空のむこうにみえたもの
美空あいり



 夏休み中

夏休みに入って、はや2週間。
毎日補習の日が続いています。
2ヶ月に及ぶ夏休みをどう過ごさせようかと考えていた私ですが、学生たちはバイトや遊びに明け暮れているようでなかなか勉強には身が入っていない様子。
困った〜〜爆
ってわけで、補習なんだけどね。w

午前中は補習。
午後からは社会人の授業。
私の自由時間は・・・??
ないのさぁ〜〜。

そんなこんなの夏休みです。w

2005年07月19日(火)



 Song for you

HYの「Song for …」を聴いていた。
そして、自分で書いた詩を一つ思い出した。

〜 傍に・・・ 〜
時が許す限り傍にいれれば
それはそれで幸せかもしれない
願いは一つだけれど
そこへ辿りつくには
越えてゆくべき山がある谷がある・・・

同じ時を過ごせれば・・・
同じ時代に生まれた事に感謝する


何に期待しているのだろうかと思った。
この詩を書いたとき(2001年1月)、私は本当に幸せだっただろうかと、ふと思ってしまった。
いや、確かにあの時はある意味幸せだった。
自分の心を完全に開放することが出来たのだから。
多分あの時が一番安心して眠れたし、あの時以上の安らぎもない。
じゃ、今は不幸せなのか・・・ということになるが、実際、安らぎがどこにあるのかわからなくなってしまっている。

いつからだろう。
欲深くなってしまったのは。
ただ、傍にいれればそれでよかったはずなのに、いつの間にかそれでは満足できなくなっていた。
同じ時代に生きているだけでは、同じ時を過ごすだけでは、何も始まらないということに、そんな哀しい現実に私は真正面から立ち向かえなくなってしまっている。

『あなたが大人になるまで・・・』歌詞にはそう書いてあった。
本当に待てるのだろうか?
自分がそうだと言っているわけではないが、実際問題として相手が大人になるのを待つというのはとても覚悟がいることだと思う。
待つ事に対する寂しさと戦い続けるだけの強さを、本当に持ち続けることができるだろうか。
どんなに大切に思っている言葉であっても、色褪せてしまう時がくるかもしれないのに、何を信じて待てばいいというのか。



強くなりたかった。
本当は、強くありたかった。
何モノにも負けない、上だけを向いて歩き続けていけるだけの強さが欲しかった。




『あなたへ・・・』

2005年07月17日(日)



 Happy memories

学生と携帯メールをやっていたときの事。

今春入学してきた学生は研修合宿なるものを体験したわけだが、あの時が一番楽しかったねぇ〜という話題になった。
あの時が一番と言うくらいだから、今はまり楽しくないということになる。苦笑
確かに、今は夏休みだしこれと言って何もやることもないわけだから、つまらない毎日なのかもしれない。もしくはバイトに明け暮れる毎日なのだろう。
研修合宿の夜は、何も考えずただワイワイと会話を楽しむ時間だった。
笑いすぎて逆に疲れるほどだった。

もともと私はおしゃべりが大好きなので、楽しい話題や好きな内容の話題であればドンドン突っ込みも入れるし、ボケもする。
(どうやらその辺は関西人の血が騒ぐらしい)
あの時は本当に楽しくて眠るのが惜しいほどだった。
今にして思えば、あれほど盛り上がれたこと自体が不思議だったと思う。
入学してきて数週間、まだあまり打ち解けていない時期での合宿だったのだから、よっぽど馬が合ったとしか言いようがない。

そして今。
楽しいことなど一つもない。
夏休みに入ったとたん、学生がいないことに対する寂しさがこみ上げてきている。
いたらいたで問題も多いのでそれなりに疲れも溜まるのだが、いないならいないで物足りなさを感じてしまう。
これって・・・ちょっと悪循環??
結局、居た方がいいのだろうと思った。

後一ヶ月半。
早く夏休みが開けないかなぁ。



『楽しかった思い出』

2005年07月14日(木)



 Memories put away , Day of a certain summer.

毎年この日になると決まって思い出す人がいる。
“元気でいるだろうか”と毎年忘れることなく思い出すのだから不思議と言えば不思議だ。
そして思い出す度に(タイトルは忘れてしまったが)歌いたくなる歌がある。


私は、本当は数学の教員になりたかった。
初めて自分の夢を語ったのがこの人だ。
結局数学の教員にはならなかったが、教員職には就いたので半分だけ夢は叶ったことになる。
私が医療の道を目指したのもこの人の影響が少なからずあったのかもしれない。
いつかどこかで・・・と心の中で思っていたのだろうか。
今お互い同じ医療の道を歩んでいるが、この先、再び出会うことはないだろう。多分すれ違うことも。
この声が届くことはないだろうが「誕生日おめでとう」とこれからも静かに祈りを捧げ続けようと思う。


何故か忘れられない人。
二度と会えないであろう人。
だからこそ思い出してしまう人。

ただ・・・元気でさえいてくれればそれでいい。



『しまい込んだ思い出と、ある夏の日』

2005年07月10日(日)



 やっと、少し。

やっと電話した。
と言うか、『電話出来た』と言った方が正しい。

ずっと溜め込んでいたモノが今日なくなったように思う。
気のせいかもしれないが、多分なくなったと思う。
妙な開放感にとらわれているが、これが本物かどうかはまだわからない。
諦めにも似たような、そんな感じだ。


さて、話は変わって。
このところ聴きつけないアーティストのCDをレンタルしてきて聴いていた。
歌詞がイイものや、音楽が好みに合ったものなどを聴きふけっていた。

今回の件で広い視野を持つことの大切さを知ったように思う。
もともと私は視野が狭い。
血液型のせいだけではないと思うが、元来、好きなものだけに没頭する癖がある。
凝り性と言えば聞こえはいいが、ただの変人と言われればそれまでだ。爆
割と飽きっぽいくせに、変なところでハマってしまう。
夜通し本を読みふけることもあれば、ビデオを見まくるということも度々ある。
元々『好きなものを好きなときに好きなだけ』というのが私の考え方なので、睡眠時間が少なくなろうが仕事に影響が出ようがおかまいなしだ。笑
かといって、今の生活習慣を変えようとは思っていないから、ある意味始末が悪い。w

・・・話を戻して。
この視野の狭さ。
いつからだったのだろうか。
気がついたときには既に狭かったように思う。
視野が狭いということは、要するに考え方が凝り固まっているということだ。
だから、なるだけ多方面からモノを見るよう常に心がけているつもりなのだが、なかなか上手くいっていない気もする。
冷静になればありえないとわかっているような事でも、一度思い込んでしまうともうダメだ。きっと、思い込みが激しいのだろう。苦笑
これが結構裏目に出たりするから困る。はぁ・・・。
エッセイにも書いたが、なるだけ多方面から見るよう心がけてはいる。
が、何分(なにぶん)思い込みが激しい性格でもあるので、固執してしまうこともある。

・・・何を書きたいのか忘れた。爆
要するに、視野は広くしておかないといけないということだ。
好きなものだけではなく、たまには嫌いなものにも手を出してみることも必要だということ。
嫌いなものを知っているから、好きなものをより好きになる事もあるだろうし、嫌いだったものがもしかしたら好きになる事だってあるかもしれない。
自分で自分の枠を決めてしまう必要はないし、きっと枠なんてない方がいいのだろう。

自分の可能性を潰してしまうようなことだけはするまいと思った。


支離滅裂になりそうなので、もう寝ます。
オヤスミ。

2005年07月09日(土)



 Don't you say, "I love you"

もう随分と連絡を取っていない。
それが何を意味するのかさえ自分でもよくわからなくなってきている。
たまに届くメールで「覚えている?」と聞かれたときには驚いた。
忘れてなどいない。
ただ、今は考えられないだけ。
一人の時間がどうしても必要なのだと思った。
もしも、これが逆の立場だったらどうだろう。
私はきっと我慢できない。
ただ待つだけなど。
それでも、あの人は待つという。
・・・頭が下がる。

このところ頭の中から消えないものがある。
それは仕事のことだけど、なぜか一日中そのことばかりを考えている。
寝ても覚めてもそのことだけ。
いつになったらこの感覚から開放されるのだろうか。

もう少し手を抜けと人は言う。
今のままでは壊れてしまうし、壊れてからでは遅いからと。
手を抜けない性格と、人に相談ができない性格なのを知った上でそう言う。
何も考えずにただ好きな事だけできればどんなに楽だろうと思う。
性別など関係なく、皆が仲間としてやっていけるならさぞ楽しいことだろう。
だが、それを許さない人たちがいることに対して少しばかりの怒りを感じる。
「仲間」で何が悪いと言うのだろうか。

最近は、詩も書いていない。
日記さえも書いていなかった。
本を読もうと買ってはみたものの、未だ手を付けていない。
そんなこんなの近況でした。



『愛している』と言わないで

2005年07月05日(火)
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