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華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2003年08月22日(金)

傷だらけの生娘。 〜涙の声〜


<前号より続く>


深く語り出すりりかに、異変が生じていた。
ブランド物のポーチからハンカチを取り出して、交互に目頭を押さえ出す。

ここはキャバクラ。
賑やかな店内で、明らかに違う雰囲気を俺とりりかを包む。


 「私、分かるんだもん・・・おばあちゃん、小さくなってくの。
  会いに行くたびにね、背中曲がってきて、小さくなっていくの・・・」


そう言い終わると、りりかは堰を切ったように嗚咽し出した。

 「分かるの。おばあちゃんも寂しいんだって・・・
  私の事、いっぱい守ってくれたんだもん・・・
  私が・・・私が今度はおばあちゃんを守って、最後まで面倒見てあげるの・・・
  おばあちゃん、ゴメンね・・・寂しいのに何もしてあげられなくてって・・・
  ずっと、自分で悔やんでるの・・・
  おばあちゃんに逢いたいの・・・」


りりかの中で、今まで誰にも声にして言えなかった心底の思いを口にした。
母親にも心を許せぬ孤独な少女の、きっと最小限の叫び。

異様な光景に、野畑も吉井も、他の客やキャバクラ嬢も一斉にこちらを見る。
すぐさまボーイがりりかに寄り添い、背中を擦りながらなだめる。
席を外させようと促すが、りりかはすぐにボーイを制し、俺の方へと向き直った。


 「ごめんなさい・・・ちょっと取り乱しちゃった・・・」
「いいよ、全然構わないよ」

 「私ね、こんな話をね、誰にも聞いてもらった事無いの・・・
  それもお金払ってくれるお客さんに聞いてもらっちゃって・・・
  すごく悔しい・・・でも嬉しくて・・・」


その嬉しさから思わず涙をこぼした、とまだ潤んだ瞳で笑って見せた。
俺がそんなりりかに、どこかぎこちなさを感じていた。

俺が男だからだろうか。
りりかの話の中で、父親がどこにも出てこないのだ。


「お父さん、どうだったの?」
 「・・・知らないっ」

短く強い言い切りで、父親の事を知らないと言い切った。


りりかは気付いていたのだろう。

自分の家庭が壊れた理由を。
母親が、自分へ暴力を振るわなければいられらなくなった理由を。

その全ては父親の存在が最大の元凶だという事を。

そんな母を許しても、父の存在を拒絶しているりりか。
深く語りたがらないのは、その存在すら認めたくない証し。

父の罪は、思いのほか深く重いようだ。


 「私ね、本当に男が苦手なんだ・・・
  本当に男の人信用しないし、仲良くなった事なんて無かった・・・
  だから自分でも分かってるの。
  この仕事、向いてないって事もね・・・何やってても辛いもん。
  でも、この仕事がなきゃお家にお金入れられないから・・・」


りりかはそう言って、また泣きそうになりつつも微笑んだ。
痛々しいスマイルだった。

下衆な酔漢の愚痴や痴話の聞き流し役として、日々耐え続けている。

彼女は、自分のできる事を頑張っている。



間もなくボーイがりりかを呼びに来た。

 「お客さん、本当にごめんなさいね・・・」
「いいよ、いい話聞けたから」

 「あ、携帯でメールできる?アドレス教えて欲しいな」
「何、営業メール?(笑)」

 「そういう訳じゃないけど・・・いい?」
「ああ、いいよ」


俺は彼女からもう一枚名刺を受け取り、その裏にアドレスを書いて渡した。

 「平良さんって言うんだ。ありがとう・・・」

そう言ってりりかはソファを離れ、
ボーイに連れられ、急ぎ足で照明の届かない店の奥へと消えていった。



 「たいちゃん、ごめ〜んっ」

そう言って、申し訳無さそうな素振りでマナが入れ替わりで帰ってきた。


 「さっきの娘、泣いてなかった?」
「あ、ああ。処女の子を泣かせちゃった(笑)」

 「ああ〜っ、泣かせたの〜?ひどい人っ」
「結婚してって口説いたら、泣いちゃったよ(笑)」

 「嘘付き(笑)」


マナはそう言って、俺に新しい水割りを差し出した。


「さっきの娘、良い娘だったなー」
 「りりかちゃんの事、気に入ったんだ・・・ねぇマナの事は?」

「あっちこっちにお呼びが掛ってるし、俺一人で独占できないから嫌だ(笑)」
 「うそ〜っ、平日の夜に来てよ・・・ゆっくりとお話しできるから」


そんな話をしている間に、三度マナは席を立ち、他の客に付いた。
入れ替わりにまた新しい娘が俺の脇に座った。


しばらくして、店の間接照明が一気に明るくなる。
閉店時間だ。

俺達は席を立ち、野畑が支払いを済ませる間にエントランスへ向かう。
そこには、その時間に店にいる全ての嬢が並んで出迎えていた。


「たいちゃ〜ん、本当に今度また来て」
 
マナが俺の元に来て、そう言って名刺を握らせた。
そこにはマナの携帯メールアドレスの走り書き。


 「ありがとう・・・またゆっくり話がしたいね」
「だから、今度来る日をメールして・・・」

 「分かったよ、もう行かないってメールする(笑)」
「ダメー!絶対来るの!」


マナに手を振り、俺は店を後にした。
そこには、りりかの姿は無かった。


一足早く店を出た野畑と吉井に合流したが、二人ともどこか不機嫌だった。

 「平良、お前、店の娘泣かせてどういうつもりだ?」

俺がいじめて泣かせたのだと思っている野畑は絡み口調で突っかかる。
あの店の先ほどの水割りで相当酔っている様子だ。

そこに早速携帯が鳴る。
メールが届いたのだ。


 『平良さん、今日は本当にありがとう。
  途中で泣いちゃって、恥ずかしいです…(^^;ヾ
  いままで男の人が嫌いだったので、余計に変な気持ちです。
  でもぜひまたお店に来てくださいね   りりか 』


次の日の朝、りりかのメールに返事を打った。

 『メールありがとう。
  りりかちゃん、辛い状況でも本当によく頑張っているね。
  本当におばあちゃん思いの優しい娘だとおもったよ。
  また店に行くので、お話ししようね taira ♂ 』



それからしばらくした、午後。
見慣れないアドレスのメールが届いた。

 『平良さん、覚えてる?りりかです。
  あのお店、辞めました。
  なので携帯も替えて心機一転です(^^)
  来週から岸和田で一人暮らし始めます。
  おばあちゃんの家から、徒歩10分のアパートです。
  お仕事大変だろうけど、がんばってね
  で、マナちゃん怒ってるよ。メール来ないって 笑
  だから私はいないけど、お店にもたまに行ってあげてね 』
  

りりかから本名に戻った彼女からのメールだった。
彼女にとって、一つの目標が達成できたのだ。

返事を打った。


 『平良です。おめでとう。
  これで一つ目標が叶ったね。俺も嬉しいよ。
  マナちゃんには悪いけど、君がいないならお店に行ってもねぇ。
  おばあちゃん、それにお母さんも大切にね。
  そして早く信頼できる彼氏を作ってねー(笑)taira ♂ 』


メールを送信する。
送信を完了しました、と小さな画面に表示された。


そして操作を切り替える。
メモリダイヤルの中に登録しておいた、りりかのアドレスを消した。

もうりりかと、いや彼女と「りりか」として会うことも無かろう。
本名に戻った彼女に、店の客だった俺が求めるものも無い。








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 ※毎度のご訪問ありがとうございます。
  本当にお久しぶりです。細々と生きておりました。

  更新が滞る間も見守りつづけてくださり、感謝しております。

  遅ればせながら、次回は一周年&50000hit記念のエレヂィをお届けする予定です。

  投票&My登録もどうぞ宜しくお願いします。
  次回のエレヂィもどうぞお楽しみに。





2003年08月21日(木)

傷だらけの生娘。 〜紫の髪〜

<前号より続く>



りりかが中学生の頃あたりから、母は何かと娘を殴るようになった。
別に酔って手を挙げる、というレベルではなかった。
普段から何か気に入らない事が起こると、娘に暴力で当った。

それまでも彼女が悪い事をして叩かれる事はあった。
しかし母は我が娘に対して必要以上に暴力を振るうようになったのだ。

髪を掴まれて引きづられ、平手や拳、時にはビンで我が子を殴りつける。
一度は目を上から殴られ、しばらく視界が定まらない事もあったという。

理不尽な暴力にりりかも抵抗するが、母はそれ以上に襲い掛かる。
身内ゆえに、手加減無しに行われる折檻。

支えの無い孤独で過酷な生活に疲れた母は、鬼へと変わっていった。



 「私ね、今19なんだけど・・・一人暮らしがしたいの」
「お母さんから逃げるため?」

 「うん・・・でも貯まらないなぁ」
「そうかぁ・・・こういう仕事をしているのを、お母さんは知ってるの?」

 「知ってるよ。嫌がるけど・・・お金を入れてるからね」


りりかは今でも母に月6万円を渡している。


自分の娘が水商売の世界で働くのを歓迎する親などいないだろう。

精神的なバランスを崩した母は満足に働きにもいけず、今も家で過ごしている。
りりかの稼ぎを頼って生活をしなければならない。

そんな母の葛藤と苛立ちがさらなる暴力となって娘に向けられる。


昨日も母に左眼の上から殴られ、その周囲には痣が浮かんでいた。
その痣と心の傷を覆い隠すための『厚化粧』だったのだ。


 「でもね、助けてくれる人がいるの」
「へぇ、誰?」

 「岸和田のおばあちゃん!よく遊びに行くんだぁ」

顔を挙げ、一瞬俺に向けて笑顔を浮かべる。
それまでの作り笑顔とは明らかに違い、頬まで緩む。


りりかが母から暴力を受けた時、助けてくれたのは父方の祖母だった。

離婚する前。
普段から折り合いの悪かった母親と祖母は、事あるごとに対立していたという。

りりかが母に叱られた時。
無関心だった父親の影で、真っ先に慰めてくれた祖母。

両親が離婚した後も、祖母はそれまで通り彼女を可愛がった。
自分の孫だ、という強い自覚があったのだ。

母親がりりかに私刑まがいの暴力を振るった時、
自分の身を呈して防いでくれた事もあったそうだ。

離婚後も祖父母はりりかの家の近くに住んでいた。
その祖母も、祖父が体調を崩してから二人で故郷の大阪の岸和田に戻ったそうだ。

母親は厄介払いとばかりに喜んだ。

しかし母親に内緒で祖母の連絡先を聞いていたりりかは、
年に数回はそっと岸和田に顔を出していた。

祖父は2年前、亡くなったという。
それから祖母は一人暮らしをしている。


りりかは祖母に本当に感謝している様だった。


 「うちのおばあちゃんね、気持ちは若いんだよ〜」


今年76になるりりかの祖母は白髪を紫に染め上げ、
趣味の旅行を楽しむ悠々自適の生活を送っている。

 
 「おばあちゃん、岸和田の女だからね・・・気も強いよぉ」


時には母親と引っ叩き合いにもなった程、激しい気性の祖母。
台所から刃物を取り出された時にも、動じずに素手で立ち向かったと言う。
母親の理不尽な暴力から孫を守るために身体さえ張った。

『気持ちの強さ』は腕力で訴えるものではない事をりりかは理解している。


「そりゃまあ、すごい家庭だなぁ・・・」
 「おばあちゃんが危なかった時、お母さんを突き飛ばしちゃったしね」


突き倒された祖母に危険が及んだ時、りりかは母親に体当たりして救出したという。
そんな話を遠い目で懐かしそうに話す。


 「私ね、だから一人暮らしするアパートを岸和田で探してる」
「本当・・・残るお母さんはどうするの?」

 「・・・大っ嫌いなんだよ、うちのクソババァ(母親)。
  でもね、一人じゃ生活していけない人だから、お金だけは入れなきゃね」


ただ嫌いなだけの人ならば、縁を切ればよい。

りりかはどんなにひどい仕打ちを受けたとは言え、
決して母親との縁を切ろうとはしていなかった。

女同士にしか分からない、関係とでも言うのだろうか。

どれだけ憎んでいる母親でも、母親は母親。
本当に健気な娘だ。


 「岸和田かぁ・・・だんじり祭だっけ?」
「私、まだ見たことないんだけど、おじいちゃんがそんな話をしてたなぁ」


だんじりで市内を疾走する、迫力満点の話が大好きだったと言う。
ふとした会話から、祖父の話になり、さらに意外な方向へと向かった。


 「おじいちゃんね、2年前に死んじゃったの・・・
  それからのおばあちゃんったらね・・・」


白髪を紫に染め上げ、度々旅行に出かけるようになったの、という。

伴侶を失い、残りの人生を一人で過ごさなければならない・・・
その不安や侘しさを癒すために、目立つおしゃれをし、わざと人ごみに出て行く。

そんな祖母の姿から、優しい孫はあらゆる心のうちを読んでいた。


 「私が岸和田から帰る時に、とにかく心配してくれるの。
  何か遭ったら、すぐに岸和田まで飛んで来なさいって。
  でもそれが本当は、おばあちゃん自身が不安なんだろうな・・・っていつも感じるの」



<以下次号>

※次号が完結編です。






2003年08月20日(水)

傷だらけの生娘。 〜痣と母〜



<前号より続く>



程なく、次の娘が俺の隣りに座った。
和服姿でしとやかな雰囲気の女性だった。
お約束通り、名刺を差し出してくる。

 「私ね、実はもう25なの・・・オバサンだから他の娘と違う手で目立たないと・・・」

俺が尋ねた和服の訳をそう笑って説明してくれた。


また15分程経って、その娘も他の席に移っていった。


 「ごめーん、たいちゃん・・・待っててくれてよかった〜っ」

申し訳無さそうにマナが帰ってきた。

俺のグラスにブランデーを足しながら、また盛り上がる。
また10数分後、マナも別の席に立っていった。


忙しない雰囲気になかなか落ち着かない。
隣りではまた違う娘に今度は下ネタで盛り上がる野畑の姿があった。
野畑はこういう遊びが好きなのだろう。

会社では見たことの無い、活き活きとした彼が印象的だった。



 「すみませ〜ん、お隣り宜しいですかぁ?」


空いている俺の隣りに、白いスーツの女が現れた。
よく見ると、彼女の顔まで白く浮かんでいる。

その薄暗い店内で見ても判る程、やけに厚化粧なのが印象的だ。


「どうぞ」
 「ありがとうございま〜す」


彼女はまたポーチから名刺を差し出してきた。
女の源氏名は、黛 りりか。
厚化粧だが、一見してまだ若い。


「まゆずみ・・・かぁ。難しい漢字使ってるね(笑)」
 「読めた?この名前ね、なかなか呼んでもらえないの。あとね・・・」

「ん?」
 「りりか、この前お客さんから“AV女優”だって言われたのぉ!」

「見た目がかい?」
 「名前〜っ!もう替えてもらおっかな〜・・・まだ処女なのにぃ(笑)」

「あ、そう・・・道理で男慣れしてないと思った(笑)」
 「でしょ〜っ・・・って本気で思ってないでしょっ」

「・・・バレた?(笑)」
 「いいもん、もうっ・・・誰も信用してくれないんだから・・・」


やけにハイテンションなりりか。
俺も慣れてきたせいか、少々失礼な事も口にしてみたりした。


 「お客さん、見ない顔だね」
「俺、今日がキャバクラ初体験だし」

 「うそぉ、本当はすっごい遊び人でしょ〜っ」
「遊んでないっすよ、本当に・・・こういう店では」

 「分かった!他の店でブラックリストに乗ったからこっちに来た。どう?」
「だから遊んでないんだって(笑)」



りりかがテーブルに手付かずに置いてあった俺のグラスを目にした。


 「水割り、作り直そうかぁ?」 
「・・・そうだね。お願いしようかな」

りりかは近くのボーイにグラスを渡し、新しい物を交換する。
そしてトンクで氷を二つ落とし、ブランデーをなみなみと注ぐ。

若干不慣れな手つきだったが、見た目少々濃い目の水割りが俺の目の前のコースターに置かれた。


 「ごめんなさいね、まだ下手で・・・」
「いやいや、大丈夫・・・でも、その手どうしたの?」

 
りりかの右手には、いくつかのバンソウコウが巻いてあった。
指の根元、指先、手の甲・・・


 「うん、何でもないの」
「そう、そそっかしくてドジなだけか(笑)」

 「ひど〜いっ!こう見えても大変なんだから!」
「何が?喧嘩?」


その瞬間、笑顔に満ちていたりりかの表情がすっと真顔になった。
何か口にしてはいけない話題だったのか。

 「・・・ごめんね、何でもないの」
「そう・・・」

その後も他愛も無い会話が続いたが、俺はりりかの顔に異変に気付いた。


「りりかちゃんの顔・・・それ、痣?」
 「・・・うん」


はっとした表情を見せるが、観念したのかあっさりと認めた。


「もしかして殴られたの?彼氏?」
 「・・・あのね、母なの」

「お母さん?!・・・ひどい痕だねぇ、叱られたのかい?」
 「昔からなの。慣れてるから・・・」

りりかの顔から作り笑顔が消え、伏し目がちに話を続けた。

 
 「うちの母ね、弱い人なんだよね・・・」


りりかが小学生の時に両親は離婚し、彼女は母に引き取られた。
母は昼間働き、家に帰ってから家事に追われる生活が始まった。

友達と遊びたい盛りのりりかも我が侭を封じ、進んで家事の手伝いをして
女手ひとつで働く母を支えた。


 「でもいつしか、母が私を殴るようになったの・・・」
「殴るって・・・拳で?」

 「うん。顔とかね・・・」



<以下次号>





2003年08月19日(火)

傷だらけの生娘。 〜酒と女〜


俺という男は、女も好きだが酒も好きだ。


仕事での酒席では当然酔っ払うほど酒を飲まないが、
会社の仲間や気の置けない友達との飲み会では、最初の一杯は取り敢えず“ビール”。
乾杯の後、体調が良ければ一気に飲み干す。

ただ喉越しで飲めるうちは好きなのだが、そのうち苦くなってくる。

その後は酎ハイ系の甘く軽い酒に走る。


独りで飲みたい時は、行きつけのバーで時間を潰す。

俺がこだわるウォッカベースのカクテル“モスコミュール”から始まり、
マスターに季節のお勧めや入荷している果物を尋ねて、
お任せで作ってもらう。

もう一つの行きつけのワインバーでは、まずドイツ・モーゼル地方産の白ワインで
喉を潤して、映画談義などに花を咲かせながらチーズとワイン、カクテルで
決して長くない夜の時間をまったりと過ごす。


俺は今まで酒を飲むときは、居酒屋かバーばかりだった。
いわゆるクラブやキャバクラなどには興味が無かったのだ。


酒や女が好きでも、酒と女を両方同時に楽しもうとは思っていない。

仕事の疲れを癒すための酒を味わっている時に、
仕事で飲む女に、無駄に高い金を払ってまで飲みたいとは思わない。


俺は知っている。
水商売の女が男に見せない“店の裏の顔”を。


 「あの娘らは決して『客』に媚びても心は許していないから。
  高い金まで払って陰でクソミソに言われているんだから。
  でも口説き落とそうって通ってくる男の人って、可哀想よね(笑)」


昔、付き合いのあった水商売あがりの女がそう教えてくれた。

水商売は男の最も弱い部分を、それもアルコールでふやかして相手をする接客業。
きっと連日連夜、無礼極まりない泥酔客と接している彼女達からは、
斜に構えて男を見るのも仕方ないかも知れない。


彼女たちには、どんな男もきっと同じように見えるのだろう。

男の顔が万札と、耳元に囁く男の声が札を数える紙切り音に聞こえる・・・
そう思わないと、きっと耐えられない仕事だろう。

男の一番弱い部分と向き合う、接客業。
風俗嬢も水商売の女もそれは同じであろう。




 「吉井君、平良君、今まで世話になったから・・・奢るから一緒に行かないか?」

杯を傾ける仕草を見せながら、俺と仲間の一人、吉井にそう誘いを掛けてきた。

そんな俺が会社の近所に新しく出来たキャバクラに誘われた。
終業の時間に、会社の上司・野畑が俺を誘ってくれたのだ。


野畑は次年度からの転勤が決まり、東京本社へ栄転することになっていた。
遊びなれたこの界隈で羽が伸ばせるのも、もう残り少ない。


「はい、ありがとうございます!」


俺は喜んでその誘いに乗る事にした。
自腹でキャバクラに行く気がなくても、奢りでなら一度は見てみたい世界だ。

既婚者の吉井はどこか渋っていた様子だが、携帯で自宅へ電話を入れる。
饒舌にアリバイ工作を始める。

ついて来る決心をしたようだ。


その日・・・金曜日の仕事後。
近所の居酒屋で野畑と数人の仲間と食事会を済ませ、
キャバクラ組はその群れから抜けた。


会社から歩いて10分足らずの商業レジャービルの1階の一角に、
そのキャバクラは半年ほど前にオープンしていた。

着草臥れたスーツ姿の三人が、そのレジャービルの正面玄関から入る。
突き当たりにそびえる分厚く背の高い木製の自動ドアの前に野畑が立つ。

音もなくスッと開いて、野畑に続いて薄暗い店内へ足を進めた。


まず受付を済ませるのだが、野畑は受付のボーイになにやら耳打ちをする。

真面目な吉井と初体験の俺は脇のソファーに腰掛け、店内を見回す。

間接照明を多用し、落ち着いた雰囲気。
ジャズが静かに流れ、着飾った女性が忙しなく歩いている。

ジャケットを着込んだ女性従業員さえ、背筋が伸びて充分セクシーだ。

 「平良君、一番いい女を付けてやるから(笑)」

何やら普段よりも数倍態度が大らかになった野畑が、そう俺に囁く。


 「それでは野畑様、吉井様、平良様・・・こちらへ」

担当のボーイに促され、俺達はフロアに案内された。


思いのほか広く見えるフロアは全体が間接照明の薄明かり。

スポットライトを浴びて浮かび上がるグランドピアノ。
上品なスーツや和服姿の女性達が所狭しと接客している。
氷やグラスを運ぶボーイたちの無駄の無い動き。

そこは俺の予想をはるかに裏切った“大人の社交場”だった。

本皮のソファに腰を降ろすとたっぷりと沈み込み、俺の身体をしっかり受け止める。
目の前にはブランデーとミネラルウォーター、氷と烏龍茶の入ったデカンタ。
磨かれたグラスは照明が艶やかに反射して、一点の曇りも無い。


「おじゃましま〜す」

間もなく、俺達のソファに三人の女性が現れた。


 「あ〜、野畑さん!お久しぶり〜」

野畑に小さく手を振りながら愛嬌たっぷりに現れた女は、黒のワンピース。
ボディラインが浮かび上がり、メリハリのあるプロポーションが分かる。

その女は俺の隣りに少々身体を密着気味に座ると、早速ポーチから名刺を差し出した。


 「はじめまして、マナです」

名刺には、“愛沢 麻奈”と丁寧に苗字入りで源氏名が記してある。


 「平良君、この娘がね、この店一番の売れっ子なんだよ」

野畑がさも自分の女のように、自慢気に話し掛けてくる。

 「いやだぁもう野畑さん、そんな事無いも〜ん!」
  「俺がどれだけ通っても、店外すらしてくれないしな(笑)」

マナはにこやかに否定し、手を伸ばして野畑の腿を二度三度叩く。
野畑も嬉しそうにマナと冗談を言い合う。

綺麗、というより愛嬌たっぷりの容姿のマナ。
会話も上手く、しっかりとポイントを抑えて合いの手を打つ。
男性をからかっても、絶対にプライドを傷付けるような軽口を叩かない。
笑顔も可愛くて盛り上げ上手、決して客を飽きさせない。

キャバクラ初体験の俺が見ても分かるほど、彼女は客あしらいが上手い。
野畑が入れ込むのも分かる気がした。


 「名前は平良さんかぁ・・・じゃ、たいちゃん!」

名前を聞いてきたので平良だと教えると、早速ニックネームを決め付けられる。


 「たいちゃん、このお店に来たのは初めて?」
「うん、こういう店に来たの、初めてかな」

 「キャバクラデビューなんだ〜、おめでとー!」
「ありがとう、じゃお祝いに乾杯してよ」


マナが作ってくれた水割りで軽やかに乾杯する。

横目で後の二人に目をやる。
ソファにふんぞり返って自慢気に話をする野畑と、
雰囲気自体に圧倒されて、嬢と全く会話の盛り上がらない吉井。
全く好対照な光景を眺めながら、俺は丁度いい按配の水割りで唇を濡らす。


 「たいちゃん、言葉が違うね!どこの人なの?」
「俺?出身は関西だからね」

 「関西人なんだ!いいよねぇ、関西弁・・・私、好きなんだぁ」
「そう、じゃ口説くときは関西弁やな。今度昼間に会わへんか?(笑)」

 「うぅ〜ん、私も思わずついていっちゃうかもぉ」
「それって同伴(出勤)ででしょ?」

 「・・・バレたぁ?(笑)」


飾らない、気取らない満面の笑顔が何よりもマナの魅了だ。
俺も彼女が人気者なのが理解できる。

10分程経っただろうか。


脇から現れたボーイがマナに耳打ちをすると、急にマナが顔をしかめた。

 「たいちゃんゴメン・・・またすぐ戻ってくるから待ってて」


そう言い残すと、マナが席を立った。


どんな会話にでも客から目をそらさず、笑顔を崩さない。
相手の調子に合わせて、合いそうな話題をさりげなく切り出す。
そして相手の出身や職業、趣味にいたるまで決して否定しない。

接客というものをきちんと理解している。
取引先との会話が勝負である営業職の俺としても、学ぶべき部分がある女性だった。



 「マナは店一番の売れっ子だからなぁ。
  ああやってすぐに指名が掛って店中を飛び回ってるんだよ」

他の嬢と盛り上がっていたはずの野畑は、こっそりと解説してくれた。
薄暗い店内、スタイルの良いマナのシルエットが浮かぶ。
常連客らしき客の席に、また愛嬌たっぷりに付くのが見えた。



<以下次号>






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