度々旅
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2002年06月30日(日) 変化のない日々

 なんだか、ここの所日記に報告するようなことをしていない私です。なんて平坦な日々を送っているのでしょう。ちょっと悲しくなります。事件は自分で動かなければやってこない。そんなことを思い知らされております。ま、事件なんてなくても良いのだけれど。変化がないってのは、だんだん鬱状態を呼び起こすもので、やはり刺激というか変化はほしいなぁ。せめて、テキストの中でおおおお!ってなことに出会いたいのだけれど、まったく進まないのでそれも無理。あはぁ。

 そんなかんじで、本日もだらだら過ごしておりました。もう自分の部屋の壁は見飽きたよ。しょうがないので、パソコンの壁紙などをかえたりしております。そして、とうとう今週。地獄の週がやってきます。3つも発表抱えて悲しくなります。これでもか、これでもかというかんじで、なかなか納得のいく解釈とレジュメはできません。もう、レジュメなんて作らず、いきなり黒板で自分の解釈をぶちまけたいくらい。へこむんだろうけれど。あ、やっぱり嫌だな。それも。っていうか、絶対嫌だ。

 ああ、毎回毎回、今度こそ読み違いせずになんとか解釈したぞよ。と思うのだけれど、授業に出ては撃沈。本当に試練の時です。いつか、自分で著者の言い分を著者が言いたいように解釈できるのでしょうか。ミスリーディングしている限り、反論も何もあったもんじゃない。
 
 今週も、私のあがいている姿を書く場になりそうです。もう、贅沢は言わないので、刺激とかもいらないので、せめて、頭の中だけでも革命起こしたいな。劇的変化。突破。そんなかんじの。一つたのむよ、私の頭。


2002年06月29日(土) 宿敵再び

翻訳でなかなか理解できません。先に翻訳を読んでしまうと、自分の訳もそれにひっぱられてしまいます。しかし、なんとか自分で訳すわけでありまして、すると自分が解釈したい方向に勝手に訳してしまい、実はとんでもない方向へ行ってしまったりもします。難しいもの。

 そんなわけで、発表準備のために本日も午後からテキストと格闘しておりました。書き手は読む人のことを考えてくれているのか疑問です。きっと、書き手も自分の中で膨らんでいったことを、だーっと書いている途中に、書いているつもりで省略してしまうことが多いんだろうなぁ。それは私の文章にもいえることだけれど。
 
 どうも、私も自分の言いたいことを伝える時に、勝手に膨らんでしまって興奮して、相手も私と同じことを考えているくらいの勢いで話してしまいます。同じことを前提としていると思って話しているので、どんどん展開して話してしまいますが、きっと相手は私が何について話しているのかという、基本的な部分を理解できずに止まってしまっていることも多いのではないかしら。反省反省。

 夜、再び私の宿敵登場。NHK。恐るべし。友人が来ていたので出てもらいました。どうも新しい人に担当は変わったようなのですが、またおばちゃん。おばちゃんって、ねばり強いんだよなー。私が今日何時に帰ってくるか、明日はいるかと尋ねていた模様。あああ。どうしましょ。2万円なんてもちろん払えません。ただでさえテンパッている私。も一つ悩みが増えました。さて、明日から電気つけて生活できないかも。あああ。怖いよ〜。


2002年06月28日(金) 鼻センサー

 おおおおおお!気付いたら、授業がしっかり終わっている時間でした。とほほ。いや、二度寝するときに危ないかもとも思っていたのだけれど、何せ鼻水は一晩中とまらないし、頭が痛いし。も少し寝てしまえ〜って思ったら夕方でした。

 というより、ほんとは3度寝です。7時におきて、その次は11時で、次は、なんで、17時なの????も少し、短い間隔で起きろよ自分というかんじです。たくさん寝たのに、あいかわらず鼻水はとまりません。熱もないので、風邪ってわけでもないのでしょうが。こういう状態が一番困っちまう。

 それにしても、こんな感じは久し振り。よく考えたら昔はいっつもこんなかんじだったなぁ。サークルの練習が昼休みにあるのに、起きたら1時。もちろん授業にも間に合わず・・・。必死に授業に行って、「久し振り〜」が私にとっての挨拶になっていた。そんな私が、休まず前期を過ごすところだったということが、驚きってことで、しょうがないや。今日は。しかし、授業中のところを、また自分で読み直すのは面倒だ。
 やっぱり、授業は休んじゃいかんなぁ。

 とりあえず、鼻水をとめなければ。掃除しよう。私のアレルギー鼻炎は埃が原因。天気が悪いので、あまりちゃんと換気して掃除していなかったわ。
鼻センサーが、掃除をしろぉと言っているのでしょう。


2002年06月27日(木) 日記

あああああ。どうしてぇ〜。せっかく書いたのに、エラーを起こして今日の日記が消えてしまった。とほほ。ついてない時は、本当についてないなぁ。せっかく素敵に書けたのに。書けたと思ったのに。

 書いてて涙まで出てきたのに。

 なのに、消えちった。

 あっけないもんだなぁ。

 こうやってちょっとしたことで、どんどん消えてしまうんだろうな。

 私の中にあることも。

 もう一度、おんなじことは書けません。

 一回到達した気持ちを、もう一度ってのは、難しい。

 でも、それって書くことで、それと同時に忘れている。

 捨ててしまった気持ちっていうことなのかしら。

 違うといいな。

 日記は、あとから読んでその時の気持ちを思い出せる。

 そのためのものであってほしいな。

 私が歩いている道を、ちゃんと記す。

 そんなものであってほしいな。


2002年06月26日(水) 飲み物

先週に引き続き、徹夜になりそうな勢いの水曜日でございます。よく考えたら、コーヒーの消費が激しい。家にいる時は、いつでも飲み物が横にある状態で、それはなんでも良いのだけれど、気付けばコーヒーです。飲み物ないと、口さびしいもので。でも、基本的にペットボトル類は買わないようにしている。ペットボトルを買うと、捨てるか迷ってしまうから。買ってしまった時はリサイクル箱に入れるようにしているのだけれど、あれも本当にリサイクルされているか心配。毎日新しいペットボトルを買い、普通のゴミ箱に捨てている友人を見ると、ああ、一年でどれくらいの量になるのだろ。数年分あれば、家とか作れそうなどと思ってしまう。エコロジストというより、ただの貧乏人的感想だけれど。

 うちの冷蔵庫には一年中麦茶が入っていて、それはご飯のお供で、それ以外の一人の時はコーヒーばかり。時々、さすがに飽きたなと思って紅茶も飲むのだが、紅茶って口の中が、しわしわした感覚になるので、結局コーヒーに戻る。ジュースなどは、たくさん飲むと気持ち悪くなるけれど、コーヒーは気持ち悪くならないので、嗜好品なんだなぁと実感。癖になっているのでしょう。

 家には結構いろいろな飲み物がある。友人が来たときの好みに合わせて出せるように、お茶も数種類あるし、台湾で買ってきた茶器もある。紅茶もチャイ用の葉が、別にある。レモンティー用のレモンを常備していた時期もあった。そういや、ベトナムコーヒーもあったなぁ。昔ほど人も来なくなった私の部屋で、それぞれはだんだん香りがぬけて、美味しくなくなってきているのかも。おお。コーヒー以外にも飲まなければ。

 夏になったら、花が入った氷をつくろう。お茶のひと時は、本来幸せな時間のはずなのに、コーヒーがぶ飲み状態の自分にちょっと反省。ごめんよコーヒー。


2002年06月24日(月) たんたんと

 夜になって、しとしとと雨が降ってきた。雨が降り出すと、その音を聞きたくなり窓を開けてしまう。ひんやり、そしてしっとりとした空気が部屋に入り込む。それを楽しんで、ぼーっとしていると時間はすぐに過ぎ、実は寒いということに気付いた。窓を閉めると、だんだんと部屋は温度を取り戻す。そういえば、ここ三日、部屋から一度コンビ二まで出かけただけだ。あとは、部屋の中にいた。

 連続して用事がないときは、部屋の中に流れる時間は、テレビをつけなければ、あまり実感がない。曇りや雨だと、ますますテレビしか私に時間を告げない。ちょっと怖い気もした。

 さて、間にあうのかなぁ。授業の発表の準備。たらたらやり続けているけれど、危機感もないし、苦しくもないし、興奮もない。ただ、たんたんとテキストを読むだけだ。読んでも、中に入り込めず、あれぇ〜というかんじ。まいった。まいった。

 明日こそは、革命を起こしてやるのだ。


2002年06月23日(日) 出来た溝に水を流され渡れなくなった

気分転換にネット上を徘徊していたら、高校の時の友人のページに遭遇。日記を読んでいて、盗み見しているような気分。気恥ずかしいかんじ。あまり仲が良かったわけではないので、彼女はこういうことを考えていたのかぁなどと新たな発見。まぁ、これから会うことなどないかもしれないけれど。

 教室で机を並べていた頃は、大人数の付き合いというかんじで、まったく個々が見えていなかったような気もする。こういうグループにいる子というかんじで見ていたかも。申し訳ないとも思う。でも、思えば私は、いろんなグループに片足をつっこんでいるという、中途半端なかんじだった。昨日の続きで、相変わらず、輪っかの中が苦手な自分を思い出した。苦手なら苦手で、一人で歩くってことをすれば良かったのに、と今思ってもしょうがないことを思っている。

 思うのだが、女子校ってのは、グループができやすい。そして、そのグループが卒業後も続く。どうして、あんなにきっかり境界線を作りたいのだろうとも思った。そして、どうしてその境界線はずっと続いているのだろう。境界線で切られてしまうのが嫌いな私は、境界線に立ってうろうろしていた気がする。だから、よくグループ内部の面倒な話を外部者としても聞かされた。しかし彼女達は、また輪の中に帰っていく。では、あたしが聞かされた話はなんだったの!?という感覚は、今だに持ち合わせている。そういうものが、ますます私の輪の中が嫌いというのを強めているのでしょう。
 
 高校の最後の方で、私は自分の輪のようなところから飛び出した。というより、個々でつながっていると思っていた親友との間に溝ができ、彼女と私を含んでいる輪から追い出されてしまったというかんじ。その時、だいぶ私を本当に大切にしてくれている友人と、私ではなく、友情のようなものを大切にする友人がはっきりしたのを覚えている。私は、親友とのことを他の誰にも言わなかったが、親友はその輪っかの人みんなに私の酷さを泣きながら訴えたらしい。それを聞いた輪の中の人々は、私を責め立て、理由を聞いてきた。が、これは私と親友の問題であって、他者が入ってくるものではないという気持ちから、いっさい私は彼女達になにも言わなかった。

 卒業してからわかったことなのだが、いろいろな所で、輪の外の友人達が私のことを助けていてくれたらしい。輪とは関係ない個々でつながっている友人達は、私が何かをするには理由があると信じていてくれた。その親友や、輪の中の人たちに、何も言わず耐えている私を責めるのはおかしいと言ってくれていた。私が親友に渡した手紙は、輪の中の人たちに公開され、輪の外へも公開されそうになったのらしい。その手紙が紛失したという話をしてくれた友人がいたが、実はその友人が公開刑にあっているその手紙を処分してくれていたことがわかった。

 私は輪の中に入っている感覚はあまりなく、それぞれ個々でつながっていると思っていた。しかし、いざ問題が起こってみると、輪というのは友情のようなものを振りかざして個々のつながりへと入りこんでくる。私と親友の間に出来た溝を埋めるためなのかもしれないが、それは私にとってはできた溝に水を流し、渡れないようにされているのと同じだった。個々でつながっているつもりが、結局は輪につながってしまうという恐ろしさを感じた。

 輪が大きければそれは良い。私は、全部が点と点でつながっている輪を望んでいたが、個々の輪が出来てしまうと、それがぎゅっと圧縮されてしまい、他を受け入れない一つの大きな点ができてしまう。それぞれは、個々の小さな小さな点で、自由に他とつながることが出来ることが理想なのに。

 ちと、長くなってしまった。久し振りに昔を思い出したよ。あはは
 


2002年06月22日(土) 輪の中

土曜日は完全に睡眠日。だから、土曜の夜の気分は金曜の夜の延長のようで、知らない間に一日とんでいたというようなかんじ。

 あと10日くらいで、3つレジュメをつくるかと思うと超憂鬱。時間がたつのは早いもので、その山を越えたらあと少しで、夏休みというわけだ。今頑張り所。そうしたら、たまった本をがしがし飲み込んでやるのだ。

 今の頭の中は、ぐちゃぐちゃで整理されていなくて気持ちが悪い。それをもっと整理して、自分で発展できるような生き物に育てなければ。そこまでいったら、楽しいんだろうなぁ。そこまでがきついのだろうけれど。

 今までの道程は、今の私があるためにあったのだろうなと思う最近。小さな頃は成績が良かったが、中学高校と時がたつにつれそんなことは薄れ、その上、人と付き合うのも面倒な駄目駄目っ子だった。でも、なんとか輪の中に入って、アメリカのドラマのような友情ってやつを一生懸命実践しようとしていた。気付けば劣等感の塊。しかし、大学は高校が同じ子が誰もいない所。世の中は、大学デビューと言いますが、私の場合、劣等感でがちがちになる前の自分を再スタートというかんじ。

 駄目な自分を、そのまま受け入れたら本当にらくで、友情がどうのこうのってことも、別に何も気にせず、ある意味わがままになった。人から見る自分はどうでもよくて、自分が好きな自分になった。そうすると自然と同じような感覚の人間と出会うもので、心地よい距離感を保てる友人が多くできた。自分が自分として納得して立っていると、だんだん心地良い環境ができていくものだなと思ったものだ。

 なんであの頃は、あんなに輪の中に入りたかったのだろう。自分を騙してまで。不思議なものだ。でも、あれがあったから、そういう人間関係が苦手だということもわかった今があるのだと思うから、良しということで。


2002年06月21日(金) 陽の光

 今日は、知り合いに御馳走してもらう予定だったが、なんだか気乗りがしなく、疲れて体調もあまり良くないのでキャンセル。でも、ちょっと人とだらだら話したくて、近所の友人の家へ学校帰りに寄った。

 友人の部屋の窓は西向きで、正面にはちょっと高めのマンションが建っているためなんとなく暗い。私の部屋は東向きで、朝は強い光が入ってくるが昼近くになると日陰になる。西向きの部屋の方が午後はきっと明るいのだろうと思っていたのだが、友人の部屋は寧ろ寒々しいかんじ。なんだか、西日というのは寂しさが漂っているものだなと思った。

 夕方と朝方の空の色は似ているし、西から差す日と東から差す日も同じようなものだろうと思っていたが、実はそれぞれ全く違う。不思議。とてもゆっくりした動きだが、私たちは太陽の運行を感じとっているのかもしれない。

 友人の部屋は4階で、窓からの眺めは悪いがアパートの廊下からの眺めは良い。帰りにそこから空を見ていたら、雲の隙間から光が地上へと差していた。疲れていた私と友人は、しばしぼーっと眺めなぜか懐かしい気分になっていた。そんな友人の家の換気扇の窓に、ツバメの巣ができていた。


2002年06月20日(木)

 昨日は、というより今日は朝5時までなんとか頑張ってみたが、最後は朦朧としていて、結局のところあんまり意味なかったかも。そんなもんでしょう。今日は午前中で帰ってこれたので、昼寝をしようと思ったら、一時間くらいで起きた。夢でうなされて、気づいたら大きな声で泣いてしまっていて、びっくりした。

 よくテレビや漫画で、うなされているとかあるけれども、信じてなかった。そんなこと。そりゃ、ちょっとは悲しい夢を見て涙出ているとかはあったけれども、今日のような感じは初めて。最近よく見る夢のパターンで、家族に関することだ。いや、自分の中でこんなに根深い苦しさのようなものがあったのかと自覚させられる。でも、そういうので悩むことはしたくない。これは、たまたま見ているだけで、潜在的な何かがあるとか思うと、なんだか、病院で「あなたは心の病です」と言われ、そうだったのか。。と納得し、全てをそのせいにするみたいで嫌なのだ。

 私は不幸を全面に出す奴が嫌いだ。昔、「私は家族の愛にも恵まれていない」などということを、それ程親しくない周りの人みんなに、真剣に言っている女がいた。「だから、仲良くしてね」と言われても。。。というかんじ。本当にそうなのかもしれないけれど、不幸を盾にすればなんでも解決できると思っているのは大間違いと思ったものだ。人の幸せや不幸なんて、同じことでも、それぞれ感じ方が違うのだから、どっちがより不幸などと計れるものではない。それなら、自分は幸せ者だと思っているほうが良い。

 昨日は、朦朧とした中日記を書いていたので、書こうと思っていて書き忘れたことがあった。いつも利用する無人販売に、「声を聞かせてください」と書かれたメモ帳が置かれていた。もちろん第一号で書いてきた。なんだか、嬉しいなぁ。菖蒲が3本100円で売られていたので、つぼみのものを購入。今日、早速花が一つ咲いていた。


2002年06月19日(水) 自分を緩ませてあげたい


 授業の準備で、徹夜になりそうな勢い。が、絶対寝てやるのだ。しかし、疲れたので、これを書きながら休憩。夜は、どうしても時間が永遠に続くような感覚になって、だらけていけない。朝起きてやると、時間が限られているのでその集中力はすさまじい。。。が、計算間違いをすると、終わらないまま授業に突入ということになってしまうので、とりあえず、今夜はもう少し頑張ります。

 徹夜・・・。できなくなったなぁ最近。というより、もう睡眠のリズムなんて私にはないので、朝まで起きていることは多い。なんだか、根性がなくなったというか、11時頃まではテンション高くやっていられるのだが、ニューズを見て休憩なんて思っていると、いいかぁ。。明日やれば、なんて思ってしまう。それでも、なんとか奮起してやるのだけれど、一度下がったテンションはなかなか元に戻らないわけで・・・。だからといって、ぶっ通しでやる程の集中力は持ち合わせておりません。とほほ。

 今年の夏は、絶対インドに行ってやると思っていたのだけれど、無理なのかなぁ。戦争・・・。さすがにそろそろ行かないと、ぶち切れそうです。神経が。あの適当な空気の中にどっぷりつかり、沈むとこまで沈んで、また自力で立ち上がらなければと思う時間が欲しい。ここ3年くらい何かにずっと追われていてすごい緊張感で、寝ても夢の中で現実の延長を見てしまう。先日の短い旅では、脱力感というものを味わえず、数年分の英気など養えなかった。今年逃したら、あと2年は無理なんだけれどなぁ。教授や、先輩に、今年は無理だよと言われ、ますます落ち込み。まぁ、その言葉の中には、そんな所に行って遊んでいる場合じゃないだろうという意味も含まれていたのでしょうが。

 今だに、自分をコントロールできない私は、そうやって解消するしかないのです。自分が壊れないための方法は、自分が一番よくわかっていて、それが私は全てから解放され、音信不通になることだ。でも、いなくなる理由を言わねばならない辛い身分。そして、自分が壊れるので、数週間消えますなんて、言い方はできないので、放浪してきますと言うしかない。数年に一度行方不明になるくらい許してほしいものだなぁー。でも、就職していたらそんなことも言えないのよね。今の状態を選択したのは私だけれど、どうも私は能力がないくせに完璧にしたがるくせがあり、自分で自分の首をどうしても絞めてしまう。でも、今の状態で続けても無駄にもがいているようなかんじなのだ。 あああ。ここで、書いたことは愚痴ではないの。結局のところ、自分が今立っている場所には、大満足ではあるので。
 さて、やるとするかぁ。



2002年06月18日(火) 祭りとムネオ

 祭りが終わってしまったような感覚。まだ、Wカップは続くのだけれど。決して私は日本という国が好きなわけではないけれど、こういう国全体が祭り気分になれるということは、なかなかないことなので、良い期間だったと思う。でも、4年後にも今回と同じくらいの盛り上がりがあるのかはわかりませぬが。
 やはり、自分の国で行われているということが、この祭りムードを強く盛り上げていたような気がする。自分の親のような年代の方々も一緒に楽しんでいたことが、嬉しかったなぁ。彼らが生きているうちに、もうこういう国全体が祭りということが起きないかも、と思ったらちょっと寂しくなった。

 国家統一というようなものが、強くなるのは怖いけれど、みんなが楽しめるということは喜ばしいと思うのであります。カーニバルのような、ハレの状態が日本には、もっと必要なのではないかしらと思った次第。何事も理性によって、コントロールしていては息がつまります。

 今日日本が負けて悲しかった私の理由は、完全に祭りが終わってしまうぅということでして、涙を流しているサポーターの皆様とはちょっと違う種類の悲しさなので、申し訳ないような気もします。

 そんな中、もうサッカーのニュースは見たくなかったので、夜はムネオに夢中でした。ニュース23で、逮捕前ムネオインタビューを放送。彼も、今回騒がれているわけだけれど、彼はスケープゴートでして、根本的解決にはならない。けれど、彼の逮捕劇も一種祭りのように扱われ、その熱は時とともに風化してしまうのかもしれません。祭りとは、そういうもので、終わりは必ずやってきてしまう。日常の中に祭りをつくるのは、日常と非日常の区別がつかなくなり、政治などは現実を扱う問題なので、この扱い方はよろしくない。だからこそ、祭り本来の目的を満たすような祭りが、日本にはもっと必要だなぁと思ったのであります。


2002年06月17日(月) 私の発する言葉

 学部時代の友人からの電話。私が以前彼に言ったある言葉について、その意味を確認するものだった。どうも、その言葉を他の友人との会話において使ったところ、その真意を聞かれたらしい。

 その彼は、人の言葉を非常によく覚えている。だから、私が適当に発した言葉について後日持ち出されることが多かった。言葉というのは、会話の文脈においてなんらかの意味を持っているものであり、いきなり部分的に抽出されても、戸惑ってしまう。しかし、彼は私の言葉を非常によく覚えており困った経験がある。

 自分の言葉に責任というものが必要とされる場合がある。それは、何かの行動などと連関する言葉の場合だ。しかし、自分の思っていることや、人に相談された時に出る言葉というのは、私が発した言葉ではあるが、必ずしも責任を持てるものだということができない。その時の心情や、会話の文脈、相手によって変化することがあるからだ。少なくとも、自分で本当に思ったことではあるのだが、自分の発した言葉に常に執着して過ごしているわけではない。常に、私自身は変化しているのだから。

 あの時は、そう思ったけれど今は違うというのは、無責任なことではないと思うのだ。

 今回彼に言われた言葉は、「出会う人とは、出会うもの」という言葉だった。(どうも私はそのようなことを言ったらしい。)それは、常々私が思っていたことで、未だ思っていることだった。人というのは、同じようなものを求めて生活していた中で出会った人は、必ずまたどこかでめぐり合うだろうというようなことを私は思っている。

 彼は私がをの旨を伝えたら、メモをしていた。なんとなく不愉快だった。


2002年06月16日(日)

 梅雨に入ってから、太陽が見えない。少し寂しい。それは、大好きな洗濯のひと時を過ごせないからかも。

 夕方、またにゃんこに会いに。先日実家にいる犬を写真で撮っていて気づいたのだけれど、猫の方が被写体に向いている。犬は、家の中で自分からうろつくことはあまりない。遊ぶこともあまりない。だから、ポーズがワンパターンなのだ。散歩していても、だいたいの行動は予測できる。もしかして、犬って、結構几帳面なのかも。

 それに比べ、猫は次に何をするかわからない。シャッターチャンスがいつやってくるか、じっと見ていなければならない。そして、撮る写真全部違う表情。写真を撮ろうとするまで、気づかなかった。

 友人のアパートにいる猫は、子猫5匹と母猫だったのに、最近は子猫は2匹しかいない。あとの3匹の行方が気になるところ。私と友人はアパートの外で新聞をひいて座りこんで観察していたところに、このアパートの住人の友人がやってきた。どうも、その友人も猫のことを知っているらしく、あとの3匹の行方を気にしていた。そして、「子猫すげーでかくなっている!」と自分の友人に報告していた。

 あのアパートに住み着いている猫は、野良猫の中では幸せな方だろう。私の実家のある辺りは、民家が密集しているため、猫の遊び場は民家の庭だ。しかし、庭で糞尿をしたり庭を荒らしてしまうため、嫌がられている。友人のアパートにいる猫は、そのアパートの裏がもともと竹やぶで、それが切られて今は草が適当に生えた空き地だ。だから、そこでのびのび遊び、アパートの住人達に餌をもらっている。気ままな猫と、気ままなアパートの住人達の関係がうまく出来上がっているのだ。


2002年06月15日(土) 貧乏料理 〜かつお〜

 夕方スーパーに買い物へ。加熱処理用のかつおが98円で売られていた。もともとたたき用に売っていたものが、鮮度が落ちてこの値段になったのだと思う。他にも、鮭の尾の方が3切れで20円という破格の値段。迷わず購入。

 こういう食材を買うと嬉しくていろいろやりたくなる。というわけで、下のようなものをつくってみた。





かつおのサラダと、かつおのオリーブ焼きでございます。

●かつおサラダ●
かつおを酒と生姜の欠片を入れてゆでる。
それをつぶして、マヨネーズと醤油、塩コショウ少々でツナのような状態に。
あとは、野菜を適当に盛り付ければよし。

●かつおのオリーブオイル焼き●
かつおを適当な大きさに切って、塩をして少し置く。
塩がなじんだら、小麦粉を少量まぶす。
フライパンにオリーブオイルをひいて、風味付けに、間引きしたバジルをせっかくなので使用。香りがたったらかつおを入れ、表面がかりかりになるまで焼く。黒胡椒をふると、風味が増す。

ついでに、チャパティーもどきで、サンドイッチ



サラダを、チャパティーで巻いたら、お店で食べるみたくなりました。

かつお(98円)トマト一個(60円)きゅうり1/2本(一本30円)
以上が買ったもので、レタスやもらいもの、調味料や小麦粉代を除けば、
200円以内でこんなかんじです。

 こういうものが作れた時は、本当に幸せなのであります。


 


2002年06月14日(金) 花屋

 今日は、母の誕生日ということで、授業後日帰りで、実家に帰宅。電車に乗っていたためサッカーを観ることはできなかった。が、母が携帯のメールで試合の経過を報告してくれていた。

 母も私と同様Wカップが始まるまで、まったく興味を持っていなかったのに、今では夢中。ずっとサッカーに関するニュースにくぎづけだった。仙台へ行って応援したいと言い出す始末で、その変化ぶりにびっくり。

 母の誕生日には、いつの間にか毎年カサブランカを贈るようになった。実家近くの駅につくと、いつも買っていた花屋がなくなっていた。あせって、他の花屋を探したのだが、本当大失敗のお店だった。

 値段が出ていない花屋で花束をつくってもらう時は、予算を伝えて、いれて欲しい花をいう。だいたいおまけをしてもらっているような気がする。やはり少しでも良い花束をつくろうとしてくれるからだろう。しかし、今日の花屋は一本一本値札が書いてあり、その値段でしかつくってくれない。そして、どう考えても花束をつくる前に、バランスが悪いと思われる選択を客がした場合も、それに助言をしてくれない。助言の仕方は、花を加えることによって、バランスを保つような助言のみだ。

挙句の果てに、花のラッピングもひどくて、リボンをぎゅっと結んでいた。そして、一つも花が咲いていない、全てつぼみの花束をつくられてしまった。

 花に対して愛情がないのではないかしら・・・。花束というのは、持ち歩く時間のことも考えて、手でもつ所を、水を含んだティッシュなどで巻くものだが、それすらしてくれなかった。

 せっかく年に一度の贈り物なのに・・・。がっかりだ。これが、もし外で渡す花束だったならば、贈り手は、恥ずかしい思いをするような花束だ。

 初めて入る花屋は、本当に気をつけなければならない。花や生き物を扱うお店をやる人は特に、売り物に対して、商売以外においても、愛情があってほしいものだ。


2002年06月13日(木) がっかり・・・

 急に寝つきが悪くなりました。本当に睡眠をうまくコントロールすることが、苦手です。

 母が、10年くらい通っている美容院でスリにあったとのこと。そこには私もずっと通っている。店には、店長とバイトと母の3人しかいなかった。店長はずっと母にかかりっきりだったわけで・・・。バイトの人はもともと客で、最近手伝っているとのこと。彼女は、客として10年以上通っており、店長とは私的にも友人関係を築いている。難しいところ。
 
 母は、くちの閉まらないバッグを持って行き、ちょっと死角に置いてしまったので、自分も悪かったと言う。以前、その店で他の客に、「くちのあいたカバンを持ってきちゃだめよ。ここで、一万円なくなったことがあるの」と母は言われたことがあった。その人は、順番を待っている客にすられたのかもしれないが・・・。そんなことを聞いたのに、自分が不注意を犯してしまったということで、母は反省。

 店長には、持ってきていたはずのお金が減っている旨を伝えたらしい。自分にも落ち度があったので、店長に嫌な思いをさせてごめんなさいとも伝えた。店長は、バイトの人のことも信頼している。そして、客である母のことも疑っていないだろう。娘も長く通っている近所の美容院で、母が嘘をつくメリットは全くないからだ。

 きっと、今日店長は本当に嫌な気分なんだろうなと思う。このようなことは難しいことで、母も店長に伝えるか迷っただろう。しかし、母が、店長の耳に入れることによって、店長は、本人を問い詰めたりはせずに、目の片隅で彼女が同じ過ちを犯さないように今後見張るに違いない。スリのような過ちは、ちょっとした出来心でやってしまう。誰かが見ていることによって、防ぐことが可能だ。それは、彼女のためでもある。

 今回のことがあっても、母と私はあの店に通い続けるつもりだ。それは、母に落ち度があったということと、店長は悪くないという理由からだ。そして、今回のことによって彼女がもう二度とそのようなことを繰り返さないようになれば良いなと思う。

 それにしても、母の勘違いであったら、どれだけ気楽であろうか。しかし、勘違いではないようだ。そんな母は、怒る素振りはまったくなく、「がっかり。。。」とつぶやいていた。私も、がっかり・・・。


2002年06月12日(水) 忍者はっとりくん

 梅雨入りということで、梅雨らしく雨。5年以上使っていた傘がない。どうもどこかへ置いてきてしまったよう。数週間前の夕立の日に使って以来、記憶にない。今さら。。。どこにいったのだろう。傘をあまりささない私なので、長く使っていたわりに、なかなか新品のようにきれいで、骨も折れていなかったのに・・・。残念。

 昨晩寝ながら、じわじわと汗をかいていたのに、朝になったら寒くなり、昨日の夜はなんだったんだというかんじ。本当に梅雨入りって突然の変化をもたらす。なかなか面白い。夏が終わったり、冬が終わったりする時は、その日が最後の暑い日、寒い日なんてことに気づかないのに。

 学校帰り、霧雨が気持ちよくて傘をささずに歩いた。濡れている感覚はなく、湿った空気を浴びているよう。いつも私は、歩きながら音楽を聴くのだが、それが丁度良いかんじにそんな風情を盛り上げてくれる。本当はじっとりとして嫌な気持ちになりそうだが、爽快というか、満たされているというような感覚になる。そのように、情景と合った音楽というのは、時を経てから聞いても、その時と同じ匂いや感触を思い出させてくれる。数年後、今日聴いていた曲を聴いた時、きっと今日の感覚を思い出すだろう。
 
 寝ようと思ったら、友人からこんなメールが届いていた。
”忍者はっとりくんに出てくるけむまき君の飼っている、黒い猫の名前知ってる?”

なんだったけ・・・。


2002年06月11日(火) ガリガリ君

 今日は、友人に起こしてもらった。感謝。ということで、なんとか朝といえる時間に起きた。その時間に起きなければ、日食だったなんて知らないですごしたでしょう。

 本当に東京は暑い。私の部屋は、窓が一つなので、風の通り道がない。だから、昼間はいつもドアにチェーンをかけて半開きにしている。今日は非常に風が強くて、ドアが、ガタガタといっていた。それでも部屋の中は温い空気が立ち込めるので、時々ドアを大きくあけて風をたくさん通す。

 もともと、クーラーは好きな方ではない。暑い時は、汗をだらだら滝のように流しながら過ごす。すると、夕方の風が本当に気持ちよい。汗もじわっとかいているうちは気持ちが悪いが、だらだら流れてくると気持ちが良いものだ。

 夕方、近くの川べりでガリガリ君を食べながら過ごす。雨が少し降り出していたが、朝から決めていたのだ。今日は、一本のガリガリ君のために過ごしたといってもよい。アイスクリームでは、この時期すぐに溶けてしまう。ガリガリ君が一番良いのだ。そういえば、昔はくじがついていたけれど、最近はなくなった。ちょっと寂しい。

 とうとう、梅雨入りということで、これからますますじわっとしてくるだろう。べたべたした後は、からっとした夏本番。今から、ばてていては夏に負けてしまう。


2002年06月10日(月) 壊れ気味

 恐ろしい。眠い眠い眠い。

 今日も、たっぷりと眠ってしまいました。そして、今また眠いので、寝ようとしているところです。干した布団は、太陽の香りでいっぱいで、ふかふかで、幸せです。

 でも、本当はそんな幸せにひたっている場合ではないということを自覚しているのです。

 その上、腰と肩と首の痛みも、なかなか辛くなってきております。近くに公営のプールでもあれば、毎日行って、体の調子を整えるのに・・・。

 やはり、机に向かってばかりいては駄目ですねぇ。でも、気になってしまって、思いっきり遊んだり、遠出したりは出来ない、臆病者の私です。そして、机に向かいながらも、まったく集中できず、テキストは進まず、頭もはっきりとせず、ちょっと休もうと思って・・・・。寝てしまうというわけです。

 それ程、自己嫌悪というわけではないけれど、深刻に悩み中。むねむね会ならぬ、ねむねむ会の名誉会員だなどと、わけのわからないことを考えております。ちょっと、壊れ気味です。

 


2002年06月09日(日) プロに一本とられた

 なんとなく、日記の装いを変えてみたくなりました。が、思うように行きません。また、気が向いたらかわるかも。ちょっと、これでは、読みにくいかも。ごめんなさい。

 さて、もともと、イベントってやつは苦手。参加したいけれど、なんとなくお恥ずかしいそんなかんじ。恋人がいるクリスマスや誕生日でも、まったくそんなこと私は意識していないわという顔をしていたいのです。でも、「何もしないで良い」と言いながら、本心は、いきなりプレゼントとかもらったら、嬉しいなぁなどと期待している卑怯者です。

 そんなわけで、サッカーも無関心を装い続けるつもりだったのですが、先日のベルギー戦を見てから、駄目です。まぁ、バレンタインデーや、クリスマスなどに比べたら、照れ屋で、ひねくれ者の私でも参加しやすいイベントであるし、やはり単純にすごいなぁと思える次第であります。

 サッカーは、Jリーグが始まった頃、なんだかあの熱さについて行けず、本当にみんなサッカーがそんなに好きだったの???と驚いた。あの、サポーターとやらの勢いに、ひいてしまっていた。でも、ワールドカップともなると、素人の私が見てもそのすごさはわかり、面白いものだ。

 そんなわけで、今日は友人とイベントとして楽しもうということになった。どうもピザ屋が、日本戦の日は特に混むということを聞き、祭り気分を盛り上げるために注文。まぁ、あとは普通に観戦していたけれど。

 そういえば、以前家族でゴールデンウィークを味わおうということで、わざわざ渋滞しそうな所へ出かけた。渋滞に巻き込まれながら、「これこそゴールデンウィークだぁ」などと満足していた。
どうも、私には、そういうひねくれた性質がある。素直にイベントに参加すれば良いのに、なんだかんだ理由をつけたがる。今ひとつ、どのイベントにもどっぷりと漬かれないのだ。でも、本気で戦っている試合を見ると、単純に惹き付けられるわけで、プロってのは、本当にプロだなぁと思った。プロに一本とられた。


2002年06月08日(土) 新しい小道

朝、宅急便が来た。半分寝ながらドアを開く。受け取って、またすぐに眠ってしまった。一晩中、部屋で友人と話しこんでいた。まだまだ眠かったのだ。

昼に起きて、届いた荷物を開ける。それはまるで宝物箱のようであった。次々といろいろな食べ物が出てくる。ラスク、ビスケット、パスタ、パスタソース、ジャム、チーズ、ツナ缶、ぬれ煎餅、佃煮、黒金平糖・・・。母からの荷物だった。本当に宝箱のようで、母が私のことを思い、いろいろ買って送ってくれたと思うと、涙が出てきた。電車で2時間くらいで帰れる距離ではあるのだが、なにぶん、家庭の事情で実感は心地良くはない。忙しいのを理由にして、なかなか帰っていない。以前は、毎週帰っていたのだが。。。

離れて住んで、母は本当に私を大切にしてくれているということを、昔より感じることができるようになった。そして、母が人のことを本当に思うことができる人間だということもわかってきた。自分の母を誇りに思っている。

夕方、にゃんこに会いに行こうと友人のアパートへ行った。友人は不在ということは知っていたので、自分でいろいろ猫へのお土産を用意して行ってみた。が・・・いなかった。残念。

せっかくなので、いつも気になっていた小道を入ってみる。ずっと上っていくと、視界が広がった。よく見てみると、いつも自分が歩いている道が遠くに見える。同じ風景を、はさんで二つの道が走っていたのだ。いつもと違う方角から見る風景は、はじめて見たような、不思議な風景だった。



をずんずん歩くと

こんなものが見えて、

へ到着したのでした。


2002年06月06日(木) ぐーぐー

いつもなら授業がある日だが、今日は休み。有意義に過ごしてやるぞと意気込んでいたものの、どうも私は最近眠り病のようだ。昼に起きて、3時頃からまた寝てしまい、気づけば、夜の8時・・・・。どういうこと?
だからといって、夜眠れないということもない。夜は、夜で眠い。毎年、この季節って、すっごく眠いのよねー。今も、すでに眠いでございます。

思い切って、24時間くらいぶっ通しで寝てみたら、直るのかしら?
睡眠って、慣れの問題でもある。一週間で15時間くらいしか睡眠を取らないで大丈夫な時もある。体内時計というものがあるならば、きっと私の時計は、ぐちゃぐちゃだろう。

よく、規則正しい生活をしろと言うけれど、そんな生活が可能な人って少ないのではないかしら?仕事をしていればご飯を決まった時間に食べることは出来ないだろうし、睡眠時間も、多く取れる日もあれば少ない日もあるだろう。規則正しい生活を送るってのは、理想なのかも。

それにしても、なんでこんなに眠いのでしょう。もう、今日はあきらめました。睡眠日ということで、またこれから明日の朝までぐっすり寝ます。おやすみなさい。


2002年06月05日(水) 野次馬

英語駄目病を解決しようと、昨日は英語を全く見ずに間をあけ、今日は場所を変え図書館で一時間程テキストと格闘。ちょっと、回復に兆しが見えた。めったに、図書館では勉強しないのだけれど、たまには良いのかも。このまま回復すれば良いのだが。

今日は眠いので、さっさと風呂へ入り寝ようと思ったら、外から大きな音。雷?と思いつつ外を見ると、交通事故だ。本当は野次馬根性丸出しで、外へ見に行きたいが、申し訳ないので、窓の明かりを消してそっとのぞく。
救急車!と叫びながら人が走っているので、下まで降りていくか悩む。人が倒れている様子は見えない。車の陰にいるのかも。その人が、動けないほどだったら、ますます見に行ってはいけない・・・。

野次馬達が増えてきた。みんなただ立っているだけである。雨が降っていたので、もし人が倒れているならば、タオルをかけてあげようと思い、タオルを持って部屋を出るが、外の雰囲気から、その必要性はなさそうと感じ、途中まで降りた階段をまた上って戻った。

基本的に野次馬根性はすごくあるのだが、自分が交通事故に3度もあっているので、見られるのが不愉快であることは十分承知。だから、見ないようにしている。電車で人身事故駅を通過する時、みんなが振り返り見ている姿を見て、良いものじゃないなぁと思って、私はそ知らぬ顔をして立っている。でも、見たいというのも本音。

そんなことを考えながら、近所の友人に電話をすると「見に行く!」と飛んできた。それを口実に私も外へ出る。いやぁ、そんな自分が恥ずかしい。結局の所、車と人がぶつかった事故ではなく、運転手が少し頭を打ったので、一応救急車を呼んだということのよう。大丈夫そうで、良かった。

野次馬。当事者は見られたくないはずだ。そして、こちらも、見ることによって、良いことは何も得ることは出来ないだろう。人の不幸を、エンターテイメントとしてしまうのが、野次馬根性。明らかに悪いことだ。そして、見ていることを悟られないように、電気を消して部屋から見ていた私。本当に、ひどい。友人の方が素直で、悪度は低い気がした。

でも、人が倒れている様子が窓から見えて、他の人が何らかの処置をしていたならば、きっと私はそれ以上窓の外を覗かなかったし、外へも行かなかっただろう。ただ、その人が助かることを部屋の中から祈っていたに違いない。

野次馬根性むき出しで、見てしまった光景が一生頭から離れないようなものかもしれないので、見ることが怖いというのもある。そして、事故には人の生死に関わるものがあるわけで、中途半端な気持ちでのぞんではいけない。現実を見ているのだから。


2002年06月04日(火) サッカーと料理

友人の就職が決まり、めでたい。ということで、何かを御馳走したくて、頑張ってみようと思ったのだが、冷蔵庫にはあまり食材がない。最近、本当に野菜が高い。手が出ない域に入りつつある。なぜ?

ありあわせで、なんとかキーマカレーと、新たなメニューに挑戦。今日はしっかり玉ねぎを炒めようと思ったのだが、テレビではサッカー日本戦をやっている。少しかき混ぜては、テレビの前へ、歓声が聞こえてはテレビの前へと。忙しい。

特に、サッカーが好きなわけではないけれど、お祭り騒ぎは楽しいので、ちょっとばかし便乗。ゴールが入ると、アパートのいくつかの部屋から声が上がり、一緒に観戦している気分。

思うのだけれど、フーリガンが、国へ帰らされたりしているが、あの人達は、いつまでWサッカーを観れないのでしょう。一度フーリガンと認められたら、いつまでもそう扱われるのかしら。犯罪者なの?人権的に、どうなのでしょう。気になります。そういえば、先日アメリカ大使館の近くまで行ったら、一時解除されつつあった検問が、また厳しくなっていた気がする。これもWサッカー対策?

なんだか、海外から注目されている時だけ、わざとらしーなーと思うのは私だけでしょうか。果たして、あれだけの警察官を置いておく意味があるのかしら?沢山配置しておけば、とりあえずは対策をしていると見られるだろうという、お役所仕事そのものと見えてしまいます。

そんなことを考えつつ、サッカーを観て、なんとか料理を作り終えました。友人が喜んでくれて嬉しい。


ちなみにこれが、今日のメニュー。
キーマカレー:サフランライス、チャパティ付き
トマトとじゃがいものホイル焼きであります

これで、一人分、150円くらいであります。いやぁ、家で作った方が
本当に良いねー。



2002年06月03日(月)

いや、本当に英語スランプ。今まで、最高のスランプ。はまればはまる程抜け出せません。次第には、助動詞まで調べ出す始末。泣きたくなるなぁ。

言葉って、不安になると、とことん不安になるもので、一度立ち止まってしまうと、そこからもう、何も発せなくなる。全てが不確かであいまい。日本語だって、同じ。寧ろ、慣れている言語の方が、迷路にはまりこみやすいかも。嫌いなドイツ語の方が、ましなくらいになっている。あああ、どうしよう。怒涛の発表ラッシュが6月末に予想され、今から憂鬱であります。

今日はヨガの日。最近、家でやっていなかったので、体がだいぶ固まっていた。体が、疲れていること、がしがしになっていることを実感。ゆっくりと伸ばしてあげる。精神以上に、体は私のストレスを引き受けてくれているのだろう。

シャバーサナーという、屍のポーズは心地良い。今日も寝てしまいそうになる。家で布団の上で寝るよりも、本当に心地良い状態。それは、シャバーに入る前の動きが、いかに体をほぐし、精神的にも安心をもたらしているのかがわかる。骨の一本一本まで、意識を向ける。目を閉じると、関節や骨の動きがさらにわかる。人間の体は本当に良く出来ているなと思う。

子供を見る時、本当に同じ構造なのかしら?という程、彼らの体は柔らかく、その上、疲れというものを知らないように見える。年齢を重ね、様々な所に支障が出くることによって、自分の体とは、一つの物体ではなく、複雑なつくりをしているということを実感する。その支障一つ一つを、しっかりと直していってあげなければ、体はやがて、悲鳴をあげてくずれてしまうだろう。

体が、年々衰えているのを実感する。恐ろしい。脳も同じく衰えているのではないかしら?これまた恐ろしい。

とりあえず、脳と体の運動を毎日続けませう。さもなければ、とりかえしがつかないことになりそうだ。


久し振りに夜遅く、学校から帰ってきたら、田んぼで蛙が大合唱。げこげこ。




2002年06月02日(日) お金の使いみち

自分の日記を振り返ると、貧乏といいながら、かなり贅沢に買い物しております。が、デジカメはおじいちゃんからのお小遣い、プリンターは必要経費ということで、親に頼みました。ああ、こんな年齢になっても、親に頼っております。感謝。

一応、学生の私は、本代に使うお金が、優先されます。が、本というのは、値がはる物で、なかなか困ります。最近では、ネットで本を買うことが多く、その場合はカード支払いなので、親に請求がいきます。本当にごめんよ、父、母。私は、本に線を引かなければ、なかなか理解ができないので、図書館で本を借りるのは苦手です。そして、調べたい時にすぐあることが一番望ましいので、やはり、ある程度の書物を家に置いておきたい。あああ、勉強って、実はお金がかかるのねぇ。

勉強することが、実は非常に贅沢なことだということを、やっと理解してきた次第。いやいや、私は幸せ者でございます。趣味みたいな勉強なので、就職に結びつくこともなく、教授たちは、院に行きたい旨を話すと、第一にお金の心配をします。だんだん、そういう理由がわかってきた最近。

でも、貧乏だと、自分にとって、一つ一つの選択が重要になります。その選択の時に、本当に自分にとって必要なものか、良く吟味する必要があります。そのことによって、常に自分と対峙するようになります。貧しくなって、ここ最近、どうも私にとって、重要なのは、自分一人の心地良さらしいことがわかってきました。友人と騒ぐのも良いけれど、そういう所にお金を使うより、好きな音楽や、本、映画、美術鑑賞、旅などにお金を使いたいらしい。そんな私は、学校で食事に誘われるのを、いつもどうやって断るか悩んでしまいます。日々学食で食べるのは、積もり積もると、すごい金額になってしまう。それと、家でゆっくり、解放されて食べたいのです。

そんな私は、最近おにぎりを学校に持参でございます。


2002年06月01日(土) 深夜の料理

週末の生活が乱れております。
土曜日、頑張って昼ごろ起きるのだけれど、洗濯して、本を読んでそして、昼寝。気づけば、太陽がいなくなっています。とほほ。

そして、土曜の夜も早く寝て日曜こそは、一日満たされた気分で過ごそうと思うのだけれど、結局ビデオを観たりして頭が興奮状態になり。太陽が出てくるまで寝れません。実家に今日も帰れなそうだ。

深夜に、急に料理がしたくなることがある。おなかが減っているわけではない。ただ、台所にたって、何かをしたくなる。ケーキを作り出すこともあれば、本格的に料理をつくることもある。
が、だいたい、つくり終わると、それで満足してしまい、食べる気力は残っていない。それを必死に食べてみたりする。
深夜の食事とは、少し悪いことをしているような気分。こそこそと食べているかんじだ。
今夜も、急に何か新しいものを作りたくなった。
夜の料理は、集中できる。時間を気にせずにできる。今夜は、イタリア風餃子を題して、チーズなどを織り交ぜてやってみた。

最近、本当にお金がなくて、食を出来る限りけちっているのだけれど、夜中は非現実のようで、贅沢になってしまう。別に、必要な食事というわけではないのだけれど。

結局それを食べて、すぐ寝るのもなんなので、ビデオを観て、今もうすぐ午前5時。

深夜は、非現実的で素敵だ。夜はおもしろい。全てが許されているかんじがする。起きていること自体が、悪いことをしている気分にもなる。


こげんき |MAILBBS

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