トップを久しぶりに更新した。 そめいよしのがここでは今日満開宣言が出された。 家の近くでは満開もあり、まだまだこれからもありという感じだけど、 太陽をすかしてみる感じで花びらが透明に見えるところがあった。 何とかしてその透明感を写真にうつしとって見たくて何枚もシャッターを押す。 明るい太陽がさえぎるものがない状態でまっすぐ桜の花びらに向かっている。そしてその花びらを通してその先にまで届こうとしている。 ああ、ここにはこんなに豊かな幸せがあふれている。
渡り鳥のガンがそろそろ飛び立つ時期になったので、餌をやろうと思いパンくずをもって池に行くとやっぱり同じ気持ちでパンくずなどを持ってきてえさまきをしてる人がいる。 だけどそこには鯉がたくさん住んでいて、なかなかガンに餌をやることは難しい。岸辺に近寄るのは鯉のほうで、ガンはその向こうにいて、鯉が怖いと見えなかなか寄って来ないのだ。 結局は悔しいけど、全部鯉に食べられてしまう。 みんなため息をつきながら、仕方ないねえと目配せをしあっている。 少し前に東京の川にぼらの大発生のニュースが流れた。 ぼらが群れを成して飛び跳ねる様は決して気持ちのよいものではないのだけど(以前住んでた所にもいた)そのぼらを好きなだけ食い散らしているウグイの様子もテレビで流れていた。 食物連鎖でなく弱肉強食の良い例ではないか。 何かウグイにしても、池の鯉にしても今の時代を現しているようでそらおそろしい。 でも、それらを上からじっと見ている私。 どうしようもないわねと言いながら自分で自分を納得させてそこを立ち去っていくのだ。これも今の時代とおなじと心の中でつぶやいて見る。
少し前のこと、ある銀行のギャラリーで書き溜めた絵画の作品展があっていたので立ち寄ってみた。 作者は年配の男性で、もともとは大工さんだったと言うことで、大きな絵の台座や額もすべて手作りと言うことだった。 墨絵がとてもステキでゆっくり見ていたのだが、似顔絵を描いてくださるというので、見るともなく見ていたのだが、ちょっとステキな感じの中年の女性がやってきてまっすぐ似顔絵を描いてくださいと頼んでいた。 私は、迷うこともなく似顔絵を描いてもらえるなんて、うらやましいなあと思いながら、遠くから眺めていた。 夫との待ち合わせがあって、しばらくそこで過ごしていたのだけど、とうとう書いてくださいとはいえなかった。 その女性は、いろいろ会話をしながら、実に慣れた感じでテレもなくごく自然に横向きで書いてもらっていた。 ちょうどその女性が終わって出て行ったころに夫が来て、お前も書いてもらえよと言う。そこで躊躇していたのだけど、画家の方が書きましょうといってくれたので椅子に座った。 絵のことをいろいろ話しながら、殆ど私を見ることなく似顔絵は書きあがったのだが、う〜ん、実物とはほど遠く、でも夫に言わせればそれなりに特徴は捉えられた似顔絵は出来上がった。 けど、正面からだろうと横からだろうとやっぱり人に見つめられると言うのは私には落ち着かないことだった。 普段から、もう少し自分でも鏡をしっかり見ることから始めなくてはとおかしなことを真剣に思ったものだ。
この3連休は田舎ですごした。 そこで1日をすごすともう、抜け出ることができなくなった。 一日だけの予定だったのだが、結局二晩を過ごしてしまった。 見渡す限りの青い麦畑、どこまでも続く川べりの道。 ここにいれば時間なんてないに等しい。 身体中を自然の中にどっぷり浸して、争いごとも、ネットでの早すぎる時間の流れもすべて麦の青さの中に溶かしてすごした。
いよいよ始まった。 テレビは一日中戦争突入のニュースが続いている。 知識人やその道の専門家、特派員、キャスターが思い思いの意見を述べる。 街での声を聞いていると、日本での声はやっぱりよその国のことに聞こえてくる。 今日のミサイルは、フセイン大統領その人を狙ったものだったと報道された。まだ、戦果ははっきりしないが、どうやら大統領は逃れたらしい。
今、二男は彼にとって人生の最大の苦難の時を迎えている。 そんな彼がすべてをほっぽり出して逃げ出したい気分になっているときに夢を見たそうだ。 こんな大切な時になんでこんなことをしてるんだろうと思いながら、 女遊び(彼の言葉によると)をしそうになっていたらしい。 その時になんとリン(去年亡くなった愛犬)がやってきて、はっきり人の言葉をしゃべったそうだ。 (リンは二男が格別可愛がっていて、中学のころや、高校のころ、他の誰にもいえない事があったりすると、散歩に連れて行き、自分の心のうちをさらけ出していたそうだ。) リンは元気にしてたのと聞くと、「いや元気な時のリンでなく、今にも死にそうなリンだった」という。 彼がリンに最後にあって、その翌日リンは死んでしまったのだからその様子が心に残ってるせいもあるのだろうけど。 リンは「もう、だめ、どうしようもなく具合が悪いんだ・・・」と話したんだよ。と息子は言った。 何の違和感もなく犬と話をしたよ。 もちろん、女遊びはやめて、リンを助けようとしたところで目が覚めたんだけど、自分の弱い気持ちを、リンが励ましに来てくれたのかもしれないねと笑った。 どういう結果になろうとも、今回は後悔しないように頑張ってるよ、だから結果は結果として受け入れてねと二男。 いつまでも幼児性が抜けなかった二男がどうやらそれなりに大人に脱皮したようだ。
タイトルに惹かれて番組を見る。 私の実家はその長崎街道沿いにあるのだ。地名にあちこち懐かしいところが出てくるのだけど、本当に田舎のまるで目立たないところにある目印はとうとう出てこなかった。狭い昔の道路沿いにほこりをかぶった標識みたいなのがあったはずなんだけど。 武雄温泉の楼門と東京駅は設計した人が同じ人なので有名だ。 もう何年かかったのだろう、やっと修復が終わったと先日報道されていた。 私が、まだまだ幼かったころ、道路もでこぼこで、バスなど一日に何回走っていたのだろう。今のようにスマートな形でなく鼻先が出たバスに車掌さんが乗っていた。そんな時代にばあちゃんと一緒に良く温泉に行ったものだ。 でも私は温泉が嫌いだった。 ばあちゃんたちと一緒に行くと、いつまでも入らされる。 私は、無口でおとなしい子だったので「もう十分温まったから先に出る」と言えなくて、無理やり肩まで浸かっている。 その挙句、湯あたりしてしまって気が着くと着替えのための床の上に寝かされ大勢の人が上から覗き込んでいるなんていうのがいつもだったからだ。 温泉に行くといつもそうなので、いつの頃からか絶対に温泉には行かなくなった。そんな温泉嫌いが治ったのはつい近頃、ここ2年くらいなのだ。 その楼門が、とても綺麗になっていた。 武雄の次は牛津、小城と続いた。 小城には有名な「小城ようかん」があり「まるぼうろ」がある。 これらができたのは、長崎街道を砂糖街道と言うように、砂糖が伝えられたからだそうだ。 「まるぼうろ」というのは、カステラ風と言う表現はぴったりではないのだけどそんな感じの味のお菓子でとても懐かしい”お母さんの味”だと思っている。自分の母という意味でなく広い意味での"お母さん”の味。 ふるさとを離れたところで、口に含むとその甘さが特に際立つような気がする。 始めて知ったのだけど、森永ミルクキャラメルの創始者も、グリコキャラメルの創始者も佐賀の人だった。 ああ、あの甘さは、ようかんにも、まるぼうろにもそういえば通じてるような・・ ちょっと嬉しい気分だ。 私は、幼いとき、おやつは森永のミルクキャラメルと決めていた。 そのころは確か20円、あの柔らかい上品な甘さが大好きで、他のどんなものもいらない。ただ、そのキャラメルを口に含むと幸せがいっぱい広がるような気がして、毎日2個とか決めて、大事に大事に食べていた。 長崎街道というタイトルは、忘れていたそんな小さな幸せを思い出させてくれた。
P・ブロスナンは今度の作品が最後らしいと言う噂がちらほら・・ と言うことで、今日の新聞に、次のボンド役は誰が良いかと街を歩く人にアンケートをとったそうだ。(西日本新聞より) 天神で映画好きの女性30人によると次のとおりですって。 ユアン・マクレガー 5人 ジュード・ロウ 4人 ラッセル・クロウ 3人 でも、それぞれもう一つ・・ねえ・・・・という感じで、 ボンド役の条件はというと 「洗練された身のこなし」「ユーモアのセンス」「持てるけど浮気性」 これらを当てはめてみるとユアンは軽さにかけるし(OL) ロウは端正すぎて怖いかも(主婦) クロウはダンディーさに欠ける(OL) ヒューはあまりにユルい(OL) ですって。 それで、では一番はというと あの、イギリスで一番有名な人 ベッカム様 12人 だったそうだ。 なるほどねえって私も思いました。 あの眉毛事件の時のベッカムだってある種、凄みだって感じられたもん。
アカデミー賞候補作品の映画を見に行った。 3月1日は、ファーストデーで、土曜日、それに朝から雨。 映画館は、チケットを買うのに長蛇の列。どこが最後尾なのかわからないくらい混雑。ちょうどカードの切り替えも同じ時期にやっているので、一体どこに並べばいいのと言うほどだったが、私は、前日にネットで予約を済ませていたので大正解。チケット交換は機械でチョチョイで終わった。 ただ、カードの切り替えがあって映画が終わってから並んだので、やっぱりそれなりに時間をとられたけれど。 この映画は、感動してハンカチが手放せないというタイプの映画ではなかった。涙が出ない映画なのだ。 戦場で、逃げるシーンで、ああ早く、急いで逃げてと応援するシーンもない。 けれど画面から目を離すことは絶対にできない。 息をつくのも苦しい。 なぜ、ユダヤの人はあのように淡々と運命のままに流されてきたのだろう。 何度も何度もこんなシーンはこれまでも見てきた。 腕章をはめダビデの星を付けられて、まるで動物のように扱われ、名前もなく指し示されたものは、前に出て拳銃で撃たれる。 でも、誰一人何も言わない。何も言えず心の中で悲しむだけ。 悲しみさえも顔に出せない。国を持たない民族の悲劇。 ただ、暗い映像だけが静かに流れていく。 あの、廃屋に潜んでいた時に一瞬聞こえたピアノの音。 ピアニストはドイツの将校に見付かってしまうのだが。 将校は、ピアニストを助ける。 彼が全霊を込めて演奏した曲に神を見たのだと思う。 なぜ、助けたのかと問われ、「神のみぞ知る」と答える将校。 結局その将校はソ連の捕虜収容所で死ぬことになるのだが、死ぬその時将校は自分の死に対して「神のみぞ、・・・」と思って死んだのだろうか。 その時の気持ちを知りたいと思った。 戦争が終わってラジオ局で演奏をしているピアニスト。 その時の顔は光り輝いていたのだが、彼は幸せだったのだろうか。 いま、世界は、いつ戦争になるかわからない状況にある。 その時に死んでいくのは、巻き添えになった隣国の一般市民かもしれない。 いつの時代にでも本当に正義のための戦争なんてありえないのだ。 訳もわからず死んで行くなんて絶対にあってはならない。
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