSABUくらいか。
 それにしても、映画監督を役者としてこれだけ本格的に使ったってのは、そうそうないんじゃないか。もちろん、それ以外のキャストも、こう言っちゃなんだが、常識からは相当ズレている怪優が多い。だいたい手塚とおるが出ている映画にマトモなヤツがどれだけあったかねえ(^^)。
 たいした興味はなかったけれど、俄然、興味が湧いてきたぞ。でも、しげは一番行きたくなさそうだよなあ。どうやってだまくらかすかなあ(^o^)。
 スタッフのインタビュー記事も楽しいが(CGI担当の坂美佐子が「三池監督の映画は好きじゃない」と堂々と言い放ってる大らかさがヨイ)、目玉なのは巻末の単行本未収録の『殺し屋1 誕生篇』。
 イチの「暴力でしかイケない男」に対して、殺し屋組織の女スカウトが登場しているのだけれど、これがまた「痛めつけられないとイケない女」(^_^;)。……なんだかここまでトホホな設定を堂々と展開されると、それだけで楽しくなっちゃうね。
 

 CS時代劇チャンネルで、『大菩薩峠』(仲代達矢主演/岡本喜八監督/宝塚映画/1966年)を見る。
 細かく書いておかないといけないのは、もちろん『大菩薩峠』の映画化には、他にも有名なのがいくつもあるからだ。
 最初の映画化、大河内伝次郎主演、稲垣浩監督の1935年日活製作版は見ていないが、1957年からの東映製作、片岡千恵蔵主演、内田吐夢監督版三部作と、1960年からの大映製作、市川雷蔵主演、三隅研次監督版は見て、片岡千恵蔵、机龍之助やるにはデブすぎ、とか思ってたもんだった(新国劇の緒形拳版もあったな)。
 原作は中里介山の大長編小説。山岡荘八の『徳川家康』、栗本薫の『グイン・サーガ』がその分量で凌駕するまで、日本で最長を誇っていた作品だ。しかも、この大長編で作者は単なる時代劇を超えた、この世で流転する人間曼陀羅を描こうとしてたってんだから、根性が座っている。しかも、書ききれなくて途中で作者死ぬし(^_^;)。
 物語の冒頭、大菩薩峠で老巡礼を意味もなく惨殺する無明の剣士、机龍之助のイメージは、後の眠狂四郎にも多大な影響を与えた。市川雷蔵がその両者を演じていることは奇縁でもあろう。実際、何の動揺も見せずに巡礼を切るシーンは、初めて見たときには戦慄すら感じた。
 だからこそ、私は机龍之助の決定版は市川雷蔵だと思っていたのだ。
 アルチザン・岡本喜八が、既に「決定版」のある『大菩薩峠』に、どのように色をつけてくれるのか、それを期待して見てみると……。
 まず驚いたのは、「色」がついていない(^_^;)。
 内田版、三隅版がカラー映画、特に内田版はその極彩色の映像美が高く評価されていたのに、あえてモノクロ映像で挑んだその勇気。……でも、思うんだけど、時代劇って、やっぱりモノクロが一番合ってると思うんだけどね。
 『侍』の雪の桜田門外のシーンでも思ったことだけれど、血の色の赤はモノクロ映像だと漆黒となる。これはそのまま「闇」の暗喩となるのだ。映像はナマのものをそのまま映し出すものではなく、そこに様々な寓意を付与させていくものである。その点、『大菩薩峠』にはモノクロ映像が合う、と提示して見せた岡本監督の判断は、正しかったと言えるのではないか。
 しかも、仲代達矢の机龍之助は、「迷いながら」、巡礼を斬るのだ。
 仲代の見開いた目、震える頬がそれを表している。
 龍之助の剣が、闇に落ちていく描写は過去の作品にもあったが、それは彼がお浜と幾太郎という妻子を失ってからのことだ。こんな早い段階で、それこそ本性的な無明を龍之助が抱えていると描写したのは、岡本喜八が初めてであろう。
 あの長大な原作をどうまとめるかと思っていたら、途中を大胆にカットして、それまでの映画が三部作で描いていたところまで、一気に見せる(それでも原作26巻中、たった2巻分の映画化)。
 その分、龍之助を仇と狙う宇津木兵馬の描写がやや淡白になった印象はあるけれど、ラストの大殺陣は他の映画化にはない大迫力である。
 それにしても、今見るとこの映画、超豪華なキャストだ。東宝が最も意気軒昂だった時代に作られた幸運に感謝しなければなるまい。見てるだけで嬉しくなってくるので、知らない人のために、その一部をちょっと紹介します。

 机龍之助 .......  仲代達矢
 お浜 ...........  新珠三千代
 お松 ...........  内藤洋子
 お松の祖父 .....  藤原釜足
 宇津木兵馬 .....  加山雄三
 宇津木文之丞 ...  中谷一郎
 裏宿の七兵衛 ...  西村 晃
 与八 ...........  小川安三
 机 弾正 .......  香川良介
 お絹 ...........  川口敦子
 やくざの浅吉 ...  田中邦衛
 神尾主膳 .......  天本英世
 中村一心斉 .....  佐々木孝丸
 芹沢 鴨 .......  佐藤 慶
 近藤 勇 .......  中丸忠雄
 大橋訥庵 .......  久世 竜
 島田虎之助 .....  三船敏郎

 内藤洋子のお松とか、七兵衛の西村晃、与八の小川安三なんて、こんなハマリ役、ほかにねーよな。
 特に、「可憐」という言葉は内藤洋子のためにあったと言ってもいいくらいだよ。昔、友人との間で、もしも『ルパン三世 カリオストロの城』が実写化されたら、という話題になったときに、「クラリス役やれる役者なんていねー」とみんな口々に言ってたんだけど(ロリコンが揃ってたんである)、私一人、「若いころの内藤洋子!」とコブシを握りしめて力説したものだった。あのおデコと真っ直ぐな眉毛はそれだけでロリコンにとっては凶器である(あ、あとヒロコ・グレースを力説してたヤツがいたな)。
 実際、『赤ひげ』のころの内藤洋子に「おじさま?」なんて甘えられたら、今の私でも落ちるぞ(落ちるなよ)。
 そして何と言っても神尾主膳の天本英世! いやあ企んでる企んでる(^^)。続編ができてたらもっと活躍してたと思しいだけに、一作だけで終わっちゃったのがホントにもったいない。
 こうなると、原作でも剣は合わせてないから仕方ないんだけれど、仲代龍之助と三船虎之助の対決も見てみたかったなあ。三船さんを使いこなせたのは黒澤明だけだとかドナルド・リチーなんかは言ってるが、岡本喜八の映画を見たことがないのか。『独立愚連隊』でも『侍』でも『赤毛』でも、三船敏郎の豪放と繊細の両面をちゃんと見抜いて描いてるぞ。

 
 夜、遅くまで起きていたので、夜食についそばメシをつくって食べてしまう。
 こんなこってりしたものを食ってたら、次の検査、いったいどうなるかな。

2001年01月09日(火) 仕事初め


2002年01月08日(火) ココロはいつもすれ違い/『女王の百年密室』(森博嗣・スズキユカ)

 仕事が本格的に再開したってのに、鬱、またぶり返す。
 思い出さなければ鬱にもなりようがないのだが、思い出してしまうものは仕方がない。思い出すことで自身のアイデンティティも形成されるのであるから、鬱もまた自分が自分である証拠だ。
 でも、こう鬱が続くと、自分がなんで鬱になってしまったのか、その原因の部分を忘れてたりもしてるんで、あまりアイデンティティの確立とは関係なくなっちゃってるんである。
 バカだね、どうも。


 しげから、「今日は練習があるから、迎えに来れないかもしれない」と聞いていたので、夕方、仕事が終わるとさっさとタクシーで帰る。
 帰宅してみるとやっぱりしげはお出掛け中。
 念のため、携帯に連絡を入れてみるが、つながらないので、「帰ったよ」とメッセージだけ入れておく。

 あとでしげから聞いたのだが、このとき実は、しげは鴉丸嬢と一緒に、私の職場まで迎えに来ていたらしい。
 「“KC”(鴉丸穣は私のことをこう呼ぶのである。高峰か)を迎えに行くなら、ついでに其ノ他くんちにも寄って(はあと)」と鴉丸嬢が言うので、回ってきたのだとか(其ノ他くんのうちは、私の職場の近くにあるのである)。
携帯に連絡を入れた時はたまたま移動中だったそうで、ちょうどすれ違った格好になってしまった。
 二人して、待たされたウラミで散々私の悪口を言ったらしいが、しげの場合、「迎えに来れない(かもしれない)」と言って、「やっぱり来れたよ!」という例が今までに一度もないのだから、そんな不透明な言質を信用しないのも、私にしてみれば当然なことだ。
 第一、今日だって、鴉丸嬢が一緒じゃなかったら、しげが迎えに来なかったことは火を見るより明らかなことなんだから。

 けれど、実際、鬱で体調も壊しかけているので、二人に付きあって其ノ他くんちまで行かなくてよかった。あまりセルフコントロールができない状態で人と会うと、相手をつい不快な気分にさせかねないからだ。
 ともかく夕方を過ぎたばかりだけれど、目を明けてられないくらいに疲れてたので、ともかくぐったりと寝る。
 夜になって起き出して、マンガなどパラ読み。
 ちょっと小説の類が最近読む時間が取れなくなってきていて、活字にも飢えてるんだが、日記の更新にやたらと時間がかかって、まとまった時間が取れなくなっているのだ。
 ……だから10行ぐらいで日記を書いちゃえってば。


 マンガ、森博嗣原作、スズキユカ漫画『女王の百年密室』(幻冬舎・735円)。
 小説版はまだ単行本しかないので、文庫になるのを待とう、と思ってたら、先にマンガ版が出やがった。
 森ミステリを認める人、否定する人、それぞれに言い分はあろうが、否定派の批評の大半が、「本格のフリして本格でない」「トリックがチャチ」「トリックがインチキ」とか、そういう「マットウな」批評だったりする。
 しかし、そのあくまで「本格」に依拠した批評は、果たして本当に森ミステリに対して有効なのだろうか。
 『冷たい密室と博士たち』でも犀川創平が言明していた通り、例えば「密室を作る方法」などは、「どうにでもなる」のである。これだけ科学技術が進歩している現在なら、一般の読者が知らないような専門技術を駆使したトリックで不可能犯罪を構築することも可能であろう。いったん、そういうことを考え出すと、読者の裏を掻くトリックの案出など実に容易だ。だからこそ新本格の作家たちは、旧態依然と言われようと、「外界から閉ざされ」、科学技術も捜査も及ばない「雪の山荘」モノに固執していたのである(たいてい、携帯電話は「圏外」だ)。
 そういう特殊な設定にしないと、現代、あるいは未来のミステリは、その謎を解明しようとする試みどころか、「謎」自体が成立しなくなる。すべてが「無意味」だということにもなりかねない。
 森ミステリは、まず、そこを突き抜けたのだ。
 トリックなどはどうでもいい。
 では何が森ミステリの謎であるのか。
 それは、「彼は何者か」ということである。
 犯人が誰か、ではない。最も理想的な犯人らしい人物は、森ミステリにあっては常に明白である。恐らく「犯人を当てる」だけなら、十人中九人がそれをアテてしまうだろう。
 しかし、では、「犯人である『彼』は何者なのか」。
 この答えに解答することは容易ではあるまい。森ミステリの探偵たちも、それを最後まで突きとめ得ぬことは往々にしてあるからだ。そして、「犯人」と表裏一体である「探偵」。主人公たる彼らもまた、自分自身に無意識のうちに問いかけることになる。「『私』は何者なのか」と。

 女王が統治する幸福な楽園。
 不満や恨みのない世界でなぜか起こった殺人事件。
 「SFミステリ」の体裁を取っているために、従来の森ミステリが嫌いだった人も、余計なハードルを越える必要はないだろう。
 ここでは「どんなトリックも神の名のもとに可能」なのだ。殺人事件の、密室の謎を解く必要はない。そんなものは「どうにでもなる」。
 読者が思い致せばいいのは、主人公サエバ・ミチルの秘めたる思いにであり、マイカ・ジュクの警句に込められた思いにである。彼はミチルが「神に導かれた」と言い、「女王」もまた、旅人であるはずのミチルの名を「神のお告げ」によって知っている。
 「神」とは何かを推理しても、それは意味がない。もちろん、その答えがラストで明かされはするが、それ以外の何10通りの解決だって、読者は想定し、作者が提示したもの以外の答えを自分が信じたところで全く構いはしないのだ。
 「僕は生きているのだろうか? まあだいたい生きてるってとこ? 悪くはない。悪くはないよ」
 ミチルの、最後のこの痛みをともなった言葉を噛み締めることが、森ミステリを味わう一番の方法だろう。多分我々も「だいたい」でしか生きてはいないのだから。
 

 しげ、8時過ぎに帰宅するなり、また出かける準備を始める。
 「……どしたん? 今日は仕事なかったんやないんか?」
 「……うっかり電話取ったのが失敗……」
 しげ、眉間にシワを寄せて、いかにも口惜しそうな、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 どうやらリンガーハット、急な欠員が出て、助っ人をしげに頼んできたらしい。せっかくの眠る時間がなくなって、しげ、本気で臍を噛んでいるのだ。
 「リンガーハットからの電話は取っちゃいかんね!」と吐き捨てるように言う。でも電話に出た時点で「負け」だわなあ。

 実は私も、休日、職場からあった電話は取らないことにしている。
 それで大事な仕事だったらどうするんだ、と非難されそうだが、実際に電話に出てみると、たいした用事でもないことが圧倒的に多いのだ。
 いっぺん、電話に出ずに、次の日になって誰かから何か言われるかと思ったら、全く何も音沙汰がなかったので、私の頭の中では、「職場からの電話は休みを邪魔するイヤガラセ」としか受け取れなくなった。
 ……いやね、ほかの同僚が休んでる時も明らかに「イヤガラセ」の電話してるとこも、何度も目撃してるのよ。人間性で言えばサイテーの部類に入るヤツってゴロゴロしてるもんでね。
 本当に大事な用事なら、間を置いてでも二度、三度と電話をしてくると思うんである。それがない以上、わしゃ、休日の電話には絶対に出んぞ。第一、休日に私が家にいる、と思いこんでるのはどうしてだ。


 俳優の加賀邦男さんが、7日に心不全で死去。享年88歳。
 特撮ファンには『仮面ライダーV3』の風見志郎の父親役で有名であろう。
 ……って、何シーンも出とらんわ、そんなん(ーー;)。
 けれど、ついそんなのを例に出さなきゃならないくらい、脇役が凄く多い人ではあったのだ。かと言ってヘタクソってことはなくて、往年のオールスターキャストの映画の中でも、割り当てられるのは重厚な役が多かった。
 訃報の記事には『大菩薩峠』あたりを代表作としてあげているが、調べてみると、役は米友。……内田吐夢版だよなあ、片岡千恵蔵が机龍之助の。米友ってのは心優しい槍の名手の役なんだけど、加賀さんだったかどうか記憶にない。もちっとましな紹介、できなかったのかなあ。
 ついこないだDVDで見たばかりの『本陣』、フィルモグラフィーでは最後になっている。テレビではお見かけしてたけど、映画でとなるとあれが遺作になるのか。……って、もう30年近く前だぞ? あれほどの名優が、それ以降、一度も映画に出なかったのか。映画界が、役者、名優をいかにキチンと使わずに来たかってことの証明みたいなもんだなあ。
 二男の亀山達也、三男の志賀勝も俳優だけど顔は似てないと思う。加賀さんのような美形から、志賀さんのような個性的な顔が生まれるというのがまた面白い。

2001年01月08日(月) 成人の日スペ……じゃないよ


2002年01月07日(月) 食い放題に泣く女/『エンジェル・ハート』2巻(北条司)ほか

 朝、しげを起こすが、全く反応がない。
 最近、「食いものにだけは優しい」なんて言われているので、他の面でも優しいところを見せてやろうと寝かしてやる。
 昼過ぎに迎えだけ頼む。

 今日もまた昼食は「スタミナ太郎」で食い放題。
 なのに、朝方なにか余計に食いでもしたのか、しげ、皿を2、3枚しか交換しない。
 「……やっぱりこの店、嫌いなのか?」
 しげ。首を横に振って、
 「この店、種類がたくさんあるやん?」
 「うん」
 「……でも全部は食べれんやん?」
 「……うん」
 「それが悔しいとよ」
 と言ってため息をついたその目には涙まで滲んでいる。
 ……2、3枚皿を交換して、焼肉だのトンカツだの寿司だの食ってて、それでもまだ食いたいと言うのは、やっぱり「餓鬼」にとりつかれてるんじゃないのか。

 正月休みももう明けるので、ちょっと豪遊しようかと、西銀を回って、おカネを降ろす。
 と言っても、回るのは積文館(本屋)とゲーセンだ。
 ゲーセンといっても、私はUFOキャッチャーくらいしかやらないんだけど、今日は調子が悪くて、千円ほどスってしまう。まあ、是非ほしいってほどの品もなかったから、まあいいか。
 『GMK』のガシャポンがあったので、2回ほど回してみる。
 一つ目はキングギドラ2001で、やっぱり首が短い。どういうわけかもう一つはジェットジャガー。……なぜ今? 別に復活の兆しがあろうとは思えないが(されても困るぞ)。

 外は小雨が降って寒い。
 なのにこの冬はあまり風邪を引いてはいない。雪もまだちらつく程度だし、暖冬なのかな、今年は。
 こういう年の翌年は反動で災害が起きることも多いので、そこそこ雪くらいは降っておいてほしいんだけど。

 帰宅してひと寝入り、あとはひたすら日記を書く。
 既に「追いつく時は追いつくさ」くらいの感覚で書いているけれど、さて、それでも毎日読みに来てくれる人がいるというのは嬉しいことだ。
 でも、もう記憶がほとんど飛んでるので、マンガの感想なんか、書いたか書かないか、思い出せんのよ。いちいち昔の日記読み返して確かめるのもめんどいし(第一、それをやるとしげが「自分の文章に浸ってる」とイヤミを言う)。
 同じ本を二度三度読み返したりするから、なおのこと記憶が混乱しちゃうのだが、仮に二度書きや間違いがあったとしても、「一篇読んだぞ、その記述」ってツッコミがあればあったで楽しいと思う。
 その際にはどうぞ掲示板等をご利用下さい。

 マンガ、北条司『エンジェル・ハート』2巻(新潮社・530円)。
 オビに「100万部突破!」と麗々しく書かれてるけれど、なんだかんだで『バンチ』で一番売れてるの、これなんだな。『シティーハンター』人気、未だ衰えずといったところか。
 槙村香の死と、その心臓を移植された少女「殺人兵器・グラス・ハート(G・H)」、というトンデモナイ設定で始まったこの新シリーズ、しげが旧作のファンだったものだから(私は途中で買うのやめた。設定が突拍子もなくなったのとキャラの描き分けの下手さにあきれて)、ついつい買ってしまってるが、意外に面白くなってきた。
 冴羽潦(漢字がねーよ。ホントはケモノ偏だ)とG・Hの出会い、もう少し引くかと思ったけれど、2巻でもう合流。愁嘆場もあまり長くなく、すぐにアクションに移って行くテンポの早さは悪くない。
 歌舞伎町を無人にし、そこでG・Hを追って来た青龍部隊と戦おう、という潦の作戦、勝手知ったる狭い空間でゲリラ的に敵を翻弄しようってことなんだろうけれど、この手のパターンのアクション作品は、これまでにもマンガ、映画を問わず傑作が目白押しなので(『ホームアローン』だって基本的にはそうだもんな)、どう差別化を図るかがカギとなりそうだ。
 しかも街一つを使ってってのは、なかなか度胸のいる設定だぞ。2巻の段階では、潦がどんな「ワナ」を仕掛けているか、まだ分らないけれど、単に「爆薬を仕掛けて一網打尽にする」とか「鏡を利用して誤射させる」とか、それこそ使い古された手だけはやってほしくないよな。
 ……しかし、潦の「コンドーム持って勝負パンツに着替えて来い」というセリフだけで「地域の完全封鎖・SATに出動要請」と読み取った冴子のカンもすごいよなあ。これが腐れ縁の効果ってヤツか(^o^)。
 それから、もうそろそろG・Hの本名も明かしてほしいぞ。


 『コミック伝説マガジン』No.4(実業之日本社・380円)。
 今回のメインは『ワイルド7』復活編、『飛葉』だけれど、元のシリーズはあまり熱心に読んでなかったので、ラスト、飛葉がどうなったかよく覚えていない。確か死んだか行方不明になったかしたかだったと思うけれど、そのあと『新ワイルド7』とかも描かれてたよなあ。どこからどうつながってるか、わかんないや。
 もっとも旧作のほうもムチャクチャ個性的な構図と話運びで、コマとコマがどうつながってんだかわかんないマンガだったけど。

 復刻マンガは藤子不二雄Aの『怪物くん/新年パーティはザ・モンスターズでいこうの巻』。単行本収録の際には「新年パーティ」が「仮装パーティ」に改変されていたので、オリジナル版としての復刻である。
 集まってくる怪物の中にキング・コングやサイクロプス、ジョージ・パル版『宇宙戦争』の火星人やらハエ男、ギルマン他、モンスター映画ファンがニヤリとするような面子が揃っているのがニヤリとするところ。けれどやっぱり藤子さんオリジナルの怪獣「ノールス」は、「ノンビラス」と名前を変えられたまま。この程度のコトバ狩りに対抗することすらできんのかねえ、出版社は。
 『筒井康隆全漫画RETURN』、今回は私の一番好きな『色眼鏡の狂詩曲』。アメリカの少年が作者の元に送りつけてきた「日中大戦争」という小説を漫画化したもの、という設定なんだけれども(もちろん実際には筒井さん自身が話も絵も描いている)、これなんかトンデモ架空戦記ものや映画『パールハーバー』の元祖みたいなもんだよなあ。中共が日本に向かって原爆ミサイルをぶっ放すけど、軌道を外れて全世界に落ちまくる、という話事態もキテレツだけれど、日本にまだショーグンがいたり、中共のコンピューターが猫の毛の静電気で動いてたりとディテールが偏見に満ち満ちているのが大笑い。
 けれど今回の作者解説で、絵的なギャグのほとんどを夏目房之介が案出していたことも披露された。全く、知らない間に夏目さんのファンになっていたんだなあ。

2001年01月07日(日)  ああ、あと三日休みが欲しい(贅沢)/アニメ『人狼』ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)