キッシンジャーの日々
キッシンジャー



 東京遠征−完結

帰阪の日が来た。

というより、前の日から続行中。


友達の彼女が仕事から帰ってきて、そっから家で飲み会。

もうワヤクチャですわ。

早朝からほろ酔い状態。


友達はこの日仕事なので寝てました。

僕は帰る日で出発も早いので起きて彼女と話してました。

すごく下らない話。

だから覚えてないんだけど、出発するので駅まで行き酒を飲みながら彼女と駅のベンチで話をしてたときこう言ったのは覚えてる。

「こんな朝っぱらから駅のこんなとこでくだらねえ話しながら酒飲んでちゃ、ホントだめだよなあ…!」


そして僕の東京遠征は、終わった。


余談として、帰りの電車の中で酔って寝てしまい、乗換えで慌てて帽子を忘れたことをここに記す。

2002年12月29日(日)



 東京遠征−太平洋

友達とドライブに出かけた。

ちょいと銚子まで。

海、綺麗だった。

犬吠崎って、こんなんだったんだ。

へえ。

って、そん時はもう日も暮れかけてた。


夜になって銚子市外へ。

飯食い所が無え。

銚子すげえ。

田舎丸出しやん。


とりあえず、駅前の食堂で鰯定食をがっつく。

まあまあ美味い。


それから都内へ急行。

なんでかって?

レンタカーだから返さないといけねえんだよ!


時間も無いので高速使おうと思ったら

最後の最後に

首都高

乗っちまったよおおおおお(泣)


恐いよおおおおおお(怯)


運転する友達はもう、すくみ上がってました。

時間も遅かったので幸か不幸かすいてた。


なんであんなにビュンビュン飛ばしてんだよ!

なんでカーブに100km/hで突っ込んでくんだよ!

ゲームだ。

こりゃもうゲームの世界だ。

ビルの谷間をほんまに縫って走ってるよ。

こりゃすごい!

凄すぎる!

途中から、助手席の僕だけが興奮してました。


結局首都高でロスッたのでガソリンを入れれず、敢え無くそのまま返しました。

追加料金高いねえ。


その後友達んちの近くの飲み屋で彼女を待った。

ほんでバイト帰りで来たんで、そっから三人で飲み会。

と思ったら、彼女は夜の仕事へゴー!


なんか最後はバタバタしとったのう。

2002年12月28日(土)



 東京遠征−過熱

昨日の疲れからか、僕は昼過ぎまで爆睡してしまった。

起きたのは午後の3時前。

僕は、友達のベッドで寝ている友達の彼女を叩き起こした。

僕:「学割取りに行くけえ、学生証貸してくれ」
彼女:「いいけど、私暗証番号忘れたから自分で聞いてね」
僕:「そんなことできるん?」
彼女:「前にもそんなことがあって、友達がしてたからできるんじゃない?」
僕:「・・・・・」

僕はそうして彼女から学生証と定期を預かって、学校へ向かった。


(学校で一悶着ありますが、省略)


武蔵境で一旦降りた僕は、そのまま立川方面の中央線に飛び乗った。

まさに衝動的だった。

こんな時間にどっかへ行くのが億劫で止めるつもりだった。

どこへ行くというのだ?




青梅線の車内で、突如として鬱屈とした不快感に襲われた。

脳髄を静電気にやられたように、内部からチリチリと肉体が沸き立っている。

鈍い苦痛で顔が歪む。

座席に座っている客の一人が下から覗き込むように僕を一瞬見上げる。

それを睨みつけるような眼差しで一瞥し、苦し紛れにガムを噛む。

味気のない、糞のようなガムだ。

今すぐにでも、その座っている罪の無い乗客に吐き捨てたいくらいだ。


夕暮れが迫ってくる。

夜を引き連れて、その中に僕をねじこもうと強迫してくる。

ギスギスした肉体と精神が俺を総体から切り離す。

そして孤立させる。

突然の乖離で俺は戸惑う。

そんなに俺の存在は、唯心的価値は虚弱なのか?


このままでは崩壊してしまう。

俺と世界を結び付ける橋が。

補強しなければ。

どうやって?

回帰だ。

世界への回帰だ。

どの世界へだ?

過去、現在の事象をも包含した僕自身の未来へだ。

今まさに必要な未来、その場所とは。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・福生だ。

そう、俺は福生に向かっているのだ。

行かなくては。

ヤツが雨の中、リリ―と横たわったあのフェンスに向かうんだ…




・・・こうして、僕は福生へ辿りついたのだ。





この街は違う。

次元がかけ離れている。

そう、たぶん臭いだ。

臭いが違うんだ。

まるでファーストフードの店裏にあるポリバケツにこびりついたような腐臭だ。

アメ公の臭いだ。


横田のそばを走る道沿いに歩いた。

決して渡れない道。

歩道橋が一般の歩道さえも跨いで、塀の中同士を繋いでいる。


僕は思う。

こんなことを平気でできるヤツらは脅威だ

と。


権威という盾に隠れて、にやついてやがる。

俺達に向かって銃を突きつけるような姿で、脅迫してやがる。

銃を片手に「ナイストゥミーチュー」と、握手を求めてきやがる。


ヤツらが抱いているものは愛といった高尚なものでは断じてない。

ただのプレッシャーだ。

我々に対する威嚇だ。

戦わなければ。

こんなふざけたヤツらにこそ罪を背負わすべきなのだ。


人様の家に土足であがるような傲慢な文化が良くない。

だからこいつら平気なんだ。

こっちが嫌な顔してても平気なんだ。

盲いた魂を持つ腐った羊なんだ。


だから、福生は臭いんだ。




すっかり夜だった。

寒い中、二時間も歩いて、僕はすっかり冷え切ってしまった。

武蔵境に辿りつき、平和な町並みと人々をみて僕は思った。

『闘うことを忘れれば、人はこうも腐っていくのだ』

2002年12月27日(金)



 東京遠征−到着

朝の5時過ぎ、僕は東京駅の丸の内口に降り立った。




東京ってヤツは相も変わらず無愛想で、ハナっから俺なんて無視りやがるぜ、全く。


中途半端に眠い俺は、とりあえず尻に控える糞を出そうと東京駅のトイレを探した。


東京駅の1階部分はホームレスの寝床となっており、彼らそそばを通るたびに汗臭い臭いがした。


便所を発見した。

と、そこは、

起きたてのホームレス達の洗面場と化していた…


そこら一面、歯磨き粉のフレッシュな臭いが充満していて最高に気分が悪かった。

さらに便器は糞まみれで、足元には紙が散乱しており、雑誌まで転がっている始末だ。

ヤツらは雑誌さえも尻を拭く代物にしてしまうんだ…!!

たぶん朝の到来と共に夜が死ぬのはヤツらが動き始めるからなんだろう。

そう思ったら、東京の早朝が馬鹿馬鹿しくなった。


僕は、足早にその便所を後にした。




友達に電話をして、彼が住んでいる武蔵境へ向かった。

早朝の中央線はガラガラで、ちょっと気分が良かった。


駅に着くと、友達の彼女が迎えに来ていた。

眠そうな目をして、改札の前の柱のそばで座っていた。

さんきゅう、さんきゅう。


友達の家に着いて朝ごはんを用意し、三人でそれを食べた。

8時に僕は、友達と共に都内へ向かって出発した。




友達をバイト先まで送ったあと、僕は山手線に乗り込んだ。

山手線に乗車してすぐに、僕は睡魔に襲われた。

どうせ行くとこも決まってないし、時間もたっぷりあるので、僕は寝ることにした… 


気付いたら東京駅を通過したところだった。

田町辺りから記憶がない。

時間的には一時間以上経過していた。

要するに僕は山手線に揺られて左回りに一周半したということだ。

しかも、起きたときだらしなく口が大きく開いていた。

相当無様な寝顔だったに違いない。

そう思うと恥ずかしくなって、僕は次の駅でそそくさと電車を飛び降りた。


そこは電気街・秋葉原だった…




松屋で牛めしセットを平らげた後、秋葉原侵略を開始。

スタスタと歩いていくとそこにはチカチカと電飾が…


…無いやん。


なんか拍子抜け。

両さんが歩いてそうなミクロ部品横丁も見付かんないし。


キレイなネエちゃんに声掛けられたと思ったら絵を見てけだと?

知るか!


仕方なくCD屋で一青窈を試聴。


なんだかなあ。




秋葉原から浅草へ向かった。

上野で乗り換えが分からず、仕方なしに銀座まで戻りそこから銀座線に乗り換えた。


しかし、日比谷線はおもしろい。

4ドアなので、三人掛けの座席ばかりが並んでいた。

みんなそこに律儀に座ってるのが笑える。




浅草に着いて、早速浅草寺へ。

見たことのある風景が眼前に広がっていた。

庶民的な雰囲気が大変好ましく、つい長居してしまった。


サルがかったるそうに芸をしていた。

あのうんこ雲をてっぺんに頂くアサヒビールのビルも目立っていた。


風が強かった。

美人が多かった。

駅員の愛想だけ悪かった…




浅草から今度は神田まで戻り、神保町へ向かった。

そこには古本屋が軒を連ねて…


…ないやん。


あああああ、今日は踏んだり蹴ったりやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


知らない街を一人で歩くとロクなことにならない。


結局、途中にあったマンが喫茶で1時間程のんびりして、友達と待ち合わせた新宿へ向かった。




新宿で友達と合流したあと、友達の彼女が働いているバイト先の居酒屋へ行った。


久々に食う肉は、最高だったわい!!

旨かったあああぁぁぁ〜!


食事が終わって僕と友達は、飯田橋から中央線に乗って帰路に就いた。


長い一日だった…

2002年12月26日(木)



 東京遠征−出発

夜の9時半の夜行バスに乗り、僕は東京へ向かった。




前のネエちゃんが

「座席倒してもいいですか?」

と聞いてきたので、僕は快く承諾した。


気分は高揚していて、愛読書の『鬱』を読むのにも力がこもっていた。

『フンフン♪』

最高の気分だ!!

と、そのとき!

「ギ…イイィィ」

前のネエちゃんがさらに座席を倒してきたではないか!


膝が…ああ、膝が前の席を擦るんですよ


てか、

倒し過ぎだっつうの!!

僕は心の中で憤慨した。


一回承諾した分、言い返すのもなんなので、僕は諦めて狭いシートの中、本を読み続けることにした。


しかしそこで、さらなる悲劇が僕を待ち受けていた…!




本を読み耽っている最中、

「…プ…ッン」

突如灯りが消えた。


『何?何?なんなのよ!?』


僕は、お化け屋敷に入ったパニック女性のように狼狽した。

そして、気付いた。


これはどうも、世にいう「消灯」らしい


と…


何時だよ?

…10時かよ!!


まるでガキの遠足のようだ…ふぁっく。


仕方なく僕は、薄暗い車内の空中をボーッと眺めることにしたんだ…




気付いたら寝てた。

気付いたらバスはパーキングエリアに停車していた。

でも僕は外に出られない。

たぶん運ちゃんだけの休憩だろう。

僕に分かるとすれば、カーテンの隙間から見える隣のバスと、冷たい外気にさらされた窓の冷たさぐらいだ。


嗚呼、バスという籠の中で僕は、まるで不細工な人形のように下らない拘束を強いられているのだ…


おぞましいことこのうえなく、しかしそれに抗うことはできない。


僕はこのバスと運ちゃんに5千円という金額でいつしか命を預けていた。


しばらくしてバスは再び出発した。

命を5千円で預けたという恐怖を抱きながら、僕は再び眠りへと落ちていった…




三回目の休憩だ。

足柄PAらしい。富士の麓らへん?


体を切り裂くような冷気で寝惚けた頭が醒めた。

そのリバウンドで、鈍い感じに気分が悪くなった。

腹が減っていた。

テリヤキチキンを262円で購入し、バスに戻りながら頬張った。

微妙な温さのそれは速攻で胃の中に収まった。


歩きながらハイライトを取りだし、火をつけた。

寝起きの僕にとってそれは猛烈なまでの苦痛だった。

吐気がした。

バスの前で3分の1程吸ったがすぐに投げ捨てた。


車内に戻ると、さっきのテリヤキチキンとハイライトの味が混ざりあって、さらに気分が悪くなった。


すぐにペットボトルのジュースを飲んだ。


それはバスの暖房によって、かなり温くなってしまっていた…



2002年12月25日(水)



 くだらない話

朝だ。
学校に行かなければ・・・
でも

行く気がしない。

サボろう。


気付いたら午後2時まで寝ていた。

姉が起きてきて

「寝ててもいいの?」

なんて言ってきやがった。


いいわけねえだろ!!

語学サボってまで寝てしもうたんじゃい!!


・・・はああぁぁぁ、最悪じゃ・・・

もう何もかもめんどくさいわ。


そっから姉と2時からのワイドショーを観ていた。

宮澤喜一の孫娘なる者がパリの社交界にデビューする報道があった。
その社交界と言うのが、言ってしまえば世界のボンボン&ジョンジョンの集まりだ。
それを観て姉がこう言った。

「さながら、金持ちの合コンじゃね」

・・・ほんまや!
確かにその通りや!!


その後、ドリカムのキーボード弾いてた人(いつの間にやら「元」ドリカムやった)が初公判受けてるのを観た。

検察官に、

「あなたの『未来予想図』は覚せい剤によってかないましたか?」

と聞かれてるのがなんともバカバカしかった・・・

元ドリカムもバカだし、質問した検察官もバカだ。

こんな報道を大々的に取り上げるワイドショーは永遠にバカだ・・・!


その後、3歳児の転落死とかネットアイドルの話とか観て
チャンネルを変えて、MBSの「ちちんぷいぷい」を観た。

角さんを見たらとてもほっとした。

ハイヒールの二人のツッコミが気持ち良かった。

庶民的な言葉がやっぱり僕にはお似合いのようだ・・・

2002年12月17日(火)



 レポート

今日、学校の宿題やらレポートやら、
今週中にやらなあかんものの数を数えたら
いっぱいあった。

考えただけで気が滅入る。

仕方ないので、するか。


あ〜。やる気しねえ。

パソコンのマージャンでもするか・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気付いたら火曜の午前5時。

もうええわ。

2002年12月16日(月)



 あと半月

どうしようもなく腹が減ったんだ

本当に腹と背中がくっつくんじゃないかって心配になるくらい

家の中には何も無くて

でも、僕は

飯を食むのが七面倒臭くて

コンビニまで行くのも億劫で

結局、点けっ放しのテレビを

無感情に

無気力に

ただひたすら

ぼーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

っと

観ているんだ

そのうち

夜になって

そのうち

深夜になって

そのうち

テレビも僕の相手をするのに

限界がやってきて

ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

って

なったり

ぴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

って

鳴ったり

し始めるんだ

それでも僕は

飯を食うのが七面倒臭くて

また

元の様に

コタツに潜り込んで

無駄に

無意味に

惰眠を貪るんだ


もう12月も

半分過ぎた

師走って言うけど

ありゃ、嘘っぱちだ

僕はこんなにも

だらけている

だらけ過ぎて

ポッカリと開いた口から

涎もだらだら垂れる

「人間は内側から腐っていく」

って、どっかの文化人がいってたが

どうもそれは本当らしい

だれが言ったんだ

こんなこと

こんな

バカ真面目に言わなくても

いいじゃあないか

少しはヒネって

もう少し

気の利いた風に

言えなかったんだろうか

と思う

ふと我に返る

八つ当たりは良くない

しかもその対象がわからんのにするのは

愚行だ


そういや

テレビを眺めていたら

辰吉がボクシングの試合をしていた

女々しいとは思わなかった

居場所があるなら

それにしがみついて

離れないのが

人間だ

と思うのだ

ただ

自分から離れた場所へ

もう一度戻ってくるのは

本当に相当なエネルギーを必要とするものだ

だから

辰吉は

かっこいい

と思う

その辺の人達よりずっと

バイタリティーに溢れている

もちろん

僕よりずっと

生き生きしている


僕は

何をしてるんだろうか

なんか

すごく大事なことを

忘れている気がする

ああ、でも

それを考えるのがだるい

だるいだるいだるいだるいだるいだるいだるいだるいだるいだるいだるい

今日は

この辺でやめとこう

2002年12月15日(日)



 遅刻

京都の遠征が響いたのか、なかなか寝付けなかった。
翌日は朝の7時からバイトを入れていたので寝たかったのだが、興奮がなかなか醒めなかった。

仕方ないので、起きていたが、
やはり眠気はタイミング悪くやってくるものだ。

時間は午前4時40分。
そのままいくと、5時50分には起きなければならない。

『どうしよう・・・』

一瞬迷ったが、結局睡魔には勝てず、
1時間だけ、と自分に言い聞かせて、
僕は炬燵に潜り込んだ・・・


何かがけたたましく鳴っている。
猛烈な勢いで、僕を現実へ引っ張りだそうとしている。

「なんだよ!?」

と、炬燵布団から身を起こしながら僕は叫んだ。
僕は、完全に寝ぼけていた。


五月蝿いと思ったのは、ケイタイの着信音だった。
もう一度言おう。僕は、寝ぼけていたのだ。


寝ぼけついでに、僕は机の上のケイタイをまさぐり、即座に、

保留ボタン

を押していた。


「ぷっぷっぷっぷっぷっぷ・・・・」

と、ケイタイが電話を保留している音がする。

『誰だよ』

僕はヒジョーに機嫌の悪い状態だった。
しかし、それもすぐ醒めることとなったのだ・・・!


電話の発信先、それはまさしく、

僕のバイト先

からだった、
のだ。


僕はシャワーを浴びながら考えた(注:このときすでに「のんびりいこう」という考えのもとで行動しています)。

『どんな顔して行こう?』

答えはすぐにでた。

笑顔だ。
僕が浮かべられる、精一杯の作り笑いをしよう。
しかも一日中。ずっと。
何があってもニコニコしていよう。
「ヘラヘラ」は良くない。
あくまでも、「ニコニコ」である。

家に帰ったら頬が引き攣るくらい、最高の笑顔を見せよう。

そう思ったら、逆に開き直れて、
ちょっと気分は良くなった。


結果はどうだったかって?
そんなもん、途中で止めたに決まってんじゃん。

何でかって?
腹の減り過ぎで、胃痛になったからだよ!!

悪いかよ!?

2002年12月14日(土)



 京都遠征後編

翌日、目が覚めると女友達の姿はすでに無かった。

まあ、起きたのが11時じゃけえね。しゃあないわ。


とりあえず、家主である友達とエッグトーストを頬張り、
コーヒーを飲んで、
歯を磨いた。


今日はR大へ写真展を観に行くのだ。



1時半頃に友達と別れて、僕はバスに乗り込んだ。
その前にR大の友達に、

「今から行くよん」

とメールをしていたのだが、電池が切れた。


タイミング悪すぎ・・・



仕方ないので、電源は切れたままR大へ向かった。

着いてから電源をつけ、速攻で、

「着いた」

と送った。

返信を待たずに電源を再び落とす。

そんなことを何回か繰り返して、なんとか友達を呼び出した。


彼女は来るなりこう言った。

友達:「もっとはよ連絡しやんよ〜」
僕:「なんでよ?」
友達:「あたし、今から友達と河原町行くねんもん」


・・・結局そうなるんかい!!!!!!


僕は結局、彼女とその友達を見送って、一人で写真展を観た。

これが、意外に時間がかかった。2時間は観た。
てか、アルバム多すぎ。
写真の見過ぎで脳が痛んだ。


下界に戻ったとき、写真展に刺激された僕がいた。

学校を出るなり、僕はカメラを取り出し、その辺のものを片っ端から撮りまくり始めた。

とりあえず2本は撮ったね。
すごい勢いやった。
ほんま、刺激って強けりゃ強い程体は求めてしまうんだ。


そうして途中まで歩いて、そっからバスに乗りJR京都駅まで行った。



京都駅ビルには、大きなクリスマスツリーが飾られていた。
時間は5時過ぎくらいで、だいぶ辺りは暗くなっていた。

ツリーの下では、子連れの家族が子どもを壇上に上げて記念撮影をしていたり、写メール機能のあるケイタイをもつ人たちがツリーを撮ったりしていた。

僕は、いい位置に行って撮ろうとして、その先の階段を上がっていこうとした。

そこには・・・


まるで河原町の鴨川河川敷を再現するかのように、カップルが群れをなして座っていた・・・

鴨川と唯一違うとすれば、


全く不均等に座っている

ということだった。


・・・ジャマじゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!


嗚呼、これが8ヶ月彼女いないオトコの精一杯の僻みなのよ、ヨヨヨヨヨ(泣)


なんか、僻んだせいですっげえ負けた気がする。


俺が悪いんじゃない。

悪いのはヤツらの方だ。

ヤツラは幸せを惜しげもなく、いや、それこそこっちから願い下げなのに、
公然と、にやけた顔で、俺に押し売りしやがってんだ!!!!


そうなると、もう市役所に苦情どころの話じゃ済まない。


これは、すでに公害じゃ!!!!!!


裁判沙汰じゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!


(このように、人肌恋しくて寂しがってんのを他人のせいにして八つ当たりするのはよくありません。やめましょう。やめなさい。やめろ。やめやがれ。以上)


そんなテンションで、僕はシャッターを女のケツをしばくようにバシバシ切った・・・



大阪駅に着いて、僕はタワレコへ一目散だ。


音だ。音が必要だ。俺も世界も炸裂するような、そんな音だ。

こんなバカ野郎には、そんな簡単に得られる、チープで単純な快楽がお似合いだ。


そっから、僕は、夜の梅田を彷徨った。

全く醒めた状態で、行き場を無くしたガキのように、半ベソかきながら頑なに心を閉ざして彷徨った。



そんな僕に、僕はこう言って自虐するんだ。



「自分の下の世話もロクにできねえヤツが街中歩くんじゃねえ!
                       帰れ、テメエ!!!!」

2002年12月13日(金)



 京都遠征前編

久々に京都へ行こうと思った。
学校の部室に届いていたR大の写研の写真展のフライヤーを見つけ、
まだ開催中なので行こうと思ったのだ。


んで、昼くらいに目覚めて、

「出発するか・・・」

と独りごちた。

それから、腹が減っていたので、昨日バイト先で買ったパンをバクバクと食った。
食いちぎった。

腹が満たされ、

「ゲップ」

一息ついた。

この辺から、もうすでにめんどくさくなっていた。


めんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさい


こうなるともう動けない。惰性にまみれ始める・・・


嗚呼、ダメ人間!!!!!!!!!!!!!!




気付いたら、夜の7時だった。
とりあえず、残っていたパンを食った。
食い漁った。

てか、最近パンしか食ってねえ。

「よく飽きないね」

と、バイト先の同僚にも言われた。

僕はお得なのかわからないが、食に飽きというものが無い。
おかげで、毎日吉○家でも大丈夫・・・
なような気がする。
したことないけど。


横道に逸れたので、話を戻そう。


パンを食い終わって、京都の友達へメールした。

「やっぱ明日行くことにします」

ダメだなあ俺ってば、と思いながら送信しようとしたが、
そのとき、ふとある案を思いついた。
それで、続けてこう書いた。

「今から行くってのはどう?」

そして僕は送信ボタンを押したのだ・・・
と同時に、僕は

「またやってしまったよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

と、後悔したのだ・・・


なぜこんな時間から京都に行こうとするんだ、俺は!!



数分後、ケイタイに電話がかかった。友達からだ。

友達:「いい案思いついたで」
僕:「どんなんよ?」
友達:「俺んち泊まって、明日R大行ったらいいじゃん!」
僕:「じゃけえ、そのつもりでメールしたんよね!」

僕は自分から話を振ったにも関わらず、
そのあとに来た後悔のせいで、半ば開き直って友達の誘いを承知した。


嗚呼、なんて身勝手なヤツだ俺って!!


俺だったら、こんなヤツハナっからお断りだっての!!



そんなわけで、その1時間後、僕は京都に向かう阪急電車のなかにいたのだった・・・




車内では暇だったので、ウォークマンで音楽を聴きながら花村萬月の『鬱』を読んでいた。

この本は久々にヒットだ。
性欲と暴力に満ち溢れている。
腐ったこの世をたった一冊で、正確にかつ濃厚に表現している。
と思う。

そんなわけで、河原町に着いた頃には、僕のテンションは抜群に上がっていた。

目の前を通り過ぎる女という女を舐めまわすように凝視しまくった。


キリストなんざ、格好の反面教師や!

ビバ、視姦!!!!



その後友達と合流し、僕らは居酒屋へ向かった。
そこで僕らは久々のよもやま話に花を咲かせた。

僕は開き直った落伍者のようなテンションで、
世の中の不条理をぶちかました。

そんな僕を、友達は説教をたれるオヤジのようにこう諭したんだ。

「世の中なんてもんはぶっちゃけ、妥協とあきらめに満ちとるもんやで」


・・・あんさん、それ言ったらあかんて。


世の中に負け認めたようなもんやで。


そんなんやったら、メールで友達が言ったことの方が真実や。

「欲求不満で腹も立つし、チンコも勃つわ」

てな。



その後、男の一人がなんか複雑な話をもう一方の男と女にしてる3人組をバカにしながら、友達の家に行って酒を呷った。


途中から、女友達もやって来て、3人で酒を飲み交わした。
彼女はその前にしこたま呑んでいたようだ。顔が紅潮している。

それにしても、彼女が遠恋とは・・・
信じられない・・・
そんなんに耐えられるようなコじゃないのに・・・

そんなことを突っ込んで聞いたら、思いがけずキツ〜イ一発を食らってしまった・・・

僕:「よう耐えれるなあ」
彼女:「私も、そう思うわ」
僕:「あ、分かった!周りにエエ男がおらんけえじゃろ?(冗談のつもり)」
彼女:「確かにその通りなんじゃけどね・・・(マジ顔で返答)」
僕&友達:「・・・・・・・・・」

彼女はその後、苦し紛れの弁解をして、

「気持ち悪い」

と言って、便所へ駆け込んでいった。


残された僕と友達は、二人で一つおおきな溜め息をついた。



嗚呼、また一つ幸せが逃げてった・・・




そんなこんなでそのうち、僕らはそれぞれ眠りに落ちていったんだ・・・

2002年12月12日(木)



 命日

今日は、ジョン・レノンの命日だ。
この日は、青春時代をビートルズと共に過ごした
オヤジ・オバハンたちが自宅orライブハウスにて、
ビートルズナンバーをひたすら聴いて過ごす日だ。


もちろん、僕もそういったイベントの何かに参加する・・・・・・・・・・・・・・・




・・・・・・・・・・・・・・予定だった・・・・・・・・・・





ことをすっかりド忘れしていたんだああああああああぁぁぁぁぁぁ








代わりに俺は何してたんだよ!?







と自問すると、俺のド忘れ細胞はこう答えた。







「今日もでれでれカップルとおじん&おばん相手にぱんつくったよな」







「ぱんつくった」をひらがなで書くなっての!!

「つ」か「ツ」かで全然違うっつうの!!

てか、ほんまに「ツ」やったら、







・・・・・・・・・・・・はっきり言って外道じゃっ!!!






と言うより前に、確かにパン屋のバイトだけど、






パンは作ってねえんだよ!









そんなこんなで、バイトが終わったのは夜の9時過ぎ。
そんな時間から夜の街に繰り出すのも億劫だったので、
自宅でビートルズナンバーを夜酒の肴代わりに聴くことにした。





そんな僕にまたもや不幸が襲いかかったんだ・・・・・・






家に着いて、僕は早速家着に着替え、
冷蔵庫からビールを取り出し、
一息入れた後、
CDをかけようとした。

その瞬間!!!





僕は、衝撃的な事実に驚愕した。









僕のCDラックにもMDにも、ビートルズナンバーは一つとして無い







ということに・・・・・・・・・・!!








ラジオで演ってねえかなあ・・・







てか、








俺ってつくづくバカだよなあ・・・・












オノ・ヨーコがテレビのインタビューでこんなことを言っていました。

「一日に一つは自分が心踊れるようなことをしましょう。
 もし心が踊らない日なら、他の人に心踊ることをしてあげましょう。
 どんなちっぽけなことでもいい。
 例えば、きれいに晴れた青空を見上げて心踊るとか。
 人にしてあげるなら、
 電話でもしてみるとか。『最近どうなん?』って感じで。
 そんなちっぽけなことでいい。
 これを3ヶ月続けてみてください。
 きっとあなたはすっかり変わってるだろうから」

・・・確かに、そんなことを毎日3ヶ月もしたら、
なんかすんごいことになりそうな気はするなあ・・・

2002年12月08日(日)



 二次会

 夜の10時30分という遅い時間から、友達の結婚式の二次会があった。

 オレみたいな年齢になると、結婚式の数も自然と増えてくる。

結婚といったら、オレのメル友(♀)も、
まだ看護の学生なのに「結婚したいなあ」などと言っている始末。


嗚呼、女なんて!!!


そうメールで返したら、そのメル友は

「どういう意味?」

と返事をしてきた。

オレはそれに対して、


「リアリストってことさ」


と返したら、


「ふ〜ん・・・」


とその一言だけ・・・


『ちゃうんか!?』


と、逆に僕は当惑してしまった。



そんなこともあるこの12月に、オレの友達は幸せな一日を迎えたわけだ。


とりあえず・・・


おめでとう!!! ちっはー&ととろ!!

2002年12月07日(土)
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