しるし
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(家族について書こうとしたけど、やめた。) (私にはまだ難しい話題だ。難しいから、書くことが怖い。)
リョウちゃん。彼女、昔付き合った人と似てるって前に書いたじゃない? それで「重ねて恋しちゃったらどうしよ」みたいなことも書いた。 でもさ、それもあり得ない話だなって思った。 だって私も昔のままじゃあない。あの頃の私なら好きで付き合えたかもしれないけど、今じゃ「違う」って感じるだろうな。
…ってそうやって、恋人の基準ができてきてる自分には気付いているんだ。
恋ってなんだろう?好きになるってどういうこと? 今の私には、恋とは何なのかも定義することができない。
好きだっていう衝動を堪えた自分は、よくやった!と思っている。それは変わらない。 自分が見えてくることによって、それにそった行動をするようになってきている。身のほどを知ったってことか、自分の欲しいものが解ってきたってことか。慎重になっている。 そういう変化にはたしかに恋心の存在があったと思う。
素直に今は恋でいっぱいにならなくていいと思っているけど。 寂しい気だってやっぱりするんだ。本気の恋はしばらくないだろうってことがさ。
失恋の後遺症か。自分の中だけで遂げた片想いの代償か。 利己的にものを考える今の自分が、すこし寂しく思えるのかもしれない。 近いうちにきっと、あの恋が本気だったってことをしみじみ思う時もくるだろう。
まぁ、しばらく考えないでいようか。わざわざ混乱することもないんだ。 恋心よまたいつか。このモヤモヤもその時晴れていると、信じていよう。
2002年09月27日(金) |
でも、恋って何だろう? |
あの子の顔を見なくなって一ヶ月が経とうとしてるけど、特別寂しい気持ちにならない。 片想いは終わっていた。
「傷付いてもいい」と実行できるほどの勇気もなかったし。告白して即サッパリ出来るとも思えなかった。いや、自分に自信がなかったというべきか。奥手ちゃんだし(笑)。 …恋愛観の違いってあるなぁと今では考える。
実際、私達が付き合う、ということはあり得なかったと思う。 ヘテロであるとかそういうことを抜きにして、単純に、恋愛観の違い。人付き合いの体温の違いだとか、会話の向く方向だとかそういうこと。 若い頃は憧れだけで恋愛ができたけど、ちょっと落ちつくと自分でラインを引いている人は多いと思う。恋愛に対する基準が出来るのかな。彼女も今、きっとそういう状態で。
私の片想いは、憧れだけで突っ走っていたんだね。相手が同性だからなおさら、普通に言えなくて普通に考えにくくなってて、ただ自分の中だけでジタバタしていた。片想い。
「普通」はヘテロのことを指しているのではなくて、…「普通」のことよ? 冷静にものを考えるアタマのこと。 私は自分から、「同性である」ことを問題にしていつまでも悩んで、次の恋が出来なかった。情けない(苦笑)。そんなのは関係なかったのに。私が男性だとして告白したとしても、付き合うことになろうがなるまいが上手くはいかなかったろう。
どんなものでも人間同士の関わり合いなのだから、どうせなら、お互いプラスでいたい。私もマイナスを生みたくはなかった。だから、告白はしなかった。まぁ結果論だけど。 片想いが終わった今でも後悔はない。
だってもともと「かなわない恋」だったんだもの。 …だからなのかな?それも幸せだったんだよね。
しばらく恋愛は、いいや。 人恋しい季節ではあるけども(笑)、今を自分なりに過ごしていたい。
恋愛って理屈じゃないとは思うね。でも失恋に理屈は有効。 自分を慰める意味もあるし、反省をこれからに活かすべきだ。
で、何を反省したかといえば、
伝えなきゃ何も始まらないってことだ(笑)。 ノンケさん相手の場合は、特に「痛みをともなう改革」が必要ってことね。
すごく気分が落ちている時ってけっこうな頻度で、ある。 でもそれも、特に変わりのない毎日だ。
自分の場合、毎日が苦しくても当たり前なんだろうと思う。 満たされていないから。なにもかも自分に満足できないから。
それでも生きていられるのは、ちまちま嬉しいことがあるからだ。 「毎日が楽しい」と思えるような人生ばかりじゃない。 見ていて眩しい人もいるけど、それも結局は他人の話なんだ。どんな形でもその人から得られるものがあるなら、その人を見つめていたい。何かと関わりあうことはすべて自分の為になる。
良かれ悪かれ自分中心でいいんでないの。 普段からそう考えてる必要はないけど。自分の存在は、人には意味のあるもののはずだから。何が自分的に良いものなのかを思えて行動できれば、それがいいと思う。
苦しい中での小さな手応えは最高に嬉しい! そんなもんじゃん。 気分を軽ーく生きたいものだね。なかなかそうはいかないんだけどさ(笑)。
はて、何を書いたらいいのかわからない。
とか書かれても困るだろうけど(笑)。実際そう。 でも何か書きたい気持ちだけある。
落ちついてきたのかなぁ。 いや、まだ全然駄目なんだけどね。ちょっとづつ始められてる気がするんだ。
あのNYの事件から1年が経ちますね。 ほんとうに心が痛かった。その事件そのもののショックだけじゃなくて、私の大好きな人がNYに居たからというのもあるかもしれない。仕事中も苦しくて、いてもたってもいられないって風なくせして何も出来なくて、たまらなかった。 もう一年になるのか。
あの頃は色々あったなぁ、本当に。私はどうしようもなくガキだった。 当時の好きな人に、やたらからんでた。「好きだ」っていう自覚は自分に無かったんだけどね。さんざん悩ませた。ごめんなさい。 でも、今思い出すと何だかくすぐったくもあり恥ずかしくもあり。
ともかく今はその人と上手くいってるわけだ。私がいつかちゃんとした大人になったら、ぜひ呑み語りたい。そういう大事な人。
そうだ、その人に恥ずかしくないような人間になりたいんだ。 少しでも、一年前とは変わっている自分が、嬉しいね。毎年そう思えればいい。
部屋に溢れかえる物たちを整理しようとした。 …掃除をすると色んな物が出てくるもんで、写真だとか手紙だとかが沢山。それも学生時代のだ。もちろん見入って整理整頓は進まない(笑)。
猫の写真が出てきた。ウチに寄りついていたオカマな流浪猫の写真で、もう出逢いは何年も前。私の動物ファーストラブだった。ノラを家に入れることを父は良く思っていなかったけど、なんだかんだで家族全員に愛されていた。 現在、その猫はウチに居ない。年のせいか病気のせいか痩せ細って、いつの間にか消えてしまった。たぶん死んだのだろう。 写真の中の猫は肉付きも丁度良くて、すらりとした姿が美しくて、なんだか涙が出そうになった。 今のウチにはまたノラが寄りついて子供を産んで、またノラに帰っていって。その子猫はいつの間にか数を減らしていて。…なんだろう、この感情は。 私は、飼い主にはなれないのかもしれない。
手紙は大事だなぁと思った。 一時期文通していた年の離れた友達。今も会ったりしていて、まだ繋がっていることがすごく嬉しく思えた。
高校の時クラスメイトだった子。卒業して何年かしてから私が出した年賀状、その返信には「声が聞きたい」と書いてあった。でも当時彼女は忙しそうで、電話はかけられなかった。 私は、今では彼女の声を思い出すことはできないけど、彼女の顔すらボンヤリしているけど、とても会いたいと思った。直接会って話すことができたら、きっと思い出せるだろうし。知らない君にも会ってみたい。
そういう手紙が他にもたくさん出てきて、幸せだなぁと思った。 会いたい人がいるって、なんて嬉しいことだろう。 もう会わないと決めている人もいるけど、もう会えない猫もいるけど、思い出は有るまんまだ。でも私のことだから、「なんとなく」な感傷だけかもしれないな(笑)。それでも。
あなたに出会えて嬉しい。たまには手紙でも書いてみるか。
そして部屋は中途半端な状態のまま(笑)。
2002年09月02日(月) |
好き具合は良い感じ? |
嫌なことばかりの一日だと思っていたけど、そうでもなかったらしい今日。 あの子がメールで逐一報告してくれるのが嬉しい♪ …仕事の話だけど(笑)。
この間、あの子と2週間振りくらいかな?会えた。 2人きりではないんだけど、その日の私は「会える」と思うだけでウキウキどきどきしてて。乙女かっつーの(笑)。仕事中ニマニマしてました。
あー私、まだこんなに好きなんだ〜…って思った。 一緒の席に居るだけで嬉しくて、話していてもすごく楽しかった。 好きで好きでたまらなかった頃はどこかぎこちなくて、話すのも上手くいかなかったのに(苦笑)。やっぱ、距離をあけて良かったのかもしれん。 「まだこんなに好き」じゃなくて、前よりももっと素直な感じで「好き」なのかも。
ようやく冷静になって、あの子のことを客観的に見れるようになった。のかな?
あの日の帰り際、もっと一緒に居たいなって思った。 でもその感情は抑えた。密な関係を求めていること露呈しているようで、なんだか怖かった。奥手なビアンはほんとに素直じゃありません(苦笑)。
怖いもん、バレるの。は〜なんかこう、素直に恋愛できればいいのになぁ。 やっぱコミュニティってやつに足を踏み入れなければ無理な話か?
いいやもう。友達でも何でも、好きだから。ビアンな私にとって微妙な感じだけど、恋人になって欲しいとかそういうこと、彼女には出来ない。それだけ。 いや、自分でももうワケわからんくて困る(苦笑)。
は〜〜…。あいたいな。
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