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2004年の「小説すばる新人賞」受賞作。 タイトルから頭上の空へ向けて想起されるイメージは、まさに不条理に満ちた本作の世界そのもので、友人から耳で聞いてじっとしておられず購入してしまった。内容とタイトルがこれほど合うのも希有ではないか。装丁も万全。
書き出しは、
となり町との戦争がはじまる。 (引用)
そして、「僕」が住民となっている舞坂町は、となり町と戦争を始める。 開戦日は9月1日、それは身近なところでは(なぜか)、1969年にリビアのカダフィ大佐が無血クーデターを遂行した日、後の革命記念日でもある。 この『となり町戦争』は、あくまで自治体どうしの協力を前提にした事業であるため、終了は年度末の3月末となる。そういう意味では終わりがあるのだが、しかし…と割り切れない思いを残して終わる。
随所にお役所からの「23と戦第○号」と記された通達書や、 『広報まいさか』の町勢概況などが挿入されていて、虚構もマニアック。 それでも日常の暮らしから、死者の出る戦争の姿は見えてこないのだという。 「見えない戦争」を感じることがいかに難しいか、そして感じ始めたときは、もう。
私が本来読みたかったのは、「僕」が巻き込まれ、偵察業務を負わされた戦争のなりゆきやお役所仕事の顛末に込められたブラックな笑いであった。しかし、役場の担当女性である「香西さん」が「僕」=北原と分室で勤務するようになってからは、私のなかでロマンス小説熱(あろうことかリンダ系の)が台頭し、もっぱら二人の関係に興味のウェイトが移った。
香西さんは奇妙である。外国で傭兵をしていた「僕」の上司の比ではない。状況設定が設定だけに、よけい彼女の奇行はきわだつ。 (誤解のないように言えば、彼女のしていることはあくまで公務の執行としての戦争であって、女性として見れば変だという意味だ)
で、読み進むうちに、作家は男性なのだろうと推測した。 現段階では私には断定できないが、「香西さん」の行動に潜む心理を思うと、 無性に切なくなってしまう。そこまでさせるのは異性でないと無理だろうと。 誰にでも、どんなに冷静に見える女性にも備わっている女らしさ−理性で押さえられない情念の発露−を時折見せる香西さんだから、よけいに胸せまるものがあるし、本音を言えば「僕」の受け身にも困るのだが、そういう主人公だから成り立つ世界なのだし、香西さんも惹かれるのだろうから。
最後に香西さんへ。
死なないでね。
というか、そのまま生活してたら、反動で死ぬから。
それも長い目で見れば戦死になるのかな。
それとも、世の中には香西さんのような人が、案外いっぱいいるの?
(マーズ)
『となり町戦争』著:三崎亜記 / 集英社2005
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管理者:お天気猫や
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