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■ 『風光る』〜自分のために
『風光る』(渡辺多恵子 小学館フラワーコミックス)が面白いです。 一気に6巻まで読んでしまいました。
ストーリーは、新撰組に性別を偽り入隊した女の子がヒロインで、彼女は父と兄の仇討ちのために武士になることを決意したんだけど、浪士たちのおちゃらけに振り回されるうちに、その後ろにあるそれぞれの気持ちに気づいてゆく。気がついたら、沖田(命の恩人で、彼には彼女=清三郎が女であることがばれてる)を好きになっているわけ。でも、沖田は、新撰組局長の近藤勇が1番大事、2番目が土方、3番目が清三郎、というわけで、彼女はいろいろ悩まされるわけだけど。 人を斬るときの怖さ、罪悪感、いろんなものから彼女は何度もつまずくけど、 けっきょくは沖田のそばにいて、守りたいという気持ちから仇討ちが終わっても、いつづける。 …つづく。
ヒロイン、なんと月代を剃られてます。(笑) あの、頭のまんなかを青く剃るやつ。 それだけしちゃう彼女、少女漫画のヒロインにしては珍しいのかもしれないけど、いいよねえ、こういう子。
私は、予想通り(?)沖田総司にはまりました。 渡辺さんのマンガは、キャラクターが一筋縄じゃいかなくて、 そこがいい感じなんですが。 沖田も例外なくヘンな人、愛すべきキャラに描かれてますね。 いわゆるヒーローじゃなくて、もっと謎なひと。 笑いながら、人を斬る鬼。
ちょっと、『るろうに剣心』を思い出します。(笑)
あ、でも土方も、斎藤一も、そうとういい味だしてます。 とにかく、キャラがひとりひとり立ってるので、なんでもない日常が面白くなるんです。ただの討ち入りの武勇伝を読んでるんじゃなく、ふつうの人間がそれぞれの生き方を生きてたんだなあって思える作品。
私はひねくれ者で、幕末好きという人が多い中、あまり幕末のいざこざは好きになれなかったんですが。 個人のために人を斬るなら、私にも共感できる。 そう判りました。 『最遊記』が好きなのも、そういう嘘のなさに惹かれるからだと思う。
大義名分は嫌い。 世のため人のため、お国のため、学校のため? 冗談じゃないっ。 しょせん、自分は自分だ。 好きも嫌いも、生も死も、エゴと切り離せないと思っているから。 好きな人は、自分の一部。 だから、そのひとのために命を賭すとしても、それは自己犠牲というより、自己防衛だと思う。 ナショナリズムだってそうでしょ? 将軍のためにお命投げ出そうっていうのは、わかんないさ。 新しい時代をつくるため、ってのもわかんない。 でも、それが自分のためだというなら、正しくないことでも、しょうがないんじゃない? 自己犠牲でうっとりしてるより、よほど健全だと思う。 まあ、私を巻き込まないでくれる限り、 私の大切な人を巻き込まないでいる限り、勝手にどうぞ。 悪人を悪人呼ばわりできるほど、私もきれいに生きてきたわけじゃなし。 そんなもんでしょう。
エゴだといえば、後追いもそう。殉死といったほうがいいのかな。 それはもう、自分のため、だよね。 相手が自分に死ぬな、と言い残したとしても、自分がその人がいない世界に住むのが嫌だから、死ぬんだ。 いい迷惑だし、傲慢だとも思うけど、本人にとっては、なんてぜいたく。なんて幸せ。
だけど。 失敗したとしても、後悔しない生き方って、案外そんなもんかもしれない。 汚れない人生でもなく、正しいと言える人生でもなく、人に迷惑掛けまくったとしても、自分の気持ちを偽らなかったなら、たぶん後悔しないんだろう。
単純なことだけど、気づかないことが多いのは、 自分がなにを好きか嫌いか、 自分がただ単純に好奇心を持ってることかどうか、だと思う。 善悪の見極めは案外カンタンにつくものだけど。 そうじゃなくて、ただ自分がなにを望んでいるのか、はバレないように 自分自身さえ欺けるよう、透明にされてしまう。 正しいかどうか、とは必ずしも一致しない自分の気持ちを その「色」を取り戻して、むきだしにしていられるなら、 きっと気持ちいいんだろうな。
自分のしたいこと、それだけが自分の絶対軸。 そんな生き方は、私には、何度生まれ変わったところで、できそうにないけれど。 でも、ほんのすこしだけ憧れる気持ちも、ないわけじゃない。 そんな生き方は危うくて、危ういからこそきっと魅力的。 犯罪者に惹かれる心理ってこういうものかもしれない。(笑)
2000年11月29日(水)
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