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タイムトラベルができる場所を選べるなら、 どうしたって英国である、という人は たくさんいるはず。
『グリーン・ノウ』(1954に第一話出版)も 『トムは真夜中の庭で』も、 『ナルニア』(1950)も異世界への旅という意味では同じで、 英国の児童文学の伝統となっているのが、 田舎の古い館で子どもたちが経験する時間旅行。 1939年にロンドンで出版されたこの本は、 そういう物語のほとんど最初といっていいのでは。 (『アリス』を除いて、という意味でだが)
夏休みにダービーシャー(英国のまんなかあたりにある)の サッカーズ農場に滞在する少女ペネロピーが、 16世紀のサッカーズ荘園へと、時間を旅する物語。
そこには、あの悲劇の女王、メアリー・スチュワートが 囚われており、彼女を救うことに情熱を傾ける アンソニー・バビントンという若い領主がおり、 そして彼らバビントンの一族の住む 平和に満ちた「緑の谷」、もうひとつの、 時代を超えたサッカーズ館が在るのだった。
いったい時間とはどんなものなのか? 過去と現在と未来は、いつでもそこに存在しているのだろうか? ペネロピーは薄いヴェールで分け隔てられた二つの世界を 往き来しながら、考え続ける。
バビントンがやがてメアリーの救出に失敗して その後処刑されてしまうことは、歴史の事実として 物語のはじめに教えられる。 私たちにはあまりなじみがない人物だが、 実在の彼は、エリザベス女王の暗殺を企てたとして やはり処刑されたのだという。
時を超える旅を少女時代に経験したペネロピーの、 おそらくは何十年か後の回想によって語られる物語は その時代に生まれた英国人らしい抑制のもとに、 観察力に裏打ちされた感性が五感を刺激する。
食べるもの、地に育つもの、美しく、思いを伝える、 人がつくった大事なものたち。 かつての時代にあって、いまは失われてしまった香気。 いまもまだ、その場所の土から生まれたような人が 命をつないで暮らしている農場。
面白いのは、現在の(1900年代前半の)サッカーズ農場を取り仕切る 「おばさん」と、かつての栄華の時代、サッカーズの荘園の高貴な人々を 裏で支えた「おばさん」が見間違えるほどよく似ていて、 どちらの時代でもペネロピーは彼女たちの一族として認定され、 随所で絆が強調されていること。 そうでなければ、時間旅行も許されないのだろう。
著者のアトリーが大人になるまでを過ごしたという ダービーシャーの典型的な農場の様子。 私たちは時々、運命の先を急ぎたくてうずうずしてしまうけれど、 農場の暮らしの細部まで、人間が充実して暮らす様子は どういうふうなのか、平和の大切さや自然への礼拝の心、 そうしたすべてを読む人に知ってもらったうえでの、 歴史的な大事件、胸おどるドラマなのである。
ハーブの好きな人、食べることが好きな人、眠ることが好きな人、 クリスマスの好きな人、手仕事の好きな人、 英国と歴史に興味がある人(すべて猫や的かも)、 いつでも時間旅行に出かけていってほしい。 (マーズ)
『時の旅人』 著者:アリソン・アトリー / 訳:松野正子 / 出版社:岩波少年文庫
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管理者:お天気猫や
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