無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年05月02日(木) 私は病院に行くかしら/『COMAGOMA コマゴマ』2巻(森下裕美)ほか

 疲労はピークに達しているが、今日仕事に行けば、なんとか休みだ。
 と、こんなときに限って、一足先に休んでいる同僚がいたりして、代理の仕事が回って来たりするのだ。
 今日中にやろうと思っていた仕事、来週に持ち越し。
 ……と、こうして仕事はドンドンたまって行くのであった。でも去年みたく、休日出勤ばかりはしないぞ、今年は。
 外はなんだか曇り空。
 今にも雨が降り出しそうな感じで、連休中は外に出ずにひたすら休んで日記の更新その他をしたいところだ。……といつも計画倒れに終わるのは、ついつい寝ちゃったり、部屋片付けてるうちに本読んじゃったりするせいなんだけどもね。


 今度の公演の小道具が足りないとかで、しげと一緒にナフコなどを回る。
 私はしげが何を必要としてるのかわからないので、ぼーっとしてたが、あとで聞くと、「刺すと引っ込むナイフ」が欲しいのだという。
 昔はあったね、そういう玩具。でも最近見かけないのは、不謹慎だってことで玩具会社も作ってないのかもな。
 「売ってないなら、作ればいいじゃん? 劇団のメンツに頼めば?」
 と私が言うと、しげ、きょとんとした顔。
 「……そうか、自分で作らなくてもいいんだ!」
 つまり、しげ、自分が超極端に不器用なものだから、「小道具を誰かに作ってもらう」という発想に全然、思い至らなかったらしい。
 まあ、アテにならないメンツが多いと何もかも自分で、という気持ちに傾くのもわからないではないがな。

 晩飯はマクドナルドのドライブインでハンバーガー。
 新発売のフランクバーガー、要するにホットドッグじゃないのか。ハンバーガーとホットドッグの境界線はどこにありや? などと下らぬことを考える。
 某サイトで「マクドナルド」の略称は、「マック」か「マクド」かってのが話題になってるが、これも古くて新しい話題。実はこれ、言語学会では結構マジメに論じられていて、単純に「関東はマック、関西はマクド」とは言えないのだ。福岡じゃ以前は完全に「マック」だったからなあ。
 マックが2音節、マクドが3音節で、アクセントを第2音節に置くことの多い関西弁が「マクド」を採用したことは妥当と言える。福岡が「マック」になったのは、実はもともと博多弁が関西弁より東京弁に近かったことを証明することでもある。
 しかし、実は最近、福岡も「マクド」派がだんだん台頭してきているのだ。
 北九州や、関西の人間が、福岡に多数入りこんできていることも理由のひとつだろうが、実は「マクド」と言う場合でも、福岡は「マ」にアクセントを置くのだ。「ク」にアクセントのある関西とはやはり差異がある。
 いったい、福岡の東京志向、大坂嫌いと言うのはかつてはよく言われることであったが、実際にテレビが普及し、関西芸人が福岡にも専門の劇場を置くようになり、出張、転勤で関西人が多く入りこむようになると、「関西人のヒトを馬鹿にしたような喋り方が気に入らない」なんて偏見は言ってられなくなる。
 「マクド」が関東関西の折衷語になっているあたりに、福岡人の許容と拒絶の板ばさみになっている苦悩が見て取れる、と判断するのはチト穿ち過ぎか。
 

 ネットを探索していて、ある方のサイトで「境界例」の診断テストってのを見つけたんだけど、この質問項目がヒドイったらない。
 いわゆる「イエス・ノー」診断ってヤツだけど、「アナタ、これにイエスする? するでしょ? 心に不安があるでしょ? 病気なのよアナタは。社会にとっては不必要な存在になってるのよ? そのこと自覚してないんじゃない? 自覚しなさいよ。しないと迷惑よ!」ってな感じの質問ばっかでさあ、なんだか全ての人間を不安にさせようって目的で作られてるみたいでねえ。
 で、試しに自己診断してみた(^o^)。

1 私は周囲の人や物事からいつも見放されている気がする。
  →職場の上司からは(同僚からも)仕事してないって思われてるだろうしなあ。うん、イエスだね。
2 私は気が狂うのではないかと恐れている。
  →こんなの、昔からしょっちゅう。
   つーか、世間の人、自分が正常だなんて思っていられるの?
3 私は自分を傷つけたくなる時がある。
  →車や電車が通ってると飛びこまなきゃいけないような気になるよねえ。
   高いとこだと飛び降りたくなる。死ぬけど。
4 私は他人との親しい個人的関係を持つことを恐れている。
  →まあそうかな。
   妻を残して先立つのもイヤだし、後に残るのもイヤだ。
   だから独身主義だったんだけどもねえ。
5 他人は私に失望している。
  →期待に答えられるほどの人間だと自分で思えるやつがいるのか?
6 私は人生に立ち向かう力がないと感じている。
  →病人だし(^o^)。
7 このところずっと幸福だと思うことはない。
  →「幸福」という感覚が解らない。
   このところも何も、「幸福」ってそもそも何? と問いたい。
8 私の内面は空虚だと思う。
  →中身がないのが人間。
9 自分の人生を自分でコントロールできないと思う。
  →そんなことできる人間はいない。
10 たいてい私は孤独だと思う。
  →人はそもそもそう。
11 私は自分がなろうとした人間と違った人間になってしまった。
  →だから思い通りの人間になれるやつなんているのかよ。
12 私は何でも新しいことが恐い。
  →怖いけどやるんだよ、人は。
13 私は記憶力に問題がある。
  →その通り。私に記憶力はない。
   人の顔も覚えない。自分の名前(本名)も忘れること、しょっちゅう。
14 何かを決心することは私には難しい。
  →とりあえず、外食した時、何を食うか即決するようにはしてるな。
   けれど、それは物事が決められてるってことじゃないんだけどね。
   簡単にじゃない、という意味でならこれも当然イエス。
15 私の周りには何か壁があるように思う。
  →ATフィールドか(^o^)。ないわけないじゃん。
16 一体私は誰なのかと困ってしまう。
  →名前も忘れるやつだしなあ(^_^;)。
   自分の名前を書類に書いたりするたびに「これ誰かなあ」って思ってるよ、マジで。
   もともと「だれか」なんて人間いね〜んだってこと。自分が「誰か」と思ってるやつの方がモノマニアじゃないの?
   ……とフレドリック・ブラウンが言ってました(^o^)。
17 将来に不安がある。
  →まあ、早死にしそうだし。
18 時に私はバラバラになるように感じる。
  →いっそのことなりたいね、辛い思いして生きてかなきゃなんないなら。
19 私は人前で気を失うのではないかと心配している。
  →紙一重で保ってるなって思うこと、しょっちゅう。
20 私はできるだけ努力しても決してうまくはできない。
  →実感(-_-;)。
   キサマ、オレのこと見とるんか。
21 私は自分が何かを演じているかのように自分を見ている。
  →これは確実。
   演技してない人間なんていない。
22 私はいない方がむしろ家族はうまくやっていくだろう。
  →知るか。
   死んだあとのことは意識ないから責任持ちようがないし。
23 私は至るところで失敗している人間だと思い始めている。
  →「思い始めている」じゃなくて、昔からそう思ってるよ。
24 この先何をしたいのか私にはわからない。
  →「何をしようとしているか」は解ってる。
   でも「やろうとしてること」って、実は「やりたいこと」ってわけじゃないんだよね。
   執着心がないの。
25 人間関係の中に入ると私は自由ではなくなってしまうように感じる。
  →自由な人間関係なんてあるのか(^o^)。
26 誰も私を好きにならない。
  →自分の思い通りに、という点でならそう。当たり前じゃんかよ。
27 実際起こったことと想像したことの区別がよく分からない。
  →記憶は捏造されるしな。
   けど、その判断が自分で客観的に認識できる人間っていないでしょ?
   「幽霊を見た」と思ったら、それが事実かどうか、誰が判断するの?
   「白日夢は誰でも見る」と、大学では習ったんだけど。
28 他人は私を「物」のように扱う。
  →私が他人を「物」として見るようにね。
   人に「心」があると思いこむのは錯覚だよ。
   自分には自分の心しか見えないものでしょ? テレパシーなんてないんだから。
29 何か変な考えが頭に浮かぶと私はそれをとりのけることができない。
  →「変な考え」は創作の原点だってば。
30 人生に希望はないと思う。
  →当然。
31 私は自分自身を尊敬することができない。
  →私ゃナルシストじゃない。
32 私はまるで霧の中に生きているようにはっきりしない。
  →昨日の自分と今の自分が同じ自分だとみんな本当に認識できているのか?   こんなにも毎日、いろんなことを忘れていってるのに。
33 私は人生の失敗者だ。
  →「成功者だ」って言えるやつ、出てこい!
34 誰か他人の責任を負うことは恐いことだ。
  →「死刑台のボタンを押す係」に立候補したい人、手をあげな。
   「ミサイル発射ボタン」でもいいぞ。
   ……あ、これはちょっとしてみたいかも。
   でも「責任がある」という意識はないな。
35 自分が他人に必要とされている人間とは感じない。
  →はい。
36 私は真の友人を持っていない。
  →これだけはノーか。
   けれど、仮に「オレはオマエの親友じゃねー」と言われたとしても傷つきはしないけどね。
37 私は自分の人生を生きることができないと思っている。
  →他人にとっての人生しか生きてません。
   そうしようと、ある時思いました。
38 買い物や映画を見に行くときのような人混みの中にいると不安になる。
  →これはノー。
   人ごみの中に紛れて「群集の人」になることの方がよっぽど安心。
   自分が消えていくからね。
   けれど真夏の満員電車はイヤだ。暗闇の静かな映画館ならいいの。
39 私は友人を作ることが下手である。
  →昔からの友人って数えるほどしかいない。
   ケンカばかりして、随分切り捨ててきたからなあ。
40 私はもはや人に認められる立派な人になろうとするには遅すぎる。
  →と自覚したのは3歳の時でした。
41 周りの人は勝手に自分の心を読んでいるのではないかと思う。
  →自分も読んでるけど。
   もちろんそんなのはただの「思い込み」なんだけどね。
   さっきも書いた通り、人にテレパシーはない。
   だから人は虚構の中でしか生きられない。
   人に「心」がある以上、「現実」なんてないよ。……押井守だな(^o^)。
42 私の周りで何かが起こりそうだと感じる。
  →グルーチョ・マルクスか(^o^)。
   そりゃ起こってるに決まってるじゃん。
43 私は残酷な考えが浮かんで苦しむことがある。
  →残酷なことしたこともあります。
44 私は自分が男性(女性)であることに自信を持っていない。
  →はっはっはっはっは。
45 私は長く友人づきあいができない。
  →事実だ。
46 私は自分を憎んでいる。
  →もちろん。
47 私は広い場所や市街にでることを恐れている。
  →「誰かに絡まれないか」という意味でならそう。
   仕事に行かずに引きこもってられたらなあ、と思ってちゃダメなの?
48 私はときに「自分は生きている」のだと自分に言い聞かせている。
  →どうでもいい。
   生きてるか死んでるかなんて発想自体がない。
   私はそこにただ「ある」だけだ。
49 時に私は自分自身でないと思う。
  →私に「自分」なんてない。作ってるだけだよ、人にこうだと思われやすい「自分」をね。

 んで、イエス・ノー、の結果。
 「あなたの得点は38/49点です
  境界型人格障害に特有な考え方が目立ちます。
  日常生活に何か問題を抱えているようでしたら医療機関を受診することをお勧めします。」
 突発的に体調崩して、仕事を休むことはしょっちゅうだからなあ。
 医者に行けといわれて行くのに吝かじゃないけど、仕事しないでいると治るし(^o^)。
 だからいいじゃんかよ、テキトーな行き方してたってよ。

 別に境界例であってもなくってもかまわないんである。
 要は本人が「治療を必要と考えるか考えないか」ってことなんであって、極論しちゃえば、「私、人格障害でもいいの」と認めちゃえば、たとえ周囲にどんな迷惑かけようが、本人は納得してんだからいいのだ。
 しげがこの診断を受けたら、私以上に高得点をマークするだろうが、本人が「別にこれでいいしい」と言い出すことは目に見えている。今までだって、「それじゃ困るんだよ!」と私が怒ると、「つまり『あんたの基準に合わせろ』ってことなんだね?」と言い返してたヤツだからね。
 ……ある意味、それは正しい。
 しげの心の中に、「このままじゃいけない」という発想自体がないんだから。
 このあたりが難しいところなんだが、私はしげがもっと社会生活が出来る人間になってほしいと望んじゃいるんだが、仮にそれが出来なくて、社会不適応者のまま人生を終わったって、別に構わないとも思っている。
 最終的に自分がどんな生き方を選ぶかは本人が決めることで、社会の落伍者になったからとして、人間としての存在が傷つけられるわけじゃないからだ。総理大臣とホームレスとの間に、人格的な優劣はないよね。むしろ総理大臣の人格の方が低劣ってことだってありえるでしょ?
 私が、社会的には結構、尊敬されやすい立場の職業に就いているために、父などは「しげさんにも○○○○の妻だって自覚を持ってもらわないとなあ」とか何の気なしに言うことがあるんだが、そんなの本人とは何の関係もないことだ。
 親が犯罪者だったら子供が引け目感じなきゃなんない、ってことはないよね? それと同じことで、「誰それの妻としての立場を弁えろ」、なんて考え方は、下らんことだ。
 親は親、子は子、夫は夫で妻は妻じゃんか。

 今よう、ある重度の脳障碍の子が、ドーマン法とやらいう治療で、文字盤使って著作を書いてるってのが話題になってるけどさあ(どうもその事実自体、アヤシイらしいのだが)、「障碍があるけど、知能は優秀」って括り方、それの方がよっぽど差別じゃないか?
 障碍があったり、イノセントだったり(^^)、ヒキコモリだったり寝たきりだったり、社会的に不適応だったり、人間的にクズでも外道でも、そこにいちゃいけないってこと、ないんだよ。人生に絶望する生き方だってあるんだよ。
 ……もっとも、駅にタムロしてるホームレスには「視覚障碍者用の床のデコボコ(名前知らん)の上に座るな」とは言いたいがな。

 しげも、そういう私の考え方を読んじゃいるので、ある程度以上は私がキレない、と見越して、家事を全然しないのである。どっちかっつーと、そんな態度がナマイキなので腹立ててる気がするな、私は。
 ……だから「家事しなくていい」なんて最初から許してるわけじゃないからな。自分の都合のいいように勘違いするなよ、しげ。 


 東京のこうたろう君から、先日の某オフ会を録画したビデオテープが届く。
 私はこれをナニしてナニせねばならないので、とりあえずナニしておいてくれるよう、彼に頼んでおいたのだが。無事にナニしてくれたようでよかったよかった。
 ……事情を知ってる人にしか分らない文章ですみません。
 何しろこのテープばかりはナニがナニしているものだから、具体的には書けないのですよ。
 ……なんだか、私の日常って、あちこちにいろんな形で書き散らしてるけど、ジグゾーパズルみたいになっちゃってるなあ。ピースを全部集めないと、私の本当の姿は見えてこない……と言っても、全部明かした文章はどこにも書いてないのだけれど。
 本来、もっと赤裸々に書いておきたいんだけどねえ。
 でもナニをナニしたがるヤツも多いので、こればかりは仕方がないことなのである。


 マンガ、森下裕美『COMAGOMA コマゴマ』2巻(集英社/YJコミックス・840円)。
 今巻の新キャラは、男の子みたいな女の子マコトちゃんと、さびしんぼうの愛犬ゴロー。あとさりげなく登場のクリーニング屋のお姉さんや住職さん。
 でもやっぱり一番強力なのはゴローかな?
 ゴマちゃんみたいにマスコットキャラにはしにくい犬だけど、「森下さんらしい」キャラではあるんだよね。今回のシリーズには登場しないけど、実は『少年アシベ』の味田君とかサトシ君とか「ここだけのふたり」のたきえさんとか、ちょっと境界線にいるようなキャラを描かせたら、森下さんは最高にうまいのである。
 ……おっと、買ったまんまんでまだ『ここふた』の新刊、読み終わってないや。急がねばなあ。


 マンガ、原作尹仁完・作画梁慶一『新暗行御史』3巻(小学館/サンデーGXコミックス・580円)。
 新キャラ目白押しぃの、長編シリーズに突入しぃの、盛り沢山の3巻。
 その分、山道(春香)の出番が少なくてちょっと残念。
 1巻の時ほど、トリッキーでメリハリの利いた展開はなくなってるけれど、それでも阿志泰の意外な登場のさせかたなど、ツボは押さえている。でも長いこと連載を続け過ぎて、ジャンプマンガみたいに尻すぼみにならないでほしいとも思う。聚慎滅亡のヒミツを解いて、阿志泰との対決を描いて、10巻くらいが一番ちょうどいい長さになるんじゃないのかなあ。
 ……でも、ストーリーラインがちょっち、『北斗の拳』に似てきたかなあ?
 定番つーか、ありきたりな展開に陥らなきゃいいんだけど。

2001年05月02日(水) 行って来ます。/『20世紀少年』5巻(浦沢直樹)ほか



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