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華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2007年01月03日(水)

白雪姫はもう目覚めない。 〜思い出の雪〜
<前号より続く>



・・・・・・


つい2〜3か月程前…まだ暑さが残る時期。
体調を崩した由紀乃を見舞いに、俺は豊明市にある病院を訪れた。

白石 由紀乃…
持ちなれない花束を手に、病室の名札を一つ一つ見ながら、部屋を探した。

白いパイプのベッドに横たわっている、白いキャップを被った、
一際痩せた由紀乃がそこにいた。


「よぉ、元気そうじゃん」
 「あぁ、平良…」


「何を見てるんだ?若い男のビデオか?」
 「まぁ、間違いじゃないけどね」


由紀乃は、ビデオを見ていた。
画面には、見慣れない中学生たちの面々が映る。


  「由紀乃先生!俺たち、体育祭で学年優勝したよ!」
  「俺たちの一番カッコよかった所、見れなくて残念だったね」
  「私たち、次は合唱コンクールでも絶対一番取るよ!」
  「先生の国語の授業、楽しみにしているからね、ピースッ!」
  「今度、新人戦でも絶対勝つから、先生…安心して寝てて(場内笑)」
  「俺、先生の給食も全部食ってるから安心しててね〜!
   あ、退院したらちゃんと分けてあげるからっ(場内爆笑)!」


一通り、生徒たちがメッセージを伝えると、今度は整列して合唱を始めた。
課題曲、そして彼らが選んだ自由曲を笑顔で高らかに歌っている。 


 「これさ、昨日同僚が持って来てくれたの…」


そこに映っていたのは、彼女が担任する生徒達だった。
メッセージビデオを何度も繰り返してみていたようだ。


 「でもさ、こういうって、裏側が解っちゃうんだよなぁ」


病気に関する内容の言葉は一切言わない。
早く戻って来い、といった意味の言葉は言わない。
できるだけ普段通り、平静を装って話し掛ける。

だから、生徒の本心ではない『台詞』が並ぶ。

由紀乃は、どこか自嘲気味にそう話してくれた。
俺はただ黙って聞いていた。



「結婚式までには、本当にきちんと治しとけよ」
 「…ありがと」

「出し物の司会は、俺に任せておけよ」
 「…うん、でも、私さ、もう…」

「う〜んと二人をいじってやるから、楽しみにしとけって!また来るからな!」


帰り際。
俺は由紀乃にこう言って、病室を後にした。
由紀乃の言葉を振り切って、逃げるように。


・・・・・・


実はそれ以来の再会となる。

俺は見上げた結婚式場に背を向け、さらに奥まった所にある建物に向かった。
表の看板には、白石 由紀乃の名前が記してある。

やはり、夢ではない。



俺はエレベーターで3階に上がった。
準備した封筒を胸ポケットから出し、行列に並んだ。

式場の奥をのぞくと、白いドレスを着た満面笑顔の由紀乃がいた。
たくさんの参列者を見つめ、何を思っているだろう。
彼女が好きだったアーティストの曲がオルゴールで流れている。
脇には、白い花輪がいくつも並ぶ。

受付を済ませた俺は、式場最後列に偶然いた藤崎の隣に座った。


「よぉ」
 「平良ぁ…」


涙を抑えきれない藤崎は、それきり言葉を発しなかった。

俺は司会者の挨拶に、正面を向いた。
手に、数珠を持って。


静かに由紀乃の通夜が始まった。


読経が流れる中、焼香が始まった。
親族から順に済ませていく。
由紀乃と関わりあるだろう生徒も多数訪れ、みな泣き声をあげていた。
やがて、藤崎や俺の番になった。

笑顔の由紀乃の写真を見つめ、二度焼香し手を合わせる。

親族席の脇に、寺下がいた。
気丈に振舞うが、俺の顔を見た途端、大粒の涙を落とす。


「…」
 「…」


泣き崩れる寸前の男を前に、俺も何も言えない。


会場に、見舞いの際に聞こえた合唱曲が流れる。
やがて、代表生徒のスピーチが始まった。


 「 先生、聞こえますか? 私たちの歌声が。
   先生、届いてますか? 私たちの気持ちが。

   病室からのビデオレターで、先生は必ず復活するから待ってなさい!って
   約束してくれましたね。
 
   昨日の朝、この報告を校長先生から受けて、
   私たちはどうにもならない悔しさと悲しさに暮れています。

   体調がすぐれず苦しい中でも、私たちの元へ帰ってくるために
   最後の瞬間まで努力されていたことを知り、とても悔しい気持ちです。

   私たちに、他にできることはなかったのだろうか。
   私たちは、由紀乃先生に何をしてあげるべきだったか。

   いつも私たちを真剣に向き合い、叱り、励ましてくれた由紀乃先生。
   だから、思い切り喜ばせてあげたかった。褒めてほしかった。
   一緒にたくさん泣いた分、もっともっと思い切り一緒に笑いたかった…

   先生、痛かった?寂しかった?でも、がんばったんだよね?
   もう安心していいよ。ゆっくり休んでいいんだよ。
   私たちが今度はがんばるから、先生の分まで。
   忘れないから…でも…ちゃんと見守っていてね。
   絶対だよ、由紀乃先生…先生…」


代表生徒はもうこれ以上、まともに話せないでいた。
式場中の聴衆も涙に咽び、聞いていられなかった。

これほどまでに哀しい通夜は、記憶にない。


明日の告別式の告知を済ませたあと、司会が案内する。


「最後のご面会を希望される方は、どうぞ前へお進み下さい」


藤崎を見遣ると憔悴しきっていて、とてもそれどころではない。
俺は一人で席を立ち、面会の列に並んだ。

棺の蓋が開かれる。
真っ白い衣装を身に纏い、そっと横たわる由紀乃がそこにいた。
寺下との結婚に備えて準備していた、ドレスだろうか。

みな一際声を上げて泣き崩れる。

しばらく並び、俺の順番になった。
棺を覗き込み、由紀乃の亡骸を間近で見る。

数年前、俺の部屋で、俺の布団で寝ていたあの寝顔のままだ。
うっすらと頬を緩ませ、まるで子供が寝ているかのような表情。
前回、白いキャップを被っていた頭部には、黒い髪が軟らかく生えていた。

俺は目の前の現実を受け入れることが出来ないでいた。


棺を前に、呼吸していない由紀乃に、言葉が出ない。







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考えていた言葉ではない。
とっさに口に吐いて出たのだ。

もう二度と会えないのに、俺は再会を約束する言葉を口にしてしまった。

相手に嘲笑されるような言葉を吐いた俺。
しかし、もう何も聞こえない由紀乃は、ただただ静かに横たわっていた。


藤崎を見遣る。
親友の現実に打ちひしがれ、悲しみに身を小さくして耐えていた。


俺はとても動けそうにない藤崎を残して、式場を出た。
外は、白い粉雪混じりの、さらに冷たい風が吹き荒んでいた。


「しらゆきひめ、か…」


冷え切った車に乗り、エンジンに火を入れる。
勢いよく吹き上がる。



  俺、由紀乃に話さなければならないことがあった。
  前回、見舞いに行ったときから、知ってた。

  寺下から聞いていたんだよ。
  由紀乃を蝕んだ脳腫瘍が、もう取れない場所に出来ていた事を。 

  本人には、伝えていなかったらしいな。
  だから最後まで苦しくて辛い治療に耐えてたんだと。
  その後の教壇への復帰を、奴との結婚を信じていたんだよな。


   「生徒の本心ではない『台詞』が並ぶ」


  由紀乃、ごめんよ。
  実は俺も本心ではない『台詞』を並べてた。

  それを言えなくて、苦しかった。
  だから、最後に振り切っちまったんだ。

  その後に続けようとした言葉、聞きたくなかった。
  『台詞』以外の『言葉』が溢れそうだったからな。

  奇跡が起きて健康な身体に戻ったら、笑って謝れたのに。
  謝ることもできなくなっちゃったな。
  もう、由紀乃の時間は、止まっちゃったんだな。



 
病室を出る際、由紀乃が俺に最後に掛けた言葉の続き…

 「…うん、でも、私さ、もう…」

代表生徒のスピーチ…

 「病室からのビデオレターで、先生は必ず復活するから待ってなさい!って
  約束してくれましたね」


もしかして由紀乃…自分の運命に気付いていたのか?
もしかしてお前も気遣って『台詞』を並べていたのか?

だとしたら、これほどどちらにも切なく哀しい『芝居』はない。



部屋に来た時、俺につい漏らした弱音の後の言葉。

「なぜ、俺に言うんだ?」
 「…親友(ともだち)、でしょ?」

帰る間際、駅までの道のりの途中。

 「それって、私が親友(ともだち)だから?」


最後に、親友に伝えたかった言葉を振り切った俺。
その後、胸にしまったまま、天に召された由紀乃。

二度と取り返しのつかない振る舞いをしてしまった。


俺を親友(ともだち)と呼んでくれた、女を亡くしたのだ。



色々な事を後悔しているうちに、時間が経ってしまったようだ。
フロントグラスの向こうに、うっすらと銀世界が広がっている。

俺は後ろ髪を曳かれる思いで、式場を後にした。



  旅立った親友へ

  あえて、もう一度言わせてほしい

          また、どこかでまた会おう

  輪廻転生なんてある筈が無い あの世だって信じていない
 
          でも、俺はもう一度、君に会いたい

  愛する王子との接吻でも、白雪姫はもう目覚めない

          でも、俺はもう一度、君に会える気がしてならない

  無理だと判っている 声など気持ちなど もう届かないことも

          でも、また、どこかでまた会おう
  
          だって、俺と君は 親友 なのだから。




仕事の日程の関係上、告別式には出席できない。

出棺の時刻。
俺は仕事の席を外し、心の中で黙祷した。



あれから、何度目かの冬。

窓の外を見れば、今季初めての積雪。
今年もまた由紀乃との思い出がよぎる季節が訪れ、過ぎていく。




 ☆毎度のご愛読、誠にありがとうございます。
  今回は昨年掲載予定だった番外編を掲載します。

  由紀乃は私にとって、忘れる事の出来ない女性でした。

  久々の登場での、ご期待に添えない内容かと思いますが、
  私の思い出を整理する場として、ご容赦下さい。

  次回は正調「華のエレヂィ。」をお届けする予定です。
  どうぞお楽しみにしていて下さい。

  TAIRA will return in next elegy.
  


2007年01月02日(火)

白雪姫はもう目覚めない。 〜彼女の不安〜

<前号より続く>



10時半を過ぎた頃、由紀乃が家に現れた。
当時住んでいた日進市から、電車でやって来たのだ。
若干酔っ払っている様子の由紀乃は、躊躇うことなく部屋に入る。
そこで部屋のクッションに枝垂れ掛かる。


 「平良ぁ、今夜は飲もうよぉ」


由紀乃はそう呟く。
忌憚無い会話を交わせる関係ではあったが、こんなことは今までなかった。
俺は部屋にあった安物のブランデーや焼酎を出した。
しかし、つまみになりそうなものは無い。


 「前のコンビニで買ってきてよ…」


そういうと、俺を部屋から追い出した。
仕方なく、近所のコンビニでつまみを買い、部屋に戻る。
由紀乃は冷蔵庫から勝手に氷を出し、グラスに注いだブランデーを煽っていた。


「…由紀乃さぁ、なんちゅう呑み方をしてるんだ?」
 「なんか文句ある?あるならはっきり言えよ、言えってば…」


彼女は荒れていた。
一通りアルコールを飲み下すと、今度は思いがけない事を言った。


 「今日さ、泊まっていくから…パジャマ貸りるね」
「そりゃまずいよ!お前、付き合ってる男がいるだろ?」

 「いいんだって、黙ってりゃ分からないから」
「だからと言ってさぁ…」

 「あ、嫌なの?いいよ嫌なら、橋の下で野宿すっから!」


ここで折れてやらないと、いくら寒空の中でも、この女は本気でやりかねない…
女の手管だと判っている。

俺は渋々と洗濯したばかりのパジャマを貸した。
してやったりの由紀乃。

そして再び俺を部屋から追い出す。
呼ばれて部屋に入ると、俺のパジャマに着替えた由紀乃が立っていた。


 「やっぱり平良って図体でかいねぇ…」
「…悪かったなぁ」


俺のパジャマを、小柄な由紀乃が着たのだから、当然余裕がありすぎる。
まるで親の服を着た子供のいたずらにしか見えない光景に、吹き出した。

この日の由紀乃はまだ飲み足りないらしく、その後も飲み続けた。


「…何があったんだ?」
 「何でそんなこと聞くの?」

「いつものお前の飲み方じゃないじゃん」
 「…うっせぇなぁ」

「いいから話せよ、そのつもりで来たんだろ?」
 「…だって、だって」


他所の男の家に泊りに来るほどの理由を、俺は聞きたい。
傍らで、どこか言葉を選びながらゆっくりと話し始めた。


・・・


由紀乃は、寺下からのプロポーズを受け、悩んでいた。


寺下の実家も由紀乃のことを気に入っているらしい。
この話は寺下家だけでなく、由紀乃の実家からも歓迎された。

双方から早く孫の顔を見たいと言われる。
そして女は家庭と子育てのために、激務の教師業を辞めるよう言い渡された。


力量を認められ、早くも学級担任を持った由紀乃にとって、
一生の生業と決めた仕事を放り出すことになる。

仕事と結婚。
生業と家庭。
どちらを取るかで、決断を迫られていた。

両方取っちゃえばいい!
いつもの由紀乃なら、そう言い放つだろう。
しかし、自分の問題だけではない重圧が彼女の調子を狂わせる。


そんな由紀乃の悩みに、当の寺下は明確な考えを表せないでいた。


彼に解決を求めたのではない。
きっと、はっきりとした言葉で、彼女を勇気付けてほしかったのだろう。

優しい寺下は、自分の実家と彼女との狭間で、彼女の悩みを受け取ることしか
出来ないでいた。

由紀乃は自分の迷いに意見一つ出さない寺下に、不安を抱いていた。


そんな彼女がつい漏らした、決して寺下には言えない、弱音。


「なぜ、それを俺に言うんだ?」
 「…親友(ともだち)、でしょ?」


その意思を、友達の寺下に伝えろ、と言うのか。
俺はそう解釈した。
しかし、ここは俺の出番では無いと考えた。
二人の問題、ならば二人で解決すべきだと。

俺も曖昧な返事で由紀乃の愚痴混じりの話を聞いていた。

・・・


いつしか俺は寝こけてしまう。

新聞を配達するバイクの音で気がついた。
朝になっていた。
由紀乃は俺の傍らに、膝を抱えたまま座っていた。


 「平良ぁ、酔っちゃったし、もう寝よっかぁ…」
「あ?この部屋には俺の布団しか無いぞ」

 「一緒に寝ればいいじゃん、布団一つならさ」
「…?」

 「寂しいじゃん、男の一人寝なんて、ねぇ」
「…まずかろう、それって」

 「安心して、私なら、今はその気全く無いから」
「あのな、俺の問題なんだって、そういうことはさ」

 「私ね、言っておくけど、藤崎ほど大胆じゃないから」
「ふ、藤崎…?」

 「昔、泊ってったでしょ?私、知ってるんだから」
「…あぁ」


甘苦い記憶がよぎる。

藤崎とのエレヂィ。<リンク>




確かに、由紀乃と藤崎とは親友だ。

行間の脅迫というのか、直接的ではないが、言いたい事が伝わってくる。
さすが、国語科の中学教師だ。

結局、由紀乃は昼過ぎまで俺の布団で寝ていった。
俺は布団に入らず、いや入れずにその脇で横たわった。

夕方、日が沈んだ後。
すっかり二日酔い状態で冴えない由紀乃と身体が冷えて節々が痛む俺は、
ふらつきながら近所の駅まで歩いていった。


 「平良、もっと度胸あるかと思ってた」
「どういう意味だよ?」

 「女なら誰でも手を出すかと思ってたってことよ」
「…お前には出さない、絶対出さない」

 「それって、私が親友(ともだち)だから?」
「男と女の間には、友情は存在いたしません!それに惚れられたら困るからな」

 「言ってくれるじゃん!じゃいっそ、抱かれちゃえばよかったかなぁ〜?」
「もしそうなったら、俺の指だけで離れられなくなるぜ」

 「どういう意味だよ、このエロオヤジ!」
「わかってんじゃんか!エロ教師!」


くだらない会話が妙に楽しかったのは、きっと寝不足のせいだ。


・・・・・・・・


その後、俺たちが顔を合わせると、どちらともなくこの日の思い出話になった。

それも、もう話すこともない。


すっかり日も暮れた。
暗闇から北風が吹き荒ぶ。

天気予報は、東海地方は今夜から断続的な大雪だという。


随分遅れたが、何とか毘森公園に到着した。
その奥にある駐車場へと、車を止める。
俺は車内で外していたネクタイを締め、コートを手に車を降りた。


はでやかな結婚式場がライトアップされている。
ここで式を挙げるつもりだったか…
俺はそのまぶしい建物を見上げた。



<以下次号>



2007年01月01日(月)

白雪姫はもう目覚めない。 〜都会の稜線〜

暖冬と騒がれていた、ある年の12月。
暮れも押し迫ってきた、師走のある日。


この冬一番の寒気団が日本列島を覆い…と聞きなれた言葉を連呼するカーラジオ。



午後5時。
今、日本最大の自動車会社を擁する工業都市・豊田市の国道248号線上に居る。

マンション、住宅、そして工場群…
不規則な縦横の直線で延々と様々な屋根の形が連なる、都会の稜線。

西南西の空は深い色合いの夕陽に焼かれ、上空から少しずつ濃紺の闇に焦がされ、
稜線がくっきりと浮かび上がる。

この季節の日没前後の光景が、最も美しい。

いつもなら小狭いオフィスの窓から、一服がてら眺めている光景だが、
今日はフロントグラスの内側からの見物となった。


俺は仕事を早く切り上げ、市街地にある毘森(ひもり)公園を目指していた。
この街の名物である‘帰宅渋滞’にはまり込み、俺はいつも以上に苛立っていた。


ある女に会うためだった。
その女とは、大学時代の同期生。


この公園には照明施設付きの野球場があり、休日などには草野球で賑わう。
またこの公園脇には、結婚式場などの施設も集う。

俺は礼服に身を包み、その公園脇を目指していた。


・・・・・・・


 「はじめまして!私は広島から来ました、白石 由紀乃です!
  文学部英文学科です。趣味は格闘技とカープの応援です。
  好きな食べ物はお好み焼き!広島焼きのおいしい店を教えて下さい!
  ニックネームはしらゆき、なので‘姫’です!どうぞよろしく!」


誰よりも大きな声での挨拶に、拍手喝采を浴びていた。

大学に入りたての頃。

名古屋駅近くのレジャービルにあるチェーン店の居酒屋。
サークルの新歓コンパが行われていた。
毎年恒例の新入生挨拶の場面だった。

くじで俺の斜向かいに座った女の子…名を由紀乃と言った。
小柄で細身、化粧っ気が無く、えらく元気が良い。
曲者ぞろいの先輩連中を前に、堂々とあいさつをかましてくれた。

俺とも意気投合し、大変印象の良い娘だった。

当然、瞬時に人気者となった。
大人ぶった大学生連中が、次々と挨拶がてら話しかけてきた。

大学の先輩と言えども、今にして思えばお子様揃い。
酒の飲み方も覚えたてな連中には、飲まれてしまう輩もいる。


 「おぅ、そこの白雪姫!」


一際酒癖の悪い先輩・寺下(てらもと)が由紀乃につっかかる。
どうやら口論になっているらしい。
俺はそばにいた仲間に尋ねた。


「あの二人、何でもめてるの?」
 「どうも、お好み焼きで(もめてるらしい)…」


論題は『お好み焼きは関西風と広島風、どちらが本道か?』。


寺下が居酒屋のお好み焼きを追加しようとした時、由紀乃が突っかかった。


 「私、ここのお好み焼きは食べない!」


関西風の混ぜ焼きなんて、気持ち悪いから食べない!と言うのだ。
そこに関西出身の寺下が噛み付いた。


 「おぅ、関西風のどこが悪いねん!腹に入ったらみんな一緒やんけ!」
  「そんなのと一緒にしないで!私は嫌なのっ!」

 「気に入らんなぁ…お好み焼きの元祖は関西なんやぞ!」
  「勝手に決めないで、広島の方がおいしいし、メジャーなんだから!」


大学生の口論好きは理解できるが、他愛も無い話題での怒気を込めた舌戦も困る。
おまけに周囲には一般の客もいるのだ。

エキサイトする二人を引き離すべく、周囲もなだめ出す。
まだ関西弁の抜けていない俺は、そばにいた由紀乃に声を掛け、なだめた。

「白石さん、ちょっと落ち着こうや。相手は酔っ払いや、聞き流がさな…」


しかし火に油を注ぐかのように、二人はさらに激高しだす。

 「お前、ちょっと外へ出ぇ!」


呂律も回らない寺下が由紀乃の胸倉を掴む。
次の瞬間、寺下がふわりと宙を舞った。

由紀乃が寺下を居酒屋の座敷の畳の上に叩き付けた。
柔道の心得があった由紀乃が投げたのだ。


衝撃で近くのテーブルにあったジョッキや小皿の刺身醤油が飛び散る。


 「はがえぇのぉ、女に手ぇ上げるとはよぉっ!」


上に圧し掛かる由紀乃は先輩、それも男性相手に胸倉を掴み返して
怒号を吐き、凄んで見せた。
それも襟元で寺下の喉元を絞め、完全に制圧していた。

周囲は凍りつく。

涙目の寺下はあっけに取られ、押さえ付けられたまま二度と歯向かえない。

圧倒的な、衝撃的な光景だった。


・・・・・・・


「そんな二人が結婚するんだから、人の縁とは分からんもんだね〜」


大学卒業から4年目になる、ゴールデンウィークのある日。
うららかな陽光が差し込む寺下の自宅に、懐かしい面々の笑い声が響く。

サークルの仲間が久しぶりに集った。
寺下と由紀乃との門出を祝うためだ。


居酒屋での事件後。
なぜだか、まもなく二人は密かに交際を始めたらしい。

大学を卒業した後、寺下は豊田市内の自動車の販売会社に就職した。
由紀乃は国語科の教員免許を取り、隣町の中学校の常勤講師となる。
互いに違う仕事に就いたものの、変わらぬ愛情で関係を育んできた。

そして、この栄えある結論に至ったのだ。


「ところで、どちらから告ったんだ?」
 「そりゃ、ね〜っ」


由紀乃はちらりと寺下を見遣る。
視線を感じた寺下はさらに深く俯いた。

素面(しらふ)の寺下は大変な照れ屋で、この話題になると終始俯いたままだ。


「ここまで酒で人格が変わる男もめずらしいわな」
 「でも聞いて!私の前では飲んでも変わらんよ?」

「そりゃまた投げ飛ばされるからやろ?」


再び爆笑の渦が広がる。
相変わらず、寺下だけは俯いたままだったが。

結婚という結論は、男にとっても勇気と覚悟が必要なもの。
内気な寺下が決意したのも、勝気な由紀乃の後押しもあったのだろうか。

その後、秋になるとさらにめでたい知らせを受ける。

由紀乃が教員採用試験に合格し、常勤講師から正式な教諭になるというのだ。

由紀乃と寺下の仕事の関係もあって、挙式を後に伸ばすことになったが、
二重の快挙に、俺たち仲間は大いに盛り上がったものだ。


・・・・・・・


やがて信号が赤から青に変わる。
しかし渋滞した車列は一向に流れる気配が無い。

式の時間に、間に合うか…

渋滞を考慮し、充分な時間の余裕を考えて会社を出たのだが、不安になる。
慣れない道、想定以上の渋滞。

街は暗闇に、そして電気の灯りに移り変わっていく。


・・・・・・・


 「平良ぁ、家に居るんだ?今から行くからぁ、宜しくぅ」


受話器を取る。
ビーッ…と独特の電子音が鳴った後、聞きなれた声が聞こえてきた。

相手は由紀乃。
公衆電話からの電話だった。

寺下との結婚が決まる前年、こんな不躾な電話をよこしたことがあった。

晩秋の金曜日。
夜9時を過ぎていた。
俺は寝そべってテレビで映画を観ていたが、大慌てで部屋を掃除した。

隠すべき雑誌やビデオを隠すのは、男としての最低限の気遣いだ。



<以下次号>





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