無責任賛歌
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| 2001年10月26日(金) |
それは愛ゆえの殺人か/『孤島の姫君』(今市子)ほか |
オタアミ当日まであと29日! 29日しかないのだ!
今朝読んだ新聞に、ヒキコモリ息子の家庭内暴力を苦にした父親が、息子を刺し殺して自殺した事件がコラムになって載っていた。 記事の見出しには「改訂版の出版空しく」とか書いてあったので、何のことやら、と思って読んだら、この父親、数年前に息子との葛藤を手記にして自費出版していたのである。 で、「改訂版」というのは、「息子との仲もようやく落ち着いて解決を見た」という内容で締めくくられる予定だったらしい。 しかしご近所の話によれば、ほんの一週間前にもそこの家から罵り合う声が聞こえていたそうで、何のこたあない、不仲の火種はしっかり残っていたってオチである。
しかし、この記事どこかで読んだことがあるな、いや、今朝の新聞を今朝以前に読んでいるはずはないから、これってデジャブ? とか思っていたのだが、この事件、エロの冒険者さんのご近所で起こった事件だったのである。私はエロさんの日記で既にこの事件のことを知っていたのであった。
この息子が引きこもるようになったのは、新聞によると、アトピー性皮膚炎で肌が荒れていたのを学校でからかわれ苛められたのがきっかけだということだ。 不登校に陥った息子は、そんなカラダに生んだ親を恨み、暴力をふるい始めたのだそうな。……それが本当なら、全く甘えたバカガキだとしか言いようがない。ただの不運を親のせいにしてどうする。 新聞記事は疑ってかかれってのが私の基本姿勢だが、この件も、私の勝手な想像ではあるが、ちょっと様相が違ってるんじゃないかって気がする。基本線は同じであっても、微妙にディテールが違ってるんじゃなかろうか。 何が言いたいかっていうと、「苛めで不登校になった」ってことで親を恨むってのがどうもピンと来ないのだ。暴力行為の動機としては、ちょっと説得力に欠けている。 思うに、そこまで親が憎くなるってのはやはり「男の本能に根ざした恨み」なのではないだろうか? つまり、「女がらみ」。
気弱な息子が思いきって彼女に告白する。 「あ、あの、ボ、ボクと付き合ってくれませんか?」 「エー? マジ? ホントマジ? ヤッダー、シンジランナーイ! チョーマジ、ムカツクー! なんでェ、アタシがァ、アンタみたいな○○くて○○いヤツとつきあわないといけないワケー? ウッソォ、ヤダモー、ヤメテヨォ、ジョーダン? ベンジョにその○○いカオつっこんで死ねよ、バーカ!」 ……ああ、なんてリアリティのあるセリフだ……(T_T)。
いや、それはそれとして、ここまで言われたんなら、不登校になって、親を恨んで暴力ふるったってのも理解できるぞ、男として。きっといたのだ、そんな女が。絶対、そうに違いないぞ。 でも、どっちかと言えば、そのカタカナ語しか喋れないクサレバカ女を即座に打ち殺してくれたほうが世のため人のためだったように思う。親の方も、息子がグレたのは自分が親として至らなかったせいだ、とか自分を責めたりせずに、「お前がそんなになったのは女のせいなんだろ? 女にバカにされたんだろ? そうなんだね? よし、わかった。その女が誰か教えなさい。お父さんがぶち殺して切り刻んで、ブタのエサにしてくれる」とか言ってやればよかったんだ。
以上は私の勝手な妄想だが(本気にするなよな)、親が、「子供のために本気になって戦ってはくれなかった」ってのは、間違ってはいないように思う。 穂積隆信の『積木くずし』の場合もそうだったが、それまでいかに親子関係を修復していても、手記なんてものを出版した途端、子供は、「オレは、親の飯のタネに利用されたんだ!」と思ってしまうものだ。 親は、そこまで、子供の気持ちを忖度した上で、手記を書いていたのだろうか。どうもそんな感じじゃないような気がする。 手記をものにした時点で、親は子供から逃げていたのだろう。 子供だって、そんな欺瞞にはすぐ気がつく。暴力行為がエスカレートしていたとしても、それは結局、本人たちのせいではなかったのか。 子供は暴力を振るっていたというが、それは家庭内だけに留まり、外部への犯罪的行為にまでは至っていなかったようである。だとすればやはり今回の殺人は、自分がこれ以上苦しみたくないという、親の、自己本意な行為に過ぎない可能性が高い。 新聞はなんだかステロタイプな親子の悲劇みたいな感じの論調でコラムを締めくくってたが、バカ息子をバカ親が殺したってだけで、琴線に引っかかってくるような話じゃないと思うんだがなあ。なんでこう、大したこともない事件を無理やり悲劇に仕立て上げなきゃならんのか。
ちょっと思い出したことがある。 ウチの母親は、私が子供のころしょっちゅうこう言ってた。 「アンタが何か悪いことをしたら、私もアンタを殺して死ぬよ」。 今、思い返せば、実際にそんな状況になったとして、本当に母が私を殺したかどうかは判らない。 ただ、母親が「本気だ」というコトは子供の私にもビンビン伝わってきた。 法律で裁かれるかどうかってことの前に、私ゃ悪いことしたら自分の親に殺される、そう刷り込まれて育ってきたのだ。 別に、これは異常なことでもなんでもない、昔の親なんて、みんなこんなもんだったのである。ガキ躾るにしても、もうちっと、やり方考えろよ、と文句言いたくはあるが。 そこまで極端なことを言わない家だって、親の「権威」には中身があった。いやね、別に「昔に返れ」って言いたいわけじゃないよ、バカはすぐそう言いたがるけれども。 世間が勘違いしてるのは、その「権威」ってのが、「暴力」とか「家父長制」とかいう、封建主義に根ざしたものじゃなくって、単に「親が子供を育てる覚悟をしていた」だけだってことに気付いてないことだ。 「躾」ってのは「カタチ」なんかじゃない。スパルタがいいか放任がいいかなんて問題ではないのだ。 親と子の心の絆をどう作るかってことを考えりゃいいだけなんだが、その覚悟もないのにぽこぽこガキ作ってっから、殺伐とした事件だって起こるんである。極端な話、親が親のすること、子が子のすることをお互いに納得してりゃ、顔を合わせなくても会話を交わさなくても何の問題も起きないのである。 なんだか私にゃ、事件が起きる家庭ってのが、「あえて事件を起こす火ダネを作りまくってる」ように見えてしかたがないんだがねえ。
風邪を引いてからほぼ十日、ようやく咳も収まってきて小康状態が続くようになった。 まだ、ちょっと空気の流れが悪くなるとげほげほと止まらなくなることもあるが、なんとか持つようになった。ここまで来れば再発の心配もなかろう。 しかし、今回の風邪も長かったなあ。
お仕事はまたしても残業。 それでも早めに片付けとかないといけない仕事をちゃっちゃと終わらせて帰宅。まだ6時だと言うのに、日が落ちてあたりはもう濃い藍色。まだ風はそう冷たくないのに、もう冬なんだなあ。 今日は久しぶりに『クレヨンしんちゃん』に間にあったので、じっくり見る。季節の変わり目なせいか、2本とも病気ネタ。 『園長先生が心配だゾ/熱出し母ちゃんだゾ』。 一本目は、オー・ヘンリーの『最後の一葉』のパロディ。病気で寝ている園長先生が、庭木を見ながら呟いた「あの葉が散ったころには私はもう……」というセリフを聞きつけたマサオくん、早速みんなにご注進する。 マサオくんはいつも「てえへんだ!」って問題を持ちこんでくるガラッ八の役目を引きうけてるが、こういう5人組のコントの役割がちゃんと決まっているところ、『しんちゃん』が正統派コメディの系譜の上にあることの明確な証拠なのだ。 その話を聞いて、カザマくんがみんなに『最後』のスジを話してあげるのだが(いつも思うことだが、カザマくん、幼稚園児のくせに知識ありすぎ)、ネネちゃんが「それってホラーね!」と、意味を読み替えていくギャグが秀逸。 おとぎばなしの読み替えギャグは多いけど、オー・ヘンリーってのは眼の付け所がいい。オチはまあ、別に園長先生は死ぬこともなく(当たり前だ)、その「一葉」の庭木は、しんちゃんたちがハッパが散らないように塗りたくったノリに、風で飛んできた新聞紙やらゴミがくっついて、エライことになっているのであった。 2本目は、原作にもあった病気のかあちゃんのお手伝いを、しんちゃんがすればするほど仕事が増えちゃう話だけれど、ラストはやっぱり家族の絆でオチがつく。テレビシリーズのしんちゃんは、スジの型が概ね決まってるので、小出しのギャグをどれだけ詰めこめるかで評価が分かれる。 後半は、しんちゃんがワザとカニ缶を開けて食べようとするギャグがあるけれど、ちょっと笑いにつながるギャグが少なかった。 しんちゃんをリスペクトしたホームページ、ファンページは多いけど、ギャグ中心ってのは少ない。ドリフのコントなんかもそうだけど、「面白かった」って評判は残るけど、ギャグ自体は消え去ってしまうことが多いのだ。そのへんをフォローするファンサイトがあってもいいと思うんだがなあ。
しげに頼んで、近所のベスト電器まで車でビデオテープを買いに行く。 今日も私が「車に乗ろうか」と言い出したので、しげはビックラこいているが、だから練習させないと不安なんだってば。 新車ってわけでもないのに、車の中の匂いが相当キツイらしく、しげは大掃除をしたらしいが、乗ってみるとやっぱりどこか皮の匂いが充満していてクサイ。 福○空港周辺とか、どこぞの山道の途中で停まってる車の中じゃあ、若いカップルがいろいろ楽しいことをしているらしいが、みんなこんなクサくて暑苦しいところでよくヤレるよなあ。
DVD『第三舞台 1981〜2001』見る。 先日の『ファントム・ペイン』公演の時に記念パンフとセットで売られてたDVDだったけれど、最初の5年くらいは音声テープは残っていても、映像はない。でもやっぱり学生のギャグで間の取り方がまるでシロウト。 なのに「ウケてしまった」というのが、第三舞台の悲劇だったんじゃないかなあ。 下手な解説を入れずに、公演ビデオのみで構成したのは見識のつもりかもしれないが、芝居の内用すら分らないので、結局第三舞台に詳しい人でないと意味不明な箇所があまりに多過ぎる。 ブツ切り名シーンのみだが、DVDの容量を考えたら、もうちょっと長めに収録できたのではないか。
マンガ、今市子『孤島の姫君』(朝日ソノラマ・800円)。 「目に見えるものが真実であるとは限らない」、それが今さんのマンガのキーワードだろう。 人間であるように見えたものが幽霊であったり、幽霊自身が幽霊であることに気がつかなかったり。某クソ洋画が大仰に宣伝していた「意外な結末」なんて、今さんのマンガには腐るほど出て来てたし、これは昔ながらの「怪談」の語りの定番でもある。 事実、マンガ家の中でも、今さんは、怪談の語り部(ストーリーテラー)として屈指の実力を持ってると思うのだが、なんだか今一つマイナーって気がするんだよなあ。……誰かドラマ化しないか。 これは『百鬼夜行抄』以外の短編を集めた作品集だが、現代ものでもファンタジーでもミステリーでもコメディでも、そういう「我々の感覚のあやふやさ」をモチーフとしている点は変わりがない。 作品を全部紹介するのは字数の制限もあってできないが、一番気に入ったのは、8ページと短いけれど、『遺影がない!』。 アパートの不審火で死んだ従妹の夫の通夜にやってきたヒロイン、彼女は実はその夫のかつての恋人だった。火事のせいで、遺影に出来る写真が一枚もなくなっているので、遺族は東奔西走して死者の生前の写真を探すのだが、ヒロインはなんとかして自分とのかつての関係が知られないように、写真を隠そうとする……。 コメディーミステリーとしてはその意外な結末も含めて、わずか8ページでこれだけの内容を凝縮しきった才能は大々的に称賛したい。 あとの作品は、『赤い袖』『沈黙』『真夜中の食卓』『孤島の姫君』『文鳥マンガ・美しき獣たち』の5本。 ああ、実録「文鳥もの」も今さんのマンガの魅力であります。あのトリの点目がねー。ちょっと吾妻ひでおの不気味くんを思い出させてねー、ヨイのですよ(^^)。
2000年10月26日(木) さすがに櫃まぶしは英語字幕になかった/映画『ラヂオの時間』ほか
| 2001年10月25日(木) |
わが名はロドリゲス/映画『眠狂四郎人肌蜘蛛』『旗本退屈男 江戸城罷り通る』ほか |
オタアミ当日まであと30日! 30日しかないのだ!
ついにオタアミ当日までヒト月を切ってしまった。 AIQのほかのみなさんも販促、下準備にお忙しいことと思うが、私は全然忙しくならないので困っているのである。 チラシはあらかた配り終わっちゃったので、あとは知り合いのツテとかで個別にあたって販促していくしかないのだが、どうも世間ではオタクアミーゴスの真の面白さをまだまだ理解していらっしゃらない向きが多いようだ。 ある意味「地下活動」のようなものだから、そりゃその面白さがあまり広く伝わっちゃ困るという面もないではないのだが、もう少し「ヒミツを共有する」楽しみを味わいたい、というヒトは現れないものか。 「キレイなものだけ見ていたい」「キタナいものは見たくない」、もしかして、世の中はそんなヒトたちばかりになってしまったのだろうか? 思春期の自意識過剰のオトメチックな少女ならばともかくも、まずマットウなオトナならば、世の中にはウラもオモテもあるということを知っていよう。オモテに現れた固定化した視点、常識的な観点、既成概念からは見えないものを探り出し、笑い飛ばすのが「オタクアミーゴス!」の神髄なのだ。だからその俎上に並べられるのは必ずしもアニメ、特撮などのオタクな物件ばかりではない。世の中に「こんなモノがあったのか!」という珍奇なものが一杯だ。 例として、、去年の「オタアミ九州」で披露されたネタをいくつかあげてみよう。 韓国のヒーローもの、『ファイティングマン』。 普通、ヒーローというものは洋の東西を問わずカッコイイおにいさんであるとか、健気な美少女であるとか、ともかく子供の憧れの人物であるのが相場というものだが、この主人公はなんと「知○○れ」のオヤジである。 いいのか、おい(・・;)。 ……悪の組織に狙われてんのに、ガキと食いもんの取り合いとかしてんなよ。あ、○○だから仕方ないのか。 変身ポーズやたら長くて1分を越そうってのも、多分、○が不自由なので神経の伝達速度が遅くなってて時間がかかっているのだ。 ……こんなもん、当然、公共のメディアで流せるようなもんじゃございません。『オタアミ』以外のどこで見れましょう。
更には女性のみなさんにはとっても大ウケののHネタ集。 某Hビデオの巻末に収録された通販コーナー、商品名は控えますが、まあ、淋しい男のヒトで、ダ○○○イ○を買うほどのオカネに余裕がない方向けに大安売りの簡易携帯型の……。 いや、これを男性モデルさんに実演させてるんだわ。 何が笑えるって、これを手伝わされてる女性のアシスタントさんの表情と態度(^^)。初めこそねー、○○○とか、○○○とか、○○○とかゆ〜、日常会話ではとても使いにくい単語を事務的に喋ってたんだけど、イザ実演となると実際に目の前にアレがあってナニしてナニしてるんだから、これはイヤだわなあ。 ああ、これは明らかにセクハラ。けど、当然こんなビデオ、オタアミで見なけりゃ女性の方は一生、目になどできませんよ。 え? そんなイヤらしいもの見たくない? ナニを仰いますやらウサギさん! 自分にウソをついてはいけない! 「見たくない」は好きのうち、ホントはココロの底でアナタは「見たい!」と思ってるに違いないのだ! 男は常にエッチでスケベでインランで、女はあくまで淑女なんて前近代的な固定観念の中に自分のマコトの心、ホンノーとボンノーを埋没させていてもいいものだろうか?! 外面似菩薩内心如夜叉、ホントは私は○○○がダイスキッてレディーのみなさんはきっといるはずだ! さあ、勇気を出してウルトラタッチ!(何が言いたい)
ちなみにウチの劇団メンバー中、最も淑女と言われたよしひと嬢は『三本足マン』(←なんでしょね)に狂喜しておりました。
更に更に、こういうものはご存知でしょうか、あまり大きな声では言えないがのMADテープ集。 『サザエさんの特撮名所&風俗街めぐり』、いやあ、サザエさんがナカスやススキノを案内してくれるって、それで嬉しいか、おい。 そう言えば、あれだけ著作権のガードが固かったサザエさん、長谷川町子の故郷の佐賀ではキャラクターを使っての宣伝が解禁になったそうである。サザエさんのOPに佐賀が出ることが多いのはそのせい。 『映像:はれときどきぶた/音楽:エヴァンゲリオン』、『はれぶた』はみなさんご存知ですね? いやあ、『エヴァ』のメロディーにノって繰り広げられるノリヤスとはれぶたの愛と友情、ロボット戦(そんなんがあったのか)は必見。 『映像・インデペンデンスデイ/音楽・マッハバロン』『映像・スターシップトゥルパーズ/音楽・哀戦士』。 どっちも燃えます。死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは死に〜行く男たちは、みんな死んで行きます(^^)。
あとは、すべて女装した男ばかりで演じる実写版『カードキャプターさくら』とか、アマプロの作ったチープな怪獣映画『ワニゴン対ガマゴン』(昔バチもんでホントに売られていた)、そして最近CSでも再放送され始めた、梶原一騎・吉田竜夫原作の今となっては珍品と言うしかないTVドラマ『チャンピオン太』などなど。 いやもう、とてもとても全部は紹介しきれません。 日頃とても目にできない物件の数々、一度ご覧になれば、きっとアナタの世界が広がります。おトモダチも(多分)増えます。 さあ、買おう! チケットを!
職場でどういうわけかいきなり「性格テスト」が行われた。 別に上司がそのテスト結果を集約するわけではないので、たいした意図があるわけじゃないんだろうが、イマドキこんなもん、への役にも立たんということ、常識だと思ってたんだがなあ。 なにしろ、私がこの手のものをやると、たいていが「完全な常識人」という結果が出てしまうのである。 どれだけアテにならないか、わかろうというものではないか。
帰宅すると、しげがまたウチにいない。 携帯に電話してみると、鈴邑君のナビで、買ったばかりの車を試運転中だそうである。 晩飯にコンビニでおでんを買って来てやったんだが、帰ってくるまで待ってても冷えるばかりだし(しげは「温めなおし」をえらく嫌うのだ)、ほかにもおかずになるものは買ってあるので、一人でさっさと食う。 冬どきはおでんの種類も増えていて、定番の卵や厚揚げや牛スジに加えて、ブタの軟骨なんかも茹でられてるが、こんなんをおでんの具に食ってるの、九州だけじゃなかろうか。こういう「おでんの具」の地方差を調べたりするのも面白そうだ。
しげ宛てにハガキが来てる、珍しいなあ、と思ったら、シティボーイズの『ラ・ハッスルきのこショー』DVD発売の宣伝ハガキだった。 もちろんとうの昔に予約はしてるのだが、下に小さく「『ラ・ハッスルチエコショー』は収録されておりません」の文字が。 ああ、やっぱりテレビ放送だけでなく、販売もアウトなのか。 確かに高村光太郎の遺族が見たら激怒する内容かも知れないが、いやしくも作家とか芸人とか名乗るヒトたちは、自分のイメージが万人にどのような形で受け入れられようと、それを甘受する覚悟をせねばならない立場にあるものなのである。その遺族なんだから、これくらいのギャグ、笑って許してやるだけの広いココロがほしいんだけど、それを期待して販売するわけにもいかない、というのがDVD制作元の意向でもあるんだろう。 それにハラを立ててくるのは必ずしも高村光太郎の子孫だけとは限らないし。ホントはそっちのほうがよっぽど厄介で、差別的なやつらだと思うんだけどねえ。 でも、応募者にだけ「チエコショー」のミニDVDの特別販売、とか、そういうプレゼントをつけてほしいなあ。なんたってアレは、シティボーイズのギャグの中でも最高の、いや、今世紀最高のギャグの一つなんだから。
WOWOWアニメ、『おとぎストーリー 天使のしっぽ』第4話「いやだよ、サヨナラ…」。 先週見そこなっていたけど、またぞろ守護天使が増える展開は変わらず。 でもキツネまで飼ってたなんて、悟朗ってどんな環境に育ってたんだ。 今回その悟朗はずっと発熱しっぱなしで、出番がない。 守護天使たちは右往左往しながら悟朗を看病するが、やはりケンカしたりしてかえって悟朗の具合を悪くしてしまう。 そのとき、突然、携帯が妖しく光りだす。「また、守護天使……? いいえ、違うわ! これは……!」 天使たちの顔が青ざめていく……。 さすがにこのへんで趣向を変えないと飽きられると思ったんだろうけど、だいたい12人もキャラを出しておいて、その描き分けが、性格的にもデザイン的にもできてないことのほうが問題なのだ。 監督の越智一裕さん、『うる星やつら』でデビューしてるんだよなあ。やたら女の子キャラが出てくる話は経験済みだろうに、なんでこんないい加減な作りになっちゃってるのかなあ。
CSチャンネルNECO『眠狂四郎人肌蜘蛛』(1968・大映京都/カラー81分)。 市川雷蔵の『眠狂四郎』シリーズで、唯一見てなかったのがこの作品。 シリーズ中最も猟奇性の高い作品として、ウワサには聞いていたので、もう見たくて見たくてたまらなかったのだが、二十年来の夢が一つ、やっと果たせた。 なんたって、以前WOWOWで狂四郎シリーズが放送された時も、この作品だけは「放送に耐えない」ということでラインナップからはずされてしまっていたんだからね。 えらいぞチャンネルNECO。 いや、しかし見てみてなんちゅーかねえ、ハマりましたよ、私は。 それまでの私の狂四郎シリーズベストワンだった第2作『勝負』を抜きました。 殺陣自体は、もうこれが雷蔵の死の前年の作ということで、お世辞にも元気があるとは言いがたい。けれど、全編に漂う虚無の匂い、これはもう、シリーズ中郡を抜いていたのだ。
狂四郎が気まぐれから母の墓参に立ち寄った甲府の村。 この辺りでは将軍家斉の妾腹で、世間的には「死んだ者」とされていた双子の兄妹、土門家武と紫が暴虐の限りを尽くしていた。 刑場で村人を矢で射殺して遊ぶ兄、家武(川津祐介)。 村男を色欲の餌食にした挙げ句に惨殺する妹、紫(緑魔子)。 二人はまた兄妹でありながら、道ならぬ関係にもあった。
自分と同じ境遇の黒ミサの子、薬師寺兵吾(寺田農)の身代わりに、彼らの居城、「鬼館」に出向いた狂四郎は、色仕掛けで迫る紫を鼻であしらい、いつものように恥をかかせて退散する。 怒り狂う紫と、その狂態にかえって狂四郎への愛を感じ取った兄、家武は、ともに狂四郎の命を狙い始める。 南蛮渡来の秘薬を仕込んだ家武の毒矢が狂四郎の身を襲い、狂四郎は空を見上げ呟く。 「これが俺の見る最後の空の色か……!」
「紫」って、やっぱり「紫式部」から取った名前かなあ。 伝説では色欲道に落ちたって言われてるし。『源氏物語』書いただけでそこまで言われるのは受難としか言いようがないが、眠狂四郎シリーズ中、この紫が屈指のインラン女であることは間違いない(^_^;)。 いやホント、いとも軽々と久保菜穂子を越えちゃってます。 「お兄様に狂四郎は殺せませぬ。アレは私のもの……」 実質、今回の話は狂四郎、家武、紫の三つ巴なのな。強力なライバル剣豪というのが登場しない代わりに、狂四郎を狙う執念の深さ妖しさは見ていて寒気が走るほど。松田優作のテレビ『探偵物語』「聖女が街にやってきた!」では清廉なシスターを演じた緑魔子、胸こそ晒さないものの、まさしく蜘蛛のように狂四郎を絡めとろうとする。 「そなたは、私に似ているとは思わぬか?」 「似ているから、むかつく」 紫を攫った廃屋の中、女間者が十字架にかけられ殺されているその下で、狂四郎は自分が生まれたきっかけとなった黒ミサを再現するかのように紫を犯す。 しかし果たして、犯したのは本当に狂四郎の方だったのか。
邪恋もまた、紛れもなく「恋」である。 というか、私は世間がなんの考えもなく口にする「純愛」なんてものに実態があるなんて思っちゃいない。恋をいちいち峻別することになんの意味があるというのか。 家武の妹への執着も、紫の狂四郎への復讐心もまさしく恋だ。誰の心にも闇があるのなら、頽廃に美しさを見出せずして、なんで人を愛せよう。誰一人として報われることのないこの物語は、それゆえにとんでもなく美しいのだ。
ああ、やっぱり劇場で見たいぞこの映画。どっかの映画館、オールナイトで眠狂四郎シリーズかけてくれえ!
CSキッズステーション『ナジカ電撃作戦』MISSION 003「醜悪なる遺物は漆黒 の闇と共に」。 しげが数日前から「次の『ナジカ』はまだ?」とうるさかったのだが、二人で今日も堪能させて頂きました(^^)。 相変わらずのパンチラなんだけれど、前2話に比べるとやや控えめ。 苦情でもあったかな? でもその分、今回はギャグがよく効いている。 「人間」的な行動を練習中のリラ、いろんな「笑い」の表情を作るのだが、TPOがまだよくわかっていない。 財閥のお嬢様に扮しているのに、つい、「不敵な笑い」を浮かべてしまったりするんだよねえ。 こんな感じかな。 → (`∀´)フフフフフ。 ……いいキャラクターを作ったものだ(^_^;)。 話の方は、機能停止しているはずのレーザー衛星が突如再起動して太平洋の軍事基地を消滅させた事件の真相に七虹香とリラが迫るもの。 黒幕の大富豪の美青年、トッドが「アンティーク飛行機の収集狂」って設定は、まるで『ルパン三世/死の翼アルバトロス』だ。 ……西島監督、まだ宮崎駿に恨み持ってるかな?(^^) トッドの声は『機動戦艦ナデシコ』のウリバタケ・セイヤの飛田展男さん。いや、濃いキャスティングだ。
CS時代劇チャンネル『旗本退屈男 江戸城罷り通る』(1952・松竹京都/モノクロ・94分)。 戦後の市川右太衛門による旗本退屈男・早乙女主水介(ホントは主水之介だけどこの映画だけこのように表記)シリーズ、てっきり東映の専属かと思っていたら、一本だけ松竹で撮ったのがあったんだねえ。 そのため、キャスティングがいつもといろいろと違っている。お小姓の霧島京彌が宮城千賀子(ちょっと男カ顔なので、これはピッタリ)に、敵さんが高田浩吉に柳永二郎。ヒロイン萩乃が井川邦子で、主水介の妹の菊乃が岸恵子ってのはなんちゅー豪華な。 ……って、どう豪華なのかわかる人はもう中年以上だよ(+_+)。 しげは花魁役で清川虹子が出てたんで驚いていた。 そりゃ、清川さんだって若いころはあるわな。失礼なヤツだ(^_^;)。 しかし、この作品が珍品なのはキャスティングばかりじゃない。 ともかく驚いたのは、これ、ストーリーが『大岡政談/天一坊事件』をまんまパクッてることなんだよね。なにしろ婆さん殺して御落胤の証拠を奪い取るところまでマネしてんだから、はっきり「盗作」と言いきったっていいくらいだ。 もっとも、この話自体、著作権がないんだから、どう脚色したって問題は生じないんだけれども。 一応、天一坊事件は史実だから(もっとも大岡越前守は直接裁いてはいない)、名前を「浄海坊」(高田浩吉)と変えてはいるけれど、ストーリーは講談本のまま。違うのは、早乙女主水介と、萩乃の淡い恋が描かれるあたりくらいかな。 ……う〜ん、右太衛門が草原に寝転がって、萩乃のことを切なく思うシーンなんか、どうコトバで表現すればいいのやら。豪放磊落が身上と思ってた退屈男にこんな面があったとはねえ。 クライマックス、浄海坊の悪事を芝居仕立てで告発するシーンは、講談本にもあったけれど、言わずと知れたシェークスピアの『ハムレット』。いや、実にいろんなところから寄せ集めてますねえ。 ラスト、浄海坊と、参謀役の北村内膳正(柳永二郎)が命尽きんとしながら呼び合うシーン、これは悪役の最後の描写としては実に屈指の出来映え。珍品は珍品だけれど、もとネタがあることを無視すればこんな面白い時代劇は滅多にあるもんじゃない。 「天一坊事件」を知らない若い人には、かえって面白く感じられるんじゃないかなあ。
しげ、今日出来あがったばかりの免許証をやたらと見せびらかす。 なんか写真が生意気そうに映ってるなあ。ついこの間、しげの高校生のころの生徒手帳を見せてもらったのだが、結婚する2年前だけれども、これがビックリするほど幼い顔をしているのである。いつまでも童顔なやつだと思っていたが、してみるとこの十年で、少しはオトナになったもののようだ。 逆に言えば、結婚当初の私が知り合いからロリコン呼ばわりされたのも、納得するしかないってことなんだなあ。 いや、違うってば(-_-;)。 しげがあまりに嬉しそうなので、「車に乗って買い物に行こうか?」と声をかけてみた。 途端に驚くしげ。 「なんで? 乗りたくないようなことを言ってたじゃん!」と目を丸くしている。 「免許取ったんなら、少しでも練習したほうがいいやろ?」 ごく当たり前のことを言ってるのに、しげは信じられないような気持ちらしい。……よっぽど私が意固地な人間だと思い込んでいたんだな。確かに私は車嫌いではあるが、身内が初心者で、見るからに危なっかしけりゃ、事故を起こさせたくないって思うのは自然なことだがね。 「お前のことだから、もう車に名前をつけてんだろう」 「うん」 「なんてつけた?」 「最初はダンにしようと思ったんだけどやめた」 「じゃあ、なんてつけたんだよ」 「ロドリゲス」 「……なんで?!」 「いや、外国人っぽかったから」 う〜ん、何がどう気に入ってんだかわからんが、私ゃ「ロドリゲスに乗る」なんて、音の響きがとてもヤなんだが。まるで、ヒゲ生やした筋肉男の上に乗ってるみたいじゃないの。 それも考え過ぎか(-_-;)。
しげの運転はいかにも初心者らしく超安全運転。 真夜中なので、車もそう多くないし、練習には結構いいかも。 近所のコンビニまでソロソロと行く。事故も起こさず無事に帰って来れたが、しげの車庫入れがむちゃくちゃヘタクソなことが判明。 五回、六回と、前に後ろに入ったり来たりしながら、それでもなかなか枠線の中にキチンと入れられないんだものなあ。 やはり練習はできるだけさせないともう危なっかしいったらありゃしない。
関係ないけど、このとき買った新製品のお菓子、某チョコレートの「オレンジ味」はゲロまずでした。みなさん、気をつけましょう(+_+)。
2000年10月25日(水) 今日は三度も昼寝した。やっぱ体変だわ/『冬の教室』(大塚英志)ほか
| 2001年10月24日(水) |
こぉのー、むねのとぉきーめきぃー/『彼氏彼女の事情』12巻(津田雅美)ほか |
オタアミ当日まであと31日! 31日しかないのだ!
久しぶりに残業せずに帰宅。 なんだかえらく長いロードを抜けてきた印象だが、これは小休止みたいなもので、明日以降も早く帰れるとは限らない。 昨日の日記にも書いたが、「勤務時間外まで働くのが当然」という考え方を企業内に浸透させるのは別に社会主義者でなくても反対しておかなくてはならないことなんだが、嬉々として残業する人間が多いってことは、それだけ「仕事」にアイデンティティを依存している証拠なのである。 退職して「オレの人生なんだったんだろう」と自殺する60代は完璧にこのパターン。結局「肩書き」でしか自分を語れない人間が多過ぎるってことなんだよな、きっと。
しばらく見ていなかったアニメ『シャーマンキング』第十七廻「ベストプレイス二人旅」。 シャーマンという設定自体は私の好みなのにイマイチ乗り切れないのは、やっぱりドラマがありきたりだからだろうなあ。……別にシャーマンって設定で語らなきゃならないような話でも何でもないんだよね。 前回見てないけれど、葉は、敵との戦いに敗れたらしい。そして急に親友のまん太に対して冷たい態度になって、「おまえのせいで負けたんだ!」とかなんとか言って絶交宣言をする。 ……で、まん太は泣きながら病室を出て行っちゃうんだが、こんなありふれた展開、いったい今までどれだけ見せられたことか。いわゆる『泣いたあかおに』パターンの変形、ワルモノぶってて実は相手を心配してるんだって話だけどさ、もう『巨人の星』や『あしたのジョー』の昔から、いや、戦前の佐藤紅緑やら佐々木邦の少年読みものにも繰り返し出て来たパターン、ルーツがいったいなんなのかおよそ辿れぬほど昔から語られてきた古色蒼然っていうかカビの生えたような話だぜ。 イマドキまだやるかい。少しは工夫しろよ。 こんなのは作者がバカか読者、視聴者をバカにしてるかのどっちかだ。どっちにしろ、このマンガのファンがいるってんなら、客はもっと怒らなきゃな。 絵柄は好きなんだがなあ。 キャラにこうも深みがないと、やっぱり原作の単行本買おうってとこまでにはいかないのだ。
『テニスの王子様』第3回「登場! 青学レギュラー』。 3回続けて話の構造が全く同じ、リョーマの実力を知らないヤツが舐めた態度でリョーマに挑戦、あえなく敗れるというもの。 芸がない、というより確信犯でやってるのか? 1回目、2回目を見逃したひとのために、何度もキャラクター紹介するためにこういうことやってるんだとしたら、毎回見ているこちらにしてみればくどいなあ、とは思うけれど、それはそれで作品を浸透させる戦略としてはまあ悪くはないとは言える。 連続もののネックは前の回を見ていないと話の筋がよくわからなくなる、ということだけれども、ジャンプマンガが人気を獲得していく一つの特徴となった「対決モノ」、前の回を見てなくても内容が理解できるってことも大きいんだよね。 もちろん、趣向は微妙に変えてあって、リョーマは先輩たちのイヤガラセでゆるゆるのガットのラケットで戦わせられちゃうんだけど、それでもやっぱり勝っちゃう。「逆境にあって、余裕で勝つ」ってところが人気のヒミツなのかな。スポーツものの中では汗臭さをあまり感じないアニメだし(ジャンプのスポーツものって、他誌に比べて汗臭くないもの多いよな。女性ファン狙いであることがミエミエ)。 でもなあ、「仏の顔も三度まで」っていうけど、次回もやっぱり「リョーマを侮る敵、ハンデを負ったリョーマの勝利」って展開だったら、本気でバカにするぞ。
『ヒカルの碁』第3局「牙をむくアキラ」。 中味と違っちゃいないけど、このサブタイトルのセンスのなさはなんなんだろうね。でも調べてみたら原作のサブタイトルも同じだった……(^_^;)。 作画監督、本橋秀之さん自身がやってるわりには今一つ安定していない。ヒカルもアキラも、どうも顔の下半分が原作に比べて重いのだ。アニメの場合、その方が口パクだけでも自然に見えるって利点は解るんだけれど、されじゃあ小畑さんの絵とは似ても似つかなくなる。まだ『あやつり左近』の方が小畑さんの線に近かったぞ。 先週の予告編にもあったアキラと塔矢名人の見詰め合いはなかなか妖しげなムードで可笑しかったが、全体的にキャラはほとんど線が崩れない。ちょっとした生き抜きのギャグ顔もなくなっているので、どうも堅苦しくてドラマとしての緩急や余裕がない。 声優もやっぱり三週経ってもヒカルの川上とも子さん、ヘタなままだ。 いかにもアニメアニメした上ずった芝居してるから、ヒカルが「ちょこちょこっとタイトル取ってお金稼ぐのもいいかな」とか、「すげえよ塔矢」とかってセリフを言ったら、ホントにバカに聞こえてしまうのである。ここはまだ子供らしいバカってレベルで押さえとかないといけないんだがなあ。 シリアスでいくなら、もう少し声優の演技もリアルに抑えてほしいんだけれど、あれでいいとみんな思ってるのかなあ。どうも川上とも子さんのタメを利かせるセリフ回し、私には耳障りがしてしようがないんだが。
しげがいきなリ、「アンタの藤原敬之ってペンネーム、『藤原啓治』から取ったの?」と聞く。 しげがバカなのはこういうところで、しげはちゃんと私のペンネームの由来を知っていて、藤原啓治さんとはなんの関係もないこともわかっているのだ。 わかりきっていることでも、思いついたことはともかく言わなきゃ気がすまないので、周囲を「?」の渦に巻き込んでしまうこともしばしばだ。これも一種の不安神経症なので、なんとか治してほしいんだけどなあ。 「どうして知ってることを聞くのか?」って、人から思われたいのか?
女と愛とミステリー『西村京太郎サスペンス 脅迫者』見る。 原作は短編かなにかかな。 トリックといえるほどのトリックもなく、事件の真相も脅迫者の真の意図ものっけからバレバレ。この程度の中味でドラマが作れると考えてるあたり、西村京太郎ってやっぱりレベル低いよなあ。 もともとその創作姿勢自体に問題があるコトは推理作家仲間でも問題視されてたヒトだ。曰く、他人の作った探偵キャラを勝手に使う(『名探偵』シリーズでは、明智小五郎、メグレ警部、エラリー・クイーン、エルキュール・ポアロを著作権者に断りなく競演させていた)、トリックのパクリ……。 今回も、メイントリックは、アガサ・クリスティーの『検察側の証人』のものと同一。ビリー・ワイルダー監督によって映画化もされた(邦題は『情婦』。……最悪である)から、知ってる人も多いかな。 でもね、あれはさ、演じてたのがマレーネ・ディートリッヒだったからこそ生きたトリックなんだってば。だって、あんな大女優があんなコトするなんて、……なんて誰も思わないもの。だからテレビ版の『検察側の証人』でダイアナ・リグが同じことしてみせても効果は全くない。 まして、今回のドラマ、佐藤B作だよ? 客をバカにするのもほどがある。 ……いや、そんなら最初から見なきゃいいじゃん、って言われそうだけどさ、石野真子が出てたんでつい見入っちゃったんだよう(T_T)。いいじゃんかよう、石野真子のファンでもよう。
もう40歳かなあ、けどギリギリ30歳くらいにしか見えないし、アイドルのころよりずっときれいになったよなあ、石野真子。 アイドル当時は江口寿史が『すすめ!パイレーツ』にそっくりキャラをしょっちゅう描いてたくらい人気があったけど、今はこんな益体もないドラマにしか出なくなっちゃってるんだよなあ。 ノーランズのカバー曲だったけど、彼女の歌った『恋のハッピー・デート(Gotta Pull Myself Together)』は名曲だったと断言しよう。贔屓目だと言うヒトがいるであろうが、その通りだ。なんか文句があるか。少なくともそれまでの『狼なんか怖くない』以下の曲がイメージ先行で石野真子にイマイチ合ってなかったのに対し、この曲には等身大の彼女が見えていたのだ。 「あのね、私、そのね、あなた、好きよ、大好きよ♪」なんてフレーズ、当時だってストレート過ぎてこっぱずかしくって聞いてられなかったんだが、それが青春というものだ。 久しぶりに歌詞を見たくなって、ネットで検索してみたが、歌詞までは載っていない。やっぱりただ乗っけるだけじゃ著作権に引っかかるのかな、きちんと批評するんじゃない限り。 いやまあ、全部ソラで歌えるからいいんだけどさ。もちろん『狼』以降、殆どの曲を今でも歌える。それくらい、当時はハマったのだ。なにしろ初めて手に入れたビデオデッキで最初に録画したのが紅白初出場のときに歌った『ジュリーがライバル』。……ハイ、今回の日記タイトル、この曲の中からのワンフレーズでした。このサビのところの甘える感じがいいのよ(=^_^=)。 このことを書き始めると、また日記が20枚を軽くオーバーするんでこれ以上はあえて書かないが(^^)、そのうち『石野真子論』を原稿用紙三百枚くらい使って書いてやりたいと思っていたりするのだ(←マジ)。 それと、私の前で「ナガブチ」の話題は禁物ですので、知り合いの方々、どうかそのことをご前提によろしくお願いいたします(^o^)。
マンガ、津田雅美『彼氏彼女の事情』12巻(白泉社・410円)。 もともと作者はキャラクターの描き分けがあまりうまくないひとだったが、その傾向が最近は顕著。 髪型取っかえたら、下手すりゃ雪野とつばさまで区別がつかなくなるぞ。 アニメの1話がおもしろかったんで、原作も読み始めたのだが、どんなに深刻な話題を扱っても、学園ドラマの域は出てないので、感動するというほどではない。最初ギャグっぽい雰囲気で始まって徐々に深刻になるってのは三原順の『はみだしっ子』なんかもそうだった。けれど『カレカノ』はあそこまでテツガクすることはなさそうだ。 まあ、ある程度受けてるってのも思春期の感傷に訴えかけただけって面は大きいので、あまり話を長く続けすぎてもつまんなくなるだけって気はしている。 脇道に入るのはもういいからはやく有馬と雪野編、再開してくれ。
11時に横になったら、ちょっと寝るつもりが朝まで熟睡。 おかげで日記の更新ができず。 ああ、溜まっていくばかりだなあ。
2000年10月24日(火) 年取ったシワをCGで消すってのは無理?/ドラマ『ウルトラセブン・地球より永遠に』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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