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以前、アメリカ南部の大都市に残る由緒正しい石造りの映画館で、 華やかな衣装の人々に囲まれて評判のロングラン・ミュージカル 『The PHANTOM of the OPERA』を見ました。
「ファントム可哀相だね」
見終った同行者は孤独な怪人にしきりに同情しています。
「”ファントム”って”お化け”だよね。
人間だったのに。人間の名前ないの」
ありますよ。
「彼の名はエリックと言います」
「なんで知っているの」
「エンジェル・オブ・ミステリーが原作を持ってたんですよ」
「あー。お父さんね」
「十年以上前に読んだのであまり覚えていませんけど」
「エリック。エリック。舞台では呼ばれなかったね」
「原作はとても長いのでクリスティーンは『エリック』と呼んでます。
それにもう一人ファントムを『エリック』と呼ぶ友人がいたんですが、
この人は舞台では完全にカットされてましたから」
「ファントム、友達がいたの」
「友達というか敵というか」
「何者」
「ペルシア人」
「へ?」
そうだ、ペルシア人がいなかった。
1910年(明治43年)に書かれた古典的怪奇ロマンス 『オペラ座の怪人』は100年近くの間に度々映像化されています。 アンドリュー・ロイド・ウェバーの楽曲で一躍ヒットした ミュージカル版『オペラ座の怪人』では主に 新進のオペラ歌手クリスティーン(英語名)と音楽の天才である怪人との 怪奇で甘美な絆にストーリーを絞って華麗な舞台と音楽が繰り広げられました。
対照的なのが1925年(大正14年)に作られた 無声映画『オペラ座の怪人』。
こちらは米南部の小さな都市の古めかしくて立派な映画館で、 ハロウィンの夜、魑魅魍魎の姿をした観客に囲まれて 豪華なオルガンの生演奏付きで見ました。 古い映画特有のちゃかちゃかした動きと怪人の目玉を剥き出したメイクは 怖いというより滑稽で、会場は怪奇映画を見ているというよりは 懐かしのコメディを見ているようななごやかさでした。
こちらでは連れ去られたクリスティーンを救うために 彼女の恋人ラウルとペルシア人がオペラ座の地下の迷宮に侵入し、 仕掛けられた悪魔の罠の数々に苦しめられる場面がメインの 冒険活劇の趣でした。 うーん、ところどころ憶えもあるけど、こんな話だったかな? 二つともまるで全然違う話みたいじゃないですか。
という訳で、日本の暦でいえば明治43年に書かれた 『オペラ座の怪人』を十数年振りに読み直してみました。 おどろいた事に、ミュージカルも映画も、ラスト以外は ほとんど原作に忠実に作られていました。 ただ、ラブストーリーに重点を置くか、 アクションシーンに重点を置くかの差で、 長い物語の中から選びだされた場面が重なっていないので まるで違う印象になっていたのです。
ミュージカルではカットされていた活劇場面の主役、 謎の「ペルシア人」はエリックの古い友人であり、 その犯罪を止めようとする敵でもあるいわば「探偵」です。 だって、あの頼りない青年貴族ラウル君一人だけじゃ とても姦智に長けた怪人とは対決できないでしょう。 そういえばもう一人、ラウルの歳の離れた兄、シャニイ伯爵が ミュージカルではカットされて、映画では目立っていました。
『オペラ座の怪人』の作者、ガストン・ルルーは 密室トリックの草分け『黄色い部屋』で知られるミステリ作家です。 オペラ座で繰り巻き起こる不気味な怪奇現象の数々は 天才建築家でもある怪人の工夫によるものや、 オペラ座という独特の構造と歴史を持つ舞台による、 ことごとく合理的な説明のつくものでした。 ですからいわゆるホラーではなく、いってみれば 江戸川乱歩の人気シリーズ『怪人二十面相』の 原点のような世界です。
1925年の映画のラストは原作とは異なり、より活劇的になっていて 松明を手にした怒れる群集によってセーヌ河に投げ込まれて 怪人は最期をとげます。 一方、ミュージカルでは地下に司直の手が伸びてきた時、 怪人はひっそりと姿を消します。
「ファントムはどこへいったの?」
「ええと、地下の湖はパリの町にも出入り口があるはずです」
「そっから逃げたのかなあ」
「たぶんね」
原作ではエリックはペルシア人に自分は
間もなく死ぬと言い残して手紙を託します。
でも、トリックの名手ファントムは
やっぱり世紀の変わり目の大都会に消えたと思いたいですね。(ナルシア)
『オペラ座の怪人』 著者:ガストン・ルルー / 出版社:創元推理文庫
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管理者:お天気猫や
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