2002年10月31日(木) |
第64回全国都市問題会議 参加 |
佐世保での第64回都市問題会議出席のため、今日は6時6分発の「しおかぜ」に乗車します。帰宅は11月1日の夜11時頃の予定です。 研修内容は帰宅してから記入します。 トラクタを買わなければならないので、持ち運び用ノートPCの購入は当分お預けとなりました。
JRを乗り継いで6時間で長崎県佐世保市に到着。目的の会場は、駅から直ぐの所にあって迷うことなく到着。会議は丁度お昼の休憩中だった。 第64回全国都市問題会議。会議のテーマは「子どもの健やかな成長と都市」 食事を済ませて、昼1時10分から、3人の講師の報告を聞く。 ・お茶の水女子大学教授 藤原正彦 ・愛知県春日井市市長 鵜飼一郎 ・フェリス女学院院長 小塩 節 の各氏。 会議には日本全国から2000名あまりの参加。参加者名簿には各市の市長の名もある。 会議場は、「アルカス佐世保」 メインホールは2000名収容。中ホールはシューボックス型の音楽ホール。それに小ホールや各種会議室・研修室などが付いている。施設の隅々を歩いてみて、愛媛県県民文化会館よりも使い勝手は良さそうだと感じる。 さて、講演を聴いての感想。 2000名もの聴衆を前に話をするのだから、講師の皆さん、それぞれに示唆に富んだ内容の報告だった。 自然出生率が年々低下している現状の元、行政組織における子育て支援のあり方を、講師それぞれの立場からの考えを述べていく。 現在3人の子育て真っ最中の私が、これからの子育てに参考となる最大のものは、悩みながらも子供と共に自分も成長して行く事だということに尽きるようだ。 5時までみっちりの報告は、眠気を誘うこともなく終了。 外は大粒の雨。佐世保の夜を満喫することもなく、明日の会議に備えて早く眠る。
2002年10月30日(水) |
路上喫煙その後のケア 講演会の準備作業 |
23日に路上喫煙の注意の依頼を受けて直ぐに、対象事業所へ文章で要請してから1週間が過ぎた。 朝、依頼者へ事業所への要請文章を渡すべく、当事業所前に行ってみた。 私に路上喫煙を注意してくれるように依頼された、妙齢のご婦人は、1週間前と同じ時間に出勤されていた。文章を渡せて良かった。 ところで、問題は解決したかどうか。
答えはまだ帰ってこない。
11月21日の「市町村合併についての講演会」の準備作業。 ワープロで案内チラシと入場整理券の原稿を作成。コピーをして準備完了。早速に会長宅や同僚議員へ届ける。講師の西条での宿泊の手配を済ませる。 HP掲示板記入での反応が、早速返ってきて嬉しかった。
私のHPのリニューアルの方は、娘が大奮闘してくれて、設計図に合わせて窓が6つ追加になった。5つの窓にはリンクを貼っただけなのだが、一人でも多くの方が内容を見てくれて、 一色達夫の考えている事を理解してくれたらありがたい。
明日は研修のため佐世保泊まり。 昨日考えていた通り、今日の内に講演会の準備と、太鼓台「花の御礼」葉書が投函出来て良かった。(もっともこれは家内の働きなのだが)
夜。農機具屋さんとトラクタの件を話。あまりの高額に「ああ、もう農業止めようか。お米を買った方が安い」と思ってしまう。 てきぱきと仕事を片づけていた昼間の達夫は何処にいったやら。 今の私はブルー。
2002年10月29日(火) |
市町村合併についての講演会 開催決定 |
自治体合併についての市民意識の啓発活動について、住民投票の実施要望の署名活動に続く活動として、講演会の開催を計画していたが、ようやく講師・日時・場所が決定した。 11月21日木曜日夜6時半からの開始。講師は加茂利男大阪市立大学教授。 開催を計画しだしてから途中、祭りに集中していたので、こちらの方の準備が後回しになっていた感は否めないが、10月中に決定して良かった。11月は何かと催し物が多いが、何とか成功させたいものだ。 この講演会のセッテイングのため、今日は朝から、会場の申し込みや一緒にやってくれる議員への連絡などに費やす。 夜は、HP掲示板への案内記入や、資料整理。 早速に案内チラシや整理券の作成に掛からないといけない。 31日と1日は、佐世保での研修参加のため準備作業は出来ないから、明日一日で仕上げればいいが。
市民の皆さんにとっては、関心の高いテーマではあるけれど、さて、折角の機会に果たしてどれだけの方々が聞いてくれるか。不安が募る。 11月4日に伊予市で開催される、総務省などの合併推進団体が主催するシンポジュームの参加証が今日郵送されてきた。 新聞には定員400名と案内があって、期日をすぎてからのFAXでの申し込みだったので、参加出来るか不安だった。しかし、郵送されてきた通しナンバーには307とある。 つまり、当初予定の定員に達していないということか。 合併推進団体が、資金力にものを言わせ、マスコミ総動員で参加を呼びかけても、実際の関心の程度はこんなものかと思ってしまう。 そのような現実を直視するから、西条市での講演会への参加者について不安が募るのです。 講師は全国各地で開催されている自治体合併に関する講演会やシンポジウムで活躍されている政治学の専門家。会派の研修で参加した、4月20日和歌山県田辺市で開催された合併シンポのときのコーディネーターを務められていた方である。また、NHKテレビ四国羅針盤での合併特集の番組にも解説者として出演されていた。 ソフトな語り口で、合併問題を分かりやすく講演してくれるものと期待している。
トラクタは、調べてみると1989年に購入していた。つまり今年で14年目ということだ。この年数をみて、そろそろ引退の時期である事を納得した。 思えば私が36才の時に使い始めたということだ。これまで酷使に耐えて良く働いてくれたものだと思う。耕耘機からトラクタに代えて3台目のものだが、上の子が出来て間もない頃からの付き合いだ。その付き合いに、突然に終止符を打つこととなるとは思てもいなかった事だ。 新しいトラクタを迎える事になるけれど、そのトラクタが使えなくなる頃には、私はどんな人生をおくっているか。そんな未来の事に早くも思いめぐらすのは、30から40にかけての人生があっという間の出来事だったと、トラクタの使用年数から思い返してしまったからだろう。 もう冬の季節に入ってしまったような気候の昨日と今日。忙しく立ち働きながらも、トラクタの突然の引退から ふ と人生というものの郷愁を感じていまう今日という日だった。
2002年10月28日(月) |
木枯らしのような風の吹いた一日でした |
昨日まで寒暖計の朝の目盛りが15度くらいの所を指していたのに、今日の朝は8度を記している。木枯らしのような風もあって、寒い一日だった。 そろそろ11月。月曜日はいろいろな仕事の取っかかりが多くなる。 まず11月21日に開催を計画している「市町村合併についての講演会」について、開催場所を当たってみる。 お目当ての会場は、幸いなことに空いていた。「合併を考える西条市民の会」の方々に講演会の開催内容を打診してみる。あらましOKがいただけそう。 叩き台 を作って提示すれば10月中には参加者募集に掛かれそうだ。 講師は、大学の教授が来ていただける事になった。あとは如何に大勢の方に参加して話を聞いてもらえるかだ。
10年あまり使っているトラクタがスクラップになった。農機具屋さんからその話を聞いた時には、ショックで言葉がでない。 今時の百姓から農機具を取ったら、PCを取られたITマニアと同じだよ。(たとえが悪かったらゴメンナサイ) エンジンが掛からなくなって修理を依頼していたのだが、重症で、エンジンオーバーホールをするには50万からの費用を覚悟しとかないといけないんだって。 実際、農機具屋にあるエンジンのシリンダーを見て、段差が付いているのを確認して納得した。 修理すれば、あと5年ぐらいは大丈夫と思っていたのに・・・・。 我が家の運営資金計画に大幅修正を迫られることになる。 今日の、木枯らしのような風が、我が家の財布の中まで吹き抜けるようで、どんよりと曇った今日の空と同じ様な心模様なのです。
議会事務局に顔出し。10月31〜11月1日の佐世保での研修の資料を受け取る。研修の内容は「第64回全国都市問題会議」への参加。研修会のテーマは「子どもの健やかな成長と都市」。会派の2名の議員での参加となる。
この5月に私のHPを立ち上げて以来、方々の議員さんのHPを検索させていただいて、参考になった点を取り入れるため、私のHPをリニューアルに掛かっています。 とはいっても、私は設計図を書くだけで、修正は上の娘の手を借りています。今日はトップページの修正をやってくれて、窓が9つから12に増えました。 内容は順次貼り付けて行くつもりですが・・・。
11月も間近に迫った月曜日。様々なものが動き始めました。
2002年10月27日(日) |
山の祭 豊かな老後座談会 太鼓台運営委員会 |
冠が沢山付く秋となった。 西条市では、祭りの前は運動会ぐらいしか盛り上がらないが、祭りが終わった途端に秋の行事が目白押しだ。 朝寝坊をしてしまい、チャレンジ・ザ・スポーツの様子を覗きに行くことはできなかった。そこで少し遅れて西条市主催事業である「第2回山のまつり」の方に出かける。 家族それぞれに用があるようで、私一人の寂しい行動となる。 「山のまつり」第1回は、昨年、西条市の大保木地区「石鎚ふれあいの里」を会場として開催され、第2回の今年は加茂地区の「加茂公民館」を会場として開催された。 前回は、「山のまつり」として単独での開催だったが、今回は、地元加茂地区の住民運動会を兼ねての開催としている。 地区住民と話し合い、地区のイベントと提携した形での開催となったという。 地域住民にとては、西条市の肩入れがあって地域のイベントが盛り上がる効果はあったと感じるだろう。しかし、「山のまつり」の開催目的のひとつである、「山と里を結びつけ、山の恵みに感謝し、山の保全についての意識を啓発する」との考え方したら、私は少々疑問に感じた。 秋の行楽行事として、不特定多数の方々を対象とするのもひとつの方法とは思うが、あえて行事を特化することも面白いのではと考える。 単なる地元物産の安売りならば、11月に開催する「産業祭」を小さくしただけとなって、人出は望めない。よっぽどでないと里の人の足は向かない。 少し目を上に向ければ、素晴らしい文化遺産である「千町の棚田」がある。これを大々的にアピールすればいいのにと思う。 昨年の「第1回山のまつり」では会場で棚田オーナー制度についてのアンケートを取っていたのに今回は見かけない。政策が後退したことを残念に思う。 加茂川トリム公園からのシャトルバスの運行は良いアイデアだった。
里に下りて、産業支援センターでの個人が主催する「座談会・豊かな老後を過ごしたい」という催しに出席。 グループホームを開設準備している方が、その内容を知ってもらうために開催したもの。出席40名。 「共生型住まい」「ふれあいグループホーム」と総称されるホームの設立についての考えを、財団法人「さわやか福祉財団」から講師が来て話されていた。 高齢者のライフスタイルとして、こういう過ごし方もひとつの方法だと感じる。 だが、赤の他人が一つ屋根の下で生活する事の弊害の部分を上手くクリアするのは、よっぽどの自覚がないと出来ないのではと思う。 当事者の健闘を期待する。
4時過ぎ帰宅。コンバインの掃除を済ませる。
7時半から部落の集会所で開催の太鼓台運営委員会に出席。 今年の祭礼行事の反省と来年に向けての取り組みの提案。 大谷太鼓台運営の第3世代を意図して育てていくよう提案。他に、子供への対処方法の変更・飲食物のカット・自治会保険加入者について重複加入のカット・バスの低料金会社の選択によって運営経費を節約する事を提案。また、神社祭礼運営委員会への提案 などを提示してみる。 少々の軋轢はでるだろうが、マンネリとなった運営よりは、後々のためになると考えている。運営委員も青年部の連中もその方向で行動してくれそうだ。 なにより。 応援担き夫への対応・太鼓台運行中の人員確保は永遠の課題だね。
2002年10月26日(土) |
西条葵コーラス30周年記念演奏会 |
西条市でのコーラスグループの草分け的存在であり、地域文化の大きな柱とでも言う存在である、女性コーラスグループ「西条葵コーラス」の30周年記念演奏会を聞きに行った。 たんぷり2時間の演奏会を眠気を誘う事無く、適度の緊張感をもって聞かせてもらった。 さすが30年とうい伝統に裏打ちされた実力は素晴らしい。と、いつもは辛口の批判ばかりの一色達夫もシャッポを脱いだという感想だ。 ソピラノ・メゾソプラノ・アルトの三つのパートの実力のバランスが良く、女性コーラスとしての基礎が確実に出来上がっているということ。 さらに、団員の一人一人が歌うことに人生の喜びを感じているということ。 その上に立って、今日準備された歌の全てを自分のものとし、さらに観衆に何を伝いたいかが明確であること。 肩に力が入らず、さらりと流す事が出来るのも、30年という歳月の積み重ねがあったなればこその、己を知ったうえでのゆとりといえるだろう。 用意されたプログラムに難曲といったものは見あたらない。しかし、小品といったって、コーラスの実力が備わっていないと歌いこなせない作品であることは見て取れる。 特に「地上の星」は絶品だった。この曲はNHKのプロジェクトXのテーマ曲で有名だ。私は聞き慣れた曲だから、さらりと歌えるだろうとカラオケでリクエストしたことがある。けれどとんでもない。途中で転調する難曲だった。 それを各パートはハーモニーもバランス良く歌いこなしている。
後ろに座っている方々は遠来のお客さんだったようで、こんな良いホールがあって、実力を遺憾なく発揮出来て、西条の人は幸せね。そうアンケートに書こうと思うけれど、そう書いたら今治だと分かるからやめとこうか。などと口々に感想を言っている。
このホールの建設に少なからず関わった人間として、何だか面はゆい感じだが悪い気はしない。 市議会議員などは、報われることの少ない因果な仕事だけれど、今日ばかりはいい気持ちでいさせてくれる演奏会となった。
だが、外の世界では、今日も不信と諍いの多い日常が繰り返されている。 特に心を暗くする出来事は、 ロシアの劇場占拠事件。最悪の結果となる。 横田めぐみさんの娘さんに関する一部報道機関の報道姿勢。いかに商売だとはいえ、北朝鮮の誘いにまんまとのって、いたいけない少女の心をもてあそぶ。そんな無節操ぶりが情けない。
11月10日に兵庫県神戸市である「市民参画条例シンポジューム」に参加できる事となった。講師は冨野揮一郎元逗子市長・逢坂誠二北海道ニセコ町長・森貞述愛知県高浜市長という、市民参画条例制定の先駆的取り組みをしている蒼々たるメンバー。このメンバーで参加費が1000円だから ウソみたい。 11月は研修・研修で明け暮れそうな様相になるかな。 ただひたすら、自分の感性を磨くための勉強あるのみ。
2002年10月25日(金) |
ロシアと日本 二つのテロに思うこと |
季節の花を愛で心穏やかに過ごせた昨日とうって変わって、心に鉛を詰め込んだような一日だった。 ロシアの劇場を占拠して700人もの一般市民を人質に立て籠もったテロ。 方や日本では、民主党の衆議院議員が命を落としたテロ。 有史以来繰り返されてきた、人間の醜い部分からくる悲劇を思い、心が沈んでいく。 悲劇は、劇場の舞台の出し物なら人々の拍手を受けようが、それが現実の出来事だったら言葉もない。 語弊があることを承知で言えば、日本における劇場は、有閑人の享楽を提供する場所のような位置づけしか得られていないように思う。 しかし、諸外国のそれは違う。町のシアターでの前日の出し物の感想が、日常会話となるのが当たり前である。 そのような国での劇場の位置づけからして、劇場を占拠するという事は、その国の文化とは異質の文化を受け継ぐ者の、精神的な部分への挑戦という意味も秘めているのではないだろうか。 そんな考えから、今回のロシアでのテロを、私は そこまで来たか という意識で見た。 文化と文化の対立から来る諍いや、国と国との経済的な覇権というような大きな対立と比べ、日本のテロは何だか みみっちい。 同じ民族の間でどんな恨みによって凶行に及ぶのだろうか。 ああ嫌だ。もうこの件は止めよう。
・11月21日に実現しそうな講演会のセッティングに、会場の空き状況を調べて廻ったり、連絡FAXを発信したり。 ・太鼓台への「花の御礼」はがきの制作。 ・11月4日に伊予市である「合併フォーラム」への参加申し込みFAX発信。 ・11月10日に兵庫県である講演会の問い合わせメールを発信。 ・トラクタの修理依頼。エンジンが動かない。これは重傷。 ・資料整理。 秋晴れの一日。部落内の「松山三井」の収穫も今日で終わったようだ。 昨日は生き生きとして見えた花々も、今日はご主人の心を見透かすように何だかしおれているように見える。 考え過ぎか。
しゅうめい菊が咲いている。 移植して2年目での開花だ。白い花が5つ6つ。 稟と咲き誇るというよりも、秋風に可憐に揺れる乙女心といった風情だ。 ピンクの種類もあるようだ。何処のお宅の庭に咲いていたのか忘れたが、花のあるうちに場所を見つけたら、覚えておいて株を分けてもらおう。
白鳥木の根本に隠れていた石蕗が黄色の花を付けている。 猛暑の夏には、大きな葉をしゅんとたらして今にも枯れそうだったのに、秋には「我が世の春」といった感じでここにいたよと自己主張している。
ランタナは去年植えた。 槇の木の間から道路の方に顔を出し、行き交う人に挨拶をしているよう。 夏の間から咲き続ける花だが、この子は少々遅れて顔を出した。
百日草は何だかでしゃばりっ子。 イタズラが過ぎて間引きされた。 けれどへこたれないよ。と言いたげに裏の田圃の畦まで陣地を広げた。
サルビアはとうとう小さいままにステージを下りそうだ。 夏の暑さでばてばて模様。
ピラカンサスは真っ赤な実で満艦飾。 そろそろヒヨドリのご来駕かな。
待ち遠しいのはネリネの花。 雑草の間で生き残り、そろそろ出番ですね。
山茶花の花芽はまだ米粒大。 庭は秋色。 今日は何だか心が穏やかだった。こんな日もたまには良いかな。 仕事の事は止しにしよう。
「事業所正門交差点付近での従業員への禁煙励行についての依頼」
貴社 ますますご清栄のことをお喜び申し上げます。 さて、本日貴社正門前交差点で信号待ちしている貴社従業員の方々の喫煙が、付近通行者にとっては大変迷惑であるとの通報がありました。 歩道付近での信号待ちをしている従業員が多数になった場合、喫煙者も多数みられ、必然的に付近の環境が著しく阻害される状況のようです。 調査してみますと、歩道部分に煙草の吸い殻が散乱し、向かい側フェンスに設置された吸い殻入れからは、煙が漂う状況でした。 東京の千代田区では 歩き煙草 が禁止となるような社会情勢です。 そのようなところからも、たとえ事業所外の場所での喫煙といえども自由でない社会情勢であることをご理解いただき、事業所周辺での喫煙についての配慮をご検討いただきますようご依頼申し上げます。
今日 朝礼をしていたら、面識のない妙齢のご婦人から声を掛けられ、「あそこの歩道での煙草の煙が耐えられないのよ、何とかするように言って下さい。」と依頼された。 この場所で朝礼をするようになってからもう8年目だから、私が何者であるかを知った上での依頼だろう。聞けば、付近の事業所に勤めておられるそうだが、毎日あそこを歩いて職場に向かうのに、煙草の匂いが耐えられないのだということだった。 分かりました、善処するように依頼してみます。と、この案件を引き受けた。 ご自分の口から当事者に止めるように言う事にためらいがあったのか、現場から30mも歩いて、私の後ろから声を掛けたところからして、よっぽど思い余っての依頼であったことと推察した。 市民の方からの、私の身分を知ったうえでの依頼ならば、見過ごすわけにはいかない。そこで早速 上記の文章を作って該当事業所に郵送した。
平成12年12月議会での一般質問で私は「公共施設での分煙・禁煙施策について」を取り上げた。 その時の市長の最終の言葉は 「市税のうちで 煙草税 が毎年4億ほど入ってきています」といった。要するに率先して分煙・禁煙施策に取り組むつもりは無いということだった。 以来私は、地域のリーダーとして如何なものかと思っている。
その他 昼1時半からJAの支所で麦作の講習会に出席。 11月に開催を予定している講演会の段取り。 HP掲示板記入。等
朝から、昨日のスクラップ処分場についての報告文書の作成にかかる。 対応した方々との話はメモッているので、口頭で電話したらそれで済むのだけれど、それでは次の人に正確には伝わらない。それを思っての文章作成です。 だが、文章は後に残る証拠品だから、その分表現を注意しないといけない。 今回の文章は余計に気を使った。何故なら自分が分かればいいだけの文章ではなく、依頼を受けての仕事の報告書だから。 今回は、できる限り客観的な表現としたけれど、FAXで報告した同僚議員には、「よく解りました。助かりました」と言ってくれた。 やれやれ、仕事がひとつ出来た。その文章を部落の自治会長にも提示しておく。
太鼓台の預り金の精算報告書作成。会計に提示。 第5回太鼓台運営委員会開催の文章作成。運営委員に配布。
帰省中の姉を駅まで見送り。 無花果の苗を2本買った。880円×2。裏の畑に植える。 50才にもなって、まだ苗を植える自分がなんだか愛おしい。根っからが農民なんだなとの想いにかられる。 今から何年果実を食べられるか ではなく、1年1年の成長を見るのが楽しみなのだろう。
夜、HP検索で、掲示板への書き込み2件。メール1通発信。 私のHPを充実させるのに、おもしろいアイデアをもらえた。 主にデスクワークの1日となった。
2002年10月21日(月) |
スクラップ処分場について |
祭礼の打ち上げ会でしこたま飲んで、ぐっすりと寝込んでいるところを同僚議員の電話で起こされる。時計は12時を回っている。 世間では、皆さんが仕事に精出している時間なのに、何たる不謹慎。反省。 議員からの電話の要件は、私の住む近くの団地の住人から、最近住居の近くに出来たスクラップ処分場から、鋼材のガンガンという音が出だしたので何とかして欲しいというもの。近くだから事情が分かるか との問い合わせ。 つい半年前位から、工場の機械類のスラップを置きだしたので気になっていた場所であり、それが最近になって大きな機械を据え付ける工事をし出したものだ。 近くの事であり、私も知っておきたいから調べて見ますと言って電話を切る。 朝昼兼用の食事を済ませ、昨日書けなかった日記を記入。
早速電話の現場に行ってみたが無人だった。 市役所に出向き、生活環境課の係長に事情を聞く。 既に周辺住民から3件ほどの電話があるとのこと。住民は警察にも通報しているらしいとの事。 県の担当にも連絡し内容を聞いたが、産業廃棄物処分場の規制対象外の施設であり、規制は出来ない施設である。との事。 市としてのできる事は、騒音についての苦情がある事を踏まえて、操業者と周辺住民が話し合う機会を作る事によって、解決を図る事 とのこと。
再び現場に帰ってみると、ユニックが動いて機械を使っている。 ユニックの運転者に事情を聞いてみる。名刺交換したら、相手の肩書きは社長とあった。 鋼材を切断する作業をするため機械を据え付けて間がない事。操業は毎日ではなく1日の内でも時間が限られている事。出来るだけ音が出ないよう気を付けてはいるとのこと。 「周辺住民から、騒音についての苦情がきているのでお伝えしておきます」とだけ行って失礼する。 近くの住宅から、作業場を覗く姿が見えたので話を聞きに行く。5人ほどが迷惑顔で話している。手にはこれまでに撮った現場の写真を持っている。 周辺の皆さんは、現場に廃棄機械類が運び込まれるようになってから、内容を十分に把握して事に当たっている様子だった。 続いて、団地自治会長宅を訪れて話を聞いてみる。既に内容を把握しているとの事。切断機の操業内容を十分に把握して相手と話し合いたいとの事。 これが私の取った行動です。議員の手を借りるまでもなく、既に住民としての対処はしている様子。 問題は、スクラップ処分業者が如何に規制の対象外とはいえども、周辺住民への配慮の無いままに騒音のでる作業を始めた事にある。 周辺住民が結束して業者と話し合えば、問題解決は出来そうだ。
その他、今日の行動。 議会事務局へ出向き、議会スケジュールの確認。 合併対策室へ行き、小委員会の開催予定を聞く。予定は、新市建設計画策定小委員会のみとのこと。こんなん悠長な事で話になるの とうい感覚を持った。 部落内の防犯灯の修理2箇所を業者に依頼。 太鼓台の会計についての処理作業1件。集会所のゴミ処分。 JAで麦作の肥料の引き取り。
隣部落で昼火事がある。知人の家だった。家の前で呆然としている知人を車窓から確認したが声を掛けられなかった。 遠方より友が帰って来た。元気そうで良かった。一時西条の変化について話をする。 都会に住んでいる3番目の姉が父母の顔を見に返って来た。久しく見ない間に髪が真っ白だ。ヘアダイにまけて皮膚がただれてから染めていないんだって。 お互い年を取ったと笑う。 それぞれの時間が過ぎていく。
2002年10月20日(日) |
太鼓台解体 片づけ 打ち上げ会 |
朝9時より、太鼓台の解体作業。青年部の連中が段取り良く作業を進めてくれるので、昼過ぎには粗方のものが片づいてしまった。 昨年は、祭礼が雨にたたられたので、片づけ時点までが段取り悪くなってしまったが、今年のように良い祭礼が出来ると、最後の時点までもが シャキ としている。 人々のやる気が、精神的な充足感から左右されることを、若者のてきぱきとした動きの中から感じる自分です。
午後7時より 打ち上げ会。 このところ数年の傾向で、参加者数の減少が見られるのだが、その原因は、世代交代が進みつつある太鼓台運営への参加意識の変化だろう。 全てを次の世代に任せるために、年寄りは いらぬ事を言わない との意思表示だと思う。 自分の息子達のする事を、一担き夫として見ている。そんな親御さんが多くいることを見て、太鼓台を維持していることの効用が、部落内に満ちている事を想う。 そんな良好な部分を継続・発展させていく 次なる手 を若者達に提示してみる。 酔ってうつろな目が、一瞬 真剣な光を帯びる。 来年実効に移して、その効果が現れる事は少ないかもしれないけれど、やってみる価値はある。 合理的な理論と実践内容を提示すれば、彼等は分かってくれる。 良い時間を過ごせた。 集会所から帰って バタッキュー で寝てしまう。 この日記の記入は21日の昼過ぎ。
身体の方々が痛む。どう表現したらいいのだろう。バリンバリンに痛むと表現すればいいだろうか 昨日は気が張っていたのでさほど感じなかった疲れが、身体全体を包んでいる。 朝の目覚めも悪かった。見た夢も 悪夢 とでもいうような内容で、その内容を覚えているのだから始末が悪い。 外は久しぶりの雨。だが、霧雨のようで、こちらもシャキットしない雨模様だ。 祭礼あけで予定も入っていないので、晴耕雨読を決め込む。 PCに向かい、方々のHPを訪れて情報収集をしたり、掲示板に感想を記入したり。 議員の方々のHPには、ある傾向が見受けられる事を感じた。 ようするに、政党政治家と市民派政治家との違いなのだが、政党政治家の方々のHPは杓子定規な内容で、月に一度くらいのチェックで事足りると感じる。 その点で、地域のリーダーとしての確固たる信念でもって行動していると思われる方々のHPは、文章を1ページ読んだだけで分かってくる。 1日に50も60ものHPを検索した効能だね。 さて、そういう 偉そうな 評価を下している一色達夫本人のHPはどうだろうかと自己評価すれば、今の5倍位のページ数がないと自己満足は出来ない。 そうは感じているのだが、それを実効に移せないのがツライところだ。 夕方、太鼓台関係の事務処理2件済ませる。 マンガを買いたいという子供をフジの書籍コーナーに連れていった。そのついでに、「速攻HPビルダー図解」という本を購入。950円という値段と、分かりやすそうだった内容につられての購入。さて、ツンドクにならないようにね。
家内の買ってきた エンゼルトランペット という花を植える。 先端がピンク色の大きな花を付けている。もう盛りを過ぎたからだろうか、1350円の値札の上に680円の値札を貼り付けている。 わざわざ破がして元の値段を確認する自分。探求心が強いのか、それとも細かいのか。そんな自分を観察している自分。なんだか一人で笑ってしまう。
そんな時間を過ごしていると、あっとゆう間に過ぎてしまった祭礼3日間で忘れていた事を思い出す。 「祭りに参加させないで」のとFAXの件。当人は祭礼には出てこられなかった。自宅の前を太鼓台が通り過ぎるとき、カーテンの隙間からこちらを覗いている姿がシルエットになっている。 祭礼の華やぎの中で、人生のはかなさを感じた。
2002年10月18日(金) |
お祭りの後かたづけに一日費やす |
9時に目覚ましを掛けていたのに、一度止めて又寝入ってしまった。 家内が、もう10時が近いよ。片づけがあるのでしょ と起こしてくれる。 牛乳を一杯飲んで、集会所での 祭礼の後かたづけに行く。 青年部の連中5人ほどが既に出てきて、片づけをしている。流石若い連中は回復が早いようだね。 食事準備当番だった婦人会の方達も出て来てくれている。 入れてくれたコーヒーを飲みながら、婦人会からのお小言を頂戴する。 例年通りの 段取り をしていたつもりでも、其処ここで人が動いてくれないと、不満も出てきます。 祭礼が終わってからのお礼と話は、不満を来年まで持ち越さないための必須要件でしょうか。 地域の祭礼行事を研究している地元部落出身の早稲田大学大学院生が、興味を持って聞いていたかな。 こんな場面を彼がどう表現するのか楽しみだ。 彼が8月に実施した、祭りに関するアンケート集計とコメントをざっと読ませてもらった限りでは、まだまだ 通り一遍 だった。それが、3日間の祭礼行事に全て参加し、深く関わってからの文章がどう変化するのか期待したいものだ。
ビールやお酒の空き瓶整理。道具類の保存品と廃棄品の仕分け。ご祝儀の品の整理。空き瓶の返却。写真のDPE出し。運営委員の法被などのクリーニング出し。使わなかった雨合羽の返却。神社の安全祈願お札の返却(返却という表現で良いのかな)。お花御礼に使用するハガキの購入。 ついでに集会所の蛍光灯ギレのライト入れ替え作業。プラス倉庫の整理。救急箱の中身の整理。
その間にも、青年部の連中と祭礼運行の反省点・改善点の話。 彼等は本当に成長した。私の言うことを良く理解しており、別の見方も提示してくる。若いと言ったって彼等は捨てたもんじゃない。彼等は幼稚園の頃から太鼓の音を聞いて成長しているんだから。 祭りが好きな連中で、しかも自分の祭りに誇りを持っているのだから。 以前のように頭ごなしに叱り飛ばさなくても、チャンと現状を理解している。 こちらがヒントを出せば、素直に反応が返ってくる。
今日で大方の片づけはOK。大物は日曜日の太鼓台の解体作業。 何だか天気が悪そうだ。 だが、今度の雨で松山の水不足は解消されそうな気がする。 祭りモードから政治家モードへの切り替えもOKかな。 これも素直な若者と3日間、ひとつの目標に向かって同じ時間を共に過ごした効能かな。 精神のリフレッシュもOK。 会話 ・達夫さん、伊予三島から祭りを見に来てた人紹介したけど、中に一人年寄りがいたの覚えてる。あの人ね、大谷で言ったら達夫さんみたいな存在の人なんですって。三島でも凄くめんどい人で有名なんですって。 ・おいおい。僕はこの頃 やおい もんよ。みんながよくやってくれてるんだから。
2002年10月17日(木) |
飯積神社祭礼 大谷太鼓台奉納運行 |
地元の氏神様の祭礼日。良い祭りとなった。 何故良いといえるのか。
・一人のけが人も出ず太鼓台祭礼運行が終えられたこと。 ・参加したみんなが満足してかえられたこと。 ・中2の長男が太鼓台担き夫としてデビューしたこと。 ・小5の次女が各地でのお神楽の巫女を無事務めおえたこと。 ・雨にたたられた昨年と違って、3日間の太鼓台運行が晴天のもとおえられたこと。 ・青年部の者に成長の跡が見られたこと。 ・太鼓台10台と御輿の 横一列一斉差し上げ が見事に披露できたこと。 ・祭礼運行の内で、今年初めての試みの幾つかが来年につながる見込みだこと。
さて、これだけ良いことがあったら言うこと無し。となる処だが、私の性格が心配症なのだろうか、心に引っかかる事象が見受けられて、手放しでは喜べない心境で日記を付けている。 この日記を付ける前2時間ほど、家内に私の太鼓台運行についての考えを聞いてもらい、感想を聞いていた。 今深夜の1時52分。ああ、疲れで目がしょぼしょぼする。この続きは長くなりそうなので、今日は寝ます。
今日は「18日」。日記の追加記入をする。 大谷太鼓台の課題。 と言うよりも、地域の課題と言った方が良いのかも。 なぜなら、飯積神社祭礼は イベント ではなく あくまでも 五穀豊穣を祝う祭礼行事なのだから。 イベントならばわいわいと騒いでいれば良いが、祭礼は、地域の隆盛なくして継続と発展は望めない。 今年の祭礼を運行してみて、社会変化の現状をまざまざと思い知った。 私の祭礼は、平成6年から今年までの全て、太鼓台の後ろから伴走する軽トラの運転席から見える風景が主なものだ。 その年々の部落や地域の変化を、太鼓台について歩く人々の後ろ姿からかいま見る事が出来る。 それが今年は変なんだ。何が変か。 祭礼だというのに地域から沸き立つような 喜び が感じられない。 そこそこに何時もと変わらぬ祭礼風景。だが、何だか変なんだ。 ・太鼓台へのご祝儀が例年よりも減っている。 ・祭礼だと言うことでは仕事が休めない人が多い。 ・子供達の変化。危ない事を平気でする子供が目に付く。感情のままに行動する子が多くなっている。 ・大人がずるくなっている。良いトコ取りが目立つ。 ・10台の太鼓台を運行する方々の中でも、祭礼に対する考え方の違いが如実に現れだした。御輿の宮入を待たずにさっさと引き上げようとする太鼓台がある。以前はこんな事は無かった。 ざっと上げればこんな事項なのだが、数字の上でも人々の行動の面からも、昨年との違いがある。私には、その対処療法を考えないと、早晩、祭礼行事が維持できなくとの確証みたいなものがある。 その最大の原因は、日本全体を覆いつくした経済不況の影響からくる自信喪失だろうことは誰の目にも明らかだ。 いくら社会が悪い状況だっても、「お祭りぐらいは盛り上がろうよ」が通用しない社会になっていると断言できる。 祭りの運営についての課題は、部落内でのやり方を改善して行けば、そこそこ効果は見えていた。いままでは。だが、今回の課題はものが大きすぎる。 つくづくと心配性の性格は損だな と思いつつも、性格だからそれを良い方に使いこなして行くより仕方がない と考えるのだが・・・・・
一色達夫がどんな手を打ったかは来年までのお楽しみ。 政治家一色達夫が取るような奇策を用いるわけではない。 部落行事の基本は、みんなと話し合うこと。
2002年10月16日(水) |
太鼓台 他部落 運行 |
伊曽乃神社祭礼日。晴天。
大谷太鼓台 朝8時半より運行。 一人のけが人も無く本日の太鼓台運行は終了。 現在夜10時。明日は2時起床なので日記は後日記入で、今日は寝ます。
2002年10月15日(火) |
太鼓台 自部落 運行 |
西条市の西の方角に位置する氷見地区の「石岡神社」祭礼日。 途中 にわか雨が来たみたいだったが、何とか良い祭りになっただろう。
私の部落では夕方より太鼓台の自部落運行実施。 夕方 にわか雨が降り出し、予定より1時間遅れの18時過ぎに出発。 東西に2kmと細長い部落をくまなく回り、加えて隣接する2部落も挨拶回りを実施する予定となっている。4時間の行程。 出発の最初は人が少なく、2tからある太鼓台を余し気味だった。途中、予定のコースを省略したけれど、結局遅れは取り返せないままの運行となった。 遅くなってしまったけれど、隣部落との境にある橋の上で 一練り したら、それまでだらだら気味だった雰囲気が一変し、さあヤルゾーとの気合いが漲りだした。 指揮者が位置に着き、早太鼓になって房が割れだしたら、やっぱり 血 がたぎり出す。 22時過ぎ集会所帰着。 明日・の他部落運行 明後日の例大祭当日は 天気が良さそうだ。
2002年10月14日(月) |
「祭りに参加させないで」 とのFAX |
「祭りに参加させないで」とのFAXが入る。 午前中に電話をかけていただいたようだが、こちらが出られなかったのでFAXでの連絡としたようだ。 文面は、「○○は80才にもなりこの頃足下もおぼつかないから今年の祭りには参加させないでほしい」というもの。 ご当人は、ここ数年、私が運転する太鼓台伴走用の軽トラの助手席に分乗し、何くれとなくお世話事を手伝ってくれていた方だ。 何時も、私の車に分乗して祭りに参加している処から、今回のFAX連絡になったようだ。 FAXには通信者の記入が無かったが、家族が当人の身体を心配しての行為だろうと想像している。 こちらから電話して、事情を聞いてみようかとも思ったが、止めた。 80になっても好きで祭りに参加したいと思い、太鼓台に付いて方々を回りたいと思っている当人の気持ちが良く分かるからだ。 家族としたら太鼓台運行の責任ある者が、何で足下の悪くなった者の参加を止めないんだ。無責任な と思う事だろう。 しかし、私は、何が起ころうとも当人が祭りに参加したいと思うのであれば、たとえ80才になっていても、止めることはできないと思った。 この方は、若い時からお世話好きで、私なども子供会の時分から色々とお世話になった思い出がある。また自治会のお世話も長く務め、最近でも部落の集会などにも欠かさず顔を見せてくれている。 そのような、人の中での行動が好きな方を、もう年をとったから、危ないからと言って、行動を制限する事を電話口で家族に約束する事が出来なかったのだ。
人は必ず老いる。老いればどうなるか、それを若者は分からない。 私にも今年95才になる父と80才になる母が健在でいるが、父母の老いを受け入れる事が出来るようになるには時間がかかった。 私にとっての絶対権力者であった父母が、何時のまにか小さくなり、全ての行動が子供に帰っていく。 それが解からず、声を荒らげて向かっていく事も度々あった。 そんな時、あるお寺の門前にある掲示板の文章に頭を打たれた。
僕のおむつ代える顔笑っている。僕ひとつ。 僕のおむつ代える顔怒っている。僕80。 同じ人間なのに。
その父も介護度4と認定され、介護保険のお世話になりながらも、このところは安定した状態で暮らし、母も家族だけでは消費しきれない野菜類をせっせと世話している毎日だ。 私の経験からすれば、老人の行動を制限すれば、それは決して良い方には行かない。むしろ好きなことを自由にやらせる事が、当人の健康を保つことになると思う。 だが、その家族にすれば、世間に迷惑を掛けると心配なのだろう。 高齢化社会の現状のなか、社会福祉の充実が求められるが、個々人一人一人についての幸せを追求する場合、家族のその時の要求が全てではないように思えてならない。
一日。農業機械の整備や納屋の片づけに費やす。 世間はお祭りモード。 そんな中、一枚のFAXから、明日からのあの方への対応を どうしたものか と思い悩む。
2002年10月13日(日) |
カウント2000UP |
HPのカウントが今日2000を越えた。 5月にHPを立ち上げたとき、最初の2カ月ほどは全然カウントが上がらず、苦労して立ち上げた甲斐が無いと落ち込んでいた時期があった。 それでも、既に立ち上げている議員の皆さんのHPを参考にさせていただき、内容のリニューアル。思いつくままの日記を記入しながら、方々のHPをせっせと訪問しているうちに、カウントが上がり出し、その数が増える事が何だか励みになっている今日この頃だ。 数字だけが全てではないにしても、やはり2000とうい区切りの数字は嬉しい。 HP立ち上げに協力してくれた娘に、今日2000を越えたよ と報告すると、そう良かったわね とつれない返事。 だけど、報告せずにはいられない心境なのです。
今日は早起きで、一日色々な用事が片づく。 ・籾すり後の片づけ。 ・太鼓台御花の御礼の返礼に使うポストカードが出来上がったとの電話がある。受け取りに行き、帰宅途中にこの前の文章作成のおり、缶ビールをくれたお宅を訪問しカードを届ける。 ・庭の草引き。雑草だらけの庭を、お祭りまでには綺麗にする事。 空いた庭に、家内が買ってきた赤と黄色の2種類の千両を植える。万両は植えているけれど千両が無いので、前々から欲しかったもの。家内と気分が一致して、何だか嬉しい気分。大きくなるのを二人の老後の楽しみとするかな。一株280円。 ・夜は集会所に出かけて、青年部の連中と祭礼準備。 酒盛りになり、輪にはいる。10人ほどの若い衆だが、一人一人違う個性を感じる。この違う個性が何万人も集まって一点に集中する祭礼というイベントの摩訶不思議さ。 何年やっても 年々新に との思いをもつ。
2002年10月12日(土) |
公営ギャンブルについて |
川内町議会が「高知競馬場外馬券売場設置反対」の請願を採択したという。 まともな了見を持っていれば当然の結果だと思う。 だが、新聞報道によると、地域のリーダーとして疑問符の付く行為があったという。 人から選ばれる人間 イコール 公明正大清廉潔白純粋無垢 な人間とはいかないのが人の世の常のようだ。 川内町に限らず、公営ギャンブルの場外投票場の設置が問題となったのは、私たちの身近な所でもある。 それは小松町だ。 小松町の場合は、松山競輪の場外車券売場で、その売場は既に工事に掛かり、この12月には早々にオープンする事となっている。 何故、県内あちこちに公営ギャンブル施設ができるのかと考えると、この不況時、企業が金儲け口をめざとく見つけて動いているという事と同時に、行政側にも財政の落ち込みをギャンブルの 寺銭 稼ぎでしのごうとの魂胆が見える。 つまり、企業活動と行政事情が上手くかみ合って利害が一致したからだろう。
川内町のギャンブル施設が問題となって、何故小松町がすんなりと建設が進んだかについては、地元住民の無関心によるところが多いと思う。 小松町のギャンブル施設は、小松町側から見て中山川の向こう岸の飛び地地帯の様な土地で、東予市側に くさび のように突き出ている。 いわば、小松町側からしたら自分達の住居地帯からかけ離れたところだから、そこに不特定多数の人が集まって来ても何の影響も無いように見受けられる。 一方東予市側から見たら、自分の市の領域に踏み込んだような所への いわゆる迷惑施設 の建設だから気分がいいわけがない。 そこで東予市議会でも反対意見書を全会一致で採択し、東予市長も設置許可の不許可申請を行った。 しかし、いかんせん自治権の領域外の事。小松町は東予市議会からの反対意見書を「権限外だ」と返送した。
その騒動当時、西条市議会は何をしていたのか。 小松の場外車券売場建設が公となった本年6月当時、私は、新聞報道によって事実関係は知っていたが、まさかこんなに早く建設に掛かろうとは想っていなかった事と同時に、中山川を越えた領域の処への関心が薄かったのは事実だ。 反省している。 革新系の方達も多忙だったのか、動きが無いままの建設となってしまったようだ。 西条市民の方々からの設置反対アクションが無かった事は残念だが、それは議員としての言い訳になるから強くは言えない。 2市2町で合併した場合、自分の市の真ん中地点に 公営ギャンブル施設 を抱え込む事となるなどは、市民の大部分は知らない事だろう。 小松町という地域からは何の反応も無かったようだ。さすが藩政時代から小藩の伝統なのだろうか、時代を生き抜く術には長けているとみた。 10月7日の法定合併協議会発足の時、青野東予市長は 合併に向かって自分の身を綺麗に整理しておきたい と発言した。その時塩出小松町長は、知らん顔だった。波乱含みの発言だとおもしろいが、如何に。
数年前、私の住む小学校区内に公営ギャンブル施設設置の噂が立った事がある。 そこで、そのような施設はどの様な内容なのかと思い、県内のA町に設置されている施設に行ってみた。 平日だというのに施設内は大勢の人。その誰の目も、普段あまり見かけない 色 をしている。長居をする場所ではないと感じ早々に引き上げた。 私は 公営ギャンブル は廃止するべきだと思う。 額に汗して働く事が、社会の全てを上手く回して行く術だと思う。
今日の私の行動は、籾すり作業。子供達が手伝ってくれる。高校生の娘はもう母親の代わりが務まるようになった。 我が家の財務大臣との労使交渉の結果、アルバイト料は、お祭りのお小遣いとともの金額で妥結にいたったようだ。 お祭りには新米が食べられる。
2002年10月11日(金) |
第1回 新市建設計画策定小委員会開催 |
朝は、昨日取り入れた籾の調整などの農作業。 13時から議会全員協議会に出席。東ひうちの住友化学の所有地の内の「小規模企業分譲用地」への企業立地の報告。 「ワタキューセレモア」という寝具の製造販売洗濯を手がける企業で、2000坪の分譲。工場建設などの投資は20億円を予定、従業員は120名を予定とのこと。工業用水は日糧最大で1000トン使用。 今日のような経済活動が低迷している時代に、まずは明るいニュースです。 もう一つの議題は、伊予製紙跡地のPCB汚染対策について。 環境保全対策専門委員会の意見にしたがい、土壌の撤去と周辺地域での地下水の継続分析についての対策を全員協議会に報告。 撤去の予算は、先決処置した3000万円の内で処理するとのこと。 このことについて一議員より、事前の指摘に従い処置しておれば必要なかった予算ではないかとの質問。その通りです。 14時終了。 会派の議員2名で議会事務局員より、11月の視察研修の説明を受ける。あらましの日程が決定。良かった。 議員3名で「合併についての市民啓発活動について」話し合い。近い内に次の行動が具体化できそうだ。 少し送れて14時開会の、合併新市建設計画策定小委員会の第1回会議を傍聴。 小委員会委員12名中11名の出席。合併対策室8名、担当事務職員6名、報道3名。傍聴者は私一人。 まず委員長と副委員長を選出。14年度事業計画について。住民意向調査の実施について。コンサルタントの選定について。次回日程について が事務局案の通り決まる。 住民意向調査の質問項目は、宇摩と同じ5問とあと属性と自由記入欄。 分かりやすくて結構。
会議開催している会場には、ドヨーンと沈んだ空気が漂っている。とてもじゃないけれど地域の明るい未来と歴史を作るんだという精気などは感じられない。 私は、委員の面々や事務局職員に、「あなた方は地域の未来に責任をもてるのですか」と聞いてみたい衝動にかられた。
西条はそんなことには関係なく、日一日と祭りモードになっていく。 合併というお祭りで騒いでいるのは誰かと周囲を見渡せば、おお儲けをするコンサルタント会社のみというところかな。
夜、集会に出席。私の話でも真剣に聞いてくれる人がいる。 地域はまだまだ捨てたもんでもない。 帰宅の車中。昼間のもやもやを秋風が吹き飛ばしてくれる。
昨日の夜、籾の乾燥機を仕掛けたままで寝ていたので、今日は朝6時に起床して、乾燥具合を調べる。 最新式の籾乾燥機ならば、乾燥目標数値をインプットしておけば自動で停止してくれるのだけれど、もう20年も使っている私の家の機械は、そうは行きません。 長年の感で、大体の乾燥具合を調整するのです。 以前は乾燥温度を50度ぐらいに設定して、機械に満杯でも7時間くらいで仕上げていたのだけれど、仕上げの段階で頻繁に乾燥数値を計らないと上手く乾燥できなかった。 このところは、40度くらいで夜のあいだずっと乾燥し、朝起きてから乾燥数値を計って、後は微調整するのです。この方法を採りだしてからは夜中に起きることもなく、乾燥の失敗も無くていってます。 もっとも、新しい機械を買えばスイッチポンで はいOK なのだけど、1年で2日しか使わない機械をそうそうは買えません。今の機械を精一杯長く使う事に専念しています。 そんな事で早起きしたので、今日は農作業もはかどりました。 残っていた餅米を刈り取り、天日乾燥。乾燥機の中の籾を出して、籾すりの準備。納屋の片づけなど。 今日でお米は全て取り込んだので、一段落。お祭りまでには新米が食べられそうです。
夕方から祭礼準備で方々を走る。 担き夫保健の加入手続き。簡易雨カッパの受け取り。モスノー(飾り幕の防虫用)購入。会計さんから保健加入金の受け取り。 日用品売場にも、祭礼用品が目に付く。例えばコハゼの沢山付いた地下足袋・警護用の赤色灯・ローソク・神棚飾り・巾着など。 ネットに公開された祭り関係のHPも、方々を開く度にカウンターの数値が鰻登り。掲示板の書き込みも期待を高めるものばかり。
部落の青年部が担き夫の番号札と計画表を配って来る。今年は言われもしないのに運営委員の法被も持って来てくれた。 彼等も年々成長して行っているという事かな。 祭礼マニュアルを全部作り上げて、細々とした事務処理や買い出しなど全部を任せないといけない時期に来ているね。
夜、事務所で月に一度の絵手紙教室に参加。秋の野菜や草花をモチーフにしての制作。なかなか上手く行かない。 稲穂を書いてみたが、何とも似つかないものになってしまった。 栗のいがは、何とか上手く行く。HPカウント2000をゲットした方に贈ろうと、文を添える。文面は手紙をもらった人のみぞ知る。
台風22号の動きが気になる。
明日は昼から議会の全員協議会がある。議題は、東ひうち干拓地の用地売却問題と伊予製紙跡地の環境対策についての2点。 内容は分かっているから早く終わるだろう。 もう一件予定のある会議が波乱含み。
地元新聞に北東北3県による連携の話題を捉え、道州制についての記事が掲載されている。 先日の「平成市議の会」での研修テーマであったが、この研修会に参加した市議の中でも、道州制についての具体的な考え方は殆ど聞かれなかった。 それだけ道州制についての基礎的な知識が、まだ広まってはいないという事の現れだろうと私は思った。 国全体を運営する行政機構の全容を理解していないと、「道州制」への見解は述べられないということだろう。 今回の新聞記事の中で面白いと感じたのは、この北東北3県では市町村合併の話はほとんど進んでいないという事実だ。 道州制を視野に連携を図る動きが盛んな地域が合併に消極的で、道州制についての議論が殆ど理解されていない愛媛で合併の動きが盛んであるという「ねじれ」現象。 合併を推進する根拠として、「将来の道州制を見越して」との話を持ち出す方々が多いが、目指すべき道州制の なんたるか が見えていないままの口実でしかない事だということだろう。 県境を越えた広域連携において、行政の効率化を図ることは、今後どしどし進めて行くべき事だと思う。もっと言うならば、そこから得られる成果のほうが、市町村合併においやって得られる成果よりも、格段に大きなものがあるし、また効率化スピードも早い。 地元新聞もその事に気づいて、世論を道州制の方に誘導するような記事をどんどん掲載すれば、市民の方々も市町村合併議論を通り越して、行政機構そのものへの理解のもと、国全体の体制についての話が出きるようになると思う。 先日、HNKテレビ「四国スペシュル・どうする市町村合併」との番組が放送されたが、この番組を評して伊予市議の玉井さんは、HNKも市町村合併の弊害が理解できてきたのではないかと言っている。 日本国内での新たな活力を生み出して行くため、また、中央集権国家の弊害を是正するための手段として、権限と税源の再配置を進める道州制の検討は、市町村合併よりも先にあるべき事柄だ。 その事が多くの方々に理解されるのが先か、くだらない合併騒動に流されて地域ががたがたになるのが先か、今が勝負の分かれ目だね。
合併が必要な理由として、道州制の必要性を言うお方にお目に掛かったら、「あなたの目指す道州制の姿を教えてほしい」と聞いてみると良い。 大抵のお方は、ただの言葉の持つイメージだけで「道州制」と言っているからね。 その全容を浪々と語る事ができる者が本物で、話をはぐらかす者が偽物だから。
稲刈り8a終了。残りは餅米の3aだけになった。
2002年10月08日(火) |
松山水不足のとばっちりがなんで西条に |
今年は愛媛に台風が来なかったので、松山が水不足になっているらしい。 新聞やテレビなどの報道でも、石手川ダムの貯水率が話題として取り上げられ、必然的に、この事態への対応が行政と政治に問われる事となってきているようだ。 今日の地元紙にも、この松山の水不足問題を解決するための方策を協議するための会議が開かれたことを掲載している。 その表題には西条市にある「黒瀬ダムの水転用も」とでかでかと掲示され、西条の水を桜三里を越え、松山まで引いていく算段をしだした事を読者に印象付けている。 西条の人間としたら「松山の水不足で、何で西条がとばっちりを受けなきゃあならないんだ。話題に上げる事すらが迷惑だ。」との思いを抱く。 それ以上に、何だかきな臭い匂いすら感じてしまう。 私は疑問に思うのは、松山は本当に水不足なのかということだ。 石手川ダムの水が無いから水不足だろうと思いがちだが、はたしてそうだろうか。 先だっても松山のホテルに泊まったが、水は使い放題だったし、節水を呼びかける空気もそれほど感じなかった。もっとも松山は温泉観光都市だから、水不足を大声で叫べばそれだけ観光客の足が遠のく。だから声高には叫べない事情もあるのだろうかとお察し申しあげます。 膨大な土木工事費用を掛けて、西条の水を松山まで引いていく算段をする前に、松山周辺の水事情を根本的に洗い出す事が先決と思うが如何だろうか。 新聞に掲載された中村松山市長のコメントを読んで、さすがは48万都市の市長を勤めるだけのことはあると私は感じた。中村松山市長は、会議の開催には敬意を表しつつ、まずは松山市の自助努力の徹底が先決と言っている。 私は西条の水を守るとの基本姿勢のもと、松山の水不足 即 黒瀬ダムの水転用との動きに 嫌悪感を覚える 所以を説明するのには、別の情報も提示しなければならない。 数年前に「愛媛平成市議の会」の研修会が大洲市で開催された時、現地視察という事で山鳥坂ダムの建設予定地を見せてもらい、工事事務所で説明も聞かせてもらった。 ダムの建設費用1000億円。それから中予分水の送水管敷設に別に1000億円。 ダムは国が作っても、中予分水の費用は受益する市町が負担する事となる。 ダムを作る理由に中予分水の必要性をあげ、工業用水や上水を引いてきますと言ったって、中予の各市町の中では水不足は松山の一部だけ。後の市町はお付き合いでいりもしない水のために負担金を出す事となる。 誰かに遠慮してか、けっしてそんな情報は流れていなかったが、各市町ともに財政が逼迫して来だしたら本音が出てくる。 山鳥坂ダムの現場を見学し、また、各市の裏話を耳にして、中予分水は無いなと思っていたら、案の定そうなった。 松山がそんなに水で困っているのなら、山鳥坂ダムから水を引けばいいんだ。 そのための計画に、既にかなりな費用を使っているのだから。 それを中止しておいて、今度は黒瀬ダムから水を引きますなどと、どうして言えるのだろうかと疑問がわき起こる。 中村松山市長は、松山周辺の水受給バランスと中予分水負担金を計算した上で、中予分水中止と周辺部での水源確保施策を選んでいるはずだ。
水の事を日記に書くのに、私が農業で体験した水問題から、人間と水との関わりを書こうと思っていたのに、筆が政治の方に向いてしまった。 まあ水問題 水に流してもらい、見ずに済ませて 自らを笑う と 落ちを付けておこう。
稲刈りは、途中で雨になり8a刈ったところで中止。 祭礼太鼓台運行のための備品購入に走る。 夜、集会所で青年部の連中と一緒に、各戸配布用資料の作成。 明日は晴れますように。
2002年10月07日(月) |
第1回法定協議会 視察先は取り込み中かな |
西条市役所5回会議室で13時30分から2市2町の法定合併協議会の第1回会議が開催された。 任意協議会に引き続いての協議会委員29名の出席。事務局職員15名。報道機関10名。傍聴者7名。内議員私1名のみ。西条市議会議員のいつもの傍聴者は山陰地方へ視察研修に出かけていて不参加。 協議会も5回目ともなると、傍聴者も知り合いばかりとなった。その大半は合併に批判的な人物と見た。 会議は任意協議会での確認事項の確認と、改めて法定協議会で話し合われる議事の確認。それが事務局の読み上げに別段の質問もなく、進んでいく。 平成14年度中の協議会予算2400万円の内、「調査研究費」という一見聞こえの良い項目で1189万円がコンサルタントへの委託料で占められている事にも、コンサルは地元のものを使えとの意見のみで、あとは何の反応もない。 これだけの予算を使って、全国一律の表紙だけが違う新市建設計画を買う事に何の疑問も感じないのだろうか。 笑ってしまったのは、この法定協議会委員の面々が10月28日に予定している視察先の事。今日の愛媛新聞に視察先である山口県徳山市周辺2市2町合併協議会の内の、熊毛町議会が住民投票で解散したとの報道がある。 西条市合併協議会の面々は、この様な視察先のごたごたが西条市では起きないように、半面教師として、この視察先を選んだようだ。 そうだとしたら、何という先見の明。 このような先見の明があるのなら、新市建設計画も自分達で一から十まで作ればいいのにね。そしたら私も拍手の一つもしてあげるのに。 16時終了。
16時に人と待ち合わせ。一時間遅れを詫びる。12月4日に西条市文化会館で公演予定の演劇についての支援要請。うーん。動員は難しいだろうね。 水上勉原作の本なので、人間の精神を鋭くえぐり出す良い作品ではあるけれどねえ。 教育委員会へ出向き玉津公民館の増改築工事についての問い合わせ。先週の金曜日に工事業者が決まって、そろそろ工事に掛かるとの事、来年3月には竣工予定。一安心。やはり私も人の子。地元の公共事業の事が気に掛かります。 帰宅。一つ用を済ませて、華道の稽古に出かける。 今日の花材は、雲竜柳・ガーベラ・ミニ薔薇・小菊・檜葉。 無念無想。パチパチと花を切る鋏の音しかしない稽古場での一時が、私の精神のバランスをどうにか保ってくれている。
遅い夕食を済ませてから集会所へ出向き、青年部の連中がしている祭礼準備を手伝う。二十歳そこそこの連中の純真な他愛のない話を聞いているのも、私の精神安定剤だね。 深夜、太鼓台祭礼関係の書類作成2種類。私が手助けできなくなる前に、祭礼マニュアルを作成するつもり。 乳幼児医療助成制度について要望の請願者に、議会での審議経過を報告する手紙を作成。折角落ち着いていた私の精神が、この事を思いだして残念さがこみ上げてくる。
朝8時から部落内の一斉清掃。大谷部落は東西に2kmと細長く続く集落なので、必然的に掃除をする距離も長くなる。とりわけ私の自宅がある東の方は、道路沿いに生えた草刈りが、掃除の時の大きな仕事になっている。 男の人は手に手に草刈り機を持って出てきて、一斉に草刈り作業です。 ここで毎回目に付くのは、道路沿いにポイ捨てされた、空き缶やゴミの類。 拾っても拾っても毎回新しく捨てられている。このところは捨てられている数がとみに増えているように感じる。 このようなポイ捨ては、日本中どこでもある事だろうが、これを無くす方法は、ポイ捨て罰則を設けて監視する方法と、デポジット法の制定が有効なのだろうが、国はまだまだ腰が重い。 「ポイ捨て禁止条例」ならば市独自でも制定できるのに、これも西条市行政はやる気が無い。平成11年3月議会での一般質問で取り上げたが、西条市行政のその後の対応は、いわゆる「なしのつぶて」。 空き缶にあらかじめ処理費用を上乗せして販売するデポジット法は、国全体でやらなければ効果が無いから、これの制定が当分望めない状況のもとでは、掃除する人は当分拾い続けるしか無いということです。 11時終了。 太鼓台の組立の手伝い。 昼食は部落の婦人会で準備してくれる。 青年部の連中と自治会役員で一緒に昼食。 稲刈りがあるからと帰って、コンバインを動かし始めた途端に雨。恨めしや、天気予報通り。 仕方がないから、続けて太鼓台の組立手伝い。夕方まで。 太鼓台の組立の方は、段取り良くできたのだけれど、太鼓台収納小屋の部品が壊れていたり、高張り提灯の支柱の部品が行方不明になっていたりで、時間をロス。 いつもながら大勢での作業はそうそう上手くは行きませんね。 祭礼準備。例年通り進行中。
稲刈りで忙しく、金魚の世話を抜かっていた。 3年前に丹原のショーエ祭りですくってきて大きくなった最後の1匹と、この大きな金魚に尻尾を食べられた障害魚の二匹が死んだ。 水槽の中は4匹の金魚になってしまった。残った金魚を見るたびに不注意を思い出すだろうな。
稲刈りも4日連続となると、疲れが身体全体に溜まってくる。 JAのカントリーエレベーターへの籾の搬入は、西条市を東西に分けて、偶数日が東の搬入割り当てになっている。これは、今頃の時期の刈り取り品種が「ヒノヒカリ」という品種なのだが、西条での作付け面積が多すぎてカントリーエレベーターでの処理が間に合わないため、刈り取り時期を分散させるための手段で、このような割り当てとなっている。 なので今日は自家消費用の刈り取り予定で、14a終了。今、乾燥機が動いています。 明日の朝まで動かして、水分調整。 収量は、昨年よりも少し落ちるようです。 今年は、天気も良くて、台風にも合わなかったのに、病気が付いたのが原因か、豊作とは言えない。 稲作りも、普段がほったらかしなのだから、そう上手くは行かないみたいです。 来年1年間のお米を収穫しているのだから、この米を食べながら過ごす月日はどんなだろうなどと想像する。だが、そんな余計なことを考えていると、コンバインは稲の列を外れて刈り残しができる。 ただひたすら無念無想でハンドルレバーを握っているのみ。
直樹のコンサートの打ち上げと、友人の快気祝いやその他もろもろを兼ねた「いもだき会」が事務所である。 稲刈りの後始末で出席が遅くなる。 昼間の疲れからか、「いもだき」をお腹いっぱい食べてビールを口にしても、何だか気分は盛り上がって来ない。 稲刈りの疲れ。ぎっくり腰。合併問題の憂鬱。3点セットでの気分の滅入り込みだと原因は分かっているのだけれど、ここしばらくは、この状態だろうと想像できる。 祭りがリフレッシュの機会になればいいのだが。
明日は、部落内の一斉清掃と太鼓台の組立予定。 昼からは稲刈りをしたいのだが天気が悪そう。
2002年10月04日(金) |
NHKTV 聞くに耐えない西条市長の話。 |
NHKTVで、夜7時半から8時45分まで 四国スペシャル「どうする市町村合併」という放送があった。 この番組に西条市長がゲスト4名の内の一人として出演している。 見ていて可笑しくなって、やがては、こんな見識しか持っていないお方が西条市長なのかと情けなくなった。 議場の中での質問への答弁ならば、あらかじめ質問内容は分かっているから、答弁はどうにでもなる。しかし、TV番組では、そうは問屋が卸さなかったようだ。 一緒に見ていた高校生の娘が、何この人 何を話しているの全然わからん。大丈夫なんこんな市長で西条は とあきれている。 可笑しかったのは、ゲスト4名の内の一人が内子町の河内町長。つい先だっての9月議会で私は、この内子町での「自治会制度の見直し」についての見解を西条市長に聞いたが、市長の答は「あれは行政主導だ」といい放った。 その取り組みについて内子町長自らが説明している。 少子・高齢化対応のため、2年も前から行政と住民の合意のもとに、様々な地域課題解決のために取り組んでいる。お隣の五十崎町もこれから見習って取り組みますと言っているほどの、注目される試みであることは明白。 それは、合併があろうと無かろうと内子町が、国の財政破綻を見越し交付税の減額を前提として、長い時間を掛けて練り上げてきた地域戦略だ。 西条市のように、時流に乗り遅れるなとバタバタと、バスに飛び乗ったのとは全然違うと言うことだ。 そんな事前準備の仕方の違いが、ゲスト4人の話から透けて見えてくる。 アナウンサーをはさんで右にゲスト二人。左にゲスト二人。 NHKさんは、」行き当たりばったり首長二人と、明解な地域戦略を立てる首長二人を招聘しただろうか。 そこまで考えたのならば上手い演出である。 ・特例債を使って産業政策をやります。(西条市長) アナウンサーはそんな話を聞いていない。 ・水道料金のすり合わせなどは、これから協議会の中で話し合ってもらいます。(西条市長) あなたの意見を聞いているんだ。他人に責任を押しつけるなよ。 ・11万の市での町づくりを進めます。(西条市長) 3市2町で30万人の特例市となり、第二の県都を目指したいと言ったのは誰なん。記録にちゃんと残っている。
これで納得するのか西条市民。 立て西条市民。
秋晴れの一日。稲刈り26a。昨日痛めたぎっくり腰が憂鬱。 それでもコンバインは快調。仕事ははかどった。
松山ホテル泊まり。「愛媛平成市議の会」2日目の研修。朝7時半から朝食を兼ねた意見交換会。 昨日の知事の話を聞いての感想や、各地の現状についての話。 どうしても自治体合併の話が主題になる。 皆さんの話を聞いていて、この様な激動の時代には、個人の持っている背景や信条がモロに出てくると感じた。ひとつのテーマで話し合っても、それぞれの見方や関心事が全然違っている事が伺いしれた。 同じ愛媛県でも、東予・中予・南予とそれぞれに産業や文化形体が違うから、それぞれの市議の話の内容も違う。 今日の会議への参加は20名ほどだったが、その中でも千差万別という状況だった。 そんな話の数々。第14回の研修会を重ねてきた会だが、良い情報交換の場となっている。 参加して良かった。話は尽きなくて9時半までみっちり話し合う。
11時帰宅。 議会事務局へ出向き。会派の研修の手続きを頼む。10月31日と11月1日での1泊の研修会参加となる予定。
明日稲刈りをするために田の周囲の稲を刈る作業。 ホテルのベッドでの睡眠が腰に来ていたのか「ぎっくり腰」。痛い。久ぶりに痛めた。 祭りまでには良くなるだろうか。でないと太鼓台が担けない。
2002年10月02日(水) |
平成市議の会第14回研修会参加 |
朝から稲刈り。11a終了。 今15時。今から松山へ出発。目的は「愛媛平成市議の会」研修会への参加。 今日は松山泊まり。研修内容は明日記入予定。
今、3日の深夜。2日の研修結果記入。
「愛媛平成市議の会」第14回研修会。開催場所 松山全日空ホテル4階。参加40名。 夕方5時より開会。事前の打ち合わせと参加各地の現状報告。 6時より 加戸守行愛媛県知事の「道州制について」の講演を聴講。質疑応答も含めて7時10分まで。 愛媛県の政治のトップの話を聞くというので、会員の皆さんも少し緊張気味。それを知事はソフトムードで和らげながら、聞いてるこちらがドキリとするような重要事項を次々と話していく。 出身が文部官僚であるという経歴からか、現状を分析し、次なる方策はこうですと明解に述べられる。 全国47人の一人であるという立場と責任において、信念を持って県政を運営しているという、何だかオーラが出ているように感じた。 だが、話される内容について、全てをそのまま受け入れられるかというと、疑義を持つ部分も見受けられる。 聞いている一市議としては、自分の地域のありようを第1に考える事は当然である。それをもって地域エゴと言われたら立つ瀬が無くなる。 私の基本的な政治信条として、住民にとっての一番身近な自治体である市町村を、合併によってリストラするよりも先に、国と県のシステムの見直しの方が急務であると思っている。 だが、知事の道州制について話のニュアンスは、私の信条とは少し違っていた。 さて、この違いを如何に理解して、愛媛の一自治体としての西条市政運営に対しての意見を言って行けばいいのか、悩みはつきなくなる。 知事への質問として、私は、きめ細かな行政推進の為の方策についての考えを伺った。 答は、財政が逼迫している現状においては、これまでと同じ行政サービスは出来ない。それをカバーする方策として、地域の事を地域で処理する、いわば行政と住民の仕事の振り分けは明確にして行く必要がある。県ではすでに「河川の里親制度」なども実施している。地域をささえるシステムとして、郵便局や公民館・小学校の活動などは重要なる。との事だった。
愛媛のトップの人の考えを直接聞けた今回の研修。会員の皆さんの意見として、他の県の知事の話も聞きたいという声があった。 複数の情報によって進めべき方向を見定める。皆さんは、冷静な見方をしていると関心した。政治とはそれだけ様々な意見の集大成で決まって行くとの証拠といえようか。 多いに刺激を受けた。 7時半からの懇親会。知事はご夫婦で出席してくれる。
各地の市議と情報交換。9時終了。
西条市議会内部での会派「市政清流クラブ」での視察研修内容を決めるため、朝から資料を引っぱり出したり。HP検索したり。 私の所属する会派は2名しかいなから、話はまとまりやすい。そのかわり自分で動かないと、物事は動かないのだから気は抜けない。 昨年、宮崎市であった、別の会派の方々が参加したという、参加人数2000人規模の研修会議の案内が来るのを待っていたのだけれど、一向に来ないので調べてみる。 昨年の内に平成14年度の開催地は 佐世保 と決まっていたので、HP検索。 佐世保市市政100周年事業として10月31日と11月1日の2日間の日程で開催する事が分かる。 早速 議会事務局に出向き問い合わせてもらう。案内は8月頃には来ているようだが、その案内がどの部署が処理したかが判らない。結局 佐世保市に連絡してもらいFAXで資料入手。参加申し込み期日は9月半ばだったが、まだ申し込み可能とのこと。 このような研修会議は全国各地で多数開催されているようだが、全部の情報を議員に流してくれるとは限らないことがわかった。 教訓。以後自分が気をつけていること。 早速同僚議員に参加日程の都合を問い合わせ。 OKの返事。参加に決定。 「第64回全国都市問題会議」テーマは「子供の健やかな成長と都市」 1日目 5人の講師報告 2日目 5人によるパネルディスカッション
作成を依頼されていた文章を届ける。喜んでもらえた。 帰りぎわに 缶ビース1ケースを出してくれて、これ持って帰ってという。 それは受け取れません。文章を作らせてもらうのも私の仕事の一部ですから。というと、「貰い物なのよ。うちでは飲まないから」とおっしゃる。 それでは、祭りも近いですから太鼓台の花として集会所に持って行っておきます。と いただいて帰る。 気持ちを物で表現する事は、人間関係の潤滑剤として必要不可欠のものだろう。 しかし、私のような社会的な立場にあるものは、その有り様は難しい。 日記には書かない方が良いのかもしれないが、これも現実にあったことだから。
平成13年度決算審査特別委員会を傍聴。今日は教育委員会予算の項目を審議。 他の議員の話を聞くのも勉強にはなる。が、どうでもいいような事を質問しているのを聞いていると、正直な話イライラする。 だが、自分の言っている事を他人が聞いたら、同じように思っているかもしれないのだから「人の振りみて我が身を正せ」だね。
部落内の防犯灯の蛍光灯取り替え1件業者に依頼。議員は何でも屋です。 外が暗くなるまで庭木の剪定作業。 夜7時から農協の支所で「麦作についての話」。8時半終了。 直ぐにサロンの定例会に参加。9時半終了。 明日は稲刈りの予定。夕方の5時から松山での研修会に参加予定だから、あまり沢山の稲刈り作業は出来ないだろう。
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