無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年02月05日(火) ゴーマンかましちゃ、いけまっしぇん/『コンセント』(田口ランディ)ほか

 なんだか世間は雪印、雪印だねえ。
 この牛肉関連の話は前に書いたんで二度も三度も書かんでもいいような気がしてたんだけど、ニュースキャスターがまた世間を洗脳させようって感じで「危険」「危険」ってデマ撒き散らしてるしさあ。
 いい加減、世間も諦めて肉食えよ。うちのしげなんか、何も気にせずに肉に食らいついてるぞ(犬の名前ではありません。妻です)。
 景気が悪くて消費が落ち込んでるってのに、買い控えしてどうすんだよ。
 事件が発覚する前に食ってたんなら、今更買い控えしたって手遅れだし、事件後はかえって検査を綿密にやってんだから、危険はなくなってるといっていい。「何万頭も検査できないからミスがあるかも」なんて、んなこと言ってたらどの食品だって危険だよ。『買ってはいけない』と同レベルのデマ流してんじゃねえやニュース23。
 雪印の担当者が、国産牛と輸入牛のラベルを張り替えたんだって、アホが踊らされて肉食わなくなったからだろうが。その程度のアタマなら狂牛病にかかったってたいしてかわらねえって。


 田中外相が更迭されて、小泉内閣の支持率が一気に30%だか40%だかに落ちこんだんだそうな。
 予想された展開だけれど、政治も所詮、大半の国民にとってはワイドショーに過ぎないってことだよなあ。それで政府に「不景気対策をなんとかしろ」なんて言うなってな。文句つけるヒマがあったらその分働けや。
 こんなこと書いてるとまたぞろウィルスを送りつけられそうだが(^_^;)、別に高飛車にモノ言ってるわけじゃなくて、世間は世間、オレはオレ、ってスタンス取ってるだけなんで、余り深く拘らないで頂きたいものである。
 だいたい、知人にリストラされて本気で困ってる人もいるのに、こんなこと書いてるのは相当鬼畜なんだが(こらこら)、大局的に見ればその通りなんだから擱筆するつもりはない。
 ああ、しかし、新聞によると、わが職業に関してもいよいよリストラの嵐が吹き寄せてくるような気配なんである。自分ではそれほど無能だと思ってるわけじゃないが、上司はまずそうは見てないしな。一年後は私も「政府は何やってるんだ!」なんて叫んでるかもしれないな。


 今日もしげは寝すごして迎えに来ず。
 「来れるか来れないか分らんものをアテにはできん」と言うのだが、そう文句をつけると、しげは、「何? オレはアンタを乗せさせていただいてありがとうって言わなきゃなんないの?」と悪態をつくのである。
 誰がそんなことを言ってるか。
 車に乗せてもらうことは素直に嬉しいと思うが、渋々仕方なくされるのは私だっていやだ。
 朝、いちいち起こして、帰りもしげは昼寝をしているから、携帯にメールを入れて起こしているのだが、それも、しげがそうしてくれ、と言うからである。「送り迎えをしたい」と言ったのはどこの誰だ。
 で、その通りにしたら、「私はあんたの奴隷か」みたいな言い方をするのだから、私が機嫌を悪くするのも当然じゃないか。
 こちらもいちいち下らんことで言いあいしたくないので、ぶっきらぼうに言い放つ。
 「じゃあいいよ、もう明日から乗らないから」
 途端にしげの態度が変わる。
 「……なんで。乗っていいよ!」
 やっぱり乗せたいんじゃないか!


 しげの日記の更新も遅れ気味であるが、これも「もちっと内容が判るように書けよ。オレですら分らん」と言ったら、いきなり拗ねて書くのを中断したんである。
 「せめてひらがなで書けば?」と言ったら、ピタッと書くこと自体、やめてしまったのだ。
 こんなん、文句というほどの文句か?
 仮にケチつけられたからといって、「私は私のスタイルがあるんだから、これでいいの!」と言い返せばいいのである。それが「表現者としての自負」ってもんだろう。
 演劇に携わってる者は、日常だって「舞台」と地続きになってると言っていい。常に演技者、表現者の眼で世間を見ることが肝要なのだ。なのに、ほんのちょっと「文句つけられたから書きたくなくなった」とか、おまえは千本ノッコか(←『ラヂオの時間』)。
 「なあにい? ジュースは炭酸はダメって言ったでしょ? もういい、今日は仕事しない!」ちょうどこんな感じか。
 「気分が殺がれたらやらなきゃならないこともしない」「注文つけられてまで書きたくない」なんて、表現者としての自覚がないと言わざるを得ない。
 もちろん、作家にだって、「おだてられないと書けない」なんてタイプの人もいないわけではない。
 でもたかが「しげ」が大作家を気取ってどうするのか。
 しげは、私の方がエラソウにしてると言っているが、それは書くときのスタイルなのであって、文章を書き続けるということに関しては、私は自分の文章に責任を負ってるつもりなんである。
 結局、しげは、自分の書いてるものに自信がないから、傲慢な態度を取って誤魔化しているだけなのだ。こんな、自分の失敗を、さもこちらの落ち度のように責任転嫁し、すり替えてものを言うような卑怯な態度を取っていて、恥ずかしくはないのか。
 ……ないんだよなあ。
 しげには私が劇団に顔を出さなくなった理由だって、少しも分っちゃいないんだろうな。

 もうしげに弁当を買ってきてやるのもやめた。
 迷惑かけて悪いって気持ちを起こさない相手に、何かをしてやろうって気にはこちらもなれない。
 だいたいメシ代は渡してるんだから、これ以上たからせる必要もあるまい。
 

 アニメ『しあわせソウのオコジョさん』。
 帰宅が早かったので、初めてオープニングを見る。
 なんと音響監督が『海のトリトン』の塩屋翼。子役から始まって今や監督かあ。人って成長するんだねえ。当たり前だけど(当たり前でないヤツをソバで見てると実感がわかん)。
 音楽も天野正道と豪華だが、肝心の監督の山本裕介って人がどんな人なのかよく知らない。新人さんなのかもしれないが、これから頭角を表してくるのだろうか。
 内容は原作の3巻あたりか。
 への字口の女の子がツチヤにラブレターを渡す話が原作にもあった(いけね。この日記に感想書くの忘れてた)。
 あのキャラ、思いこみが激しいタイプで、マンガキャラとしてはスキだ。現実の女ならイヤだが。
 続けて『FF』も久しぶりに見てみるが、筋がもーどーなってるのか分らんのであった。


 田口ランディ『コンセント』(幻冬社文庫・630円)。
 作者の名前自体が気になってて、この人いったい何者? とか思ってたんだが、どうやらネットアイドルみたいなところから作品が人に知られてったらしい。
 それにしても謎だね、「ランディ」。
 これって男名前じゃないのか? 本名か? ペンネームか?
 もしペンネームだったら、ちょっとセンスを疑うが。

 でも本編はなかなかに面白い。
 ヒロインが冒頭からやたらと男とヤリまくって、私のようにマジメ一方な(^o^)人間には、ちょっと感情移入がしにくいのだが、それにもちゃんと意味があるということがラストでわかる仕組みになっている。
 というか、ネタはそんなに目新しいものではない。
 要するに「コンセント」ってのはオマ○コのことで、一見コミュニケーション不全のように見えるヒロインが実はシャーマンとしての素質を持っていて、男は女につながることによって自らの精神世界とチャネリングする……ということらしいのね。確かに、娼婦=シャーマンってのは古来からの伝統だからねえ。
 ある意味ありきたりなこの設定を、ランディさんは魅力的な筆致で描いていく。やっぱり語り口がうまいとネタが普通でも読めるもんなのだ。

 孤独な兄の衰弱死、それに遭遇して以来、ヒロインには人間の「死臭」が嗅ぎ分けられるようになる。怯えた彼女は、かつて自分と不倫の関係にあった精神科医の門戸を叩くが……。
 この導入が読む者を一気に作品世界に没入させていく。
 死んだ兄が踏み切りに佇むイメージが、ヒロインの前にフラッシュバックとして現れる。幻覚? 妄想?
 それとも兄は自分に何かを語りかけたいのだろうか。
 そして自分はなぜ気がついたらセックスをしてしまっているのか(^o^)。

 ともかく出会った男と気がついたらヤッているというこの設定がすごいね。
 「語り口がうまい」と書きはしたが、文章は粘液質で、キャラクターのセリフも、むだに説明的で過剰である。なのに、印象としてはどこか明るいのは、作者が、逼塞した人間の精神をどこかで解放したいと願ってるからじゃないか。

 ランディさんが庵野秀明と対談したのは分る気がする。
 要するにこの小説のヒロイン、アヤナミだしね。
 けど、女性がアヤナミを描くと、対照的にこんなに男が惨めに見えるようになるとは予想もしてなかった(^_^;)。
 すべての男はやはりマザコンなのであろう。

2001年02月05日(月) 恐怖のブラック・メール/『真・無責任艦長タイラー1 入隊編』(吉岡平)



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