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ロボットと人間の間にわきおこる感情は、しばしば「おもちゃ文学」 のなかで、魂をもつ人間とおもちゃの間にあるとされる感情にリンク しているように思える。そのどちらにおいても、外見や機能ではなく 中身が問題なのだ。ほんとうのこころ、それがあるのかどうか。 オズに出てくるブリキの木こりも、それが悩みの種だった。
『ハル』は、日本の科学者たちの夢の結晶ともいえるアトム型ロボット 誕生への道程、その後の文明衰退が、手塚治虫をめぐるあまたのキーワ ードとともに、ここ数年に実際起こったできごととタイアップさせなが ら、短編形式で描かれている。その効果は深く、そして細部まで徹底 した取材による描写には、文系の人間も酔わされる。
アニメのアトムを知っている世代にとっては、生きてきた時間をひっく るめて未来へとつながるフィクション。手塚治虫ファンにとっては いうまでもなく感情を揺さぶられる展開にちがいない。
人間のような寿命をもたない彼らは、もし人間たちが地上から消えても、 「自動巻き」(『親子ねずみの冒険』ラッセル・ホーバン著より)にな る技術を獲得している。その点でも、おもちゃとロボットには共通の 時間が流れているのではないだろうか。おもちゃが人類の過去に属するとしても、未来のロボットだって玩具としての価値が大きいのだから。
ヒューマノイド(人型ロボット)があたかも魂を宿しているように見え るというのは、石や昆虫にも感情移入ができる人間にとっては、いずれ 日常的な現象になるのかもしれない。そのうえで、ロボットたちが本当に自 由意志や個性を培っているのかどうかが知りたい―それはロボットに人 間が贈りうる、最高の愛情だと思える。相手と心を通わせ、相手を絶えず成長させたいと願うのだから。
瀬名秀明が「和製クーンツ」と呼ばれていることは知らなかったが、本書にはクーンツを2冊しか読んでいない私にもアンテナを揺らす名前が登場する。ジャーマンシェパードの地雷探知犬「アインシュタイン」と、『ぬいぐるみ団オドキンズ』。
前者は『ウォッチャーズ』のレトリバー犬と同じ名前、後者は、おもちゃたちが主人公の児童書で、最後にはおもちゃの「魂」が描かれていた。『ウォッチャーズ』といえば、『ハル』で犬の登場する章は「見護るものたち」というタイトル。クーンツへのオマージュたっぷりだ。『ウォッチャーズ』の悪役である「アウトサイダー」には、決定的で平凡な子どもとしての個性があり、感嘆した。
もともとロボットと人間の間に通い合う割り切れない感情や一方的な愛、けなげな言動に反応しやすい私だが、『ハル』の世界をくぐり抜けて、おもちゃとロボットと子ども、人間(そして創造主)との関係に思い巡らすという、さらなる探求を意欲的に始めたくなった。
「ほんものの」アトムが誕生する日、人間たちは、否、彼を生み出した科学者は、どんな感情をいだくのだろう。そのとき、『2001年宇宙の旅』とコンピュータのハルをロードショー公開で観た世代は、この地上にまだいるだろうか。(マーズ)
『ハル』著:瀬名秀明 / 文春文庫2005
2001年12月07日(金) 『ちびっこ魔女の大パーティ』
2000年12月07日(木) 『絵画で読む聖書』
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管理者:お天気猫や
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