無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年02月11日(火) 映画を見る以外に休日の過ごし方なんてあるんですか/映画『音楽』/『プーサン』/『エデンの海』/『日本一のホラ吹き男』

 朝になっても、やっぱりしげは帰らない(^_^;)。
 いいなあ、夜通し飲んで騒げて次の日に残らないって。まだまだしげは若いわ。

 CS日本映画専門チャンネルで予約録画しておいた三島由紀夫原作・増村保造監督の『音楽』を見る。
 増村監督は『からっ風野郎』で三島を俳優として使ったことがあるが、もう三島の役者としてのド素人ぶりは目を覆いたくなるほどであった。
 ATG(アート・シアター・ギルド)制作のこの映画は、三島の死後に作られたものだが、増村監督からの三島へのレクイエムの意味を持っているのだろう。その原作に『音楽』を選んじゃうというのが増村さんの意地の悪いところである。
 精神分析医を訪ねた不感症の女。
 彼女は恋人と感じることができない悩みを告白する。ではこれまでに感じることは一度もなかったのか? そうではない。彼女にもほかの男とのSEXで感じることはあった。そしてそのときには必ず彼女の体が「音楽」を奏でていた。
 心理分析による推理小説的要素を多分に含んではいるけれど、その結末は何だか今一つ説得力に欠ける(ミステリーとは言いきれないけれど、これを三島唯一のミステリ作品、と評価する人もいるので、結末は明かしません)。三島由紀夫って、才能に任せて書きなぐったような作品も多いし、これは彼のグロな面が作品として昇華しきれないままに出ちゃった感が強い。まあ、珍品として鑑賞するくらいがちょうどいいかも。
 主人公・弓川麗子には黒沢のり子。脱げる人ということで日活から呼んできたらしいが芝居はからっペた。精神科医・汐見は細川俊之。あの舞台口調で麗子を責める様子、医者じゃねーよ、と大笑い。やっぱり大映ドラマの伝統かなあ(^_^;)。麗子の恋人・江上に我等がモロボシダン、森次晃嗣(当時は浩司)。恋人を満足させられなくて悩む姿に、アンヌを幸せにできない宇宙人としての自分の身の苦しみを重ね合わせてみるのもおもしろ……くないって。
 あと、三谷昇のSEXシーンという珍しいものも見られます。見てどうする(ーー;)。


 なんだか完璧にハマっちゃったな、CS日本映画専門チャンネル。
 いやねえ、実際にCMなんか見ててもすっげえセンスいいんだよ。宝塚映画や東宝映画の名作の予告編を繋げて、そこに50年代、60年代のオールディーズをBGMに流す。これが実にハマってんだね。
 もちろん本編中にそんな曲は流れないんだけれど、当時、それらの映画をリアルタイムで見ていた世代にとっては、「ああ、この曲を聞いていたころ。この映画を見ていたなあ」と、「時代の記憶とともに映画を見る」ことができる仕掛けになっているのだ。うまいなあ。
 あるいは『新吾捕物帳』の予告編。BGMがOO7のテーマ! 『江戸の黒豹』よりずっとカッコイイんだなあ。
 しかしこれだけカッコイイCM作っちゃうと、本編見たとき、「イメージ違うじゃん!」ってことになりはしないかと心配である(^_^;)。


 続けて日本映画チャンネルで、市川崑監督の『プーサン』を見る。
 見たい見たいと思いつつなかなか見る機会に恵まれなかった映画の中でも、これは特に見たいものの一つだった。
 いやあ、よかったねえ。
 横山泰三のマンガ『プーサン』と『ミス・ガンコ』が原作、けれど脚本の和田夏十は原作マンガを随所に挟みつつも、ストーリーに一本骨を持たせるには相当自由に脚色、新設定を付与しているようである。「ようである」って言葉を濁してるのは、『プーサン』の原作、今は手に入らないから読んで比較するってことが出来ないからなのよ。昔、何かで再録されてたの見たことはあるんだけどなあ。
 脚色が効を奏したのか、本作は市川崑フィルモグラフィーの中でも最高傑作と言ってもいいんじゃないかってくらいに面白い。私の趣味に合っているというか、ギャグがみな「乾いている」のだ。私の心の中ではこれまでの市川崑のベストワンは『吾輩は猫である』だったんだけれど、もう『ビルマの竪琴』も『細雪』も金田一耕助シリーズも吹っ飛んだね。『火の鳥』とか『竹取物語』とか『天河伝説殺人事件』とかは最初から話にならないけど(^o^)。

 プーサンこと野呂米吉(伊藤雄之助)が、いきなり銀座でトラック(軍用っぽい)に撥ねられるところから物語は始まる。幸い大した怪我もしなかったプーサン、「ぼくは銀座に出て来たのは久しぶりでしてねえ」と呑気なことを言ってヘラヘラ笑っている。車に撥ねられそうになったのも戦後復興の謂いかと喜んでたりしているのだ。
 プーサンの後ろで蒲鉾屋がさかんに「政治の貧困ザンスねぇ!」とナンセンスなことを言っている。もちろんこのセリフで察せられる通り、演じてるのはトニー谷。「家庭の事情」に続いてこの「政治の貧困」も流行らそうとしたところだろう。
 応急治療はしたものの、プーサンは下宿近くの渋谷の診療所に回される。そこの医者・手塚先生は木村功、看護婦・織壁さんが八千草薫。なんだかここ数日、八千草薫ばかり見てる気がするが、1953年当時22歳。匂うがごとき清純な美しさである。『プーサン』『今宵ひと夜を』『白夫人の妖恋』と時代を追って、更に『ガス人間第一号』まで見ていくと、八千草薫が清純な少女から、男を虜にする魔性の女へとオトナになっていく様子がよく分る。で、最後は『サトラレ』の呑気な婆ちゃんになると(^o^)。
 プーサンの住む下宿の大家は三人家族、銀行に勤めるそこの一人ムスメがガンコさんこと金森カン子(越路吹雪)である。越路さん、市川崑作品には『結婚行進曲』『足にさわった女』に引き続いての出演で、このとき御年28歳、後年のハデな化粧はもちろんしてなくて、印象はクールビューティーである。転んで頭を打っても「痛くない!」、銀行では同僚からガメツク借金を取りたて、「映画見るよりストリップの方がいいわ!」と嘯き、恋人(黛敏郎!)との結婚を反対されたら自殺未遂しちゃうという、ガンコっていうより偏執狂的なキャラをサラリと好演している。
 「野呂さんといると気分がのんびりするわ!」と言われてプーサン、ぽわーんとなる、つまり彼女がプーサンのマドンナってわけである。もちろんこの恋、成就はしないんだけれど。
 プーサンの職業は、今で言う予備校の数学教師。けれど塾長(加東大介)から
は安く見られていて、夜間に回されるわ給料は減らされるわ、でも要領の悪いプーサンは文句一つ言えない。それどころか、その要領の悪さが祟って、左翼学生・古橋(山本廉)の口車に乗せられてウッカリデモに参加してしまい、あの「血のメーデー事件」に巻き込まれて、予備校をクビになってしまう。
 慌てて少ないコネをたどって再就職に奔走するが、もちろんどこも雇っちゃくれない。なんとか臨時雇いで潜りこんだのは、倉庫での梱包係。送る荷物はなんと銃弾である。もちろんこれは朝鮮戦争で使われるものだ。
 ラストシーン、銀座をあてどなくさ迷うプーサンを再び軍用トラックが撥ねかける。もうプーサンは笑ってはいない。街路には、汚職事件で失脚したのに、自伝を出してベストセラーになった政治家のポスターがズラリと貼られている。

 世相マンガの映画化は、やはり世相映画であった。
 脚本のセリフにも「戦争になるかねえ」とあるが、多用されるニュースフィルムなどを見ていても、1950年ごろの日本人が、どれだけ戦争の恐怖に怯えていたかが伝わってくる。
 当時の様子を語ってもらうために、岸田今日子がゲストに呼ばれて、八木亜希子がインタビューする形で解説をつけているのだが、「警察予備隊」が街中を行進するフィルムを見た八木さんが、「これ、戦前のシーンですか?」と聞いていたのがトンチンカンではあるのだけれども興味深かかった。
 紛れもなく、アレは軍隊なのである。ただそれが戦前のフィルムではなく、間違いなく戦後の風景だということがハッキリ分るのは、沿道の人たちが誰一人として旗を振っていないことだ。みんな、目の前の情景をどう受け取ればいいのか困惑し、苦渋に満ちた顔をしている。さて、現代だと自衛隊の行進に旗を振る人はどれだけ増えているだろうか。
 かと言ってこの映画が右翼批判の映画でないことは、左翼学生・泡田(小泉博)が浅薄な知識をひけらかしているそのウラで、実は伯父の政治家・五津平太(菅井一郎)に取り入っている様子からも見て取れる。イデオロギーは右も左もアヤシイもんだ、ということをこの時代に喝破していた和田夏十・市川崑の洞察力には感服するほかはない。
 原作マンガにあったと思しいギャグもみな殺伐としている。

 派出所に飛びこんでくる拳銃を持った男。「弟を殺して来ました!」と震えながら叫ぶ。応対する警官・甲賀(小林桂樹)は驚く様子もなく、「あ、弟殺しね」と奥に通す。
 ザンバラ髪の女がやってきて、「精神病の息子を殺しました!」。甲賀、また「あ、息子殺しね」と奥にやる。
 薄汚れた子供がやって来て、「ネズミ殺したよ」。目の前にぶら下げられたネズミを見た途端、「ぎゃあ!」と言って卒倒する甲賀。

 警察署への通報が二つ、一つはルンペンの中年男の首吊り、もう一つは若い裸の美女(ガンコさんである)の自殺未遂。署内から一斉に飛び出す警官隊(このあたりはキーストン・コップ調)。全員が美女の方に殺到して、男の方の張り番は、首吊り死体を前に寒空の中、「遅いなあ」と呟いている。

 笑えるかどうかは別として(^^)、「時代」は小さなギャグ一つにも横溢している。
 今、この映画を見る人の中にはその暗さに閉口して、暗澹たる思いにかられてしまう人もいるかもしれない。失職してちょっとおかしくなったプーサンが部屋でキャベツを頭に乗っけて「うへへへへ」と薄ら笑いを浮かべているシーンなどはたしかにゾッとする。けれど当時の庶民の多くに、そんな言い知れぬ不安を感じる気分があったのではないか。
 全く、平和国家ニッポンと言いながら、日本人が戦争の恐怖に怯えないでいられた時間ってのをどれだけの期間、共有できていたというのだろうか。そんなことを考えながら見ていくと、この映画、素晴らしく面白いのである。

 あと、市川崑映画には定番のギャグ、フスマの裾挟み、この時代からやってたのを発見。うーん、面白いんだかなんなんだか。 


 興奮して見てたのに、睡魔が襲ってきて、夕方まで寝る。
 休日は昼寝せよ、と遺伝子が命令しているのであろうか。んなワケないって。


 目覚めてからもCSに齧り付き。
 だからって、見た感想を全部詳しく書いてたら、時間がいくらあっても足りゃしない。このへんでちょっとトバします。
 『エデンの海』。
 山口百恵文芸シリーズ第4弾、でもって三浦友和以外とコンビを組んだ初めての作品でもある。お相手は南条豊だけれど、映画自体、教師と生徒の禁断の恋、と言っても「高校教師」的な妖しいムードはまるでなく、健康的というよりはお子様ランチ的なヤリトリが延々と続いて、今見ると気恥ずかしくなるばかりだ。でも当時はこれでもドキドキしながら見てたんだよなあ。
 興行的に弱いと踏んだのか、山口百恵が初めて水着姿を披露するし、体操服姿でおしっこちびっちゃうなんてサービスサービスなシークエンス(何でや)まである。でもやっぱり山口百恵が演じるには違和感ありまくりの役だ。
 百恵ちゃんにレズ的愛情を寄せるヘンなオバサン役に樹木希林。逆に先生を一人占めされて嫉妬するクラスメートにデビュー当時の浅野温子。冷徹な前のクラス担任教師に岸田森。南条豊に思いを寄せる女教師に紀比呂子。陰険なヘコキ教頭に井上昭文。温厚な校長に伊藤雄之助。役者はみんないいんだけどなあ。
 『日本一のホラ吹き男』。
 植木等主演、「日本一」シリーズの佳作。
 これも何度見たかわかんないなあ。やたらテレビでも再放送されてた気がするけれど、一番調子よく出世しちゃう話だから、人気があるのかも。でも結局はどれも似たり寄ったりだよな。時々『ゴマスリ男』とかと混同しちゃうので、定期的に見返す必要があるんである。
 オリンピックの陸上選手だった植木等、アキレス腱を切っちゃって選手生命を断たれちゃうんだけれど、ご先祖様の巻物を発見して、心機一転、ホラを吹いてうまいこと出世しちゃおう、と太陽電気に就職する。
 この就職するところまではすごく面白いんだよね。大言壮語ばかりするものだから面接にはアッサリ落ちちゃうんだけれど、警備員でなんとか会社に滑りこむ。そこから社長にコネつけて……。そのへんまではまさしく植木等自身の知恵なんだけれど、冷暖房電球の発明は谷啓の手柄だし、ダム建設の入札をするためにワザと自社の情報をリークしてライバル会社を騙すっていう展開は陳腐だ。全体の構成がまとまってるから余りつまらないという印象はないけれど、アイデアが今一つっていう恨みはある。
 ヒロインの浜美枝にはもう少し活躍の場所が欲しかったな。あと、ライバル会社の社長役で、『ウルトラQ』の一ノ谷博士こと江川宇礼雄が出演してることもチェックポイント。


 夜、東京のこうたろう君から電話。
 上京についての用件だったのだが、気がついたら最近見た映画の話ばかりしている自分に気がつく。「八千草薫はいいぞ!」って、なにを今更。映画を語るにしてももう少し落ち付いたらどうか。(2003.3.11)

2002年02月11日(月) うまいぞもやしマヨネーズ/『ONE PIECE ワンピース』22巻(尾田栄一郎)
2001年02月11日(日) 水の中の失楽/アニメ『も〜っとおじゃ魔女どれみ』1・2話ほか



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