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■ あの風景へ帰りたい
10月1日からトルコへ9日間の短い旅をした。 いつかは行ってみたいと思い描いていた風景。 何もかもが新鮮で、興味深かった。
旅行中にちょうど断食月に入った。 日が昇ったら沈むまで、何も口にしない、敬虔なイスラム教徒は自分の唾を飲むことすら控えるという、宗教的な慣習だ。 尤も、トルコは「政教分離」の徹底している国で、街中には昼間でもチャイを飲む人や食事を取る人の姿もあったけれども。
夕方、イスタンブールの中心部、たくさんの人が長い列を成していた。無料で食事が配られる仮説テントのようなものだった。老若男女関係なく、日が沈み食事が出来ることを心から待ち望む。 “時間がない”と日々走り回る私と同じ“時間”が、「食べる」すなわち「生きる」ことに費やされている。 何の疑問もなく、ごく自然に、当たり前の光景で。
閉店前のエジプシャンバザールを見て回っていた私たちも、買い物をしていた店の奥で食事を取り出した店の人たちから、しきりに「食べろ食べろ」と招かれる。 タッパーに入った、家庭料理の数々。素朴なサラダに美味しそうなパン、自家製のピクルスにオリーブ。 席を空けてくれて、これとこれを一緒に食べるとうまいんだと、ジェスチャーだけで伝えてくれる。
街で食べ物を勧められたら、睡眠薬を入れるなどのトラブルが多発しているから食べてはいけないと、事前に聞いていた。 一度は断るが、彼らが食べている同じものを、ただ無心に勧めてくれている。 「いいじゃないか」とどこかで声がした気がした。 臆病な私は、オリーブとピクルスを少しつまんだだけだったけれども。 少し塩辛くて、あたたかい味がした。 聞けば、別行動の他の女の子は、知り合った男性から食べかけのパンを譲られたらしい。 さすがに食べるのはためらわれたけれども、その人がやけに嬉しそうにずっと見ていたので邪険にするわけにもいかず、大事に鞄の中にしまって立ち去ったそうだ。
たとえばバザールの店の奥で、街角のレストランで、そして多分それぞれの家庭で、皆嬉しそうに幸せそうに食事をしている。 日本ではちょっと考えられない光景だった。
「断食月」という習慣には、夜明けから日が沈むまで飲食を断つことで、貧しい人の状況を身をもって体験し、その苦しみを分かち合うという意味があるという。
「生きる」ということは「生かされている」ということ。 「生きる」ということは「食べる」ということ。 「他者とともに生きる」ということは、たとえば周りに自分の食事を振舞うように、ごく身近な行為の積み重ねなんだということ。
ここで宗教の是非を問う気はないけれども、本の上だけで知っていた知識が急に色を帯びて、すとんと胸に落ちた気がした。
トルコにいたのはたったの数日。 私が触れたのは広いトルコのごく一部。 それでも。 親切で人懐っこい人たちにたくさん会って、 自分の人懐っこい部分を少しだけ想い出したりもした。 笑う、手を振る、綺麗なものを見て歓声を上げる。 素直に感じるままに振舞えば、気持ちが軽かった。
人に恵まれた部分が多かったと思う。
まずは、ツアー同行の日本語ガイドをしてくれたアドナン。 親父ギャグ連発のおちゃらけさんだったけれども、真面目な話もした。 トルコの歴史、祖国への誇り、その上でトルコに足りない部分、どんな思いで徹底した政教分離が進められて、今のトルコがあるのかとか。 ヨーロッパ側、キリスト教側から歴史を観てしまいがちな私にとって、初めて触れるイスラム教側(とだけは言い切れないが…)の「生の声」であり、全てが新鮮だった。 お土産選びから値段の交渉まで、嫌な顔せず、時間外でも色々と付き合ってくれたね。 空港でお別れするとき、皆から握手攻めにあってた。 最後まで手を振ってくれてたね。 実はしっかり者で優しいアドのおかげで、トルコが大好きになった。
それからツアー添乗員の亀ちゃん。 可愛くて若くて一見頼りなさそうだったけれども、実はとっても芯が強くて、いい意味でふてぶてしさもあって、気配りの人だった。 ツアーのまとまりがよかったのは、アドがまとめていただけじゃなく、実は亀ちゃんがいい味出していて、影から支えてくれてたからだって思う。
ツアーメンバーにも恵まれていた。 一緒に行った友達にくっついていたから仲良くなったというのもあるけれども、皆人懐っこくて、短い時間の中であちこち駆け回って、よく笑った。
なんかもう今は、ただ楽しかったなあっていう想いだけ。 まだトルコ時間に生きている。 明日もアドに「グナイドン(おはよう)」って話しかけそうな自分がいる。 不思議。
いつかまた行こう。 「トルコに帰りたい」って半分真顔で言っていたツアーメンバー。 私も同じ気持ち。 まだまだ観たいものがたくさんある。 感じたいことがある。 未来へ、楽しみがひとつ出来た。
いろんな人へ、ありがとう。
2005年10月10日(月)
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