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華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2007年11月04日(日)

欠けたる月の兎。 〜一万円の大罪〜



暫く経った、ある晩秋の日。
仕事中、携帯にメールが入る。


「今夜7時、自宅前の○○○喫茶店で待ってます」

ウサギからだった。


東海地方一円にチェーン展開する喫茶店にいるという。
ただならぬ気配を感じた俺は、その喫茶店へ向かった。

人影もまばらな店内。
ウサギはぼんやりと遠くを見つめながら、ボックス席にいた。


ウサギは俺を見て、ふと微笑を浮かべた。
俺はその席に座り、ホットのカフェ・オ・レを注文する。

他愛も無い会話で小一時間。
今までで一番平穏な時間を過ごした。


店を出る前、ウサギは俺に懇願した。


 「車に乗せて、出さなくていいから」


俺はウサギを助手席に乗せ、再び色々な話をした。

車内には、満月の月明かり。


 「もう帰らなきゃ…主人が帰ってくる時間だから」
「そうか、こういう時間なら歓迎だよ、俺も楽しかったよ」

 「ねぇ、最後にまたキスして」
「いいのかい?自宅の前で…」

 「いいの、して…」


青白く透き通った月明かりの下、俺はウサギに唇を重ねた。


 「ねぇ、平良さん…」


途端に俯くウサギから、大きな涙が二つ、三つ、次々とこぼれ落ちる。
涙声で俺に語り掛けてきた。

 「どうして、主人はこんな、こんな簡単な事さえもしてくれないのかなぁ…」


ウサギは欝の苦しみに、見捨てられた寂しさに耐えていた。
そして、孤独に耐えていた。


 「そんなの、私って駄目な女なのかなぁ…?
  こんなポンコツ女、死んじゃえば良いんだって…」


人間、本当に死にたい奴など、そういるもんじゃない。

その死にそうなほどの辛さを凌ぐために、ウサギは俺を利用していた。


そんな言い方するなよ、俺はそう口にしようとした。
しかし、その言葉を必死で飲み込んだ。

こんな時の口先だけの言葉。

何の支えにもならない。
何の優しさでもない。



俺は力の限り、ウサギを強く抱きしめた。

ウサギは声を上げて泣いた。
こぼれる涙を拭かず、絞り出すような声を上げて泣いた。



思えば、俺も孤独だった。

親戚付き合いも無い、忙しい夫婦の間に生まれた、一人っ子。
形は違えど、孤独だった。

遊びに来ていた友達が帰った後、部屋に閉じこもって泣いていた。
寂しくて、哀しくて。

そのうち、自分の感情を押し殺す術を身につけた。
寂しくても、哀しくても。

あくまで、誰にも気付かれないように押し殺していただけだ。
寂しくても、哀しくても。

気が付けば、俺もウサギを抱きしめながら泣きそうだった。
寂しさが、哀しさが解るから。



この女を、欲しい。


俺は無性にウサギを欲した。
助手席に身を委ねるウサギの唇を奪う。

右手は自然と彼女の乳房を捕らえ、揉み上げる。
同時にウサギの息が切れ、かすかに甘く呻き出す。


 「やだ、やだ…」


俺は財布から小皺の寄った持ち合わせの一万円札を出し、ウサギに握らせた。

いつもと違う。
俺がウサギを欲している。
俺は無意識に、そんな行動をとってしまった。

ウサギは札に目を落とすと、うっすらと微笑みを浮かべて、
左のポケット辺りに忍ばせた。


俺はとうとう、金で女を買ってしまった。


俺はウサギの胸ボタンを開け、手を差し込む。
直に乳房を揉み、突起を指先で転がす。

ウサギは声を上げてのけぞる。
すぐ右手が俺のズボンの上に伸び、すでに固くなった俺自身を弄る。


運転席を倒し、俺はズボンのジッパーをおろす。
ウサギは俺自身を口に含み、喉の奥まで含む。


いつの間にか狭い車内で下着を降ろしたウサギ。
いつも財布に常備していたスキンを装着した俺。


熱く、甘い吐息が漏れる。
ウサギの腰が、俺の腰に沈み込んできた。

熱く濡れたウサギ自身が、俺自身をしっとりと味わう。

今まで肌を合わせてきたが、今までとは全く違う。
女のいやらしさ、妖艶さを感じる。

俺自身が感じてひくつくと、ウサギもほぼ同時に声を上げる。
嫌いだと言っていた、騎乗位。
嫌いではなく、我を忘れて取り乱すのが恥ずかしかったのだと感じた。



美しい。

計算外の、月明かりの演出。

まもなく、ウサギが声を殺して全身を震わせると、俺に枝垂れかかってきた。


俺たちは、そのまま無言でしばらく繋がっていた。


俺は、自分の意思で女を金で買った罪悪感を感じていた。


一万円の大罪。



 「もう帰るね…」


ウサギは力なく車から出ると、重い足取りで自宅へと戻っていった。

俺はまだぼんやりと運転席に身を委ねていた。

甘い快楽と、苦い余韻と。



帰り道。
東名高速道路、守山パーキングエリア。

トラックで埋まる駐車場で、俺は引っかかる何かを喉の奥へ押し込むように、
缶コーヒーを飲み干す。


その時に見上げた夜空の満月には、兎は見えなかった。
汚れた俺には、やっぱり兎は見えなかった。


出発しようとした時、助手席の座布団を直そうとした時。
脇から一枚の紙が滑り落ちた。

よく見ると、一万円札。
それも小皺の寄った、使い古された札だ。

俺がウサギに渡した、あの札だった。


はっとした。
ウサギは自分のポケットに入れる振りをして、座布団の下に忍ばせたのだ。


彼女は、金で買われる事を望んでいたわけではない。
そういう発言をしたことはあっても、本意ではない。

判っていたくせに、俺は彼女に金を握らせ、買おうとした。
危うくウサギを売女にしようとした。

自分の浅はかさに、落胆した。


ウサギにメールを打った。


『渡したお金をシートの下から発見しました。
 今回は自分が嫌だと言っておきながら、
 お金で君を買おうとした事、本当に謝ります。』


打ち終わろうとした時、メールが割り込んできた。
ウサギからだった。


『わざわざ遠い所から来てくれて、ありがとう。
 お金は座布団の下にお返ししました。
 こんな私を気遣ってくれたことを嬉しく思っています。

 私の心の隙間を埋めてくれて、本当にありがとう。
 時には私を叱り、いつも優しくしてくれた、
 そして私の寂しさをいつも理解してくれようとした、
 あなたが本当に、大好き。

 でもこんな壊れた不倫女に好かれても、きっと嬉しくもないでしょ?
 解ってる。

 <続きを受信する> 』











後で気付いたメールの題名は『さようなら』。

俺は携帯を助手席に投げ出し、シートを倒した。


ウサギとは、終わった。

相手は人妻、どんなに愛していても、淡い関係。
それ以上には、なってはいけない。


いつもの展開に慣れてるとはいえ、強烈な寂しさが募る。

寂しさが辛すぎて、声を上げて泣いていた昔の俺が蘇る。


寂しいじゃん。
捨てられると。

でも、お前も捨てられる辛さを判っているから、
俺を先に捨てたんだな。

壊れそうな自分を守るために。




 「平良さん、どうしたんですか?そんな怖い顔して」

相当気難しい顔をしていたのだろうか。
心配して、職場の若い女性職員が声を掛けてきた。


「いや、何でもないよ」
 「またぁ、変な事考えてたんじゃないですか?」

「…ばれた?」


一笑に付し、その場を逃げるように離れた。



俺には、今でも満月の中に兎の姿が見えない。
ウサギの顔も、もう思い出すことができない。

月明かりに浮かぶ、騎乗位のウサギは記憶に焼きついているのだが。



 ☆久しぶりのエレヂィにお立ち寄り下さり、ありがとうございます。
  最近は年1本ペースでの掲載になっていますが、
  時間の許す限りUPしていきたいと思います。

  今後とも「華のエレヂィ。」を宜しくお願いします。



2007年11月03日(土)

欠けたる月の兎。 〜寂しいと…〜



「簡単さ。俺に対しても気遣って言ってるのが判るからさ」


本当に抱かれたいのは、俺じゃない。
俺であってはいけない。

この女が俺の向こうに見ているのは、旦那だ。


 「平良さん、一体何者なの?」
「俺?しがない営業ですよ」


その日は何事もなく、前回と同じ場所で降ろした。

後日、改めてウサギから今回の非礼を謝りたい、との申し入れがあった。
ウサギを住処近くのスーパーで拾った俺は、彼女のお気に入りの喫茶店に向かった。
 

 「ここの店ね、前から好きなの」


アンティークな小物が小憎い演出をする、自家焙煎の珈琲専門店。

ここで、俺はアメリカンを戴く。
ウサギは柔和な表情でウィンナーコーヒーをすする。


今回は前回までとは一転して、他愛も無い話ばかりだった。


家庭の話、友達の子どもの話、結婚前の武勇伝…


俺も努めて、目元を緩めてゆったりと話を聞く。
ウサギは、朗らかに、穏やかに話を続けた。

この女と過ごす、初めての穏やかな時間だった。


しかし、わざわざこんな時間をすごすために、俺を呼んだのか?

何か企んでいるのか?
今度は何を企てているのか?

ウサギに対する、疑念を払拭できないでいる。


長針が2回転を超える間、話続けたウサギ。聞き続けた俺。

喫茶店を出て、車に乗り込んだ時。
ウサギが切り出した。


 「この前は、気分を悪くさせてごめんね」
「いや、別にいいよ」

 「でもね、嘘じゃないの…平良さんが忘れられない」
「俺の、何が?」

 「…身体」


俯き、搾り出すようにそう答えた。


 「…抱いてほしいの」
「約束は覚えてるよね?」

 「援助、交際はしない」
「それで良いよね?」


ウサギは静かにうなづいた。


東名高速春日井インターの脇にある、地味な外見のホテルに入る。
ビジネスユースとラブホテルを足したような内容のホテルだった。

チェックインした後、ウサギは俺に抱きついて、唇をせがんだ。
俺が答えると、安堵したような表情で、俺の胸に顔をうずめた。


バスルーム前の脱衣場で、俺はウサギに絡みつく。
大きな鏡に映る大柄の俺と、小柄なウサギ。

背後から抱きつき、肉体を求める様は、まるで子兎に噛み付く猛獣だ。
違うのは、狙うのは子兎の肉ではなく、肌だ。

下着を剥ぎ取り、乳房を鷲掴む。
息を呑み、のけぞるウサギ。
その乳首に触れた途端、ウサギから快楽の吐息があふれ出る。

俺は指先でたっぷりとウサギの乳首をつまみ、軽くつぶすように転がす。
その度に吐息が、そして喘ぎがもれる。

腰が意味ありげにくねる。
そして、時折丸い大き目の尻が波打つ。
子宮の疼きがそのままウサギの下半身を悩ましげにひくつかせる。


 「やだぁ、やぁ、こんな所じゃ…」


ウサギの戯言は、彼女自身の潤みを探れば判断できる。
俺は無視して、ウサギ自身に中指を差し込み、咥えさせた。

熱い粘液に満たされたウサギ自身の壁に、指の腹を押し付ける。
そのまま前後に動かすと、脱力したウサギが可愛い鳴き声を上げた。

ウサギが鳴くなんて、思えば滑稽な話だ。

俺は指を抜き取り、ウサギに見せた。


「見てみろよ、すごい濡れ方だ」
 「いやぁ、私が淫乱みたいじゃん」

「そうだって言ってんだよ」
 「いやぁ、意地悪!」

「愛液が白っぽいぜ…なぁ、もう欲しいんだろ?」


下品なのを承知で、ウサギの敏感な耳元に現実を囁く。

聞かなくても充分理解していたウサギ。
吐息交じりの俺の声に撫でられ、さらに高まる。


 「お願い…入れてほしいのぉ、もう我慢できないぃ…」


ウサギのこの懇願が、俺のサディスティックな心に火を点ける。


「だめ」
 「意地悪ぅ!」

「ゴムつけてないもん、だからダメ」
 「あぁん、今すぐ付けてよぉ」
 
「ゴムはベッドにあるよ」
 「取って来てぇ、お願いだからぁ」

「どうしようっかなぁ?」


焦らしに入ると、俺もつい人が悪くなる。
ウサギの懇願を徹底的に焦らしで切り返す。

俺は脱衣場にウサギを残して、部屋に帰ってきた。

すぐさまウサギは全裸のまま、俺に抱きついてきた。


「シャワーは?」
 「いらない!抱いてぇ」

「俺もきっと汗臭いぞ」
 「いいの…いいの!私を壊して!」

「いいのか、壊して?」


俺は聞き間違えていた。

壊して、ではなかった。


 「こんな私を…私を殺してぇ」


そう言った途端、ウサギは泣き崩れた。


全てを中断し、俺はウサギにシーツを掛けた。
そのシーツを裸にきつく巻きつけて、その場に泣きじゃくった。


 「…もう、もう嫌…何もかも嫌、死にたい、死にたいぃっ…」


鬱になった彼女を、愛する夫も実家ももてあましている。

自分の感情をコントロールできず、遂に誰も身近にいなくなる、
焦りと苦しみ。

ウサギは身内に見せられない苦しみを、俺の前で爆発させてしまった。


どれだけの時間が流れただろう。


ウサギは静かになり、落ち着きを取り戻した。
俺は何もかもが冷め、ベッドに寝転んでいた。


「帰ろうか?」

ウサギは何も答えなかった。



車での帰路。
無言の車内。


話題の無い中、ふと俺は以前からの疑問をぶつけてみた。


「何で、ウサギなんて源氏名にしたんだい?」
 「…死んじゃうから、寂しいと」

「寂しかった、と?」
 「死んじゃって、何もかもを無かったことにしたい」


だからウサギにしたの、と呟いた。




 「お願いがあるの、聞いて…」


自宅前になり、ウサギは降りる前にそう俺に頼み事をしてきた。


「何を?」
 「ここで、キスして…」


ウサギはそう言うと、俺の首筋に抱きつき、唇をせがんできた。
俺は静かに、ウサギに唇を静かに重ねた。

静かな、フレンチキス。



ふっと、頬が緩んだウサギ。

その表情のまま、車から降りていった。


ウサギは寂しいと死んじゃう…


どこかのテレビドラマで聞いた台詞が脳裏にリフレインする。

寂しいんだろうな、あの女も…
でも寂しいんだよ、本当は俺も…










<最終号に続く>



2007年11月02日(金)

欠けたる月の兎。 〜援助交際〜


優しく抱いて、と懇願したあと、急に押し黙った。
何か訳がありそうだ。

「判った」
 「ありがとう…」


ウサギはそう囁くと、俺の懐にもぐりこんできた。
そして、俺を見つめ正常位で入れて、と懇願してくる。

俺はその通りに、ウサギに挿入した。
非常に入り口が狭く、窮屈だ。
しかし俺自身が根元まで入ると、急に背を反らして喘ぎ出した。


 「すごいぃぃ、いあああ〜〜、あたる、あたるよぉぉ…!」


数分後。
俺もウサギも果てた。


終わった後。
まったりとする俺を尻目に、ウサギは余韻を楽しむ事無くベッドから抜け出す。
バックからタバコを取り出すとライターで火を点け、紫煙を深く吸い込む。

仕事上がりの一服のつもりか。
何だか拍子抜けした俺。


 「平良さん、ごめんね…万事こんな調子で」
「あぁ?…いいよ」

 「ちょっと薬飲むから、待っててくれる?」
「体調悪かったの?」

 「実はあたし、鬱なんだ…」
「…ウツ?」


ウサギは、鬱病だという。
それで、坑鬱剤を飲んでいるのだ。

ピルケースから錠剤を取り出し、指で押し出す。
口に投げ入れ、近くのペットボトルの緑茶で一気に流し込んだ。

投薬が終わった後、俺に免許証を見せてくれた。


 「すごい変化でしょ?薬でこんなに変わるんだよ」


さすがの俺も、その違いに目を凝らした。

免許証の写真には、可愛い女の子が写っている。
紛れも無い、まだ発症していない頃のウサギ本人だった。

今のウサギは、坑鬱剤の副作用で随分変化した状態だった。

ウサギは某コンピュータ会社のSEをしている旦那と2年前結婚した。
しかし、その後から鬱に悩まされるようになったというのだ。


 「こんなになっちゃったら、主人も女として見てくれないわよね」
「そうかぁ、でも何が原因だったの?」

 「さぁ?」


努めて明るく言葉にする。
しかし、ウサギは明らかに誤魔化した。


突然、ウサギの携帯電話がなる。


 「ヤバイ、お母さんからだ」

ウサギは部屋の角で電話に出た。


 「今ぁ?友達とお茶しているんだって!いいでしょ、これくらい!
  …判ってるって!はぁ?時間は見てるし!変な詮索しないで!」


実母なのだろうか。
それにしても大きな声で、乱暴な口調を声色でがなりだてる。

免許証の中のウサギは本当に可愛い。
目の前では、髪を振り乱さんばかりの形相でがなる。


俺はぼんやりと天井を見上げ、時間が経つのを待っていた。


 「…っとに、余計なことばかり言うババアだぜ」


電話を切ったものの、興奮冷めやらない様子のウサギ。


「今の、誰?」
 「はぁ?義理の母」

「義理…すごい口調だったね」
 「だって、超ウザイんだもん!」

「さっきまでの落ち着きようとはえらい違いだったな」
 「そう?それも症状だから」

「そういうもんかね」
 「そういうもんよ。勉強しといて」


やはり普通ではなさそうだ。
とんでもない女と関係を持ってしまった…


夕方。
帰宅する時間となった。


 「ここの前で降ろして」


車でホテルを出た後、ウサギは郊外のスーパーで降ろすよう頼んだ。


「夕飯の買出し?」
 「違う、うちはここなの」


スーパー脇の賃貸アパートが彼女、いや夫婦の住処だった。


「いいのかよ、俺に自宅を教えて…」
 「大丈夫!だって金目のものも可愛い女も、何も無いから(笑)」


空笑いするウサギはそう言い残して、足早に住処へ消えていった。





2週間ほど経ったある日。
ウサギと二度目の逢瀬の日だ。

今回は、春日井駅近くの喫茶店に呼び出された。

ウサギは前回とは違い、殊勝な態度で待っていた。



 「あたしね、平良さんの事が忘れられなくなってきたの」
「そりゃありがたいね(笑)…で、どこが?」

 「私に優しいところかな」
「だって、旦那さんは優しいでしょ?」


ウサギは強く首を左右に振る。


 「付き合ってた頃はね。でも最近は見向きもされないの」
「そうなんだ…」

 「やっぱり鬱病の女はお荷物だから、死ねって事でしょ」
「それは幾らなんでも言い過ぎだって、だめだよそんなこと言っちゃ」

 「そう?だって子どもも埋めないんだよ、薬で不細工になるし」
「でもそれは本心じゃないでしょ…」


ウサギは旦那に、事あるごとに鬱に関してなじられるという。
確かに、投薬治療中は子作りなどはできないと聞いたことはある。

でもそれを、一番身近な立場にいる旦那がなじる材料にするのは、
何よりもまずいだろう。

しかし、彼女は離婚などは考えていないという。


 「辛いけど、私も嫌な思いしたからさ…」


ウサギ自身も、両親の離婚がトラウマとなっているらしい。


「でも子供いないんでしょ?考えようでは、離婚も出来るんじゃない?」
 「じゃ、平良さんがもらってくれる?」

「…そいつは考えてなかったなぁ」
 「鬱な女なんかさぁ、就職や社会復帰は無理なんだって」


ウサギはとにかく自嘲が過ぎる女だった。
しかし、鬱に悩む人の心のうちをどこか代弁しているようだった。


 「でもさ、お金はやっぱり欲しいの」
「…?」

 「だからさ、平良さん。私を3万円で買って」


突拍子も無い申し入れだった。
援助交際を申し込まれたのだ。


「無理だね」


俺はそう断言した。


 「…やっぱり?」


ウサギはバツが悪そうに俺の顔を覗き込む。


「はっきり言って、鬱の女に金を払ってやるほどの価値は感じない」


俺はあえてきつく言った。

 「じゃ、半分じゃ?」
「駄目」

 「…じゃ、一万円?」
「駄目」

 「じゃ、今日はホテルなしでもいいのね…」
「結構。俺はそういうつもりじゃ無いから。帰るからね」


ウサギはそういって、俺の気を惹こうとしたが、俺は頑なに拒否した。
そのまま彼女を残して、店を出ようとした。


 「待って」
「待つけど、申し入れは受けないよ」 

 「違うの、話を聞いて」
「じゃ、車に乗れよ」


俺の車に乗せて、春日井市内を流しながらウサギの話を聞いた。


 「この前の事さ、友達に話したんだ…」
「で?」

 「バカね、どうしてお金取らなかったの!って叱られた」
「その友達も腐ってるよなぁ」

 「女が愛情も無い男に身体を許すのに、タダでやるほうがおかしいって」
「確かに旦那よりも愛情は無いよな」

 「でも旦那はもう私を女だと思ってない。タダのポンコツだとか言うの」
「夫婦の問題は夫婦間で解決するもんでしょ?」

 「ごめんなさい、平良さん…気分悪くしたよね?」
「援助交際はしないから、それだけ覚えておいて」

 「…ごめんなさい」
「今度言ったら、もう二度と連絡を取らないから」


 
俺はきつい言葉を繰り出しながら、ある事実に気付いていた。
だから彼女に同情してしまい、縁を切ることは出来なかった。

何ら難しいことではない。


ウサギは純粋な愛情に飢えている。



「どうして、鬱になったんだい?」
 「…疲れちゃったの」

「旦那さんは?」
 「主人は会社ばかり、仕事ばかり…で結婚後は私に構ってくれない」

「寂しいって、訴えた?」
 「言うだけ無駄だもん、鬱は邪魔者扱いされるだけで」

「それで、ずっと耐えてたんだ?」
 「そう。耐えて耐えて、いつの日からか疲れちゃった…」


鬱病は心の風邪というほど、誰もが掛かりうる病気。
そして我慢している人ほど、簡単に掛かってしまう。

日本人の10人に1人がかかっているといわれる、
糖尿病と並んで社会問題化している、厄介な病だ。


ウサギは生活の変化と寂しさに一生懸命耐えて、壊れてしまったのだ。


「あのさ、俺と本当にSexしたい?」
 「…したいよ、だって平良さんすごく上手だもん」


運転中の俺の左袖をつかんで、俺との逢瀬を懇願する。







俺の言葉に、ウサギは驚いて答えた。

「…なんで判るの?」



<次号に続く>

2007年11月01日(木)

欠けたる月の兎。 〜待ち合わせた女〜



満月の夜。



月面には兎が飛び跳ね、楽しそうに餅をついていると教えられ、
幼い頃の俺はそう信じていた。


あまりにも突飛な、大人の作った寓話を真に受けていたのは、
いつの頃までだっただろうか。


中秋の名月…
随分と汚れた、今の俺の瞳には、月に跳ねる兎が見えるだろうか。



俺はぼんやりと事務所の窓から見える、丸々とした月を眺めながら、
一人の女を思い出していた。




数年前の9月。


春日井市のファミレスで、一人の女と会った。



 「12時に入り口前で待ってるから」



待ち合わせの約束を取り付ける時。
やけにぶっきらぼうな言い方で俺にそう通告した。


約束の日、約束の時間。
時間通りに到着した俺。

女は入り口のドアの前で、遠くをぼんやりと気だるそうに見つめていた。

車から降り、女に声を掛けた。
女は遠くを見つめていた、そのままの眼差しをこちらに向ける。


安堵した俺は目元の笑顔を作る。
無表情な女は口元すら緩めない。



無言で店内に入り、昼食のセットを二つ注文する。


熱いお絞りで手を拭いた後、俺が話を切り出した。


「…がっかりしたの?」


あまりに無表情な女に、俺はそう思い、尋ねた。


 「そっちががっかりしたんでしょ?」


女はそっけなく答える。


それきり再び無言が続く。
話を切り出しにくい女だ。


軽やかな店内のBGMにもかかわらず、
俺と女は押し黙ったまま、重い時間が流れる。

その間に、俺たちの前に二人前のランチセットが並んだ。


「いただきま〜す」


ちょっと白々しく口にした。
女は口元を緩める気配すらない。



女の名前は、ウサギ。
テレコミの源氏名だ。


人妻のウサギと知り合ったのは、つい数日前。
利用したテレコミで話をした時だった。


テレコミでのウサギは非常に饒舌だった。
その話術に乗せられ、会う約束をしてしまったのだ。


今日初めて見た容姿。
お世辞にも美人とは言えない。


下膨れな顔にうつろな目つき、おまけに無表情ときては、印象も良くない。
容姿は俺も良くないので、贅沢は言わない。


しかし女の表情や仕草には陰鬱さがにじみ出ている。


何かと会話を切り出そうと、あれこれと話題を振ってみるものの、
返事もまともに返ってこない。


俺も珍しく戸惑っている。
会話が続かない。


単発な会話が幾度となく続く。
しかし中身に広がりも発展も無い。



 「決めたっ」
「何を?」



ウサギは唐突にそう切り出す。
俺が驚いた。


 「平良さん、私を思い切り抱いていいよ」
「おいおい、何を急に言い出すの?」

 「私ね、平良さんが本当はどんな人なのか、試してたの」
「どうやって?」

 「こうやって一生懸命話してくれるじゃない…主人とはえらい違い」
「…そうなんだ」

 「だから決めたの。私の初めての不倫相手になって」
「…」

 「食事が終わったら、インターの近くのホテルに行きましょう」
「…」


俺は珍しく、撤退を考えていた。

俺が退いていたのだ。
どういえばこの女とうまく切れるか…


しかしウサギは時間が経つに連れて、テレコミの頃の饒舌さが戻ってきた。
非常に浮き沈みの激しい所が見える。
実は俺が最も苦手な種類の人間だ。


「この辺はわからないから、案内してくれる?」
 「春日井インター脇のホテルにしましょう」


男という生き物は、目の前の好物を避けて通れないものだ。
俺はウサギに乗せられ、ホテル行きを受け入れてしまった。


ホテルにチェックインする。

ウサギはそのままバスルームに直行し、風呂に入った。
手持ち無沙汰な俺は、ホテルのパンフレットやCS番組を見ていたが、
ウサギを驚かせようと、風呂へ忍び込んだ。

特に好みな女じゃない。
どうせ一度だけの逢瀬なら、好き勝手やってやろう…

俺は服を脱いで、ウサギのいるバスルームに入った。

ウサギは立ってシャワーを浴びていた。
俺はそのままウサギを背後から抱き、乳房を揉みしだく。

ウサギは唐突にいやらしい声を上げた。


 「いやん、こういうの待ってたの…」

「こういうのが興奮するんだ?スケベ女!」
 「違うぅ、でも主人はわかってくれない…もっとぉ」


下半身から力が抜け、腰つきが危うくなる。

女としての反応がすごぶる良い。
俺も調子づいて、攻め続けた。

ウサギは俺の正面に向き直り、抱きついて唇を奪ってきた。
きついニコチンの匂いがする。
シャワーの湯気も相まって、息が詰まりそうだ。


しかし俺自身は鋭く反応している。
ウサギは見逃さず、掌で弄び始めた。


俺はウサギの両方の乳首を指先でつまみ、転がした。


 「あふぅ、うぅん…っやぁん…」


ウサギは脱力し、俺に枝垂れかかってきた。


「どうした?」
 「だめぇ、弱いのぉ…気持ち良過ぎるのぉ」

「乳首、弱いんだ?」
 「だめ、そうやって声に出されるだけで…おかしくなっちゃうぅ」

「もう濡れてるだろ?」
 「言わないで、恥ずかしいからぁぁ…ああん、あふぅ」


俺がウサギ自身に忍び込ませた右手中指が、粘液の存在を探り当てた。
指先から、かなりの粘着質な音が漏れる。

やはり、かなりの潤いだ。


「すげぇ濡れてる…」
 「お願い、欲しくなっちゃうでしょ…」

「じゃ、ここでする?」
 「いやぁ、ベッドでしてぇ…」


俺はもうしばらくウサギを焦らし、バスルームを出てベッドにもぐりこんだ。
反応は良い。
この後が楽しみだ…


 「お待たせ…お願いがあるの」
「何?」

 「バック嫌いなの、騎乗位も嫌。あとゴムは必ず、そして…」
「そして?」

 「お願い、優しく抱いて…」









<次号に続く>

☆今回は4話構成です。



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