あふりかくじらノート
あふりかくじら

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■ 雨が降って、バスに乗るのだ。

無意識的に移動する空間と湿度と、
たくさんのひとが密接に存在するその二酸化炭素と
いちにちの疲れの異様な混ざり合い。

それでも雨の日は、仕事じゃなければ
そんなにいやじゃない。

雨の匂い。
ふっと、懐かしいどこかの街の匂いを思い出すこともある。
どこが登場するかはわからない。
誰とも共有できない、わたしにしかわからない感触を胸に、
バスの中ではぼんやりする。

仕事の上で愚痴ばかり言うのは、他人から見れば
けっこうはっきりものを言う人間に見えるかもしれないが、
自分自身で気分が悪い。

言うべきところで、言うべきことをうまく言える人間になりたい。

しかし、いやになるくらい、ひとをけなすことばが
たくさん湧き出てくるのである。
仕事という場面においても、そう。馬鹿馬鹿しい。
ひとの欠点はよくみえるのである。


アフリカの貧困のことを叫ぼうと、所詮自分は
そんな小さな世界で生きている。

気付けば大抵のひとが、いつの間にか小さな世界に
閉じこもって生きている。

滑稽である。

2005年05月30日(月)

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■ ほっとけない 世界のまずしさ。

『いま、世界で3秒にひとりの子どもが
 貧困で
 命を落としていることを
 知っていますか』

<ほっとけない 世界のまずしさ>という
キャンペーンがあるので本日はその
立ち上げの集いというものに顔を出した。

影響を受けやすいので、わたしはかなり賛同して
しまっているのだが、このようなムーブメントとは
非常に重要なものなのだ。

世界は、貧困に注目しなくてはならないし、
何もお金や食べ物が無いだけが貧困ではない。
恐怖からの自由、欠乏からの自由。

これは、世界の多くの国々で同時多発的に
進行している<G-Cap>(貧困根絶キャンペーン)の
日本キャンペーンだという。

まず、知ることが大切。
そして、何かを伝えるコミュニケーションが大切。
多くのアーティストやらブラピ(うふふ)やら
とにかく世界に対しアピール力のある人たちが、
それから世界中のNGOや市民が集う。

それはもう、ひとりひとりが心の中に
「ほっとけない」をもっているから。

腕にホワイトバンドをつける。
伝えるため、忘れないために。

三秒にひとり、「セレブ」がクリックしていく
フィルムがあまりに印象的だった。
静かに、心の奥深く訴えかける。

「ほっとけない 世界のまずしさ」


2005年05月26日(木)

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■ 成功のレシピ。

あの北朝鮮に拉致された有名な方が
翻訳家としてデビューされたとかいうはなしを
テレビのニュースで見て、なんとなく
某翻訳スクールで翻訳家デビューを夢見て
何年も頑張っているひとたちのことを
ぱっと思い出した。

わたし自身も翻訳者の端くれだし、ある小説を
出版しようと訳しているんだけれども
ああいうのをみてると、人生ってなんだかなあ、
と思うのである。

ともあれ、幸せのレシピはいつでも未知数だし、
いい意味で焦りが無くなったじぶんは
少し歳をとったし、実力も付いたということなんだろうか。

メルマガを出していると、いつもいろんな宣伝が来るが、
今日、<弱小メルマガ応援します>という宣伝が来ていて
さすがに不幸のメール送ってやろうかと思った。
自動で送っているんだろうが、実に不愉快である。
登録者数で判断するとな。

最近では、個人のメルマガでも相互紹介をしたくて
片っ端から宣伝メールを送ってくるやからもいる。
当然わたしのメルマガを読んでない。
そんな嘘はすぐばれる。
「いつもあなたのメルマガを楽しみに読んでます。
 これからもお得な情報を楽しみにしてます」
って、あほか。
情報発信なんかしてねぇっつんっだよ、ぼけ。

これでも、5年続いていて、しかも宣伝など
ほとんどしていないのにあの登録者数を
保っているのは、ちょっと自分の自信になってる。

要するに今夜は、ひとに毒吐きまくりで
不機嫌なくじらが、人生先がわからないのよ、
ということをいいたいらしいのである。

決して酔ってはいない。

2005年05月25日(水)

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■ フェスタ、フィエスタ。

今年も日比谷公園でアフリカンフェスタというのがあり、
わたしは例年とくに行かないときが多いのだけれども
何となく都合で行ってみた。

ガーナのシチューもエチオピアのインジェラも
どこかの香辛料たっぷりなケバブも食べたかったのに。

ひとがたくさん。たーっくさん並んでた。
やっぱ、東京なのよ。
どんなにアフリカンに盛り上がっても東京なのよ。

ビーズのアクセサリーとかカンガとか
いろんな民芸品や布、その他たくさんのものたちに
囲まれてジェンベが腹に響く。

はじけるような踊りに、血が沸き立つ。
でも、風は東京の風だった。

何気に、物悲しい底抜けの楽しさの中で
わたしはエンジョイしていたけれども。

2005年05月23日(月)

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■ ジャナグル。

ジンバブエから来たそのひとたちは、
はじけるようなリズムと音と動きで
ひとびとを魅了する。

本日最終日。
とつぜん、行くことになってジャナグルのライブへ。

とてもレベルの高い、ノリの良いリズム。
皆がそれぞれ、自然に身体を動かし踊り始める。

(踊らない人も多いんだな。なんでだろ。
 あたしはぜったい、じっとしてらんない)

血が沸き立つ瞬間。
渋谷と原宿の間のジャナグル。

ショナ語で、「明るい月」という意味らしい。

あまりにうれしくて幸せだったので、
誰かが死んだことをずっと思い出してた。

彼は、こんな音楽に包まれたことがあっただろうか。
南アのことを語っていた、その彼のことを。

だめだ。
まだよくわかんない。

2005年05月16日(月)

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■ セロウェ村にいる感触が。

今日はもしかしたら、ベッシー・ヘッドの息子
ハワード・ヘッドのお誕生日だったのではないかしらん。

急に思い出した。
手紙を書く、なんていってボツワナのセロウェ村を
去ってからすでに7年近く過ぎているのだが、
もちろん手紙は書いていない。

すごく、ベッシーに会いたいと思った。
息子である彼は、そっくりだったから。
いまでも、わたしはベッシーに会いたい。
彼女の声が残るカセットテープを大切に、
彼女の書いた手紙を大切にしている。

わたしがボツワナに行く前に死んでしまったなんて、
ほんとうに残念でならないな。
だから、わたしは書くんだったな。

セロウェ村にいる感触。
小説、ベッシー・ヘッドを。


今日は、ほんとうに泥のように眠った。
沼みたいに、すごく深く沈むくらいの、強力な泥。
戻って来れないかと思った。

開け放した窓でカーテンがゆれ、
雨が降って雷が鳴り、ひんやりした風が入ってきていた。



2005年05月15日(日)

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■ 会議+会議+会議の合間に。

一日中、慌しくしていた土曜日だった。
ミーティングが三つも入っていた。
この忙しさはいたしかたないのだが、いかんせん眠い。

夕べは、資料の準備を終電近くまでしたあと
帰宅して思い立ち、また新しい資料の作成。
ボランティアとは、というフィロソフィカルな内容。
夜を明かす勢い。
それは、ブレーンストーミングだ。

語りたいことは山ほどある。
でも、わたしの頭脳は処理速度が遅く容量も無い。
(だけどセンスはいい。はず。)
今夜は眠る。

だけど思う。

窓に切り取られた東京の曇り空と光に思うのは、
誰かの死のこと。
会議で忙しくして、人の前で話をしたりして、
でもぽっかり穴が開いたような空白。

後輩が亡くなったことを、人づてに聞いた。
今日はお別れ会だったのだけれど、いけなかった。

このむなしさは何だろう。
どうして死ぬの、と問いただしたいのはきっと彼自身。
残ったものが強く生きていかなくてはならない、という
自分自身のことばを忠実に守るのは、きついこと。

胸の中の空白と、曇り空。
白い光が満ちて、慌しい日常を不思議に思った。

ずっと死のことを考えていた。
わたしはまだ、どうしていいのかわからないようだ。



2005年05月14日(土)

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■ くるみずんだの巻。

美味。
こってりたっぷりしたかと思いきや、
甘さがふっとひいていくこの憎さ。

ああ、美味。

風邪をひいたらしい。
熱もあるらしい。
派手なピンク色のペンでA3の紙一杯に
ハートを書いたら寝ようと思う。

何も考えまい。

2005年05月09日(月)

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■ 図書館と昭和一桁の新聞記事。

昭和一ケタ台の新聞記事シリーズ。
本日は、図書館にこもりきり閲覧す。

件の曽祖父についての記事がないかと思い、
昭和5年と昭和6年(1930-31)の朝日新聞縮刷版を
ひとつひとつ丹念に見ていった。
非常に時間がかかったが、身体中がその時代の
空気に包まれていくような気がして、そのときの
社会がまだ息づいているような気がして
ページをめくる手が夢中になった。

曽祖父の記事は無かった。
しかし、南アフリカから羊毛を輸入し、
新たな市場として南アフリカを開拓しようとしている
日本の様子がとてもよくわかった。
当時活躍したひとの名前までわかった。

興味深い。
新聞は、時代の流れをあらわす。
そして、当時の国家のあり方をはっきりと映している。

日本には、南アの人種主義を批判する姿勢はまったくない。
むしろ、貿易の相手国として、さらには「日本を」
認めてもらおうとする姿勢ばかりが目に付く。
なるほど、なるほど。
こうして、第二次世界大戦に突入していったのだろうか。

また、当時の新聞にはだれそれが心中したとか
自殺したとかいう記事が多い。

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『あふりかくじら@ブログ』にも掲載している。また、メルマガ『あふりかくじらの自由時間』【63】にも関連内容を記載。

2005年05月07日(土)

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■ ずんだMax日が暮れる。

仙台にも、趣味の良いアフリカ雑貨の店が
あることを知った。
一番町のすこしはずれのところである。

アフリカのものだけではなかったが、
フェアトレードということで、多くの装飾品や
めずらしい楽器や布類、アート作品、木彫りのもの
などが所狭しと並べられ、空間としてかなり
完成度の高い空気であった。

Maxという犬のような名前の二階建ての新幹線に
乗車し、東京へ向かい帰宅。

ひさかたぶりに会った仙台の祖母からは、昔の話を聴いた。
何故か、祖母とケープタウンがつながった。
*詳しくは、メルマガにて!

ところで、ゴールデンウィークの終わりで
込みあった車内では、隣に坐った男性が何故か
わたしの存在に落ち着かなかった様子。
その類の雑誌には、三つも四つも「袋とじ」が
あることを初めて知った。
それが落ち着かない理由か・・・。

グリーンオリーブを衝動的に100グラム購入。
ずんだ餅も食す。
絶品。



2005年05月05日(木)

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■ スコットランドの雨。

ひさしぶりに、「今日は休日」と決めた。
曇り空が真っ白でまぶしく、風がひんやり心地よい。
午前遅くに、<カレ>から電話。
(お。いいなー、このジョシコーセー的な表現!ふふん)

どうせ夏の終わりにはひとりでアフリカ行きなので、
こんな幸せな電話ほど胸にきゅんとくる。
人生は、淋しいことのほうがすこし多いような気がしている。

仕事のメールはしない。
忙しい仕事をしているけれど、面白くはある。
プロフェッショナルとしてはもう少しメリハリをつけて
きちんとしなくてはと思いつつ、
後回しになりがちな自分の周囲の物事を
少しずつ片付けることにした。

おもむろに掃除をしようと思ったが、机の引き出しから
昔スコットランドで買ったカードを発見し中断。
きちんと厚紙の額がつけられて飾れるようになった小さなカードで、
オリジナルは油絵なのだろか、重たい色で夏場の涼しい
ハイランド(スコットランドの北部地方全般を指す)の
殺風景な雨降りを描いている。
こんなに暗い色で寒々しいのに、かわいらしく温かな印象を
うけるのは、三頭の羊が紅白のカサに入って
とぼけた顔で雨露をしのいでいるからだ。

思い出した。
あまりにスコットランドらしくて、きゅんっとして
しかもスカイ島の風景に似ているからこれを買ったのだ。
とつぜんに降り出す雨。
でも、東京にいるときの雨のような嫌な感じはまったくない。

スコットランドの雨。

2005年05月01日(日)
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