くもりときどき、はれ。
そら



 その人の為にならない行為の見極めが出来ないで行動されるのは迷惑な行為

人の気持ち、というのは見えている様で見えないもので
自分が経験していたとしても、忘れてしまうのだ。

自分さえよければそれでいいのだからね。

幸福でもみえないし
不幸でもみえない。

まぁ、仕方がないのだが。


友達が彼氏と私の所まで来るっていうけど
私のことが心配なら
どうして彼氏と遊びにくるのだろう?
話を聞くといって
どうして彼氏と一緒なの?

バカにしてんのか?と思った。

人の話聞いて遠慮すべきだろう。

彼氏とうまくいっていないで悩んでいる人間の所へ
彼氏と一緒にいってその人が少しでも楽になれるのか?

アンタならどうなんだ?
不幸せな気分になるだろう?
比べて不幸になるだろうが。

デリカシーとかそういう問題ではない。

この友達はいつもそうだ。

「えー、そうなの?ごめんね、気付かなかった」
意地悪ではないのだが
そこに無頓着なのだろうか
なんというか人のことに無頓着
いや、考えて、他人を想っているのだが
自分の幸せの中に他人を想う、同情ってやつが存在するように想う。

それが人を傷付けて来ていること
それが通用する人間と通用しない人間がいて
それに臨機応変になれないのだろうな。

だから、自分が回復するまではいいって断った。

今は彼と同じように別に誰かに故意に助けて欲しい状態ではない。
例えばそうでもありがたいとは想えないでしょうね。

多分、私は彼の苦しみと似たような場所をさまよっていると想う。
わからないけど
彼もわからないだろうけど・・・

「伴侶」というのは、そういった気持ちを分かち合うものである
ように想って来ていたけれど
人間と人間そう分かり合える訳もないか。

だけど、その人をひとりにはしないようにしてく
ひとりにしてて欲しくても
ひとりにしないで待ってるのが私の役目・・・
そうして欲しいみたいだから


だけど、難しい。

迷うのは自分自身が弱い人間だからだ。
情けない。

でも半分待ってて、半分疑問だ。

それでいいのかって問う私も居るのだ。


2003年12月07日(日)
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