週末の夜。視界が暗い店内。
「嬉しいのはさぁ、みんな仲良しだってことよねぇ」
真っ赤な長い爪をワイングラスに絡ませながら 歌の先生が言う。
「いちこさんとまりさんは前からの知り合い?」
「いぇ・・・レッスンで知り合ったんです」
「そう? みんな仲良しでいいわねぇ〜
そういうのいいわよねぇ・・・すごく羨ましい・・・」
えっ・・・?
十分大人なのに子供のように甘えたように言う先生に わたしは、突然方角を失った。
羨ましいのはこちらのほうで 先生がわたしたちに向かって 羨ましいと言う事があるだろうか?
長年のキャリアをもち華やかステージに立って 人々に夢と希望をあたえる仕事を持つ人。 洗練されたアレンジでジャズを歌う人。
友だちだって知り合いだって大勢いる人が 他人の何を羨ましがる事があるんだろうか・・・
仲良し関係が羨ましいという先生には 人気者特有のあの孤独がちらりとみえたけど
でもいったい・・・ 十分に満たされているはずのこの人は、
いったい幾人もの人と いくつものほの暗い空間で 幾杯ものグラスをかたむけながら
いったい幾度、同じ会話をしたのだろう・・・
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