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華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2008年08月04日(月)

like a boy,like a spy. 〜A subway station〜




<前回より続く>



俺はソファの片隅に小さく座るアキに覆いかぶさり、抱いた。
女として認めた者にしか、起こさないアクション。

アキは甘い小声で嫌…と嫌がる。


「嫌じゃないでしょ?」
 「だって、だって…」

「本当は、すごく感じてる。震えるくらい、融けだしそうなくらい」


アキは小さく二度三度と頷いた。

俺の確信…
アキは女を否定しているのは、誰よりも「女」だから。
きっと、自分が一番解っているのだ。

男友達から関係を求められた時。
きっとアキは女になっていたに違いない。

高まると、仕草も声色も、明らかに女になる。
男を興奮させる、媚薬のような危うさを帯びた、女の喘ぎ声。


「認めたね?」
 「…」

「女として感じちゃうのも、自分にとって戸惑ってるんでしょ?」
 「…なんで判るの?」

「俺、スパイだから」


アキは声を出して笑った。
女の子らしい、朗らかな笑い声。
初めて聞いた。


その隙にアキの履くGパンの上から、アキの突起の部分に右手を押し当てた。
途端に、アキの表情が変わり、甘い甘い声が漏れる。


 「はぅん、いやぁ、いやぁ、そこダメぇ…」
「アキ、俺の、欲しい?」

 「聞かないでぇ…」
「じゃ、いらないんだ?」

 「意地悪ぅ、イジワルゥ」
「じゃ、一緒にシャワーに入ろう」


俺は半ば強引にアキから服を剥ぎ取り、俺も脱いでバスルームに向かう。



俺はそこでも、アキを求めた。

 「やっぱ、明るい…から、嫌だっ…」


明かりを消そうとするアキを制し、細い身体をまさぐる。
直に触れる肌は、やはり肌理が細かく、綺麗だった。

ピンク色の乳首を俺の指で摘み、軽く押しつぶす。

甘い女の声が、浴室中に響く。


湯を張った浴槽にアキと向かい合わせで入る。

下からアキの尻を湯面へ持ち上げて、俺の前で両足を開かせた。

流れ出したアキの粘液が、早くも湯の中に糸を引いている。
その事を伝えると、アキは顔を背けた。

俺は両腿の内側を舌先で滑らせる。
さらに興奮するアキの声が浴室中と俺の脳内に響き渡る。

快楽に押されて腰を振るアキ。
その波紋が俺に届く。

俺も必死になってアキ自身を唇と舌で犯す。


ふらつきながらアキは浴槽を出て、粘液を洗い流そうとシャワーに向かう。
俺は後ろからアキに抱きつく。

熱気と湯気の中、俺は立ちバックでアキをいきなり奪った。
一瞬鋭い声を上げるも、すぐに甘く溶ける声が漏れる。


 「はぅ、あぅん、こんな強引なの、いやぁ…」
「嘘つき。全然嫌がってないぞ…抜くぞ?」

 「駄目、そのまま来てぇ」
「アキ、すごくエッチじゃないか?」

 「はぅ、はぅん…溶けちゃうぅ」


アキの感じている声が、尾を引くように甘く響く。


「そんなに感じた声出しちゃって…俺、中で出ちゃうよ?」
 「だめ、ぜったいだめぇ…あぁそこいぃ、そこいぃのぉぉ…」

「じゃ、その声、我慢して…」
 「できない、できないよぉ」

「じゃ我慢ね、用意、ドン!」


掛け声と一緒に、俺は激しくアキに律動する。

アキは一生懸命歯を食いしばって、声を我慢しようとする。
全身に力を入れているのか、アキ自身の締まりも増す。

堪えきれないのか、アキが絶叫する。


 「あぁ〜〜、イッちゃう、来るぅ!」


俺はアキへの律動を緩めた。


「だめ、まだイッちゃだめ」
 「まだだめ?まだだめなの?」

「ここ、まだベッドじゃないよ?」
 「じゃベッド、行くぅ」


すでに覚束ない足元のアキをエスコートしながら浴室を出た。
そして、ベッドに押し倒して、改めてアキを奪う。


アキの腿を大きく開き、薄いヘアに包まれたアキ自身をじっくりと観察する。
綺麗な色をした、小粒で可愛らしい深奥だ。


 「だめ、見ないで…」
「舐めるよ」

 「いや、だめぇ…はうぅ、うぅっっ…」


音をわざと立てながら、味わう素振りでアキ自身をいただく。
突起を舌で弄ばれ、唇で吸われるアキは、シーツを掴み、のたうつ。


「報告するよ、ものすごい…」
 「い、意地悪!言うなぁっ」

「アキの愛液で溢れてるよ」
 「あぁ、何で言うの?恥ずかしいぃぃ…」


アキは自分の痴態を言葉攻めされ、すっかり打ちひしがれていた。
俺は指を入れ、Gスポットを探るように動かす。
弄る指の動きに合わせて、アキが操り人形のように喘ぐ。


俺は、正常位で俺自身を再び差し入れた。
大きく足を開き、アキの身体を押し折る。

数度の激しい律動の後、アキは絶叫めいた声を上げ、身体を震わせて果てた。
俺はしばらく、労わるようにアキを抱いていた。


 「私、どうだった?」


着替え始める前、唐突にアキが俺に尋ねてきた。


「正直に言って、最高に抱き心地がいい女だと思う」
 「…それって、自信にしても、いいのかな?」


恥ずかしそうにアキがそう呟く。


「いいよ」
 「…そうなんだ」

「最初から判ってよ、俺は」
 「初めて。こんなにとことん抱かれたの…」

「怖かった?」
 「当たり前じゃない、誰にも見せたことないんだから」

「彼にも?」
 










あまりにあっさりとした白状。
その意外な展開に、今度は俺は驚きを隠せなかった。

考えて見れば、男を装っていても、それはかまわない。
予想だにしていなかった告白に、今度は俺が戸惑った。


 「奴にも見せたことないんだよ、こんな乱れた私を…」
「そっかぁ…じゃ、その時計は相方の?」

 「それは、内緒」


そう言い切った。

結婚していれば、確かに「彼氏はいない」。

一度脱いだ女は、肌を晒した男に対して、大胆さにも磨きが掛かる。
俺はろくに確かめもせず、彼女の言葉を次々と受け取らざるを得なかった。

先ほどとは攻守逆転といったところか。




帰り際。
動揺を必死で覆い隠す俺は、アキを車に乗せてホテルを出た。

アキと、俺。

身体の相性は悪くない。
そういう手ごたえもあった。


しかし裏では俺は都合の良い、小ずるい計算をしていた。
結婚しているなら、難しい話ではない。

アキとはセックスフレンドとして関係を続けられないか?と。

俺は、一度にしてアキの身体に惚れ込んでしまったようだ。



彼女の通勤用の自転車があるからと、地下鉄の駅前で降ろす。


「俺たち、これからも関係を続ける?」


俺はアキを降ろす前に、話題を振った。
アキは微笑を浮かべ、俺を見ずに答えた。


 「……やめとく」


様々な意図が暗示されているような、たっぷりとした間の後の言葉。

俺はそうか、と言うに留めた。



アキは降りた後、俺の車を振り返る事無く、立ち去っていった。

携帯電話を取り出して、アキの番号を検索し、消去を選択する。
一瞬の確認の後、俺の携帯からアキが消えた。


二度と戻らない時間。
満足しきった虚脱感。
どこともない虚無感。


俺はとっくに慣れたはずの空虚感に打ちひしがれながら、帰途に就いた。


映画の中では、女との情事が事件の顛末を解くカギを見つけるヒントとなる。
しかし、車の中で徐々にアキに対しての疑問が浮かび上がってきた。


 「……やめとく」


その前後の間。


それは結婚しているから、相方を裏切るからか。
それとも、自衛のための嘘をついたためか。
また、その嘘を「黙って受け入れて」という意図なのか。

そういえばアキの左手薬指には、指輪の存在も跡形も無かった。


あまりに生活臭のない女だったアキ。
果たして本当にアキは結婚していたのか?


動揺に気をとられ、全く確認していない俺。


電話番号は…そういえば先ほど消してしまった。


アキという女の謎う解決するどころか、深まるだけで解決する手はずを失った。
アキを暴くつもりが、新たな闇に包まれたまま逃げられた。


アキはその後、テレアポの店にも出勤していない。
無断欠勤を続けて、解雇された。

目的を果たした事で、もはや無用となったからだろう。


男と女の関係は、我を見失い、溺れた方の負け。

溺れた俺は、一発逆転の敗戦を味わった。


俺が諜報部員になれる日は、どうやら当分来そうにない。



☆猛暑厳しい残暑を迎えています。
 毎度のご愛読、誠にありがとうございます。
 
 本職の多忙さから、なかなか筆を執る機会も減りましたが、
 まだエレヂィを紡いでいきたいと思います。

 今後「華のエレヂィ。」は新たな展開に発展する可能性もあります。
 どうぞお気長に、お待ち下さい。

 季節柄、どうぞ皆様ご自愛のほどを。


2008年08月03日(日)

like a boy,like a spy. 〜check-in〜


<前回からの続き>



俺はアキに携帯電話に帰ってくるように、メールを打った。
すぐに返事が届く。

俺はアキに電話した。


「まだ帰らないで。今から、もう一度出ておいでよ」
 「…えっ?」

「一緒に、甘い時間を過ごそうぜ」
 「…でも、でも」

「迷うな、戻って来い」


アキは再び俺の前に現れた。
当惑した表情は、どこか上気して頬が赤らむ。
迷いや憂いを帯びた、はっきりしない仕草。

服装こそ先ほどと同じだが、それ以外の全てはすでに女だと感じた。


アキを俺の車に乗せ、駐車場を出た。


 「あの、私…」
「何だ?」

 「そんな軽い女じゃないです…」
「判ってるよ。だからアキを呼び返した」

 「本当に判ってくれますか?」
「でも俺が抱いた時、自分でもわかったんじゃない?」

 「…何がですか?」
「自分の、身体の芯から熱い何かが溢れてきていること」

 「…」
「濡れてるでしょ?」

 「知らないです、そんな突然…」


俺はアキの腿に手を伸ばそうと左手を出す。
アキは嫌っ…と小さな声を出し、必死に俺の手を払いのけた。


「その仕草、本当は判ってるはずでしょ?」
 「本当に意地悪ですね!」

「アキが自分に素直じゃないだけじゃない?」
 「…でも、そうかも、知れないですね」


そう納得すると、助手席で俯いてしまった。

近くのホテルに滑り込み、アキの手を繋いで中へ入る。
本気で恥ずかしそうなアキは、それでも握り返してくる。


負けず嫌いなのか。
照れ隠しなのか。


部屋を選び、到着する。

エレベーターに乗り、目指す部屋に入った途端。


俺は狙っていた。

アキを壁に押し付け、唇を奪った。
そして奪い続けた。

アキの薄めの唇に、俺の舌を割り入れる。
当惑が隠せないアキの舌に絡ませ、吸い込む。

彷徨うアキの両手を俺の掌で掴み、指を絡ませる。
動けなくなった彼女は、俺を受け入れ続けた。

甘いスイーツを、早速俺から戴いた格好だ。


アキからは声を殺しながらも、吐息が、溜息が漏れ続ける。
時折抵抗を試みるが、甘い毒が全身に回ってきたのか、力が入らない。


「声、出せよ」
 「・・・い、いやっ、駄目なの…」

「じゃ、こうするから」


俺は服の上からアキの胸を手で押し当て、弄る。
アキは今までの話し声とは明らかに違う、女の声を漏らしてしまう。


 「はぅぅうぅっ、あぁうぅん、いぃやぁぁっ」
「かわいい声だね…」

 「が、我慢できないぃ…」
「その声がたまらないよ」


アキは俺に甘えるようにしがみ付く。
途端に今までのアキとは思えない、高く甘い声が俺の耳を擽る。


アキは何か、自分の性を押し隠している。
押し隠すために、男っぽく気取ってる。

あえて低く押し殺すような声。
ボーイッシュな立ち振る舞い。

しかし、身体は女の滴りを隠せない。

押し隠すため…いや、
隠しきれていないのだ。

その間隙を突いていくと、隠していた女が弾けていく。
俺はアキに対して、悪い男になろうとしていた。



唇を解き放つ。
改めて柔らかく抱くと、安心したかのように俺に顔を埋める。


俺はアキを部屋の中へ連れ、ソファに座って語りかけた。


「すごくかわいい声じゃないか」
 「私、声が変わるでしょ?」

「そう、その声が堪らないよ」
 「昔から、この声に男が騙されるんだって言われました」


アキの感じる声は、高めにとても甘く切なく、艶やかなものだった。
また襲い来る悦楽の細波を我慢する仕草も、男の自制心を深奥から揺さぶる。


「女の子として、すごく可愛い部分じゃないか?」
 「友達にも言われたんです、だから(相手の)男が誤解するんだって」

「誤解、ねぇ」
 「相手の男はみんなその気になるって」

「そりゃ、こんな声出されちゃ男はみんな勃っちゃうよ」
 「いや、恥ずかしい…」


アキは幼少の頃から男の子と間違われる位、元気良かった。
そして、誰とでも友達になれる朗らかな社交家。

元気の良さから、女の子の遊びには合わなかった。

ままごとよりも鬼ごっこ、ピアノやダンスよりもサッカー。

いつも大勢の男子に混じって一緒に遊び、まだ学校で学んだ。
それが彼女の原体験である。



思春期。

初めて男子から恋の告白。
生来の照れ屋が生む動揺。

時を重ねて、迎えた初潮。
男女を自覚させる分水嶺。

友達が、友達で無くなる。
男として私の女を求める。

アキにとって衝撃だった。


 「ショックだった…自分が女になることが」


今までと同じように接して欲しい。
男だから、女だからじゃなくて、友達でしょ?

その想いは、もう今までの男子には届かない。
アキを恋愛対象として、そして性の対象として見る。
関係の変化を嫌って告白を断ると、相手は去っていく。


今までと一緒でいいじゃない?
今までと一緒じゃいけないの?

彼女にとって、寂しくてたまらなかった。


男と女の間には、友情は成立しない。
そして、自らが求めるものと違う「女」という性。


またその「女」としての最大の凶器がアキの「声」だった。


元々は女の子らしい、高く細い声だったアキ。

まだ子供の頃、男子に悪戯で擽られる。
中学生になり、初めて男子に抱きしめられる。
そして初体験、生身の肌に相手の指が触れる。


 「私、無意識にすごい声が出ちゃうんです」


聞き様によっては淫乱な響きを帯びた、その声が漏れる。
彼女にとって意思とは関係なく出る声だ。

それを面白がって、また誤解して突き進んでくる相手の男。
いつしか普段からの声を低く抑え、誤解を生まないようにと心がける。


女である事を身をもって痛烈に知った彼女は、いつしか女という性への否定に昇華する。


髪を短く刈る。
話し声を低く、話し方もぶっきらぼうに。
服装も女を打ち消すものを。

今日のアキの格好も、その意識を反映させていた。



「でもさ、どうしてテレアポなんて始めたの?女を売りにする仕事なのに」
 「試したかったんです。自分が女として通用しないって事を」

「残念だったね」
 「どうして?」

「俺は女としかホテルに来ないし、kissしない。抱かない。」
 「…えっ、それって…?」

「こういうことさ」


アキの姿も俺から見れば、狼の着ぐるみを纏っただけの小さな子羊。
全く女を打ち消すための努力も気にならない。


俺はアキをソファの背もたれに押し付けた。











<次号が最終回です>

2008年08月02日(土)

like a boy,like a spy. 〜A false reason〜



<前回からの続き>


横幅の大きな俺は、映画好きとはいえ小さなシートに押し込められるのは少々苦手だ。

俺は凝り固まった身体を解すように背伸びしながら、アキに問いかけた。


「アキちゃん、この後時間ある?」
 「…ええ、何か?」

「どうせなら、晩ご飯食べようよ」
 「良いですよ」


俺はアキを連れて、夕食に繰り出した。
映画館近くのイタリアンレストランでの注文後、俺は切り出した。


「アキちゃん、本名?」
 「違いますよ…本名は嫌いなんで秘密です」

「アキってさ、確か昔のボンドガールの名前だよね?」
 「…よくご存知ですね!」


007シリーズ初期の作品で、日本が舞台となった物語があった。
その中で登場する日本人ボンドガールの一人が「アキ」だった。
荒唐無稽な展開に賛否両論の作品だが、俺は気に入っている。

俺がたまたま覚えていたその話題を出すと、アキの表情が緩んだ。

この話題になると、旧作から新作までの物語の筋書きから撮影エピソード、
さらにはちょっとしたトリビアまで、朗々と話し続ける。

俺は相手の話を聞くのは嫌いではない。

左手首には、小柄で細身のアキに不釣合いな大振りのガラス玉。

よく見ると、オメガ007バージョン。
限定品だ。


 「あ、これ?ボーナスはたいて買っちゃったんですよ」


ほとんどの作品でアップで映り、秘密兵器として活躍する腕時計。
そのレプリカらしい。


「アキちゃんの手首には大きすぎるね」
 「でも、これで良いんです。女物の小さい時計は嫌いなんで」

「でもさ、どうしてそこまで女でいる事を嫌がるの?」
 「聞きたいですか?」


アキは挑戦的な瞳で見上げ、俺を見据えた。
俺も正面からアキを見つめ、アキに迫った。


「聞きたいね、ぜひ」
 「変わった人ですね」

「よく人から言われるよ…好奇心旺盛と言って欲しいね」
 「いい言い方しますね」

「ボンドも、女の身体と機密事項にはすぐ食いつくでしょ?」
 「まぁ、確かに」


アキは低い声で返答すると、ふっと頬を緩めた。


 「女でいる事に、すごく違和感があるんです」
「それって、俗に言う性同一性何とかってやつ?」

 「そこまで深刻なものではないと思うんですが、とにかく嫌なんです」


幼少の頃に大きなトラウマがあったのか、アキはこれ以上語ろうとはしなかった。


「俺はさっきも言ったけど、すごく女性として素敵だと思うよ」
 「どこがですか?」

「聞きたい?」


そう問うと、アキは俯いて黙ってしまった。

しかし俺は、彼女が単に女という性を否定しているだけではないと悟っていた。

話を切り替えての食事後、俺たちは店を出た。


 「今日はありがとうございました」
「いやいや、俺もいい時間だったよ」

 「では、私はこれで…」


俺はこの瞬間を狙っていた。
店の駐車場で、アキの手首を掴んで引き寄せ、正面からいきなり抱きすくめた。

そしてアキの首筋に顎を乗せ、彼女の匂いを吸い込んだ。
甘い、男には醸し出せない女の匂い。

突然の襲撃。
動揺するアキは甘く可愛い声を漏らした。


 「はぅ…」


俺は誰にでも、こんな大胆で暴力的なハグはしない。
それも、ある確信があったからだ。

アキの耳元で、声を低く落として静かに囁いた。


「甘い、女の子の香りだね…」
 「…?!」

「どんなに男っぽく振舞ってても、この匂いは女の子のものだ」
 「…」

「俺、気付いてたんだ…君が誰よりも魅力的な子だって」
 「…?!、…?」

「この後、もっと甘いスイーツ、一緒にどうかな?」
 「…?」

「あまりの甘さに、身体の芯から痺れてしまうような…」


アキは何とか俺を突き放し、逃げるように立ち去っていった。


彼女が『女』になっているという俺の直感。


俺が囁いていた時、俺の上着をきつく掴んでいた。
何かに耐えるように…
何かに流されないように…


おそらく、間違いなかった。











<次号へ続く>

2008年08月01日(金)

like a boy,like a spy. 〜iced coffee〜


男らしく。
女らしく。

雄雄しい。
女々しい。


よく考えてみれば、不思議な意味の言葉だと思う。


最近では、性同一性障害なる症名の元で、自らの性への違和感を告白する
有名人も増えてきた。

そしてマスコミを通じた世間へのアピールが、同じ苦しみを感じる人々への
強い共感と生きる勇気となっている。


誰しも幼少の頃から掛けられる、性別という名の呪縛。

しかも、何が男らしいのか、女らしいのか。
定義が難しい。


男女共同参画社会を謳う現在社会では、これらの言葉など抹殺されかねない。


しかし生来からの呪縛は、確実に人の心にくい込み、絞り上げる。
そして目に見えない形で、確実にその人間の生き様にめり込む。

もしかしたら、貴殿も「女」を殺しているだけなのかもしれない。
もしかしたら、貴女も「男」を殺しているだけなのかもしれない。

もしかしたら、俺も「女」を殺し、「男」に縛られているだけなのか。




立秋も過ぎた、まだ残暑も厳しい、雨の日。

映画の話で盛り上がり、意気投合したテレコミ嬢のアキと名乗る女と出会うため、
俺は名鉄セブンの前にある人形脇で待っていた。

昼下がりの時間、街は人と物の移動がますます激しさを増す。
この界隈はいつでも車が殺到し、激しい混雑を起こす。
ただでさえ高い、この日の不快指数を遠慮なく引き上げる。


 「あの、平良さん…もういますか?」


不意になった携帯電話を取ると、聞きなれた声が響く。
アキからだった。


「あぁ、居ますよ。アキちゃん、どこ?」
 「実は、もう居ます…分かりますか?」


俺は周囲を見回す。

ふと百貨店側を見たとき、携帯電話を握り締めていたアキがいた。


「アキちゃん?」
 「…はい」


目深に被った帽子のつばを上げると、つぶらな瞳で俺を見遣る。

スカジャンにジーンズの格好。
小柄で、黒髪のショートカット。
綺麗な肌だが、化粧っ気のない顔。
おまけに、より低く抑えた声にぶっきらぼうな話し方。

しかし、その少年は間違いなく「女」だった。


 「驚きました?こんなんで」

アキはこちらの心情を察したかのように、そう問いだす。



 「がっかりしたでしょ?」

喫茶店でアイスコーヒーを二つ注文した途端、俺にこう切り出す。


「どうしてさ」
 「もっと女の子っぽい娘の方が良かったでしょって事」


話す声は無理やり低く押し下げている印象だった。


「今日はアキちゃんが良いと思ってたよ」
 「どうして?」

「だって映画を観に来たんだから」 


間もなくテーブルにアイスコーヒーが二つ並べられる。
俺はいつもブラックのまま戴くのだが、アキもそのままストローに口付ける。


「ブラックで大丈夫なんだ?」
 「いつもこうだから」


アキはぶっきらぼうに返事した。





俺は一人暮らしを始めてから、ある映画シリーズを見ている。

女王陛下に忠誠を誓い、酒と女と危険をこよなく愛し、任務の為なら生命を賭ける
40年以上も続くスパイ映画「007」シリーズだ。

5代目になってからの新作はもちろん、旧作も時間の許す限りDVDで見ている。



難解な任務、数々の秘密兵器、絶世の美女とのベッドシーン、そして命がけの勝負…
男のあらゆる憧れを具現化し、活躍する主人公・ボンド。

決して絶世の美男ではないが、誰よりも洗練されて格好良い。
スクリーンに飲み込まれ、自分もいつしか主人公になれる。


間違いなく、「男が好む男の娯楽映画」だと思う。


しかしアキは女性ながら、そんな007の大ファンだという。


「やっぱり、ああいう男に惹かれるからかな?」
 「ううん、そういうわけじゃないです」

「じゃ、俳優のファンとか?」
 「…自分がああいう男になってみたいって感じかな?」

「珍しいねぇ、女性ならああいう男なら勘弁って感じだろうけど」


テレコミで映画の話で盛り上がる事は、実は珍しかった。
女を口説く場面で、スパイ映画を持ち出す事も少ないだろう。
しかし、アキは言葉を選びながらも、その魅力を自分の言葉で語りだした。

女性にしては低い声で、朴訥とした口調で映画の魅力を切々と語る。
しかし、決して女らしくない…という訳ではない。

こういう女性には、付け入る隙が生まれやすい。
そう推理した俺は、何度目かの通話の際に、こう切り出した。


「そういえば今度、007の最新作やるじゃない?見に行こうよ」
 「え、いいの?やった〜っ」

「…いいの?」
 「私、一緒に見に行ってくれる人がいなかったから丁度良かった」


多少は戸惑われると感じた俺は、ちょっぴり拍子抜けしたが、
アキとのデートは無事約束できた。



アイスコーヒーを飲み干し、グラスの氷が音を立てる。
香ばしい苦味が、爽やかに口の中に広がる。


「思ってたより、女の子だなって感じたな」
 「嘘…どこがですか?」

よほど意外だったのか、顔を上げて食いついてくる。


「肌だよ、すごく綺麗だ」


どんなに男っぽく振舞っていても、隠し切れないものがある。

男にはない、肌理(きめ)の細かい頬の肌質。
間違いなく、女性ホルモンの成せる業だ。


 「そうなんだ…嫌だなぁ」
「どうして?女の子は肌の綺麗さは大事だぜ」

 「…嫌なんです。女って事が」


アキは22歳の学生だと言っていたが、「本当は27歳の会社員です」
OLって事かと聞くと、「その言葉、大嫌いなんで」
彼氏はいないの?とふると「…いない、ですね」
可愛いのに、作らないのぉ?と続けると「私、可愛くないですから」


終始俯き加減で、低い声で呟く様に話す。
ただ話すのが嫌々ではなさそうだ。
何か…自分の中の「何か」を抑え込んでいるように受け取れる。

今までの女との出逢いから、「抑圧された女としての自我の解放」が
何よりもドラマティックなのだと知る俺は、会話からその糸口を探る。



「ところでさ、今度の敵って、マスコミ王なんだってね」
 「…そう、今までに無かった展開ですよね!」

「やっぱり、もうネタが尽きてきたのかな?」
 「元々原作が冷戦時代からのだし、明確な敵が作りにくい時代だからね」


話を今日の映画の話題に替えると、途端に顔を挙げて明るく話し出す。
007シリーズが本当に好きなようだ。


「じゃ、彼氏はボンドみたいな人がいいの?」
 「…」


しばし考えた後、こう返事した。


「自分がボンドになりたい、って感じですかね」


意外な言葉を聞き、俺はアキを攻略するポイントを得た気がした。


映画の入場時間になり、俺はチケットを2枚購入して中へ入った。
指定された席に座り、しばし時間を過ごす。

目の前には、ふざけていちゃつく若いカップルがいる。


「良いねぇ、若い人たちは」
 「私じゃ、そんな気になれないでしょ?残念ですね」

「何言ってるの?俺はすごく魅力的だと思ってるよ」
 「…え?」

「女の子としてみてるって事さ。何なら今からでも抱けるよ」
 「…何、言ってるんですか?」


俺の左に座るアキの右手を強めに握った。

アキは、はっと息を飲むと、その手を振りほどこうとした。

その反応に俺は、ある確信を得た。



場内が暗くなり、まず予告編が次々と流れる。

そして、おなじみのガンバレル・シークエンスの後、本編。


軍事機器を扱うテロ組織の闇取引を危機一髪で壊滅する主人公の活躍。
いきなりクライマックスの展開から、主題歌。

アキは垂涎の眼差しでスクリーンを見つめている。

その後、ありとあらゆる男の世界を繰り広げて、2時間強が終わった。
映画館を出た後、すっかり日が暮れた街に繰り出した。













<次号へ続く…今回は4話構成です>




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