副題 私の食物史 集英社文庫
渡辺淳一
P164 蕎麦 この清々しき日本の味
著者の札幌のご実家は、子供のころ、山のある西側はチューリップ畑、「南側は蕎麦畑で秋には白い小さな花が咲き乱れていた。」そうです。
「子供のころから蕎麦の花を見てきたせいか、わたしは蕎麦が大好きだ。毎日一度、蕎麦を食べないと落着かない。」 「街を歩いていて、蕎麦屋の看板を見たり、蕎麦屋独特のつけ汁の匂いに触れると、ついふらふらと入りたくなる。」
というほどの蕎麦好きの理由が、
「蕎麦が好きな第一の理由は、味がさっぱりして爽やかなことである。」 ということで、この本に書かれている他の食物と少し違った趣になっている。
並べてみると、
イクラ 私が一般のイクラに冷淡なのは、「毎年、母がつくってくれる絶品のイクラを堪能するほど食べてきただけに、他のところで出されるイクラを食べる気がしないからである」
ウニ 「潮風にうたれながらウニを食べると、口中に海の匂いが広まって、「われは海の子」と威張りたくなってくる」
イクラ、ウニはどちらも、子供のころ食べた記憶、つまり味覚が、その食べ物を好きだという意識に繋がっている。ところが、蕎麦の場合は、味覚ではなく視覚、つまり、子供のころの蕎麦畑の白い花の広がる景色とその回りにあった風景が蕎麦が好きという意識に繋がっているようである。
著者のお好みと蕎麦の食べ方は、
「私の好みをいうと、やや色のついて腰のやわらかい、切れのいいのがいい。」 「蕎麦の形だけからいえば、均等な細さの蕎麦のほうが食べやすいし、第一、清潔である。よく手打ちを実演しているところがあるが、手が気になるし、それで打ったからといって味がよくなるわけでもない。」 「蕎麦とともに重要なのが「つけ汁」である。・・・あっさりしたなかにこくがなければ、蕎麦つゆとはいいがたい。」 「「ざる」や「もり」を食べたあとに、絶対に欠かせないのが蕎麦湯である。」 「「ざる」はつゆをつけて食べて、最後に蕎麦湯を飲んでようやく食事が終わるのである。」 「冷たい蕎麦の横綱が「ざる」だとしたら、「かけ」が暖かいほうの横綱である。」 「いま一つ旨いのは、蕎麦屋で飲む酒である。わさび蒲鉾や鳥わさなどで、ちびりちびりやると、よくぞ日本人に生まれけり、と思う。・・・とにかく、蕎麦の香りと酒の匂いはよく馴染む。」
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