久しぶりに スペインギターが聴きたくなった
このところ ジブリのアニメ曲を聴いていた それぞれの映画の主題歌と挿入歌が入っている 楽しめる1枚・・・・
だけど・・・今日は・・・
私はスペインギターが大好き なかでも 「イェラン・セルシェル」と言うギタリスト ・・・なんて言うと よく知っているように聞こえるが 3〜4人しか・・・知らない だから このギタリストに出逢えたのは 私にとって・・・・奇跡である
私が最初にスペインギターを聴いたのは 何十年も前のこと ある曲との出逢い・・・ 子供心に ずっと忘れられずにいた 曲名も作曲者もわからず 記憶だけが頼りだった 大人になってから 知ることができた時 はやく手に入れたいと言う気持ちと わからないものがわかっただけで もう満足できる・・・と言う思いが1度に存在していた 探し求めていたものが 自分のものになった
・・・・その曲は ギター音楽の父 と呼ばれた人 「フランシスコ・タルレガ」さんが作曲したもの 彼は゛アルハンブラの想い出゛と言う有名な曲を作っている この曲を聴いてみれば「あぁ!」と思い出す人も多いだろう そのタルレガさんの作った曲・・・ ゛涙゛(ラグリマ)というもの どうして ゛涙゛と言う題がついたのかと思うくらい かわいらしくて明るい感じがする 若い娘さんの涙・・・と言ったイメージだろうか 演奏家は 作曲者について またその曲が作られた 背景などを学び 表現する 時には 演奏家が個性的に表現する事がある 聴き手は ワクワクしたり 憤慨したりする その曲ができた時代 豊かな国であったか 戦争中であったか 貧しい暮らしだったのか 愛する人に捧げた物なのか・・・ 最愛の妻と死別したばかりだったのか・・・ そんなことを思い描いて 表現する 作曲者の心が 演奏家を通して 聴き手に伝われば それはすばらしい事である
セルシェルさんは 伝わる人だ 子守唄は眠気を誘い 練習曲は淡々と 楽しいもの 悲しいもの 厳かに カタルーニャの太陽の光 そこに暮らす人たちの生活の匂い 会話 そんな物まで伝わってくる・・・ 作曲家がロマンチストなら そのように・・・ 情熱的なら そのように・・・
涙
その曲を聴いたら
私の目から涙がこぼれた
心を揺らす旋律
心に染み込む音色
心を癒す音の重なり
涙を流す者へと
書かれた曲だと思っていた
涙を流して心を軽くしなさい
いつしかそういう風に聴こえてきた
この曲の作られた地へ行き
作り手の愛した物を知り
それらに囲まれ
同じ空気に包まれ
この曲を理解したいと
いつのまにか そう望んでいた
昨夜 思いがけず 自分だけの時間ができた いざ 自由にできるとなると どうしていいのかわからなくなる 夜だったし・・・・ とりあえず 暗闇の海でも見ようと 海岸線へ 車を走らせた
なぜかうしろめたいような もっと大胆になにかをしたいような 複雑な心を抱えて・・・
月が出ていなかった これは とても残念だったが 夜に魅せられて 帰れなくなるのも 困ると思った・・・帰らなくてもいいのに・・・ 自分の中で 自分なりの規則が出来上がってしまったらしい 自由を楽しめなくなってしまった自分に気付く つまらない人間だな・・・ もう羽目がはずせない
今は いつもできないことをしている そう思い込もう もっとワクワクして この時間を楽しもう おかしなもので 自由にできる時間がないと あれほど好きな事をしたいと思うのに これはいったい・・・どういうことだろう 心から 年をとったのだろうか・・・ 寂しい自分・・・
そう言う自分に 腹が立った 大好きな場所まで行こう そこに行けば 気も晴れるだろう 森を抜けて 岬がある 岬を降りると 岩海岸があって・・・
・・・こわい 森が怖くて進めない 鬱蒼と木が生い茂り 闇に飲まれてしまいそうだ ・・・進めない 暗闇が怖いと感じたのは いつ以来だろうか ・・・・馬鹿だな 私
そのまま岬の道をそれて 海岸線を回る道へ進んだ 昼間賑やかな 魚介料理の店 土産物屋 もう二度と店がひらかないかのように 暗く静まり返っている はじめて見た夜の港街
・・・海を見ることを忘れていた ふと視線を海に移す
あっ・・・漁船・・・
黄色い電球を 煌々とつけた漁船が一隻 100メートルほどの沖に 浮かんでいた その灯りが海に映り 私の元へとまっすぐに 道を作っていた
・・・・きれい
波が揺れると キラキラして 光の花が咲いたよう 黄金色だ
あんなに近くで 何がとれるのかな 車をとめて しばらくの間眺めていた 朝 魚河岸で競りにかけるのかな 夜からの仕事なんだ・・・ 暗黒の海で働く人たち・・・ 闇の海を 怖いと感じたことはないのだろうか 生きるためだもの そんな感情はわかないのかな・・・ 漁船の灯りが ばかに明るい あまりにも暗い周囲に その灯りを頼もしく感じた 静寂を破るのは 音だけでは無いんだ 不安を取り除いてくれた 灯りだった
自由になれた一時 特別なことはできなかったが 確かに心は解放できた・・・と思うことにして
沖釣りの 眩い灯り 闇に落ち 我が足招く 海を渡れと
暗黒の 海に浮かびし 釣り船が 波に咲かせた 黄金の華よ
夏休み 今日は童心に返っていただこうかと ものがたりを 載せてみようと考えました 言葉は大人向けですが 内要は子供向けといった感じです
木いちごの季節に作ったものです 森の中で 黄色いいちごを頬張って こんなおはなしができました
七つの木いちご
いくつもの山といくつもの谷を行ったところ
ふかいふかい森のなか すこし空気がちがう場所があります 人間の目には映らないものもたくさんいます そこは妖精たちが隠れるためだけではなく 不思議と人の目には見えにくくなっていました
芽生えの春をすこし過ぎたころ お日様は雲に隠される事が多くなります お日様を感じることができなくなった空気の精たちは 寂しくなると 涙を流し 雨を降らせていました
今朝も森の中では 妖精たちが目を覚まします
「今日も雨か・・・」
フワフワの苔のベットに起き上がり 腰掛けながら 妖精のミリーが目を覚まします
「今日はクルミの葉の傘をさして、すこし遠くへ行こうかな」
そんな気持ちの朝でした
ミリーの寝床から だいぶ離れたところに 生き物達も通らない 静かな場所がありました そこに木いちごがひっそりと実をつけて じっと動かずにいました
細い細い枝に つやつやとした黄色の実が七つ すこし重そうに実っています 一つ一つには 小さな粒が きれいな丸を作ろうと お互いがにぎゅっとくっつきあっています
「1.2.3.4・・・ 5.6.7・・・ 7つの実 きれいでしょ? とても甘いのよ 大切に実らせたの すてきでしょ?」 木いちごは嬉しくてたまりません でも 食べたいといってくれるものも 美しい実に目を奪われるものもいません 「今年も このまま土に返すのかしら・・・」 木いちごは食べてもらったり喜ばれたことがありませんでした
さわさわさわ・・・・さわさわ・・・・ 何か近づく音がします 「何?」 今まで聞いたことの無い音に 木いちごはドキドキします さわさわさわ・・・わずかに何かのすれあう音です ミリーでした
「あっ」
ミリーの目はすぐに木いちごを見つけました 「木いちご・・・?なの?・・・」 木いちごは言葉を失って フルフルっと揺れて見せるだけでした 実を落とさないように そうっと・・・
「こんな所で・・・・誰かのために実っているの? 誰かのための 特別なの?」 ミリーがゆっくりと尋ねます 「いいえ・・・・そうじゃないの ここにずっとひとりでいるの」 「こんなに立派で こんなに美しく輝く実をつけているのに?」 「え?・・・・わたしが?・・・」 「そうだよ 木いちごなら僕のベットの近くにもたくさんあるよ でも・・・こんなのはじめて見たよ すごい」 ミリーが知っている木いちごよりもはるかに大きく 粒もそろって 黄色の色も濃いのです
ミリーはしばらく眺めてから思いつきました
「あ・・ねえ・・・木いちごさん お願いがある 二つ大杉を越えたところに りすのヤーじいさんがいるの 足をくじいてしまって 動けずにいるんだ 1つ 実を届けてもいいかな?」
木いちごは戸惑いました 「私を・・・・・ 届ける?」 どこかで誰かが食べてくれる そんなことができるのかとドキドキします 「やってみたい・・・・ええ! ぜひ持っていって あっ・・・・ひとつお願い・・・・ 私の大切な実を食べたときの様子をちゃんと私に伝えてね」 「うん 約束する きっとよろこぶよ ありがとう」 ミリーはほかの実まで落としてしまわないように 枝を揺らさないでそっとそっと1つ取りました 「いってくる」 ミリーは笑顔で戻ってきました 木いちごにヤーじいさんの話を聞かせました 木いちごもミリーも大喜びです 「ねぇ 木いちごさん もりの一番下の谷に 木ねずみがいるんだ たくさん赤ちゃんが生まれてね 木ねずみ母さんが 食べ物をさがすのに大変なんだ 1つ 持っていってもいいかな」 「ええ!もちろん 子供たちの様子を聞かせてね」 こうして1つ、また1つと 木いちごの実はミリーに運ばれていきました 羽根を痛めたふくろうのおばさん ひとりぼっちで寂しがっていた野ぎつね 罠にかかって命からがらこの森に逃げてきたたぬき 蛇が心配で卵から離れられないコジュケイ みんなとても喜びました その様子を丁寧に木いちごに話すミリー ミリーも木いちごの喜ぶ様子を見て うれしく思いました
最後の1つ 誰に運ぼうかとミリーが考えていると 木いちごが言いました 「最後の1つ ミリーが食べて ミリーはみんなをたくさん幸せにしたのよ こんどはミリーに 喜んで欲しいの あなたの喜ぶ顔がみたいもの」 「僕が?でも 木いちごを必要としている誰かが まだいるかもしれないよ」
そのとき後ろから 年をとった小さな山ねずみが近づいてきました どうしてこんな所に・・・? きっと迷ってしまったのでしょう 見るからに弱っていて 息も辛そうです 「やまねずみさん・・・・何かあったの?大丈夫なの?」 ビリーは不安な気持ちで尋ねました 山ねずみはゆっくりと 声をかけてくれたほうへ 顔を動かしました 「・・・・年を・・・・とりすぎてしまったんだ・・・・・・ 目も鼻も・・・・・役に立たなくなってしまったんだよ・・・ そろそろ・・・・・・土に・・・ 返るころだと・・・思うんだが・・・・・」
・・・・・ミリーは木いちごを見ました 最後の1つ 山ねずみさんに食べてもらおう
ミリーは慎重に最後の1つをとると 山ねずみに差し出しました 「さぁ これを食べて 元気をおだしよ まだまだがんばれる」 山ねずみは驚きました このまま食べ物も見つけられず 土に返ると思っていたから・・・ 「・・・・・私はいいのだよ・・・・・ これから生きるものがお食べ・・・・」 「山ねずみさん あなたがこれを食べて おいしく思い 心の中に小さな喜びが生まれたら 僕は何よりもうれしいんだよ さぁ どうぞ」 山ねずみは驚きました 今まで自分は誰かの餌になるのではと ビクビクして生きてきたのです 食べ物をさがすのも あたりを確かめながら やっとこけももが1つ・・・ そんな日々でした
・・・こんなに年をとって 今にも・・・・
それなのに 食べ物を与えてくれると言うものがいる しかもこんなに立派な木いちごを
山ねずみは木いちごの一粒を口に入れました 「なんて・・・なんて素敵な・・・・味なんだろう」 木いちごの甘さだけではありませんでした 心から感じる嬉しさも加わっていたからです
「ありがとう・・・ありがとう・・・こんなに幸せな気持ちは初めてだ 土に返ることが・・・・寂しくなくなったよ・・・・ありがとう」
まるでこの時を待っていたかのように 山ねずみの息は静かに消えてしまいました ミリーも木いちごも驚きました いままでみんな 元気になったのに 幸せになったのに はじめて・・・・消えてしまったからです
ミリーは山ねずみにそっと落ち葉をかけました 誰にも見つからないように・・・・・
ミリーは感じていました 木いちごを届けたみんなの喜びが 心の中に残っている事を ミリーの喜びになっていることを
「みんなの喜びは僕の心の中に残るんだね 僕が運んだ喜びもみんなの心に残るんだよね 木いちごさんの実はなくなってしまったけれど 木いちごさんの心にも残ったよね 七つの喜びが残ったよね・・・・・ 山ねずみさんも 木いちごさんの実も 目には見えなくなってしまうけれど ちゃんと心に残るんだよね ・・・・・木いちごさん なんだか心があったかいよ」
嬉しさをこめたミリーの声を聞きながら 実のなくなった木いちごは すこし疲れたように 「そうだね・・・・そうだね・・・・」とつぶやきながら ゆらゆらと揺れていました 来年また実をつけるために 永い眠りにつくのです
ミリーが頬に 木漏れ日のあたたかさを感じて ふと見上げてみると いつのまにか厚い雲が溶けて うっすらと青い空が見え始めていました
・・・・おしまい
上手く表現したり 言葉にしたりはできません こんなおはなしがあったらいいな・・・から 始まっています ・・・難しいものですね 私がからっぽだからでしょうか・・・ 勉強不足は・・・この際 棚にあげさせていただいて・・・
あなたの中のミリーは どんなミリーだったでしょう? 聞かせて欲しいです どんな森だったでしょう 連れて行って欲しいです りすは・・・?きねずみは・・・? 絵が無いということは 空想の中で自由に楽しめるということです 心の中で頭の中で 描くことができたとしたら それは心が解放されたと いえるのではないでしょうか・・・・
友達から電話が入る 確か 北海道に居るはずでは・・・ ・・・・北海道からだった
以前 彼女は 私の詩を読み とても気に入ってくれた様子で メールで詩を送った次の日に 色紙に書いて欲しい・・・と 驚くような頼み事をしてきた そんな・・・ 書き留めて差し上げる様な詩ではないから さらりと流して欲しい・・・ それに 字だっておそろしく乱れている そうお断りしても それがいいの!・・・・と 引かないのだ
こういったことは 私にとって初めてのこと もしかすると 新しい発見があるかもしれない 勉強のために やらせていただく! ・・・・と そうはいったものの 筆の何たるかもわからい上に 限られたスペースに 詩を書き入れることの 難しさに 引き受けたことを後悔している
私の詩はこれだけじゃないということ 日記もつけていること たくさん読むと 飽きてくれるかな つまらなくなるかなと あの手この手で 諦めていただけるかと 話していた パソコンを持っていないので 口で説明するしかなかった・・・
その彼女が 北海道へ帰省旅行に行った 色紙は帰ってからとの約束で・・・ 「どこかにパソコンがあったら 『エンピツ』覗いて見てね」 2日ほど前 あるはずがないと思いながら そんなことを彼女に言っていた・・・・
それが今日 買物をしていたら 携帯に電話 「北海道の義姉のところに パソコンがあったの♪」 ・・・・・正直言って 驚いた そのあとから 読んでもらえるという嬉しさ そのあとから ちょっと待って! 何処で誰と?・・・恥ずかしいよ・・・ それからと言うもの 買物に手がつかなくなり 気はそぞろ・・・ 読んでいるのかな どう感じているのかな そんなことで頭はいっぱいになった・・・・
しばらくすると 「できるだけプリントしている」とのメール・・・ 待て待て・・・・ 「効率よくプリントできる方法をみんなで考えている」とのメール まぁまぁ・・・待てと言っているのに・・・ 「お姑さんが 紙代を出すから できるだけプリントしていけと言ってくれた」とのメール とほほほほほ・・・・・
お願い・・・そうするだけの価値がないから やめてください・・・ こちらから何度もメールを入れてしまった
彼女とは随分前から知り合いだった 話す機会や 時間がなかった それがあるきっかけで 突然こういうことになった・・・・ お互いに こういう人だとは思っていなかった・・・のだろう 話してみてわかり合えた 距離が近くなった 私を理解しようと 日記を読み 詩を好きになってくれた ・・・ここまでして・・・・ 私は彼女の純粋な心に 驚かされるばかりだ
年をとるごとに 一つ一つの出逢いが ありがたく 感謝の気持ちで 胸がいっぱいになる 無力な自分が 人に生かされていると 実感できる
おんなともだち
嬉しいことに 素直に喜び
悲しいことに 涙し
傷つけることに 怒り
感動に 心を震わせ
寂しい心に 添う
見つめているだけで 微笑ましいひと
そういう貴女と出逢えたことは
私にとって最高の喜び
数少ない 宝物
目を合わせ ビール片手に 語り合う 心は若き おんなともだち
時忘れ 熱き心の 語らいに いつしか友は 宝となりぬ
純心を 伝えし言葉に 戸惑える 曇りし心 恥じる我が日々
私の喉は 扁桃腺肥大です 子供のころから よく高熱を出していました それが最近 また勢力発揮です
3日程前から 喉がいがらっぽく 冷房のせいとだと 気にとめていませんでした 昨日のドライブで 張り切りすぎたからでしょうか 今朝から 扁桃腺で 話し辛いのです もともと肥大ですから 風邪をひくと さらに腫れてしまい 常に喉に力を入れていないと 呼吸ができないのです 熱も午後から 8度・・・ いよいよ夏風邪ということを 認めざるをえません 夏風邪をひくなんて・・・ ・・・・やっぱり馬鹿だったのか・・・ 自分で自分を笑わせてどうする・・・ 午前中 パウンドケーキを焼きました 来週の土曜日は 花火大会で 最高に眺めのいいところに住んでいる 私の兄に 招かれています そこで食べてもらおうと思っているからです すごく不思議なことに 調子が悪かったり 気持ちがのらない時の お菓子作りやお料理は 上手くできることが多いのです というわけで・・・ 今日もいつになく!?素晴らしい出来栄えで・・・・ なによりでした・・・ これからブランデーを染み込ませ 一週間なじませます
夏だけに 寒気こそありませんが ものすごいだるさにおそわれています お勤めしている人がこんなだったら大変だな ・・・そんなことを考えると もっと自分に厳しくならなくてはと 反省します
早く治して 元気にならなくちゃ! 夏を いっぱいたのしまないと・・ ・・・まだまだ遊ぶ気・・・懲りない人です・・・
蝉
蝉時雨
耳の奥に響く
止む事なく
止める手段もなく
ただ天井を見つめ
熱い体を横たえる
蝉時雨
容赦なく脳の奥に届く
いつまでも いつまでも
同じ音で 同じ大きさで
短い命を燃やす鳴き声
蝉時雨
その音しか耳に入らない私は
いつのまにか心を離れ
自分を解放していた
絶え間なく続く
数百の歌声
今年もやってまいりました! ブルーベリーの収穫期です
畑のオーナーさんのおはなしですと 早生だそうで・・・ 収穫期が長い事がわかります
またまた台風を気にしながら それでもとてもいいお天気に恵まれ 日焼対策にあれこれ悩みました 今年のなり具合はどうでしょう・・・・ おおおおっ!! なってるなってる!! おおきな実が葡萄のようです ブルーベリーを葡萄に例るのもおかしいかしら・・・ 味も甘酸っぱくて 満足のいく物ばかり さぁ〜〜とるぞぉ〜〜〜 強い陽射しが容赦なく照り付けます 熱射病になりそう・・・ 早くとって帰るとしましょう
平たくて丸い実は 1.5センチほどのものもあり 水分もたっぷり含んでいて とても美味しいです
籠をいっぱいにして 手作りのミントアイスをいただき その場をはなれました
お昼までには時間があり もう少し山の奥に入りました 「夕日の滝」という名所があると聞き 途中から歩いて入ります 川原には キャンプを楽しむ子供たちの団体で 賑わいます いったい滝は・・・何処? リーダー格の青年に尋ねて もう少し山を進みます あたりはひんやりと 湿った空気 一歩森に入ると 子供たちの賑やかな声は かき消され 苔むした岩がゴロゴロとして 木々の根が 岩をよけるように隆起しています 森の神様でも来るのかしら・・・ そんなことを考え前を見ると ・・・・滝です! 10メートルほどの高さから 岩を分けるようにして 5メートルほどの巾で落ちています まわりは木に囲まれて 滝壷を囲むように 岩があたりを守っていました すごく綺麗・・・ 滝壷の深さをものがたる様な水のみどり 水の落ちた先には おおきな岩が 何年も叩きつけられてそこにいるのでしょう 時々吹き付ける風が 私にしぶきを運び 顔を濡らします
幾年も 打たれし体 隆々と 夕日の滝に 挑む大岩
滝壷で打たれていた岩を見て なぜか応援したくなりました 何百年も打たれつづけ 今日もまた 明日からまた何百年・・・ 気が遠くなります
この滝・・・名前のとおり 夕日を浴びると とても美しいそうです 見たいぁ・・・ 夕日を見るということは あたりがすぐに暗くなるのよね・・・ ここは暗くなると 神様が来るから 叱られそうだな・・・ お腹のあたりが この滝の夕刻を想像して ウズウズと怖がるのです
想像してみました 夕日があたり キラキラ キラキラ 水が輝き しぶきを風が運んで ふわぁっと 虹が出るのです きっと・・・そんな美しい光景を見たら 涙腺が緩んでしまいそうですよね 留めて置けない光景 心にしか残せないもの そういうもののひとつ・・・
森を抜けて 子供たちの賑やかな声が戻り 暖かい空気に触れ 私たちの世界に戻ってきました
川
水の音に誘われて
川に入る
「いい音・・・話し掛けてくれるのね」 優しく歓迎されたかと思い
足を入れると
冷たさに息をのんだ
戸惑う私を いたずらそうに見つめ
微笑む水
すぐに柔らかく私の素足を包み込み
水の中へと導いてくれた
「・・・・ありがとう
少しお邪魔させて・・・」
川は 遠慮がちに水を踏む私と
しばらく遊んでくれた
キラキラ キラキラ
私に笑いかけながら
台風は・・・・・空に任せましょう・・・・
今朝は いつもお世話になっている方へ ご挨拶のお品を用意する事にしました いつも悩みます 何が喜ばれるのかな・・・・ 実用的なもの お子さんが喜ぶもの 珍しいもの 美味しいもの・・・・ ふっとひらめいて クッキーにすることに どうしてクッキー? たくさんいただくでしょうに・・・ そう思われそうですよね えっへん! だってこのクッキーは とっても美味しいんですもの それに加えて かわいいのです バニラとシナモンの香りで 鹿や船 汽車 ハート 花 うさぎ・・・ と・・・同じ形のものは一袋に入っていないのです すてき! レモンクッキーは 薄い丸で サクッと噛んだかと思ったら さらさらさらっと溶けてしまうし・・・ く〜〜! 搾り出しクッキーは 絞ったとんがりに 赤 緑のチェリー レーズンが飾ってあって かりかりっとしてて・・・も〜〜 おいしい!
でも私の口にははいらないのね・・・ と 思ったら ちょっと寂しくて ひとつならいいわよね! っとか 自分に言い聞かせて 買ってしまいました・・・何て心の弱いこと・・・・ 家に戻って さっそくいただいたら やっぱりかわらず美味しくて
少々落ち込んでいた心にまで クッキーの美味しさと 優しさが染み込んできて おいしいおいしい 言いながら 涙がこぼれたりして・・・
大好きなクッキーに泣かされるとは 想像もしていなかったな・・・
・・さぁ クッキー食べて元気を出して ご挨拶に行ってきましょう
クッキー
おいしいから
大好きだから
誰かにも
食べて欲しいと思ってた
元気にしたくて 誰かの為に・・・
それが今日
私の為になった
昨夜から 台風の動きが気になります いつから降りだすだろう・・・
そんな心配もありましたが なんといっても バーベキュー♪ お天気の事は 空に任せることにして・・・
我家から少し山に入ったところに キャンプ場があります 森の中 しいたけを栽培していたり 川が流れていたり アスレチックがあったりと ちょっとしたアウトドアが体験できます
こういう時は 幹事さんが大変です 場所の予約から ゲームの準備 車の手配 飲み物の用意 タイムテーブル・・・ ここまでして台風だったら・・・気の毒です でも今日は一日 恵まれたお天気でした
炭をおこして 鉄板を乗せて 物が焼けるまでには 時間がかかります 炭をおこす事は バーベキューぐらいしか しない仕事です 新聞で火種を作り 炭を置き パチパチとまわりが爆ぜて ゆっくりと熱が入っていきます うちわで扇いで 空気を送ると バチバチバチっと音がして 炭がかーっと赤くなります 炭の芯まで赤くなり ポーっと透明感が出るともう大丈夫 私はその瞬間が大好きです ・・・・今日は 味わえなかったけれど・・
一つ一つは大変な仕事・・・ でもどれも楽しめたら 最高です 年々 協力したり面倒なことをしなくなって行く中で あえてこういうことに取り組むことも いいと思いました 助け合う 気遣い合うことができるということ 1日を思い起こしてみると 自然にそういうことができる関係にあったことに 感動しています
宝探しにすいか割り お菓子 アイス どれも準備が行き届いて・・・ 思いが伝わります
心地よい疲れの中 1日を終える事ができます ・・・・感謝
仲間
それぞれが さまざまに生きてきた
それが突然ひとつに集まり
「仲間」になった
しばらく時を共にして
また それぞれに別れて
さまざまな時を刻んでいく
「仲間」であった時は
生きていく中で ほんの一瞬のこと
でも その一瞬は
「仲間」として
輝いた
これは生涯忘れる事のない
輝き・・・・
運転が好き!
私の愛車は 真っ赤です 初めての赤い車で 変えたばかりのころはウキウキしました しばらくすると 若い人が好むのかなと ふと 頭をよぎり ちょっと恥ずかしく思う事もありましたが 今ではすっかり慣れて かわいがっています
その愛車に・・・・ 傷がつきました 青空駐車で 子供が集まる場所のため 以前にも 自転車でゴツンとされました・・・カクン 赤い修正液のような物を塗り 渇いてから磨いて まぁ それほどめだたくはなりましたが・・・ 今回は駐車場で 隣りの車が ドアをあてたようです 仕方がないか・・・ ・・・痛そうだけど・・・
私にとって 車は 道具です 移動のための手段 大切にはするけれども できるだけ利用してやろうと考えます
色々な車種にも挑戦しているので 免許の許す限りは どんな車でも 運転したいのです・・・・・あぶない人かも・・・
ディサービスセンターで仕事をしていた頃は 車椅子を2台乗せて 梨畑の間を走ったものです 一泊旅行の時には 80キロほど移動して 温泉地へお連れしたこともあります 夜は 見回りがあるので 2日目の朝 眠くならないカフェイン入りのドリンク剤を飲んで 帰ってきたのを覚えています それがちっとも苦にならないのです 楽しくて・・・嬉しいのです もしかすると 私・・・ 観光バスの運転手とか あっているかもしれません あ・・・寝むくなっちゃうから・・・駄目か!!
愛車の傷・・・ これ以上増えないといいぁ・・・
車
満月の夜
月が海に光を落としているかもしれないと
車を走らせた
月は明るく微笑んでいて
海は暗くうねるだけ
もう少し行けば あと少し行けば
はやる気持ちの私を乗せて
望む場所へと連れて行く
・・・ありがとう・・・・ここだね
満月は海に光を落とし
海はその光で道を作る
ここまで連れてきてくれてありがとう
私のお礼 車は 満足そうに降ろしてくれた
暑い朝 今年の夏は 暑い事がいつもほど嫌と感じない 去年と何が違うのかしら
ほんの少し 感情が大人になったのかもしれない ・・・こんなことで そう感じるのも 単純な私らしい
思えば 自分の思い通りにならない日々 何を求めて手にはいらなくて どうしたくて そうできないから 思い通りにならないと感じるのか それを突き詰めていくと 行き着くところは ちいさな私・・・ 今ここにいて 自分を生きることに感謝して 生まれてきた事に 生きてきたことに感動して これからの日々も 少しずつでいいから 幸せと感じるものにしたい 不安や心配事は大きく膨らませず でも忘れてしまわずに 心にとめて・・・ ちいさな心は 今まであった事と 今と これから起こる事を思い 散らかってしまった その整理整頓で 少しばかり忙しくなっている 今までどんどん詰め込んで かなり雑然としてしまった したいことに飛びついて たくさんのものを見て 逢いたい人には何処まででも逢いにいって・・・ 何もなかった心の中は 少しずつではあるけれど 「心」らしくなってきた
ただの心が 「心」らしくなると 気付けなかったことに気付く事になる 知らずにいたことを知ることになる
私が 変わっていく・・・ 今までの自分と比べる事になる これからの自分にプレッシャーをかける事になる どれほどの時間が要るだろう 心の安定と自分が作る環境に満足できるようになるまで
もしかすると・・・ 安定などなくて 満足なんて感じないのかも知れない 未熟な心が答える
心の安定 満足感は 心が決める そう決められる心に育てていかなくてはならないのだろう こんな心の声も聞こえる
安定や満足など求めて そうなったと心が感じてしまったら そこからすすまなくなる・・・努力を止めてしまうよ・・・ 求めるものを変えなくては・・・ そんな声もする
こんな調子・・・散らかる心・・・見えない自分
どうなったとしても 自分に正直でありたい
こういうことを考えること自体 平和で幸せであると自覚して
・・・今日も・・・
混沌・・・
どう生きよう
どんな自分になろう
心が騒いで仕方がない
泳ぎました ・・・5年ぶりのプールです
気持ちよかったです まだ泳げるかしら・・・と おそるおそるの平泳ぎ・・・ ふむふむ・・・なんかいい感じ 泳げるかも!と前方に障害物がないかぎり 泳いでみました いいなぁ〜水はいい〜 今日開拓したプールは 車で20分ほどの所 おおきな公園の一角です そこの公園は サッカー場 野球場 動物園 土俵 ランニングコース 梅林 池 レストラン 人口の小川 日本庭園 ステージ 体育館 温水プールと まぁかなり広範囲に整えられた総合公園です 温水プールとは言え 温かいわけではなく 外気温にあわせた水温になっているのです シャワーはお湯です これがまたホッとするのです 室内は体育館の様な高い天井 観覧席は2階になっていて かなりの数の椅子です 全壁面がガラス張りで ガラスの縦が10メートルほどのおおきさでしょうか 椅子の後ろは 軽食がとれるレストラン いい雰囲気です プールは 100メートルの11コースと 20メートルの6コース 本当にオリンピックに使えそうです 午前中に 市の競技大会がおこなわれていましたが その後の清掃作業に何時間かかった事か・・・ ピッカピカに磨き上げるのです 本当に清潔で 髪の毛1本落ちていませんでした 競技が終わり一般開放する時は 水中ウォーキングの為に プールの底のまん中がせりあがってきます わざわざぐるーーーーっとプールサイドをまわらなくても 底を・・・そこを横切れば簡単です まるで忍者の 水渡りの術・・・というところです 日に日に暑くなる中 室内での快適なプールに 大満足したのです
人魚
海の妖精 通った後は
海水が七色に光り
そこにいた魚の鱗は
七色になる
人の手のひらほどの
海の妖精 人魚
人の目には 決してうつらない・・・
夕方から催し物会場へ出かけた 野外ステージに客席 その周りを取り囲むように 屋台がならぶ・・・
ビール かき氷 ホットドック・・・・ ビアガーデン気分で 音楽を楽しむことができる
私のお目当ては アフリカの太鼓 ワールドカップの時 セネガルのサポーターの先頭にたって 演奏していたらしい 男性が6人 女性が1人のグループ アフリカの人だが なぜか関西弁を話す 日本語は完璧だった
演奏が始まると あたりは太鼓の振動に包まれ 独特のリズムに じっとしていられないといった感じ・・・ 10人くらいの若い娘さんのお取り巻き 場慣れしている彼女達は 周囲も気にせず踊る・・・踊る・・・ ちょっとうらやましく思った
アフリカの太鼓は バンと張った音 なんとも心地いい リズムも軽快なもの やや軽快なもの まぁまぁ軽快なもの・・・ 表現しにくいな・・・ アップとかスローとか言うのだろうか どれも乗りやすい 舞台の女性が陶酔して 体の動かし方がわからなくなったかのような踊り方 ・・・日本人には真似のできない動き・・・ と 思いきや・・・一緒に行った友だちが 同じような踊りを隣でしていて ちょっと慌てた・・・ いいよいいよ・・・思い切り踊って・・・
アフリカのリズムっていい 和太鼓のように1本調子の様ではなく ピョンピョン弾んでいる 自然に体が動いてしまう・・・不思議な魅力 そんな中でも きちっと椅子に座り 手拍子もリズムも取らず まっすぐに座って聴くお客さんも少なくなかった 日本での活動が長い彼等にとっては 不動の日本人にも慣れたことだろうが 賑やかな舞台とはうらはらで とても不思議な光景だった
表現が苦手な人種には こういうものに触れることが とてもいい刺激になると思う 太鼓に合わせて 踊れたらいいのに 楽しいということを味わいたい その場で太鼓の楽しみが共感できたら・・・すごいことだろう 大興奮するだろうに・・・
感情を表に出すことは 好ましくなかった 国技のお相撲・・・勝っても笑顔になってはいけないと聞く 平常心の美しさ・・・・そんな国民性が邪魔をする さぁ!夏だ! 踊ろう 楽しもう!! そんな声かけにも反応できない客席を見て どぎまぎしてしまう もっと盛り上がろうよぉ・・・
とは言え やっぱり私も 表現が下手なのである・・・・
太鼓
集まれ 踊れ
笑え 歌え
響け 響け
心に響け
リズム リズム
心を揺らせ
太鼓の音に助けられ 体から出る リズム 太鼓の音に引き出され
体で表す よろこび
太鼓のご機嫌変わらぬように 叩け 叩け 踊れ 踊れ
なんといっても ロングヘアーです この暑さで 毛皮のコートでは やはり暑いでしょう・・・ 久しぶりに!? さっぱりさせようと 愛犬のシャンプー カット & ブローです しばらく洗っていないので 毛がどっさり抜けました・・・ごめんよ お腹のあたりをカシカシこすると 後ろ足が・・・カツカツカツカツ・・・ クー:「そうそう・・・・そこそこ・・・」 クーが体でそういいます あ・・・ここが 痒いのか! クーのボディランゲージが だいぶ私にも通じるようになりました 耳はたれているから 裏側が痒いのよね 耳の裏をカシカシすると クー:「そこそこそこそこ・・・」 って押し付けてきます クー:「そこが痒いけど うまく掻けなかったんだ」 そう言っているんです
ドライヤーでフワフワにしたあとは 「お客様 本日はいかがなさいます?」 とにかく 首周りから ザクザク・・・ザク・・・ こんなに毛があっては 暑かったろうに・・・ 「このあたりは段カットでいかがでしょう?」 背中・・・横腹・・・肩・・・ 切っても切っても切った気がしないのです 「お客様 いいお毛並みですね みごとな黒髪です」 ベッカムカットってできないかしら・・・ 中田さんもいいわねぇ〜 「あ・・・ どんなに切っても頭の毛はつんつんならないのねぇ ごめんごめん・・・」 クー:「ええっ?」 究極の段カット・・・ってのもいいかも ザクザクザクザク・・・ 「お似合いですねぇ・・・・・・ 地肌が見えるところは今流行ですから・・・」 クー:「えええええええっ?」 動くからいけないんだと思います 「でもぉ さっぱりしたよねぇ〜」
仕上げのしっぽは いつもライオン風・・・ 先の方だけ毛を残し 後は刈上げです 男まえだねぇ〜 いや・・・私の自画自賛かな
夏はペットにとって 大変な季節です 蚊やらノミやらにやられないよう 気をつけてあげなくては! あ・・・あのね
はさみを取りに少し離れたすきに クーちゃんたら こっそりと逃げ出して お隣のわんちゃんのご機嫌伺いに出かけたんです 隅に置けない息子だこと・・・・ クー:「あはは ちょっと気になったもので・・・」 とか言ってます 綺麗になったからって 見せにいかなくてもいいのに・・・
クー
「クーちゃん いい子だね〜 いい子だいい子だ〜 どしたの? ん? そうかそうか そうなのかぁ〜 クーちゃんなのかぁ そうなのかぁ〜 よしよし・・・よしよし・・・ いい子いい子 そうかそうか〜」 こう話しかけて癒されているのは私・・・ 黙って癒してくれるのが クー
湿気と熱で カビが喜ぶこのころ・・・ 我家のヨーグルト菌は たたき起こされるのです
昨年の秋から 冷蔵庫に冬眠していた!? ヨーグルト菌 そもそもこの菌が我家にやってきたのは 4年程前になると思います 知人の父君様が ブルガリアで手に入れて 少しずつ増やしつづけ あちこちに分けているところでした 私がその「菌」を手にしたときは 泡がぶくぶくとたった 何ともくさーい液体でした これがヨーグルトになるかしらと 疑ってしまいました・・・ごめんなさい この菌・・・牛乳が餌です 温度が高いと 活発に牛乳を食べながら 発酵していきます あわあわぷくぷくと・・・ さて・・・今年も元気になるかしら・・・ もしかして・・・駄目になっていたりして・・・ 毎年そんな不安を胸に 牛乳を注ぐのです
今日で3日目 始めは牛乳に負けてしまい ジャブジャブしていたものが 今日あたりから しっかり豆腐状に固まりだします 乳精というのでしょうか 透明の水がではじめます アワアワも落ち着き いい調子になりました しっかりと活性化させてから 食べます 少し残して牛乳を加え 食べては餌の牛乳を加え・・・ 夏中毎日楽しめます 毎年収穫しに出かける ブルーベリーを ソースにして凍らせておいた物をいれて いただくと・・・最高です!!
買ったもののように マイルドではありませんが 前にイスラエルへ旅行に行った時食べた かたいヨーグルトの味に似ていて 酸っぱいのです イスラエルのヨーグルトは お皿を逆さにしても こぼれない位のかたさで これまたかたいはちみつで いただきます 美味しいとはいえませんが 私はすっかり気に入りました
本当のヨーグルトをブルガリアで食べたい そんな夢が叶う日まで この菌を食べつづけていたいです 夢が叶ったとき この味に近ければ大感激!! ぜ〜んぜん違っていたら これもまた大感激でしょう ブルガリアの人が毎日食べている あの「かめ」に入っているヨーグルト・・・
・・・・食べてみたい・・・
ある朝・・・
白くてとろけるヨーグルト
ジャムと溶け合い 夢の色
卵に トースト ソーセージ
レースのカーテン 陽の光
やわらかい風 ベンジャミン
椅子には子猫が寝転んで
素敵な朝の できあがり
今日 夕方家に戻ると 玄関先に 鬼灯が置いてあった お得意先のお花屋さんからの お中元だった 素敵な贈りもの こういうお中元ていい 心がなごむし 楽しみになる
ほおずき・・・なんていう字だろう・・・ こんなにかわいらしい植物なのに おそろしい字があててある 酸漿・・・古来の字 鬼灯・・・これは・・・? どうやらお盆の時季 お墓やお仏壇に 供える植物だかららしい 良いように考えてみると 魔除けということだろうか ほうずきは ゆっくり優しく種をもみほぐし 楊枝で穴を開けて皮をやぶかないように 種を出し よく洗ったものを口に入れ こすり合わせると ギュッギュッと音がする これがなかなか難しく 私は音が出たことがない 洗い方が悪くて 苦い汁が出てきたのを覚えている 頬をついて音を出すところから ほほずき・・・ほおずき と呼ばれたとか・・・・
この苦い汁 昔は解熱や腹痛の民間薬として 親しまれていたらしい 浅草浅草寺のほうずき市は まず薬草として 売り出したのが始めのようだ
六角形の朱色の袋 なかには宝石のような ツルツルでまん丸の実 なんとも魅力的な植物だ 赤くなった実が13こ 緑の実が16こもついている まだまだ楽しめそうだが 小さな植木鉢には とても重たそうだ 夏の風物詩・・・ ほうずきは我家の人気者になるだろう
緑葉の 目を覚まそうと 彩りぬ ほおずきの実の 朱の鮮やかさ
鬼灯が 盆の魂 送ろうと 灯りに負けず 実を朱に燃やす
朱が待てぬ 子等の触りし ほおずきが 緑残しつ 手のひらにのり
鈴なりの ほおずきの鉢 眺めつつ 宝のなる木と 名付ける我娘
何とも優しい台風でした 強い勢力の・・・と かなり覚悟が必要なのかと 構えていたのに 1時間ほどの強い雨で 済んでしまいました こんな台風もあるのですね
さて このジメジメとした毎日・・・ 誰が喜ぶかって 蚊には楽園ではないでしょうか・・・・ ちょっと外に出ただけで10匹ほどが まとわりつきます
私にまとわりつくのは・・・蚊だけか・・・
それはさておき 汗をかくと すぐに汗疹になるので この時季は時間があればシャワーを浴びるようにします 先日もシャワーを浴びた後 やけに両足首が痒いと思ったら 靴下のあとにびっしりと汗疹・・・ 靴下はけないじゃないの・・・ これでは素足にもなれない・・・ 掃除をすれば 首周りに汗疹 ジーンズをはけば ひざ小僧に汗疹 蚊だけでもうんざりしているのに 汗疹との戦いもあります やれやれ・・・
そこで私の痒み撃退法! 熱いお湯を ちょこっとタオルに染み込ませ 痒い所へピタッ!! あちっ・・・あちっ・・・あちっ・・・・ このくらいの熱さがいい! そのうちタオルの温度が落ち着いたら じーーーっとあてる・・・ あぁ・・・なんて ぎぼぢいい・・いや・・・ きもちいい・・・・ と・・・・これでまず2度と痒くなりません あと1度くらいは痒くなるかしら・・・ でも 今朝刺されたところをこのやりかたで 毒を散らしたら 今のところ1日痒くないです 汗疹も一発です 掻き壊してしまうと しばらく後まで残っていたり 皮がむけて かさぶたになっていたりします これだと そうならないのです この方法 騙されたと思って お試しください
虫
ちいさな ちいさな 虫がいた 行く先を 見失ったかのように
同じところを 回っていた
忙しそうに 進んでいた
大きいものに 捕らえられたり
おおぜいに 連れて行かれていたり
重そうになにかを運んだり
じっと見ていたら
人間のようだった
母親の集まりがあった
子育てのこと・・・悩みごと・・・宣伝したいこと・・・などなど 色々とはなしましょうと言う時間
様々な話の中 気になることがあった
食生活のこと
幼稚園の食事会で 子供達がパンとカレーを作った この日は子供達も大はしゃぎで 楽しいお料理に取り組んでいた 色々な大きさと形のにんじんやジャガイモ こねこねを楽しんだパン どれも頑張った跡が見られて 素晴らしい食事会となった いつになくたくさん食べる年長組 パンの数とカレーのおかわりの回数を 競っていた 誰もが満足して 片付け始めるころ 体つきのいい 食欲大盛な男の子が 両手いっぱいに食べかけのパンを 持っていた 食べられないのに おかわりをしたらしい 不思議とどれも食べかけで・・・
食べ物を粗末にしてはいけないと 園長先生が このときをチャンスとばかりに 彼を叱った ・・・・どうしてそういうことをしたのだろうか・・・ 今までになかったケースに先生達も 首をひねった・・・ それがこの話合いで明らかになった その体格のいい男の子は 家でパンを食べるとき 親もたくさん用意するのだろう 色々な種類のものを1度にならべるという それをひと口ずつ味をみるように かじっては止め・・・かじっては止め・・・ ひと通り食べてみるらしい どれもこれも食べてみたい 気になるから それをするたびにきつく叱っているが 言う事を聞かないから 幼稚園で叱られても当然だと・・・母親 驚いたのは園長先生・・・ そんな食べ方をしていて 親の言う事を聞かないから 止めさせないでいいのか 親のするべき事を 幼稚園でも叱ってくれてよかったと もっと言ってやってくれということでいいのか かなり深刻に話しだした 幼児期の食生活 現代の食事 なんでもありの世の中で 食べ物を粗末にする事は 珍しくなくなってしまったのだろうか・・・ 今この時間にも 食べ物が無くて 息絶える子供がいるというのに それと・・・ 親の価値観を 子供に伝える親がすくなくなったという 前にも考えていたことが こういうことなのだろうか 言ってもわからないから 叱ってもするから で・・・いいのかな・・・ 幼児期に・・・それでいいのだろうか ・・・・・・悩む コンビニやスーパーでは お袋の味 レストランの味 屋台の味 色々とあの手この手で誘いかける どれもそこそこにいいお味でできている 下手をすると 私が作るものよりも美味しい物もある 諦めない!!そこで引き下がれないのが 私・・・ もっとおいしく作ってやる!と・・・なる 味覚を大切にしよう 子供のころから 味の濃いお菓子を食べていると 味覚によくないと聞いた 繊細な味でならすことで そのものの味を覚える いいものの判断ができる 贅沢を進めているのでは無く 優れた味覚は 人間にとって 大事なことに思うから 母から伝えられた味 私の味 あたりまえと思っていた・・・我家の味 この味が 大勢の人に気に入られ 喜ばれたりすることがある そういう時は 母に敬意を表する (こんなときばかり・・・) 母の味付けで 私の味覚を育ててもらった事に 感謝したいと思う
食べるものがあふれる世の中 食べ物に対する価値観が変わってしまわないように 1人1人の食に対する意識を高めていかなくては 大変なことになってしまいそうだ
毎日のことだから 大切・・・
糧
食事が与えられた事に 感謝
魚をとり 野菜を収穫し 生き物を育ててくれた事に 感謝
それらを育ててくれた自然に
そして 人に 感謝
空に 水に 土に 草に
私たちは 何てたくさんのものから
恵をいただいているのだろう・・・
日曜日
ぼんやりとテレビを眺めていたら NHKで美術の番組をやっていた
ドイツ ドレスデン 素晴らしい金銀財宝・・・ 蜀台 宝石箱 尿瓶に至るまで 宝石を埋め尽くし 貼り付けられている 戦争のさなか・・・これらの宝石も疎開した 疎開という名目で ソ連に没収され 取り戻すための調印・・・ 王の遺言通り それらは今なお 欠けるものなく 美術館に光り輝いている ・・・・奇跡 完璧に残っている事自体 奇跡だといわれているらしい
蝋燭の灯りにはえるダイアモンドのカット 時間とお金を費やして手に入れたバロックパール 当時の技術の限り 最高の材料で作られている 現代この上無い価値のある品々・・・ 残す価値のあるもの・・・ 建築であったり 書物であったり 風景であったり・・・ 昔の人は そこまで考えてその時を生きていたのだろうか 自分が予想もつかない先の世界に 肉体は残らなくとも 価値観が残る 嗜好が残る 権力が残る 残された品に託す思い
どうしても手に入らなかった永遠の命 それすら手に入れたいと考えただろうか・・・
何百年後 価値のあるものって何だろう・・・ いつになっても変わらずに価値のあるものって 何だろう・・・ 今 百年先まで価値のあるものがあるだろうか・・・
私がドレスデンと聞いて まず思い浮かんだ物が パッチワークのパターンだった 細い形をつなぎ合わせると 円になる 三角 四角をつなぐのとは違い 比較的難しいパターンだと思う 「ドレスデンの皿」 なるほど あの財宝をイメージした物だったのか・・・ そんなことがわかって 少し嬉しくなった
ドイツ ドレスデン 一生の間に 行く事ができるだろうか 欲張り虫が 心の中で騒ぎ出す
見たいものが・・・また増えた
宝物
ワインのコルク
透明の石
当り付きのアイスの棒
孔雀の羽
お花の形のボタン
イチゴの香りのついた紙
ハート型の紙石鹸
こういうものが
大切な宝物だった 今の私にとって
あのころの「心」が
宝物のように思う
**************************************************
すずめがね・・・
お水を飲もうとしたら お水の中に 落ちてしまったみたい すぐに助けてタオルにくるんで 様子を見てた
ぶるぶる震えていたけれど 次第に羽根が乾くとね 入れておいた 籠のふちまで 飛んだの !!よしっ 飛べる!! そう思って急いで外に出た そうーっと手のひら開いてみたら パタパタパタって 飛んでいったよ すぐに近くの枝にとまってね 濡れた毛の毛づくろいを始めたよ そしたらちいさなかわいい声で鳴きだして どこかの枝からも 誰かが答えているの お母さんなら「どこにいるの?」 恋人なら「速くこっちまでおいで」 兄弟なら「大丈夫なのかぁ」 先生なら「まぁ、これからは気をつけるように!」
「あなたの探していたこすずめを 今 お返ししましたよ」
ふかふかになったすずめ 元気に帰っていったよ よかったね
家の犬
家には犬がいます ミニチュアダックスのロングヘアーです
本当はお高い犬なんでしょう・・・ だけどこの犬は・・・半額だったのです 犬に半額って まるで物のようですが・・・ ちいさなペットショップで出会った彼は 細くて小さくて 私の憧れだったダックスフントですから すぐ 一目惚れしたのです 「高いんだろうねぇ」
とつぶやきながらお値段を見ると 16万円にバツがしてあり 7万円に・・・ どうして値下げしているのかしらと 不思議に思い その理由を尋ねると 何でも 胸のあたりの毛が生えそろわなくて 美しくないとのこと ・・・・・どれどれ ええええ?たったそれだけのことで? って言うくらいに 目だたないのです !!飼いましょ!! そく決定して 我家の息子になりました あれから9年 雑な扱いを受けて!? 毛の長い犬は短命だと言われながらも 元気にしています そして・・・かわいい・・・
成犬になったころ どうも納得いかないことになってきて・・・ ダックスフントの特長である 短い足が 少々長くて・・・ 長いはずの胴が だいぶ・・・短い う〜ん・・・ もう少しすると そうなるだろうと 期待して待ったけれど・・・成長完了しているらしい ペットクリニックでそのことを聞いてもらうと 「確かに・・・この子の足は・・・長めで 胴は・・・短めですねぇ・・・・」
と 言われました
どうしてかしら・・・ 半額だったのは そのせい? なんて考えた時期もありましたが とにかくいい性格と かわいい顔なので 少々の問題点は 気にならなくなりました まっくろけで クルクルの巻き毛・・・ 誰にでもしっぽを振り いつもニコニコしているのです(!?) 私は犬を飼った経験が無く うんちやおしっこになやまされたり 夜通し吠えつづけたころは 一晩中オロオロしたり 誰かに譲ろうかとも考えました でも やっと犬というものがわかるようになり 今ではいないと困ると感じるくらいです 時報の鐘に あう〜あう〜と歌い ご飯を忘れていると 下の方からジィ〜っと見上げ 家の者が知らない人まで知っていて みんなに愛されている 愛犬゛クー ゛ 我家はクーに たくさん教えられました 生き物を飼う事の大変さ いい加減では守れない命 命の大切さ・・・ だいたい10年ちょっとが寿命と聞きます これから先も ずっと元気でいて欲しい 愛くるしいわが息子と 素晴らしい時を過ごしたいです
犬
出かける時は
「気をつけて」
悲しい時は 「元気を出して」
寂しい時は
「傍にいるよ」
嬉しい時は
「よかったね」
私の犬は
心を読んで
私の気持ちに
添ってくれる
昨日に引き続き 容赦なく太陽が照り付けます ・・・・溶けそう・・・
暑さのなか!?老人施設に出かけました どうして 「!?」 かというと・・・ 暑いのは移動中だけ 施設の中は快適・・・ お年寄りにピッタリ温度だからです 何かして動いていないことには こちらまでウットリしてきてしまうほど・・・ 贅沢です
今日は、フロアーに5人ほど集まっていらっしゃいます 集まっている・・・といっても 会話があるわけではないのです 1人でお部屋に居るよりは・・・ と いったところだと思います
さっそく輪の中に・・・ どすんと腰を据えてニッコリ攻撃です!? ご挨拶をしてから 名前を言い 何をしに来たのかを説明します 何をしにきたか・・・ 「一緒に遊んでいただけますか?」 今日はこんな言い方をしてみました 「あぁ・・・いいですよ 遊んでくださいな」 と 反応がいただけたのは5人中1人です まず その時点でだいたいの様子がわかります よしっ!この場は歌で・・・・ ♪卯の花の 匂う垣根に〜・・・・ 「夏は来ぬ」です 歌い始めたら なんと3人の方が一緒に歌い始めたのです いい調子!「歌」ってどうしてこう 頭に残っているのでしょうね 名前も歳も みんな忘れてしまっても 歌えるのです・・・どうしてなのかぁ・・・不思議だなぁ しかも正確に ♪めだかの学校♪ ♪ななつの子♪ ♪ふるさと♪ このあたりはみなさん完璧です 歌いながら みなさんに 鶴などを折ってさし上げて・・・ この場は失礼しました
先週 先々週とお会いしている「テルさん」(仮称)の もとへ・・・・ テルさんの専属になってもいけないので 今回はお時間すくなめにしました お部屋のベットは取り払われて 床にマット その上に羽根布団という日本的な 寝方になっていました 相変わらずニコニコと迎えてくださり ホッとしました 腰が痛いとの訴えがあり 横向きにすると 大腿骨が痛いとおっしゃり とにかく体が辛そうです こんな時に私にできることと言ったら 痛い部分をさすりさすり・・・ もう少しでお食事ですからと 気をそらし おはなしを伺います 「夜ね みんなが寝てしまった後 10時から11時ごろね どうにもこうにも寂しくて寂しくて・・・ その寂しさといったらねぇ・・・ 涙がでてきてねぇ・・・ しまいには うわーって声出して泣きたくなるくらい・・・」 突然そんなことを話しだしたのです 痴呆があるとは言え 切実なお気持ちだと思われました
・・・・ドキドキしました 私自身 時々そういう気持ちになるからです 遠く離れた土地で 同じ景色に包まれ 音も無い夜・・・思い出すのは 家族の事 だいぶ会っていないのでしょうか・・・
「・・・・大きな声で 泣いてもいいんですよ」
えっと・・・・こんなこと言ってもいいのかしら・・・ でも そういう時って 泣くだけ泣くと すこし気持ちが楽になったりしませんか? そんなことじゃ おさまらない・・・と思いますが でも そういうときは・・・そんなことしか・・・ 「横に・・・寝ても・・・いいですか?」
「いいよいいよ ここにおいで」
なんだか・・・そんなことになり・・・ 添い寝してしまいました・・・ 変な子だよと・・・思ったでしょうね 夜してあげられないけど 寂しいときに 横に居たのを思い出してもらえるかと 思ったりして・・・ 孤独を感じるのは その人の心だと思います おおぜいの中に居ても 孤独を感じるし 一人でいても孤独を感じない人が居ます 孤独って 治療できるといいのに 孤独を感じなくする 薬があればいいのに 突然心にのしかかる恐怖 目に見えない 悲しみ
孤独
朝目覚めた 1人だった
散歩に出かけた 1人だった
買物をした 1人だった
家に戻った 1人だった
食事をした 1人だった
どんなに大勢の人に囲まれていても
孤独を感じてしまうのは 「心」
心をひとりぼっちにさせるのが 「孤独」
*******************************************************
夏川に 蟹追う子等の声聞きて 暑さをしのぐ 知恵に微笑む
(我家の前は 昔ながらの用水路になっています 子供の足首ほどの水が流れ 小さな沢蟹が たくさん生息しています すばしっこく 見つけても捕るのはなかなかむずかしい・・・ この時季になると 泳ぐほどでもなく 遠出をする時間もないけれど ちょっと足をつけようか くらいの気持ちで子供が集まり 大きな声で 呼び合うのです)
台風が過ぎました 浸水 洪水の被害にあわれた方 一日も早くもとの生活に戻れるよう 応援したい気持ちでいっぱいです
今朝は台風一過!ものすごい青空と 台風の忘れていった風が 辺りを見回るようにして吹いています 雨の中を荒れ狂うよりも 青空の下を思い切り駆け回る方が 気持ちがいいのでしょう
そうだ!傘を干そう!! 大きい赤い傘 中くらいのブルーの傘 ちっちゃいピンクの傘 3匹のくまのおはなしみたい! おはなしに傘は出てこなかったけれど・・・ 部屋に入ってバタバタとお掃除! いつもの廊下が やけに明るいのです んんん? どうしたことかと 廊下に立ってみたら 光が反射していたのです 外に干した 中くらいのブルーの傘に お日様があたって 傘がその光を 届けてくれていたのです ブルーの光・・・・
廊下が眩しいブルーです まるで・・・天使でもあらわれるみたいに 眩しく光る空間・・・
人って 光を綺麗と感じることが多いと思います
ろうそく シャンデリア 夜景 花火・・・人の作った光
月 お日様 昼間の海 月が映った海
オーロラ 蛍・・・自然が作る光
光を目にする事で 心が不思議と癒される気がします
素敵な光をありがとう 朝から心地いい光を見せてくれた 中くらいのブルーの傘に 感謝したい気持ちでした
木漏れ日 桜の大木から
柔らかい土の上に
お日様の光がこぼれた
誰かが踊る 舞台のスポットライトみたいに
優しく光が揺れて
静かに踊って
青葉が風で騒ぐと
観客のたくさんの拍手に聞こえて
また 誰かが踊りだす
木漏れ日の円は
妖精の・・・ダンスの跡
学校の先生のお話しを聞きました
この4月より 離島の小学校から赴任した若い女性です 方言を抑えて こちらの言葉に合わせている様子が かわいらしく見えます 初々しさもあります
ところがこの先生・・・ いまひとつ こちらに伝わってくる物が無いのです 個人的に色々お話すると 盲学校の教職免許をお持ちだったり 養護学校の教員免許をお持ちだったりと 私自身興味深いことを考えていらっしゃって その手のお話になると ゆっくりと飲みながら語り合いたいですね と 意気投合するのですが・・・
もしかすると・・・・ 表情が 少ないのかしら・・・・ そんなことを感じたのです 表情って・・・大切です 手話を学ぶ時は 必ず注意を受けるのですが 悲しい話をするのに ついつい手話に気をとられて にこにことしてしまったり 楽しい話なのに かたい表情だったり・・・ それは何気ないことであっても 聴覚障害の人たちには とても理解できないことです ゛え?嬉しくないの?゛ ゛とっても 悲しいんでしょ?゛ と 手話で詰め寄られます 確かに この表情では伝わらないな・・・ と 反省するのです
「子供達の成長を嬉しく思っています」 だったら 顔も嬉しそうにして欲しいし 「提出物がなかなか揃わなくて・・・」 だったら 困った顔をして欲しい・・・
始めから終わりまで ずっと同じ微笑を浮かべていたものなぁ まだまだ緊張しているのかしら・・・
「先生のお話しがわかっていないのかもしれませんが・・・ 家で宿題をしていても わからないって言うんですが」 そんなはなしにも 「答えを合わせる時に 解説をつけるようにしています」 と・・・変わらぬ微笑 やはり答えをいただく方としては そんなにさらりと終わってしまうの? という気持ちもなったりして・・・・ 「そうしてくださいね!おねがいしますね!」 と ついつい念を押したくなり・・・ 念を押したくなると言う事は 伝えたい事を伝えましたよって言う 再確認だと思うのです
言葉の抑揚だとか 顔の表情から伝わる物って 大きいと感じます 子供って・・・表情を豊かに接すると おもしろがっているのかもしれいけれど? すぐに仲よくなれたりします こちらに関心を持ってくれるのか 集中してくれるのか おもしろいのか うれしいのか・・・ ちっちゃな紙切れを大切に持って そうっと見せてくれる時なども 「うわぁ〜宝物だねぇ〜!!」 なんて少々大袈裟に反応したりすると 大喜びなのです
ほんの少しのことだけど 伝える方法って 大切だと感じました
私の表情は・・・どうかしら・・・ 鏡の前で 練習してみようかなぁ
鏡
怒った顔をしてみた
相手の顔が構えた
満面の笑顔で近づいた
嬉しそうに相手も寄って来た
悲しい顔をした
心配そうにして手を差し伸べてくれた
嫌そうにした
相手が顔を背けた
相手の表情は
私の心が映っているのかもしれない
ある人から相談を受けた
彼女の相談は 「相談を受けたけれど 答えが出せなかった」という・・・相談
子育てを支援する仕事に携わっていると 子供の様子についてのお話しをよく聞く 子育てについての相談が始まると まず自分の事はさっさと棚にあげてしまわなければならない私である 自分の生活を入れ込んで話すと 自信が無い為に 相手の思いが見えなくなってしまうから
「子供が泣いて 幼稚園を嫌がっている やめさせるべきだろうかと 母親がなやんでいる」 といった内容のもの 父親も やめてしまえと母親に言うらしい 母親としても そこまでして 幼稚園に通わせるべきかと考えてしまっているらしい どうして入園を決めたのか・・・・と聞くと 友達作りをしたいとの事だった 幼稚園が始まってから3ヶ月 すっかり慣れて笑顔で通園する子が増えた中 この男の子は 割れんばかりに泣きつづけているらしい 男の子は甘えん坊が多いと聞く 初めて母親から離れるようになってから3ヶ月 まだ たったの3ヶ月で環境に慣れないのは おかしいことではないと思う 長い目で見てしまうと 必らず慣れるもの でもそのときその様子を見ている親としては 見るに見かねて 居てもたっても居られない思いがある その気持ちは良くわかる まずは この母親を安心させてあげたい
もともと幼稚園は義務ではないから 無理に通う必要もない・・・ やめてしまうのも1つの方法だと思う・・・でも・・・ 慣れてさえしまえば 家にいるのとは違って 母親以外に初めて先生という 外の世界の大人と信頼関係を作ることができる 友達ができる 友達と喜び合えたり 喧嘩をしたりと 心の成長に大切なことが たくさん待っている 充分なやんで入園を決心した過程も大切にしたい この時期 泣く子は決して特別じゃない 新しい社会に出るために 彼も一生懸命だということ・・・・ 何より母親が 不安にならないこと・・・・・
母親がなやんでなやんで お友達を作りたいと 決心しての入園だった 仲良くできるはずだったのに・・・ おそらくこの親子は 重たい気持ちで毎日通ってきているのだろう そんな思いで彼女に相談し 理解を求めたのだと思う とにかく何でもいいから安心できる話をしてあげようよ それからその母親について二人で考えた
母親という物は 今 目に映る我子のことで 精一杯になる 泣いたり なやんだり 具合が悪かったり 怪我をしたり・・・・ 我子の痛みは 倍 感じてしまうようなところがある できれば代わってやりたいとさえ思うもの 第三者の 気持ちをゆるめる手助けが必要な時もあると思う 今がそのときではないだろうか 子供はずっと同じではないから 少しずつでも ちゃんと成長しているものだから 大丈夫 元気に通えるから お友達を作りたい・・・その思いが通じる時が必らずくる 待ってあげて・・・見ていてあげて・・・ そう伝えつつ 母親から離れたくないという その子の心が 少しでも元気になることを 願った
母
母は毎日畑を耕していた
まがった腰を伸ばしがら
いくどもいくども顔をあげた
雨であっても風が吹いても
決して欠かさず畑に出ていた
畑から見える
山あいからの白い細道に
いつ我子が笑顔で
現われるかもしれないからと
今日は親睦会です!!
内容は「ボーリング大会〜〜〜」
30人が5人ずつに分かれて 1投ずつ投げていく方法です これは親睦を図るには 大変いいですよねぇ
前の人が残したピンを 次の人が倒す・・・ 前の人が1本残したりすると 「どうしてもっと残してくれないのぉ 1本じゃ たおせない〜」 なんてわけのわからない文句が出ます
日頃おとなしい人でも ぎゃ〜ぎゃ〜わ〜わ〜興奮して おおきな声で大はしゃぎ! ばしばし叩き合ったり ストライク スペアを取ったら 両手タッチでパチンパチン・・・ スキンシップもばっちりです!
5人が一丸となって 好成績を目指すので 仲良くがんばらないわけにはいかないのですから 「あの人ってどういう人だろう・・・」 「うまくやっていけるかしら・・・」 そんなこと もうどうでもいいやっていう感じ・・・ 大笑いの大騒ぎです 同行してきた子供が 泣き出すほどのパワーでした 「楽しかったね 明日もやりたい・・・」 そんな言葉をいただきました やってよかった!心からそう思えたひとときでした 楽しみを共有できた瞬間て 最高です♪ それにしても・・・ あの ボーリングの玉 だいたい女性だと 8〜10ポンド 4キロ弱の重さということでしょうか・・・ なかなか 重さと 指の太さがピッタリこないものです 重さと穴の種類について もっと調べたいです 左利き用もあるというから ちゃんと自分に合った重さと穴の大きさのボールって あるのだと思いました 自分にピッタリ合うボールの数字 知っておきたいなぁ 次回は優勝したいし・・・・
ストレス解消
綺麗にならんでいる物を壊したい
おおきな声を出したい
大笑いしたい
体中で喜びたい
思い切り悔しがってみたい
・・・なぁんだ
みんなも そうしたかったのか
まったく・・・子供なんだから・・・・
調べ物をしていたら 「マリアの奇跡」 というものを見つけて 覗いてみる事にした
ポルトガルやフランスでは 牧童や修道女に 奇跡が起こっている そこには教会が建てられ 祈りを捧げたいという信者で 各国から客人が絶えない
どのような奇跡だったのだろうと 読みすすめてみると ひかりのようなものの中に マリアの姿が現われて 語りかけたという
第一次世界大戦の終結の預言 第二次世界大戦勃発 を言い当て これから起こる人類滅亡の預言もしたという
・・・読むうちに 暗い気分になってしまった
「とにかく教えのとおりに祈りなさい 祈れば人類が救われる」 と聞こえたらしい 同じ内容の奇跡が 秋田にもある
その奇跡の預言を信じる者の多いこと・・・・ そして日々 彼らは祈りつづけている 宗教を持つ人の少ない日本も 大半がもうじき宗教を持ち 人類のために祈り始める とあった
アダムとイブが罪を犯してから 人類は生まれながらに罪を負っているという 原罪・・・・ カトリックを信仰し 原罪の許しを請うために祈り 奇跡の預言を心に止めて 地球と人類に 危機感を感じている人たち
今の自分の生活と 自分の周囲の人たちとは 内容がかけ離れているため 今 この手の話が なかなか理解できなくなっている 日々の生活に追われている私にとって 腹立たしいほど ・・・・人事だ 内容が心に感じてこない 人と宗教との出逢いは 難しいと思った 今の私が 地球は大丈夫なのか・・・ 人類はこれで良いのかと 日々なやんでいる時に この文章に出逢ったら おそらく感動し 軌跡が起こった場所に立ちたい 祈りを捧げたい・・・・ 明日にでもフランスに行きたいと騒ぐだろう
満たされている時 満腹の時は 見たものを感じとりにくく 求めている空腹の時には どれも吸収しようとするのだろうか ・・・・都合のいい心
「あの時に何も思わなかったのに 今日はすごく大切に思える」 といういうことがある
「あの時はあれほど夢中だったのに 今は全然 感心が無い」 ということもある 私の生活の中には こういうことが頻繁に起こる 続けていく精神力 信じる力の乏しさ
常に祈る事をすすめる教え・・・ 生涯祈りつづける人たち・・・ 宗教 信仰の「力」を感じさせられる 心に根付いた力 体中に染み込んだ信仰・・・ 彼らの物の見方 感じ方 考え方 生活観に関心が湧いた 理解してみたいと思った
ロザリオの祈り
めでたし清寵 満ちみてるマリア 主は 御身と共にまします
御身は御女の内にて祝せられ
御体内の御子 イエズスも祝せられたもう
天主の御母 聖マリア 罪人なる我等のために
今も 臨終の時も 祈りたまえ
アーメン
難しい言葉・・・・・ この祈りは カトリックの世界共通の祈り とにかくこれを唱えるようにとのお告げだったらしい 聖書も祈りも 現代語に訳されていく わかりやすく変わりつつある この祈りも変わるだろう 「めっちゃ祈っちゃう」 日も・・・近いのかも・・・
祈り
自分が幸せである事を
恵まれているという事を
取り去ってください
満たされた心では
見え無いものや
気付け無いことが
多すぎるのです
私を不幸にしてください
私から奪ってください
苦しみを与えてください
心痛める者 孤独な者 なやめる者を
理解できるように
心が添えるように・・・
このような私でも
力になりたいのです
土曜日・・・休日・・・・ 洗濯 掃除 片付け アイロン 休日だというのに 朝からしなければならないことで 頭の中がいっぱい・・・・
嫌だな・・・・ 置かれた状況に反発する 嫌がったところで 無くなるものでは無い 今しなくても いつかはすることになる いつもだと・・・そこまで思うと やるか・・・・という気になるところ・・・ やっぱり嫌だな・・・・
今日は違ってた 気持ちは変わらない 空が・・・青かったから・・・・ 空気が乾燥していたから あまりにも 風が気持ちよかったから・・・・ だから・・・嫌だった
とてもいい日だ 何かしたら気分がいいだろう 歩こうか・・・出かけようか・・・遊ぼうか・・・ どれもぴったりこない
こんな日は どうやって過ごしたらいいだろう・・・ そう考えて 半日が過ぎた
まだ1日の半分が残っている 何か とびきり素晴らしい事がしたい 何かいい考えはないだろうか・・・ 考えていたら 眠くなってきた 思い切り体を伸ばしてみる 手の指から 足の指1本1本まで 細かい神経が 伸びていくようだ 体中に血液が 送り込まれるようだ ・・・・・気持ちいい・・・
気がつくと そのまま・・・・・寝ていた
どのくらい寝てしまったのだろう 変わらずに 空が青かった よかった まだ今日は残っていた このままではいけないな こんな1日じゃ だめだよな
・・・・思うだけ・・・・ 嫌だ 何も・・・・したく無い
あ・・・・夕日・・・ 夕日?終わる・・・のか 今日が・・・終わるのか・・・
何もしない・・・1日 私の一生のうちの・・・1日が こんな風に終わっていく
良い1日だったのだろうか 無駄な1日だったのだろうか わからない・・・
こんな日も 今の私には 必要なのかもしれない 時間がいくらあっても足りないと感じて 追い立てられて あくせくする毎日なのに 何もしないでいる時間は こんなにも穏やかに 過ぎていくものなのか
明日から また 頑張る事にしよう
充電
うまく考えることができない
いい言葉がみつからない
体が思うようにうごかない
充電しよう
何もしないで 何も考えずに
ただ 1日を過ごそう
空の青さに気付き
心地よい風に感謝して
星の輝きに驚ける
そういう自分を取り戻そう
今日も 何ごとも無く 予定通りに 老人施設訪問です
痴呆棟に行って下さいとのこと 先週に引き続いて 2度目です 先週のあの方・・・・ 女性の方は・・・ いらした!いらした!・・・・ お部屋のベットに横になっていらっしゃいます 7つ道具の折り紙をもぞもぞと出しながら 話しかけていきます
まずは ゛やっこさん ゛ 「まぁ 昔はよく折ったのよ」 と とてもいい笑顔です よかった!お元気そうです
「あれは私のだんなさま」 そう指差す先へ目をやると セピア色の古い写真が 額に入れて飾ってあります 「ご主人ですか」 とてもりりしく整ったお顔立ちです 「お嫁にいって半年で兵隊にいったの」 そうか・・・・戦争中ですものね その後 貿易の仕事を始めたけれど 再び戦争へ お2人をつなげるものは 手紙のやり取りだったそうです
・・・・恋文かしら・・
そんなことを考えていたら 「封書は駄目なのね ぜんぶ 葉書なの・・・・ 弱気な事だの 心配事だの書くとねぇ ぜぇんぶ棒線で消してあってね・・・ 好いたの好かないのどころか 冗談1つでも 真っ黒黒になってたものよ」 えええええええ・・・・ なんとも 心寂しい話しです 結婚したばかりだというのに 兵隊に取られ 連絡といえば おおぜいの人の目に触れた葉書・・・
結婚してから3年 子宝に恵まれず 当時は 妊娠しないと家を出されてしまうところ ご主人の出征する前にお腹に命が宿ったそうです 「なかなかさずからなくてねぇ・・・できたときは 心配してた事に腹立つやら うれしいやらで 泣いちゃったよぅ」 今でこそ 情報が手に入るので 不妊の知識も得る事ができますが 当時は ただただ理由もわからず 不安を抱えて 過ごしていた事でしょう・・・・
息子さんが3歳になるまで ご主人は1度も会えかったそうです 我子といえども 突然3歳の息子を前にしたとき 「本当に私の子だろうか」 と 疑われたとおっしゃっていました 「そのときのなさけかったことったらないよぅ」 と教えてくださいました
お話しは はずんで お弁当には腹持ちのいい「ご飯」を たっぷり入れること 梅干は1つでいい事 頭が痛いときは 梅干をちぎって こめかみに貼り付ける事 などなど・・・いろいろ教えていただきました
「そろそろ郵便屋さんが来るころだよね どうしただろう・・・預けておいたお金・・・」 突然気にされます 出征していたご主人の軍人恩給をどうしてしまったのかを 尋ねられました
「あぁ・・・郵便屋さんなら ちゃんとお金を届けてくれて 大切な物と一緒にしまってありますから 大丈夫ですよ」
「おお・・・そうかい 助かるよぅ」
嬉しそうに納得されます
誰が訪れても 「よく来たねぇ」 と笑顔で手を差し出すこの女性・・・ 今、これほど穏やかに過ごされているのは 今までの生活が精神的にも物質的にも 満たされていたことの表れではないでしょうか
心を穏やかに老いていく 誰もがそう望み 思い通りにいかないもの 今をどう生きれば そういう日々が 与えられるのでしょう・・・
想い出
美しい想い出
楽しい想い出
幸せな想い出
暖かな想い出
穏やかな想い出
住みなれた地を離れ
体の自由を奪われ
私の生きる力は
・・・・想い出だけ
蒸し暑いけれど お日様を感じるから まだ 気分がいい方でしょうか・・・・
・・・・喧嘩をしました
喧嘩なんて・・・たいてい始まりは何だったかと 思い返すことが多いものです (その程度の喧嘩か・・・とも言えるのかしら) 年々 歳を重ねていくと できるだけもめごとを避けようとか 争いは鎮めようとか思うものですから なかなか喧嘩ってできないです 言い争える相手がいるということは すごく幸せなことだと感じました 自分をわかってもらおうとか 何を主張したいのかを 一生懸命考えることで 頭の中が整理されたり 言葉を考えたり選んだり いつのまにか自分のためになっていたりします
「誰にも勝る物がない 何ひとつとっても中途半端なやつだ」と いつも自分を卑下してしまう私でさえ 喧嘩が始まると 絶対負けられないという闘争心で メラメラと燃え上がるのです (これはかなり珍しい事)
自分が不利であっても 体制を整えながら 言葉をぶつける・・・ やっぱり 頭の中 成長していないなぁと 実感してしまう場面でもあります だからって負けられないですよ それとこれとは別の話 ここで・・・絶対にしたくないのは 途中で逃げてしまうことです 「もう・・・いい!」 と やめてしまったらつまらないのです お互い分かり合えないままになってしまいます 例え平行線であっても やめたら駄目!しっかりむきあって喧嘩するべきです とことん自分を主張して 相手を打ちのめそうと!? 頑張るべきなのです これって 喧嘩の定義でしょうか・・・ 一所懸命ぶつかっていると だんだん気がすんで 落ち着いてきて もしかして どうでもいいことでぶつかっていないかい? ってな気持ちに変わってくるのです
そこまで喧嘩した事あるかしら・・・・
この歳だから主張したい事 この歳だからこそできる主張ってあると思います それは何歳であってもその歳その歳で言えることだと思います
確か 何年か前には感じなかった事 考えなかった事だったのになぁ・・・・ 昔とは違ってきた自分を見つけることもできます 喧嘩は真面目にする事!! 絶対に そこまでするべきです!! 始めは なにくそっと相手に腹を立てていても 次第にそんな自分がおかしくなって 笑ってしまうのですから・・・・
「ごめんね」 こんなに心から素直な気持ちで言える 「ごめんね」は 気持ちのいいものです 相手に対して 何の飾りもなく見せる事ができる自分 そう言う自分がそこに居るのです 素顔の自分・・・ だから私は喧嘩が大好き 大切な相手だからこそできること 信頼があるからこそできること そこまで腹を割って付き合える人って 一生の間に何人出逢えるかしら
仲良くなれるから 喧嘩しましょう♪ (いや しなくても仲良くなれるのですが・・・)
喧嘩
喧嘩には 負けないからね
絶対に 負けない
何があっても 負けないんだから
私は悪くないんだもの
悪いのはそっちでしょ
謝らないからね
絶対に・・・・
ぜーったいに謝らない
私は・・・・悪くないっ
悪くないんだから・・・・
・・・・・・でも
でも・・・やっぱり・・・やっぱりね・・・
・・・・・・・・ごめんなさい
今日も蒸し暑かったなぁ・・・・
午後から 近くの山の中にある大きな公園に出かけてみました 森の中から中へと 農園から続けて公園になっています 農園から入り 梅園を抜けて公園に向かおうと歩き出すと 大きな梅が ごろりごろりと落ちています 「もったいないなぁ」 所々に看板があり (ここの梅をとったり持ち帰らないでください) と 書いてあります 梅の実を求めて荒らされてしまうからでしょうか・・・・ それにしても立派過ぎるくらいの実です あたりには 腐った梅の実の匂いで 咽るほど・・・ 連日の湿気と 腐った梅で 虫も相当集まっています ゆっくり歩いて進んでいくと すごい速さで 草の中に逃げるものを発見! ゛トカゲ ゛です かなりの数でした トカゲくらいならまだいいかな・・・・ 蛇もいるだろうなぁ・・・ ふっとそんなことが頭をよぎると 突然早足になってしまって・・・ 何事も無く通り抜けられて ホッ・・・・
公園は平日ということもあって ほとんどひとけがありません
いつどんなときでも 公園は同じように待っていてくれます いつでも受け入れてくれる場所です
こんな季節だというのに・・・・ 変わらず遊べる・・・・ ふと 見回して気がつきました お掃除の跡 掃いた跡 泥をよけた跡 あちこちにお手入れの跡・・・・ そうか・・・それでこんなに気持ちよく過ごせるのか こういうお仕事も大変だなぁ・・・ 公園は綺麗であたりまえ・・・ 汚れていると 「汚いからいかない」 ということにもなります
誰が来るかわからない場所 誰が来ても気持ちよく過ごせるために 環境を整える人たちがいます 後の人が気持ちよく過ごせるように 私も気をつけなくては・・・・です! エネルギー空間
それぞれが 様々な思いをもって集う「公園」
心を軽くしたい人
何かを得たい人
体を鍛える人
子供のため 犬のため
思い思いの目的をもって訪れているのに
すべてに答えて 満たしてしまう 「公園」てものすごい存在感と
影響力を持っているんだね
まさしく梅雨・・・ 曇り空が続くと思ったら ものすごい蒸し暑さになった 生暖かく 湿り気を含んだ風が 体中に吹き付けてくる ・・・・きもちわるい・・・ 思わずつぶやいてしまった
さぁっと晴れ間になったかと思えば さらさらと雨が落ちてきたりする ・・・・・・梅雨らしい天気だ そんな日々が繰り返される中・・・・
今日は子供達と遊ぶ日 はっきりしないお天気で 出足が鈍るかと思っていたら 30人ほどの親子が集まった メニューは「水遊び」「たなばた」 外に用意した大きなビニールプールを見るなり ついたばかりの子供が 着ているものをたくし上げる 水に入りたい 体でそう言っている ありがたいことに日が射してきて 寒さを感じることは無かった 子供は水が大好き 水が体にかかると なぜか笑ってしまうらしい じょうろから水を落とす お腹にかける お尻にかけてもらう ほんの少しの水でも 充分笑えるらしい その様子がまた おかしい・・・・ なんてかわいいことだろう・・・
充分遊んだあとは 七夕飾り 折り紙を半分に折り 切込みとひねりで形を作る 子供の年齢が低いせいか 親が夢中になる 子供は切り刻んだり なぜか・・・食べていたり・・・ それなりに楽しんでいた
作業をしながら「歌」の紹介 「こんぺいとう」と「お星さま」 どちらもかなり古い童謡だが あまり歌われていないため 知る人が無い とても美しい伴奏で かわいらしい歌詞がついている 歌われない童謡は どんなにいい歌でも 広まる事が無いのが惜しい こういう集まりで できるだけ知らない童謡を 紹介していこうと思う
最後の盛り上がりは 手作りおやつの紹介 今日は季節柄 寒天のおやつ 寒天はお腹の掃除をしてくれる 寒天を使った 簡単なおやつをすすめる 粉寒天は 昔に比べるととても使いやすく 食べやすいものになった 「溶けやすく 固まりやすい」 忙しい時はこれがありがたい 今まで苦労してきた2つの問題点が 解消されている 牛乳寒とミルクプリンの2つの風味・・・ 似たようなものだか すこし味が違っている 従来の寒天の食感と違い 驚きののど越し 配られた器は あっという間に空になる
子供が喜ぶ様子に親も満足げにかえっていく
たったこれだけの時間を 満足して過ごす事で 親子の関係も 和やかになる 親の心のストレスを解消し 子どもが思い切り遊ぶ ここに来ると楽しい ここに来ることが好き そんな場になっていくと嬉しい 子供が生まれたことで 閉ざしてしまわず 世界が広くなったと実感していただきたい 子供を通した「人」との関わりで 親としての成長が始まる 何年生きてきても 子供が生まれたてなら 親も生まれたて 1歳なら親の年も「親1歳」2歳なら「親2歳」・・・ 毎日 子育てで頑張る人たちが 元気で 笑顔で過ごせるよう これからもお手伝いをしていこう!みんながんばれっ!!
繰り返す・・・繰り返す・・・
空は雲ひとつない青で 隅から隅まで晴れわたり その青と、眩しい太陽を体中に感じ それはそれはうれしい気持ちになりました
雨のあとのたくさんの花たちは
お日様を待ちくたびれた事も忘れて
力いっぱい美しさを競います
美しい若い緑の葉の上には
忙しそうにアブラムシを探すテントウムシが
赤と黒のはっきりとした色の羽を
ピカピカさせて動き回ります
気持ちのいい風に心を躍らせ
子供がスキップをして庭をくるくる回ります
眩しいお日様はその笑顔にあたり
紅潮した頬を美しく見せます
「おかあさん」
弾む声で何度も呼んでいます
「おかあさん」
何て愛らしいのでしょう
小さな手足をいっぱい使って
体中を弾ませています
たった、5分の間に見つけた
こんなにたくさんの幸せ
小さな私に与えられた
こんなにたくさんの幸せ
今日は手話の講習会の日
今日のポイントは「体の向きで表す」です どういうことかと言いますと・・・・
1人の人が 2役するというもの 「姉に『明日映画に行こう』と誘うと 『だめだめ 明日はサッカーの試合を観にいくの』 というので 『あぁ!私も連れてって』 というと 『だめだめ 私は彼と行くんだから』 と断わられてしまいました」 と こんな感じのことを1人で手話表現します 手話を学ばなければわからなかったこと・・・・ 健聴者である私たちは 会話の中に多数登場させる時は 微妙に声色を変えているのです 何気なくしていた事でした それを体であらわす事の難しさ・・・・ お姉さんは右側から話し掛けていると想定します 映画に誘っている私は 左側から・・・ 解説を入れるときは正面で・・・
左側から右に向かって 「お姉さん 明日映画に行こう」 正面 「と 誘うと」 右側にすこし寄って左に向かって 「だめだめ 明日はサッカーの試合を観にいくの」 左から右に向かって 「あぁ!私も連れて行って」 正面 「と 姉に言うと」 右から左に向かって 「だめだめ 私は彼と行くんだから」
と 言った具合に 体を左右にもっていきながら こんな会話があったということを 聴覚障害の人たちに お話します この程度の長さですと まぁ・・・なんとか迷わず 終わるのですが・・・ 長くなってくると いつのまにか お姉さんが私になっていたり お姉さんが解説していたりするのです・・・・ おおぜいの前で この例題を表現する時などは 特に こっちが・・・私 あっちは・・・姉さん と いちいち口でいってしまうほどです 緊張すると頭は真っ白 体はヌリカベですものね (・・・鬼太郎にでてくる・・・)
これを難無くこなす人が 落語家 です 「よぉ 三河屋のだんなぁ」 「なんでぇ とめこう」 なんて会話を ずーーーーーっとやりますよね あれのもう少しはっきりと「空間」を作るものです
「空間」・・・・ 手話には「空間」を利用する事がとても多いのです
ここから歩いて「郵便局」へ行くには 「信号」を右に曲がって まっすぐいくと 右側に「パン屋」があります まっすぐいくと つきあたります そこを左に行くと右手が 「郵便局」です
こういう説明をする時も 自分の前の空間を使って 簡単な見えない地図を作っていきます 右 左 まっすぐ つきあたり ・・・・・・・ まさに「空間」使いの名人です
「子供がお母さんに怒られて泣いてしまった」 なんていう手話は 顔の表情まで加わるので とても難しいです 空間にいる子供に向かって 怒るお母さん 空間にいるお母さんを見て泣くんです
すごい表現力です 体で伝えること 表情で伝える事 聴覚障害者というのは 彼らの独自の文化を持っています 手話の世界の深さに触れるにつけ 手話の魅力に引き込まれていきます
手話
手が お話するよ
何も音が無くても
ちゃんと伝わるよ
心の耳で聞いて
嬉しいことも
悲しいことも
ちゃんと伝わるよ
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