Spilt Pieces
2003年03月31日(月)  過程
日記をつけている時間がなかった。
頭の中で書きたいことをまとめていたつもりなのに、いざ書くとなると忘れてしまう。
いつものことだが、自分の記憶力の弱さには困る。
ポジティブに考えるなら、その分瞬間的なものを大切にできる、ということか。
とりあえず、今日から4月3日分までは思い出し日記。


3月末〆切のレポートを、実際に当日まで放っておく癖はいつの間についたものか。
手を抜いても何となることを知ってしまって以来、どうにもやる気が出ない。
本年度の成績が出ているというのでその確認がてら、お昼前に家を出た。
結局、事務の都合で見られなかったのだけれど。


手を抜いても、最終的に出来上がるもののレベルが同じならそれはそれで構わないと思っていた。
要領のよさが身につき始めた頃の私には、こう考えることが自分を誤魔化すには得策だったからだ。
「過程が大切だよ」
この言葉は、幼い頃周りの大人たちから何度も聞いた。
耳にタコができるほどだった。
でも、その過程を実際に認めてくれる大人はほんの少し。
がっかりした顔で、「でもよく頑張ったよね」なんて言わないでほしいと思った。
だったら最初から綺麗事など言わなければいいのに。


「よい大人というのは、ポーカーフェイスのうまい人のことをいうのだろう」
そして、だから社会でも色んな部分が腐っていっている。
どちらがいいのか、未だに分からない。
心のどこかでは、囚人ジレンマみたいな駆け引きは欲しくないと祈っている。
経済が苦手な言い訳にはならないだろうけれど。
子どものままの部分。
私の一部。


大人の反応と言葉の不一致に悩むのは、子どもにとってはおそらく無駄な時間。
だから、単純に、手を抜いたときに失敗するような社会になればいい。
言葉のない、生き方の説得。
だけど生憎、世の中そんなにうまくできていない。
そして我儘な私は、手を抜いたときですら、あわよくばうまくいけばいいと願う。
「失敗したい」と思いながら何かに取り組むなんてできないのだから。


努力の仕方を思い出す、と言ったら変な表現かもしれないけれど、私は今力が欲しい。
踏み切ろうと思ったときのために、いつだって白いスタートラインがついてきていているんだと思う。
それを踏み切るための力が欲しい。
余分なものはいらないけれど。


「スタートに遅いも早いもない」
「過程が大切」と言った大人のかつての言葉。
何回でも、信じてみようかな。
2003年03月30日(日)  夜
私の家の台所に、日めくりの名言集カレンダーがある。
日めくりとは言っても、1〜31の数字が書かれただけのものなので、毎日めくるわけではない。
毎月同じ日になると、同じ言葉が出てくる。
近所のカバン店でカバンを買った際にもらったものらしい。


今日見ると、カレンダーが25日のまま止まっていた。
パラパラとめくる。
そういえば昨年末頃からあったこのカレンダー、じっくりと見た覚えがない。


「子供は父母の行為を映す鏡である」(ハーバート・スペンサー)
…今はいいけど、自分が親になったときに困りそうだな。
「自らを燈明とせよ」(釈迦)
惰性で生きていないか、問うてみる。
「一を以て之を貫く」(孔子)
そんな職業に出会えたなら幸せ。


「朝のこない夜はない」(吉川英治)
この戦争が、この夜が、最後の夜であることを願う。
早く明るい朝が来ますよう。
現実に負けて、祈ることさえ忘れてしまうような自分になりませぬよう。
2003年03月29日(土)  大阪弁
正しい戦争があるだやなんて、どうしたら言えるのやりまひょ。
人を殺してそれが正当化される行為を、一体いつまで世界は容認し続けるのやりまひょ。
これまでの歴史で、それがいかに愚かいなことであるんか、分かるはずやのに。
争いが起きる理由は、それぞれが異なる幸せの形を思い描いとるからなんやろうんやけど。
願わくば、その「幸せ」の形が、利己的な欲求に拠ったもんやおまへんでうに。




私は、関東に生まれて関東に育ったので、関西の言葉はよく分からない。
ただ、温かいなあといつも思う。
悲しい出来事すら、笑い飛ばして先へと進もうとしているのではないかと思うほどの強さを感じる。
単に、私の周りにいる関西出身の友人たちが、そういう明るさを持った人であるだけなのかもしれないけれど。


私は標準語しか話せない。
でも、関西弁って好きだなと思うことが多い。
普段からこう考えていたら、たまたま標準語を関西弁に変換してくれるサイトを見つけたので、試しにやってみた。
…自動変換だから、違う部分もあるかもしれないけれど、どこが間違っているか調べようもないのでそのまま。


人の言葉は、国や地域によって様々だけど、それぞれの体温があって心地いい。
外国語や訛りの多い言葉など、たとえ聞き取れなくても、ぬくもりがあれば好きになれる。
単純に、コミュニケーションの手段としてだけじゃなく、響きが好き。
人間の大発明であると思う言葉で、憎しみではなく優しさや愛情を届けられる社会になればいいのにと思わずにはいられない。




ちなみに、冒頭に書いた言葉の原文は以下のもの。
最初普通に書いていたのだけれど、何だか悲しくなってきたのだった。


正しい戦争があるだなんて、どうしたら言えるのだろう。
人を殺してそれが正当化される行為を、一体いつまで世界は容認し続けるのだろう。
これまでの歴史で、それがいかに愚かなことであるのか、分かるはずなのに。
争いが起きる理由は、それぞれが異なる幸せの形を思い描いているからなのだろうけれど。
願わくば、その「幸せ」の形が、利己的な欲求に拠ったものではありませんように。
2003年03月28日(金)  先輩
劇団の先輩が、就職のためこの地を離れることになった。
いざとなると、実感がない。
泣いたのは、むしろ二週間以上も前のこと。
いることが当たり前だったから。
いないことの方が、非現実的。


あの先輩がいなかったら、私は芝居をやったかも分からない。
元々入るつもりで説明を聞きに行っていた。
だけど、自信がなかった。
「やりたい」なんて、誰かがそれをはっきりと認めてくれなければ言えなかった。
それくらい、当時の私は弱かった。


一度会っただけなのに、名前と顔を覚えていてくれた先輩。
そのときの笑顔に惹かれて、決意。
「この人がいるところなら、大丈夫」
芝居をやりたいという思い以上に、怖がりだった。
その場の勢いに任せなければ何も行動できないような弱虫だった。
今も、そうかもしれないけれど。


いつも、私を明るく呼んでくれる声が好きだった。
彼女は劇団内の皆から好かれていて、私も尊敬していた。
尊敬できる人のいない空間になど意味がない。
最高の場所だった。
そしてその分、深い劣等感からは抜け出せなかった。


送り出される先輩と一番仲のよかった先輩が、言った。
「一番近くにいた。そして私は常にコンプレックスを持っていたよ」
ガンと殴られたように感じた。
私も、そう。
醜いほどの感情が生起するのは、いつだって一番身近で大切な人。
だけど、それが悪いばかりだとは思わない。
ナアナアの関係など、最初から求めてはいないのだから。


いつも中途半端だった。
どこか一箇所に力をシフトするのを避けていたからかもしれない。
人間関係を形成する上で、私は常に自分に対して複数の言い訳を用意する。
こんな悪い癖が、自分を寂しがらせるはずだと、分かっていても。
器用に生きられない。


学んだと思えることがある。
やり抜くのはかっこいいのだと、実感したこと。
そして、半端な自分を許容する自分が身を潜めたこと。
今自分にないものを嘆くより、まずは行動するしかないと、以前より実感を伴って思えるようになった。


人と人との出会いほど、学ぶ材料となるものはない。
そのことを、我ながら遅いとは思うけれど、大学で初めて経験として知った。
昔の自分を捨てるわけじゃない。
でも、これからの自分は、今の自分が築く。
一般に、開き直りと形容されるかもしれないけれど。


先輩が卒業することが、寂しいけれど、不思議と悲しくはない。
たくさんの課題と土産を残していってくれたから。
「行ってらっしゃい」と見送った。
きっとこれでいいのだと思う。
2003年03月27日(木)  客観性
就職のことを書いていて思い出したことがあったのでもう一つ。
明日の分の日記先取り。
(…って、これじゃ明日書けないや…)


もう二ヶ月も前のことになるけれど、友人が受けたテレビ局の面接で、「報道の客観性についてどう思うか」と問われたらしい。
元々報道希望でなかった友人は言葉に詰まり、結果落ちてしまったという。


私がやりたいことは報道とは少し違うけれど、似ている部分もあるので、話を聞いてからしばらくそのことについて考えた。
正直、未だに明確な結論は出ていない。
同じところを受けたら、きっと一瞬で落ちるな。


まとまってはいないけれど、二ヶ月考えていれば少しは出るもの。
「そもそも、客観性なんてあるのか?」
だって人間が介在しているのだから。
主観の全くない報道などありえない。


あらゆる立場の人から見て公平な言葉など、どこにもない。
巷では小泉首相のアメリカびいきが小学校の頃にまで遡って検証されていたりもするけれど、「論理的に意見を言っている」とメディアから評されている他国の代表についても、その結論を出すに際し、世論ばかりではなく本人のこれまでの生育環境の影響も少なからず含まれているに違いないと思う。
そしてさらにそれを伝えようとして記者が発する言葉には、記者の生き様や経験、企業の利益といったものが絡んでくる。
何が客観か。


そこでさきほど挙げた、結論とは言い難い言葉が最終的な私の答えとなる。
「客観性など、元々どこにもない」
我ながら極端なことを言っているとは思うけれど。


同じ試験を受けたなら、私はきっとこう答えるだろう。
「何が客観かを模索しながら、形ないものへと歩む努力を諦めない姿勢」と。
抽象論だと批判を受けるかもしれない。
だが、少なくとも今の私の意見はこうなのだ。


人間が人間を描くのだから、むしろ主観が入っていいとさえ思う。
その主観が、社会的に見てどういう位置にあるのかを常に考え、間違っていると思えばすぐにでも修正できるような人物であればいいのではないか。
ある意味客観とは、主観を濾過して残ったものなのかもしれない。
もちろんこの場合、独善的で敵意あるような言葉を主観と指しているわけではない。
(ちなみに私の意見だと、孔子の言葉を引用して、記者の平均年齢が70歳以上になってしまうと言われかねない。だから、「修正できる人」と表現した。最初から完璧を求めるのは現実的ではないだろうし)


それにしても、こんなヘビーな質問を数分で考えろと言った面接官も人が悪い。
もちろん、普段から考えておけということなのだろうが、私の頭ではこれほど時間があってもこの程度しか言えない。
きちんと答えられた人は、よほど頭がいい、もしくは他者の意見に対して敏感なのだろうなと思う。
言葉にすると単純だけれど、深い。
今実際にマスコミ業界で働いている人に、答えを聞いてみたいものだ。
あくまでも、参考として。
2003年03月26日(水)  面接
今日、面接試験があった。
書類選考から数えるといつの間にか4次。
そして控え室にいた周りの大学生に気迫負け。
やたらと頭の回転が速くて口もうまい。
何でこの前受けた筆記試験の選択肢まで覚えているのだろうという暗記力。
父が「バブル期と違って、本当に今の大学生大変だよなあ」と言っていたけれど、自分でもそう思う。
採用枠一桁なのに、一体何人が受験しているのだろう。
3次の時点でさえ400人超えていたというから笑える。


受けた面接は、3対1で15分。
終始和やかな雰囲気。
でも、当然だとは思うけれど、ニコニコ笑いながら面接官は言う。
エントリーシートに書いた内容について、「海外でうちと同じような仕事しているところが今どうなっているかきちんと知ってる?」「この業界は生き残り競争激しいよ」「君認識甘いよね」
…手厳しいお言葉。
笑顔って、こういうときは逆に怖いものだなあと今更ながら思う。


基本的に楽観主義でいたい自分。
不況かつ世界情勢の不安定というこの時代では、もっと現実に根ざしたことが求められているに違いない。
だけど、悲観ばかりしていたって何も始まらない。
私は、厳しい現状だからこそ逆にポジティブに考えていたい。
だから何と言われても変える気なし。
それで落ちるところなら、元々合わなかったのだろう。
きちんと伝わったかは分からないけれど。


それにしても、我ながら質問に対してバカ正直に答えすぎている気がする。
「他社の進み具合はどうですか?」と聞かれて、「まだほとんど受けていません」と言ってしまって、さぞや就職活動をやる気ない人のように見えたことだろう。
まあ実際、やる気があるとは言いがたいけれど。
他業種を受けたって私には意味がない。
高校の頃から、夢は一つ。


ところで、面接にあたってマニュアル本を読んだことがない。
周りはみんなそれなりの対策を立ててきているわけだから、無謀といえば無謀なのだろうけれど、あまり器用でない私は、余計な知識が入ると自分の言葉で話せなくなる。
敬語は、覚えるというより普段使っているものを出せばいいだけだし。
それに、志望動機など、本から学ぶものじゃない。
内定が欲しいから動機を考えるなんて本末転倒。
やりたいことのない企業に入っても、飽きっぽい私はどうせすぐに辞めてしまうだろう。
普段いいかげんなくせに、妙なところは頑固な自分。


今日行った企業では、面接官の前にある机の上に、市販されている面接用のマニュアル本が受験生に見えるように置いてあった。
「この手の本はチェックしていますよ」と言わんばかりに。
…元々対策していないから関係ないか。


とある友人が、「就職試験は狐と狸の化かしあいだ」と言っていたけれど、あながち冗談とも片付けられないような気がする今日この頃。







余談。
履歴書に印鑑押すの忘れた。
つい最近も同じことをやって、慌てて近くの文具コーナーで買ったばかりなのに。
相変わらずのおっちょこちょい。
というわけで再び購入。
現在引き出しに印鑑が3つ…。
2003年03月25日(火)  共感
共感は、自分ができることを同じようにできる人より、自分にはできないことを同じようにできない人に感じることが多いように思う。
傷の舐め合いとまでは言わないにしても、結局は同じこと。
あまり建設的な関係だとは思えない。


誰でもそうかもしれないけれど、私は、自分にないものを持った人に惹かれる。
強すぎる人は自分を置いて行ってしまいそうだからあまり好きにはなれない。
でも、同じ弱さを持った人と一緒にいて、足を引っ張り合うなんてまっぴらごめん。
相手と自分の関係は、音楽と自分の関係とは、違う。


だからだろうか、相手の痛みが分かるくせにあえて突き放すことが少なくない。
私は前に進みたい。
相手にも、進んで欲しい。
ただそれだけのこと。
ひょっとしたら、冷たいことへの言い訳かもしれないけれど。




今日、大学の卒業式だった。
生憎の雨。
でも、巣立っていく人々は皆幸せそうだった。
新しいスタートライン。
来年の今頃、私も同じような表情を浮かべて笑っていたいと願う。
2003年03月24日(月)  卒業式
さっき友人からメールが来て、明日は大学の卒業式なのだということを知った。
卒業とは言っても、私の知っている4年生は残る人のほうが多いのであまり実感が湧かない。
だけど、いつの間にか自分も最上級生。
大学ではあまり学年は関係ないような気もするけれど、やはり少し感慨深くもなる。


弟が今春から1年生になる。
新生活の準備をしている様子などを見ていると、3年前の自分の姿を思い出す。
それにしても、もう3年も経ったのかという感じ。
あまり何かをした記憶もないままに、時間だけが流れていく。


入学当初、4年生がとても大人に見えた。
いつも思うことではあるけれど、実際自分がなってみるとそうでもないな。
むしろ幼い。
例えば今の自分が誰かに何かを教えられるとは思えないし。
私は私として、笑ったり泣いたりしていたらこの年齢になっただけのこと。
以前と比べて変わったことといえば、人と一緒にいなくても平気になったことか。
その分、何かに執着したり好きになったりということはとても少なくなったけれど。
どちらがいいのかはいまいち分からない。


ともあれ、時間の流れの速さに時折怖くなる。
きっと、私が日本で安穏と過ごしている間に、いつの日かこの戦争も終わるのだろう。
歴史上で、何千年・何万年も前から続いている戦争などないのだから。
全て人任せでも、何もしなくても、明日が来る状況にいる自分。
何かをしなければ自分が腐っていきそうだ。
だから、無駄かもしれなくても私は考える。
そもそも、得か損かだけで判断できるものなど本来ないはずなのに。
今の社会は、あまりにもナンセンス。
だからといって、社会システムの代替案など思いつかない自分。


話がゴチャゴチャとまとまらなくなってきてしまった。
よって本日分の日記これにて打ち切り。


卒業していく人たちの前途が、幸いで満ちていますように。
戦争が早く終わりますように、死者とそれを悲しむ人々の数が少しでも減りますように。
規模は違えど、願うものは一つ。
2003年03月23日(日)  料金所
久々にHPを更新することのできる時間ができた。
以前より少しずつ作っていたトップページを軸にして、一ヶ月ぶりの更新。
一度にアップしてすっきりする予定が、FTPソフトがうまく動いてくれなくて手間取ってしまった。
不具合は多そうだけど、とりあえずそれは少しずつ修正していけばいいかなと思いつつ。


そういえば、26日に面接に行くことになった。
この前受けてきた筆記試験、なぜか通ったからだ。
相変わらず数字を間違えるのが得意な自分。
「20日までに連絡なければご縁のなかったこととさせていただきます」と言われ、しっかりメモまで取っていたにも関わらず、19日だと考え落ちたと思っていた。
そういえば、大学受験のときも同じことをしたような。
成長ないなあ…。
ともあれ、次は1時間もみっちり面接してもらえるとのこと。
ボロが出ること確実だけど、思う存分きちんと話をしてもらえるのが嬉しい。


ところで、ディズニーシーへ行く途中に思ったこと。
高速道路の料金所で働く人ってかっこいいな、と。
気の短い私だったらあんな小さい空間で毎日色んな車の対応をするなんて耐えられなさそう。
スピードが要求されるということは、コミュニケーションを取る時間すらないわけだし。
それに、きっと嫌な運転手だってたくさんいることだろう。
でも、ひどい対応をする人に会ったことはほとんどない。
やっぱり、自分の仕事をきっちりやり通せる人って魅力的にみえる。
私も、自分でやり抜きたいと思える仕事に出会いたい。
2003年03月22日(土)  遊
家族と一緒にディズニーシーへ行ってきた。
弟の合格祝いで行ったのだが、偶然にもこの日は父の誕生日。
めでたい続きで久しぶりに家族揃っての外出。
そして初ディズニーシー。
雰囲気を楽しむところだという噂はかねがね聞いていたが、私はシーソルトのポップコーンにはまって食べまくっていた。
残念ながら、色気より食い気という言葉が自分にはよく似合ってしまう。


ファストパスなどという素敵なものを作ってくれた人に感謝。
春休みの3連休真ん中というものすごい日に行ったにも関わらず、30分も待たずに多くのアトラクションに乗ることができた。
絶叫系が大好きな私にとってはほんの少し物足りない部分もあったけれど、全体的に町並みというか雰囲気がよくて、とても楽しかった。
弟はこれから下宿してしまうので、また家族揃ってというといつになるかは分からないけれど、また行きたいなと思った。


それにしても、あの金額設定の高さにもめげることなくお金をポイポイと落としていく人々を見ると、日本が不景気だなんて嘘に思える。
小学生が「安いよね」と言って1000円くらいするキーホルダーを買っている様子に驚く。
自分が小学生の頃、1000円は決して安くなかった。
少しずつ、時代の差を感じ始めた今日この頃。


あちらこちらで、星条旗が目に入る。
何かのアトラクションでは、フランスの大きな国旗があった。
昔のアメリカを描いたショーの中で、「みんなの平和と幸せを願って」といった台詞があった。
複雑な心境にならざるを得ない。
アトラクションの順番待ちをしながら、新聞を片手に戦争に関する記事を読む人がいた。


土産店では、ドナルドダックが星条旗のズボンを穿いている。
ドナルドが好きな私は、車に乗せるためのぬいぐるみを買おうとしていた。
でも、やめた。
小さな劇場で、ブロードウェーミュージカルのダイジェストをやっていた。
ショーは、とてもおもしろかった。
でも、ふと思い出してしまった。
ロシアでの劇場爆破。
こういう状況で起きたのか、と思うと気が気じゃなかった。
アメリカの人々がテロに怯えて暮らす様子を想像する。


首相の言葉が日本の意見になるとしても自分の意見と一致しているとは限らないのと同様に、アメリカにも反戦を唱える人が多くいるのだろうと思う。
イギリスでも、反戦デモは大規模に行われた。
集団として批判する以外のことはできないけれど、個人を見たら?
アメリカのしていることを快く思わなくても、では具体的には誰が悪いと言えるだろう。
対象が大きくなればなるほど、責任の所在が不明瞭になってくる。
どうせなら、憎しみの所在も不明瞭になってしまえばいいのに。
それともこれは自分が日本人だから思うことなのだろうか。
責任を取るべきことまで曖昧にしてしまう日本人。
「雰囲気で決めます」という首相の言葉に対して非難の声は多いけれど、案外当たっているのかもしれないと思ってしまう。


ミッキーがステッキを振ると、たくさんの花火が水上にこぼれた。
その光を眺めながら、何だか釈然としない気分でいっぱいだった。
次に行ったときは、気持ちよくドナルドを家に連れて帰れますように。
2003年03月21日(金)  骨
死んだら、肉が削げて骨だけになる。
今の時代、そこからでも多くのことが分かるというけれど、でも見た目はほとんど変わらない。
どんなに綺麗だった人の骨も、精一杯生きた人の骨も、みんな一緒。
平等だと、言えるのかもしれない。


体型も顔も、結局はその骨につけられた形の違いにすぎない。
脳を、骨の中に想像する。
それはあまりにも小さくて、弱い。
ささやかな自分。
あと百年も経たないうちに、今まで存在した多くの骨と変わらぬ自分になる。


記憶の中だけで留める自信がないからか、人は、愛した人の面影を色々なものに見出そうとする。
それは、写真であったり使っていた物であったり。
本人であるはずの骨の形から個人を識別するのは、無理なのかもしれない。
想うのは、実際にある骨ではなくて、もうなくなってしまった肉のついた体だ。


戦争は、嫌いだ。
私は幸い経験したことがないけれど、多くの感覚を麻痺させるに違いないと思うから。
骨になってしまえばどれでも同じ。
でも骨になる前は、みな意思があってそれぞれの人生を生きている。
それが幸せか不幸か、他の誰にも決められない。
終えてみるまで、その人生の価値など誰にも分からない。
それを無差別に断ち切ってしまうもの。


戦争の爆音が届かぬ地で、のうのうと約束されたかのような明日を迎える。
獲得しなくても明日は来る。
不景気だからといって、命までは取られはしない。
今の私。
力のない自分。
「自分が何をしようとしまいと、何も変わらない」
そんな無力感が自分ばかりか世の中を覆い尽くしている。
それが悲しい。
2003年03月20日(木)  対象
誰と戦うつもり?
悪政から人々を救いたいと言いながら、殺す相手の多くはやむなく悪政に従うしかない、同じ「人々」だ。
それとも、運良く生き残った人だけが救う対象になるというのだろうか。
自分たちで殺そうとしながら。


兵士に、自分の頭で考えてほしい。
いつまでも抜け出せない悪循環。
「どうしようもない」と、ため息つくばかりではなくて。
言いなりになるだけなら、機械にもできる。
自分にできなかったことを後世に求めたって、同じことが繰り返されるだけ。


結局のところ、命は平等だなんて口だけのことなのだろう。
だって、もし自分の愛する人が攻めるべき土地にいたなら、苦しみ銃を置くかもしれないのだから。


例えば私が身近な人々の幸せを祈るように、イラクの人たちもきっと祈っている。
戦争のドサクサの中で殺していい人なんていない。
たとえ銃口を向けた相手を兵士が知らなくても、その人の帰りを待っている人が必ずどこかにいる。
名前のない人など、誰の記憶にもない人など、いない。


私は数じゃない。
誰も、数で片付けられる人などいない。
2003年03月19日(水)  時
昨日就職試験を受けに名古屋へ行ってきた。
問題は120問あったが、94問目を解いているときに時間が来てしまった。
あんなもので何が分かるのだろう、と、少し腹が立った。
テクニックが必要なだけなら、机の上の勉強と変わらない。
私はもっと、人間を見てくれるような試験で判断されたい。
…まあ、どんな方法を用いたところで、自分をきちんと分かってもらうことなどできやしないと思うが。




ところで、私が所属している団体で、明日追い出しコンパというのがある。
その名の通り、卒業する先輩たちを送り出す会のことだ。
就職活動やら寝坊やらで、あまりきちんと準備に参加していない。
申し訳ないと思いつつ、本番はもう明日。


思えば、入学して一番濃い時間を過ごしたのは一年のときだった。
その当時近くにいた先輩たちが卒業していってしまうというのには、感慨深さもひとしおだ。
あれからそんなに時間が経ったのか、という印象。
自分を知っている人が誰もいなくなってしまうかのような。
光陰矢の如しとはよく言ったものだ。


わずか3年前のことだが、今の自分と違う自分しか思い出せない。
人前でもよく泣き、お酒を飲みすぎては迷惑をかけ、授業もサボってばかりだった。
思い出す記憶は、無茶なことばかり。
妙に落ち着いてしまった今の自分には、少し羨ましくもなるあの頃の無鉄砲さ。
むしろ冷めたというべきか。


時間の流れを怖がって、ふと目をつぶってしまいたくなる。
でも、流れなければ得られないもの、得られなかったものがあまりにも多い。
悲しい記憶も含めて今の自分があるのだと思うと、どんな経験も懐かしく、大切に思える。
正直、何だか寂しい。
だけど今の自分には家族も友達も夢もあって、だから幸せなのだろうなと思う。
これから先何がどうなるかなんて到底分からないけれど。


お世話になった人たちに、たくさんの幸せが来ますように。
明日は、まあ、いつも通りな感じで見送ることにしようかと。
2003年03月18日(火)  剽窃
以前提出した論文に関して、その講義の担当教官から嫌味に近い言葉が延々と書かれたプリントが配布された。
個人宛ではない、その講義を取っていた者全員に対してのコメントだ。


彼の講義は、必修だったためやむなく取ったのだが、そうでなければ出るまでもなく放棄しただろう。
事前に配布された資料に、高圧的な態度の垣間見られるような文章が並べられていたからだ。
人間的に尊敬できそうもない人から、学ぶことなど何もないと私は思う。
たとえどんなに知識があっても、だ。
どこかにいる、両方兼ね備えた人を探すまでのこと。


彼は哲学を語る。
机上の空論に終始するその理論は、私にとっては不快以外の何物でもなかった。
講義そのものが、矛盾していた。
「総合教育」を語る手段として、従来より批判されていたようなものを用いていた。
英文を全訳させて、訳の仕方の相違をこっぴどく非難し、己の意見に賛同しない者を全員の前できつく責めたのだが、これでどう立派な教師を育てようというのか。


不満だらけの講義が終わり、論文を提出して終わった。
彼の考えていることは講義中に何度も聞いたし、他者の考え方に不満は持っても否定する気はなかったから(ある意味ひどく冷たいとも思うが)、議論することに意味を感じず、我慢して終えてしまった。
これがよかったのか悪かったのかは分からない。


二ヶ月経ち、彼のことなどすっかり忘れていた。
そうしたら彼は、ご丁寧に講評と題した両面刷りのプリントを配布。
それも、春休みに入ってから。
彼は、提出されたものについて剽窃が多いとのコメントを書いていた。
以前どこかで聞いたことを自分の考え方のように思い込んでいることも、意図はしていないが剽窃であり不正行為であると。
彼のことはとてもじゃないが好きになれない。
それでも、少しだけその言葉について考えてみた。


そもそも、どこからどこまでを剽窃というのだろう。
他者の文章を自分の意見として転用することがいかにひどい行為であるか、大学に入ってまで知らないはずもない。
私は、たとえ自分が一文字も書けないようなテーマを与えられても、そんなことをしたいとは思わない。
カンニングするくらいなら0点を取った方がいい、というのと同じことだ。


しかし私は、他者の考え方を聞いて、自分の中でそれを消化させて自分の言葉で語る場合においては、剽窃ではないと思う。
生まれてきたときから独自の考え方を持っている人などいない。
極端な話、「人を殺してはいけません」ということを当たり前だと考えるのは、育った文化の中で周囲から与えられた価値観によると思う。
後付けの価値観を逐一批判していたら、誰も何も話せない。
きっと、自分が話す言葉は全て、どこかで誰かがかつて言ったことと同じなのかもしれないと思うから。
それを恥じようとは思わない。
先人の知恵を学ぶことなく、自分など存在し得ないのだし。


丸写しは論外としても、以前聞いたことを自分の考えとすることが全て不正行為であるというのは極端なのではないか。
真似かもしれない、だが自分で考えてそれがいいのだと決着がついたのかもしれない。
何も知らずに、それらを一緒にして非難する姿勢はどうなのだろう。
幸い私は呼び出しをくらって彼と二人きりで話をするような目には遭っていない。
だが、他を受け入れようという心の幅すらないような人から評価されなければならないということが不快で仕方がない。


何だか支離滅裂な文章になってしまった。
それにしても、勉強さえできれば教授というのは務まるものなんだろうか。
いい人の方が多いとは思うのだけれど、研究優秀で人格歪んでいる人というのがいるのも事実。
大学にも教員採用試験の制度設けた方がいいと思わないでもない今日この頃。
2003年03月17日(月)  半端
涙が出ない。
映画とかドラマ、本では泣けるのだけど。
変なの。


感情素直に表現できる人って羨ましい。
他の人に言わせれば、私もそうみたいだけど。
本人からしたら、隠すの下手なだけ。
表現したくてしたいわけじゃないし、したい部分は表現できてないし。
内弁慶になってしまうのはこういう理由か。
いやはやタチが悪い。


ところで、今日所属してる劇団の公演観に行ってきた。
しばらく関わっていない。
舞台の上の人たちが眩しくて、何だか遠い世界での出来事のよう。
半端、って、つまらないな。
熱のある人たちを見ていると、近頃冷めた目をしてばかりの自分が情けなくなる。
私ももっと、何かに突っ走れたらいいのに。
2003年03月16日(日)  幸
何を幸せというのか。
思春期の頃に何度も考えたこと、何を今さらと友人たちは笑うかもしれないけれど。
それでももう一度、考えてみる必要があるのだろうと思ったり。
だって、結局のところ今の世の中を動かしているのは色んな人のエゴで、それを完全に排除するのは無理な話だから。
自分の幸せの基準を他人に押し付けてばかりいる。
誰もが自分にとって一番幸せになれる方法を探すのだろうから、これはある意味正論だとは思う。
どんなに利他的に見えても、そうすることが自分にとっての幸せであるのなら、利己的要素を完全に排除することなどできないのだし。
でも、その幸せが他者にとってどういうものであるのか、バランスを考えられるだけの気配りができなければ、多くのものがガラガラと音を立てて崩れ続けるだけ。


個人対個人なら、もう少しは気配りができるのだろうか。
国家対国家なら、実質上どうであるかは別としても、自分の判断に「同じ国」という理由で多くの「味方」を得ることができる。
無数の見えない支援者。
弱虫だね。
隣人を怒鳴ることはできなくても、国家の単位になればできるの?
「正義」なんて半端な抽象表現で誤魔化さず、自分の言葉でしゃべってみたらどうなんだ。
それが主観だと責められるのなら、自分たちは無形の、見えない何かに人生を預けるしかない。
もっと堂々と戦ってみろと言いたくなってしまうのは自分が感情論で話す人間ゆえの過ちなのだろうか。
ずっと、何かがおかしい気がしている。


友人が、反戦デモに出かけると言っていた。
私はその頃、大学の講義室にいた。
内容は、障害者のための支援について。
私は、無力を自覚しながらも何かをしたいと模索してばかりだけど。
でも、願うことはきっと同じ。
身近な平和も祈れない者に、世界の平和など語れるはずもない。
世界の平和も願えない者に、身近な平和など実現できるはずもない。


何を幸せだというのだろう。
今、多くの決断の立場にある人たちに聞いてみたい。
あなた方は、何を幸せだと考えているのですか。
「犠牲」なんて気軽に言うのは、自分がその中に含まれていないからでしょう?
どうしてもと言うのなら、巻き添えにされて殺されるであろう人々、一人ずつに、殺されなければならない理由を説いて納得させて下さい。
その目を、直視してもなお自分の理想を語れるのでしょうか。


ブラック・ジャックのうちの一話、「病院ジャック」の中に出てきた台詞。
簡単に五人の人を殺してしまった犯人たちに対し、ブラック・ジャックは言った。
「こっちは、ひとり助けるだけでせいいっぱいなんだ」


単なる数字の一として、歴史の渦の中に人が消えていってしまうことを、自分に大切な存在がいる人なら反対してほしいと願う。
2003年03月15日(土)  負
なぜだか一日中負の感情が湧きあがってきて、その都度日記に書きたいことが変わっていった。
今は、最初何を書こうと思ったのか覚えていない。
無理に書きたいことを全て書こうとするとまとまりがなくなるからやめておく。
まあ、こういうもやもやが綺麗に言葉になるくらいなら、そもそも頭を抱えたりはしないのだろうけど。




時事ニュースを読みながら、常識のない自分にがっかり。
大学受験の頃は新聞を読みたがっていたくせに、必要な今は読みたくない。
基本的にひねくれている、もしくは単なる面倒くさがり。


それにしても、今仕事を持っている人のどれだけが常識ある人なんだろう。
企業は盛んに「優秀な人材を」なんて言っているけれど、今仕事を持っている人は本当に全員「優秀」なんだろうか。
というか「優秀」の定義って何だ?
世界中の人が人道的な意味での優秀さを持っているのなら、今よりずっとマシな世の中になっているのだろうから、「優秀」の定義が場所によって異なっているということは一目瞭然。


それにしても、新入社員にばかり求めていないで、自分たちの態度も振り返ってみてはどうですか、と、態度の悪い店に行くたびに思ってしまう今日この頃。
入ることが目標で、その後向上心に欠けていても何とかやり過ごせるのなら、志望動機なんぞ受験のときの意味なしペーパーテストと同じだろ。





関係のない話。
ベ○ースターの焼き餃子味というのを見つけたので食べてみた。
感想。
やっぱり私はチキン味が好き。
でも、一番おいしいのは4つセットの中に入っている揚げ麺。
バラ売りしてくれないかなあ…。
2003年03月14日(金)  世界
私と他の人たちの性格が違うように、日本と他国の特徴も違う。
国民性、とはよく耳にする言葉だが、それがあまりにも異なっている場合、個人と個人の意思疎通も難しい。
それを無視した外交など、無茶でしかない。


私が他者を自分の物差しで測れないのと同様に、日本も他国をこの国の物差しでなど測れない。
たとえ日本国民全員が「これはおかしい」と思うことであっても、他国へ行ったら全員が「正しい」と言うかもしれない。


完全に他の価値観を理解するのは不可能なのだろうが。
普段の生活においてすら、話が通じない、ということはよくある。
2003年03月13日(木)  矛盾
「貧富の差をなくそう」と高らかに言っている人というのは、大抵の場合豊かな人。
日々の生活にさえ追われているような状況で、学ぶことのできる機会を持つ人というのがどれほどいることか。


豊かな人は、本当に貧しい人の視点からは物事を語れない。
貧しい人も、豊かな人の視点など持てない。


「貧富の差をなくそう」と、自分が今持っている豊かさを失ってでも語ろうとする人がどれほどいるのだろう。
それとも、自分だけは別、と言いたいのか。
皆がそのようなエゴを持っていたなら、何も進展しまい。
例えば今のアメリカがそうであるように。
閉塞状態にある経済を打開するための戦争か。
きっと、すこぶるよい経済状態のもとで今と同じことを言うのなら、少しは言葉を信じる気にもなれるのだろうが。
2003年03月12日(水)  同性愛
私は同性愛者ではない。
恋愛対象として見るのは男性だ。
でも、それはただの偶然だと思う。


同性愛を、おもしろおかしく扱いたいとは思わない。
純粋に愛した人が、たまたま同性だったという人なら、容認するし庇護もする。
でも、こういうことを考えていて一つ気になることがある。
性行為に関してだ。


ただ快楽のために同性愛に走る人を応援する気にはなれない。
しかし、異性間だからといって、そこに愛情があるだなどと誰が断言できるだろう。
生産的ではないとして同性愛者の性行為を蔑視する人はいるが、異性間のそれに対して文句を言う人はいない。


何が正しいのだろう。
2003年03月11日(火)  銀歯
ゴミ問題も、政治の問題も、解決を後回しにして妥協したところでどうせ膨れ上がって戻ってくる。


それはまるで、治療せずに銀をかぶせた歯のようで。
気づかぬフリしていたって侵食は進む。
いつか神経までやられて抜くだけだ。
2003年03月10日(月)  異常
現代において、「異常」と分類される人々は求められているのかもしれない。
ほんの少しの異常も認めてくれない世の中であるからこそ。
遠くから眺めるのが好きな人たちに囲まれて、それはますます加速されていくかもしれない。


誰もがきっと、己のうちに狂気を隠し持っているだろうに、それを表出させたら途端に排除という世界。
だから、他者の中にそれを見つけると喜び、求めるのだろう。
それは、人の不幸を聞いて顔を曇らせながら、それでも聞いてしまうことと似ているのかもしれない。
悲しんでいる人に、救えもしない手を差し伸べたがる人たちと似ているのかもしれない。
カタルシスと性質の似ているそれは、私自身持っている。


人は残酷だと思う。
そしてそれ以上に、弱いと思う。
ぶつけられる感情は、時に優しさの仮面を被った醜さ。
だからこそ、負の部分を表出することのできる表現者たちを、心から尊敬する。
そして結局、理由はどうあれ、求めるものに変わりなく。
続いていくのは果たしてよいことか。
2003年03月09日(日)  祈
伝えたい言葉は、ありがとう。
だから笑っています。
ずっと、見守っていて下さい。
2003年03月08日(土)  死
私は、私だ。
だが、私は自分で自分を生かすことはできない。
誰かがいないと、生きていられない。
逆に言うと、誰かがいれば生きていられるということかもしれない。


自分が死んで、誰かが困るかどうかなんて分からない。
自分が、社会的にみてどれだけ価値のある人間なのかも分からない。
それでも、どこかの誰かが何人かは泣いてくれるだろうと思える。
だから死なない。
生きる理由が分からなくても、私は、死んではならない理由だけは分かる。


授業でのこと。
「最近の子どもは生きるということの意味が分かっていない」
「だから、簡単に自殺もする」
「自分たちがどれほど多くの生き物を殺して生きているのか実感する必要がある」
「死んではならない、生きることは義務なのだと知れば死なないだろう」
そう言って、これから初等・中等教育においてどんな授業が必要なのか、と語っている人がいた。
私は、心の中で反論していた。


自分も、数年前までは同じことを考えていた。
だけど今は違うと思う。
そういうことが分からないという理由だけで死ぬわけじゃない。
分かったところで、義務感と感情の狭間で苦しむだけだ。
死にたいと、多くの人が一度は思うかもしれない。
でも、ほとんどの人は実行しない。


自分が求められているということ、自分がいなくなって泣く人がいるということを、現実的に考えられなかったりその実感がなかったり。
それはとても怖い。
私は人のために生きているわけではない。
でも、自分だけのために生きているわけでもない。
常に他者のことを考えているというのは、何だか変な気もする。
だけどこの世界において生きるということは、誰かと必ず関わっているというわけで、だからそれはとても自然なことだし、誰かに自分の存在意義を求めるのはおかしいことじゃない。


私は、自分が大切だと思う全ての人に死んでほしくない。
「自殺をするのは人間だけだ」
「動物は、他を殺して生きていることを本能的に知っているから、死なないのだ」
そんなこと言ったって、誰かを救えるわけじゃない。
人間は感情を持っている。
それが幸か不幸か。
発展もすれば、殺し合いもする。
単純比較をしたって、話が先に進むはずもない。
どうせ、解決などありえない問題だけど。


じゃあどんな教育が必要なのか。
私には、色んなことに疑問を感じはしても、それをどうすればいいのか具体案が見えない。
だから教職は目指さない。
無責任なだけかもしれない。


「どうして人を殺してはいけないの?」
もし誰もがこの問いに答えられないとしても、感情論で私は言うだろう。
「殺してほしくないからだよ」
そう願うのが、自分かもしれないし、他人かもしれないけれど。
人間は感情を持っている。
他の動物も持っているかもしれない。
でも少なくとも私は人間以外を経験したことがないから分からないし確信も持てない。
あくまでも想像やら予測の範囲を出ない。
ただ、少なくとも人間に感情があるということを、私は知っている。
だから、感情論をぶつけても、それはそれでいいんじゃないかとも思う。


「死を教える」なんて、簡単に言わないでよ。
2003年03月07日(金)  嘘
馬鹿な話一つするのも、勇気を振り絞る必要があって。
嫌なことを嫌だというのもやっぱり難しくて。
結局、我儘言って誤魔化すことに慣れてしまっているのかもしれない。
人と話すのは好きだけど、自分を見失いかけるから嫌い。
子どもの言い訳みたい。


日常生活において、私はいっぱい嘘をつく。
自分という人間を、偽ってしまうという意味で。
虚勢を張らないと今以上にうまくいかなくなる気がするから。
寂しいときに寂しいと言えないと、その反動なのか誰かを傷つけてばかり。
こんな方法しか知らない。


普段の私を知っている人からしたら、これこそ嘘に聞こえるのかもしれないけれど。
2003年03月06日(木)  絵本
絵本の世界に心躍らせるのは、ここがそういう世界ではないからでしょうか。
それとも、自分が生きる世界とあまりにも似ていて、懐かしくなるからでしょうか。
2003年03月05日(水)  鳥
鳥が空を飛ぶのが当たり前の世界であってほしいと願う。
でもそれ以前に、もうこれ以上空を壊さない人間が増えてほしいと願う。


壊してから気づいたって遅い。
それに、壊したものは直せばいいやっていう神経が嫌い。


心にしてもそう。
カウンセラー増やせばいいってもんじゃない。
あくまでも一時凌ぎで、根本解決になんてなっていやしない。
必要としている人がいる以上、必要ないとは言わないけれど。
でもそれを社会全体の欲求とすりかえて、現状を見直そうとしないのはどうなんだろう。


生きにくい時代。
色んな歪みが生んでしまった壊れた心を別のところに隔離しておきさえすれば、この世界は今までと同じ、「平和」な時間を紡ぎ続けるだけ。
私も同じ。
ホームや街や病院や刑務所や、見なかったことにしてばかりいる。


私は一体、誰に文句を言いたいんだ?
2003年03月04日(火)  途中
道の途中にいる。
そう思えば楽。




ずっと、自分の中にはやりたいことが明確にあるのだと思ってきた。
今も思っているし、頭の中で描く夢の画像はいつだって鮮やかな色を持っている。
でも、実際聞かれてみるとそれをうまく話すことのできない自分に気づく。
「話せないなら所詮その程度の熱意だ」
本当に?


上手に話せないのは練習が足りないからなのだろうか。
そもそも自分という人間を伝えるのに、どうして練習しなければならないのだろう。
何日話しても、私がこれまで重ねてきた時間など分かってもらえるはずはないのに。
こういう屁理屈を言っている人間を求めていないのならば、最初から「何の疑問も持たずに仕事に取り組める人」と求人を出せばいい。
うざったがられるかもしれないが、私は自分で納得できないことや結論の出ていないことを誤魔化すのは嫌いだ。
分からないことだらけで先に進むのは気持ちが悪い。
ひとかけらの迷いも見られない人の方が私にとっては不思議な存在。


疑問を持たずに、世間の流れに「とりあえず」乗れる人の方が人生うまくいく。
年齢やら学年やらで区切るような社会だから。
何だかつまらないなあと思いつつ、流れに乗れないと落伍者になってしまうこの社会に反発しながら何となくみんなと一緒の道を歩んでいる。


就職活動をしたくない。
「エントリーシートの書き方」なんて本が出るようになった時点で、別のシステムに移行すればいいのに。
誰だって「練習」すればいっぱしのことが書けるようになる。
肝心の動機を置き去りにしても、ある程度言葉が使えれば何とかなる部分もあるに違いない。
そうでなければ、新卒者の3年以内の離職率がこんなにも高いはずがない。


きっと、世間的に見れば私の書いていることは言い訳以外の何ものでもないだろう。
それでもあえて書いてしまうのは、悩みながらも一応活動してしまっている自分がとても滑稽だから。
何だかつまらない。
マニュアル化された社会なんて大嫌いだ。




今ある諸々のことが、全て旅の途中の出来事だと考える。
私は、自分の目指すもののためにイライラしながらも先へ進んでいる途中なのだと。



そうでなければやっていられない。
2003年03月03日(月)  人
真っ直ぐな人が、好きだと思いながらも時折怖くなる。
その目で、見られたくないものまで見られてしまいそうで。
いつまでたっても、私にとって理想論としか思えない言葉を普通の顔して言うから。
どうしてそんなに綺麗なままなんだろう。


信念、という意味で真っ直ぐな人は大好き。
でも、純粋という意味で真っ直ぐな人は少し倦厭してしまう。
きっと私が恐れているのは、そういう人の目に映った自分の姿。


すごくいい人なのに、恋人ができないと言って悩む人がたまにいる。
それはきっと、いい人すぎるからなのだろう。
どこかしら悪いところを持った人の方が圧倒的に多いから、その光の強さで自分の影を映し出されるのが嫌なだけ。
あなたが悪いんじゃない。


それなのに、時折私はひどい言葉を投げつける。
いい人ほど、見ていてイライラする。
きっと、相手が紛れもなく優しい人だから。
相手が悪いだなんて思ったこと、一度もない。
だから、そんな相手を傷つけてしまう自分はひどくみっともなく、情けない。


怖い夢を見た。
詳しい内容は忘れてしまったけれど。
部屋の隅にうずくまり、体を小さくして泣いていた。
誰もが「自業自得だよ」と言って高いところから私を見下ろした。
「諦めなさい」という言葉が降り注いだ。
私は、誰の顔も見ないでただただ周りを警戒していた。


ふと、大きくて暖かい手が頭の上に置かれた。
「バカだなあ…しょうがない、何とかしてやるか」
かつて、その澄みすぎた心から逃げた相手だった。
どんなにひどい言葉を投げつけても見放さないでいてくれたんだと思った。
状況は何も変わらなかったけれど、すごく安心した。




私は、幸せだと感じるのと同じくらいに毎日悩む。
その悩みから逃げてしまうのは簡単。
そんな自分をなかったことにするのも簡単。
でもだからこそ、たとえそれが途切れることのない円を描くとしても、考えることに意味があると思うし思いたいのかもしれない。
2003年03月02日(日)  責
誰が悪いのだろう。
例えば、この国の文句を言う場合。
抽象的すぎて、結局誰にも責任がないかのような。
「国」って一体何だろう。
この国に暮らす私は、国と無関係なはずもなく。
それなのに、「この国は間違っている」と、まるで他人事のように言えてしまう。


今日出た話題。
「日本は難民を受け入れようとしない」
苦しむ人を見て、受け入れない自分の国を見て、文句を言うのは簡単。
でも、拒否している「国」の中に、自分は含まれないのだろうか。
悪いのは、誰?


誰かは、官僚だと言う。
誰かは、政府だと言う。
誰かは、この国の閉鎖的な文化だと言う。


では、そういう官僚を作ったのは誰か。
伝統?慣習?教育?
では、そういう政府を作ったのは誰か。
政治家?権力?有権者?
では、そういう文化を作ったのは誰か。
先祖?思想?自分?


誰かのせいにするのは簡単。
だけど自分で動いて実際に変えようとするのはやっぱり難しい。
だからと言って、危機感を感じていながら何もしないのは、気づかないよりタチが悪い。
自分には何ができるのだろうと考えて。


机上の空論はやめて、現実的に考えることをしようと思う。
それしかできない、でもそれが大切だとも。
例えば、難民が隣町に住むとしたなら、自分はどんな対応ができるだろう。
いきなり手を握って友達になれるとは思えない。
だって、普段の人間関係でもそうなのだから。
それを無理やりいい人ぶっても、それは偽善とか優越感とか憐れみになりかねない。
じゃあ、順を追ってでもいい、自分には何ができるだろう。


どこかの見えない人のせいにしてばかりでは、今と変わりない場所が続いていくだけ。
自分に全てができるとは思わない。
自分がやらない何かをやってくれる人がいることを、常に期待するのは間違っているのかもしれないけれど。
私は私のペースでもいいのではないかなと。


理想論を言うのは簡単だもの。
2003年03月01日(土)  酔
酔える言葉を描きたい。
言葉に溺れてしまえるほどの。
風景の見える言葉に出会ってみたいという願望なのかもしれない。


叶わないからこそ、願う。


だって例えば、本当に何かに心動かされたときには必要のないものだから。
言葉など、綴るだけ無意味。
そして願うのは、そういう瞬間を描ける言葉がないものかと。




きっと、そもそも矛盾しているのだろう。
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