ねこってさ なんて知恵者なのでしょう 入ってほしくない場所に執着すると 何がなんでもそこに入りますよね 驚いたことに つっかえ棒をして 仕事に出かけるときは 私の知恵のほうが勝つのですが 子供がつっかえ棒だけしてでかけてしまうと つっかえ棒のないドアを開けて その部屋にある引き戸を開けて 入ってほしくない部屋に入り あ・・・っと思って覗くと 「結構簡単だったよ」 と こちらを見るのですよ んもぉ・・・
今日もえさと水がからだったので にゃあにゃあ大騒ぎ 入れなきゃと思いながらも なかなか手順が悪くて入れられなかったのです ずいぶん経ってから そうだ・・・餌! と思って 入れてやると 「待ってたさ!やったぁ」 おお がつがつするぞっ と期待して遠くから見ていたら 「入れてくれたならいいんだ 今はいらないや」 と またいだのです このぉ・・・だったら鳴くなぁぁ と猫に腹を立ててもしょうがないのに その気まぐれでわがままな態度に おもわずぎゅーーーっと抱きしめてしまいます 「むにゃぎょ」とひと鳴き どうだ参ったかぁ! と 1人と1匹でじゃれあうのですが・・・
うわっ・・・ すごいお題です
はいっ! 上の娘がそういうわけで 初潮を迎えました はじめ聞かされたときに 予想していた気持ちとは違って ただただ喜びでいっぱいでした もっと複雑な・・・ ・・・きっと 子供が大人になってしまうのは 寂しいのではと思っていたものだから こんなに明るい気持ちで報告を聞くとは 思っていなかったのです
なんていうか・・・ やっぱり嬉しいものですよね 我が子が成長していくのは・・・ 教えたり守らなければ生きていけなかったのに 少しずつ自分で身を守ったり自分から学んでいくのです そんな当たり前とも思えることが 不思議と感動できたりしてしまいます
このごろの娘は 冗談の切れもよく よく笑わせてくれます 少しずつ深い話もできるようになり 同性の子供って救われるな・・・って思います 共通の話題がまたひとつ増えました
馬子にも衣装・・・ 下の娘が七五三で 可愛らしく着付けていただきました
実は お着物について 不思議なことがありました 夏の終わりに神社に出かけ 日取りや写真 着物を予約したのですが 着物を決めているときに心配して見に来た母が 「これがいい・・・」と 正絹の手刺繍がしてある着物を見つけました 刺繍がとても綺麗で質素な感じ 色は今時ないような 朱色でした 「これは高価な着物じゃない?」 と 係りの女性に聞くと 「さすがおばあちゃまお目が高いです これは正絹でとても価値の高いものなんですが 今時はなかなか着る子供も少なくなってしまって プリントの派手な ポリエステルが主なんですよ」 ということで 娘に勧めましたが 娘は桃色の着物が気に入っていて 絶対にそんなのは嫌だ・・・と聞かなかったのです 結局「じゃあ着ない」なんて事が予想されたので 娘の希望するの桃色のぺらぺらに決めたのです そして今日 薄化粧にアップの髪 さぁ着付け というところで ゛着物がない゛なんてことになり 桃色系の着物が4・5枚運ばれてきました クリーニングに出してしまったらしいというのですが どんな着物だったか たくさんの中から 好みの桃色を選んだので この中から・・・ といわれてもなぁ・・・なんて考えて ふっと 予約をした日の着物が頭をよぎりました 着物の特徴を話し 探してもらうことに・・・ 髪を結ってから 一時間が経とうとしています もう どれでもいいかな・・・ と思い始めたら ・・・見つかりました 朱の正絹です この着物とは縁があったのかな なんて思っているうちに すごい速さで着付けていきます さすがプロですね 本着付けだというのに 正絹だから着付けやすいとのことで 5分ほどで着せてしまいました んーかわいい!! 現代離れしている娘の顔立ちには似合っていたようです お祝いなのに申し訳なかったと 貸衣装代はただになり 着せたい着物が着られ 母は孫の可愛らしさと 不思議な着物とのご縁に 涙していました
夜になってから母からの電話で 本当にそんなことがあったのか 母に気を使って その着物を着せたのではないかと 電話がきたほどです そんなこんなでしたが お天気にも恵まれて いいお祝いができました
感謝です
小学校のバザーでした やはり 一人二役はきつかったですが 楽しくお母さんたちと仕事ができて 心地いい疲れです
・・・おやすみなさい とほほ
職場でのこと
ヘルパー室で 若い男性職員が記録を書いていました 私が調べ物をしに入り 担当女性の最近の様子などを その職員と話し合っていました 調べ物が済み ヘルパー室を出ようとすると 「ケッコンのコンてどういう字でしたっけ もう 漢字がわからなくなっちゃって困ったなぁ」 『コンはぁ 女って書いてぇ 氏の下に日ですよ』 「女にぃ 氏ってどういう字?」 『氏は 氏名の氏よ ほら こうやって・・・』 ・・・あ・・・・ 『ごめん ケッコンて 血痕かぁ・・・』 「ですよぉ 日誌に結婚は出てきませんからねぇ・・・」 あっちゃあー ですよねぇ 日誌広げてこの職場だったら まず 血痕が出てくるでしょう まったく・・・はずかしいったらなかったです この若い男性職員も 早く気がつけばいいのに 「あっ その結婚じゃなくて 血の・・・」 とか・・・「女に 氏ですか」 なんていうから いい気になって 説明してしまったじゃないですか・・・
思い込みの激しい私ならではの勘違いです
今日 職場に行き 担当女性のいる3階に上がり 絨毯敷きの廊下を足音もなく(・・・のつもり) 歩いていき 一番奥のドアに向けて近づいていくと 担当女性の部屋のドアが開いていました ・・・あらあいてる とそのまま近づいていくと まだ15メートル近くはあるというのに 「○○さん」 と 私の名前を言い当てたのです 残りの廊下を走り ドアに寄り 『足音でわかったの?』 と 急いで聞いてみました 「よかった 来てくれた」 私はしばらく大笑いしてしまいました 94にもなろうとする人が 足音で言い当てるなんて なんとも不思議だったのです 私の足音を待っていてくれたからなんだと 心がちくちく痛みました そんな思いに 私は答えられているのかと 咄嗟に感じたからです
そんなことがあったので 朝から私たち2人はニコニコでした
土曜日に学校のバザーがあります 明後日は仕事を終えた足で学校に行き 土曜日は朝からバザーです
日曜日は下の娘の七五三 明日はその準備に走り回ります 段取りよく動かないと 大穴あきそう・・・ 気をつけて頑張らなくちゃ
祭日でしたが 出勤でした
家に戻って ポストを見ると 入っていました 終了証明書です 最後の実習レポートを出してから ポストを見るのを楽しみにしていました やることは全て終わったとはいえ やはり証書を手にしないと なかなか 区切りよく安心できなかったので やっとホッとできたというところです 仕事と講義 PTAと夏の暑さで 体調を崩したりもしましたが いま すっかり元気になり 思い切って取ってしまってよかったです
何よりも実家の協力無しでは無理でしたから 修了書をそのままファックスで送ってしまいました 折り返しすぐに電話があり これを手始めに 頑張るように言われました 気持ちはあっても 子供の負担や 授業料のこと 授業時間のことなど そう簡単には手が出ませんが まったく不可能ではないという 気持ちだけでも 持てたような気がします
直接 仕事への関係はないけれど 小さくても資格は嬉しいものですね
心に元気がでないなぁ・・・
私の父は 声楽家なのですが 今日 あるコーラスグループのコンサートで 独唱するというので 母と一緒に 子供達をつれて出かけました 母にしても父にしても ちょこちょこと音楽会に出るので よほど大きな舞台でないと なかなかお花束を用意しなくなってしまいました 今日も手ぶらでぶらりと出かけました
少人数のコーラス団体の三十周年コンサートだそうで その団体は 中学校のPTAの生涯学習から 始まったそうで 創立当初 父が指導していたとか・・・ 今日の記念コンサートに ぜひ歌ってほしいと 企画してくださったそうで 行ってみるまで事の次第がわかりませんでした ・・・そういうことだったのかぁ 少人数とはいえ 難しい曲に挑戦していて 頑張っている様子が伺えます 父が出てきたのは イタリア歌曲の カロ・ミオ・ベンの間奏部分からです うとうとしていた子供達を起こして よく見るように言い聞かせます 「ずいぶん前から緊張していた」と母から道中で聞かされていたので 血圧が上がって倒れやしないかと 心配もありました 父はバリトンです ドキドキしながら聞いていると 思っていたより声が出ています ・・・へぇ 娘達と「上手だねぇ・・・」とささやきあうほどでした いつも 家でゴロゴロしていて すぐ叱る父ですが 今日のコンサートでは ずいぶん゛じぃじ゛のお株が 上がったと思います フニクリ・フニクラでラスト なるほどなるほど そういう声だったのかと わたくし娘としても 見直すほどでした いやぁ・・・お花を持って来ればよかったなぁ ビデオでとればよかった・・・ 次回は絶対! 帰ってから とてもよかったこと また歌うべきだと 素直な気持ちになって伝えてきました
下の娘が 夕食後 おもちゃの棚からあやとりを取り出して 「おかあさんと ねえねと 3人でしよう」 と 誘ってくれました 久しぶりです このあやとりの糸は 毛糸で編んであり 丈夫ですべりもいいのです 私がその昔 仕事をしていた特別養護老人ホームに 入所していた女性が作ってくれたもので 幼稚園に転職したときに 大量にいただいたものです 子供達にあやとりを・・・ ということで あやとりはその頃幼稚園のブームになりました お礼がしたい と 子供達を遠足がてら ホームに連れて行き 交歓会をしたのです ・・・なつかしいな そんなことも思い出しながら 3人であやとりをしました 下の娘もだいぶできるようになったのですが つまみながら引き上げる・・ということが 結構難しく しかも指の長さがちと足りなくて なかなか上手くいかなかったです いまいち面白くなくて お風呂に入ってしまいました その間に 上の娘に 1人あやとりを教えました 見たように指を動かしたり 何度もしたり覚えたり 年齢が高くなれば スムーズにできることを まだ小さいときに 手取り足取り!? 教えたっけな・・・自然にできるようになるものなのに あせって覚えさせようとしていた 幼稚園の頃が懐かしくなりました
すっかり寝る時間が遅くなってしまいました こんな団欒もいいですね
多望・・・こちらのほうが夢がありますね
今日は1日忙しかったです ひとつひとつ行事が終わって あっという間に暮れかな
なんて思いながら 片付けものをしました
明日が終わればお休みね もうひと頑張りです
学習発表会終わりました
いつもながら 態度のいい子供達に感心しました そしていつもの校長先生の挨拶には首を傾げるばかりでした・・・
それぞれ学年ごとに 先生のカラーが出ている感じがしました 1年生は「女の子がいっぱい 男の子がいっぱい」 という わかりにくいお話でした 小学校に入る前は 男の子も女の子も 楽しく仲良く遊んでいたのに 1年生になったら喧嘩ばかりしているのはどうしてかな という内容で 女の子なのに女の子らしくないとか 男の子なのにらしくないとか わあわあ言い合ったり歌ったりして終わりました 最後に解説が だけど本当は仲良しですよね? とはいって終わりました ・・・・ごめんなさい よくわからなかったです
6年生は 6年間の思い出を劇にしたもので 6年生の自作自演だそうです 何もわからなかった1年生の頃 上級生や先生が支えてくれたこと ケナフを育てたときに 台風が来て 大きくなったケナフが倒れてしまい 連絡網が回って 支柱を立てに行ったこと なつかしいなぁ・・・ ケナフなんていう植物のために どうしてこんなに大変な思いをするのかなぁ なんて不謹慎に思ったものです でも今となったら マクドナルドの包み紙や 紙コップなど ゛ケナフからできています゛という 記しをよく目にするようになり 「ケナフだよお母さん!!」 と育てた娘が騒いでいます 育てたケナフをミキサーにかけたり 煮たり炒めたりして 食べたり紙を作ったり 我が家のカッターも貸すことになり 動かなくなっちゃいましたと 先生がすまなそうに返したことも思い出されます 中庭に植えたとうもろこしも 猿にあらされて網をかけ 夏休みは当番制にして 網の中に入っての 水遣りでした 大変だっただけに 良い想い出になったのでしょうね そして運動会の組み立て体操です 組み立て体操の復活は 何年ぶりかのことだそうで 先生も生徒も 父兄までもが緊張した雰囲気の中 見事に決めた子供達に 涙ぐむ父兄もありました それを劇にしたわけです そうだったね・・・こうだったね 独り言をつぶやきながら 涙を指で隠しながら ビデオをまわしていました 良い仕上げになりました 卒業式で 私・・・号泣してしまいそうです 小学生の終わり それなりに育っていくものなのですね そして中学に向けて 心も体も準備が整ってきたようです 6年間の軌跡 「僕たち私たちは こんなに大勢の人たちに守られ 支えられてきたことを改めて知ることができ 感謝の気持ちでいっぱいになりました」 だそうです 泣けてきます
明日は学習発表会です
上の娘は最後となり 下の娘は初めてとなります
どちらも張り切っていて 昨日あたりから着る物について あれこれ相談を受けています 上の娘は6年間の思い出を劇で表すそうで ケナフとシマドジョウの役なんですって・・・ ・・・なんだ 人間じゃないのね・・・ 娘らしいと言えば娘らしい で 緑の服と 黒い服を探していました 下の娘は 女の子の役 「女の子の服で暖かいのがいいって」 先生が言いそう・・・ いつも動きやすい格好で 素敵な女の子にはちょっと遠い服ばかり ワンピースやらスカートやら どれも小さかったり大きすぎたりです あまり可愛らしいと嫌で 普通っぽいのはつまらなくて・・・ ブラウスとワンピースにしました
衣装もビデオも準備できました 明日が楽しみ
少しずつだけど 娘とウォーキングをしてみようと思います
娘との時間が取れるのは 夜だけですから 三日坊主になりがちです でも しなければならないように思えて 頑張ってみようと思います
・・・あらららら 気がついたら 3日も日記が書いてなかったです こりゃあもう 新記録で・・・
また来週から頑張ろう
元気出して
おうっ!
痴呆症状が・・? そんな心配を始めた担当の女性ですが 今日は変わりない朝でした あれは 私が3日間休むという不安からかもしれない そんな考え方も湧いてきました 今日は甘えん坊モードで 歩くのにもべったりくっついてきたりです それはそれで珍しいことのですが 帯状疱疹でお腹の包帯のために トイレに行きにくくなっているのですが 1人のときは難なくできるのに 私がいると急に 「できないよ」と始まります 時と場合によっては してあげるのですが 私が他の仕事をしていて ぐずぐずしていると さっさと下着をあげて出てきます 「おおっ すごいのねぇ」 と 褒めます 照れくさそうに笑うのですが 褒められたかったようです もう1人の担当女性のところに出かけた後 1人でレクリェーションに出かけた と 報告してくれました これもすごいことです いつも誰かにくっついていくか ヘルパーの迎えがあっても行かないことがほとんどなのに・・・ 「ひとりで!!?それはすごいことね おどろいたなぁ うれしいなぁ」 まるで子供に言うみたいに・・・ それが嬉しかったらしく 私の腕に彼女の腕を絡ませて しっかり腕組みで食事に向いました 腕を組んで歩くと 自分のリズムが取れないのと かえって歩きにくいことなど説明し 手をつなぐ程度でしたが 今日はそんなことどうでもよくなりました 嬉しさの表現ができたのですものね 食後の口腔ケアも 私が少しの間留守しただけで すっかり終わっていたのです 今日はやる気満々な日だったのかな 心配するような行動は見られませんでした
人間て 毎日違うものなのですね
精神科に通っている担当の女性が ここ2週間ばかり様子がおかしいのです 痴呆が始まった頃の表情かもしれない 今日はそう思わせることがありました
依存症で とにかく何から何まで決めてもらわないと 動けない けれど自分というものも持っていて 自分の決めたものを相手が選択するまで 「どうするの?」と聞き続けているところがあります それは痴呆とは違い 生活習慣を保とうとする意思と 新しい情報を受け入れるときの不安というのが 対応していて感じ取れるのですが 今日も いつものようにたっぷりとお茶を入れてもらっていて (それは彼女の精神安定なので 前にも日記に書いたけれど そうすることに決めたのですが) お茶の入ったコップの中にスプーンが2本 浸けてあったのです お茶でコップが全部ふさがっていたからかな なら減らせばいいのに・・・なんて思っていました でも ちょっと今までにない行動です いつもの緑色のコップがなくて どうしたのか尋ねたら 食器棚にあるというのです 確かにありました でも どうして? いつもの場所にしまおうと 目線より上から取り出したら お茶が目いっぱい入っていて そうとは知らずに手早く引き寄せたものだから すっかりこぼしてしまったのです あらら 何でこんなことを?と 隣においてあったご飯茶碗をよけようと急いで取り出したら それにも並々とお茶が・・・あぅっ 見えない高さだから 棚の中がびっしょりです これはどういう意味だろう お茶のことでは 色々あった私たちなので じっくり聞かないと・・・ 『このお茶は どうしたかったのかな?』 「お茶がもらえなくなるからそこに置いた」 『お茶碗にも入っているけど 自分でしたの?』 「・・・・わからん」 『とにかくお茶がいっぱいほしかったということかな』 「・・・・わからん」 責めているわけではないけれど 自分でもおかしなことをしたと思ったのでしょうか 答えなくなってしまいました いつものように歩いていても 「なにしてんの?」 と何度も聞きます 『お散歩してるのよ 今日はどこまで行きます?』 「わからんな」 いつもなら ここはどうだろうあそこはどうだろうと 話し合って決めるのですが 自分が何をしているのか 本当にわからない様子です そういう時の目が 大きく見開いて きょとんとしているのです 帰り際に口腔ケアをして いつものパターンで 梅ジュースを飲むからと 先回りして入れてあげたら 「これどうすんの?」 と聞くのです 『えっと・・・いつも入れ歯の後で飲んでいるけれど 今日はやめておく?』 「飲まんよ 何も飲まんよ」 と 見向きもしないで行ってしまうし・・・ ええええ あれほどこだわっていた飲み物を どうしたのかな・・・常に冷蔵庫が 梅ジュースでいっぱいじゃないとパニックになるのに 確かに金曜日のままジュースが減っていないのです 依存症であって いつもすることをしなくなるのは 少し不思議な気がします そういえば 娘さんが「電話の回数がめっきり減って 良かったです 落ち着いてきたんでしょうね」 と言っていたっけ・・・それって もしかしたら 電話をすること自体 わからなくなったということ? ・・・かもしれない 少し様子を観察するべきかもしれないですね 痴呆が進行して 問題行動を起こして 怪我をするようでは本人に良くないですものね
対応の仕方に柔軟性を持とう〜
ヘルパー2級の資格も 今日の同行実習を残すのみとなりました やはり短期というのはいいですね 仕事をしながらでも比較的無理なく取れます ちょうど体調を崩して 後半は大変な思いもしましたが それももう終わりです
ホームヘルパーの実習 個人のお宅へ行き 介護保険のためにたてたプランに基づいて 介護サービスを行うものです ホームヘルパーは 上の娘が幼稚園の頃 下の娘の妊娠まで ほんのわずかではありましたが 経験があります 老夫婦の住まいといったら たいていが古い家屋で 物があふれていて どこからか猫が入ってきたりして 床もベタベタ・・・ そんな印象だったので それより悪くとも 良くはないと覚悟をしていきました 近くの駐車場で待ち合わせして ヘルパーさんが到着しました
目的のお宅は やはりかなりの古さです 1人娘さんがいるそうですが 四国にお嫁にいって 4年に1度ぐらいしか 帰らないそうです それにしても・・・物があふれていて 家の間取りがどんななのかわからないくらいです 高齢者の1人暮らし ご夫婦暮らしは こうなりがちです メニューは掃除 洗濯 食事のしたくです ほとんどが観察といったところでしょうか どんな仕事なのかを観察しながら できる事をしました 掃除機がけならできる・・・ ところがはじめたものの たった姿勢では無理・・・ 物をどかしたりもどしたり・・・ 膝をついてかけないと 屈伸しきれないのです そして拭き掃除・・・これも どこまで拭いていいのか・・・ これ以上拭くと大掃除になってしまいそう・・・ とりあえずものすごく適当な拭き掃除をしました そうしながらも台所では煮物の準備ができています なんて手早いんだろう・・・あっというまに 五品ほど仕上がり 昼ご飯と夕のおかずまでできちゃいました 雨で外出や布団干しができない・・・ ということで 時間がかなり余ってしまいました 台所で片付けをしながら 担当のヘルパーさんと仕事の話や資格の話 身の上話までしてしまいました ロングタイムサービス 奥様とご主人にそれぞれ1時間半ずつ 合計3時間のお仕事でした
家に戻りレポートを済ませ ポストに入れて全て終了です ふぅ・・・これでひと段落ですね ヘルパー2級です
さて次 ひとつ上を目指しましょう
朝は寝坊して のんびり洗濯にお掃除 お昼前に買い物にいって お昼を食べたら あとはパソコン 久しぶりに チャットにはいって いろいろな人とお話 いろいろな人がいて いろいろな考えがあって 子供達が外ではしゃいでる 走り回る声がして
そろそろ夕ご飯の支度をしようかな 今日は春巻き 子供達が大好きなメニュー
炒めた中の具を 一枚ずつ包んでいく 私の大好きな作業 ぱりぱりばりばり 美味しい音がして 「おいしい」がたくさん聞けた
こんな日曜日っていいな
明日はいよいよ実習 これが終わってレポートを出せば ヘルパー2級の資格がもらえる 長いようで短かった講習 ひとつひとつ 終えていきながら 今年も1年が過ぎる
今日は担当女性がリハビリの相談という リハの先生と現状を見て指導していただく時間がありました
まず驚いてしまったのが 3年前から1度もしたことがないということ 「こんなに状態が落ちているとは思わなかったなぁ」 ・・・そりゃあそうでしょう 3年間ほったらかしていて 落ちたも上がったもないわよ・・・ 有料特養の杜撰さ・・・?それもあるかもしれない リハビリに対する無関心さ・・・? 「レベルが落ちた」という言葉に対する憤りを どこにぶつけたらいいのかと 考えてしまいました リハビリのプログラムを作ったところで こなせないのが現状です リハビリをすれば回復したり 機能が向上する そうであればともかく 94歳で機能維持すらできるのかどうかというところです 尿意便意があっても百パーセントではなく そう言ったときには出てしまっていたり トイレに誘導しても移動まで我慢できないし かといって オムツにしてしまってもいいのか オムツには出しにくい・・などと訴えられたら どうしていいか・・正直言って困ってしまうのです もちろん尿意を大切にしたいですし 立位をとると言う機能を残したいですが 職員は1人だけに手がかけられないから無理だと断言しているし 私の1時間にリハビリと水分補給を求められるのかと 閉口する部分もあります リハビリの先生に詰め寄ってしまいました 『94歳という高齢で 骨密度も低くて 実際骨折を繰り返している方です どの程度のリハビリが求められるのか 正直悩んできました 今私が残さなくてはと力を入れている残存機能は お湯飲みでお茶を飲むことです 肩を上げ ひじを屈伸させること 限られた時間内で日常生活を利用してできるリハビリって これが精一杯でした』
どうしろというの? そんな思いでいっぱいです 何年ぶりかにやってきて リハビリについて語れるのかな リハビリって 日々の生活からその人の状態を 知り尽くしてプログラムが組めるものだと思っていた私には 納得のいかないことでした それでも そんな私の訴えを理解して 共感してくれた先生でしたから 私としては気が済んだのですけれど・・・ それでは担当女性のためにはなりません 今後のリハビリの進め方を指導していただきました とちらにしても骨折と背中合わせです やる気と弱気が出たり引いたりが本当のところです
今月の20日で95歳です 難しい問題ですね
上の娘も いよいよ中学生です
夏から制服の予約をしましょう という はがきが来ていました 何度か同じお店から来ていて やっと 特典がついている・・・というところに 目がいきました 早速予約です 娘の行く中学はセーラー服なのです かわいいだろうな いまから楽しみです 制服のほか 指定のジャージの 短いのと長いの!?体操服などなど 全部そろえると やく5万円ほどだそうです 下の娘の七五三もあり 色々と物入りです 子供の成長にお金がかかるのは 嬉しいものです
・・・であろうとも お仕事なのであります 担当女性は 朝私が行くたびに 「よかった 来てくれた」 とホッとして言います 前もって休むと言って休むのですが 時には急に熱が出たり 子供の具合が悪かったりして 休まなくてはならないときがあるからでしょうか 今日は祭日です やはり私が休むのではないかと心配だったようです 「よかったよかった きてくれた」 そんな言葉に支えられます 今日は施設内で行われている 生涯学習「長寿大学」の発表会とか・・・ なんとなく浮き足立つ雰囲気に この女性もどうしたらいいかと 朝から不安でいっぱいです 帯状疱疹ということもあり 自分では決め兼ねるようです 『○○さんはどうしたいと思っているの? それが一番大事なのよ』 「1人で寝ているのも嫌だし 発表会で座っているのも疲れるし どうしよう」 『そうかぁ・・・じゃあ少しだけ発表会を見て 後は戻ってきて横になるっていうのはどう?』 「そうするって言ってきて」 『誰かがお迎えに来たら その時の自分の気持ちを伝えればいいからね』 ちょっと意地悪なのですが 自分の気持ちが言えるようになってたこの女性には とても大切なことなのです 人が決めたとおりに動くことで安心していた 誰かが決めないと動けなくなってしまったことで 自分の気持ちは押し殺してきたのです 少しずつ開いた心に 自分を伝えることが 心地よくなり始めているのです 時には心無い職員の言葉に傷つくこともありますが 不安になりながらも ステップアップして 少しずつ強さも身につけたように感じます
祭日でも行った方がいいかな・・・ 私をそんな気持ちにさせるのは この女性が 信頼関係の中で 変化していく姿が感じられるからかもしれないですね
寝坊したかった・・・お昼寝したかった・・・ お出かけしたかった・・・ っていう本音もあるのですけれどもね 出勤してよかったです
先日友人から「琴を引き取ってもらえないかな」 と メールが入り 驚きました
お琴のことは 先日 良い先生と出会い とても素敵な娘さんで ぜひこういう方に 教えていただきたい・・・などと書きました そんな矢先だったので 驚いたのです
骨董屋さんにいったら 千円の値がついて 捨てるわけにも行かず売れる様子もなくて 困っていると言うのです 以前このお宅に遊びに行ったとき お琴があるのに気付いて ぜひ弾いてみて欲しいと頼み なおかつ自分でも音を出していた私の様子を思い出して 声をかけてくださったと言うわけです つい先日 お琴の先生と出会ったことなどを話し すごいタイミング これは私にお琴を習えと 言っているようなものだ・・・とその気になり ぜひにと譲っていただいたのでした
千円のお琴にしては まだまだ楽器としてしっかりしています こまを立てて 平調子にしてもらい 「さくら」を弾いてみました いいなぁ・・・ 「もしもお琴が弾けたなら・・・」 お琴の音っていいですよ
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