無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年02月25日(月) だめおんなず・うぉ〜か〜/『ネコの王』2巻(小野敏洋)ほか

 咳が出て止まらなくなり、仕事を休む。
 こないだ「もう仕事休まないぞ!」と決心したのにこの始末だ。
 ゆっくり横になって休みたかったが、しげがベッドを占領して、イビキをかいているので横にもなれない。
 ウチには奥にも寝室があって、そっちで寝られりゃいいのだが、しげが片付けないままでほったらかしてる本の山にフトンがつぶされてて、寝るに寝られない状況なのだ。本は枕元に置きっぱなしにするなと口を酸っぱくして言ってたのに、それを無視されつづけた結果である。
 仕方なく、パソコンの椅子によっかかって休むが、関節が咳をするたびに軋む。気分はさらに落ち込み、どうして家事一つしない妻にベッドを占領されたまま、私がこんなに苦しまなきゃならんのだと、その理不尽さを考えるにつけ、ますます頭痛が激しくなる。
 そんなに寝てたいなら、車で寝ろ。


 今晩から「BSマンガ夜話」。
 ラインナップは以下の通り。
 1、2月26日(火) 午前0:10〜『アイランド』尹仁完作・梁慶一画
   ゲスト/キム・スンヒョン、村上知彦
 2、2月27日(水) 午前0:05〜『青の6号』小澤さとる
   ゲスト/大槻ケンヂ
 3、2月28日(木) 午前0:05〜『課長 島耕作』弘兼憲史
   ゲスト/夢枕獏、北野誠
 4、3月1日(金) 午前0:10〜『おいしい関係』槇村さとる
   ゲスト/一条ゆかり
 基本的にこの番組は、私は「自分が読んだことある」マンガを扱った回しか見ないようにしている。
 となると、今回私が見られるのは『青の6号』だけってことになっちゃうのだが、今日の第1回の『アイランド』、多分『新暗行御史」にも触れるだろうな、と思って録画することにする。
 予想通り、『アイランド』と『御史』を比較対照するような形でトークは進んで行く。
 『アイランド』は未読なので、意見をさしはさむわけにはいかないが、みなさんのお話によれば、完全に日本のマンガと化した『御史』より、韓国で連載されていた『アイランド』の方がパワーはあるとか。
 いわゆる絵の技術も向上していて、きちっとした完成度を持っている『御史』よりも、なんだかわかんないし矛盾だらけだけど、勢いがある『アイランド』の方が「マンガとしてオモシロイ」と言いたいのだろう。
 リクツとしてわかりはするし、まさしく昭和40年代の「デタラメなマンガ群」に郷愁を感じる身とすれば、諸手をあげて賛成したいところだけれど、同時に「洗練された作品」ってのもやっぱりなきゃいかんよなあ、とも思うのだ。
 手塚治虫や石森章太郎は、当時としてはすばらしく「スマート」な作風だったのだ。彼らがオピニオンリーダーとなっていたからこそ、現在のマンガの隆盛はある。
 二枚舌のように聞こえるだろうが、我々はマンガやアニメを語るのに、「たかがマンガじゃないか」と卑下しつつそのデタラメさを賞揚することもあれば、「ただのマンガではない」と、その文学性を訴えることもしてきたのだ。その二律背反から弁証法的に、「マンガはマンガであってマンガだからこそいいのだ」という言い方もできるようになってきた。
 「どっちが面白いか」という単純比較だけでなく、もっと「マンガってなに?」ってとこまで踏み込んで話してほしかったなあ、と思う。それにはちょうどいいテキストだった思うだけに今回はちょっと惜しかったかなあ。
 ゲストのキムさんが、「日本化された『御史』の表情では我々韓国人は感情移入できない」と語ってたのはおもしろかった。
 日本人の「オイデオイデ」の手のジェスチャーが、西欧では「サヨナラ」になるごとく、これは「国によって通じる記号が違う」ということなのだが、それだけに留めておいていいことではない。ここにはまさに「文化の違い」が両国に横たわっていることの証拠があるのである。
 もちろん、これは別にどっちが悪いという問題ではない。「違ってるから、そのことを前提にしないと、意志の疎通はできないんだよ」ってことをお互いに認識しなきゃならないってことなのだ。
 日本人が笑っても、それが韓国人には心からのものと見えないことがあるかもしれない。それを常に考えておかないと、文化摩擦は拡大するばかりだろう。

 それはそれとして、『課長島耕作』(もう取締役まで行くみたいだが)を一度も読んだことないってのはやっぱり不勉強だよなあ。弘兼さんは『人間交差点』で飽きちゃってたし、団塊の世代だの全共闘世代だのにどっぷり浸ってたやつの書くものって概ねバカ本だったから(偏見じゃねーだろ、実際、一番どっぷりだったやつらはテロ起こしてるんだし)、全然読む気にならなかったんだけど、私たちの世代が全く興味を持たない本が今も売れつづけてるって現象はやっぱり凄いなあ、と思うのだ。
 不思議なもので、この世代の更に前の世代、戦後派だの戦中派の人たちの本になるとまた面白く読めるんだね。要するにこいつらに対して「自分たちは高度成長の中で苦労してたつもりかもしれないけど、結局はバブル引き起こしたバカの集まりじゃん」って思いがあるからなんだよなあ。
 でも偏見かもしれないし、そのうち読んでみよう。つまんなきゃ「やっぱりあの世代は」って言えるしな。


 食事を作る元気もないので、しげに弁当かなにかを買ってきてくれるように頼む。しげは私が具合の悪いときほど何もしてくれないから、本当は頼みたくなんかないのだが、実際にカラダがきつくて外に出る元気はないし、確実に病状が悪くなるとわかってるので仕方なく頼んでいるのだ。
 でも案の定、しげ、「風呂にはいんなきゃなんないからすぐには無理」とか言い出す。
 外に出るなら風呂はあとにしたっていいだろうと思うが、頼んでるのはこちらのほうだから、待つことにする。
 ダラダラダラとしげ長風呂。
 「メシ頼むよ〜」
 と再度言うけど、無視される。
 シツコク頼んで、やっと「じゃ、行ってくる」と着替えて出かけるしげ。
 「でも本屋も回るから遅くなるかもよ」
 遅くなるなら先に行っとけ! と思うが元気がないのでガマン。 
 10分。
 20分。
 ……1時間。
 いくらなんでも遅過ぎる。あと1時間でしげのバイトの時間だ。
 仕方なく携帯に電話を入れるが繋がらない。
 メッセージを入れ、しばらく待つが返事がない。
 再度呼び出すけれど同じ。
 もう時間的に、しげは仕事に出かけている時刻だ。
 日頃、人にはいろいろ食事作らせるくせに、こっちが具合が悪い時にはこの仕打ちか。
 切れて、携帯に最後のメッセージを入れる。
 「もう、お前は家に入れん」

 そのまま、玄関の鍵を締めて寝る。
 午前3時、帰宅したしげがドアベルを鳴らす。
 ドアを蹴っ飛ばしたりしてるので、何も反省してないことははっきりわかる。
 電話を掛けてくるが、これも無視。
 少し間をおいて、もうアタマが冷えたかと連絡を入れるが、謝るどころか「なんで締め出すん!」と激昂。
 電話を切る。

 しばらくして、また電話を入れる。
 しげは近所のファミレスで悠々と飯を食っていた。ますますカチンと来る。
 「まだ自分が何やったかわかってないのか?」
 「……ご飯、買ってこなかったこと?」
 「どうして頼んだこと無視したんだよ」
 「仕事の時間が早まったんだよ。買いに行く時間がなくなったから」
 「じゃあ、どうしてその連絡入れなかったんだよ」
 「……忘れてたから」
 やっぱり弁当頼まれたのを「忘れた(多分本屋回ってるうちに)」のであって、仕事の時間が早まったってのは言い訳なのだ。
 自分の失敗を誤魔化すつもりでまた見え透いたウソをつく。
 しげが今まで何十回もやってきた手だ。
 ここまで「ごめんなさい」の一言はしげの口からは全く出て来ない。
 「携帯に伝言も入れたろ? 最初に謝れば、俺だって怒ったりしないのに、どうしてすぐに謝れないんだよ」
 「伝言聞いてないし」
 「俺には携帯使えってしょっちゅう言うくせに、自分に送られたのは見ないってか。そんな勝手があるか?」
 「……ごめん。これから家事もちゃんとやるし、朝晩の送り迎えもするよ。だから家に入れて」
 どうせその場限りのウソだろうなとは思ったけど、「ゴメン」と言ったので、一応、家に入れる許可は出す。
 けど、こういうしげのウソにつきあってられるのも、まだ私の体が動くうちだけだ。しげは口では私と一緒にいたいといつも言っている。けれど、「いたい」だけで「私と一緒になにかする」じゃないのだ。子供が「パパとずっと一緒」と言ってるのとレベル的に全く変わらない。「一緒にい続けるために自分が何をしなければならないか」を何一つ考えていないのだ。
 私は別に「家事をせよ」とかそういうことを言ってるわけではない。
 別に私は一人でだって生活していけるし、実際、結婚する前の方が生活は楽だった。それをあえて「私と一緒にいたい」としげの方から言ってきた。
 なんのために?
 「世話をしたい」としげは言った。でも現実としてしげは家事をしているわけではない。
 では、代わりに何をするのか。
 しげは私のために「何か」をしたいと思っている。
 いつも自分から「これこれこういうことをするよ」と私に約束する。
 けれど、一日としてその約束を守ったためしがない。
 結局、「自分のできないこと」ばかりを考えるから、できないままなのだ。
 家事ができないなら、なぜ私に頼まないか。
 朝の送り迎え、それができないなら、なぜ初めから「タクシーで行って」と言わないのか。
 うちにカネを入れるから、メシは食わせてくれ、と言うのなら私はそれだって別にかまわないのだ。
 なのに結局、何もしない。
 それでいて、毎月の自分の生活費だけはしっかり取ろうとする。
 だから私は「おまえは寄生虫か」と怒るのだ。
 考えていない。
 結婚して十年も経つというのに、しげは未だに私と「何をするのか」を考えていない。いくら「考えろ」と言っても、アタマが悪いので、「自分のできること」が思いつかないのだろう。それはしげが、「自分を見ること」から逃げているからにほかならない。
 これでは私のほうが、トシを取ったときにしげと一緒にはいられなくなる。
 でも、同居することが物理的に不可能な状況を作ってるのはしげ本人なのだ。
 本気で反省する気があるんだったら、いい加減で気付いてほしいもんだが、とことんバカだしなあ。
 約束を破ったなら、そのペナルティをどうしたらいいか、せめてそれくらいは自分で考えてほしいのに。

 帰宅するなり、しげ、速攻で寝る。
 やっぱり、さっきの反省はウソだったなあ。
 ダメ男に引っかかる女と、ダメ女に引っかかる男とではどっちが不幸なのか、とつくづく考える。
 どっちもバカなのは共通してるけどさ。
 とほほ。
 

 マンガ、小野敏洋『ネコの王』2巻(小学館・560円)。
 巨乳系とロリ系のキャラの差がこれだけハッキリしてるマンガも珍しい。
 っつーか猫女神様、ちちデカ過ぎや(^_^;)。
 今回は「巨大ブルマ」の話と、ケルベロス退治と、ちくわぶが美味しい話と、小学生のスクール水着にビンビンの話……ってなんや分らんな(っつーかエロマンガかこれは。半分そうかもしれんが)。
 まあ、話より何より、チチだのシリだのの露出度が高いからなあ。チチのない小学生の描写が、「シリ」に集中するあたり、作者のリビドーが奈辺にあるかがハッキリしてて潔いと言えば潔いのだが。
 でも私はチチよりシリより、カナガキのキャラが好きだな〜。
 セロのライバルで、世界征服を企むネコ! と言いつつ、ただの「ドジ」なとこはロケット団というかモリアーティと言うかガキオヤジと言うか、かわいいんだけど。アニメでこれの元祖たどったらやっぱり『ハッスルパンチ』のガリガリ博士あたりになるのかな……って、例え古過ぎ?
 でもエッチな絵柄だけど、昔なつかし「まんが」のムードはあるんだよ。
 猫の王にどんな使命があるか分らないけど、あまり話をでかくしないで、ご近所猫騒動モノでいってくれたほうがいいなあ。

2001年02月25日(日) 誰もいない海/『シイナのファブリオ▽』(がぁさん)ほか



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