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■ そして
両親の長年の念願叶い、 私が四年生になって母に赤ちゃんが出来た。
今度こそは流産も早産もないようにと 家で安静にして横になる日々。
家事は全て家政婦さんがおこなった。
それでも8ヶ月の早産となり、 生まれた体重は1800g。 減った体重は1200gだった。
保育器に入った小さな痩せた血色の悪い赤ちゃん。
それが弟だった。
弟は日曜日の夜に生まれた。
当時は日曜日の夜は 子供にとってゴールデンタイム。
いなかっぺ大将から始まり サザエさん、 アタックNo.1 サインはV と8時まで目白押しの楽しい時間。
それが私には大きな事だった。 殊にバレーボールの2番組は見逃せなかった。
ビデオのないこの頃に番組を見られなかったというのは 最新の話題についていけない… 友達の輪に入れないという気持ちもあった。
あぁ、私は何というわからんちんだったのか…。
朝から分娩室に入っていた母の苦悩も解らず テレビが見たいと言い張った。
潜在的に 間もなく生まれてくるであろう命よりも自分の方にに気を引こうという 最後のあがきでもあった。
果たして 仕方なく家に一旦帰ることになった最中に 弟は産声を上げたのだった。
弟よ、ごめん。
アタックNo.1の方が僕より大事だったんだね、と 後年言われたが…
その時は正にそうだった。
ごめんなさいね(^-^;
2010年05月24日(月)
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