いっしょくんの日記

 へ(* ̄ー ̄)> 
なんとなく 書くんで〜
なんとなく 読んで下さいね。

2004年10月31日(日)  知恵


 いやぁ・・・
 猫ってすごく知恵のある動物ですね
 人間語が話せないから
 行動で伝えているのでしょう
 やることが派手です

 娘の机に飛び乗って
 遊べそうなものをぽつんぽつんと落としては
 おりてきて猫パンチして遊ぶのですが
 娘の大事なくまの人形に目をつけて
 どこに置こうとも見つけ出しては
 かみかみするのです
 こんのぉ・・・・
 って感じるときもありますよ

 で・・まぁ
 子供達が学校に行き
 私が仕事でいないときは
 仕方なく ココアのスペースは狭くなるわけです
 そのスペース内で 彼はできる限りの表現をします
 ・・・良い言い方ですがぁ
 ひっちゃかめっちゃかにするわけですよ
 まずドアが開かない・・・
 トイレの大きな箱を引きずって
 ドアをあかなくしているのではないでしょうか
 私を入れないように・・・とか
 ずるずるずるってあけると
 もぉ 足の踏み場がないくらい いえ
 足の踏み場はありません
 新聞を細かく引き裂いてあたりまくるみたいです
 「このやろーこのやろーこのやろーー
  閉じ込めやがって 置いて行きやがって
  つまんない さみしい なんとかしろーーー」
 の跡な訳ですね

 くっちょーーーと思うけど
 かわいいから許します・・・・
 まぁ 知恵比べということで
 お母さんはまけないぞ



2004年10月30日(土)  娘


 上の娘は11才で下の娘が6才
 これが難しい年頃で
 どちらもじっくりかまってあげれば
 まだまだ緩む程度ではありますが
 取り扱い注意です

 下の娘は 仕切りやで
 出っ張っていってはぶつかり合う
 ぶつかって学んでいくタイプかな・・・
 上の娘は 引っ込み思案
 人の言動を見て動き
 さて自分も動こうかな というタイプ・・・
 足して2で割ればちょうどいいような感じですが
 これだからいい これが面白いのでしょう
 
 今日は雨だったのでドライブをして
 ウィンドショッピングなどしながら
 開放的な気分で いろいろな話をしました
 娘を知る 私を知ってもらう
 お互いの良さと悪いところを受け入れられたらいいですね
 女同士 分かり合える親子になれたらうれしいな

 育て育てられ・・・子育て親育ての最中です



2004年10月29日(金)  日本酒

 
 母へのケーキはなかなかの出来栄えでした
 ささやかですが 喜んでもらえた様でよかったです

 日本酒・・・というのは
 飲んでいるわけで・・・

 金粉入りですよ
 素敵です
 ふふふ

 なんか・・・そんな気分なので・・・
 ゆっくり眠ることにします



2004年10月28日(木)  ケーキ


 今月の24日は母の誕生日でした

 学校行事で忙しかったり
 父が熱を出したりで
 なかなかお祝いできませんでした
 明日 簡単なプレゼントを持って
 尋ねようと思います
 ご希望の品は 手作りケーキです
 手作りと言うと スポンジケーキを焼くところからと
 手間のかかるケーキを想像しますが
 スポンジ台の 素晴らしく美味しいお店があり
 お菓子の材料問屋さんなのですが
 そこで台を買ってきました
 
 明日仕事から帰ったら 早速デコレーションです
 イチゴのない時季なので
 飾りつけは砂糖菓子です
 ほんのりピンクのクリームを塗り
 母の好きな黄色いバラの砂糖菓子を飾るつもりです
 どんなできあがりになるかな・・

 大切な人ですから・・・



2004年10月27日(水)  皮膚


 担当女性が 帯状疱疹になってしまいました
 
 でもこの病気って 痛みと痒みで
 辛いって聞きますが
 94歳になるこの女性は
 以前かなり太っていて 今体重が半分になってしまい
 体もひだひだになってしまい
 皮膚が感じなくなってしまったようなのです
 まぁ もともとあまり痛みを感じる体質ではなかったと思いますが
 先週の金曜日 入浴介護のときに
 赤いポツポツが ひとつふたつ出ていて
 まさしくこれは! と疑って
 看護婦に診てもらうように伝えて帰りました
 土日が入り 月曜の入浴では
 もう これは大変というくらい
 赤みと 腫れと 水疱が 
 背中から腰 お腹かにむけて
 おび状にできていて 見るからに帯状です
 即看護婦に対応してもらい
 その日の午後受診して 帯状疱疹と明らかな診断がされました
 
 何度も聞いたのですが
 痛くも痒くも無いそうで
 それで 帯状疱疹ではないかも?と判断が鈍ったのです
 
 しわしわになってしまったお腹に
 包帯を巻くのは至難の業・・・
 おしっこができない・・・と甘えたい気持ちもわかりますが
 私がいないときを考えて
 包帯が緩まないような下着を探し
 手順をよくよく教えてきました
 『水疱がこすれて崩れないように包帯は欠かせないから
  この状態で下着の上げ下ろしが上手くいくように
  頑張ろうね』
 「はい わかりました」
 なんだか神妙で 素直な返事が返ってきました
 
 心配で気が弱くなっているのも知れないですね
 昨日からするとだいぶ落ち着いてきましたが
 昨日は手のつけられないくらいのパニック状態でした
 そういう姿が見られたことは
 私にとっては勉強になりましたが・・・

 丁寧な対応で 乗り切りましょう
 



2004年10月25日(月)  時間


 昼食を終えて 入浴介助に入るのですが
 部屋に戻り 浴槽にお湯をため
 お風呂に入り 洗った髪を乾かし
 目薬をさして 口腔ケアをする順番でした
 その口腔ケアの途中でどうしても私の勤務終了時間になってしまい
 帰ることが多かったのです
 だから もう 担当女性はお風呂の支度をしているときから
 「歯が終わるまでいてね」
 この台詞を口癖のように繰り返すのでした

 1年近く経ち 口腔ケアの手順も良くなり
 入浴中の心配を取り除いてみようと
 順番を変えてみることにしました
 今回で三回目になりますが
 やはり時間が10分は過ぎてしまいます
 まず食事が終わり部屋に戻ると点眼薬をさし
 口腔ケアをして お風呂に入るのですが
 時間でバタバタと動く私に
 圧倒されるらしく 「どうするの?」
 の繰り返しです
 精神的に良くないかな・・・
 とも思うのですが 先にケアをすることで
 安心して入浴できるのと
 入浴の途中では絶対に私が帰らないと言う
 保障があるため この順番が大変気に入ったようなのです
 
 10分間・・・
 仕事の後何もなければいいのですが
 学校のこととか家のこととかあるときは
 ちょっときついなぁ
 うーん・・・ 



2004年10月24日(日)  地震


 阪神大震災が起きた頃
 このあたりには関東大震災級の
 大地震が起こると騒がれていました
 そろそろこのあたりかも・・・
 と言われつつ 新潟に起こりました
 人事ではないですね
 明日のわが身です
 給水所で水を貰うお母さん
 背中に赤ちゃんを負ぶい
 片手に水 片手に2歳くらいの子の手を引いていました
 お年寄り 学生服の子
 昨日まで普通生活していた人たちが
 一変して被災者です
 可能性が高い東海地区だけに
 こんな風に水が配られるのか・・・
 こういうおにぎりが来るのか・・・
 と まるで模範ビデオのようです
 
 水の力にしても 地震にしても
 自然の力って怖いです



2004年10月23日(土)  学校

 ふたつの小学校が合流して
 ひとつの中学校に通うことになっています
 そこで関連のあるみっつの学校で協力と交流を兼ねて
 「三校合同交流会」というものがあります
 明日がその交流として講演会が行われ
 今日はその準備です

 娘の通う小学校ではなくて
 もうひとつの小学校が当番です
 まず言いたいのは 役員のまとまりがなさ過ぎるということ
 他校から準備の手伝いが来るのに
 スリッパもなく 裸足の人が何人かいたので
 仕方なく用務員さんに借りてきました
 「聞いてなかったわ」と用務員さん・・・
 体育館に入っていくと入り口付近は
 大きな跳び箱がいくつもそびえて
 何をしているのかさっぱりわかりませんでした
 様子を見てみると 体育館の入り口が
 用具入れになっているじゃないですか
 「子供がする作業だ」とか 「担当校なのだから役員が
 準備できたはずだ」とか口々にささやかれます
 それも仕方がないです 大きな跳び箱が7台
 よれよれで持つ所がないようなマットが5・6枚
 何かの発表会に使われたらしい小道具類・・・
 これらでごった返していて どかしてみたら
 砂埃と綿ゴミ スーパーの袋などでいっぱいです
 どのくらい掃除していなかったのかな
 お客様を迎える入り口とは思えません
 にも関わらず ほうきがない バケツがないで
 仕事が始まらないのです
 「段取りが悪いね」・・・顔を見合わせてしまいます
 それぞれ 絵や工作などの展示品もあるのですが
 作品を提げるフックを買いに行ったとかで
 1時間待っても帰らずです
 我校のPTA会長が 残るから帰っていいと
 配慮してくださり お言葉に甘えて帰らせていただきました
 「ここはいつもこうなのよ・・・」
 会長さんがぼやいていました
 せっかく集まって決めたことも
 次に会うときにはまったく変わっていたり
 当然準備してあるものがなかったり
 とにかく中でまとまっていないらしいです
 
 よそを見ると自分がわかるものですが
 我校はよく行き届いていると実感しました
 子供達がよく掃除している姿を見ますが
 日々の積み重ねでしょうね
 
 仕事の段取りも 「特に言うことはないです
 気がついたところに入ってください
 何でも聞いて働いてください」・・・です
 土曜休日に手伝いを頼んでおいて
 特にないとはなんでしょうか
 仕切る人がいないため とにかくずるずるです
 明日の本番もこの調子かな・・・
 なんだか立ちくたびれてしまいました

 学校のカラーってあるものなのですね
 



2004年10月21日(木)  目指す

 仕事中のわずかな30分
 相談員と機関銃のようにしゃべりました

 ヘルパーの都合で利用者を叱る姿が目立ちます
 勝手にした 言うことを聞かない わがまますぎる
 こんな言葉をよく聞くようになったこのごろ
 エスカレートしていきます

 私は個人で雇われている身ですから
 個人の自立生活を目指して仕事をすることにした
 と 担当女性を守る立場に立つという事
 自立を促すことが仕事であって
 大変だからとヘルパーがやりやすいように
 利用者をしつけているような現状は
 おかしいのではないか・・・
 その考えと相談員の考えが合ったのです
 頭ごなしに叱ることで自信をなくし
 指示を仰がないと怖がって動けなくなってしまう
 担当女性が 今まさにそういう状況です
 薄皮をはがすようにして
 自分ですることに自信が持てるようにと
 小さなことから自己決定をしてもらい
 繰り返しすることでできるようになり
 何でもやってみる気持ちを持てるように
 一進一退の日々なのです
 「言うことを聞かないで勝手なことばかりするなら
  もうなにもしてやらないからね」
 これが職員のあるべき言葉でしょうか

 心配をするあまり だったり
 忙しい中で手をかけている思いから だったり
 極限の気持ちから来る感情と言葉だとしても
 それは飲み込むなり 職員にこぼすなり
 別の方法で解消する思いだと考えます
 94歳にして 自己決定して歩いてきたことに対する
 言葉だとは思えなくて・・・
 怒りと情けなさで 相談員に訴えたそうです
 先日日記に書いた お茶の件で
 私の意志を伝えていた後だったので
 お互いの気持ちは盛り上がり
 これもひとつの高齢者虐待ではないかとまで話しました
 
 勿論へこへこと言うなりになれというのではないです
 言葉の使い方で 人の気持ちなんて
 どうにでもなるのではないかということなのです
 自分の意思で歩いてでてきたことは
 依存症のこの女性にとってどれほど進歩のあることか
 まず彼女を知っていたら
 手放しで喜んでしまうことではないでしょうか
 転ぶ危険を伝えるのは その後でも充分ではないかと・・・
 このことがあった後で相談員が部屋に入って
 ケアをしたそうですが 
 自分で決めて歩いていけたことを褒めたそうです
 そのあとで 危険であること 迎えに行ったときにお留守だと
 寂しいのよ などと 相手がホッとするような方向に
 持っていったということでした
 
 厳しくすることも大切かもしれないけれど
 厳しくするにはそれだけの受容が必要です
 頭ごなしでは それは私だって嫌ですものね
 
 目指すものが一緒だという心強さは
 ありがたいです



2004年10月20日(水)  信頼

 担当女性のお茶汲みのことは書いたことがあったかしら・・・
 
 飲まないほどたくさんのお茶を欲しがり
 次に汲む時は全部捨ててから入れ替えている現状
 これに至るまで それはたくさんの方法ほ試みてきました
 そしてやっと落ち着いたのが
 500ミリのペットボトルにいっぱい入れるというやり方です
 相談員とも話し合い 飲む飲まないに関わらず
 ペットボトルにいっぱいになっていることで
 安心が手に入るなら こんなに安いことは
 ないじゃないかという結論に達したのです
 相談員と私の見解はなかなかヘルパー主任には理解されず
 捨てるためのお茶を入れるほど暇じゃない
 と 言わんばかりの剣幕です
 追々話していって 入れてもらう量を
 飲む量だけにしていきます・・・とその場を凌ぎ
 相談員にはこっそりと 話し合ったように勧めていきます
 と 意思を伝えました
 利用者とヘルパーの板ばさみになって見ました
 以前はヘルパーのやりやすいように
 私がいることでやりにくくならないように
 生活の流れが乱れてしまうのを気にしていましたが
 担当女性に雇われている立場であることを理解し
 盾となりクッションとなるよう 事を運ぶことにしたのです
 『飲むか飲まないかではないですよね
  たくさんあることが安心なんですものね』
 担当女性と散歩をしながら私が話すと
 穏やかな表情で 大きく頷いていました
 それにしても お茶のことはずっと話し合ってきたことで
 また?・・・という感じです

 一昨日の月曜日
 咳がひどくてお休みしました
 昨日はたいしてよくならないけれど
 熱もなくただ咳だけがひどかったので
 休もうかずいぶん悩みました
 土日を入れて 4日も休んだら
 担当女性はかなり困るだろうな・・・
 洗濯はしてもらったかな・・・
 今日入浴しないと 今週1度しか入浴できないし・・・
 そんなことを考えていたら
 奮起を起こして行かないわけにいかない気持ちになります
 「よかった 来てくだすったのね」
 『咳がひどいのよ・・・』
 「んなぁ 咳くらいなんてない」
 『必ず来る約束してたのに昨日はごめんなさいね
  約束してたから気になってね
  だから頑張ってきたの 咳が出たらごめんなさいね』
 ところが咳は 本当に苦しくて
 帰る頃には『やっぱり苦しいな もう少し休むべかな
 うつったら大変だものね』
 「いかんいかん 休んだらあかんて
  明日来てな まってるから」
 『・・・はい』
 それが昨日の帰りの話し
 今朝も体がだるくて どうしようかと散々悩み
 約束したし 行かなくちゃ と出かけました
 『おはようーーー』
 「あぁぁぁ 来てくださった どうかと思って心配しとったよ」
 『約束だものね』
 「約束約束 約束やで 来てや」
 
 約束をすれば必ず来る
 そう思ってしまったようで
 今日の帰り際にも
 「明日も来てや やることあるでな
  約束やで たのんます」
 『あはは はい 明日もきますね』
 体調が良くなくて 気持ちが沈んで
 仕事が嫌で仕方がなかった今朝の私
 この女性もしかしたら
 そんな私の弱気を察知しているのでは・・・
 約束 頑張ってきて 待ってる
 この言葉は 私の怠け心を仕事に向けてくれていたのです
 待っていてくれる人がいる・・・
 こんな幸せな仕事ってありがたいじゃないか・・・
 甘ったれでわがままで怠け者の自分が
 情けなくなります
 自分の一時の感情で 信頼関係を傷つけてはいけないですね
 
 今日帰り際に 隣の女性が遊びに来ていて
 「あなたが来てくれると この人とってもいい表情になるのよ」
 と 言葉をかけてくれたのです
 いつもは甘やかせるな やってやるな この人だけずるい
 と 私に食って掛かる人なのですが
 私 よっぽど元気がなく見えたのかしら・・・
 なんて 思い返してしまいました
 傷つけられ 励まされ 積み重ねて信頼ができて
 介護者と利用者 というよりも
 年の離れたお友達 みたいな関係になってきました
 
 

 
 



2004年10月19日(火)  咳 咳 咳


 だんだん咳がひどくなってきましたよ
 咳き込むと止まらないんです
 昨日お休みしたときよりひどくて・・・
 今日担当女性に言われました
 「少しくらいの咳なら来てね」
 ・・・来てね わかっていますが
 苦しいです
 うつしたら大変です
 珍しく咳止め薬を飲んだけど
 あんまり効かなかったな・・・三つも飲んだのにな
 
 まいったなぁ



2004年10月18日(月)  休暇


 そんなものとっている場合じゃないでしょ?
 熱の出ない風邪みたいです
 上の娘が 長いこと風邪をひいていて
 だいぶいいと思ったら
 夕べから湿疹が出て 顔が腫れ上がってしまいました
 痛い痒いの騒ぎで 病院に連れて行くようだったし
 私も風邪がうつり 夕べは微熱で
 今朝は何度計っても 34度・・・
 なんだろ・・・これ
 まぁ 咳がひどかったので仕事を休みました
 明日担当女性に叱られるだろうな
 なんて思いながら・・・

 午前中 小児科へ行き
 アレルギーだの痒み止めだの軟膏だのを処方していただいて
 帰ってきてから 早めにお昼を済ませ
 娘そっちのけで寝に入りました
 しなくてはならない時間に携帯の目覚ましをかけ
 起きては眠り・・・起きては眠り・・・
 その間にも娘達がああしていいかこうしていいかと
 何やかやと聞いていましたが
 答えていたらしいのですが あまり覚えていなくて
 『お母さんに聞いた?』『お母さんがいいって言った?』
 と 後でこちらが聞く始末です
 たいして疲れることもせず
 日々の予定をこなすくらいなので
 季節の変わり目のせいかと思われます
 
 頑張らなきゃ 落ち込んでなんかいられない
 積み重ねるのは怠け癖じゃないですよね



2004年10月17日(日)  居場所


 教会付属の幼稚園に通った娘達ですが
 在園中の日曜学校への参加は
 数えるくらいしかありませんでした
 卒園してから上の娘はまったく参加せず
 すっかり遠のいてしまいましたが
 下の娘はほとんど参加しているくらい
 出席率もよく 夏休みのキャンプも
 熱を出して気が気ではなかったのですが
 とても楽しめたようで 来年も参加する決意を固めたほどです
 
 今日は久しぶりに天気がよく
 日曜学校には自転車で行きました
 幼稚園に着くと
 「迎えに来なくていいからね」
 と言い残し 中に入っていました
 私は私で 地区の清掃活動に参加
 歩きながら道のゴミを拾い集め
 たいしてゴミもなく 早めに集合場所についてしまい
 『子供の迎えがあるので・・・』
 と 失礼して帰ってきてしまいました
 そう言ったからには 出かけないと・・・と
 下の娘を迎えに行きました

 園庭に入っていくと
 楽しそうに走り回る娘を見つけました
 幼稚園の頃の仲良しさん達と一緒です
 学区が違うので 日曜日でないと
 遊ぶことができなくなったお友達・・・それにしても
 ・・・なんていい笑顔で遊んでいるのかしら
 声をかけそびれて 桜の木の陰に隠れてしまいました
 高鬼をしていたのですが
 最近お友達とこんないい顔で遊んでいるところを
 見ていなかった気がして 
 ここは娘にとって 気兼ねなく遊べる場所なのかなと感じました
 学校のお友達ともそれなりに遊ぶのでしょうけれど
 幼稚園時代のお友達は また格別なのでしょうね
 娘が行きたがる気持ちがわかるような気がしました
 そういう場があることに感謝の気持ちでいっぱいになりました

 気の強い娘
 このところ 自分の思いと行動がアンバランスなようで
 上の娘や私ともぶつかることの多い毎日です
 上手くこの時期を切り抜けてほしいと祈っています
 
 息抜きの場として
 行く事ができるときはできるだけ行けるようにしたい
 心の中で『頑張って』と応援する母なのでした
 
 



2004年10月16日(土)  歌


 私には自慢できるものなどないけれど
 最近 少しだけ自信がもてることがあります
 それは「歌」だったりするわけで・・・
 
 私自身 少し笑えてしまう事実です
 歌うことは母の職業であり
 私にとって邪魔であり煩わしさでしかなかったのですから

 ヘルパーの講義最終日
 「レクリェーションの方法」についてでした
 高齢者が楽しめるレクと 切っても切れない
 「歌」についてです
 風船バレーやビーチサッカー 輪投げなど
 ヘルパーが楽しまないと乗ってもらえないゲーム紹介
 そして お年寄りが好きな歌 ベスト10です
 「案山子」を「アンザンシ」と読んだり
 「兎のダンス」を「オニのダンス」
 「紅葉」を「こうよう」
 「トロイカ」って何のこと?トロといか?
 と 歌を知らないだけではなく
 歌の存在すら心配になるような若い人たちの様子に
 大笑いの教室・・・
 100曲ほど題名が並んでいましたが
 歌い出せない曲はひとつもなかったのです
 ・・・ちょっと自慢入ってますよね・・・
 「人間ジュークボックスだ・・・」
 『いえいえ これも職業病ですよ』
 確かに幼稚園や老人施設で仕事をしていたら
 歌は切り離せないですから
 知らない歌は歌えるようにしておいたり
 いつでも歌えるように覚えておいたりするものです
 しかししかし・・・
 『どんな歌だっけ?』『どういう歌か教えて』
 と 言える相手が居たことは 確かに恵まれていたのです
 これは素直に認めて 感謝しています

 講師の先生も音楽関係だったのかと思わせる
 歌声と 電子オルガンさばきでした

 それでも知らない歌歌えない歌はたくさんあります
 歌集を開いて もっと昔の歌を覚えたくなりました
 
 



2004年10月14日(木)  ソフト

 
 PTAの行事で
 ソフトエアロビをしました
 
 仕事を終えた足で 学校の体育館に向かい
 ストレッチからはじめます
 今朝から少し喉が痛くて
 風邪かもしれないと思っていましたが
 結構動けるな・・・なんて思ったのは
 ほんの5分くらい
 あとは いつエアロビ始まるの?といった感じ
 曲がかかる頃には『もう充分』なんて
 隣の人と笑いあってしまいました

 軽快なリズムに合わせて
 軽くステップを踏んで
 腕もバタバタさせたら
 なんだかかっこいい感じです
 
 1時間パターンを繰り返し
 じんわり汗ばむくらいがいいといわれ
 それらしく燃焼が始まった頃に終わりになりました
 後は終わりのストレッチです
 左右の足の裏をつけて座り
 上半身を曲げたり伸ばしたり
 お尻の横に手をついてもう片方の手を上に伸ばし
 手をついた腕のひじを曲げて
 片方の足を後ろへぐっと出してそのつま先を
 反対の手でつかんで・・・
 おいおい そんなことできるのかい?
 と 思ったら前の人 手が逆
 そんな不自然な・・・なんて柔らかいの?
 くすくす笑いながら 痛い痛い言いながら
 あっという間に時間になりました

 楽しかったですよ
 



2004年10月13日(水)  投薬


 担当女性がハイテンションになってから
 ひと月が過ぎようとしています
 症状はひどくなるばかり
 けれども 私と過ごす午前中は
 日誌の内容が想像できないほどの
 落ち着きようなのです
 私が日誌に目を通そうと
 ヘルパー室に入ると
 夜勤で大変な思いをしたヘルパーが
 「・・・・大変だわ」
 と つぶやくのです
 私には何もできないのが心苦しいのですが
 どんな策を考えているかくらいは
 聞くことができます

 精神薬と眠剤
 精神科の患者であるならば
 精神薬で対応するところですが
 この女性の場合 眠剤で何とかしなければならないところです
 でもまあ その人にあった薬もあるわけですから
 難しいところです

 この方の場合
 夜になると幻覚錯乱妄想・・・
 色々な症状がでて
 歩けないからいざって廊下に出てくるそうです
 いままでは部屋の中で錯乱していて見つかったのですが
 夕べはとうとう廊下に出て
 夜勤者が見回りもつれて歩いたとか
 この女性にかかりっきりのようです
 夜に眠剤を飲ませようとすると
 毒を飲まされると拒否するそうで
 夕食時の薬に混ぜてみる 
 そんな打開策が出されていました
 ご家族とも入念な相談の上でですが
 ご家族も聞かされるたびに
 辛い思いでいることと思います

 94歳です
 



2004年10月12日(火)  ポケモン


 娘達がはまっているポケモン
 お友達と集まっては
 何やかやと情報交換などしているようです

 今日 上の娘のお友達が遊びに来ました
 6時間目のクラブ活動で
 手話のアドバイザーとして学校に行っていたので
 少し休みたかったのも本当のところでしたが
 色々と見せたいもの見たいものがあったようなので
 私はすごすごと台所に逃げ込みました

 なんとそのお友達が見せたかったというもの
 ポケモンのカードなのですが
 なんでも上海旅行に行ったお土産だそうで
 ポケモンの名前が全部漢字・・・
 寵生小精霊だそうです
 ジラーチは精霊仙子 トドグラーが海豹
 サイドンが犀牛 ニャースは精霊猫
 なんだか 苦笑してしまう漢字ばかりでした

 中国でもポケモンてあるんですね
 しかし儲かっているなぁ・・・ははは  




 



2004年10月11日(月)  育てる

 NHKを見ていたら
 高校生に人気の職業について取り上げていました
 男の子の一番人気の職業は「教師」
 女の子は「保育士」だそうです
 
 去年 保母資格が国家資格になり
 保育士と名前が変わり
 資格免許証もかわりました
 いままで持っていた資格は無効になるということで
 私も書き換えをしました
 (・・・利用していませんが)

 一番人気の職業を取り上げて
 どのように資格を取るのか 
 その仕組みや 実際に働く人に密着取材し
 苦悩や喜びを語ってもらっていました
 これからの時代 こんな風に
 職業別にビデオなどあって
 図書館などでみられたらいいですよね
 したい仕事に向けて準備を進めていても
 実際に働いてみたらイメージが違いすぎて
 仕事を変えたいと思うこともあるわけですから
 少しでも情報を得られる手段を与えてほしいものです

 国家資格になり
 保育士に求められる資質も高くなった・・・
 子供に良いと言われていたことが
 見直されているそうです

 そういえば・・・ 
 ヘルパーの仕事も 昔は良いと言われていたことが
 見直されています
 資格ができて 仕事が見直され
 現場も変わりつつあります
 人と接する仕事ですから
 形通りにはいかないことばかりですが
 手探りで働く中にあっては
 よりよい方法を示すものがあれば心強いのです
 
 高校卒業後 福祉に進む後輩が無く
 寂しい思いをしましたが
 職場にもお若い方が増えて
 これからが楽しみです
 いま通っている夜間で16人が資格取得に励んでいますが
 私のようにすでに仕事をしている人が私ともう1人
 実際 就職する意思のある人は他に1人です
 資格だけほしいという人もいて
 「こんな仕事を毎日している人の気が知れないわ」
 なんて言われることもあります
 『そのぶんやりがいはありますよ』
 としか言えませんが
 ゜こんな仕事゜も結構面白いです
 
 いよいよ来週で 講義が終わりです
 それぞれ実習に向けて一堂に会することがなくなります
 楽しく過ごせた感謝でいっぱいです
 資格取得まであと少し
 手が届いてきましたよ

 みんなの協力のおかげです  感謝♪
 
  

 



2004年10月09日(土)  パイプオルガン


 みなとみらいホール
 ここには パイプオルガンがあります
 
 ラフマニノフのコンチェルトを聴きに行きたくて
 ネットで調べていたら
 フッと目に付いたのが
 マリー・クレール・アランさんのリサイタルでした

 台風が来ているとはいえ
 たいした雨でもなく
 車での横浜です
 前に日記にも書きましたが
 横浜は大好きな場所ですから
 気持ちがはずみます
 ランドマークもクイーンズスクエアも
 台風だけあって 閑散としていて
 ジャズフェスティバルの宣伝を兼ねて
 演奏家が次々ジャズを奏でたりして
 やっぱりいい感じです
 娘達は実家にお任せなので
 お土産のめぼしをつけて
 ホールに入ります

 正面にはパイプオルガン・・・楽しみ
 演奏するマリーさんは70歳を超えるお年だそうです
 どんなものかな・・・
 
 古典的なバッハの曲を淡々と弾き
 少々眠くなりもしましたが
 大きな楽器だけに楽しい
 最後に有名な トッカータとフーガニ短調は
 パイプオルガンの全てを生かす曲で
 低い音を思い切り出すと 
 腹のそこに響いてきます
 これぞパイプオルガン・・・
 最後にしびれただけに お客さんは引かず
 アンコールに移ります
 アンコール曲はおそらく現代曲ではと思われるもの
 マリーさんの後姿が喜々とした雰囲気になり
 乗りが良く やはりオルガンの良さが全て引き出されています
 ・・・すばらしい
 アンコール2曲も演奏されて大満足でした

 帰りにお茶をして さぁ帰ろうと地下駐車場からでてみたら
 なんと・・・大嵐
 一寸先も見えないほどの雨と風です
 車が吹き飛ばされるような中
 ゆるりゆるりと戻るのですが
 高速道路は通行止め
 恐ろしい思いをしながら帰ってきました
 
 1時間ほどすると
 嘘みたいに雨は上がり
 1番ひどいときに無謀な運転をしてきたのかと
 損をしたような・・・それでも 貴重な体験だったと
 得をしたような気持ちで帰ってきました
 
 またコンサート探そうっと
 



2004年10月07日(木)  静止


 何かしないと・・・
 そう思って動いても
 上手くいかないことがある

 そういう時は 
 じっとしている方がいいのかもしれない

 無理に動こうとすると
 突然涙が出たりするから・・・やめよう 



2004年10月06日(水)  混沌


 ・・・・・心

    混沌としています・・・



2004年10月05日(火)  琴


 ソプラノ歌手の友人が(といっていいのかしら・・・) 
 小さなコンサートを開くときに
 手話をつけてほしいと 声をかけてくれるようになり
 ずいぶん経ちます
 簡単な童謡から始まり
 さとうきび畑 ディズニーと
 レパートリーも増えてきました
 今日は杉本竜也さんのビリーブです 

 ソプラノの魅力を堪能できるばかりか
 必ず楽器奏者をどこからともなく発掘してくるのです
 天才的プロデュースです
 チェロ フルート バイオリン マリンバ
 そしてなんと 今日のお客様は 琴奏者です
 芸大の邦楽部を卒業された方で
 今は生徒さんに教えながら
 あちこちでボランティアとして
 琴の魅力を伝えているのだそうです
 このお嬢さん(新婚ほやほやだそうですが)
 とてもいいかたで お琴もお琴の音色も魅力的ですが
 私はこの女性に惚れ惚れしてしまいました
 『いいなぁ いいなぁ』と連発する私に
 名刺を差し出し
 「楽器がなくてもお教えしますよ」
 とにこやかに勧誘です
 あぁ・・・誘われたい・・・・
 そんな衝動にかられたのです

 帰ってから 娘にその話をしたら
 「お母さんは どうして何でもやりたいって思うの?」
 と いい質問が返ってきました
 『死んでしまう前に いろいろなことしたいからね
  やっておけばよかったって言うより
  やっておいてよかったって思いたいからね』
 若い娘にはわからない感覚かも・・・
 そんな境地の母が居たなって
 娘が年取ったときに思うかな

 お琴・・・習ってみたいなぁ



2004年10月04日(月)  我慢


 「ベットからすり抜けて
  入り口近くまで来ており
  『ここにいたら死んじゃうよ』
  『ここから出して』
  と騒ぐ・・・・」
 担当女性は 今まさしく躁鬱状態です
 私がいる午前中は 穏やかで落ち着いているのに
 夕方あたりからピークになり
 夜には パニックになるようです
 出勤したときに日誌に目を通すのですが
 ヘルパー室に居た数人のヘルパーが
 「○○さん 大変・・・」
 『えっ そうなんですか?』
 「・・・・」
 それきりはなさなくなってしまいました
 一目瞭然というところなのでしょうか
 日誌には 土日の様子が克明に書かれていて
 思わず『えっ・・・』と言いたくなるものばかりでした
 
 帰りたいのに帰ったら迷惑になるから帰れない
 「帰る」とは どこに?
 息子さんが継いでいる 静岡の清水だそうです
 そこにはお嫁さんやお孫さんもいて
 生活をしているのです
 そこに帰るわけにもいかず
 ここでの生活も耐えられず
 どうしていいのかわからなくなってしまうようです
 老い先短い不安と戦いながら
 親族のそばにいたいという思い・・・
 我慢するしかない 今の生活
 
 人が老いるということが
 こんな結果に繋がるとは思いたくない気がします
 ・・・いやだ
 私は死ぬときくらい・・・安心して逝きたい
 誰もがそう思っているのでしょうけれど・・・
 
 思い通りにならない高齢期
 何とかならないものでしょうか・・・
 この女性の心を救うことはできないのでしょうか・・・

 季節の変わり目の 不安定で終わりますように



2004年10月03日(日)  娘


 いやはや・・・

 上の娘が大きくなりました
 今日買い物につれて歩いていて
 どうも 私より大きくなったように感じました
 私は 娘の頭と 靴の間を行ったり来たり
 眺めながらあるいてしまいます
 ・・・やっぱりおおきい?

 言うことも はっとさせられることが多く
 子供の成長を感じながら
 私もそういう年かな・・・なんて思ったりして
 
 心配だらけの娘ですが
 少しずつ 楽しみな部分も出てきました

 毎日忙しくて 心に余裕がなかったな・・・
 



2004年10月01日(金)  おむつ

 
 講義は実習時間が多くなりました

 シーツ交換 衣類交換 部分浴 入浴介助
 今日は゛おむつ交換゛でした
 おむつ交換といったら 毎日の仕事です
 私なりにこだわりのある
 重要であり 自信の持てる仕事でもあります
 「おむつ交換をさせたら右に出る人はいないわよ」
 講師の先生が言うので
 私の自信なんてまだまだ足元にも及ばないかも
 と 思ったのです
 
 そんな思いで始まった授業
 私は交換はなれているから
 モデルになろうと おむつをはめて
 介護される側になりました
 おむつをはずして寝たきりの差込便器をさして
 新しいオムツをして終わり というものです
 羞恥心やプライドを傷つけない 遠慮させないように
 理論を学んだ後で うまくバスタオルを使ったり
 声かけをしたりしながら介助します

 右半身麻痺と設定し 介護してもらいます
 おむつをはずして便器を差し込んで・・・
 自分が手早くしている仕事も
 こうしてしてもらうと 早く何とかしてほしいと
 苛立ちを感じてしまいました
 
 ・・・おむつかぁ 排泄介助をされるのって
    結構辛いものがあるのね・・・
 
 そんな感想を抱いて帰ってきました


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