無責任賛歌
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2005年04月09日(土) |
若さゆえの過ち/『ななこSOS』2巻(吾妻ひでお) |
夜、七時から、天神西鉄ホールで、E−1グランプリ番外編、マニアック先生シアターの『ロジウラ*ラジオ』と非・売れ線系ビーナス×万能グローブガラパゴスダイナモス『況わんや、百年振りの粗捜し』の二本立て。 「E−1グランプリ」というのは、要するに地方劇団同士の全国大会で、北海道・東京・名古屋・中国四国・九州の各地区大会を行い、それぞれの劇団が25分の短編演劇を上演して、お客さんに審査投票してもらい、上位入賞者による全国決勝戦を年一回行うというもの。うちの劇団にはやる気あるやついないから参加したことがない(苦笑)。 今回の「番外編」というのは、つまりグランプリに参加した劇団の凱旋公演のことで、素人劇団とは言え、そんなに外れはなかろうとちょっとは期待して見に行く(つか、知り合いのスタッフの女の子からチケット売りつけられたんだが)。 基本的に私は若い人ががんばってる舞台はそれだけで微笑ましく見ることにしているので、一応は満足。歌って踊って走り回って笑わせて、見ながらつい「若いっていいなあ」とトシヨリの感慨が脳裏をよぎる。今後の活躍も充分期待できそうだ、と評価してあげたいと思う。 ……でもまあそれはこちらも演劇やってる人間としての共感・同情・連帯感が背景にあるからで、そういうものを一切排除した一観客として芝居を見た場合、どちらの芝居もあれやこれやと不満が出てこざるを得ない。そもそも作り手の「若さ=底の浅さ」がドラマを薄っぺらなものにしてしまっているのが、両作品ともに共通しているのである。
『ロジウラ*ラジオ』、街角の占い師のところにやってきたホームレス風の中年男。「私の探している『ドア』がどこかにあるはずだ」と妙なことを言う。占い師はその「ドア」がすぐそこにあると答える。そのドアから現れたのは、三人の男女。彼らはみな、自分は「ヤスシ」であると名乗り、中年男を「父親」だと呼んだ……。 「同一人物が何人も現れる」というネタは私も昔書いたことがあるので、ちょっとした台詞回しも含めてやたら既視感がしてしようがなかったのだが、自分で苦労した経験があるだけに、この芝居もどこがどうマズいのかが細かく見えてしまってかえって困った。無理にドラマを先に進めようとするあまり、設定も台詞がやたら無理っぽいというか、不自然なものになってしまっている。中年男が「ドア」を探して回るという導入自体、物語を不条理劇にするつもりがないのなら無意味で観客の感情移入を阻むものでしかないし、役者も何の心理的葛藤もなくだらりと演じているだけである。しかもオチは浅田次郎の『鉄道員(ぽっぽや)』の複数化なわけで、ラストをしんみりとさせたいのなら、「ありえたかもしれない子供たち」はロッカーのバカガキや性転換したダンス教師やあやしげな鯉の養殖屋じゃギャグにしかならない。つか、なぜギャグにしないのか? 小劇場演劇の隆盛は、芝居にはともかく「小出しのギャグ」と「ラストのしんみり」を入れなきゃならないという悪弊を生んでいる。それが決まる芝居ならばともかくも、この「本物は誰だ」ネタは、基本的にスラップスティックにしかなりえない(私は自分の脚本では当然そうした)。ドタバタギャグが日本人に通じにくいというのは分かるが、かと言って、木に竹を接いだような形でアットホームなオチを持ち込まれても、心情的に納得できるものではないのである。途中途中で差し挟まれるラジオDJのシーンも、家出した男が捨ててきた妻の消息を伝えるためだという作者の意図は分かるが、効果としては今ひとつ、それどころか話の流れを中断させることにしかなっていない。結果、「何が言いたいのか分からない」芝居になってしまっているのはやはり「若書き」でしかない。
『況わんや、百年振りの粗捜し』、再演だそうだが、意味不明でしかもキャッチーでもないタイトルは改題したほうがよかった。 雨の日、段ボール箱に捨てられていた青年を拾ったハジメ。彼女は青年にテンノと名前をつけ、ペットにする。放送局のあるタレントの付き人になったテンノは、突然起きた大地震で混乱した民衆に的確な誘導を呼びかけてパニックを収めたことをきっかけに、プロデューサー・鍵屋に救国のカリスマとして利用され、「王のない国」の象徴的存在として擁立されていく。そして鍵屋の魔の手はテンノの出自を知るハジメにも伸びていた……。 再演されたということは、初演は大受けだったのだろうか? 一部で笑いはあったが、劇場内は概ね落ち着いている、というよりは白けた雰囲気が漂っている。「みんなで唱和するからショーワ・テンノ」とか、場内はシーンとしている。一言で言ってしまえば、天皇制を揶揄するその視点が、ちょっとだけ政治にかぶれたガクセイの何となくな“軽い”反発の域を出ず、見ていて「もうちょっと世間知持とうよ」とタメイキしか出ないのである。 天皇が所詮は時の政治の傀儡に過ぎないこと、なし崩し的に天皇制が継続していることが、いつかは「時代」によって利用される危険を秘めていること、そういった作者の「不安」は確かに物語を構成する重要なモチーフになってはいるが、結局物語はそれを指摘するところで終わりであり、その先の主人公たちの懊悩もなければ打開策の模索もない。挫折し、開き直って無頼に生きる度胸もない。テンノも鍵屋も仲間たちもみな死に、婆あとなったハジメだけが生き残って何となく空を見つめて終わるという投げやりなラストはいつたい何なのか。 作者としてはこの程度の「からかい」で充分笑いを取れた気になっているのかもしれないが、客の目からは重いテーマから逃げているようにしか見えない。キツイ言い方にはなるが、芝居をなめているんじゃないか、とすら言いたくなる。あまり芝居を見慣れぬ若い客なら簡単に騙されるだろうが、天皇制に対する破壊的なギャグなら、場末の寄席でだってしょっちゅう行われていたのだ。軽いのではなく、ぬるい。結局、「何が言いたいのか分からない」芝居になってしまっているのは『ロジウラ*ラジオ』同様である。これもやはりただの「若書き」なのであろう。 ああ、でも、NGOの連中が、鍵屋に「テンノ制に協力しろ」と言われて拒絶していたのが、「金は何ぼでも出す」と言われた途端に「何でも協力します」と豹変するギャグは笑った。何かを本気でからかうなら、「モジリ」に逃げずに堂々と実名を出さなきゃ意味はない。誤解を恐れずにあえて言うなら、演劇は本質的にテロリズムなのである。
しげは以前も「非・売れ線」の舞台を見ていて、そのときも「今どきなんでこんな芝居を打つのか」と疑問に思ったそうだが、どの時代でも学生気分の純粋真っ直ぐ君はいるものである。そんなに不思議に思うこたない、と言ったら、「作者は絶対そこまで考えてないよ」と断言した。そこまで言い切るのも容赦がなさ過ぎると思うが、確かに「何も考えていない」可能性も大なのだよなあ。
マンガ、吾妻ひでお『ななこSOS』2巻(ハヤカワコミック文庫)。 とりあえず『ななこ』の感想は後回しにして(笑)、『失踪日記』は既に四刷りまで行ったそうである。今日、天神の福家書店でもカウンター横に平積みで何十冊も置かれていて、新聞の書評が紹介されていた。「吾妻ファンは10冊購入しなさい」とまで書かれていたが、実際、お金に余裕があるなら、10冊でも20冊でも買って、知り合い連中に「読め」と言って配りたいくらいである。 『コミック新現実vol.3』掲載の『うつうつひでお日記』をお読みの方はご承知だろうが、吾妻さんの病気は現在進行形で、今も抗鬱剤を服用している。『失踪日記』だけを読んでいたら、「ああ、もうアル中も治って、マンガを描けるようになったのだろうなあ」と勘違いしそうだが、そうではないのだ。構成、下書きは確かに吾妻さんだが、仕上げは奥さんがされている状態。いつ再び、いや三度、「失踪」してしまうか分からない。せっかくヒットしているのだから、ぜひ平穏に暮らしてほしい。『失踪日記』の内容についていろいろ言いたい人もいるだろうが、ともかくファンとしては暖かく見守っていただけたらというのが願いなのである(最初の失踪もファンの「最近の吾妻マンガはつまらない」などの中傷が原因の一つだった)。いや、公的に発表されたマンガである以上、感想は何を言ったって構わないのだけれど、吾妻さんの目に触れ耳に届く形ではやってほしくないということなのだ。 吾妻さんの公式ホームページ(http://azumahideo.nobody.jp/)では、日記代わりのスケジュール報告で、吾妻さんが「今更遅いけど、仕事は来ないし、限界だし、自分を苦しめるだけなのでもうナンセンス漫画はやめる。これからは暗い漫画を描くつもり。どこも使ってくれないかも知れんけど」と言ったことに対して、いしかわじゅんが「暗い漫画でも、日記漫画でも、何でも俺たち吾妻ファンは読むよ。好きな物を描いてくれ」と激励し、感動したことが書かれている。吾妻ファンはみんな等しく、同じことを思っているのだ(『ななこ』の描き下ろしマンガで、Dr.石川が昔よりも「優しく」なってるのはこのせいかな?)。 『ななこ』の解説では、竹本泉が、「少年まんが家の93%は吾妻ひでおの影響を受けてるんだぞ」と力説し、「この『ななこSOS』には吾妻さんの基本要素が全てつまっています。美少女とSFとちょっと不条理と。吾妻ひでお初心者の人にもぴったりです」と薦めている。吾妻マンガを読んだことがないという若い人、けれどあなたの好きな最近のマンガ、そのルーツを辿れは必ず吾妻マンガに行き着くのだ。 『ななこ』や『オリンポスのポロン』、『アズマニア』はハヤカワ文庫で入手可能だ。売れてないらしいので絶版が近いかもしれないが、『やけくそ天使』も秋田文庫でまだ買える。これも残部僅少だとは思うが、マガジンハウスからは『幕の内デスマッチ!!』『メチル・メタフィジーク』『贋作ひでお八犬伝』『格闘ファミリー』『銀河放浪』が出ている。あなたがマンガを本当に愛しているなら、ぜひ一読を乞う。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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