結婚と不倫と離婚の間
蒲公英



 一段落

娘が来年小学校に上がるので、それまでにはきちんとしようと言う事で、年内目処で離婚の話を進める約束をしました。

夫は昨夜はいつもより早く帰宅して娘とお風呂に入って、寝かしつけまでしてくれた。
子供が眠ってから、リビングで、夫はテレビを見、私は夫から見える位置でネットしてました。
時々、世間話と言うほどでもない短い会話を交わし、静かな時間を過ごした。
私の気持ちも自分で驚くほど穏やかで、夫にもほんの少し優しい言葉を掛けてしまうくらいでした。

まだまだ大変な事はこれからなのだけど、一段落にホッとして、反面、ちょっと寂しいような気持にもなって、、、

また、改めて、夫と出会ってからの12年間を振り返っています。



2002年05月31日(金)



 いよいよ

いよいよ私も離婚に向けて動き出せそうな気配です。
果して、これから、無事離婚が成立するまで、どんな事が待ちうけているのか?

日々の思いや、離婚に向けて行うべき事、知るべき事など、随時、書いて行きたいと思います。

2002年05月30日(木)



 夫への家族愛

父母を愛する様に
姉妹を愛する様に
子供を愛する様に
友人を愛する様に

夫を愛したら良いのだ と考えてみるが

父母への愛と
姉妹への愛と
子供への愛と
友人への愛は
どれも同じではない

だから、
夫への愛も そのどれとも違う

家族愛、、、
それだけではないはず


2002年05月27日(月)



 戻りたい時

昔のように、、、
と、戻りたい、幸せな時がないのです
夫と過ごした時間の中には

2002年05月26日(日)



 お茶する時

私がお茶する時は必ず夫に
「貴方も飲む?」と聞くが、
夫がお茶する時は(ビールの時も)夫はコーヒー1杯分だけ煎れる。

2002年05月25日(土)



 映画「命」

 芥川賞作家・柳 美里作のベストセラー小説「命」「魂」「生」原作の映画、「命」が9月に公開予定。

 物語は、ヒロインが身ごもる事から始まる。子どもの父親は別の女性と結婚しているため、生むべきかどうか迷う。救いを求め、かつての恩人を訪ねるが、その恩人は癌に侵されていることを知る。
 ヒロインとガンを宣告された恩人とお腹の子どもの間で、生と死という正反対の“命”。互いを支え合いながら子育てに奮闘する二人の姿は、血のつながりや家族の絆をも越えた命と愛の尊さと強さを考えさせられる。

  主演は、江角マキコ、恩人役は豊川悦司。
他、筧 利夫、寺脇康文、平田 満、麻生久美子、樹木希林ら出演
監督 は「月とキャベツ」「はつ恋」の篠原哲雄。

 絶対見たい映画です。

2002年05月24日(金)



 親への想い

昨日、父から電話がありました。
ここ数日母の様子が変だというのです。
全く言いがかりとしか思えないような事で父に文句を言ったり、急に涙なが
らに昔の事で怒ったり、、、
何かあったのだと思います。体調が悪いのかも知れません。
こんな事がある度に考える事があります。
もし、父か母が寝こむような事があったら、、、余命を宣告される様事があった
ら、、、
私は出来るなら、実家に帰って残り少しの時間を一緒に過ごしたいとずっと
願って来ました。
もしも、もしも、今、母に何かあったら、私はすぐに実家に帰りたい。
仕事も辞めて、住民票も持って、、、
ちょっとそんな事を考えてしまいました。

2002年05月23日(木)



 歴史は繰り返される?

私の父は、大きな呉服屋の息子で、その父はお妾さんをかこうような呉服屋の旦那だったらしい。父は次男坊だったので、親からほとんどいらない者扱いで、それを可愛そうだと言って、お妾さんが特に可愛がってくれたという。
そんな父は家庭に対して「自分は絶対浮気はしない!」と誓っていたそうだ。
事実、父はただの一度も女性問題を引き起こした事はない。しかし、父は、自分で立てた誓いのために、無理に自分の欲望を押さえていたのではなさそうだ。
父は心底、母以外の女性に色っぽくされるのが嫌いらしい。「虫唾が走る」と言っていた。恐らく、子供の頃の経験が影響しているのだろう。

私の母は、幼くして父を亡くし、その母は行商をしながら女手一つで子供3人を育て上げたような気丈な人だったらしい。しかし、母も子供の頃には、「方親」という事で、辛く悲しく寂しい想いを沢山して来たらしい。だから、母は、父からどんなにひどい仕打ちを受けても、絶対に離婚はしない、子供を方親にはしないと頑張って来たのだろうか?

そんな両親に育てられた私なのに、私は夫以外の人を好きになり、子供への負担を承知で離婚しようとしている。こんな母親に育てられた娘はまた、「浮気はしない!」「離婚しない!」を家庭の目標にするのだろうか?

2002年05月22日(水)



 出張

夫のいない生活、のんびりと穏やかになんて心地良いのだろう。
と、思っていたら、夫からメールが届いた。
「毎日忙しくしていいます。そっちは元気ですか?何かお土産を買って帰るからね。」
読み終わって、私は深くため息をついてしばらくうなだれてしまった。
「楽しい時間はもうじきお仕舞いだ〜」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夫が帰って来たら、夫の出張のたびにこんな風にしか考えられなくなっている私の気持ちを話してみよう。

2002年05月21日(火)



 それってポリープ?

今日、再診してもらったら、「声帯にイボみたいなものが出来てますね〜、ちょっとやっかいだな〜」と言われてしまいました。(ーー;それって、ひょっとして、ポリープ? なんか演歌歌手みたい(^^)と、喜んでる場合じゃないんだすよね〜(^^;;

ハスキーボイス!とか調子に乗って”もんたよしのり”ごっこなんかしなきゃよかった。(TT)

2002年05月20日(月)



 出来なかった? しなかった?

離婚出来なかったと思うか?
離婚しなかったと思うか?

そこが問題だ。


2002年05月19日(日)



 反面教師

子供のいじめ対策の話しになって、自分の子供時代の事を思い出した。

小学校の低学年の頃、クラスにちょっと陰湿ないじめをする女の子がいた。
いじめの標的を一人決め、他のクラスの女の子全員に、その標的の子を無視するように命令する。標的になった子はある日突然、クラスの誰からも口を聞いてもらえなくなる。もし命令に逆らって標的と口をきけば、次の標的にされる。

もちろん、私もその標的にされた。命令に従わなかったからだ。
私は数日間誰にも口を聞いてもらえなかったが、別に平気そうにしていた。本当は平気でもなかったが、不当ないじめに屈するのが悔しいので精一杯強がっていた。
そのうち、何故か、標的は別の子に代わってしまった。
私は、次の標的になった子を、「無視していれば、そのうち元に戻れるから」と剥げました。「でも、元に戻っても、次の子を無視する命令に従っちゃだめよ。」と忠告もした。でも、その忠告は聞きいれてもらえなかった。
「あ〜、仕方ないな〜」と思ったのを覚えている。

今にして思えば、私のこんな感じの正義感は、母に不当に暴力をふっていた父(子供の私にはそう見えたが)の影響かもしれない。「いわれのない暴力やいじめには絶対屈しない!」そんな言葉も知らない子供の頃から、そんな精神が育っていたのではないかと思う。

そう考えると、子供に悪い影響を与えそうな家庭内の問題も、子供の成長に反面教師的な役割を果すのかも知れない、などとも思う。

2002年05月18日(土)



 話せない

喉風邪が悪化して、まる2日感声が全く出ない。
今日、耳鼻咽喉科でファイバースコープで診てもらったら、声帯が貼れていると言われた。道理で、尋常じゃないという感じだもんな〜。

で、昨日、今日と、家でも職場でもほとんど誰とも口を聞いていない。
「あんまり静かなんで、今日はお休みかと思ったよ〜」と職場のみんなにからかわれても、言い返す事が出来なくてもどかしい。
昼休みにも、みんなの楽しい会話に口を出したくて仕方ないのに話せなくて、また無理に話そうとすると、周りからは相当苦しそうに見えるらしく(本人は平気だったのだが)みんなに気を使わせてしまって辛かった。

ふと、数年前の事を思いました。
1日ほとんど誰とも話さずに、唯一の話し相手であるはずの夫にも気を使い。タイミングを見計らい、言葉を選んで話しかけるという状況だった。
あの頃は、今のこの状況よりもっと辛かったな〜、と思い出した。


2002年05月17日(金)



 今時の夫婦

職場の友人(主婦)が先月からアパートを借りて別居していたことを今日初めて聞いた。

彼女夫婦には子供はないのだが、彼女の話しによると、最近子供のない夫婦の場合、夫婦関係がギクシャクすると「別居」と冷却期間をとり、気持ちをリフレッシュさせ、また、夫婦二人の暮らしに戻り、またギクシャクすれば、、、とやり方が広がっているらしい。

例え子供がいたとしても、「スープが冷めない距離」あたりに、自分一人の隠れ家が欲しいな〜と私も思う。


2002年05月16日(木)



 一番古い記憶

昨日思い出した中で、私の一番古い記憶は多分、保育園の年中〜年長さんの冬、厚手のズボンが脱げなくて、トイレに間に合わずにおもらしをしまった時の事だ。

おもらしを保母さんにきつく叱られて怖くて泣いた。
泣いたら、保母さんは「泣いたって先生は怖くないのよ!泣いてもここにはお母さんは助けに来てくれないのよ!」と更に怒られた。
私は、「先生を怖がらせるために泣いてるんじゃない!私が怖いと思うから泣いてるんだ!」と心の中で反論していたのを、何故かはっきりと覚えている。
そして、「私が大人になった時、泣いてる子供に「泣いても怖くない!」なって変な事は絶対言わないぞ!」と思っていた。
とは、言っても、本当に5歳のその時にそう思っていたのかどうかが定かではないが、ま、幼い頃のいつかの時点でそう考えていたのは確かだと思う。

そして、小学生の頃、まだ幼かった妹が手がつけられないほど泣き出した時、「泣いてもお姉ちゃんは怖くないんだからね!」と言っている自分にハッとした。
その時の私には、妹が、「泣けば母親がすっ飛んで来て、お姉ちゃんを叱ってくれる、だから、泣いておねちゃんを脅かしてやる!」と思って泣いているように見えた。でも、きっと妹は私が怖くてないたのだ。

子供の事情と大人の事情のギャップみたいなものを、ぼんやりとだが感じた出来事だった。

2002年05月15日(水)



 子供の頃の記憶

改めて、自分のページを見てみたら、「メモリー:子供時代の想い出や、過去の恋愛経験など」なんて言うコンテンツが「準備中」になっている。
そうだ、そう言うの書くつもりだったんだ、と思い出したので、下書きを兼ねて子供時代の思い出話でも書こう。

まずは、、、と思い起こしてみる。私の一番古い記憶はなんだろう…?
妹が産まれた日の事は、覚えている。その年の春、母は妊娠中で、保育園の運動会に来れなかったので、父が親子競走に出てくれた事も覚えている。さらに遡って、保育園でおもらしをしてしまった時の事、これが一番古い記憶のような気がする。
あれは、多分年中の冬だ。

と、言う事は、、、4歳半くらいの記憶はあると言う事だ。
でも、どれも断片的な記憶だ。ある日のある一瞬しか覚えていない。しかも、その光景より、その時思っていた事をしっかり覚えている。

娘は、もうすぐ6歳だ。
娘は、今までの何を、大人まで記憶しているんだろうか?


2002年05月14日(火)



 守るべき貞操

現在の日本の結婚制度の中で、守るべき妻の貞操とは、夫以外の異性と関係を持たない事である。

しかし、生身の一人の女として自分自信を見つめた時、守るべき貞操とは、心身ともに愛する人のためだけのものである。

2002年05月13日(月)



 もしも、、、

もしも、彼がいなければ、私は離婚なんて考えなかったのだろうか?
いえ、彼と出会う前から離婚したいと言ってたはず。
だから、夫から気持ちが離れたのは彼の所為ではない。
だけど、彼に出会ってしまたから、夫から離れた気持ちが元に戻れなかったのかもしれない。

もしも、彼に出会っていなければ、今ごろ、夫とやり直せていたのだろうか?

もしも、、、と考えたところで、なんの意味もないと分かっているけど、、、

もしも彼と出会っていなければ、、、
夫とやり直せたどころか、
きっと私はとっくに壊れていたに違いない


2002年05月12日(日)



 テレビで見た夫婦愛

昨夜見たテレビ

浮気症の夫を振り向かせるために綺麗になりたい!
という妻

結婚後すぐに妊娠出産、二人の男の子育てに追われる毎日で、自分をかえりみる余裕もなく、気が付けば30kgの体重増。家の中も散らかり放題。
「そんなんじゃ〜、旦那さまも家に帰りたくなくなるわよ〜」とコメンテーター

う、うちも同じかも...(--;

結果、1ヶ月半のダイエットと生活の改善で、見事に美しく変身!
家の中もきちんと片付けて見事に改善!

さぁ、旦那さまとのご対面です。

「今まで、子育てに追われて、自分の事もパパの事も充分に構っている余裕がなかった。でも、パパの事を愛しているから、この1月半頑張れた。借金(旦那さんが作った)も返して、大きなクルマを買って、お休みの日には家族みんなで出掛ける、そんな仲良しファミリーでいたいから...」
涙ながらに告白する奥さんに胸が詰まった。

借金こさえて、浮気をしても、まだ、夫を愛しているから、夫を想い頑張れたと言う妻。伴侶をこよなく愛するとはこう言う事かと感心した。

我が家には、こんな情熱はもうないだろうな〜、夫にも私にも。

それにしても、テレビの旦那様の反応が気に掛かる。初めての(おそらく)テレビ出演で緊張しているのせいもあるのだろうが、落ちつかない様子で身体を揺すり、奥さまの告白にコックリコックリと浅く忙しく頷いているだけの旦那さま。
奥様の底知れぬ愛情と努力を本当に理解してくれたのだろうか?
ちょっと心配だ。

2002年05月11日(土)



 私の恋愛のパターン

私の恋愛は決まって物理的な別れによって終わる。
例えば、小学校のクラス換え、中学・高校への進学、卒業。
だから、ほとんどの恋愛期間は約3年ということになる。
自分から振った事はなく、こっぴどく振られたという事もなっかたかな。
いつでも、「じゃ、会えなくなるけど、お互い頑張ろうね。」という感じで、
これから開ける新しい世界に希望を抱きつつ、お別れするというパターンだ。
だから、いつでも、「愛が終わった」という思いはなかったな〜。
私は、好きな人はいつでも一人。大好きな人いれば、他の人に心がゆれる事はない。
だから、結婚して大好きな人とずっと一緒に暮らせれば、私はずっと変わらずにその人を愛すると思っていた。
大好きな人と一緒なら、他の人に心がゆれる事など絶対ないと思っていた。
大好きな人となら。

夫の事は、始めから大好きでなかった気もするが、いつからか、あまり好きではない事に気が付いた。


2002年05月10日(金)



 ストレス

今日、夫が出張から帰ってくる。
そう思っただけで、食事が喉を通らず、息苦しくなる。
これって、重症だわね…

2002年05月09日(木)



 オウム返し

一体、どう思っているのか?
聞いてみたいなら、聞かなくちゃ!
と、いたって前向きに、夫に問いかけてみた。
「・・・」
考えている様子だが、答えがない?
私「本気なんだよ、分ってる?」
夫「うん、分ってる」
私「本気にしたくなくてとぼけてるの?」
夫「うん、とぼけてるってところもあるかもしれない」
私「これからどうしようと思ってるの?¥
夫「・・・」

こちらの質問をオウムの様に繰り返す答えはすぐに帰ってくるが、
夫自身の言葉は帰ってこない。

いつも、「俺のほうが頭が良い!」と自慢してるのに、なんのよ!

2002年05月08日(水)



 静かな話し合い

やっとGWが終わった。
すっかり身体が鈍ってしまって、今朝は出勤も気が重いが頑張らねば...

昨夜、予定通りに、夫に"私の決心は変わっていない事"を伝えた。
職場での引継ぎや、子供の学校の事、色々考えて、夏休みに実家に戻りたいよ告げた。

今までにも何度か同じような話しをしてきているので、随分と慣れたのか、それとも「またか・・・」と真剣に受けていないのか、夫はいたって冷静に私の話を聞いていた。それでも、最後には「本当にどうにもならないのか?」と言った。「うん、どうにもならない。」と私は答えた。

それから、二人でビールを飲んで、たわいもない普通の会話をした。
(「婚外恋愛」について話し合ったのだが、それって普通の会話かな?(^^;;)
夫は楽しそうに話していたが、私はそれをどこかの話のネタに使おうと、言葉の吟味などしていた。

床に入る時、夫は「たわいもない会話だけど、やっぱり、君と話していると楽しいよ。今まで、こうやってもっと話しをすればよかった〜。やっぱり、私は君が好きだし、私と君は気が合わない所も有るのかもしれないけど、そこもまた楽しい。もう一度、考え直して欲しい。」と言った。
私は、「無理、無理〜」と何故だか、ちょっとだけおどけた様に答え、いつものように、夫に背を向けて目を閉じた。

目は閉じたが、すぐには眠れはしなかった。
「もっと話しをすればよかった」
夫のその言葉を私は多いに白け切った気持ちで聞いていた。
「だから、私は何度も『話しを聞いて、話をして』と言ったはず…ふっ!」
と夫には分らない様に鼻で笑ってしまっていた。
「兎に角、今日の話し合いで、夫は私が夏にいえを出る事を認めた。いや、認めようが、認めなかろうが、私は夏にここを出る。今度は何があっても怯むなよ!」
そう、自分に言い聞かせながら、眠りについた。

2002年05月07日(火)



 女性におぼれる夫 趣味にはまる夫

「女性におぼれる夫」と「趣味にはまる夫」とどちらがましか?

私の夫は趣味にはまっている夫だ。
その事について愚痴を言うと、世間は決まって「女作って家をかえりみない旦那に較べれば、それくらい…」と言う。

そうなんだろうか?

私はどちらも同じだと思っている。

相手が生身の女の人であろうが、鉄で出来たクルマであろうが、(クルマって鉄で出来てる?)、四角い木箱のオーディオ製品だろうが、私には同じ事だ。

私は夫に対し、結婚して家庭を持った以上、家庭人としての役割果して欲しいと思っている。もちろん、趣味など、個人的な時間も必要だと思っているが、それはやはり、夫婦平等で有るべきだと思う。
夫が趣味に没頭する間、家事の全て(掃除、洗濯、炊事と言うだけではない)が妻一人に掛かってくる。また、妻だって、本当は趣味に専念出来る時間が欲しい。その事を認知して欲しいものだ。
だから、趣味のクルマだろうが、女の人だろうが、夫一人で没頭する事は許しがたい。(女の人だって、一種、趣味とも言えよう(^^;;)

だから、私には、「女性におぼれる夫」も「趣味にはまる夫」も同じなのだ。




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2002年05月06日(月)



 不信感 〜ほんとに休日出勤?〜

GW後半、夫は娘を連れて実家に帰省する予定だった。
なのに、前日にドタキャンした。
夫は何かにつけそうだ。気まぐれに予定を変える。
ま、私にもドタキャン癖がないでもないので、強く批判は出来ないが、一番気に入らないドタキャンは「休日出勤」だ。
休日前日、「明日、仕事入っちゃったよ〜」と言う。
そうすると、翌朝、私はいつものように起きて朝食に支度をして、時にはお弁当まで作る。
それでも、夫が留守の間に、ちょこっとネットでもしよ〜♪と些細な楽しみを持って、嫌な顔1つぜずにこやかに送り出す。

だが、時々、夫が1時間たっても2時間たっても新聞を広げてリビングでくつろいでいたりする。「早くいきなよ〜」と内心思いつつ、「どうしたの? 行かなくて良いの?」と聞くと、「なんか、面倒になったきたな〜、やめっかな、今日は。」と言う。そう言った日は大概ほんとうに仕事に行く事を止めてしまう。
で、私は怒る!
休日、仕事に行かなくなった事を怒るのではない。特に行かなくても良い休日出勤をする事に私は腹が立つ。そうなると、先週の休日出勤も、先々週の休日出勤も実は大して必要のなかったものなのに、わざわざ出掛けて行ったのかと疑いたくなる。(多分、それは当たっていると思うが)
と、いうより、実は、休日出勤していると見せかけて遊びに出掛けていることも結構あるのではないかと思う。

以前、こんな事があった。
日曜日、会社の警備室から電話があった。
休日出勤予定の夫宛てに急ぎの郵便が来ていてるが、夫はまだ会社に来ていない、
会社に着いたら警備室に寄ってくれるように伝えて欲しい、という内容だった。
私は急いで夫の携帯に電話したが通じない。
大体、家を出てからもう3時間以上たっているのに、どこをほっつき歩いている
のやら…ま、きっとこれも毎度の事なのだろう。
仕事に出掛けてたと信じて、子供の相手と家事は私の仕事と頑張っている妻の事など思いもせずに、本屋かクルマ屋に行ったか、クルマを走らせに峠に行ったか、に違いないと疑いたくもなる。(この疑いも当たっていると思う)
結局、夕方になって、何食わぬ顔で「疲れた〜」と帰って来た夫を黙って見逃す事が出来ず、私はその日一日の事を尋ねた。
夫は、嘘を付いた。あたかも一日中仕事をしているかのような事を言った。
私はまず、警備室からの電話の事を伝えた。途端に夫はしどろもどろになった。
携帯が通じなかった事や、こういう風に仕事と偽って遊びに出掛けている事が今回初めてはないだろうと思っている事を話すと夫は何も否定出来ずに黙っていた。

こんな風に、私が夫を信用できない理由が1つずつ増えるのだ。

2002年05月05日(日)



 GW

GWも残すところあと2日。
子供の頃はあんなに楽しかったお休み。
なのに、今は…
4日間もずっと、夫と二人で顔を付き合せていることが苦痛だ。
かと言って、息抜きにと家族で出掛ければ、それもそれで疲れるし、家計も苦しくなるし…
早く、平日に戻って欲しい。


2002年05月03日(金)



 友人の日記

学生時代の友人が、家族のHPを作った。
そこでは、なかなか会えない遠方の旧友などと掲示板などで近況を知らせあったり出来て、なかなか楽しい。

友達の日記を読むのもおもしろい。今は電話をしても、独身時代のように何時間もおしゃべりをするなんて事も出来ないので、代わりに日記を読む事で、彼女らが今何に興じ、何に悩み、何を考えているのか分かる。

その中で、旦那さまへの優しい気持ちを書いたものがあった。微笑ましく、羨ましく思ったが、自分の夫に対し、そのような思いを全く抱けない状況になってしまっている自分に気付き愕然とした。


2002年05月02日(木)
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