無責任賛歌
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2002年06月20日(木) |
癒してくれなくていいってば/映画『怪盗ジゴマ 音楽編』/『夏のロケット』(川端裕人)ほか |
朝方、寝床の方からヘンな呻き声が聞こえる。 なんとなくリズムはダース・ヴェーダーの「すーぱー・すーぱー」(私にはそう聞こえるんですけれど、みなさんにはどう聞こえてますか?)に似ている。しかし朝目覚めてみたら側にダース・ヴェーダーが寝てたって、こんなにエズイ(=怖い)ことはないな。 そんな声を出すのはもちろんしげ以外にはいないのだが、いったい何を言ってるんだと思って耳を傾けてみると、「すーぱー」ではなくて、「はーげー。はーげー」。 ……誰がハゲやねん! そりゃな、確かに最近、天頂あたりが薄いよ。抜け毛も多いし、だんだん額も後退してきてるし、髪の毛自体も細くなってきてるよ。こないだ散髪したときにオヤジから「オレそっくりの頭になってきたなあ♪」なんて言われちゃったよ(そんなとこまでムスコが似てきたのが嬉しいか、父よ)。 けどなけどな、「まだ」ハゲちゃいないんだよ。 谷村新司にもさだまさしにもなっちゃいないんだよ。 いや、ハゲになったっていいじゃん。ハゲのどこがいかんのよ。ハゲが魅力的だった人たちだって、今までにたくさんいたぞ。ユル・ブリンナーの立場はどうなる。島田勘兵衛(←『七人の侍』)はあえてハゲになったぞ。宇宙刑事ギャバンだって一時期はハゲだったのだ。コペンハーゲンは立派な都市じゃないか(意味不明)。 くそ、今度はしげが起きてるときにしげのことを○○○○とか○○○○○とか○○○○○○って寝言言ってやる。
今日も今日とて、しげに車で職場まで迎えに来てもらう日々。 これが職場の同僚に羨ましがられることが多いんだけども、困ったことに、「私に視力がないから車の免許取れないんですよ」とか「以前、自転車で子供ハネちゃったもので、通勤に自転車使いづらくなっちゃって」とか、正直に事情を話すと、たいてい相手が「引く」ことである。 軽い会話を楽しむつもりがいきなり重くなったと感じるんだろうけれども、私ゃ別に重い話題を振ったつもりはないんだけどなあ。
病人が病気なのは実はカラダだけではなく、ココロが病気って場合がほとんどなので、だからこそ周囲の人間は病人を「気」遣ってしまうのである。重病患者に「オレはもうすぐ死ぬんだ」とか沈鬱な表情で言われたら、たとえ家族だって声のかけようもないだろう。「オレ、もうすぐ死ぬけどそれまで精一杯生きるよ!」と言ってくれりゃ、「その意気で頑張れ!」ってエールを送ることもできるんだけどね。でもそういう覚悟ができてる病人は少ない。たいていは内心どこかで同情を買いたがってるからねえ。
私にしたところで、病気だのケガだので余命いくばくもないと医者に言われてから既に30年が経っているが(^_^;)、自分で自分の病気を吹聴するのは「これが『憎まれっ子世に憚る』ってことか」、と笑ってもらえりゃいいと思っているからなんである。同情はしなくていいし、惜しまれるだけの価値のある人間でもないから、実は激励だって要らない。 世の中、苦労してない人間なんていないのだから、病気だからって他人と比べで自分は不幸だなんて悲観するこたあないのだ。「なんでオレだけこんな目に」ってブルース・ウィリスみたいなこと言ってるからかえって落ちこんでしまう。その「オレだけ」ってのが傲慢というものなのである。周囲も遠慮は要らないから「別にアンタだけが苦労してるわけじゃないよ」って言ってやれや。 他人より早死にする人間だって、いくらでもいるんだから、死期が迫れば「ここまでってことか。まあ、自分なりによくやったほうかな」と本人が素直に諦めりゃすむことなんである。
私の言質に周囲が引いちゃうのも、「そんな強がり言ってるけれど、本当は心の奥底ではツライに違いない」と勝手に憶測して対応に困ってるせいなんだろうね。かと言って、私が「ホントはつらくてつらくてたまらないんです、ボクはこれからどうなってしまうんでしょう」なんて言ったら、そっちの方がどんな態度を取ったらいいかすっごく困っちゃうと思うんですが、いかがですか(誰に向かって言っとんの)。 実際に死にかけたら、私ゃ根性ナシだから、ホントに「し、死にたくねえよう、た、助けてくれよう」とか言って慌てふためくかもしれないけれども、そのときゃそのときで「みっともねえなあ」と蔑んで突き離して「勝手に死ねば?」とか言って頂ければいいのである。どんな形であれ、他人に関わろうとする行為には、「甘え」が生じるのだ。「甘え」をムリに受け容れなくたっていいでしょう。 私なんかより、しげの方がよっぽど地獄を見てきている。 しげのすごいところは、話を聞くだに「そんな経験したら生きちゃおれんわ」と思うようなことでも、サラリと受け流すというか、場合によっては忘れようとしてホントに忘れてしまっていることだ。別に偉いわけではないどころか、ハッキリ言ってバカなんだけれども、自分の不幸に執着してる人間よりはよっぽどマシだ。 しげもまた、かつて「かわいそう」と言われたことが何度もあったそうであるが、もちろんしげは少しも喜びはしなかった。そんなこと言ってたやつにしげの心が理解できるはずもないし、実のところ本気で「かわいそう」なんて思ってたかどうかもアヤシイ。 全く、世間の人々はどうしてああも平気で病人や身障者に対して「かわいそう」とか「お気持ち分ります」とか言ってしまえるのかね。テレパスかお前は。分るはずもないことを簡単に口にできることに、偽善と相手に対する優越感と差別意識が含まれていることに気付かんのか。ほかに言うコトバがないから、気付いててもあえて言ってるとしたら、よっぽどアンタらのほうがココロの不自由な人だよ。かわいそうだね同情しちゃうね。 ……ね、「かわいそう」って、実質的な「拒絶」でしょ?
そんな埒もないことを車の中でぼんやり考えていたら、しげが、「どうしたと?」と聞いてくる。 しげは私が考え事をしていると必ず声をかけてくるが、考えてるのはたいていはこんな取りとめもない「よしなしごと」だし、聞かれたときには相当頭の中で未整理な考えが乱舞している状態になっているので、返事のしようがないのだ。 それを愛想がないとか嫌ってるとか言われてもこっちが困る。 で、今度はこちらが「メシはどうする?」と聞くと、「どうしよっか?」と聞き返してくるのだ。質問に対して質問で返されたんだから、自分では意見がないのかと思って、じゃあ、『すきや』にしようか」と言うと、不満そうな顔をして「アンタだけ行きぃ、オレは行かんから」と言う。 「なんだよ、文句つけるんなら最初から聞くなよ」 「オレ、言ったよ、『どうしよっか? 王将?』って」 「聞こえてねーよ。『王将』がいいなら、『どうしよっか』なんて言う必要ないじゃん。最初から『王将』に行きたいって素直に言えよ。テキトーな日本語使うな」 日記にも「いい加減『王将』に飽きた」みたいなこと書いてたから、しげも言葉を濁したのかもしれないけれど、言葉を濁そうが、「ここに行く!」と決めたら、しげは私の意見なんか聞きゃしないのである。 私もそれが分ってるから、食事をどこでするかなんて主張、日頃はしていないんである。そんな態度でエスコートだけはしてほしいってのは、思いあがりも甚だしい。頑固なくせに優柔不断な態度を取るって、支離滅裂じゃんかよ。 ……で、しげが車を乗り入れたのは「すきや」でなくて「王将」。 ほら、私に聞く意味なかったじゃん。 昨日、急にラーメンを食いたくなったしげ、いつものなんとかセットのほかに更にラーメンを頼む。「食い切れねえだろう」と止めるが、ヤケになってるしげ、口に目いっぱいコメツブを詰めこんで、グチャグチャ小汚く食っている。……そんな食い方したって美味くもなんともないと思うが。いつもいつも思うことだが、ヒステリー起こしたって自分が損するだけだとわかってるのに、どうしてこう、自分のコントロールができなくなるのかなあ。
『クレヨンしんちゃん』の映画版に飢えるあまり(シンエイ動画、早くDVD出せ)、LDで『ヘンダーランドの大冒険』を見返す。 エンディングテーマの雛形あきこ『SIX COLORS BOY』はすっげえ名曲なんだけれども、何度練習しても音程をうまく調節できなくて歌えない。男が歌って楽しい曲でもないんで、しげが歌ってくれると嬉しいんだけどなあ。……ってカラオケにそうそうしょっちゅう行く余裕はないのだけれども。
音楽に飢えてるのかな、ついでにビデオ『怪盗ジゴマ 音楽編』も見返す。 和田誠のアニメ、というより、寺山修司の短編ミュージカルに監督の和田誠自身が「曲」をつけたという、もう私にしてみればこんなゼイタクな作品はないってなくらいの傑作なんだけれども、当然、カラオケにこんな曲が入ってるわけもない。 由起さおりの演技力は、『家族ゲーム』やドリフのコントや『お江戸でござる』なんかでも証明ずみだが、その最高傑作はこのアテレコだと断言する。最初にこのアニメ見たのは広島アニメーションフェスティバルでだったけれども、前説に出てきた和田監督が、「キャスト見たら驚きますよ」と言っていたのが、事実、「由起さおり」の名前がテロップで出た途端に「おおおおおっ!」と歓声があがった。 全詩をご紹介したいところだが、怪盗ジゴマに盗まれた、少女の歌を一曲だけ。
呼ばないで 流れ行く雲を 呼ばないで さすらいの町を ああ 呼ばないで 私の名前を
呼ばないで 悲しい酒場を 呼ばないで 古いピアノを ああ 呼ばないで 私の名前を
いくら呼んでも振り向かない 私の心は闇だから 闇だから
……実は私が寺山修司ファンになったのは、この詩に感銘したからである。闇を持つ女じゃなきゃ、魅力なんてないよな(だから誰に同意求めてるんだよ)。
マンガ、細野不二彦『ギャラリーフェイク』25巻(小学館/ビッグスピリッツコミックス・530円)。 表紙のフジタ、クチビルがえらく赤くてカマっぽいんですけど、何かあったんですか、細野さん(^_^;)。 「ジョコンダの姉妹」を読んで初めて知ったのだけれど、盗難にあった美術品は、それと知らずに購入して二年経つと、もとの所有者に返さなくていいって法律があるんだね。しかもそんな泥棒天国な法律作ってるの日本だけなんで、美術窃盗犯は、せっせと絵画なんかを日本に持ちこんで「二年間」寝かせてるんだとか。 こりゃアレだね、そんな法律が有効だってことは、もしも「盗難されたものは須らくもとの持ち主に返さなければならない」って法律ができちゃったら、お偉いさんで、コレクションを手放さなきゃならなくなる奴がやたらいるってことなんだろうね。でもそれだけ日本人には本当の審美眼がなかったってことじゃないの。ツケは返そうよ。 ……って全然作品批評になってないけど、最近は知識的な好奇心でしかこのマンガ、読んでないからなあ。どうしてもこういう感想になっちゃうのよ、ご勘弁。
川端裕人『夏のロケット』(文春文庫・670円)。 あさりよしとおのマンガ、『なつのロケット』が本作の影響化に書かれていたことは知っていたのだが、実はそれほど期待していたわけではなかった。改作されたマンガがおもしろかったからと言って、そのもとネタたる小説もまたおもしろいとは限らないからである。 ……いや、狭量な考えでした。これもまた「男の子必読」の小説です。と言っても女性を差別するわけではないけれども、「なぜ人は宇宙を目指すのか?」という質問に対して、「考えるまでもない、そこに宇宙があるからだ」と言いきれる人間でないと、この小説、楽しめないのではないか。
新聞社の科学部担当記者である「ぼく」=高野は、過激派のミサイル爆発事件を調査しているうちに、そのミサイル製造に、かつて所属していた高校天文部の友人が関わっているのではないか、と疑問を抱くようになる。 「ぼく」と四人の仲間は、かつて、本気でロケットを打ち上げようとしていた過去があったのだ(もちろん非合法)。そして今、オトナになり、科学者、技術屋、企業家、歌手となった彼らは再び結集し、「個人レベルで飛ばせるロケット」の開発・打ち上げを計画していた。 いつか火星に行くために。
常識的に考えれば、たった五人で有人宇宙ロケットを打ち上げるなんてことは絶対に不可能であろう。これを一つのファンタジーとして考えるなら、それはそれでドラマとして成り立たせる方法はいくらでもある。細かい設定は無視して、「こんなこともあろうかと」、新開発の技術でも超合金Zでもでっちあげればいいのだ。 しかし、作者はあくまで、「現在の技術だけでも、宇宙ロケットを製造することは可能」という点に徹底的に拘った。資金、材料、ロケットの規模、実効性、全てに拘り、そのディテールを重ねて行くことによって、企業にその気さえあれば、超低予算(と言っても何十億かはかかるけど)でロケットを打ち上げることが可能であり充分ペイすることを証明していくのだ。何しろ、合金製造のために日本の「刀鍛治」に依頼にまで行くのである。そのアクロバティックだがリアリティのある設定に何度酔いしらされたことか。 もしあなたが、かつて「流線型のロケット」に憧れた過去を持つなら、本書を読みながら、知らず知らずのうちに五人に感情移入しながらロケットの実現を「本気で」応援している自分の姿を発見していることだろう。実際、読了後に思ったものだ。どこぞの企業、法律違反無視、会社つぶす覚悟でロケット打ち上げる度胸を示してはくれないものかと。 物語中、彼らの計画は何度も頓挫しかける。最大のピンチは、爆破事件を追う警察に、ロケット製造をミサイル製造と勘違いされ、秘密の実験を繰り返している島を発見されそうになるクライマックスである。 時間との戦い。近づく嵐。マスコミのヘリコプターが上空を迂回して行く。警察はもうすぐそこだ、早く打ち上げなくては間に合わない、ところがそんなギリギリの状態のときに、メンバーの一人がとんでもないことを言い出す。果たして打ち上げは成功するのか。 ……これ以上はネタバレになるので言わないが、彼がある瞬間「笑った」時、私は読みながら「泣いて」いた。
プロローグでは、火星に着陸しようとする宇宙飛行士たちの描写が紹介されているが、この小説のラストは、直接このプロローグにリンクしてはいない。このプロローグがただの夢なのか、それとも主人公たちの未来の姿なのかは明示されないまま終わる。その間の物語を補完するのは読者の手に委ねられた。ということなのだろう。
2001年06月20日(水) べとべと、ぬめぬめ、もわああっ/『トガリ』3巻(夏目義徳)
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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