unsteady diary
riko



 汚れた「肺」

電車の待ち時間に、演劇専門誌がなんとなく目に入って、手にとってみる。
「カスパー彷徨」のポスター(ちらし?)が載っていた。

汚れた肺の絵が蒼くぽつんと中央に在る。
ただ、それだけなんだけど。
吸い込まれるように、そこだけが視界のなかで明るくなる。
うろ覚えなので、間違ってたらごめんなさい。
…舞台を観たあとだから、なのかな。
意味深で。
あの肺のことを、考えてしまう。
誰の、なにで、汚れた肺だったんだろう。
肺なはずなんだけど、ほんのちょっとだけ、もげた翼にも見えた。
心臓じゃないんだ。
なんとなく、ありきたりに心臓にするより、そっちのほうが感覚が近い気がして、ひとりうなづいた。
印象的なデザインだった。


何日か経って、舞台の生の迫力が、少しずつ、断片に変わってゆく気がする。
全体をつぶさに思い出す、というのではなくて、なにかもっと
イメージとか、そのときの痛かった自分とかが重なって、
ぼやけた感覚として、音とかのかたちで浮かび上がる。

真綿。
カスパー。
カスパーの母。
辻。

かれらの境界線はあいまいで、ただ、行為の結果がちがうだけのような気がする。

合法と違法。
正常と異常。
健常と奇形。

自分の歪みに開き直るか、開き直れなくてなおも「普通」であることにしがみつくか。どっちにせよ、本質的には、あまり違わないのかもしれない。


カスパーを追う刑事として登場しながら、カスパーのことを
異常だと割り切れない、自分のことと重ねて考えてしまう、
キーパーソンになるだろう「辻」。
辻は、先輩刑事の蓑田みたいになるのかな。
いつか、もっと年をとったら、「いまどき」でくくられるまでもなくなったら、
このときの自分くらいの年齢の若い刑事と組んだら、
どんなふうに犯罪と関わっていくんだろう。
蓑田の立場も、考え方も、解らないわけじゃないし、そう生きるほうがよほど楽だとも思うのだけど、
辻には、あのままでいてほしいと、なんとなく思う。

辻は、多くの傍観者、そのものだ。
直接関わるほど、ボランティア精神にあふれてるわけでもなく、
かといって、なにも知らずに明るく生きてゆけるわけでもない。
宙ぶらりんで、ときどきシンクロしながら、
ときどきは、残酷にただ高みの見物と決め込む。

彼の行き止まりは、破られるんだろうか。
でも、どんなもので?

「潜在的犯罪者」ってイイ言葉だ。
お芝居のなかで、辻にたいして、先輩刑事の蓑田が、いまどき刑事になりたいなんてやつらは潜在的犯罪者だ、と言う。
心のなかで殺していれば、きっと犯罪者だとわたしも思う。
あとで「ちょっと思ってみただけよ」ってあわてて付け加えようとも、
やっぱりそれは、潜在的犯罪のような気がする。
カッターナイフを触ってて、ふざけて手首に当てたことのない人ってどのくらいいるんだろう。
その気はないつもりで、「ちょっとだけよ」って思いながら、想像する。
想像のなかで、自分に、他人に、刃を向ける。

ほんとうに犯るわけじゃなくとも、
気分はたぶん、同じだ。
ただ、痛いかな、とか、痕残っちゃいやだな、とか、捕まっちゃうかな、とか、いろんなこと考えて、怖くなるだけだ。
だから、実際にナイフで真綿たちを殺したカスパーを、「信じらんなーいっ」という言葉でくくれるはずがない。

ちょっと話はずれるけど、お芝居のなかで、すこし気になった言葉がある。
「おんなのこはね、殺されて世界を手に入れるんだよ」という真綿のセリフ。
解るといえば、解る。
でも、首を傾げてしまう。
殺されて、あとは楽よね。
でもねえ、カスパーは死ねないんだよ。
そうやって、あなただけ心に残る。
彼はくりかえし考える。あなたのことを、あなたを殺したときの心臓の鼓動を。
彼が唯一殺した「いのち」
名前の在る「いのち」だから。
わかるよ、そうやってあなたは、カスパーを、世界をやっと手に入れる。
命がけだから、そのくらい、許されて当然かもしれない。
しあわせ?
ねえ、しあわせ?

うすらぼんやり、抜け殻みたいに生きるより
瞬間的に花火みたいに生きることに
憧れないわけじゃないけど、
すこしだけ、ずるいよ、って思ってしまった。
でもたぶん、それでいいんだろうな。
あっけらかんと、「だってそうしたかったんだもん」って真綿に言い返されるかもしれない。


2000年12月08日(金)
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