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せつなくて、どきどきはらはらする、冒険小説を読んだ。
まるで、「ハーメルンの笛吹男」さながら、 ぞろぞろと子どもを率いて、イギリスを目指す老人。 時は第二次世界大戦中。 老人の名は、ジョン・ハワード。 旅先のフランスに、ナチスドイツ軍が迫り、帰国を余儀なくされる。 その時、同じホテルに滞在していた夫婦から、幼い兄妹を一緒に イギリスに連れ帰ってほしいと頼まれる。 ナチスの侵攻に怯えながらも、ひたすらにイギリスをめざすハワードだが、 行く先々で子どもを預かることになり、脱出への旅は困難を極めていく。 (「ハーメルンの笛吹男」で重要なアイテムの笛は、本筋には影響を 及ぼさないが、この物語でも、大切なアイテムである。)
70歳の引退した老弁護士が主人公の冒険小説なんて、 地味で退屈だと思いこんでいた。 確かに、派手さはなかったが、決して退屈ではない。 戦争という非常に悲壮な状況の中で、淡々とイギリスを目指す ハワードたちの逃避行は冒険に次ぐ、冒険である。 幼子と老人の間には、当然のごとく、さして通い合うものもない。 子どもたちは、戦火の下とはいえ、やはり、無邪気な子どもに過ぎず、 時に、ハワードの足手まといにもなる。 自分の身一つならまだ、何とかなるだろうが、最終的には数人の子どもを 連れて、ナチスの包囲網をかいくぐって海を渡らねばならない。 どきどきしたり、はらはらしたり。 さすが、イギリスの冒険小説の裾野は広いと、ひとしきり感心してしまった。 しかし、どこにもスーパーマンは現れない。 普通の人たちが、互いに助け合う姿があるだけだ。
この本を読んでいた時、ちょうど、「レスキュアーズ」という アメリカのドラマを見ていた。 “レスキュアーズ”というのは、もともとは“RESCURE=助ける人”という意、 ここでは、“ナチスからユダヤ人を守るための活動をした人々”という 意味の固有名詞になるだろうか。 実話をドラマ化したもので、現実の世界には、スーパーヒーローはいない。 神様が、助けてくれるわけでもない。 市井の人々が、命がけの勇気を振り絞り、 ナチスの手からユダヤ人を助けようとする。 普通の人々の、「普通」の勇気について、考えさせられた。 自分たちの行いが、ナチスに露見すれば、殺されてしまうことは必至だ。 並々ならぬ勇気ではあるが、不合理な暴力から誰かを助けたいという思いは、 本来なら普通のことなのだ。 この場合、「普通」の勇気は、命がけのそれであり、 結果的には、誰にでも簡単にはできない、高邁な行動となったのだが。 ドラマではあるけれど、 人々が、立派なことを言うでなく、異常な日常の中で、 「普通」の人として、何とか、ユダヤ人を助けようとする姿に心を打たれた。
この物語でも、みんな普通の人ばかりで、 普通の人たちが、何とか、この難局を切り抜けようと、知恵を絞る。 最近、「フツー」ってよく使うよね。 「フツーに、うれしかった」とか。 みんな「フツー」に、勇気を振り絞っている、そんな感じ(笑)。 ドラマとシンクロして、ナチスやら戦争やらの、残虐な暴力を思い、 個人的には、気持ちが重たくなったりもしたけれど、 この小説は、せつなく、やさしい心持ちになれる、 ちょっと珍しい冒険小説でした。 (シィアル)
※この小説は、2回ほど、映画化されているようです。
1942年には、『The Pied Piper』
(監督:アーヴィング・ピッチェル / 出演:モンティ・ウーリー)
1990年には、『Crossing to Freedom』
(監督:ノーマン・ストーン / 出演:ピーター・オトゥール)
※『レスキュアーズ』製作総指揮:バーブラ・ストライサンド ナチスからユダヤ人を守ろうとした女性たちを描いた実話ドラマ。
『パイド・パイパー −自由への越境−』 著者:ネビル・シュート / 訳:池央耿 / 出版社:創元推理文庫2002
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管理者:お天気猫や
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